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<title>ゆとり世代、教師になる。</title>
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<description>今までの恋愛について、綴っています</description>
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<title>昨日</title>
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<![CDATA[ 昨日、大好きな人と他の友人たちと映画を撮った。<br><br>昨日大好きな人と接近し過ぎたせいで、なんか体調がふるわない。<br><br>でも、今日は合コンだ
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<pubDate>Sat, 19 Mar 2011 11:04:52 +0900</pubDate>
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<title>無事</title>
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<![CDATA[ 関東にいる友人はみんな無事だった。<br><br>さっき東京の大手通信企業で働いている友人に電話したら、復旧作業のため徹夜だそうだ。彼には困っている人のために頑張ってほしい。<br><br>僕には祈ることしか出来ないが、精一杯応援するので、絶望の底にいたとしても、這い上がって下さい。<br><br>心の底から祈っています。
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<pubDate>Sat, 12 Mar 2011 01:29:59 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験７～</title>
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<![CDATA[ センター試験２日目。２日目は理系科目で数学I･A、II･Bと化学だった。<br><br>いつも通り特に言及する必要はない爽やかな朝で、メロンパンとヨーグルトを食べて家を出た。<br><br>初日と同様、南海高野線「白鷺駅」で降り、徒歩で府大に向かった。<br>「白鷺駅」周辺の様子を説明すると、住宅街がちょっと学生の街にかぶれた感じで、小さな料理屋さんや小さな古着屋さんがあるといった感じだ。国道310号線という対向１車線ずつだが大きな道沿いに府大はある。府大は工学部が全国的にも有名な大学だ。<br>前回、説明するのを忘れていたので少し説明した。<br><br>数学I･Aが始まった。数学は本当に苦手だったが、比較的できた感触があった。<br>数学II･Bが始まった。開始10分で終わり、睡眠モードに切り替えた。ご察しの通り余りにも分からなかったので、解ける基礎問題が10分で終わってしまったのだ。50分間爆睡だった。センター試験の途中で鉛筆を転がしたり、爆睡したのはきっと僕を含めて全国で10人くらいしかいないだろう。まして、その両方のカードを使ったやつは僕以外は皆無だろう。<br>数学が終わった瞬間、早稲田という文字が銀河の彼方へ光の速度を超えるスピードで飛んでいった。いや、スキップしていった。<br>化学は開き直り、かなりできた。<br>帰って自己採点をした。<br>数学I･Aは70点でぼちぼちといったところだった。数学II･Bは56点だった。でも、10分で56点とれた僕はスゴいと思う。と慰めた。化学は90点だった。早稲田大学の商学部は6科目で690点必要だった。僕は666点と惜しくもなく、まさしくビミョーだった。<br>7科目では745点だった。第一志望の大学のボーダーより90点高かった。<br>僕の家庭は両親が離婚してからは天井にまでびっしり結露がつくマンションにしか住めないくらい貧乏だったので、私立だけではなく国立の2次すら出願しないことにした。<br>担任の先生はとにかく学校の進学実績をあげたかったので、僕に同志社大学と神戸大学を受けろと言ってきたが、それなら金をくれといったらもう相手にされなくなった。<br>僕だけ関関同立に受からなかった理由はこれだ。<br>
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<pubDate>Thu, 10 Mar 2011 01:41:03 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験６～</title>
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<![CDATA[ 新年になり、学校があいていなかった５日までは親戚の挨拶回りをし、５日からは受験勉強はこれまで以上に熾烈を極めた。学校の授業は無かったので朝８時に大学へ行き、昼の12時半まで午前中の勉強を行い、1時から6時まで昼の勉強を行い、7時から9時まで公民館で勉強を行い、1日12時間は勉強した。センター試験は1月20日21日だった。<br>刻一刻とセンター試験本番が迫ってきたが何故か焦りは一切無かった。<br>勉強は自習室ではなく、わざわざ教室をあけて行なった。教室の方が集中できたのだ。クラスの大半は自習室で勉強していたが、一部の人は教室で行なった。彼女も教室組の一人だった。<br>いつも後ろの方に座り、集中が切れた時はいつも彼女の後ろ姿をみて、彼女の遠い背中を追いかけた。