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<title>ミキスケの日々</title>
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<description>単なるサラリーマンの何気ない日々。寄席演芸とそれにまつわる文芸、あと色々なものを愛する生活です。</description>
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<title>五木ひろしメモリアルコンサート@東京国際フォーラム</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150604/10/1580222/b2/8f/j/o0800142213327015339.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150604/10/1580222/b2/8f/j/t02200391_0800142213327015339.jpg" width="220" height="391"></a><br>戦後70年を節目として、第一部は戦後の昭和の歌謡曲を年代順に、そして後半第二部は自らのオリジナル曲をという構成です。</p><p>平日15時の開演ですが3階席までほぼ満席です。ご本人と同じ団塊の世代が中心ですから当然と言えば当然ですが。</p><br><p>第一部の幕開けは「帰り船(田端義夫)」。「湯の町エレジー(近江俊郎)」「異国の丘(竹山逸郎)」「憧れのハワイ航路(岡晴夫)」と続きます。「港町十三番地(美空ひばり)」までで昭和20年代が終了。もちろん、これ以外にも名曲は多いので、個人的には灰田勝彦や岡本敦郎なども入ると嬉しかったですが。</p><p>昭和30年代は「赤いランプの終列車(春日八郎)」「雪の渡り鳥(三波春夫)」「王将(村田英雄)」「有楽町で逢いましょう(フランク永井)」「潮来笠(橋幸夫)」「高校三年生(舟木一夫)」「君だけを(西郷輝彦)」。30年代以降はツーコーラスですが「ああ上野駅(井沢八郎)」だけはフルコーラスです。</p><p>もうだいぶ前に国立劇場で歌謡曲の歴史をたどって大正からの歌をやった際もこの「ああ上野駅」は入っていましたから、五木ひろしにとってこの歌は格別の思いがあるのでしょう。</p><p>昭和40年代は彼と同世代の歌謡曲もかなりあります。「おふくろさん(森進一)」「舟唄(八代亜紀)」「勝手にしやがれ(沢田研二)」等々。最後は「川の流れのように(美空ひばり)」。</p><p>どの歌ももちろん五木ひろし風ですが、見事な歌唱です。できれば三日間くらいでもっと聴きたいですね。</p><br><p>第二部は「横浜たそがれ」「幸せさがして」「千曲川」「長良川艶歌」等。「大河」でフィナーレ。</p><p>20分の休憩をはさんで18時半の終演です。</p><p>とにかく旨い歌い手です。</p>
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<pubDate>Thu, 04 Jun 2015 10:24:02 +0900</pubDate>
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<title>大阪都構想について</title>
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<![CDATA[ <p>大阪から帰京してちょうど１カ月。</p><p>今週末には大阪市で大阪都構想に関する住民投票が実施されます。</p><p>大阪以外、東京でもあまり報道はされず、また人々もさほどの関心を示していない様子です。</p><p>橋下徹といういわばトリックスターの提案していることに対する賛否を問うものくらいの認識かもしれません。しかしながら、おそらく大阪市の人々の多くは自らの今後を占う最大関心事としてとらえているはずで、賛成・反対双方にとってシリアスな課題であることは間違いないところでしょう。</p><br><p>３年前に初めて大阪市に住む機会に恵まれ、橋下徹という人が単なるトリックスターではない事象には数々出会いました。確かに、自らの考えをぶち上げ、空気を作って周囲をなぎ倒しながら前進していくイメージがあるのでしょうが、法律家であることから権限と責任という観念がきわめて強く、そして役所という組織をいかにマネージして成果につなげるかということを考え抜いているという点で、個人事業主の典型である既存の政治家とは一線を画するものがあります。</p><p>また、既成の権益を徹底的に見直し、限られた資源の最適配分を進めてきたという点でもこれまでの大阪を大きく変えつつあると言えましょう。</p><p>例えば、大阪のメインストリートである御堂筋の両側は長きに亘って「50mの高さ規制」が施されてきました。若干のセットバックを施すことで60m程度のビルを建てることはできるのですが、いずれにしてもそれが限度でした。