<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>人形屋ホンポ　スタッフブログ　ひいなあそび</title>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/0250ya/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>雛人形・五月人形など総合節句人形専門店　人形屋ホンポのスタッフブログです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>【五月人形】五月人形の名匠、忠保（大越保広）とは</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">五月人形で人気の甲冑師のひとりが、<br>大越忠保（おおこし ただやす）です。<br>甲冑づくり一筋に、<br>金工、漆工、染織皮革などの技術が結集して、<br>制作された忠保の鎧兜（よろいかぶと）とは、<br>どのようなものでしょう。<br><br>また、忠保とはどのような作家なのでしょうか。<br></font><br><br><br>忠保は、創業五十年余の甲冑づくりの家に生まれ、<br>甲冑師(かっちゅうし)となるべく、<br>父である二代目の忠保に師事し、研鑽を重ねました。<br>現在は三代目で、経済産業大臣指定の<br>伝統工芸士として認定を受けています。<br><br>忠保の甲冑づくりといえば、<br>膨大な資料から入念に時代考証を重ね、<br>細部にわたって検証を繰り返した上で、<br>一品一品を丁寧に手作業で製作しているのが特徴です。<br><br>一般的に、鎧づくりにおいては<br>約5000もの作業工程があるとされています。<br><br>忠保の鎧兜では、その膨大な工程すべてにおいて、<br>金工、漆工、染織皮革などの技術を結集し、<br>各々の作業で熟達した技術をもった職人が、<br>妥協を許さず丹念に作業を重ねることで、<br>まさに、精魂込めた芸術作品ともいえる甲冑が完成するのです。<br><br><br>そんな忠保の甲冑が、数々の人形コンクールにおいて、<br>内閣総理大臣賞、経済産業大臣賞等、<br>華々しい受賞歴を誇っているのも、納得ですね。<br><br>また、伝統的な技術を基本としながらも、<br>新しい作品も手掛ける創作意欲の旺盛（おうせい）な作家であり、<br>現代の感覚が融け合う甲冑を日々製作しています。<br><br>これは、豊富な経験に裏打ちされた確かな技術と、<br>甲冑づくりに対する真摯な姿勢があってこそ。<br><br>また、<br>知性、仁徳、勇気の三徳とは、<br>戦国時代の武将の理想でもありましたが、<br>忠保の甲冑もまた、それを願いとしています。<br><br>初節句を迎えるお子様が、<br>知恵賢く、心広やかに、知性、仁徳、勇気をそなえ、<br>健やかに成長しますように・・・<br><br>そんな願いをこめたのが、<br>忠保の鎧兜（よろいかぶと）なのです。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12064143161.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2015 12:15:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>人形業界の老舗メーカー「人形の久月」とは？</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">テレビCMでもおなじみ、「人形の久月」<br>お雛様や五月人形のメーカーと聞いて、<br>まず思い浮かべる方も多いのでは？<br>人形の久月正規取扱店である、人形屋ホンポが、<br>久月のお人形が愛され続ける理由をご紹介いたします。</font><br><br><br>「人形の久月」は、天保6年創業、<br>百七十余年続く老舗人形問屋です。<br><br>横山久左衛門（よこやまきゅうえもん）が<br>雛人形を作り始めたことが『久月』の始まりです。<br><br>現在では、1千店舗以上の卸先を誇っており、<br>まさに日本を代表する人形問屋といえるでしょう。<br><br>久月の商品の特徴は、数々の名匠が関わって製作された、<br>久月独自のお顔にあります。<br><br>職人がひとつひとつ手がける生命力にあふれたお顔は、<br>昔も今も見る人を魅了してやみません。<br>近年では、衣装デザイナーワダエミと<br>コラボレーションした雛人形や<br>五月人形を提案するなど、<br>新しいスタイルの人形開発にも力を入れています。<br><br>そんな有名店「人形の久月」のお雛様や五月人形。<br><br>「確かに品質はいいけれど、お値段が高いのでは？」<br><br>・・・とお考えのお客様も多いかもしれませんね。<br><br>当店では、久月とのオリジナルコラボ商品として、<br>価格を抑えた商品のご提案が実現しております。<br><br>お客様のご要望にお答えできる商品を取り揃えておりますので、<br>ぜひ一度HPを覗いてみてください。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12060599987.