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<title>19433491さんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>約５年ぶりに</title>
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<![CDATA[ 投稿を再開する予定ですのでよろしく、…２０２０年１１月１８日、…歩ちゃんよろしく、
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<pubDate>Wed, 18 Nov 2020 12:50:49 +0900</pubDate>
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<title>人種平等主義を武士道精神で貫く日本、パート１</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/054.gif" alt="クローバー" class="m">第一次世界大戦では日本は英国や米国等の連合国に参戦し勝利して、世界列強の仲間入りをした、…この戦争を期にもう二度と世界中を巻き込んだ戦争を起こすまいと、１９１８年米国のウィルソン大統領は国際連盟の設立を提案した…英国、仏国、イタリア、日本は常任理事国となった、しかしおかしな話で提唱国の米国は加盟しなかった、…そこで日本は人種差別撤廃を提案したが、反対多数で拒否された、当時列強各国は多くの植民地を所有して、多くの黒人や有色人種を奴隷のように働らかしていたからです…日本では古来からあまりひどい人種差別はなかったと言われている、…八絋一宇（はっこういちう）世界人種平等という考えがあったからです、…例えば、ある喫茶店の隣に黒人や、ちょっと薄黒ろい東南アジアや南米の人がそわっても、あまり日本人は珍らしいと、思っても嫌悪感を感じないと思いますが、まして少しの日本語など話しかけられたりすると親しみさえ感じたりする、少し色が黒いかなと思っても区別はするが、差別まではしない、…これが一般的な日本人だと思いますが、……<br>１９３３年、ドイツでナチスが政権を取ると、ドイツから人種差別されていた、ユダヤ人狩りが初まった…パート２へ、
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<pubDate>Mon, 23 Nov 2015 06:43:12 +0900</pubDate>
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<title>人種平等主義を武士道精神で貫く日本パート２</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/332.gif" alt="クローバー" class="m">１９３８年、ソ連と満州の国境の極寒の地マイナス２０度オトポールにナチスの迫害から逃れてきた約２万人のユダヤ人難民が立ち往生していた、満州国は３国同盟を結んでいたドイツの目を気にして入国を拒否していた、…しかし当時ハルビン特務機関長であった、樋口季一郎少将は二万人とも言われる凍死寸前のユダヤ人難民の命を救った、……日本はナチスドイツの属国ではありません、ヒトラーのお先棒を担いで、弱い者いじめすることが正しいことですか、…当時関東軍の東條英機参謀長に正論をぶつけた、……テレビや本等で良く知られている、リトアニアのカウナス領事館に赴任した杉浦千畝（ちうね）が命のビザを発給して６千人のユダヤ人の命を救った２年前のことでした、……樋口季一郎少将はその約１年前に友人の極東ユダヤ人協会会長のカウフマンに第一次回極東ユダヤ人大会に招待されて演説することになった、…ユダヤ人諸君はお気の毒にも世界いずれの場所においても祖国なる土をもたぬ、ユダヤ人はその科学、芸術、産業の分野において他の如何なる民族に比べても劣ることなき才能と天分を持っていることは歴史がそれを立証している、２０世紀の今日、世界のどこかでユダヤ人を追放するさまを、<br>
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-12098571809.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Nov 2015 06:37:09 +0900</pubDate>
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<title>人種平等主義を武士道精神で貫く日本パート３</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/332.gif" alt="クローバー" class="m">人道主義の名において、また人類の一人として、私は心から悲しむものである、ある一国はこのあしからず分子として、同胞であるべき人びとを追放するという、追放せんとするならばその行き先を明示し、あらかじめそれを準備すべきである、当然の処置を講ぜずしての追放は、刃を加えざる虐殺に等しい、私は個人として心からかかる行為を憎む、ユダヤ人追放の前に彼らに土地、すなわち祖国を与えよ、……この演説が終わると、千人を超えるユダヤ人から割れんばかりの拍手と歓声が送られた、…この演説は彼の本音を語っている、職務を逸脱して役人としては落第かもしれない、……この演説は多くの国の新聞記者がいたので世界中に広まった、そしてドイツは抗議したが…その後五相会議でユダヤ人難民救出は承認された、…武士道に、義を見てせざるは勇なきなり、（人間として、正しいことをするべき時にしないのはその人に勇気がないからだ）、…私達もこの言葉をいつも心にとどめておきたいものですね……