界隈のビルオーナーが10数年以上市に規制緩和の要望を出しても一向に進まない岩盤規制でしたが、橋下市政になってこれが一気に進んで、50mの線を保ちつつも100m以上のビルが建てられるよう昨年４月に規制緩和されています。</p><p>予算のスクラップ&amp;ビルドによって教育に多くの予算配分をしたことは広く知られることです。御堂筋の高さ規制緩和よりも大事な改革もかなり進んでいますが決して派手ではないことも多いのです。文楽への補助金削減はずいぶん騒がれましたが、おかげで文楽劇場は活況を呈していて補助金の削減を免れています。新たなファンの開拓も進んでいると感じます。</p><br><p>で、都構想です。</p><p>東京人の感覚では理解できないことではありますが、大阪府よりも大阪市が格上という感覚が大阪市(議会・役所)にはあるようです。京大出の学生や阪大出の学生が大阪市役所に就職する、同じように市会議員にもエリート意識があり「大阪府何するものぞ」の気概が、つまり「大阪府をリードし繁栄を支えてきたのは大阪市であり優秀な我々なのだ」という自負が二重行政を生み、税金の浪費を生んだとも言えると思います。「現体制のままでも二重行政の解消は可能」という都構想反対派の言い分を百歩譲って認めたとしても、それには「松井・橋下体制が半永久的に続く」ことが条件になるでしょう(もっとも近時「二重行政は存在しない」と言うようになっていますので何をかいわんですが)。</p><p>役人にせよ議員にせよ大阪市の仕事を生業にしている人にとって、都構想実現の後「京大出の自分が区役所職員！！」「京大での自分が区会議員！！」ということでプライドをずたずたにされることはたまらない屈辱でしょう。特に議員は当選しなければただの人です。私の住んでいる大田区(人口70万人)の先月の区会議員の当選ラインが3千票、大阪市では人口260万人で4千票あれば当選ということからすると、区議選での当選はなかなか大変で多くの現市会議員にとっては５区への分割は恐怖であるのが容易に想像できます(大田区の議員定数は50人とかなり多く、これを今回の都構想並みに15人くらいにすると当選ラインはもっと上がります。人口260万人で24区を選挙区とする大阪市会議員がいかに安楽の椅子かわかろうものです)。</p><p>いずれにしても、17日の住民投票の帰趨は極めて重要です。大阪が(この場合現大阪市だけでなく周辺市域も含んで)日本の二極の一方担えるのか、引き続き長期低落にあえぐのか。首都圏直下地震を考えると、副都として隣接県とも連携してバックアップ態勢を整備することは喫緊の課題であることは明白です。</p><p>現在の場所に安住している時間はこの日本第二の都市にはないことを認識しなければなりません。</p><p>東京在住者のあえての発信です。出すぎたまねですが。</p>
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-12026621655.html</link>
<pubDate>Thu, 14 May 2015 20:03:24 +0900</pubDate>
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<title>上野鈴本演芸場平成27年5月上席権太楼噺爆笑十夜</title>
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<![CDATA[ <p>６年ぶりに東京に帰って来て、定席通いを再開しています。</p><p>恒例の大型連休期間の柳家権太楼さんの興行です。</p><p>例年に比較してややお客さんの入りが少ないようですが、少しは景気が良くなって他のレジャーに行くようになったのか、一連の落語ブームも落ち着いてきたのか、理由はよくわかりません。</p><br><p>前座の噺はなく17時半に開演です。</p><br><p>柳家東三楼さん「牛ほめ」。真打になって落ち着きが出てきたようで語り口も良く面白い、短い時間なのがやや残念でした。</p><p>紙切り正楽さんは珍しく浅いところで上がっています。冒頭は「相合傘」ではなく「線香花火」。「神田祭り」「三社祭り」「藤娘」などを披露しました。</p><p>柳亭燕路さん「粗忽の釘」。引っ越し先のところから。行水の場面はなしで。</p><p>蜃気楼龍玉さん「強情灸」。見栄っ張りの江戸っ子の雰囲気が出ています。</p><p>漫才はホームラン。いつもの感じよりややぐだぐだでしょうか。</p><p>新真打柳家さん助さんは「雑排」。老けて見えるのは噺家にとっていいことです。</p><p>仲入り前は市馬さん「お化け長屋」。寄席の持ち時間の中で面白いところをうまくコンパクトに演じてくれました。</p><p>仲入り後は林家あずみさんの三味線漫談。まだまだ硬い感じはありますがいい声です。期待の若手色物です。</p><p>さん喬さんが「天狗裁き」で爆笑を誘って、紋乃助さんの曲独楽。</p><p>そして権太楼さん「子別れ」。</p><p>後の展開がわかる程度に上の弔いの場面を経て中・下に行きます。</p><p>今回の10日間は「爆笑噺」とは銘打っていますが「鰍沢」あり「芝浜」ありで、本日の「子別れ」もお客さんの涙を誘う好演でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-12024862202.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2015 12:35:29 +0900</pubDate>
