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<title>普通にしてるのに　不思議と　気持ち悪い　ブログ　</title>
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<description>自己満でつらつら書きます知らんがなって思っても読んでください</description>
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<title>27日目　GETTING OUT</title>
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<![CDATA[ 少しだけお酒を飲んで気分がいい。<br><br>思うのだが、お酒は誰かと飲むより<br>1人で飲むほうがいいのではないか。<br><br>秋めいた風が吹く。<br>遠くで虫がなく。<br><br>日曜日の夜は、美しい、と思う。<br><br>どこか哀愁ただよう感じがこころをしっとりさせる。<br><br>ある先輩の話をしよう。<br><br>僕が入社して、現場の仕事を教えてくれた<br>一人の先輩のお話。<br><br>その人はうちの会社の人ではない。<br>本来であれば、正社員に教えられるのがルールだけれど<br>そうも言っていられないほど<br>僕が配属された部署は人手が足りなかった。<br><br>そんなことはどうでもいい。<br><br>その先輩は、もともと雑誌の編集者だった。<br><br>僕が学生の頃、よく読んでいたサーフィン雑誌の編集者だ。<br><br>今も湘南に住んでいて、週末には葉山で犬の散歩をして<br>サーフボードのラックを、DIYしているイケてる先輩だ。<br><br>今はもう、一緒に仕事をする機会は減ってしまったけれど<br>僕のくだらない話に、真剣に耳を傾けてくれる素晴らしい人だ。<br><br>宵深く、酔いも回ってくると<br><br>「お前と出会えてよかった」<br><br>なんて言ってくれる、素晴らしい人だ。<br><br>人当たりはファニーで、どこか人生を達観していて<br>酔っ払うと平和を語りだす。<br>畑仕事が、自分の血にはあっているそうだ。<br><br>昔編集部だった時代の話をよく聞かせてくれた。<br>というより、聞きたくてよく聞いていた。<br><br>大学時代にサーフィンに出会って<br>このままサーフィンを続けて暮らしたいという理由で<br>サーフィン雑誌の編集者になったそうだ。<br><br>激務な編集部勤務を続けて、編集長にまでなった。<br><br>そしてある日、辞めた。<br><br>自分の表現したいことを、表現するために。<br><br>というより、<br>ある人の表現したいものを、表現するために。<br><br>そのある人というのは、<br>日本の湘南カルチャー、スケートカルチャー<br>サーフカルチャーのレジェンドだ。<br><br>そのレジェンドに、つくりたい雑誌があると言われ<br>引きぬかれて、安定した収入を捨て、その人のもとへ走った。<br><br>レジェンドと、その先輩が作った雑誌は<br>今では、ヤフオクで万超で取引されている<br>知る人ぞ知る、フリーペーパーだった。<br><br>今でも、そのフリーペーパーは、先輩のデスクの一番下にある。<br>見せてもらったことがある。<br><br>なんとも言えない荒削りな情熱が<br>むせ返るような暑苦しさとして、誌面に浮き上がっている。<br><br>心地よい類の感覚ではないが<br>何か脳内のどこかを燻るような<br>間違いなくクリエイション。アートだった。<br><br>そこでのワークは、人生で一番幸せだったそうだ。<br><br>やりたいことを、純粋に追い求め<br>ビジネスなんていう軟弱なセオリーではなく<br>インセインな本能を紙に落としていく。<br><br>そのアートワークに参加していた人たちは<br>紛れも無いレジェンドたち。<br><br>FUCK T.MURAKAMIな<br>糞なメディアが目もくれない、正真正銘の路上の表現者たち。<br><br>そんな人達と仕事をしていたという幸せが<br>思い起こすと、あるそうだ。<br>とにかく、無我夢中でクリエイションを続けた。<br><br>それも、そのフリーペーパーの編集長であるレジェンドの<br>魅力に取り憑かれていたからできた、オーバードーズな毎日だったそうだ。<br>宿なし、深夜のコンビニ、クルマの運送で生活資金を補った。<br><br>寝袋一つで島へ行きローカルを取材。