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<title>パニック障害とうまく付き合う方法.com</title>
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<description>先の見えない将来に不安を抱いている人が多くいらっしゃいます。カウセリングを受けることで本来の自分を取り戻すこともできるのです。2015年2月からオンラインカウンセリング、メールカウンセリングがスタートしました。どうぞお気軽にご利用ください。</description>
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<title>Aさんの物語</title>
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<![CDATA[ <br>私はブルックリン生まれです。結婚して数年後にバーモント州に引っ越しました。今から二十年ぐらい前のことです。まもなくパニック発作かはじめり、そのせいで多くのことができなくなりました。したいところで買い物ができないし、教会にも行けませんでした。外出できる距離はごくごく限られ手いました。ある時期には郵便ポストにさえ行けなかったのです！私の唯一の願いは、ブルックリンに行って家族を訪問できるくらいまで快復することでした。<br>パニック発作が始まる前の私は、いつも精力的に動き回っているタイプでした。発作は徐々にやってきました。まず一人で外出できなくなりました。それからまったく家を出られなくなり、最後には一人で家にいてもひどく落ち着かなくなりまして。夫はみんなに私は病気だと言っていたのですが、本当はとこが悪いのか説明するのはひどく厄介でした。<br>六年間、個人セラピーを受けましたが成果はありませんでした。数ヶ月後パスグループの広告を見つけて試して見ることにしました。私はプログラムを始め、パスに加わってちょうど四ヶ月後、ブルックリンに行くという願いがついに実現したのです。バーモントからの度は素晴らしいものでした。車には六人乗っていました。娘とその夫、彼らの三人の子どもたち、それに私です。風景も、ﾄﾞライブも、すべてを楽しんでいる自分に気づきました。長旅だったので、高速道路沿いで何回か停まって食事をしました。私はカウンセラーに言われたことを思い出し、一度に全行程を見ようとはせず、よちよち歩きくらいの短い行程に分けて考えました。当然私は興奮していました。それを神経質になっているとはとらえませんでした。てだ、心地よい興奮と素晴らしい期待を感じているだけだと考えたのです。なんと言っても、私の生涯の夢が実現しようとしているのです。<br>ようやく空を背景にそびえるニューヨークのビル群が見えたとき、どんな気持ちがしたかそうぞうでしますか？<br>あたり本当に変わっていました。その冬バーモントに返ってからはほとんど雪でした。それ以来、他にもたくさん旅行をしまさした。もう私の恐怖症については考えることはありません。どこかへ行くときは、てた、いいことを考えます。新しいことを試してみるべきです。そうしなければ、多くのものを逃してしまいます。それに試してみなければ、決して自分にもできるのだとわからないでしょう。<br>私が学んだのは、私にはできるということです。人生はもう怖くありません。<br><br>体験者たちが語る快復の物語　シャーリー・A<br>
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<pubDate>Sat, 05 Nov 2016 09:14:00 +0900</pubDate>
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<title>いったい本当に治ったのか？</title>
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<![CDATA[ ここまで、パニック発作がどうやって始まるか、否定的な態度や、過剰なストレス、不健康な習慣、糖分の多い食事が組み合わさることで、どのようにしてパニック発作が起こるのかを見てきました。遺伝的要因があることもわかっています。けれども、こうした生活状況を改善すればパニック発作は消えてしまいます。<br>それではあなたは本当に治ったのでしょうか？それとも単に発作が抑えられているだけなのでしょうか？遺伝的要因というのは、つまりまたぶり返すこともあるかもしれないという意味ではないのでしょうか？<br>そう。もしまた健康をなおざりにすれば、パニック発作はぶり返すかもしれません。もし過剰なストレスを抑え、間違った食事をし、忍耐力の限界を超えて無理をするという、昔の習慣に戻ってしまったら。でも、たとえそういうことになって、パニック発作がぶり返しても、あなたは何をすべきか知っています。もう謎なんかではありません。<br>次のことを覚えておいてください。この経験を通してあなたが得た知識と力は、決して失われることはありません。一度やったことなら、またやることができます！<br>治るというのは実際、なにを意味するのでしょう？金輸際、怖くなくなるのでしょうか？いいえ。生きているかぎり、恐怖も、疑念も、不安もあるのです。人生とはまさにそういうものだからです。ときどきおびえたりすることがあっても、不安で心配になることがあっても、だからどうだというのでしょう？あなたにも人間の一人だということにすぎないのですから！<br>by シャーリー・A パニック障害からの快復より<br>
