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<title>Freemanのブログ</title>
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<description>山陰のジョブス</description>
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<title>隠岐の島唄　「隠岐愛歌」</title>
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<![CDATA[ <object width="480" height="270"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/sgLpbqd07wg?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/sgLpbqd07wg?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="270" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>幼少の頃、島根半島から見る隠岐には特別の感情がある。晴れた日に、遥か海の向こうに見える島影は幼少の頃の呼称「隠岐の国」にふさわしい情景であったのを憶えている。近くても行った事の無い国、それが「隠岐の国」であった。実現したのは、会社務めのとき、「シルバー新聞」の制作で隠岐の老人クラブを訪れる事になった時んであった。３６歳の時だ。それ以来行った事がないが、もう一度訪れようと念う。そんな隠岐をイメージして作ったのが「隠岐愛歌」隠岐の島町長には昨年贈った。１　♪隠岐は絵の島　花の島　　磯にゃ波の花咲く　里にゃ人情の花が咲く２　♪船は出てゆく　波止場には　愛し　　島の娘が　涙で唄う　哀の歌３　♪娘なぜ泣く　海をみて　　いつか逢えるひとを　いつか逢える日　夢にみて４　♪風は西風　こころも凍る　　やがて来る春を　やがて来る春　東風（こち）に乗せ５　♪島のおなごにゃ　誰もが勝てぬ&nbsp;&nbsp;&nbsp; 島の男たちの　島の男の　自慢酒６　♪海は朝凪　舟の音&nbsp;&nbsp;&nbsp; 向こうに見えるは　愛おしいひとの船の影7&nbsp;&nbsp;&nbsp; ♪隠岐に来るには　遠慮はいらぬ　　　一度はおいでよ　神の住む島　隠岐の國
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<pubDate>Thu, 17 May 2012 09:51:03 +0900</pubDate>
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<title>八重垣神社</title>
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<![CDATA[ <object width="480" height="270"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/smSWjOU4j_Q?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/smSWjOU4j_Q?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="270" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>最近、パワースポットブームで八重垣神社に若い女の子達が全国からわざわざやってくるらしい。島根や松江の観光収入がアップする事はとても良いことだ。島大生の頃はよく同僚たちときた。あの頃はまだまだ今のように綺麗に整備されている訳ではなく、神秘性を保っていたがこれも時代かな。「八重垣神社　恋歌」がやっと出来上がった。今回はメロだけだが、次回はボーカル入りをアップ予定。
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<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 11:51:22 +0900</pubDate>
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<title>島大　軽音楽部時代</title>
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<![CDATA[ 最近、Twitterで島大の学生やシンガーソングラーター達と<br>楽しく会話させて頂いている。<br><br>今の子達は才能があるのはもちろん、発表の場がブログやYOUTUBEなど<br>恵まれていて羨ましい限りだ。<br><br>私の時代は、年に一度、県民会館の中ホールでの発表会くらい。<br>あれは多分４０年前の１２月の時だったと思う。<br>楽屋のある廊下にアフロヘアーの大男がうろうろしており<br>何者だ？と怪しんでいたら、後に有名になる井上陽水だった。<br>大ホールでコンサートをやっていた。<br>当時は『傘が無い』が大ヒットしており、今になれば貴重な思い出。<br><br>写真は、放課後に教室での練習風景。<br>左からべーすの向井、ドラムの園山さん、VoとGの山村<br>右がGのわたくし。<br><a href="srventryinsertinput.do#" class="thum"><img ratio="2.2222222222222223" id="1330477861402" thum_style="width:220px; height:98px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20120229/10/190blog/66/73/j/t02200098_0800035711822938973.jpg" orig_style="width:800px; height:357px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20120229/10/190blog/66/73/j/o0800035711822938973.jpg" style="width: 458px; height: 214px; padding-top: 22.1818px;" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120229/10/190blog/66/73/j/t02200098_0800035711822938973.jpg" alt="KEION"></a><br><!--まだ髪がふさふさの頃・・・・br class="codelinebreak"-->
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11178617227.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Feb 2012 10:06:48 +0900</pubDate>
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<title>安来清水寺　清水谷善圭貫主</title>