<br>シンガポールで回線を盗んで、原稿を上げ<br>アウトローな人たちと、ビーチでキャンプファイヤーを囲む。<br><br><br>ある日、先輩はそのフリーペーパーから抜ける。<br>編集長のレジェンドと対立したそうだ。<br><br>レジェンドに包丁をつきつけられたとき<br><br>「俺はこいつに殺される」<br><br>と死を覚悟したそうだが<br>今の奥さんである人に救われたそうだ。<br><br>その時、奥さんは<br>「あなたは、悪魔に取り憑かれている。あの人から離れて」<br>といったそうだ。<br><br>その言葉で先輩は、我に帰りフリーペーパーを抜ける。<br>奥さんを養うために、その日暮らしの生活をやめて<br>定職を探す。<br><br>Tシャツに短パンで、<br>「人生で訪れた中で一番大きいビル」だったという<br>今の会社を訪れて、今の職へ至る。<br><br>今日、サーフジャーナル日本版を<br>なんとなしに、本屋で買った。<br><br>先輩が、取り付かれていたというレジェンドの半生を追った記事があった。<br>もちろん、先輩が作っていた雑誌の記事もあった。<br><br>話には聞いていたが、すごい人だ。<br>並大抵の精神では、そんな人と一緒に仕事ができるわけがない。<br><br>なんでもその先輩は、<br>「俺はあのフリーペーパーで燃え尽きた」<br>そうだ。<br><br>今は、普通にサラリーマンをしている。<br>葉山に家を立てて、奥さんと幸せに暮らしている。<br><br>レジェンドは、まだフリーペーパーを作り続けている。<br>桁外れのクリエイションは、今も止まらないみたいだ。<br><br>こんど、夏のおわり頃、一緒にバーベキューをする予定だ。<br>その時は、もっと昔の話を聞かせてもらおう。<br><br><br><br>人生は、いろいろだ。<br>ほんとに海みたいだ。<br><br>ちいさな波にいちいち関わっていたら<br>大きな波を見失う。<br><br>ビッグスウェルを追い求めてワイプアウトしたら<br>しずかなビーチに打ち上げられる。<br><br>カレントに乗れないと、沖にはでれない。<br><br>パーフェクトウェーブも、パワースポットを間違えれば<br>置いて行かれる。<br><br>一つとして同じ、波は無く、いつもワンチャンス。<br><br>僕は、小さな波にもまれて、ゲッティングアウトもできていない。<br><br>どこか達観した先輩の瞳を心に、またパドルを続けるとしよう。
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<pubDate>Mon, 26 Aug 2013 00:10:36 +0900</pubDate>
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<title>26日　物理学的にココロを捉えると実は宇宙に繋がっているという考察</title>
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<![CDATA[ 年の瀬です。<br><br>何かを企画するという仕事をする上で<br>新しい視点、というか「こういうことか！」と思ったことがあったので綴ります。<br><br>現状、うまく言語化できていないのだけれど<br>それは、僕にとって大きな発見でした。<br><br>言葉にするのはすごく難しいのですが<br>あえて言うのであれば、僕が最近気づいたのは「ココロの4次元」論です。<br><br>企画はなんのためにあるのか？という問に超シンプルに答えるのであれば<br>「人のココロを動かすため」だと思います。<br>そんで、人のココロを動かすものは、4次元的価値を持っているのでは無いかというお話。<br><br>写真だったり、絵だったり、映画だったり、文章だったり、演説だったり、音楽だったり<br>視覚、聴覚、テキスト、ビジュアル、、、<br>なんでもいいんですけど、人の思いを伝える”メディア”ってたくさんあります。<br><br>皆さんも凄く感動した絵とか、音楽とかって少なからずあると思います。<br><br>絵だったら、何センチ×何センチという物理的なスペースがあります。<br>映画だったら、何インチのスクリーンで何時間という物理的なスペースがあります。<br>文章だったら、何ページでこういう紙をつかってという物理的なスペースがあります。<br><br>僕が考えているのは、<br>こういう物理的なスペースを受け取ったとき人のココロの動きです。<br><br><br>絵を見て、ココロが動いた時。<br><br>その時その絵は、その人の中で四次元的な価値を持つと思うのです。