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12201210094.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Sep 2016 19:11:53 +0900</pubDate>
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<title>何か障害はないか考える</title>
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<![CDATA[ しばらくこのプログラムを実践してみて、それでも外出するのが難しいと思ったら、障害を探すことをお勧めします。障害とは、あなたの進歩を妨げている何か、邪魔をしている何かです。たいていの場合、些細な、かんたんに取り除けることです。あなたの場合、それは何でしょう？どうしたら取り除けるでしょう？考えてみてください。次のようなことを自分に問いかけてみてください。<br>私のパニック発作は、もしこれがなかったら得られなかったかもしれない何かを手に入れさせてくれているだろうか(例えば周囲が私のことをより気にかけてくれるとか)？パニック発作は、私が本当にしたくないことをしないですむための正当な言い訳、解決策になっているだろうか？私はパニック発作を、自分の完璧主義的な基準に会った生き方をしていないことの言い訳にしていないだろうか？「パニック発作さえなかったら、もちろん私はこうなってた(あるいはこうしていた)だろう」。結局、自分がそれほど完全でも、すぐれているわけでもないことがわかるかもしれないから、この言い訳を捨ててしまうのがいやなのではないか？もしこれらの質問に対する答えがイエスなら、こうした必要性を満たすための別の方法を見つければ活路は開けます。結局のところ、人と親密さを感じていたい、途方に暮れるような問題の多い状況を避けたい、よくなりたい、進歩したいという根本的な願いは、人間の欲求として無理のないもので、何も恥じることはないのです。でも必要を満たす手段として「病気」を選ぶ必要はありません。こうした欲求を満足させる。もっと健全でいい方法はあります。<br>パニック障害からの快復/シャリー・A著より
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12194141650.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Aug 2016 11:26:40 +0900</pubDate>
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<title>ぶり返しを体験する　</title>
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<![CDATA[ これは言い古された言葉のように聞こえます。でも私はよく、これは不必要に不安にさせる言葉ではないかと思うのです。ぶり返しは後退、つまり、すべての進歩を帳消しにしてしまうことを意味します。だれがそんなことを望むでしょう？<br>でもこういうふうに考えてみてください。どのような進歩をするにしても、最初から最後まで完全にうまくいくというのは、まずめったにありません。目標達成グラフを作ってみれば、決してまっすぐ上昇していく線にはならず、むしろ、新聞で見る株式相場のグラフのようなものになるでしょう。うねうねとした線が上昇したり下降したりして続き、あいまに平坦なところがあるグラフです。それでも、長期にわたってみると確実に上昇していることでしょう。<br>大自然にも周期的な変化があります。潮の干満、昼と夜、季節、天候。電磁波であろうが、海の波であろうが、引き潮と満ち潮は必ずあるものです。自然のこの周期的現象はいたるところで認められます。自然について言えることは、私たちについてもあてはまるのではないでしょうか？私たちは自然の一部なのですから。<br>だから、明日、昨日ほど元気に感じなくても、むやみに心配しないでください。あるいは、先週もっと楽にできたことが、明日は少しつらくなっても.,(おそらくホルモンの変化によるものでしょう。これもまた周期です)。これは正常なことであって、「ぶり返し」と呼ぶには値しないと考えましょう。ただ受け入れて、上向きの波が戻ってくるのをじっと待っていてください。<br>ぶり返しについてもう一点つけ加えておきます。風邪やインフルエンザにかかっているあいだは、気分が滅入ります。気が滅入るのも、痛みや熱のように風邪やインフルエンザに伴う症状の一部にすぎません。だから何も心配する必要はありません。そのうち消えてしまいます。今のところはあまり行動したくない(ただおとなしくベットに横になっていたいだけ)という気持ちは、身体を休めて快復を助ける自然のやり方なのです。<br>シャーリー・Å &nbsp;著 パニック障害からの快復より
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12190363275.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Aug 2016 21:08:55 +0900</pubDate>
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<title>逃げ道を断つと実に簡単</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sat, 02 Jul 2016 15:56:56 +0900</pubDate>
