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<title>学問のダイバーシティ</title>
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<description>日常から感じた事を、どうクリエイションに変換できるか考えてみます</description>
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<title>ちょっと見えただけでも嬉しい</title>
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<![CDATA[ 友達と仲間って、似てるようで<br><br>実は微妙に違う表現なんだと思います。<br><br>この２つがどう違うのか考えているんです。<br><br>んで、<br><br>友達って何なのかなというのが<br><br>最近、少しだけ見えたような気がします。<br><br>いつも一緒にいることが友達ってことじゃない。<br><br>何年か会わずに、しばらくして.......<br><br>いざ、再会した時に<br><br>どうだっ！？。その時どんな状況が起きるのか？<br><br>それが友達かを左右させるのかなと思うようになってます。<br><br>私は最近、<br><br>どうだっ！？の答えは<br><br>あの時より少しだけ前に進んだ状態で<br><br>あの時と同じ空気を吸っている状況が起きました。<br><br>これって友達だな。そのちょっとだけ変化したという状況がね。<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<pubDate>Sun, 04 Oct 2009 21:51:43 +0900</pubDate>
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<title>とにかく失敗を</title>
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<![CDATA[ 脳のことについて少し勉強しました。<br><br>そこで思ったのは、<br><br>「とにかく失敗しろよ」ということ。<br><br>特に20代の間は、脳の状態はピークではないらしいです。<br><br>勝負は30代に入ってから！！<br><br>それまでの修行が20代なんだということです。<br><br>確かに20代ってやりたいことだらけなんです。<br><br>とにかく、実際に動いて体験したいという思いが強い。<br><br>ただ、うまくいった時はそれなりの何かをいただきたい。と思っているのかな。<br><br>その時に思うのが、20代をうまく扱えている上の方はどのくらいいるのでしょうか。<br><br>昔は、そんなに多くなかったと思うけど<br><br>今は上手な人が多いような気がします。<br><br>ただ、もう少しうまく突っ込んでいける<br><br>何かがあるようにも思います。<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<pubDate>Mon, 28 Sep 2009 09:05:03 +0900</pubDate>
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<title>トーキョー　ファイバー　センスウェア</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Fri, 25 Sep 2009 00:46:58 +0900</pubDate>
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<title>いろんな場面で見える人々の性格</title>
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<![CDATA[ 電車の座席に座る姿で何となく、その人の性格が見えるのはおもしろいです。<br><br>例えば7列シートに残り１つの空席しかなくて、そこに座るときでも<br><br>「ドカ」っと勢い良く座る人もいれば<br><br>相手の人と肩がぶつかり合うと嫌な思いをするだろうと考えて<br><br>座面いっぱいに座らず、すこし前ぎみに座ってくれる人。<br><br>そういう所を比較するだけでも、この人は1人の人間として立派に成長していきたいのだなと感じます。<br><br>マナーの向上心を忘れないで欲しいといいたい訳でなく<br><br>こういうところでも、人としての誇りや生き方が出てくるんじゃないかと、このごろ感じているのです。<br><br>つまり、心の距離を持ってる人って素敵だなと思うんです。<br><br>例にだした２人は周囲から見れば、ただ座っている状況なんだけど<br><br>２人の心から見ると、全然違うと思うんです。<br><br>前者はとても遠い距離にいると思うんですが<br><br>後者はとても近い距離にいてくれる。<br><br>周囲の人には、その事はわかりませんが近くにいる人たちはその心がわかる。<br><br>こういうのって「あり」だと思うし「あるべき」だと考えています。<br><br>そういえば、小学校での遠足や修学旅行の時によく<br><br>「家に着くまでが修学旅行ですよ」<br><br>と言われたのを嫌というほど聞きました。<br><br>この言葉は、大人の私にもいえるのなと........<br><br>そこまで考えて小学校の先生が言ってたのならば、かなりの敬意を評します。<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<pubDate>Wed, 23 Sep 2009 23:12:42 +0900</pubDate>
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<title>単純でもOKにしたい</title>