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<title>５月５日上野鈴本５月上席夜の部「権太楼噺爆笑十夜」</title>
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<![CDATA[ ゴールデンウィーク恒例の十日間です。権太楼さんお馴染みの噺がネタ出しされますが、最近聴いていない噺を選んで今回は「代書屋」の仲日に出かけました。<br>前座はなく定刻１７時に開演です。<br><br>仙三郎社中の太神楽、柳家一九さん「都々逸親子」。柳家紫文さんの三味線漫談に続き三遊亭歌之介さん、これもいつもながらの鹿児島の話、子供たちの話です。<br><br>伊藤夢葉さんのマジック、こちらもいつもながらの惚けた味がいいですね。柳家喬太郎さんは現代版やくざの「つる」。やはり狂気が光ります。仲入り前は正朝さん「風呂敷」。<br><br>仲入り後はロケット団。春風亭一朝さん「祇園祭」。弟子の披露目もほぼ終わりホッとしているところでしょうか。正楽さんの紙切りに続いて真打ち登場です。<br>期待通りですが、「生年月日」のところが好きですね。爆笑の中終了。だいぶふっくらとして、体調も良好とお見受けしました。
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-11243974405.html</link>
<pubDate>Mon, 07 May 2012 07:17:57 +0900</pubDate>
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<title>４月２９日池袋演芸場４月下席昼の部</title>
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<![CDATA[ 春風亭一之輔さんの真打披露興行も都内の寄席はあと二日です。開演時刻には立見です。<br>まだ二つ目になってしばらく、兄弟子柳朝さんが真打になった頃から、毎月の日暮里サニーホールでの勉強会に随分と通いました。まあ、その頃から注目されていた噺家でしたので、最近の活躍は当然かもしれません。<br><br>弟弟子一左さんの「たらちね」から。続けて桂才紫さん「黄金の大黒」、アサダ二世のマジック、橘家円太郎さん「真田小僧」。ごく短い真田小僧ですが、いいですね。<br><br>春風亭勢朝さん、馬風さん、仙三郎社中の太神楽と続いて、一之輔さんの師匠一朝さん「芝居の喧嘩」で仲入りです。<br>この頃になると場内ムンムンしています。<br><br>仲入り後の披露口上の司会は柳家喬太郎さん。さん喬さんの口上、協会最高顧問馬風さん、師匠一朝さんと続きます。一時期本人にも話をさせるようになりましたが、今回はなしで三本締め。<br><br>演芸再開で喬太郎さん「擬宝珠」。何て言う噺ではありませんが、この人の狂気に似合う噺です。春風亭正朝さん「初音の鼓」。さん喬さんは「締込み」。正楽さんの紙切りの後、真打ち登場で「茶の湯」。色々マクラで沸かせます。観察の力ですかね、この面白さは。噺そのものは、各所に一之輔ならではの工夫でこれも沸かせます。あと何年このままで行くのか、工夫の箇所が多く、もう少し歳とって、多少オーソドックスな路線に軌道修正してくれる時期が来るのかと感じました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-11237267667.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Apr 2012 08:31:53 +0900</pubDate>
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<title>２０１２年２月１８日川崎いのちの電話開局２５周年「柳家権太楼独演会」</title>