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<![CDATA[ 安来清水寺　清水谷善圭貫主とは２０年以上のお付き合いをさせて頂いてる。<br>私が新聞社の安来支局にいた時に清水寺の広告を担当した時に初めてお会いした。<br>事務所の中の貫主の仕事場に通された時に驚いたのは、部屋の中にコンピュータや<br>プリンタ、スキャナ、コピー機、FAX等があり、<br>寺のイメージとは程遠い風景にカルチャーショックを受けた。<br>当時はOA機器など一般の会社にもそれほど導入されてはおらず、<br>その先進性に驚いた。<br>今でこそ寺社でもOA化されているが、その時代は清水谷貫主くらいなものだった。<br>その時のコンピュータがAppleでこれまた驚いた。<br>会社のPCはDOSでキーボードからコマンドを打ち込んで操作するという代物が、<br>ここではマウスでアイコンをクリックするというインターフェースで、<br>イラストレーターやPhotoshopで描画や写真の加工がマジックのように<br>できるのを見たとき、<br>「これからはコンピュータの時代が来る」と。<br>それから、清水寺に行く度に何時間も指導を受けたものだ。<br>私のコンピュータの師は貫主である。<br>貫主から頂いたAppleのコンピュータは今でも私の宝になっている。<br>それ以来、私はApple党でコンピュータはiMacで7台目、<br>それにiPhone、iPadと、Apple信者である。<p><br class="linebreak codelinebreak"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120212/11/190blog/e7/b1/j/o0573068611789111232.jpg"><img ratio="0.8365019011406845" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120212/11/190blog/e7/b1/j/t02200263_0573068611789111232.jpg" style="width:220px; height:263px; border:none;" alt="清水谷善圭貫主"></a></p><p><br class="linebreak codelinebreak"><br><br class="linebreak codelinebreak"></p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120212/11/190blog/72/0e/j/o0316043411789173295.jpg"><img id="1329014793922" ratio="0.7284768211920529" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120212/11/190blog/72/0e/j/t02200302_0316043411789173295.jpg" style="width:220px; height:302px; border:none;"></a></p><p><br></p><br class="linebreak codelinebreak">
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<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 10:58:17 +0900</pubDate>
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<title>オリオンビール</title>
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<![CDATA[ BEGINのオリオンビールのYouTubeを見るたびに1972年に大阪の伊丹空港から那覇に行ったことを思い出す。学校は休学？し全国をヒッチしながら放浪してた最終地が友人のいる沖縄だった。山陰と違って沖縄は南国。そのうえ走る車は左ハンドルのアメ車。通行も右側。那覇の首里城近くのアパートに居候することになった。アパートといっても当時は今のような洒落た建物ではなく、沖縄特有の石造りの台風に備えた平屋だ。再会と歓迎に泡盛とビールで乾杯。本土ではキリン、札幌、アサヒしか知らなかったビール。初めてオリオンビールに出会った。沖縄でビールといえばバドワイザー。地ビールがオリオンビールであった。苦いラガー味に慣れてたせいか、薄くさっぱりとしていてバドに近かった。最近、酒屋にも並んでいるので、ちょっと高いが奥様に無理をいって買ってもらっている。そんな思い出のオリオンビールをBEGINを聴きながらやっている。<object width="459" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pM-8F2cjoFI?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/pM-8F2cjoFI?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="459" height="344" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11152045665.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 12:28:07 +0900</pubDate>
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<title>沖縄宮古島の友人（2）</title>
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<![CDATA[ 有機農法から自然農法へ、農業革命を起こそうとしている友人は<br>名前は川平（カビラ）という。<br>1970年に島根大学の２年の時。<br>当時は沖縄返還反対運動が学園闘争とともに起きていて<br>僕らはそこで知り合った。<br>沖縄はアメリカ領土で彼はパスポートで入国していた。<br>彼は文理学部（今は別名だが）私は教育学部で、デモにも<br>一緒に参加した。学生運動の中でも僕らは相当過激な部類に入った。<br>今でこそノスタルジーで書いているが、当時のことは支障があるので<br>詳しくは書けない。<br>学生運動も落ち着いてから私は学校に行かず、いろいろと放浪した。<br>沖縄に帰った彼のところにも行き、１ヶ月ほど一緒に働いたこともある。<br>まだまだアメリカだった。<br>私は友人たちにあだ名をつけるのがうまくて<br>けむり、カマキリ、は虫類、両生類・・・・など<br>特徴をとってあだ名で呼んでいた。<br>彼らも気に入ってくれていたようだ？！<br>彼には「原人」というあだ名を付けてやった。<br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120118/14/190blog/3e/d5/j/o0600035011741544678.jpg"><img id="1326866020159" ratio="1.71875" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120118/14/190blog/3e/d5/j/t02200128_0600035011741544678.jpg" style="width:220px; height:128px; border:none;"></a></p><p><br></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11139116589.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 14:32:38 +0900</pubDate>