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-12098578860.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Nov 2015 04:53:32 +0900</pubDate>
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<title>失言から学ぶ力、パート１</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/332.gif" alt="クローバー" class="m">先日友達と会ったら、彼が昔の話をし出した、彼が１９才か２０才の頃、大学の受験で１浪２浪と自分の志望校に受からず、落ち込んでいて、ついに自分の母親に暴言を吐いてしまったと言う………お母さん、何でこんな頭の悪い子を生んだの頼みもしないのに、生まれてこなければ良かったよと、……その言葉を聞いて、彼の母親は下を見て何も言わずうなだれ、しくしく泣いていたという、……それから約３０年が過ぎ、先日同じようなことを自分の子供に言われたという、…その時下を見て何も言えずうなだれて、胸にガラスのかけらがささった気分だったと言う、…あの時自分の母親も同じ気分だったのではないか、…あの時の暴言を母親にいつか謝まろうと思っていたが、また若い時は色々苦労があり大変だったが、最近では人なみの幸せを感じる事ができ、生まれて来て良かったと思うようになり、その事も伝えたかった、…お母さん生んでくれてありがとうと、この言葉を聞いて、胸にささったガラスの破片もとれ、母親はどんなに、喜んでくれた事か……男のテレからか母親が亡くなるまでそれを言えなくて、今では後悔していると言う、…結構こういう人は本当に多いですよね、生前に勇気を持って言うようにしたいですよね、……
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<pubDate>Fri, 06 Nov 2015 17:54:25 +0900</pubDate>
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<title>失言から学ぶ力、パート２</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/332.gif" alt="クローバー" class="m">私の友人と真逆の話を３、４年前に深夜のラジオ番組の視聴者の投稿を聞いたことがある………約１０才位の男の子は小児麻痺で手足が不自由でいつも母親に厄介になっていた、ある日その男の子は母親に言った……、お母さん、ごめんなさい、こんな体で生まれて来て、いつも面倒をかけて、ごめんなさいと、……何を言っているのこんな体の子供を生んだのは私よ、とつぶやいて そっと男の子を抱いて母親は泣き崩れたという…、なんと純粋な子供だろう、こんな不自由な体を、自分のせいにしている、母親のせいにしないで、……人は時として不幸に陥ったりすると大概、人のせいにする…あいつが悪い、あいつのおかげでこんなになっちゃつたと、人のせいにした方が気が楽になるからだろうか、行動を起こしたのは自分自身なのに、自身を責めるのは本当につらい、…この男の子の純粋な気持ちを少しは取り戻したいものですね、…
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<pubDate>Thu, 05 Nov 2015 19:21:56 +0900</pubDate>
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<title>失敗から学ぶ力、</title>
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<![CDATA[ ある本に、面白い文章が出ていたので、のせてみます、…<br>馬鹿な人は嫌いだ、馬鹿な人とは頭の悪い人の事ではない、自分勝手で他人への思いやりや常識のない人だ、あるちょっとした言葉や行動で無意識に他人を傷付けている事もあるだろう、…常に他人に対して気をくばるような気持ちを持っていたいものです、…ここでの他人とは自分以外の人をさしています、…親、兄弟、恋人、友人など、…私個人的には、昔酒に酔ったいきよいで、二人の大事な女性に言葉で傷付け、今思うと、後悔しても後悔しきれません、…人は一人では生きられないのだから、…
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-12067540026.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Aug 2015 18:59:36 +0900</pubDate>
