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<title>頭は洗うためにある</title>
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<description>頭は使うためではなく、洗うためにあるのだと思います。いい匂いのシャンプーで洗いたいわ。</description>
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<title>アナと雪の女王２のお話</title>
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<![CDATA[ <p>アナと雪の女王２を見ましたか？</p><p>&nbsp;</p><p>あの映画難解でしたよね。</p><p>&nbsp;</p><p>１回目は何を見せられているのかわかりませんでしたわ。</p><p>２回目でちらほらと解釈がつき始めたという感じ。</p><p>何度もみてようやく自分なりに解釈できました。</p><p>&nbsp;</p><p>でもあれはすごい映画ですよ。</p><p>1回目からすごいものを見せられているという気配は感じ取っていましたわ。</p><p>何も理解できませんでしたけれども。</p><p>好きとか嫌いとか、面白いとかつまらないとかそんな話は置いておいて、すごい映画だと思います。</p><p>私はなんとも言えない気持ちですわ。多分好きなんだと思います。気がつけばあの映画のことを考えていますので。</p><p>&nbsp;</p><p>ここから下は私がすごいと思ったところをどろどろ並べていきますわ。</p><p>ネタバレもどんどんしますので悪しからず。</p><p>&nbsp;</p><h4>・ヨイクとVuelie</h4><p>映画のオープニングで流れるVuelieは前作でも使われた曲です。</p><p>1回目見た時、完璧な始まりだと感じました。前作で使われた曲のアレンジとか大好きなもので。</p><p>しかしいろいろ調べて見たらあのオープニングは私が最初想像していたよりはるかに重要な意味を持っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>アナと雪の女王２を見て、真っ先に感じたのはあのVuelieと元になった部族について調べなければという感情でした。</p><p>あの歌を理解しなければ今作の解釈はスタートにすら立てないんじゃないかと。</p><p>&nbsp;</p><p>Vuelieについてインターネット知識ですが以下のようなことがわかりました。</p><ul><li>　Vuelieはヨイクという北欧での伝統歌謡法で歌われている曲。</li><li>　ヨイクは歌詞に意味がなく、歌自体で一つの意味を為す。</li><li>　歌自体の意味ではなく、誰に捧げられるか、という点が重要。</li></ul><p>&nbsp;</p><p>さらに劇中でのVuelieの使い方の情報をまとめます。</p><ul><li>　Vulieは１作目、２作目のオープニングとエンディングで流れる。</li><li>　２作目ではノーサルドラがアナとエルサに向かって歌う。</li></ul><p>&nbsp;</p><p>２作目にしてVuelieが明確に対象をもって歌われたことにより、</p><p>Vuelieがアナとエルサのことを歌った曲であることがわかりました。</p><p>そこで大きな意味を持ってくるのがオープニングとエンディングです。</p><p>思い出して欲しいのはディズニープリンセス古典三部作である白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女の始まり方と終わり方。</p><p>この３作品は絵本を開く場面から始まり、絵本を閉じて終わります。</p><p>アナと雪の女王という映画の中でVuelieはこの絵本と同じ役割を果たしていると推測できます。</p><p>&nbsp;</p><p>この映画自体がVuelieなのです。一つの曲、物語、伝承を我々は見ていた。</p><p>それがノーサルドラがアナとエルサにVuelieを歌ったことによってわかるのです。</p><p>1959年から60年を経てプリンセス映画に絵本がアップデートされて帰ってきたのです。</p><p>こんなにすごいことありますかと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>また、Vuelieは賛美歌を参考に製作した曲らしく、それもまた今作の基軸に大きく関わってきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h4>・神話とおとぎ話の差異、そして融合。</h4><p>パンフレットのインタビューにおいて、神話とおとぎ話の差を理解することが今作に繋がったと製作陣が話しています。</p><p>では神話とおとぎ話の差とは何か。