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<title>パニック障害からの快復　シャーリー・A著</title>
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<![CDATA[ 閉じ込められたと感じたらどうするか<br><br>広場恐怖症の特徴の一つは、ほとんどどんな状況にあっても絶えず自分を犠牲者として、言ってみれば「ワナにかかった人間」と見てしまうことてす。特に交通量の激しい場合に橋を渡るのが怖い女性がいるとしましょう。どうして怖いのかと聞くと、その女性は「そこでワナにかかってしまう」のが、あの感覚が襲ってきたときに逃げ出すことができないのが怖いのだ、と言います。<br>この恐怖を克服するには、状況に対する身体の過剰反応を減らし、状況についての認識をかえられるように修正する必要があります。つまり、身体と心の両方に気を配らなければならないのです。たとえば、彼女は健康を損ねないようにしなければなりません。適切な食事をし、毎日の運動とリラクゼーションをするべきです。ストレスは大量のエネルギーを消費するのを意識して、出かけるときには食べ物を持参したほうがいいでしょう。それにストレスを軽減するための道具も身につけておかなければなりません。これはすべて常識的な用心にすぎません。また、その橋がどうやって建設されたか、その歴史は、など、橋についての知識を深めておくのも役に立つでしょう。そんなことを知っていても関係ないように思えるかもしれませんが、実は違います。なんであれ、よく知るようになり、理解できるようになると同時に、それほど恐ろしくなくなってくるものです。<br>別の視点で状況を見るようにすることも欠かせません。結局のところ、彼女はたまたま橋の上にいるのではありません。どこかに行こうとしているのか、家に帰ろうとしているかです。橋がそこにあるのも理由があるからです。川や幹線道路などの障害物があるため、向こう側に渡りやすくしようとして(あるいは渡れるように)架けられたのです。だから彼女は自分が行こうとしている場所にたどり着くために、橋を利用しているのです。橋に利用されているわけではありません。彼女はたまたま橋の上で捕まえられて、救いを待つ犠牲者などではなく、理由があってそこにいるのです。外部からの恐怖をただ自分にはどうすることもできない外部の力としてとらえ続けていれば、快復が遅れるだけです。投薬を受けているとしても、あなたには食事のしかた、考え方、ストレス処理のしかたなどについての責任があります。薬は解決策にはなりません。まさに例の逆説の一つです。これに自分にも大いに関係のある問題だと考えると、はるかにうまく対処できるようになります。
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12174600486.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jun 2016 17:01:03 +0900</pubDate>
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<title>逃げ出したいという衝動が起きたらどうするか</title>
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<![CDATA[ パニック発作が起きるのを感じると(あるいは今にも起こりそうなのを感じると)、逃げ出したいという強い、間違えのようのない衝動に襲われます。<br>自分でどうしたいと思っても、ほとんど何もできません。これは見張り番が目覚めると必ず起こる、自然の反応なのです。逃げ出したいという衝動に駆られるときは必ず攻撃・逃避本能が活発になっているという、ほぼたしかなしるしです。<br>でも、よく聞いてください。視床下部か刺激されると逃げ出したい衝動に駆られるのは、異常ではありません。身体はそういうふうにできているのです。危険が続いているあいだ、自然はあなたがそこら逃げ出すのを助けようとするのです。<br>でも、何も危険はないと、それが単なる神経の過剰反応にすぎないとわかっているのなら、逃げ出したい衝動について屈してはいけません。その代わりどうするべきか？すぐにQRか応急処置を始めるのです。いったん見張り番が落ち着くと、逃げ出したい衝動は消えてしまいます。<br>逃げ出したい衝動に屈してしまうと、あとで敗北感を覚えて自分に腹を立てるでしょう。逆に、逃げ出さずに気を鎮めることができれぱ、誇らしい気持ちになり、勝利感がえられるでしょう。(どちらを、手にしたいですか、短期的な利益か長期的な利益か？)。<br>このプログラムに従っているうちに、交感神経系は落ち着いていきます。交感神経系が落ち着くと、いつもの過剰反応は弱まっていきます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12160384375.html</link>
<pubDate>Sat, 14 May 2016 18:13:31 +0900</pubDate>
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<title>あなたは大丈夫！</title>
