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<title>ATSUSHIのブログ</title>
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<description>自己満足な日記です</description>
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<title>明日を生きるために今日を一生懸命生きる</title>
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<![CDATA[ ちょっと気になる記事があったので、報告したいと思います<br>地元、京都で起きてしまった悲しい事件<br><br><br>明日を生きるために今日を一生懸命生きる <br><br><br>伏見・介護殺人 <br><br><br><br><br>【事件概要】 <br><br>　2006年2月1日未明、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職K（当時54歳）が、認知症の母親（86歳）の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった。 <br><br><br>K <br><br><br>【父の言葉】 <br><br>　京都市中京区の職人の住む一画で生まれたKの父は西陣織の糊置き職人をしていた。口よりも先に手が出るような厳しい人物であったようだが、Kは父親を尊敬していた。Kは高校卒業後、父の弟子となった。しかし呉服産業の不況により、35歳の時に職人をやめてホテルの警備員や電気製品の製造工、システムキッチンの組み立てなどに仕事を変えた。結婚はしていない。 <br><br>　父親は1995年に80歳で亡くなり、この頃から母親に認知症の症状があらわれはじめる。事件から11年前のことである。 <br><br>　2001年頃、母子は伏見区のアパートに引っ越した。親類の好意で、家賃6万円のところを半額にしてもらった4畳半と6畳間の部屋だった。 <br><br>　母親の認知症は2005年4月頃から症状が悪化し、おにぎりの包み紙を食べたり、「キツネがいる」と言って天井を叩いたりした。真夜中に外出しようとしたり、Kが仕事に行っているあいだに徘徊して警察に保護されたりしたことも2度あった。昼夜逆転の生活になっているため、母親は真夜中の15分おきに起き出し、Kも疲れ始めていた。 <br>　そんなことがあってか、夏ごろには介護保険を申請し、アパートの近くの施設でデイケアサービスを受け始めたが、昼夜逆転の生活は戻らなかった。Kは献身に介護し、7月頃には仕事を休職している。 <br><br>　9月頃、工場勤めをしながらの介護に限界を感じたKは仕事を辞め、自宅で介護しながらできる仕事を探したが見つからなかった。12月には失業保険の給付もストップしている。区役所にもすでに3度相談していたKだったが、良いアドバイスは得られなかった。「生活が持ち直せるしばらくの間だけでも生活保護を受給できないか」と相談したこともあったが、「あなたはまだ働けるから」と断られている。（事件後、Kは唯一この社会福祉事務所の担当者にだけは恨み事を述べた） <br><br>　同じ頃、カードローンの借入も25万の限度額になった。生活費に窮するようになったKは、自分の食事を2日に１回にし、母親の食事を優先した。 <br><br>　こういった苦しい状態になると、人は普通親類なり友人なりに頼るものである。しかしKはそうはしなかった。Kの心にはいつまでも父親が生前言っていた言葉が去来していたからだ。 <br><br>「人に金を借りに行くくらいやったら、自分の生活をきりつめたらいいのや」 <br><br>「他人に迷惑をかけたらあかん」 <br><br>「返せるあてのない金は借りたらあかん」 <br><br><br>【母子の悲しい旅】 <br><br>　2006年1月31日、この日までに払わなくてはならないアパートの家賃3万円はどこにもなかった。手持ちの現金はわずか7000円ほど。Kは親族に相談することもなく、自分たちに残された道は「死ぬこと」しかないと思った。 <br><br>　Kは自宅アパートをきれいに掃除をして、親族と大家宛ての遺書と印鑑をテーブルに置いた。その間、Kは何度も母親に「明日で終わりなんやで」と話しかけている。 <br>　最後の食事はコンビニで買ってきたパンとジュース。電気のブレーカを落とすと、Kはリュックサックに死ぬためのロープ、出刃包丁、折りたたみナイフを詰めて、車いすの母と2人アパートを出た。 <br><br>　2人が向かったのは、三条の繁華街だった。Kがどこに行きたいかと尋ねて、母親が「人の多い賑やかなところがいいなあ」と答えたからだった。1人300円の運賃を払って淀駅から京阪電車に乗り、三条京阪駅に着いた。 <br><br>　駅を出ると鴨川が流れている。2人はしばらくこの川のそばで時間をつぶしている。やがてにぎやかな新京極通りをに向かった。この通りの入口にそば屋がある。Kがまだ子どもの頃、親子3人で食事をしたことのある店だった。しかし手持ちの金が多くないため、食事はしなかった。 <br><br><br>【冷たい雨】 <br>　 <br>　夜、母子は伏見にいた。もう戻ることのできないアパートの近く、桂川の河川敷。次にどこへ行きたいかと聞かれて、母親が「家の近くがええな」と言ったからである。午後10時のことだった。 <br>　 <br>　2月1日。厳しい冷え込み。Kは車椅子の母に防寒具をかけてやった。それから何時間か過ぎた。 <br><br>「もうお金もない。もう生きられへんのやで。これで終わりやで」 <br>　 <br>　Kは泣きながら目を覚ましたばかりの母に語りかけた。母親は「すまんな」「ごめんよ」と泣きじゃくる息子の頭を撫で、「泣かなくていい」と言った。 <br><br>「そうか、もうアカンか、K。一緒やで。お前と一緒やで」　 <br><br>「こっち来い。こっち来い」 <br><br>　母に呼ばれたKが近づいたところ、額がぶつかった。 <br><br>「Kはわしの子や。わしの子やで。（お前が死ねないのなら）わしがやったる」 <br><br>　その母の言葉にKは「自分がやらなければ・・・・」と思った。 <br>　そして意を決し、車いすのうしろにまわってタオルで母親の首を絞めた。絞め続けた後、苦しませたくないために首をナイフで切った。 <br><br>　Kは遺体に毛布をかけた後、包丁と折りたたみナイフで自分の首、腕、腹を切りつけ、近くにあったクスノキの枝にロープをかけ首を吊ろうとしたが失敗した。「土に帰りたい」と走り書きしたノートの入ったリュックサックを抱いて、冷たい雨の降るなか虚ろな表情で佇んでいた。 <br><br>　通行人によって2人が発見されるのは午前8時ごろのことである。 <br><br><br>【裁判】 <br><br>　4月19日、京都地裁の初公判が開かれる。 <br>　また公判では地域の住民、関係者ら126人分の嘆願書が提出された。 <br><br>　5月15日の第2回公判では、弁護側ではなく検察側の方が証人として出廷した親類やケアマネージャーに「被告が将来社会復帰した時に見守っていく用意があるか」と質問した。 <br><br>　6月21日の公判では、「同じ様な事件が後を絶たないのはなぜか」という裁判官の問いに、Kは、 <br>「今日、明日を生きるために立ち上がる機会と、考える時間、そしてお金を与えて下さい」 <br>　と訴えた。 <br><br>　そして7月21日、東尾龍一裁判官は「結果は重大だが、被害者（母親）は決して恨みを抱いておらず、被告が幸せな人生を歩んでいけることを望んでいると推察される」として、Kに懲役2年6月、執行猶予3年を言い渡した。 <br><br><br>　初公判で「生まれ変わるのなら、また母の子として生まれたい」と述べたKの言葉。 <br><br>ぼくの姿が見えないと名前を呼ぶのです。呼んではこちらへ寄ってくるのです。 <br>12月の後半ぐらいから夜のトイレに起きるときに先に起きて、ぼくの横になっている寝間のところに来てはここへ入ると言い出すのです。仕方がありませんので、おふくろと一緒に抱きあって寝ました。そういう状態がつづきました。 <br>ぼくが台所で食事の用意をしていると、母は私を呼び、赤ん坊のようにハイハイをし、私のところに寄って来るのです。それがかわいくてかわいくてなりませんでした。そして抱きあげると、にこっと喜ぶのです。抱いてやると、強く抱き返してくれるのです。 <br>（Kの陳述） <br><br><br>母が子供に戻って行くのです。 <br>私は母を「見守る」ただそれだけのことしか出来なかった。 <br>私の手は何の為の手で、母を殺めるための手であったのか、みじめでかなしすぎる。 <br>じっと我が両の手を見る。何の為の手であるのかと。 <br>（最終陳述にて） <br><br><br>■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ <br><br><br>【社会】介護殺人その後：加害者も心に大ダメージ　「そうか、あかんか」の母親殺害事件の加害者長男もその後、自殺 <br><br><br>　介護殺人事件の加害者が事件から時間を経て自殺したり、体調を悪化させたりするケースが後を絶たない。 <br>介護疲れによってうつ状態だった人も少なくないとされており、社会復帰に向けた加害者の心のケアが課題として浮かび上がる。 <br><br>　２００６年に京都市伏見区で起きた認知症の母殺害事件。承諾殺人罪に問われ、有罪判決を受けた長男（６２）が１４年８月、大津市の琵琶湖で命を落とした。親族によると、自殺とみられる。 <br><br>　確定判決によると、長男は０６年２月、伏見区の桂川河川敷で車いすに座る認知症の母親（当時８６歳）の首を絞めて殺害した。自らも刃物で首を切り自殺を図ったが、助かった。 <br><br>　長男は母親の介護のために会社を辞めて収入が途絶え、生活苦に陥ったとされた。デイケアなどの介護費や約３万円のアパートの家賃も払えなくなった。役所に生活保護の相談もしたが、「まだ働ける」と断られていた。 <br><br>　「もう生きられへん、ここで終わりや」と言う長男に「そうか、あかんか。一緒やで」と答える母親。 <br>長男の裁判で、検察側は犯行直前の２人のやり取りを詳しく明らかにした。被告の心情に寄り添うような検察側の姿勢もあり、事件は大きく報道された。 <br><br>　京都地裁は０６年７月、長男に懲役２年６月、執行猶予３年（求刑・懲役３年）を言い渡した。 <br>裁判官は「裁かれているのは日本の介護制度や行政だ」と長男に同情した。長男も法廷で「母の分まで生きたい」と約束した。 <br><br>　それから約８年。長男はどう生活していたのか。親族らによると、長男は裁判の後、滋賀県草津市の家賃約２万２０００円のアパートで１人暮らしを始め、木材会社で働いた。 <br><br>　部屋には母親と事件前に病死した父親の位牌を安置する仏壇を置いたが、事件のことを口にすることはなかった。 <br>勤務先の同僚は「真面目に黙々と仕事をこなした」。近所の男性は「誰かが訪れるのを見たことがない。孤独だったのでは」と話した。 <br><br>　１３年２月、「会社をクビになった」と親族に伝えたのを最後に、連絡が取れなくなった。自宅にも帰らず、行方が分からなくなった。 <br>親族が警察に行方不明者届を出したが、１４年８月１日に遺体で見つかった。その日の朝、長男とみられる男性が琵琶湖大橋から湖に飛び降りるのを目撃した人がいたという。 <br><br>　「彼は最後まで孤独から抜け出せなかった」。親族の男性は毎日新聞の取材に無念さをにじませた。 <br>男性によると、長男が亡くなる際に身に着けていたカバンには、自分と母親のへその緒、そして「一緒に焼いて欲しい」というメモ書きが入っていた。所持金は数百円で預金はなかった。 <br><br>　「事件について何も語らず、誰も頼ることもなく逝ってしまった。彼にとって何が必要だったのか最後まで分からなかった」。男性は唇をかんだ。
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<pubDate>Sun, 10 Jan 2016 21:20:07 +0900</pubDate>
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<title>有名女優の部屋・素顔を撮影→流出させた　アリさんマークの「引越社」</title>
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<![CDATA[ 有名女優の部屋・素顔を撮影→流出させた　アリさんマークの「引越社」 <br><br>FRIDAY 6月5日(金)7時30分配信 <br>http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150605-00010000-friday-ent <br><br><br>有名女優の部屋・素顔が流出！　アリさんマークの「引越社」が起こした大騒動 <br><br>赤井英和のCMでお馴染み、アリさんマークの「引越社」。