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<title>パーティーの遺書</title>
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<description>ときめきの遺書</description>
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<title>絵本のなかの仕事</title>
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<![CDATA[ 子どもは無垢ではない。親の庇護なしでは生きられないからだ。それを無垢と呼ぶのは大人のエゴだ。<br><br>動物は無垢ではない。それをかわいいと思う側の醜さを思えば。<br><br>どんな物語にも書き手がいて、それは汚れた人間なのだ。<br><br>絵本の世界で、王子様やお姫様は貴族だから働かなくていい。<br><br>木こりは、何をしているかよく知らないけど、働いている。<br><br>パン屋さんは、おいしいパンを届けることが仕事である。<br><br>村上春樹のように、どうしたらフラットな環境に人物を置くことができるのか。<br><br>庭師は、きれいな庭を作ることが仕事である。<br><br>機関車の車掌さんは、人々を送り届けることが仕事である。<br><br>子供には、お父さんとお母さんがいる。お父さんもお母さんがいる物語は、お父さんやお母さんのいない子供を傷つけるかもしれない。<br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11662026410.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Nov 2013 05:13:00 +0900</pubDate>
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<title>不幸</title>
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<![CDATA[ 本当は頑張りたくないのに、頑張りたいふりをしている。いつまでこのフリがもつんだろうかと、不安でいっぱいである。<br><br>親だって子どもの幸せを願うとは限らない。<br>自分が不幸だから、子どもにも同じようになってもらいたいという思いがあっても、なんら不思議ではない。<br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11644160384.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Oct 2013 06:10:00 +0900</pubDate>
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<title>ワトソン</title>
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<![CDATA[ 親は、子供がずるいから働いてほしいのだろうか。<br>親「自分が働いていて子どもが引きこもりなんてずるいから働け」<br><br>働くことは義務ではない、という言説をよく目にする。それならば、このように感じる親の気持ちは、どう位置付けたらよいのだろうか。<br><br>夫「自分だけ働いて妻が働かないなんてずるいから働け」<br>彼氏「自分だけ働いて彼女が働かないなんてずるいから働け」<br><br>どんな哲学的な問題も、それを発する当人の心の病と結びつけられてしまう風潮がある。<br><br>ベジタリアンは、どんなに思想的にベジタリアンだと説明しても、肉にトラウマがあるのではないか？という目で見られるし、フェミニストは、どんなに思想的にフェミニストだと主張しても、男にトラウマがあるのではないか？という目で見られる。<br><br>もちろん殺生を減らしたいとか、平等な世の中を目指したいというのは当人の「感情」なのだろうが、人と違う生き方を選んだときに、どうしてもトラウマ的なものを、探してしまうところがある。<br><br>あと、病んでるひとに屈服したくない、変な人に屈服したくない、という思いが、私にもある。<br><br>大衆に理解されにくいひとというのは、どうしても、自分を受け止めてくれる「やさしい人」を求めてしまう。<br><br>自分がこの「やさしい人」に選ばれてしまうと、厄介である。<br><br>「やさしい人」になりたくない、という思いから、世間とずれた考え方を退けたいということなら、痛いほどよくわかる。<br><br>いじめにも様々なタイプがあるだろうが、次々とターゲットが変わり、いつ自分が標的にされてもおかしくないタイプのイジメもあるが、逆に、いじめられている人に交換不可能な特徴がある「変なやつ」であり、その人たけが標的にされ続けるという場合もある。<br><br>後者のいじめの場合、いじめっ子や傍観者に「自分が標的にされるかもしれない」という危機感は、それほどないだろう。いじめられる理由がはっきりしているからである。<br><br>いじめられる子のなかには、人と違う考え方を持っている子もいる。<br><br>そういう人とつきあうたびに感じるのは、否応無しに自分が聞き役、脇役にされてしまうことに伴う居心地の悪さである。<br><br>なにも聞き役、脇役が悪いといいたいのではない。<br><br>しかし、聞き役、脇役を続けることが苦痛である場合もあるし、それを苦痛だと感じる当人の心は、尊重していいと思うのである。<br>また、聞き役、脇役をしていて、それを誰か（第三者）が、いい人だね、と評価してくれることで、満足感を得ることがあってもよい。<br>そうした介入もない、二人だけの関係が苦しいこともある。<br>「変なやつ」は、付き合う相手を否応無しにワトソンにする。そして、その役割が交換てきる見込みのない関係を作ってしまう。<br>ワトソンに居心地の悪さを感じる人は、いわゆる「世間一般の価値観」を三枚のお札のようにばらまきながら、逃げるしかない。<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11644149372.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Oct 2013 05:21:00 +0900</pubDate>
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<title>用事性欲</title>
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<![CDATA[ 通勤電車のなかで読む本を忘れた。<br><br>通勤電車で読みたい本とはなんだろうか。<br><br>あの世を垣間見せてくれるおはなしだろうか。<br><br>死にたいと思いながら生きるのは、何かを殺しながら生きているみたいだ。<br><br>十全に生きるとはどういうことだろうか。<br><br>幼い頃の、射精を伴わない、行き場のない性欲。<br><br><br><br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11642907069.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Oct 2013 08:10:00 +0900</pubDate>