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Aug 2015 14:18:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【五月人形】人気の人形工房 壱三とは</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">大人気の人形工房 壱三（いちぞう）は、<br>日本を代表する甲冑師 <br>鈴甲子雄山（すずきねゆうざん）の手がける<br>子供大将飾りのシリーズです。<br><br>勇ましくも愛らしい男の子が、<br>雄山作の鎧兜をまとってポーズを決める、<br>大人気の五月人形です。</font><br><br><br>雄山といえば、甲冑師の名匠として知られていますが、<br>実は『人形工房 壱三（いちぞう）』では<br>人気人形師としても活躍しています。<br><br>伝統的な甲冑技術を元に、<br>五月人形をより身近に、<br>より親しみやすい存在にしたいとの思いから、<br>雄山こと壱三が製作する、<br>全く新しいタイプの五月人形です。<br><br>お人形は、手描き・手仕上げにこだわって、<br>一体一体を丁寧に仕上げられており、<br>ひとつ同じ表情のものは存在しません。<br><br>目、鼻、口・・・<br>細かなパーツに至るまで何色もの色を用い、<br>一筆一筆を手描きで表情を描き出すことで、<br>今にも動き出しそうな、生き生きとした<br>躍動感にあふれた人形に仕上がっています。<br><br>また、お人形に着せつけている甲冑はもちろん、<br>鈴甲子雄山作の本格的な鎧兜（よろいかぶと）です。<br><br>小さいながらも細やかな造作が美しい鎧は、<br>縅糸（おどしいと）も鮮やかに、<br>細かなパーツの一つ一つまで、<br>妥協せず製作されています。<br><br>さすが、業界一の技巧派と称される雄山こと<br>壱三の手がける五月人形といえるでしょう。<br><br>なかでも<br>「わんぱく戦国武将」<br>「わんぱく大五朗」シリーズでは、<br>上杉謙信や伊達政宗、本多忠勝、<br>徳川家康、織田信長、真田幸村・・・といった、<br>名のある戦国武将をモチーフにした甲冑を着せつけており、<br>五月人形のみならず戦国ファンにも<br>たいへん人気を博しています。<br><br>さらに近年では、<br>「わんぱくライダー」として大きなバイクにまたがった<br>伊達政宗の五月人形なども発表しており、<br>節句人形の枠にとらわれない、先進的で<br>ファッショナブルな商品を次々に展開しています。<br><br>一体一体に魂の感じられる、<br>愛らしくも勇ましい人形工房 壱三の五月人形で、<br>ぜひ楽しいお節句をお迎えください。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12064137853.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jun 2015 11:53:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【五月人形】五月人形の名匠、加藤峻厳とは</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">五月人形の江戸甲冑を制作する名匠として知られているのが、<br>甲冑師 加藤峻厳（かとうしゅんげん）です。<br><br>作家物の五月人形をお求めの方に人気がある、<br>加藤峻厳の手がける鎧兜（よろいかぶと）とは、<br>どのようなものでしょうか？</font><br><br><br>加藤峻厳は、父親に江戸甲冑の大家である<br>初代 加藤一冑（かとういっちゅう）を持ち、<br>叔父に二代目秀山、兄に二代目一冑と鞆美がいます。<br><br>父である一冑からは基礎を徹底して学び、<br>甲冑師の五反田豊正にも師事し、<br>江戸甲冑の、<br>「小札（こざね）ごしらえ」<br>の技術を修行しました。<br><br>全国新作節句人形コンクールでは<br>最優秀技能賞である金賞を受賞しており、<br>平成２０年には、伝統工芸品江戸節句人形の<br>伝統工芸士にも認定された、実力ある名工です。<br><br><br>ところで、江戸甲冑とは、武家社会の中で<br>実践に用いられたという甲冑であり、<br>絢爛な京甲冑に対して、荘厳なデザインが特徴です。<br><br>加藤俊厳の作品では、その当時、<br>実践で使われていた甲冑を忠実に再現する為に、<br>随所にこだわりを見せています。<br><br>スケールが変わろうともそのこだわりは崩さず、<br>日本古来の甲冑制作技術を踏襲した上で作られた峻厳の五月人形は、<br>まさに品格漂う工芸品ともいえる逸品ばかり。<br><br>高い技術力を誇りながらも、日々研鑽を欠かさない、<br>ひたむきな職人の息遣いを感じることができます。<br><br>お子様の大切な初節句に、<br>ぜひ峻厳の鎧兜を飾ってみてはいかがでしょうか。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12064135267.