<br>とうとうセンター試験本番がやって来た。普段は緊張しいな僕だが、センター試験の前日はぐっすり眠れた。当日も普段と同じヨーグルトとバナナを食べた。<br>センター試験は大阪府立大学で行われた。南海高野線「白鷺駅」でおりてそこから徒歩で向かった。<br>府大はまだ綺麗な校舎が一部しかできていなかったので、古い校舎で受験した。<br>初日は文系教科だった。<br>国語と世界史、現代社会、英語だった。<br>国語は現代文は簡単だったが、古文と漢文は意味不明だった。準備しておいた助け船鉛筆を転がしてマークする番号を決めた。助け船鉛筆はかなり力を発揮した。<br>現代社会も難しかった。訳の分からない問題が大半だった。<br>世界史も英語も楽に解けた。<br>リスニングは読んでいる女性の呼吸がエロチックだった。<br>センター１日目があっという間に終わった。自信があったので帰ってすぐに答え合わせをした。<br>初日の４科目は得点率90％だった。<br>早稲田が見えてきたと思ったが儚い夢だった。2日目に大どんでん返しが待っていた。
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<link>https://ameblo.jp/1271733/entry-10825437634.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 14:04:56 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験５～</title>
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<![CDATA[ 金木犀がいつの間にか香らなくなっていた。その変化に僕は11月になって気がついた。人間、現れるものにはよく気付くが、さりげなくフェードアウトしていくものには気付かない。<br>11月になっても相変わらず、放課後自習と公民館での勉強は続けていた。夏休みが明けてから、学校の授業以外で1日4時間は勉強した。<br>11月には、某最大手予備校のセンタープレ模試があった。これは学校の生徒全員が受験するものであった。また、この模試は例年難しく、成績が下がり落ち込む人が続出するというので有名だった。<br>彼女との一方的な直接対決はこの模試とセンター試験本番の残り2回だったので、僕はこの模試に命を懸けるくらいの勉強をしてきた。<br>本当に不純な受験勉強だが、本当に必死だった。<br>この模試の結果はよかった。得点率は80％ジャストだったが、偏差値は67あり、文系国公立コース96名中8位だった。<br>彼女は10位だった。<br>初勝利を収めた。<br>彼女は２次試験に向けた勉強ばかりしているとはいえ、初めて勝ったので嬉しかった。<br><br>CMでクリスマスソングが流れ始めた。某有名鶏の唐揚げチェーンのCMは僕たちを錯乱状態にさせた。<br>「クリスマスが今年もやって来る♪」<br><br>クリスマスがやって来る＝センター本番の１ヶ月前を切るということだった。<br>少しでも教室の雰囲気をよくしようと、クリスマスツリーを買って、教室のすみに配置した。セッティングを行なった放課後、彼女を含めて数人でクリスマスツリーの前で写真を撮った。僕も彼女も良い笑顔だった。<br><br>クリスマスはあっという間に過ぎ去った。クリスマスの次の日に終業式があった。終業式が終ってから新年の５日までは学校が閉鎖されたので、彼女と会うことは無かった。<br>大晦日は男友達と深夜に初詣に行った。合格祈願よりも彼女が出来るなら僕と幸せになれますようにと願った。<br>前者の願いはﾌﾞｼﾞ叶った。後者は分からない。少なくとも僕と一緒という願いは叶っていない。<br>今、彼女は幸せだろうか。もう、３年以上会っていない。<br><br>初詣はかなり薄着で行ってしまったので本当に寒かった。だから解散も早かった。帰り道ゆっくり時間をかけて自転車をこいだ。シリウスが夜空に輝き、オリオン座が雄大に僕を見下ろしていた。
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<link>https://ameblo.jp/1271733/entry-10825011144.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 13:03:44 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験４～</title>
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<![CDATA[ １０月は本当に忙しかった。<br><br>頑張った高校最後の定期テストは彼女がクラスで３番で、僕は５番だった。<br><br>定期テストではとうとう勝てなかった。<br>１０月の３週目の日曜日に難波のラブホ街のど真ん中にある某有名予備校のセンタープレ模試を受けた。放課後や公民館での勉強の甲斐あって、いや、それ以上に奇跡が起きて得点率は８０％を越えた。偏差値も７０を越えた。彼女に勝ったと思ったが、彼女はその日、神戸大学の模試を受けていた。<br>またもや勝つことが出来なかった。<br>僕は志望校を上げようかと考えた。<br>しかし、僕の第一志望の大学の２次試験は小論文だけだったので、全く記述の対策をしていなかった。そのため、記述模試は偏差値５０ちょいだった。今更記述対策を始める気も起こらなかった。だから、センター試験だけで出願できる大学を探した。そして、センター試験が良かったら早稲田大学の商学部に出願しようと決心したが、人生そんなには甘くないことをこの３ヶ月後に知ることになる。