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<title>大人なるということ</title>
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<![CDATA[ あかちゃんをかわいいと思える気持ちのなかにある喪失感<br><br>ぼくもおねえさんになりたい<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11623909202.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Sep 2013 05:36:00 +0900</pubDate>
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<title>死なないための祈り</title>
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<![CDATA[ 本当に楽しいことがきても死なないための祈り<br><br>もし明日自分より若い子がアートフロントで楽しくしていても、<br><br>僕にはお母さんに読み聞かせをしてもらった記憶があるから、絵本を書きたいのかもしれない。<br><br>本当に楽しいことって何？<br>本当に幸せって何？<br><br>二度と出会えない切なさや欲望へ<br><br>あなたが本当に楽しいことに向かって歩いていくなら、ここでずっと祈りを捧げる。<br><br>社会に出る喜びを、宮崎アニメのように讃えたい。<br>この世は生きるに値する。<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11623907343.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Sep 2013 05:20:00 +0900</pubDate>
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<title>子供がいるひとは</title>
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<![CDATA[ 自分を救ってくれる言葉を、いつも探していた。<br><br>森は無意識の象徴で、有象無象の怪物たちがいる。<br><br>老年になって、それでもロマンスを求めてしまうとすれば、それは何と闘って解決すればいいの？<br><br>子供がいるひとは、また少し違う考え方をするかもね。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11616848728.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2013 06:01:00 +0900</pubDate>
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<title>普通の男の子</title>
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<![CDATA[ あの日に戻りたい。こうなってしまう前の、平穏な日々に。焦らなくていいから、いつか、しっぺ返しがくる前に。自分自身を欺き続けているのは<br><br>僕は普通の男の子とは違う<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11616842028.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2013 05:34:00 +0900</pubDate>
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<title>嫌な思い出</title>
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<![CDATA[ 小学生の頃、多分四年生から六年生くらいのとき、うちに弟の友人たちが遊びにきていたことがあった。<br><br>弟たちは、二階の子供部屋で遊んでいた。<br><br>僕は一階のリビングでゲームをしていた。<br><br>突然リビングの扉が開き、弟たちが入ってきた。そして全員で声をそろえて「やらせてください！」と言った。<br><br>僕はその声に驚いて、ゲームオーバーになってしまった。<br><br>僕はそのことに腹を立てて、弟たちに嫌がらせをした。<br><br>何をしたかは覚えていない。<br>最後に帰ろうとした子の靴を隠して、帰れないようにしたのだけは覚えている。<br><br>その子の母親が迎えにきたが、その子は靴を隠されて涙目になっていた。<br><br>僕は自分の母親に、「いい加減にしなさい」と言われ、しぶしぶ靴をだしてあげた。<br><br>弟の友人たちが帰った後は、ひたすら弟を責めた。<br><br>普段は自分と親しい弟が、友人たちと一緒に敬語を使ったことが許せなくて、「お前がふつうに頼みにくればよかったじゃないか！」と言って怒った。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11608427168.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Sep 2013 07:41:00 +0900</pubDate>
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<title>自立の喜び、自立の憎しみ</title>
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<![CDATA[ 自立の喜び。ひとりで旅にでるよ。<br>風がふいている。つめたい風が。真実に触れる旅なのだ。<br><br>自立の憎しみ。どうして私は一人なのだ。受けられるべき保護を受けられていない。不公平。<br>ひとりひとりというときの、そもそものひとりとは、両親の幸福な恩寵のもとに自立したひとりなのだ。<br>そんな、いんちきのひとりひとりに、私を含めないで。そんな出来レースでわたしを裁かないで。<br>一切の笑いは嘘です。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/14kerai/entry-11607743477.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Sep 2013 06:29:00 +0900</pubDate>
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