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jun 2015 11:45:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【雛人形】五人囃子とは、何をする人でしょう</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">雛人形のひな壇の三段目には、<br>「五人囃子（ごにんばやし）」を飾ります。<br>元服前のおかっぱ頭の少年たちは、<br>それぞれ手に道具を持っていますね。<br>一体、何をしているところなのでしょう？<br></font><br><br>五人囃子とは、ずばり少年楽師団の事です。<br><br>五人の男の子がそれぞれ楽器を持ち、<br>にぎやかに音楽を奏で、盛り上げています。<br><br>この五人が奏でているのは、<br>日本の文化遺産にもなっている能楽。<br><br>五人囃子の囃子（はやし）とは、元来、<br>能や狂言、歌舞伎などの芸能において、拍子をとり、<br>気分を出す為に演奏する音楽のことを指しており、<br>能楽は江戸時代を通して<br>「武家の式楽」として嗜まれたものでした。<br><br>現代でいうと、バンドといったところでしょうか。<br><br>江戸後期に囃子方をモデルとした<br>雛人形の五人囃子が誕生すると、これが世に広まり、<br>雛人形の盛り立て役として定着していきました。<br><br>まず、五人囃子は、<br>演奏を担当する囃子方（はやしかた）4人と、<br>声楽を担当する謡い手（うたいて）1人に分かれています。<br><br>五人囃子の持ち物は、向かって左から、<br>「太鼓（たいこ）」、「大皮鼓（おおかわつづみ）」、<br>「小鼓（こつづみ）」、「笛（ふえ）」と並びます。<br><br>一番右の「謡い手」は楽器を持っておらず、<br>代わりに扇を持って、コーラスを担当しています。<br><br>これが場合によっては<br>雅楽の楽人（五楽人）のときもあります。<br>五楽人の場合は、雅楽器をそれぞれ持ちます。<br><br>並び方は、向かって左から、<br>横笛（よこぶえ）、篳篥（ひちりき）、<br>火焔太鼓（かえんだいこ）、<br>笙（しょう）、羯鼓（かっこ）。<br><br>七楽人となる場合もあって、その際は<br>琴（こと）と琵琶（びわ）が加わります。<br><br>これは、公家中心の京都で、雅楽に使用する楽器が<br>好まれたことからきたようです。<br><br>また、五人囃子が元服前の若い少年であるのに対し、<br>五楽人は風格ある大人の男性であることが多いようです。<br><br>五人囃子の五人の少年たちは、きっと、<br>日ごろの練習の成果をお内裏様とお雛様に聞いてほしくて、<br>わくわくしているのに違いありません。<br><br>生き生きとした表情の五人囃子の姿を眺めていると、<br>楽しい音楽が聞こえてきそうですね。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12039128607.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2015 12:55:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【雛人形】三人官女とは、何をする人でしょう</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">お内裏（だいり）様とお雛様のすぐ下に飾られているのが、<br>「三人官女（さんにんかんじょ）」です。<br>「♪お嫁にいらした姉様に、よく似た官女の白い顔・・・」<br>と童謡でも歌われていますね。<br>三人官女とは、何をする人たちなのでしょうか？<br></font><br><br><br>そもそも「官女」とは、宮廷で、<br>お殿様とお姫様の日常の雑務や、<br>身の回りのお世話をする<br>お仕えの女性のことを言います。<br><br>男子禁制とされる後宮や、<br>お姫様の私生活を世話するにあたって、<br>女性の官僚は非常に重宝されました。<br><br>また、宮廷行事や節会では<br>給仕につくことも多かったようです。<br><br>お雛様に飾られる三人官女も、<br>お世話をするために必要な道具を、<br>それぞれ手に持っていますね。<br><br>向かって右の官女は、<br>長柄銚子（ながえのちょうし）、<br><br>真ん中の官女は、<br>三方（さんぽう）か島台（しまだい）、<br><br>そして向かって左の官女は、<br>提子（ひさげ）<br>という道具を持っています。<br><br>「長柄銚子」と「提子」は<br>お酒を入れるためのもので、<br>「三方」は祝儀の飾りの置物になります。<br><br>とりわけ「三方」は、長寿延命の祝儀の<br>調度品とされてきました。<br><br>ちなみに三人官女の並び方は、<br>真ん中の官女が立っているバージョンと、<br>両側の官女が立っているバージョンとの<br>二通りがあります。<br><br>さらに、三人官女のお顔を見ていると<br>「眉毛がない！」と<br>気が付くことがあるかもしれません。<br><br>真ん中の官女には、多くは眉がありません<br>（商品によって眉があるものもあります）。<br><br>これは既婚女性は、眉をそり、<br>お歯黒をするという習慣があったためで、<br>真ん中の官女のみ既婚で、<br>両側の官女より年長だとされているためです。