いや、何となくだが、どうころんでも、第一志望の大学に行く気がしていたと思う。僕にはエリートコースは似合わないから。<br><br>１０月の４週目には高校３年生、唯一の行事の体育祭があった。全員２種目はエントリーしなくてはならなかった。僕は一応運動部でキャプテンをしていたが、運動が嫌いだったので玉入れと３人４脚にエントリーした。３人４脚は157センチの僕が真ん中で、両端は身長180センチの長身のやつでいく作戦を決行した。僕は長身2人の両肩にぶら下がり、長身のやつらが歩調を気にせず猛ダッシュするという作戦だ。作戦は大成功で全長30メートル程のコースだったが2着に15メートル以上の大差をあけてゴールした。勿論失格となったが、大爆笑だった。彼女も大爆笑していた。体育祭の日はハメを外す日だったので、彼女は髪を編み込み軽くコーンローにして、普段は前髪に隠れているおでこをさらけ出していた。笑顔がとてもかわいかった。思い切って２人で写真を撮ってもらった。写真は無くしてしまったが、その記憶は４年経った今でも色褪せずに脳裏に焼き付いている。
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<link>https://ameblo.jp/1271733/entry-10824997077.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 01:08:18 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験３～</title>
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<![CDATA[ 春過ぎて、夏まで過ぎて、とうとう秋がやってきた。センター試験まであと１００日ほどだった。<br>僕は学校の授業が終わってから６時までは教室に残って勉強し、その後に地元の公民館の自習室で９時まで勉強した。<br>地元のパン屋さんでメロンパンを買い、パンの耳をサービスでもらい、公民館ではパンの耳をムシャムシャ食べながら、いつも世界史の勉強をした。<br>家は離婚してから貧乏だったので、先輩から貰ったかなり大きい制服をきて、ローファーも学校指定のものは高すぎて買えなかったのでイズミヤで買った訳の分からない色のローファーを履きながら、パンの耳を食べ、いつも世界史を勉強している姿は異様だったに違いない。<br>当時は他人に自分がどう映るのかなんて考えもしなかった。何とかなるであろうという考えとは逆に、何とかならなかった時の不安、１年先が見えないことへの焦りが支配していた。僕が出来ることは勉強することだけだった。<br>地元のの公民館から家までは３キロくらい離れていた。しかも帰り道は登り坂だった。肌寒い秋の夜、自転車を押しているとき、金木犀の香りが鼻につき何とも言えない不安感に襲われ、また明日彼女に会えたら嬉しいなあという期待を胸にしまいながらゆっくり歩いて帰った。<br>１０月は受験生には大変な月だった。まず、高校最後の定期テストがあった。気を抜く人も多かったが、彼女は定期テストも手を抜かなかったので、僕も手を抜けなかった。<br>また、たくさんの模試があった。学校指定の模試が某予備校の記述模試とマーク模試だった。記述模試は某私立大学で受験した。だが、その日はその私立大学の学園祭とかぶっていたので、とても騒がしく、全く集中が出来なかった。僕のクラスのほとんどの人の偏差値が１０ほど下がった。僕も国語が200点満点中45点で偏差値も45だった。<br>マーク模試は別の私立大学で受けた。文系国公立コースだったので６教科７科目を１日でやらなくてはならず、しかも狭い教室に高校生がすし詰め状態だったので、死ぬかと思った。でも成績はかなりよかった。世界史は勉強した甲斐あって、９２点だった。他の教科も数学以外はぼちぼちで総合で７５％の得点率だった。彼女の成績にもかなり接近することができ、大満足だった。<br>他にも有名な国公立を受ける人の為に各大学個別のオープン模試があったが僕は受けなかった。<br>彼女は神戸大学のオープン模試でＡ判定をとっていた。かなりの差を感じ、悔しかった。
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<link>https://ameblo.jp/1271733/entry-10823216108.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 12:05:00 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験２～</title>
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<![CDATA[ 当時好きだった人は本当に頭がよかった。<br><br>クラスでは常に上から５番以内だったし、模試では毎回成績優秀者に名前が載るような人だった。<br>彼女は最終的に神戸大学に進学した。<br><br>僕は彼女に少しでも近づきたいと思った。いや、追い越したかった。努力は好きではなかったけれど、好きな人に負けているのは悔しかったから、某予備校の模試の結果が返ってきてからはとにかく努力した。<br>夏休みは朝８時３０分から夕方６時まで学校の自習室が開いていたので、毎日１番早く行ってお気に入りの席に座り、一番遅くまで、昼休み以外は机にかじりついた。<br>時々、彼女が僕の近くの席に座ったので、そんな日は勉強に集中出来なかった。そんな時はよくマミーを片手に夏休み中の学校内を散歩した。山の中にあったので万緑の景色が美しかった。彼女がトロンボーンの練習をしていた屋上からは野球部の練習の声が聞こえた。