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<title>Akikoのブログ</title>
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<title>羽生結弦選手</title>
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<![CDATA[ &nbsp;私は今までの人生で一度しかスケートをした事はないし（しかも、立つのがやっと）、スケートに興味がなかった。でも、ソチオリンピックの時、たまたま失業中でテレビに映った羽生結弦のスケートを見て、それから羽生選手のスケートの虜になってしまった。<div>&nbsp;私には霊感とか何もないけど、羽生選手には羽が生えていると思う。そして羽が大きくてスケートリンクが狭く見えてしまう。スケートの詳しい事はわからないけど、美しい。 たとえ、他の選手の方が点数が高くて優勝を逃したとしても、あの美しさは羽生選手にしかないもので、それをずっと見続けていたいと感じる。</div><div>&nbsp;羽生選手が悔しそうな姿を見るのは辛いから、勝ってほしいとは思うけど、負けても、他の選手に劣っているとは思わない。あの美しさは、他の選手にはないものだから。ジョニー・ウィアー選手の滑りも好きだけど、やっぱり羽生選手の滑りが好き。</div><div>&nbsp;そして、周囲にブレず、ストイックに自分の思いに突き進んで行く姿は、40歳にして、まだまだ成長していきたいと望む私の思いに、勇気と希望をくれる！</div><div>&nbsp;どうか、まだまだ私達に美しいものを見続けさせてほしいと望みます。</div>
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<pubDate>Sun, 22 Oct 2017 20:19:11 +0900</pubDate>
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<title>友人</title>
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<![CDATA[ 前回のブログで書いた友人は、私が会いに行こうと思っていた日に亡くなった。<div>信じられない‥信じられない‥</div><div>東日本大地震で被災して、辛くて大変な思いをして、それなのに病気で亡くなってしまった。この事は、どういう試練なんだろう。何の意味があってそういう人生になったんだろう。</div><div>どうか、残された家族が幸せに暮らせますように。</div>
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<pubDate>Sun, 22 Oct 2017 17:56:15 +0900</pubDate>
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<title>友達が教えてくれた事</title>
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<![CDATA[ 友人が危篤になった。去年から体調が悪いって知ってて、すぐに会いに行こうと思ったけど、SNS上で気丈に振る舞う彼女に甘えてしまっていたのかもしれない。このまま、何年も生きれるんじゃないか？まだ大丈夫じゃないか？そんな気持ちになって、日常の忙しさに埋もれてしまった。<div>でも、きっと全然大丈夫じゃなかったんだと思う。会いに行かないまま月日が流れて、先日、意識不明の連絡が入った。直ぐに段取りをつけて会いに行く事を家族に伝えて‥さあ行くだけ。となった矢先に『お見せできる状態ではなくなった。』との連絡。何で去年会いに行かなかったんだろう。後悔先に立たず。</div><div>今までは、家庭があるから、子供が小さいから、仕事があるから、1人で遠距離に行くのは不安だから、傷つきたくないから‥色んな事を『仕方ない』で済ませて来た。でも、本気でやろうと思えば、向き合えば、こんな短時間で実行に移せるんだ。って教えてもらった。家族も友人も生きている事も当たり前と思ってる自分がいつの間にかいたけど、当たり前じゃないって教えてもらった。</div><div>これからは、色んな事を『仕方ない』とか、『私が悪いんだ。』とかで解決しようとしないで、ちゃんと向き合っていかなきゃいけないと思った。</div><div>まだまだ、親の支えが必要な子供達を残して逝く気持ちは、私なんかにははかり知れない。でも、彼女の生き方は私にしっかりと大切な事を教えてくれた。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 30 Sep 2017 19:14:30 +0900</pubDate>
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<title>今の福祉に思うこと</title>