<br><br>お殿様、お雛様の大切な婚礼の饗宴、<br>三人の官女も緊張感と誇らしさを胸に、<br>お二人の介添えをしていることでしょう。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12039120292.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2015 12:32:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【武者絵のぼり】武者絵のぼりの代表的な構図、加藤清正とは</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">武者絵のぼりでよく描かれる、人気の戦国武将が<br>「加藤清正（かとうきよまさ）公」です。<br>武者絵のぼりにおける武者とは、その人物にあやかって、<br>お子様が大きく健やかに成長しますように、と願って飾るもの。<br>それでは、加藤清正公とはどのような人物でしょう。</font><br><br><br>加藤清正は、安土桃山時代から江戸時代の初期にかけて<br>活躍した武将で、肥後熊本藩の初代藩主です。<br><br>幼いころから大柄で身体能力に恵まれ、知性も高く、<br>武芸にも秀でていたといわれています。<br><br>豊臣秀吉の家臣であり、賤ヶ岳の戦いで功績を挙げたため、<br>福島正則等と合わせて賤ヶ岳の七本槍に数えられました。<br><br>その後も各地で武功を挙げ、<br>秀吉没後は徳川氏の家臣となりました。<br><br>肥後藩主となった後は、<br>農業行政・商業政策においても手腕を発揮し、<br>政治力も高い豪傑でもありました。<br><br>また、槍の名手としても有名です。<br><br>日本三大名城の熊本城の威容は、<br>清正公の活躍によるものが大きいとされています。<br><br><br>そんな加藤清正公が描かれる武者絵のぼりでは、<br>清正公が活躍した「賤ヶ岳の戦い」の図案が代表的です。<br>ここでは、他の七本槍や豊臣秀吉と共に、<br>清正公の勇ましい姿が描かれます。<br><br>また、朝鮮の役で虎を仕留めたという逸話から、<br>虎と共に描かれる場合もあります。<br><br>虎を相手に勇猛果敢に立ち向かっていく様子が威風堂々と描かれ、<br>威厳を持った鋭い目つきをした清正公は見応えがありますね。<br><br>武芸や政治の才覚に優れた、名将 加藤清正公。<br>五月のお節句には、ぜひ加藤清正の武者絵のぼりを掲げてみませんか。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12035273522.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jun 2015 13:53:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【五月人形】五月人形で大人気！武将、武田信玄とは？</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">戦国一の戦上手、政治の才覚にも溢れた<br>「甲斐の虎」こと武田信玄（たけだしんげん）。<br>地元の山梨県を初め、現代でも多くの人々から<br>愛されている戦国武将で、<br>ドラマや映画などでもおなじみです。<br><br>ふるさとを愛し、<br>家臣や民を大切にしたその生き様にあやかって、<br>武田信玄の五月人形はいかがでしょうか？</font><br><br><br><br>武田信玄は、騎馬軍団を率いることで<br>徳川家康を一蹴し、<br>織田信長が最も恐れたとする、<br>戦国随一の武将です。<br><br>聡明、利発な性格と、<br>抜群の情報収集能力を武器にして<br>数々の戦でその才覚をいかんなく発揮しました。<br><br>「風林火山」の軍旗を掲げていたことは、<br>近年大河ドラマでも話題となり、<br>あまりに有名ですね。<br><br>そのレベルの高い戦術は、<br>徳川家康が手本にしたとされるほどです。<br><br>また、「戦は五分をもって上とする」<br>という自らの信念を持ち、<br>十分な勝利を得る事により<br>驕りが生じる事を戒めた、<br>堅実な人物でもありました。<br><br>現代の生き方にも通づるところがあると、<br>ビジネス書などでも度々題材にされるほどです。<br><br>さて、そんな武田信玄の用いた甲冑といえば、<br>二本角が印象的な<br>獅子噛前立（ししがみまえだて）の<br>諏訪法性兜（すわほっしょうかぶと）です。<br><br>雄々しい獅子の面に、二本の角、<br>そして何より白熊（はぐま）<br>と呼ばれる白髪が、なんとも目を惹く意匠です。<br><br>その存在感あふれる姿は、<br>後に人形浄瑠璃や歌舞伎でも演じられ、<br>武田信玄の象徴となっていきました。<br><br>世界を見つめる治世の才を持ち、機知に富んで<br>武芸にも秀でていた名将、武田信玄公。<br><br>その優れた人物像にあやかって、<br>ぜひ武田信玄の鎧兜を、お子様の初節句に<br>お迎えしてみてはいかがでしょうか？<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12032417906.