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<title>火神の郷</title>
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<![CDATA[ 小・中学校の校区周りの愛称募集があったので、住民として応募してみた。<br>中学校の岩田教頭先生が担当だというので直接持参したが、不在だったので<br>言付けて帰ったら、夕方6時半頃にお礼の電話をいただいた。<br>いつも思うことは、礼儀をきちんとされると気持ち良い。<br>コミュニケーションの基本は礼儀だと新ためて心得た。<br>ついでに八雲町の歌を作っていたのでDVDを贈った。<br>いつか公開したいと思っている。<br>八重垣神社は曲と歌詞は出来ているので、後はアレンジだけ。<br>完成したら贈る予定だ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11135612130.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Jan 2012 16:31:24 +0900</pubDate>
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<title>沖縄宮古島の友人</title>
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<![CDATA[ 沖縄の友人から深夜に電話があった。<br>だいたい年に4～5回くらい気が向いた時にあるので深夜でも驚かない。<br>沖縄の宮古島に住んでいて、今はかなり注目されてる人物である。<br>詳しくはここでよく分かる。<br>http://www.binchoutan.com/miyako/kabira.html<br>有機栽培から脱皮し自然栽培の農業を実践して証明しようとしている。<br>Revolution という英語は日本では「革命」という翻訳が一般的だ。<br>だが、革命というより「世直し」という方が日本では分かりやすいかもしれない。<br>その世直しを友人は成し遂げるかもしれない。<br>友人のことは、これからもこのブログで書いて行きたいと思う。<br>彼のインタビュー記事を読んで欲しい。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11130098343.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Jan 2012 14:23:32 +0900</pubDate>
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<title>年賀状について</title>
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<![CDATA[ 今年も年賀状をたくさんの方から頂いた。<br>いつも思うのは、印刷された文面のままとどく年賀状は<br>目をさっと通してそのまま放置する。<br>ところが、１行でも自筆で書き込みがしてあると<br>じっくり見てしまう。<br>業者からの年賀状は仕方がないといえるかもしれないが<br>知人からの年賀状は相手の気持ちが汲み取れず残念に<br>思う。<br>私は必ず一人一人にメッセージを書き添えることにしている。<br>たとえPC<br>のテキストで打ったとしても・・・<br>今年心打たれたのは隠岐の島町長の松田和久様からの年賀状で<br>手書きで「新春のお慶びを申し上げます。昨年は私共の町の為に<br>作曲をして頂き誠に有難う御座いました・・・・」<br>隠岐をテーマにした曲をDVDにして送ったお礼が書いてある。<br>謝意の電話を頂いていたのだが、まさか賀状までいただくとは・・・。<br>できた方だと改めてリスペクトした。<br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120103/14/190blog/9c/03/j/o0800125411712972482.jpg"><img id="1325569740808" ratio="0.6376811594202898" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120103/14/190blog/9c/03/j/t02200345_0800125411712972482.jpg" style="width:220px; height:345px; border:none;" alt="" matuda" c"></a></p><p><br></p>
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<pubDate>Tue, 03 Jan 2012 14:39:50 +0900</pubDate>
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<title>明けましておめでとうございます</title>
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<![CDATA[ 一、石原さん　本年もよろしく御願いします。二、明けましておめでとうございます。ヤスヒコ、なべちゃん、いずものみなさん。どいちゃん、いけだくん、かわさきくん、いちうらさん、おかもとくん、よしださん、はやまさん、おめでとうございます。みかみさん、てら、かじたに、まつもとくん、えだねくん、がもちゃん、たかぎくん、あやちゃん、ふじわら、おおもり。げんきですか。みなさんが健康で良い年になるのを祈念しています。　　　　　　　　　　　　八雲の自由人　まつもと<object width="480" height="270"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/OTeRe1Ju5TA?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/OTeRe1Ju5TA?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="270" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<link>https://ameblo.jp/190blog/entry-11123423673.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 08:19:10 +0900</pubDate>
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