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<![CDATA[ 障害の有無に関係なく個性として平等な世の中。‥高齢者も障害者も地域で助け合って暮らして行きましょう。<br>確かに理想的だと思うし、実際、近所の徘徊していた高齢者を自宅に送り届けた事も何度もある。知識豊富な高齢者は尊敬に値するし、その壮絶な体験は私では乗り越えられないかもしれないと思う。そして、障害者のかたも優しくて純粋な方も、障害があっても頑張ってる方も沢山いる。そんな方々と助け合って地域で生活して行くことは理想的だなぁと思う。<br>でも、実際は障害の症状で、暴れる人や見掛けは大人だけど、実は知的障害で攻撃的な人。が隣に住んでいたら特に女性や子供は怖いと思う。<br>確かに、障害者の訓練施設が沢山あり、利用している人も沢山いるけど、中には何で自分がここに通っているのか本当の意味でわかってない人もいる。虐待防止法や（虐待はもちろんいけないが）苦情を逆手に取り、何もかもを虐待や苦情として役所に訴える利用者もいる。もし介護目的なら、ご本人の思いを尊重してその場を済ませることが出来ても、訓練して自立する援助となると、傾聴して思いの尊重だけでは解決出来ないのではないかと思う。<br>平等とは何なのか‥平等な場所に暮らしたとして、責任まで平等になるのか？<br>どちらかが我慢するなら本当の意味での平等にはならないんじゃないかと思う。
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<pubDate>Wed, 06 Apr 2016 09:00:01 +0900</pubDate>
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<title>中性</title>
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<![CDATA[ 男性に女性的な部分があると惹かれる。<br>女性に男性的な部分があると惹かれる。<br>つまり、私は中性的な人に惹かれるんだな～っと思う。<br>中性的な人は、透明。どこまでも透き通った透明なイメージがあるから惹かれるのかもしれない。
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<pubDate>Sat, 27 Jun 2015 22:26:14 +0900</pubDate>
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<title>神明宮</title>
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<![CDATA[ 昨日、仕事の内定をいただいたので、お願い事をしていた神様にお礼に行こうと思っています。今日は、神明宮に行って来ました。<br>鳥居をくぐり手を清めていると、どこからともなく「みゃ～みゃ～」っと、聞こえて来ました。どこにいるのか探していると、お社から白と黒の綺麗な猫が歩いて来ました。<br>とても人懐っこくて、私が拝殿に行くまでずっとくっついて来ました。手を合わせ終わると、一緒に本殿手前まで行き、そこに座ってしまい、それ以上はくっついて来ませんでした。<br>しばらく、本殿の周りを歩いて、戻って来ると、その猫は同じ所で待っており「もう帰るよ」と声をかけると、拝殿のお賽銭箱の所までくっついて来て、そこからずっと、車に乗って出発するまで見送ってくれました。<br>野良猫にしては、綺麗なに猫ちゃんだったから、何処かの飼い猫なのかな⁇<br>とっても可愛かった^_^
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<link>https://ameblo.jp/121904190816/entry-12028513954.html</link>
<pubDate>Tue, 19 May 2015 16:10:42 +0900</pubDate>
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<title>怒りスイッチ</title>
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<![CDATA[ 私は、自分では短期な方だと思います。実際忙しいっていうのもありますが、導火線は短い方だと思います。自分で、そんな自分が好きなら問題無いのかもしれませんが、私は、いつも穏やかでニコニコしていたい。相手が嫌味を言っても、サラ～っと流せる人になりたいな～っていうのが本音です。<br>さてさて、そんな私の怒りスイッチはどこにあるのかな⁇っと考えてみました。うう～ん‥私は、感情的な事に、本性丸出しの人に怒りが湧いてくる。違うな～‥笑い上戸とか泣き上戸とか何とも思わないもんな～‥攻撃的な態度に怒りが湧いて来るのかな⁇なんでだろう‥<br>①両親共に感情的になりやすく、機嫌か悪いと感情のまま、攻撃的になるから。トラウマ⁇<br>②自分も余裕が無くなると攻撃的になり、そんな自分が嫌いだから。<br>③多弁な性格では無い為、攻撃的に責められると、自分の意見を伝えられず、認められないから。<br>②だから、③が鏡のようになって嫌悪感が湧くのかな⁇<br>じゃあ、②の自分を乗り越えれば、③も自分もそんな時があったわね～って乗り越えられるのかしら？<br>ここまでは、今の私の答え。また、何日、何年、経つとまた、スイッチも変わって来るのかな⁇その時の自分のスイッチがどうなってるか、楽しみな気がするけど、変わって無かったら成長してないから悲しい気もする(^_^;)
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<link>https://ameblo.jp/121904190816/entry-12028078083.html</link>