</p><p>曰く神話とは『普通の舞台の中で魔法を持ったキャラクターたちについて語る物語』であり、</p><p>おとぎ話とは『魔法の世界での、ごく普通のキャラクターについて語る物語』であると。</p><p>神話の登場人物は『世界を担う重圧に耐えており、通常は悲劇的な結末を迎え』る。</p><p>『神話は厳しい現実のもので、おとぎ話は可能性についての物語』であると。</p><p>&nbsp;</p><p>そして『アナと雪の女王には神話とおとぎ話の面が同時に存在していることがわかった』とも語っています。</p><p>１作目のエルサはまさに神話の登場人物であり、アナはおとぎ話の人物でした。</p><p>１作目の最後でアナはエルサと居を共にするに至りますが、神話とおとぎ話は交わらずに終わります。</p><p>エルサは重責を背負ったままであり、アナはクリストフとめでたくキスをして終わる点はその証左と言えるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>２が製作されることによって１に全く新しい観点が追加されてしまったのにはたまげました。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、では２作目で神話とおとぎ話はどのような関係になっているでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>エルサが国務に追われ、重責を背負っている点は変わっていません。</p><p>エルサはアナと一緒に暮らし、自分を偽ることもなくなりとても幸せです。</p><p>しかしエルサは周りとは違いすぎる自分に悩み、声に導かれるままに外の世界で自分の居場所を探す旅に出るわけです。</p><p>文脈としてはリトルマーメイドやアラジンと同じですが、今作は前作で幸せを掴んだ後という所が特筆すべき点でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>エルサは声に導かれるまま外の世界へ飛び出し、自分の家をアートハランで見つけます。</p><p>エルサはShow yourself中でアートハランについて"feels like I am home"と語っています。</p><p>自分が精霊たちの統治者であり妖精のプリンセスであることを自覚するのです。(you are the one you've waiting for)</p><p>(このことは最序盤でエルサがアナが作り出す物語に納得いかずに作り出した妖精のプリンセスの人形で既に示唆されています。)</p><p>そして自分が何者かを自覚したことによって自分の居場所がアートハランだとわかるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしこの直後エルサは子守唄にあるように真実を知るため深く潜りすぎ、『悲劇的な結末』を迎えます。</p><p>この時点でエルサの神話は一つの結末を迎えるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>では、アナはどうでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>アナはおとぎ話の登場人物です。それは１作目で示唆された通りです。</p><p>今作でもアナはアレンデールの場面で国務に追われるエルサとは対象的に畑で寝転んで過ごしています。</p><p>しかしエルサの旅に同行することによって、アナの役割は大きく変化します。</p><p>エルサの旅に同行する際、アナはエルサに魔法が使えないから危ないという理由で一度拒絶されます。</p><p>それに対しアナは私には魔法はないけどあなたを助けた、と反論します。</p><p>この発言は洞窟のシーンに繋がっています。</p><p>&nbsp;</p><p>今作でアナはおそらくは黄泉の国の象徴であろう出口のない洞窟に落ちます。</p><p>そこでアナは初めて自分には何もないという自覚をし、未来を示していた指標の姉を失い、一度は死を受け入れます。</p><p>しかしアナは黄泉がえり(神話文脈)を行い、次の一歩を踏み出します。</p><p>この次の一歩は生まれ育ったアレンデールを自らの手で沈めるというものでした。</p><p>アナはここで初めて王女として国を背負い、責任感とともに歩き出すのです。</p><p>おとぎ話の人物が自分の無力を自覚しながらも王国の過去の罪を背負い、それを清算するために自分の世界に終焉をもたらす決意をする。</p><p>ここに分化されていた神話とおとぎ話の文脈が融合し、未来が”正しい”方向へ動き出します。</p><p>&nbsp;</p><p>その後エルサはアナの為した正しい選択の末に復活を果たし、アレンデールを襲う鉄砲水を沈めるわけです。(五精霊のシンボルを用いたシールド)</p><p>&nbsp;</p><h4>・エルサが凍った理由</h4><div>エルサが凍った理由は凍り始めた場所に着目すればわかるのではないでしょうか。</div><div>エルサが凍ったのは足からです。