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<![CDATA[ 時々、単純な言葉や素直な表現を求めたくなるときがあります。<br><br>難解な本を読んで、「かっこいい表現だな」と強烈なインパクトを受けたとしても<br><br>次に読んだ時には頭の回転がついていかず断念したくなるときが多々あります。<br><br>人間、誰だって根っこは単純なんですよね。<br><br>でも、その言葉の中にどれだけのプロセスがあるかが大切なんですよ。<br><br>確かある本で<br><br>天才になる人の条件の１つに、１つの分野に１００００時間取り組むことと書いてたのを思い出したからです。<br><br>昨日録画した井上陽水の特集を観たんですけど<br><br>しゃべってる内容は単純で、むしろちょっと適当じゃないかと突っ込みたくなりました。<br><br>でも、この気持ちはなんというか<br><br>許容してしまう言葉の力があるんです。<br><br>酒を飲んでいる男２人が女のことをあーだこーだって愚痴を言い合うが<br><br>最終的には「俺たち駄目だな」って<br><br>そこにたどりついてしまう状態といえばよいのか<br><br>でも、あれはあれでOKなんですよ。<br><br>まだまだ私には単純の強い言葉の力は持ててないような気がします。<br><br>あと９０００時間くらいは必要かな？<br><br>最後まで見てくれたかた、ありがとうございます。<br><br>ジルバーウィーク楽しんでますか？
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<link>https://ameblo.jp/08hm3104/entry-10347688953.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 22:39:36 +0900</pubDate>
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<title>ことばでどこまで音楽に迫られるか</title>
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<![CDATA[ 詩を眺めていると<br><br>時々、「音が流れてるような詩だな」って思うときがあります。<br><br>メッセージを探すのではなく<br><br>「音を流しますから、みんなで楽しく踊りましょうよ」っていう風に<br><br>言葉にできない、心の共感と言えば良いのか。<br><br>そんな力が詩にはあります。<br><br>そして短い詩であればあるほど<br><br>動物的感覚が蘇ってくる状態になります。<br><br>ことばって不思議なもんで<br><br>本とか読んでいて、あるキーワードが出てき瞬間に<br><br>パタンと本を閉じてしまうことがありませんか？<br><br>もう「このストーリーはわかった」っていう状態。<br><br>人との関係でも、こういうのが大事かなと<br><br>1人で全部計算するのではなく<br><br>5にするために<br><br>「私は3を足しますから」　「そうしたら僕は2ですね」<br><br>そして互いが納得する解へと導く<br><br>もうそこには音楽が流れてますよね。<br><br>言葉というのが音楽と同じ位置になっていくような<br><br>そんな風に迫っていきたい。<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<pubDate>Sat, 19 Sep 2009 22:14:20 +0900</pubDate>
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<title>にがみのコミュニケーション</title>
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<![CDATA[ コーヒー飲んでて「にがっ！！」って思うんです<br>(当たり前の事ですが)<br><br>にがみって大人にとっては欲を満たす味の感覚の１つですよね。<br><br>子供はあまり、このにがみを好んでいる訳ではなく<br><br>あま～いケーキや爽快なコーラを食べたり飲んだりすることが大好きです。<br><br>子供と大人の違いを「にがみ」という視点で考えてみてもおもしろいと考えてるんです。<br><br>たぶん論文等を検索すれば科学的に実証されていると思うんですが、<br><br>社会学や文化的視点から考えてもおもしろいのかもしれない。<br><br>例えば...........<br><br>大人になるとほとんどの人がマゾヒスティックな要素を含んでいるのかもしれません。<br><br>社会的厳しさ、現代的問題にぶち当たり、苦い経験をしている私達はコーヒーやビールという苦みのする飲み物に置き換える事で余韻に浸っているのではないでしょうか。<br><br>だから、ちょっと重くてネガティブな経験をしたときでも、コーヒーやビールがお供なら相手に素直に伝えたりする事もできるのかもしれません。<br><br>そう考えると飲み物って言うのは、人と人が新しい関係をつくるコミュニケーションの役割なんですね。だから飲みにケーションなどと若い人は言うんですね。<br><br>「にがい」というのは言語の意味以上に大きな効果を社会に与えられる私達の感覚なのではないでしょうか。<br><br>いずれにせよ<br><br>私自身、もっと奥の深いにがみを経験しなければならいのですが...........<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<link>https://ameblo.jp/08hm3104/entry-10345610647.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Sep 2009 00:54:45 +0900</pubDate>
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<title>怒りの成長</title>