<br><br><br>人の思いを載せたメディアは、人のココロに入り込んだ途端、無限に拡張し始めます。<br>それは、ココロの隅々まで広がって、時を超えて、その人の一部になります。<br>額縁のなかの物理的呪縛から解き放たれ、真の自由を得て。ココロを豊かにしてくれます。<br><br>この感覚、わかりますでしょうか？伝わる人に伝わればいいです。<br>僕は、この体験を多く作れる人になりたいと思っています。<br><br>どうしたら4次元的価値のあるものを作り出せるのでしょう？<br>これまた面白い答えが帰って来ました。<br><br><br>1次元くらいシンプルなものを作ればいいのです。<br><br><br>つまり「・」←これくらいシンブルなもの。<br>1次元＝4次元だったのです！<br><br>今、シンプルなものって実は凄く少ない。<br>立場的に多くの企画、多くのアイデアに触れるのですが、本質がまったく無いものが多い。<br>本質って、人の”思い”だと思います。<br>無感情なのに、何か”やらなければならない”からやってる、そんなものばっかりです。<br><br>皆さんも心当たりがあるはずです。<br>思いが無いまま、何かを企画すると実際フレームだけを考えて、あとはとってつけたような中身のものになってしまう。<br>よーく考えたら皆さん、そうなっているのだと思います。<br>このことに気付けない人がほとんどの世の中です。<br><br>企画には、超主観的な利己的な”思い”がなければ、それは価値あるものにはなりません。<br>価値ってお金じゃない。心の豊かさです。<br><br>その”思い”を削って、削ってシンプルにして「・」くらい<br>一次元までシンプルにした時、ほんとうにいい企画が生まれます。<br>フレームはの「・」の上に被せれば良いのです。<br><br>フレームを伝って、人の心にはいった「・」は<br>静かな池に投げ込んだ石のように同心円状に広がって、波紋を延々と伸ばしていきます。<br><br>そのとき、あなたの企画は、成功したと言えるでしょう。<br><br><br>いやー意味不明なブログになった。<br>でも、分かる人には、分かるはずなんだ。<br><br>物理的呪縛から解き放たれる！<br>これが来年のキモになりそうです。<br><br>ふふふ。
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<link>https://ameblo.jp/1101tohru/entry-11437154014.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Dec 2012 04:22:06 +0900</pubDate>
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<title>28日 旅に出る</title>
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<![CDATA[ <br>こうありたい、と思う自分にいつもあと一歩足りない。<br><br>もっと優しくなりたい。<br>もっと思いやりのある人になりたい。<br><br>もっと強くありたい。<br>もっと辛抱強くいたい。<br><br>多分もっとできた。あぁすれば良かった。もっとあの人と話せば良かった。あのとき、思いを伝えれば良かった。<br><br>もっとこうしたい！ってアピールすれば良かった。こうしてれば彼女を傷つけずにすんだ。<br><br>ここは決めどころだった。<br><br>でも、遠くは無いんだ。もうちょっとなんだ。手を伸ばせば届きそうな気がしてる。<br><br>ここは居心地が良い。だから、男は旅に出る。ノスタルジックな気分は、色気みたいなもんさ。<br><br>俺と君とじゃ、見てる景色は同じでも、見てる世界が違うんだ。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 00:41:08 +0900</pubDate>
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<title>27日 LOVE LETTER</title>