</div><div>アナが１作目で凍りついた時、胸から凍り付いていました。</div><div>アナが心臓から凍った理由は胸にエルサの氷を受け、心が凍り付いてしまったからです。</div><div>では足から凍り付いた理由はなんでしょうか。</div><div>&nbsp;</div><div>エルサが凍ったのは王国の真実を知って、next right stepを踏み出せなくなったからだと思います。</div><div>エルサは自分で責任を背負いすぎる節があり、それな￥は前作からも小説版でも語られています。</div><h4>エルサは真実を知って次の一歩を踏み出せなくなってしまったが、アナがnext right stepを踏み出すのです。</h4><div>姉妹はずっと昔からそうだったのではないでしょうか。少なくとも前作からは姉妹の関係はそう描かれています。</div><p>&nbsp;</p><h4>・アナとエルサの選択の意味</h4><p>アナとエルサは最後、王国と森に分かれて互いが部族の橋になるという選択をします。</p><p>エルサはついに自分の家と思える場所を見つけ、そこに住まうわけです。</p><p>これは決してネガティブな別れではなくポジティブな一歩であることはいうまでもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>ではなぜこの選択ができたか。</p><p>それは彼女たちが劇中離れ離れになったところに帰結するのではないでしょうか。</p><p>彼女たちはクリストフ、オラフも含めてそれぞれ一人になります。</p><p>しかしどこかでは繋がっており、最終的にはアナを助けたクリストフのように、王国を救ったエルサのように、助け合えるのです。</p><p>家族はいつもそばにいる。たとえ、何があっても。これは物理的な問題ではなく、絆やつながりの問題です。</p><p>たとえ距離が離れていても愛があれば関係は変わらないし、絆も強いままのはずです。</p><p>距離が離れていても関係性が変わらないことは最後の手紙でエルサが家族ゲームの誘いを受けていたところからも読み取れます。</p><p>&nbsp;</p><h4>・子守唄が最初に流れる意味、伝承</h4><p>アートハランがなぜ凍っているか、不思議でした。</p><p>アートハランは子守唄によるとa river full of memorryです。</p><p>ポカホンタスもそうであったように、流れる川を時間の象徴とする物語は数多くあります。</p><p>では、アートハランはなぜ凍っているか。</p><p>&nbsp;</p><p>最初は閉ざされた過去の象徴として凍っているのかとも思いましたが、その役割はダムが果たしてくれています。</p><p>&nbsp;</p><p>おそらく今作では時間は流れるものではなく、積み重ねるものなのではないかと。</p><p>アナのnext right stepはマティアスの祖父とトロールの言葉ですし、</p><p>進行上重要な意味を持っている子守唄も伝承されてきた先人のものです。</p><p>我々は積み重ねた時間と知識の上に立っているから、知識の象徴としての川も何万年も年を重ねて形成される氷河なのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>映画で一番最初に流れる歌は子守唄ですよね。</p><p>子守唄はおとぎ話の文脈でも神話の文脈でもなく、”伝承”です。</p><p>この伝承の通り(When all is lost, then all is found)エルサは全てを捨てて(All my life I've been torn)自分が誰かを知り、</p><p>この伝承の通り(But not too far or you'll&nbsp;be drowned)エルサは溺れ、死を迎えます。</p><p>また、ダムの話は父であるアグナルや王国の人たちからの伝承でしょう。</p><p>伝承とは即ち知識です。記憶です。これはアートハランや記憶を持つ水に繋がるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>このブログの当初記した通り、この映画はそれ自体が伝承としての性格を持っています。</p><p>また、劇中でも知識や諫言が大きな意味を持っています。</p><p>&nbsp;</p><p>伝承を受けて個人が何を受け取るかはそれぞれ違うでしょう。</p><p>アナの言う通り未来などわかりませんが、アートハランの上に立ってnext right stepをするしかないと思う次第です。</p><p>私も明日から輝く魂を以ってnext right stepをしようかと。今日はもう寝ますわ。</p>
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<pubDate>Fri, 29 Nov 2019 00:11:31 +0900</pubDate>
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