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<![CDATA[ <p>日本の自殺者数は１４年連続で３万人を超えていて、この状況は先進国でほぼ最悪に近いと言われます。おそらく人口対比の自殺者はロシアが世界一厳しいはずですが、日本も一向に改善の兆候が見られません。</p><br><p>各地に「いのちの電話」という組織があり、２４時間３６５日あらゆる類の相談電話を受け付けています。</p><br><p>川崎いのちの電話もそんな中の一つです。年間２千万円の活動費を捻出するためにチャリティーの催し物を行なっていますが、柳家権太楼さんの独演会はもう何回目でしょうか。今回は場所を変えて武蔵中原のエポックなかはらホールでの独演会ですが、１階ほぼ満席です。</p><br><br><br><p>開口一番は柳家おじさん「転失気」です。</p><br><p>次いでほたるさん「元犬」。相変わらず元気いっぱいで結構ですね。今のうちはとにかくそれに尽きます。</p><br><br><br><p>権太楼さん登場で「百年目」。ほぼ１時間の熱演でしたが、細部も含め神経の行き届いた噺でした。最後、旦那が番頭に語るところはいつも以上に丁寧で心にしみるように思われました。</p><br><p>中入り後はロケット団。概ねいつものネタですが、沸かせてくれます。</p><br><br><br><p>最後、権太楼さんは「くしゃみ講釈」。こちらも丁寧にかついつもどおり抱腹の熱演でした。</p><br><p>久しぶりの独演会ですが、６５歳まだまだというモチベーション高い高座を拝見できて存在感を確認させてもらったひとときでした。</p>
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<pubDate>Sat, 18 Feb 2012 19:25:49 +0900</pubDate>
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<title>１１月１９日ホクト文化ホール｢三三・馬石二人会｣</title>
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<![CDATA[ 長野市にあるホクト文化ホールでの二人会です。<br>７０人から８０人ほどの入りでしょうか。会場の三分くらいですから、やや寂しい感じです。東京ならチケット完売でしょう。<br>しかしながら、なかなか中味の濃い会でした。<br><br>前座はなしで三三さんの｢たらちね｣から。まくらでこの日の昼の浦和での独演会に関わる話、各地での学校寄席の話等をたっぷりと。細部に神経が行き渡った楽しい｢たらちね｣でした。<br><br>続いて馬石さん｢笠碁｣。両者決裂の場面と再会の場面がやや淡泊に思われますが、二人が石を置きながら徐々に緊張が高まっていくところなどは非常に上手く演じています。この噺の落ちはわかりやすいと言えばわかりやすいのですが、わかりにくいと言えばわかりにくい、どちらかと言うと、この噺を初めて聴く人には難しい落ちです。この日もポカンとした反応が多かったようです。<br><br>中入り後は馬石さん｢時そば｣。最初のそば屋を流行っている方にして組み立てていて、それはそれで｢なるほど｣という工夫です。ただし、誠実で流行っていないそば屋が騙され、不誠実で流行っているそば屋が儲けるという元の設定の方が、世の不条理を表現していてしっくりするようにも思います。まあ、いずれにしろこちらも好演でした。<br><br>最後は三三さんの｢妾馬｣。滑稽にやりながら、家族の情愛を自然ににじませた良い噺でした。<br><br>柳家と古今亭の演目交換のようで見所の多かった会でした。
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<pubDate>Sun, 20 Nov 2011 12:58:05 +0900</pubDate>
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<title>矢野誠一「昭和の藝人　千夜一夜」</title>
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<![CDATA[ <p>既に故人となっている８８人の藝人のことをほんの少しのエピソードとともに書き連ねたものです。「本の話」に連載したものをまとめ、今年文春新書から出されたものです。</p><br><p>「まえがき」では「藝能人」という呼称は、戦時体制下提唱された新体制運動の中、情報局の肝煎りで創設された藝能文化聯盟が言い出し、普及させた言葉であって、ある意味でこれまで閉じられた社会の中でこそ輝きを持っていた「藝人」に、その技芸をもって世のため人のため尽くすことを求め、藝人は藝能人としてそれを実行することで、引き換えに「あふれんばかりの輝きを失ってしまった」としています。そして、昭和という時代は「藝人」らしく「藝人」が生きることの許された最後の時代と位置づけ、その時代を生きられたことを「仕合せ」と表現しています。</p><p>ここに並べられた８８人を見れば、その意味が自ずとわかろうものですが、それはどんなに低く見積もっても５０歳以上の人にとっての話と限定されるでしょう。</p><br><p>登場するのは、落語家・浪曲師・講談師・俳優・マジシャン・歌手・ボードビリアン等です。落語家では志ん生・志ん朝・文楽・円生・正蔵がいる一方で、三代目市馬、七代目圓太郎等が語られ、時代の寵児であった三代目歌笑、三平を扱います。