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<![CDATA[ <br>今日、僕は、スゴく好きな人にフられました。<br><br>こんな事は、人に見せることでは無いのかもしれませんが、この気持ちを忘れたく無いので、書きます。<br><br>僕の好きな人は、とても素敵な人で、その人と居ると、世界がいろんな色で彩られて行くようでした。僕が見落としている毎日を取り戻してくれました。<br><br>僕の気持ちは伝わりませんでした。最後にスゴく苦しい思いをさせてしまったこと、申し訳なく思います。<br><br>笑顔にしたいと思っていながら、悲しい顔をさせてしまいました。ごめんなさい。<br><br>でも、僕の気持ちに偽りはなかったはずです。本当のことを、そのまま伝えました。最後のわがままですので、許してくれると嬉しいです。<br><br>あと、心からありがとう。<br><br>こんな僕に付き合ってくれて、ありがとう。<br><br>モヤモヤした気持ちはあるけれど、今は、ありがとうしかありません。<br><br>ツライことこれからイッパイあるだろうけど、あなたなら大丈夫。これは、確信を持って言えます。<br><br>きっとステキな未来が待っています。<br><br>ありがとう。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Mon, 26 Nov 2012 02:23:50 +0900</pubDate>
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<title>26日目 ガイアの夜明け</title>
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<![CDATA[ スゴく緩いBPMなんだけど、何だか意志の強さを感じる五年上の先輩がいる。よくオフィスの窓際に立って世間話をする。<br><br>先日その先輩が話してくれたことが、なんともシンプルな衝撃だった。<br><br>ゼロセンターの話。<br><br>坂口恭平さんという人が、熊本に国を作るらしい。国土、国民、政府、外交機関を備えていれば国は成り立つ。日本から独立してゼロセンターという国を作るつもりらしいのだ。<br><br>国を作るという発想。独立した国になるということは、法律も税金も何にもない。<br><br>ふと、如何に自分が知らないところでルールに縛られた考え方をしているかを知った。まるで、昨日見たAVの男優だ。それは、かなりの衝撃だった。<br><br>何かをしてはイケナイ、何かをしなければイケナイ、そんな話が身体中に染み込んで、動けなくなって必死に手足を動かそうとしていたのだ。<br><br>自由な発想とはこんなに不安なものか。確信を持てることは既に陳腐化していて、捨て去るべきものだったのだ。<br><br>その先輩はよく僕に<br><br>「お前は、金に囚われなくなったら、デカくなる」<br><br>と言ってくれる。<br>まだ、その意味は分からない。<br><br>そんな先輩は、今年いっぱいで会社を辞める。<br><br><br>曰く「今おれは、地球の意志で動いている」そうだ。<br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Fri, 16 Nov 2012 00:16:28 +0900</pubDate>
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<title>25日目 忘れずにいたいもの</title>
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<![CDATA[ 忘れられない光景がある。<br><br>ちょうど一年くらい前、突然降り出した雨の中、バイクで濡れながら家路を急いでいた。<br><br>「あー、最悪だー」なんて思いながら走っていると、ふと、子供が2人見えた。<br><br>小学校低学年くらいの子が2人、何の変哲もない坂道を登ったり、下ったりして遊んでいた。なんとも、楽しそうに笑っているのが印象的だった。<br><br>社会人ともなると、大学生でもままその傾向はあるが<br><br>いつからか「遊ぼうぜ」が「飲もうぜ」に変わる。<br><br>別にどうでもいいことだけど、何か引っかかる。理由もなくただ遊ぶという感覚はいつからか無くなるのだろうか。<br><br>「何も無い」と思っているところにも、実はたくさん楽しさのタネはあって、きっと僕らはそれを見つけられなくなっているんだと思う。<br><br>最近、再びスケートボードを買った。<br><br>気にも止めなかったゆる～い坂道が最高の遊び場になって、輝いて見えた。<br><br>ストリートカルチャーは、何も無いと思われるところから生まれる。自分のいる環境を精一杯楽しもうとするスタイルが、新しいものを生み出す。<br><br>自分にないもの、与えられないものを追い求めても、ただ虚しいだけで<br><br>もっとシンプルに、子供のように楽しむ。<br><br>これが、キモだと思う。<br>仕事も休みも関係ない。<br><br><br>楽しもう。