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<![CDATA[ 喜怒哀楽<br><br>この４つがあることで、人の感情は表現される。<br><br>今の私に足りないもの..........「怒り」<br><br>今日何となくTVや本を眺めていたら、それらが一本の直線につながりました。<br><br>そうして出た結論が<br><br>「若者よ。もっと怒れ。」<br><br>まぁ、今の時代は怒りを表に出さない事が１つのマナーになっていると考えたとして<br><br>私にとって怖いのが怒りという感情がなくなってしまうのではないかということです。<br><br>いろんな情報に溢れ、いろんなモノがあり、いろんな出会いをしようと思えばできる時代。<br><br>その中で怒りという感情が消えるのではないかという恐怖に陥りました。<br><br>ただこの「怒り」というのは、私の中では「疑う」ということに近いのかもしれない。<br><br>例えば、バブル真っ盛りを経験している世代。はじけた後、彼らはどのくらいの人が本気で反省したのでしょうか？<br><br>若い人たちは、あの頃の状況をもう少し詳しく知りたいと思っているはずです。<br><br>なぜなら、今があの頃以上に負になっているから。<br><br>「怒る」って本人が一番苦しいと思うんです。<br><br>何でこんなことして嫌な思いをしなければならないのかと。<br><br>でもそれは、成長する幅が最も広いからではないかと考えるようになっています。<br><br>それはたぶんそれだけ、頭の中で思考が蠢いているから。<br><br>ただ先程も述べたように、従来の「怒り」とは違う怒りが大切だと考えています。<br><br>どう例えれば良いのか？<br><br>「草食系男子が怒ってるぞ！！！！！！！？？？？？？？」<br><br>そんな怒りなのかな？？<br><br>中途半端なのに最後まで見てくれた方、ありがとう。
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<link>https://ameblo.jp/08hm3104/entry-10344754582.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Sep 2009 21:36:33 +0900</pubDate>
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<title>スペンサージョンソン</title>
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<![CDATA[ スペンサージョンソンの本を最近読んでいます。<br><br>「チーズは何処に消えた」「頂はどこにある」です。<br><br>いろいろと考えさせられる事があったけど、今日はその１つ。<br><br>ホームページでたくさんの企業ビジョンや具体的政策を拝見します。<br><br>ほとんどの企業が言っている内容は「正しい」。<br><br>ただ、なんと言うか。。。。。<br><br>わくわくしてこない。<br><br>「あ～これは楽しみだ」と思えるのは一握りである<br><br>これは自分自身に置き換えても同じような事が言えると思う。<br><br>正しい事は言っても、自分がわくわくしてなければ良い方向に導く事ができないはずです。<br><br>かと言って自己満足のビジョンでも駄目なわけで<br><br>このバランスってめちゃくちゃ難しいと思うんですよ。<br><br>「自分と周囲がわくわくするビジョン」<br><br>この２つがうまく保てる思考的方法は私は思考中だけど<br><br>これができなければ、新しい物事ができない。<br><br>「たくらむ」っていう言葉があると思うんですが、<br><br>小学校の授業参観で先生と生徒がお母さん達にサプライズをするクラスがあります。その先生と生徒がウキウキしている姿は見ているお母さん達も楽しくなってきて全員が同じ方向 (授業参観を成功させる) に向いています。<br><br>そんな光景がもっと周囲で起こり始めるといいのかもしれません。<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<link>https://ameblo.jp/08hm3104/entry-10344307210.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Sep 2009 07:22:40 +0900</pubDate>
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<title>もう、見方を変えませんか？</title>
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<![CDATA[ 壮大な夢を持ち、仕事を楽しんでいる人はたくさんいます。<br><br>そんな人は50歳 60歳になっても、ずっと輝いているのではないでしょうか。<br><br>本当の社会人としてのあり方の一例を少し見れました。<br><br>その人は、地方に眠ている資源や技術力を活用して、まだまだ豊かでない国を少しでもスタンダードに押し上げようとしています。<br><br>しかも慈善事業としてではなく、しっかりと利益を得るために。<br><br>企業や経営者が「利益」という言葉を使うと印象が一気に下がりますが、全然嫌らしくないんです。<br><br>それは腹の底から人々を幸せにしたいと思っているからこそなんだと思う。<br><br>今の日本は成熟社会を迎えていると言う人がたくさんいらっしゃいますが<br><br>本当にそうかな？<br><br>「ギャルパワー」はこれから都市を活性化させる人です。<br><br>地方にある技術や資源によく目を凝らしてください。そしてそれを利用して、日本のスタンダードに追いつけてない地方を豊かにできないでしょうか。<br><br>そもそも、日本は一般的でない、モノ・コトに対して軽蔑をしている。<br><br>もう、見方を変えませんか？<br><br>最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
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<link>https://ameblo.jp/08hm3104/entry-10342897554.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Sep 2009 07:41:37 +0900</pubDate>
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