</p><p>私の世代ではテレビ・ラジオでも間に合わなかった藝人、例えば邑井貞吉・九代目鈴々舎馬風・三代目三木助・一徳斎美蝶というような人々、テレビ・ラジオでしか縁がなかった四代目の柳亭痴楽・夢楽・佐々木つとむ・五代目柳朝等、一方生の姿に間に合ったのは古今亭志ん朝と先代正楽くらいでしょうか。植木等を入れてくれれば、笈田敏夫を入れてくれればとも思いますが、それだけ私たち世代でも昭和の藝人は遠い存在になってしまったということでしょうか。</p><p>てんや・わんや、Wけんじのような漫才、先代馬の助・先代小せんといった噺家、まだまだ思い出す人は多くいます。</p><br><p>矢野誠一のような方には、もっともっと見聞きした多くの昭和の藝人の話を残してほしいと思いますし、これは大西信行さんにもお願いしたいところです。</p><p>このような本を読むにつけ、忘却の彼方に忘れ去るには惜しい顔が見え隠れするのは私だけではないでしょう。</p>
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<pubDate>Mon, 15 Aug 2011 16:01:27 +0900</pubDate>
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<title>７月上野鈴本上席７月９日夜席</title>
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<![CDATA[ 先週の木曜日でしたか、京須偕光さんが日経夕刊にこの興行の評論を書いていました。市馬さんへの期待に溢れた文章でしたが、私も期待を込めて、まあとにかく暑い中足を運びました。<br><br>まずは柳亭市江君「権助魚」。師匠同様大柄です。今後の精進を期待しましょう。<br>ダーク広和さんはロープのマジックが大いに受けています。<br><br>柳家一九さんは相撲の噺ですが、やや気絶してしまい朧です。権太楼さんの代演は柳家喜多八さん「小言念仏」。この人のこの噺と「蝦蟇の油」は一種の狂気を感じるくらいおかしくて好きです。<br>のいるこいるさんの漫才の後は五街道雲助さん「代書屋」。雲助さんのこの噺は初めてです。<br><br>仲入り後は仙三郎社中、林家正蔵さん「西行鼓ヶ滝」。また髪を伸ばしたんですね。短髪のほうが噺家らしいのですがね。<br>柳家小菊さんに続いて柳亭市馬さんは「らくだ」です。カンカンノウでたっぷり喉を披露するかと思いきや、ここはあっさりで、屑屋さんの豹変のところをしっかりと、上手にやってくれました。
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-10949155165.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jul 2011 12:30:09 +0900</pubDate>
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<title>６月４日東劇シネマ落語「昭和の名人たち 落語研究会 弐」</title>
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<![CDATA[ 昨年暮れに好評を得た企画の第二弾です。<br>いずれも既にＤＶＤ化されていますので、ＤＶＤを持っている人にとっては新しいものではありませんが、大きな画面でゆったり観られるのはいいものです。<br><br>古今亭志ん朝「船徳」から。１９８３年の口演ですから、四十代前半の志ん朝さんは、程よい若さと程よい熟成を備え、どの役柄も楽しく演じ分けられています。<br><br>続いて兄十代目金原亭馬生「臆病源兵衛」です。こちらは１９７９年ですから、晩年と言わざるを得ませんが、それにしても老成し過ぎています。酒を飲む仕草一つに渋さが滲み出ます。<br><br>三遊亭円生は「引っ越しの夢」。噺自体は他愛ない噺です。こちらは１９７０年。最盛期と言っていいかもしれません。<br><br>最後は先代正蔵です。「中村仲蔵」１９７２年。彦六になる前の口演です。この口調は好きですが、仲蔵の苦悩と喜びのコントラストや浪人の出で立ちなど、描き方は志ん生のほうが遥かに鮮やかです。ただし、懇切丁寧で細部を疎かにしない内容は、この噺の理解を大いに助けてくれました。
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<link>https://ameblo.jp/1580222/entry-10913972218.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Jun 2011 15:13:48 +0900</pubDate>
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