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<pubDate>Wed, 24 Oct 2012 00:10:41 +0900</pubDate>
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<title>24日  タガタメニカネハナル</title>
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<![CDATA[ いつも思う、死ぬ前に「もっと行けた」なんて思うんじゃないか。<br><br>「毎日ベストを尽くせ」と人は言う。全くその通りだ。ベスト、ベストベストベストベスト、、、まるでペストの様に、死をさそう呪文のようだ。<br><br>昔っから、寝る前に反省会を脳内で開く癖が、僕にはある。あーしておけば、こうしておけば、もっと出来た、あそこで手を抜いた。もっと顔が小さければ、あと3ミリ鼻が高かったら。考えればキリがない。<br><br>有森さんではないが、自分で自分を褒めたくなる瞬間なんてほぼ無い。元々ネガティヴな生まれなもんで。<br><br>先日、昔っから尊敬する人と話したら、高いマインドで暮らしていたら、多分一生苦しいだけ、と言われた。<br><br>そして、でも苦しくなかったら、生きてる意味がねーだろ。苦しいことと、楽しいことは一緒だ。と言われた。<br><br>当たり前の事だと思った。<br>ブルーハーツのマーシーは、楽しいことと楽することは、実は全く違う。逆のベクトルだと言っていた。<br><br>このこと分かるのに、24年かかったよ。<br><br>さぁこっからだ。<br>俺がいただく番だ。<br><br>あとは、反省会をして眠るだけ。たまには、誰かに、、、とは思うが、それもまた寝たら忘れるもんだ。<br><br>タガタメニカネハナル？<br>
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<pubDate>Wed, 12 Sep 2012 00:39:52 +0900</pubDate>
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<title>23日 反省文</title>
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<![CDATA[ 最近の俺は、最高にイケてない。<br><br>何がイケてないって、言葉と言葉の間にユーモアがない。<br><br>言葉って凄く大事だと思う。<br>人間って何かを食べて、うんこ出す。<br>同じように頭に入れたことを言葉にする。頭に入れたこと以外は言葉として出てこない。俺のうんこから、ブロッコリーは検出されない。<br><br>頭から言葉の過程には、うんこと同じように消化活動があると思う。<br>それも、うんこ精製と同じように無意識の内に行われる行為だ。<br>実はこの無意識の内に、その人らしさはある気がする。<br><br>要するに何かを見て、聞いて頭に入れた時、人間は取捨選択をしている。これは要る情報、要らない情報。その結果が言葉のチョイスとなって現れる。よくよくその人のチョイスをする言葉を聞いていると、その人がどんな人間が分かる気がする。話の内容では無く、言葉のチョイスが重要だ。<br>うんこ、うんこばっかり言ってる人間がロクな人間なはずはない。そんなヤツは、うんこだ。<br><br>ところで、最近の自分。言葉にユーモアがない。言葉と言葉の掛け合わせに発見がない。<br><br>それは、病気で何も食べてない時に出る、泡のような下痢のようなモノだ。そう。何も食べていない。本も音楽も映画も絵も。<br><br>社会とは、よくできていると思う。人間からユーモアを奪う。その人らしさを奪う。システムの間に無駄が無ければそこにユーモアは生まれない。人間<br>は、無駄なことに意味を見出すことに価値を認められる唯一の存在だ。<br><br>それが文化でありユーモアだ。<br><br>社会のせいってのは、言い訳だ。<br>時間ならいくらでも作れる。<br><br>ただ、俺には君が必要だ。
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<pubDate>Tue, 04 Sep 2012 23:40:02 +0900</pubDate>