<pubDate>Mon, 18 May 2015 15:15:58 +0900</pubDate>
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<title>一代様</title>
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<![CDATA[ 昨日は、我が市の一代様の神社に行って来ました。1、2ヶ月振りに行くと、お守りの種類が増えていたり、座れるようにベンチが出来ていました。<br>ここの神社の本殿付近に行くには、扉を開けて行かなくてはならず、鍵が閉まっている時もあります。いつもは拝殿で手を合わせ帰っていたのですが、昨日は、拝殿で手を合わせた後、扉の前から本殿を眺めていると、神社の方が「どうぞ、扉を開けて入って下さい」と声をかけてくれました。初めて入る本殿のある敷地は、少し肌寒いけど、とても気持ちの良い場所でした。少し歩くと、1羽の鳩がいて、少し見ていると飛んで行きました。その時は「あれ？鳩がいる」という位しか思わなかったのですが、自宅に帰ってから「あそこの神様の眷属は鳩では‥」とはっとしました。そして、なんで頃思い出すのよー‼︎っと自分が悲しくなったりしますT_T<br>でも、この地に38年間住んでいて、何度も参拝している神社の本殿を初めて間近で見る事が出来、とても良い日でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/121904190816/entry-12024455958.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2015 12:47:13 +0900</pubDate>
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<title>成長した⁇</title>
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<![CDATA[ 以前は、世の為人の為になりたい。と考えていたけど、そこには「無償の愛」というより、償いの意味が強かった。<br>でも、イロイロな本を読み、イロイロな人に会い、ふっ‥と今、「自分がキラキラ輝ける事はなんだろう」と考えた事に気がついた。そして、そういう思考でいる自分にビックリした‼︎<br>自分を大切に思えた上で、世の為人の為になれる事をするのは素晴らしい事だと思う。でも、以前は、良い事で自分の闇を消す意味合いの方が強かったのかな⁇って思う。<br>今は、自分の明るい未来にも繋がって、世の為人の為になれる事は何かな⁇って思うようになった。少し‥本当の少しずつだけど、進めたみたい^_^<br>ありがとう。
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<link>https://ameblo.jp/121904190816/entry-12017402989.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2015 13:21:28 +0900</pubDate>
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<title>前世③</title>
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<![CDATA[ 以前見てもらった前世鑑定の前世の一つに、広い草原が見え、羊などを放牧して暮らしていた。というのがありました。<br>実はこの草原、私は何度も見ていた風景でした。実際に、この草原がどこなのか、わからないし、行った事も目で見た事も無いのですが‥‥(^_^;)<br>私は、物心着いた頃には、ピアノを習っていました。特に上手い訳ではなく、学校のピアノ伴奏に選ばれる事はありませんでした。でも、自由にピアノを弾くのは好きで、ピアノ教室の宿題の曲はロクに練習せずに、好きな曲だけを弾いて楽しんでいました。その好きな曲の一つに、弾いていると草原が浮かぶ曲があり、理由はわからないけど、いつも草原を思いながら弾いていました。それが兄にも伝わるのか「お前が弾くと壮大な感じがする」と言われたりもしました。<br>その後、経済的な理由でピアノは辞め、自宅のピアノは売ってしまいました。自分で何とかしてピアノ教室に行きたいとか、職業にしたい‼︎それで食べて行きたい‼︎というパワーはなく、でも、ピアノが無いと何か大事な物が足りない毎日。<br>きっと、あの私の中に広がる草原は、前世で私が見ていた草原で、ピアノは、私のそういう部分を感じる力を貸してくれるパートナーなのかな⁇っと思ったりします。<br>自分の内側に入るのに、私にはピアノが必要で、職業とする音楽以外にも、こういう関わり方があるのだなーっと感じました。
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<link>https://ameblo.jp/121904190816/entry-12016937223.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2015 09:23:25 +0900</pubDate>
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