体育館の横の坂をアメフト部のゴツい男達が坂道ダッシュをしていた。<br>そんな風景を見ながら将来について物思いに耽るのが大好きだった。少し不安になるけれど、心地よい不安定さが身に染みた。１秒先の未来のことすら分からなかったけど、また、明るい未来なんて想像できなかったけど、何となく時間は経って、それとなく生きていける気がした。この予感は間違っていなかった。あれから４年がたったけれど、僕は何となく生きている。<br>まあ、蝉の声が五月蝿い中、こんな風に時間を過ごし、英気を養ってまた自習室に戻るのだった。<br>アブラゼミの声がつくつくぼうしの声に変わる頃、某予備校の模試を受けた。夏休みの成果が試されるものだったが、結果は普通だった。相変わらず、学年で上の下の下くらいの成績だった。<br>嫌いだった数学に足を引っ張られていた。数学が伸びなかったのは、僕が勉強しなかったからだが、腹いせにミスターオクレに似た数学の先生の授業はトイレットペーパーで僕の机の周りをバリ封した。毎時間、バリ封に用いたトイレットペーパー全てに「これはあなたのトイレットペーパーですか、いや違います」と書かれた付箋が貼られてあり、面白かった。付箋の無駄使いだった。
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<pubDate>Sat, 05 Mar 2011 00:18:16 +0900</pubDate>
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<title>詰め込み教育～大学受験１～</title>
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<![CDATA[ 数学を避けたいという理由で僕は高校２年生から、文系国公立コースに在籍した。４２名で男子対女子の比率は１:３だった。<br>このクラスは本当に頭の良い人が集まっていた。結果から言って、１年間の浪人も含めると京大１人、阪大２人、慶應、早稲田２名ずつ、神戸大３人、横浜国立１名、その他の国立大学１０数名、僕を除いた全員が関関同立に少なくとも１校は合格した。<br>ご想像の通り、変な人が多かった。ナポレオン３世をリスペクトする人や、発売したてのiPodにベートーベンやワグナーを入れてやたらゴツいイヤホンで鑑賞している人、電車の写真を撮るために、線路内に侵入し補導された人をはじめ、とにかく変な人が多かった。<br>男子が少なかったので一部を除いた男子全員が仲良かった。<br>今でも僕の親友と言えるのはこのときの仲間だ。<br>僕が受験を意識しはじめたのは高校３年生の７月頃からだ。勿論それまでも学校の行事で高校１年生のころからセンター試験の問題を解かされていたが、真剣になり始めたのは部活を引退してからだ。<br><br>高２の１月に受けたマーク模試では偶然センター試験１年前にも関わらず得点率が７０％で成績優秀者にも名前が載った。そこから部活の引退試合に向けて一生懸命だったので、一切勉強しなかった。部活の引退試合は６月初旬だった。個人戦はそこそこ上がれたが、団体戦はあっけなく終わってしまい、しぼみかけの風船のような気分になってしまった。４月頃から毎日地元の公民館の自習室に通い始めたが、身が入らずケータイでテトリスをするか、近くのパン屋さんからパンの耳をもらって食べて過ごすか、寝てすごすしかなかった。<br>しぼみかけの風船状態になってからも、部活の代わりに勉強という気にはならず、パンの耳を食べる生活を送っていた。<br>そんな状態で６月の末に某予備校のマーク模試をうけた。結果は６割に満たなかった。この時期にしてはいい結果とは思えなかった。何故なら僕が当時好きだった人は成績優秀者に名前が載っていたから。<br><br><br><br>この時から僕のストイックで過激な受験勉強が始まった。
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<pubDate>Fri, 04 Mar 2011 01:13:24 +0900</pubDate>
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<title>バイト三昧</title>
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<![CDATA[ 卒業論文を提出してからバイト三昧の日々を送っている。<br>塾講師というバイトを選んだので、受験前のこの時期は休めない。大学の人からは卒業旅行に誘われたが、面白くなさそうなので行かないことにした。皆何かを思い出したかのように旅行に行っているが、どこへ行っても大学生ばかりいそうなので行きたくない。<br>でも、失敗した。僕が旅行に行かないことが周囲にバレてしまって、「代わりにバイト入ってくれへん」というメールしか最近受け取らない。しかも、厄介なことに、僕は頼まれると断れない体質なのだ。ずんずんバイトの予定がたまっていく…今日も今から１日中バイトだ。<br>でも、今日の夕方までのバイトは、僕の大好きな人に頼まれたバイトなので、仕方ない。少しでも彼女の役に立てたら幸せだ。
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<link>https://ameblo.jp/1271733/entry-10818832430.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2011 08:44:20 +0900</pubDate>
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