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<title>21日  STING</title>
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<![CDATA[ <br>酔ってるみたいだ。<br><br>このブログ、間違いなく後に読んでマクラに顔うずめて、足バタバタ系のヤツだ。別にいいよ。<br>公園のベンチに座りながら、これを書く。<br><br>昔ちょっとイロイロあった子と飲んだ。別になんてことはないんだが、成り行きだ。<br><br>お互い、あれからここまでを話し合う。<br>相手は、大学服飾科をでて、アパレル系の会社に去年から勤務だそうだ。<br><br>今度は、僕の番。ちょっと話したが、昔の人に、後悔させるくらい成長していたいタイプ。昔に比べて、残念な感じにだけはなっていたくない。<br><br>久々、カッコつけた。どんなけ成長してんねん！って思わせたくて。コウコウコンナコトヤッテ、イマコンナコトシテンネン！ドヤッ！<br><br>帰ってきた言葉。<br><br>「何にも変わってないねー。」<br><br>オッケーイ！いやいや違う違う。話聞いてた？もう一回話そうか？コウコウコンナコトヤッテ、イマコンナコトシテンネン！ドヤッ！<br><br>「あいかわらず笑」<br><br>は？<br><br>「あいかわらず、意味わかんない。昔からそうやって自分で全部決めて、人のことなんて考えない。勝手にどっか行っちゃう。そういう難しいことわからないけど、あいかわらずな感じは分かるよ」<br><br>「一緒にいて分かったことなんて、なんかタダモンじゃないってことと、意味わかんないってことだけだよ。だから、何にも変わってないなー、って。別に昔から、わたしおいてけぼりじゃん。」<br><br>「いいんじゃん？そのままで。でも、たまには振り返ってあげないと、寂しいかもねー笑」<br><br>刺さったね。<br>氷柱並みに鋭い指摘。<br>それでも、前進しかない。<br>立ち止まったら、俺は死ぬ。<br><br>まぁ、なんつーかあれだ。たまには振り返るってのも悪くない。意外な発見もあったり、人の指摘ってのは、自分より時に鋭い。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Sun, 01 Jul 2012 01:09:43 +0900</pubDate>
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<title>20日　Share Your Tear</title>
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<![CDATA[ 新生活を初めて一週間が経つ。<br><br><br><br><br>ルームシェアというやつらしい。<br><br>ガサツ・ザ・ベア<br>と<br>ジュクジョ・ザ・キラー<br><br>と暮らしている。<br>いかに僕が真人間かということを痛感する。<br><br>（このブログは、ガサツ・ザ・ベアと「新生活」という共通のテーマでお送りしています。<br>ぜひ、そちらもご参照ください。http://ameblo.jp/gmjmutukawa/）<br><br><br><br>周りの話を聞くと、この「ルームシェア」という<br>生活様式を選択する若者、まぁ要は僕らの年代の人たち<br>が多いらしい。<br><br><br>個人的に何故だろうと考えてみると<br>「ドラマ」とか昔見ていた作品の影響なのではないか？<br>という一つの仮説がたった。<br>僕自身、自覚は全くないが<br>インスピレーションというものが過去の無意識に眠った記憶が大きく左右されることは<br>ままあることだと思う。<br><br>これより、その仮説にそって、話を進めてみる。<br><br><br>「ルームシェア」を取り上げた作品って<br>具体的には「スリーピース」とかかなー、と。<br>wiki先生によると、以下の様な作品が「ルームシェア」を取り上げているらしい。<br><br><br><br>戦場のガールズライフ（BSフジのテレビドラマ）（吉川トリコ作の小説）<br>きっと忘れない（映画）<br>スパニッシュ・アパートメント（映画）<br>ルームメイト（映画）<br>ロングバケーション（フジテレビ系列のテレビドラマ）<br>ランチの女王（フジテレビ系列のテレビドラマ）<br>下北GLORY DAYS（マンガ・テレビ東京系列でドラマ化された）<br>NANA（矢沢あい作の漫画）<br>ラスト・フレンズ（フジテレビ系列のテレビドラマ）<br>愛がいない部屋（石田衣良作の短編小説集）<br>アッシュベイビー（小説）<br>パレード(吉田修一の小説)<br>Room Of King（フジテレビ系列のテレビドラマ）<br><br>いくつかヒットするところがある。