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<title>ＮＨＫの大河ドラマ、花燃ゆについて、</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/054.gif" alt="クローバー" class="m">久しぶりの投稿になります、…今回の主人公は吉田松蔭の妹、文についての物語ですが、何故吉田松蔭の妹、あまり一般に知られていない、四女の文なのか、不思議に思った視聴者も多くいると思いますが、…吉田松蔭は早死にしてしまった、文の夫久坂玄瑞（げんずい）も早死にそれで、亡き姉の夫と二度目の結婚、夫は群馬県令カトリ素彦と再婚、さらに久坂には愛人と隠し子まであり、最終的には文は子供を引き取るという波乱万丈の物語であり、脚本家は史実に照らしあわせながら、女の一生を創作していった、…また松下村塾の塾生たちを見守り、２人の夫を支えた文の生き方は、現代に通じるものがあるという……吉田松蔭は黒船に乗り込み、国禁をおかした罪で捕らえられ、江戸に護送される途中、忠臣蔵のある寺に立ち寄り、次の歌を歌っている…かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂、と読んでいる……こうすれば、こうなることと、知りながらどうしても、止めることが出来なかつたこの男の激情を…と言う意味でしょう、…俗ポク言えば、ある男がある自分より優れた才色兼備の女性に付き合いを申し込んで、断られたが、わかっていても、どうしてもそうすることを抑え切れなかっこの男の激情を…そんな男のなんと切ない思いではないでしょうか、…
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-11999564747.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Mar 2015 21:41:21 +0900</pubDate>
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<title>秀吉の朝鮮出兵はなぜ、…出兵前の大国スペインとの駆け引きとは…パート１</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/054.gif" alt="クローバー" class="m">先週のＮＨＫの大河ドラマは１５９９年８月、秀吉の死亡の場面でしたね、６２才でした、…秀吉は当時世界の８０%を植民地支配していたスペインに対して、一歩も譲らす堂々と対処している…その当時、アジアでスペインの植民地でなかったのは明と日本だけだった、…日本に一番最初にやって来たのは１５４９年、宣教師フランシスコ、ザビエルだった、当時のスペインの宣教師というのは表向きはキリストの伝道ですが、裏では立派な軍事組織を持っていた、…それぞれの国民に受け易そうなことを言って改宗させて、頃合いを見て、軍隊を送りこみ人民を殺戮し財宝を強奪し植民地占領をしていた、…南米のインカ帝国などは１６世紀、スペインのフランシスコ、ピサロは近代兵器とだまし打ちでインカの王様を捕らえると幽閉した幽閉された王様はピサロに交渉を持ちかけた、…この石室を黄金で埋め尽くすから解放してくれと…もちろんピサロは約束を守る人間ではありません、結局王様は処刑されてしまいます、ピサロは金銀を溶かして延べ棒にして本国に持ち帰った、その量たるやなんと２、５トンだった……最初に来日したザビエルにしてももともとの狙いはピサロと変わらなかったでしょう、…当時の戦国大名で改宗した大名も少なからずいました、…続く
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-11952871108.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Nov 2014 05:04:52 +0900</pubDate>
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<title>秀吉の朝鮮出兵はなぜ、…出兵前の大国スペインとの駆け引きとは…パート２、</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/054.gif" alt="クローバー" class="m">当時の日本がスペインに植民地にされた国と違っていたのは、彼らが日本に持ちこんだ、鉄砲という武器をまたたく間にコピーして量産してしまったという事です、気がつけば、日本の鉄砲の数は約５０万という世界全体の半数を占める莫大な数になっていた、宣教師たちもさすがに驚いた様子で、イエズス会のソテロはスペインの国王に軍隊の力による侵入は難しいと報告している…しかしスペインは隣の明国の植民地化も狙っていた…それで当時世界最大の武器を持っていた日本に一緒に明国を奪わないかと話をもちかけている…、しかし日本はまるで関心がない、当時信長、秀吉と日本を統一することに力を入れていた…、しかし秀吉が日本の統一を為し遂げると、今度は明国への対策が大きな課題となってきた、スペインとの直接対決なら海を渡ってやって来るスペイン人は数から言えば少数であり、火力、武力とも日本の方が圧倒的に優位で日本がスペインに攻略される心配はない、…ところがスペインが明国を植民地として支配下におさめると様子が変わって来る、スペインに支配された明国兵が数の力にものを言わせて日本に攻めてきたら大変なことになる、元蒙古の再来になる、これは脅威です…続く
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<link>https://ameblo.jp/19433491/entry-11952894941.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Nov 2014 04:54:40 +0900</pubDate>
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