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<![CDATA[ あなたは正常だ、あなたの神経系はちゃんと機能している、とわかってもらうのが難しいことがあります。合理的に説明しても、どういうわけか自分が病気なのだと信じ続けたい人もいるのです。多くの心理学者はここには心理操作的要因が働いている、と意地悪くほのめかしています。しかしウィークス博士は『広場恐怖症の簡単で効果的な治療法』の中で、次のように書いています。『広場恐怖症の男性や女性で。快復したくないと思っている人はめったにいない』。おそらく、どちらの見方もある程度妥当だと言えるでしょう。いずれにしても、ある人々にとってはライトモチーフのように繰り返し頭に浮かぶ言葉があるのです。「私はどこが悪いのだ」。そうではないという証拠があるにもかかわらず、です。<br><br>シャーリー・A著より<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12158239581.html</link>
<pubDate>Sun, 08 May 2016 15:29:22 +0900</pubDate>
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<title>パニック障害からの快復　シャーリー・A / write</title>
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<![CDATA[ 頼りになるのは自分自身<br><br>あなたには頼りになる人を探す必要はまったくありません。あなた自身が頼りになる人なのです。考えてみてください。あなたはすでに必要なものすべてを持っています。すべてあなたの中にあるのです。人はそれぞれが、なすべきことについて欠けるところなく充分な存在です。希望、勇気、生の躍動、そういうものは私たちの中にあるのです。そして私たちはそうしたければいつでも、この力の源を呼び出すことができるのです。<br><br>私たちが外側からの力の源と呼んでいるものでさえ、私たち自身の心の中にあるのです。読んだ本、知っている人々、愛している人々、信じている神、それらすべてはあなた自身の中に複雑に入り組んでいる一部ではありませんか？<br>古くからの言い伝えにもあります。人間が最初に創られたとき、神の生気そのもの～きた勇気を与えられたために天使たちは人がこの勇気の存在に気づかないように隠してしまおうとたくらみ、隠し場所を探しました。「空に隠そう」「大地に埋めてしまおう」「海に放り込もう」。天使たちはそれぞれ意見を述べました。でもある賢い天使がこう言いました。「いや、人間の心の中に隠そう。そこを探そうとは決して思いつかないだろうから」。<br><br>あなたは大丈夫！…
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<pubDate>Thu, 05 May 2016 18:59:10 +0900</pubDate>
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<title>真実の瞬間</title>
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<![CDATA[ あなたが何かをしはじめたり、あるいはどこかへ行こうとしていて、突然「もう後戻りできない」と気づいたとしてください。もう後戻りできない状態に達したとき、あなたはどうしますか？どうやって対処するでしょうか？<br>そのときこそ、身につけたすべてのリラクゼーション法を試してみるのです。ゆっくりと呼吸し始め、筋肉をだらんとさせ、じゅうりょくにひっぱられるままにしましょう。応急処置をしましょう。たぶん、身体が激しく過呼吸をしたがるかもしれません。かなり恐ろしいことです。そのとき、あの臆病で依存的な子供があなたの中で叫びます。「おお、耐えられない！！」。でも、その子供にきっぱりと言い返してみてください。厳しくではなく、きっぱりとです。「さあ、いい子だね、だいじょうぶだよ」、あるいは「さあ、やつらにきみの本領を見せてやろうじゃないか」。時間がたつにつれて、まだ判断力を失っていないのに気づきます。そのことを忘れないようにしましょう。繰り返し言い聞かせるのでます。現状でどれだけ立派にやっているか、自分に思い出させるのです。(やさしく話しかけましょう。いいですか、あなたは小さな、おびえた子どもに話しかけているのですよ)。自分がビクビクしていることなど決して気にしてはいけません。そんなことはたいした問題ではありません。肝心なのは、あなたがすでに困難な状況にあって、ついに「それ」をしているということなのです(「それ」がなんであれ)。あなたは行動を起こしたのでます。そのことを喜びましょう。誇りを持ちましょう。褒めてしかるべきであって、避難すべきことではないからです。神経質になっていることについては、気にしないでください。なにをするにせよ、経験を積んで行けばそれはしばらくして治ります。<br><br>「自信を持とう、自信を持とう」と自分を仕向けたりしても生まれるものではありません。自信は実行によりよって生まれるのでます。自信があなたのドアをノックしに来るまで待っていてはいけません。それではすべてを後退させているのと同じです。自信はあなたが困難なことを成し遂げるたびに、「ばんざい、やったあ！」ということができる度に、自然に身についてくるものなのです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/1604srs/entry-12156568027.html</link>
<pubDate>Tue, 03 May 2016 18:34:47 +0900</pubDate>
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