<br><br>この仮説が本当だとすれば、結構面白い。<br><br><br><br>マスメディアは、人のライフスタイルを変えることができる（ていた）のだ。<br><br>逆に考えれば、<br>僕らの年代は、2007年をピークとする<br>テレビを中心とするマスメディアの最も栄えている時期に<br>その影響を受けてきた。<br>とも言える。<br><br><br>僕らより下の年代は、そうではない。とここ最近実感するのだ。<br><br>木村拓哉がドラマの中で着ていた洋服は絶対流行る。<br>とか<br>浜崎あゆみの髪型をみんな真似していた。<br>とか<br>若い子にいうと<br><br>「はぁ？？(・∀・)」<br><br>という顔をされる。<br><br>そうかそうか。<br>確かに、最近そういう<br>人のライフスタイルの一部に影響をあたえるような<br>アイコン的な存在がいないなー。とか思ったりする。<br><br><br>とすると、最近の中高生は何に影響を受けているのだろう？<br><br>ベタな回答だが、ネットじゃね？と思う。<br><br>例えば、ニコニコ動画とかブロガー、的な人たち。<br><br>マスメディア的なアイコンが多くの人に影響をあたえる時代ではもう無い。<br>だれでも情報発信を簡単に行える様になった。<br>つーことは、情報を受信する方も<br>自分の感性にヒットするような情報発信者（それが人とは限らない）を<br>自分で見つけ出して、参考にしたりしているのかもしれない。<br><br><br><br>ここで一つアイデアである。<br><br>仮に上記の想像が的を得ているとするなら<br>ネットメディアが発信していない領域がある。<br>そこに挑戦してみないか？<br><br><br>それは空間デザインというものである。<br><br><br>「空間を伝える」という点において、まだインターネット（ブラウザ）の表現力は乏しいのではなかろうか。<br><br>空間を伝えるには、ある程度の画面の大きさを必要とする。<br>しかも画面の大きさだけではない。<br>音も重要な要素だし<br><br>もっとも大きな点はストーリー性だ。<br><br><br>「空間」というリアルを伝えるには<br>ネットのような一時的な情報配信ツールだと十分には伝わらない。<br>情報選択の自由が、表現の幅を奪うということはままある。<br>サイト滞在時間に応じて、コンテンツの形状を変える<br>なんてことはネットサービスの基本である。<br><br>いい例が映画である。<br>ゴッドファーザーの映画は3時間近くあるが<br>あの三時間をとおして<br>僕たちはゴッドファーザーのあの世界観を強烈に心に刻んでいる。<br><br>僕らが見ていたドラマに影響を受けるのも、これで筋が通る。<br><br><br>今のネットネイティブのコたちに<br>「映画館に映画を見に行け！とかドラマを40インチで見ろ！」<br>とか言うような馬鹿なことはしない。<br><br><br>僕らが挑戦してみたら、面白いかな？<br>と思うのは<br><br>「空間を創っていく過程をネットでストーリーを持たせて配信してみる」<br><br>ということである。<br><br><br>時代は「シェア」らしい。<br>ペアルックはもう古くてシェアルックらしい。<br>「シェア」って何か？っつたら<br>身近な人達と何かを共有すること。<br><br>特定の人達がメディアを使ってマスを動かす時代は古い。<br><br>特定の人に響くメディアを作る。<br>ハナシはそこからだ。<br>跳ねれば、そのノウハウを転用するだけのハナシ。<br><br><br>ということで<br>ストーリー型空間デザイン発信が、僕らの新生活<br>を提案してこのブログ終わり。<br><br><br>みんなが皆、楽しいライフスタイルを追求できる時代になったら<br><br>OH YEAH!!!<br><br>みんな、好きにやっちゃって～。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 17 Jun 2012 17:26:52 +0900</pubDate>
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