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2015 11:09:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【五月人形】なぜ、端午の節句には粽や柏餅を食べるのでしょう</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">5月5日のこどもの日は、男の子のお節句です。<br>この日には、昔から粽（ちまき）や<br>柏餅を飾って食べる風習がありますね。<br>粽と柏餅。<br>端午の節句とどのような関係があるのでしょう？</font><br><br><br>端午の節句はそもそも、古来では<br>「菖蒲（しょうぶ）の節句」と呼ばれ、<br>菖蒲など薬草を使って無病息災を祈願する日でした。<br><br>古くより邪気や魔などの悪鬼は、<br>強い香りを嫌う、と考えられていたため、<br>独特の香りのある菖蒲は、邪気を祓う<br>特別な力があるとされていたのです。<br><br>また、菖蒲は薬草としての効用があり、<br>腹痛や打ち身、<br>解熱、胃痛、創傷などといった治療にも用いられ、<br>特別な植物でした。<br><br>そこで、平安時代の宮廷においては、<br>軒先にヨモギや菖蒲を挿し、臣下は菖蒲で作った冠を被り、<br>菖蒲の葉で作った薬玉を柱に下げるなどし、<br>無病息災を祈願していたのです。<br><br>鎌倉時代になると、武家では、菖蒲の名前が<br>「尚武（しょうぶ＝武を尊ぶこと）」と読みが同じであることから、<br>端午の節句を尚武の節日として、重んじる風習が生まれました。<br><br>これらのことから、現在でも、端午の節句には<br>菖蒲の茎や葉を入れた菖蒲湯に浸かったり、<br>菖蒲をひたした菖蒲酒を飲んだり、<br>菖蒲を枕に敷いて菖蒲枕で眠るなどというならわしが、<br>邪気払いとして受け継がれているのです。<br><br>端午の節句の時期になると、<br>スーパーなどで菖蒲が売られていますので、<br>ぜひ、菖蒲を入れて沸かした菖蒲湯に入ってみましょう。<br><br>健康を祈願するだけではなく、身体がぽかぽかと温まり、<br>さわやかな香りにはリラックス効果もありますので、お勧めです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12032417289.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2015 10:51:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【鯉のぼり】鯉のぼりをあげてはいけない時とは</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#0000FF">屋根より高い鯉のぼり・・・<br>五月の空を悠々と泳ぐ鯉のぼりは、<br>見ていてなんとも気持ちのいいものです。<br>しかし、そんな鯉のぼりにも<br>「あげてはいけない時」があることをご存知ですか？<br>一体どんな時でしょう？</font><br><br><br>まず天候で言うと、<br>「雨が降っている日」と「風が強い日」には、<br>鯉のぼりをあげるのはやめたほうがいいでしょう。<br><br>昔と違って、ポリエステルやナイロンなどの<br>合成繊維でできている鯉のぼりは、<br>雨で色落ちしてしまうということはありません。<br><br>しかしながら、濡れたまま放置すると生地が傷んだり、<br>酸性雨で染みになってしまうことがあります。<br><br>雨が降ったら、鯉のぼりは飾るのをやめ、<br>濡れない場所に置いておきましょう。<br><br>万一濡れてしまったら、<br>陰干しでしっかりと乾かしてください。<br><br>続いて、風の強い日に鯉のぼりを掲げていることは、<br>大変危険ですので、お止めください。<br><br>昨今は強風に強い丈夫なアルミポールが<br>多数販売されていますが、<br>それでも場合によってはポールが変形したり、<br>折れてしまうことがあります。<br><br>また、鯉のぼりがテレビのアンテナや<br>電柱などに絡まってしまったり、<br>外れて落ちると危険ですので、<br>風の強い日も鯉のぼりを飾るのはやめましょう。<br><br>そして天候とは関係なく、<br>鯉のぼりをあげない風習の地域というのも存在します。<br><br>喪中や忌中に掲げることを控えたり、<br>そもそも昔からの慣わしで、<br>鯉のぼりを揚げてはいけないとされていたり、<br>マンションやアパートなど集合住宅の一部では、<br>安全性や景観上の理由から<br>禁止されていることもありますね。<br><br>ご購入の前には、ぜひお住まいの地域の方に<br>風習を聞いてみたり、<br>集合住宅の規約等をご確認ください。<br><br>そして、鯉のぼりを掲げる際には、<br>天候に十分ご注意くださいね。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/0250ya/entry-12032411863.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2015 10:38:22 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