創業44年、全国に80支店を構える引っ越しの老舗企業が、 <br>関係者のトンでもない行為によって信頼を失おうとしている、と発売中のフライデーが報じている。 <br><br>写真をご覧いただきたい。これは、30代のある人気女優の部屋を写したものだ。 <br>引っ越し作業中に撮られた写真であることは明らかだが、撮影したのは、なんと引越社の社員だという。 <br><br>「昨年7月に彼女の引っ越しを担当したAさんが撮ったものです。積み地（引っ越し前の住居）で、 <br>荷造りをしているときのものでしょう。私はこれをAさんからLINEで送ってもらったんですが、 <br>『シャッター音の鳴らないカメラアプリを使って撮った』と言っていました。 <br>私以外の従業員にも送っていましたよ」（同社の元アルバイト） <br><br>引っ越し前後の住所はおろか、部屋の中の様子まで知ることができる作業員。 <br>ひとり暮らしの女性のプライベートな密室空間を撮影するだけでも言語道断だが、 <br>さらにそれを他人に流出させたとなれば、とうてい許されないことだ。 <br><br>フライデーにはAが撮った複数の写真が掲載されている。 <br>同誌は引越社の副社長による説明も聞いているが、失った信頼を回復するには、 <br>働きアリのように汗を流し続けるしかない。 <br><br>フライデー <br><br>この女優も、まさか引っ越し中に隠し撮りされたとは思っていなかったはずだ <br>http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150605-00010000-friday-ent.view-000
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<pubDate>Sun, 07 Jun 2015 08:53:32 +0900</pubDate>
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<title>100年以内にロボットが人間の文明を終わらせる可能性あり（スティーヴン・ホーキング）</title>
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<![CDATA[ <br>100年以内にロボットが人間の文明を終わらせる可能性あり（スティーヴン・ホーキング）<br><br>カラパイア 2015年05月28日 22時00分<br>  <br><br><br>  「100年以内にロボットの知能が人間の文明を終わらせる可能性がある」。と物理学者スティーヴン・ホーキング博士が懸念を表明した。これは5月12日にロンドンで開催されたツァイトガイスト2015でなされた発言だ。<br>　<br>　先立つこと1月、ホーキング博士は起業家のイーロン・マスク氏と共同で公開書簡に署名し、人工知能の危険性について懸念を表明した。両者は、野放図なままコンピューターが発展したときに人間に与える影響への不安から、テクノロジー管理の必要性を訴えている。<br><br>　「ロボットのコンピューターはAIを備えることで100年以内に人類を凌駕するでしょう。そのとき、私たちは、何としてでもロボットの目的を我々の目的に沿わせておく必要があります」。とホーキング博士。<br><br>　フェイスブックやグーグルをはじめとする開発者は、現在人工知能を向上させる新システムに取り掛かっている。シリコンバレーだけでも150社以上の企業が、Siriや自動運転車などのエレクトロニクスに採用されている新技術を開発中だ。ホーキング博士やマスク氏らは、こうした開発が人類の将来に暗い影を落とすのではないかと懸念する。<br><br><br><br>　4月、ハーバード・ロー・スクールとヒューマン・ライツ・ウォッチによる報告書が発表され、完全自律式兵器の開発、生産、使用を禁止する法的強制力を備えた国際合意の必要性を訴えた。その前、2014年12月には、人工知能の開発が人類を絶滅させるとホーキング博士が予測している。<br>　<br>　タッチポイント社が開発するのは、「世界で最も怒れるロボット」と同社が形容する人工知能の1種だ。このシステムは、銀行が顧客が腹を立てている原因を学ぶために設計されている。アイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズに登場し、人間の行為を予測するプライム・レイディアントというAIにちなみ、レイディアントと命名された。　<br><br><br>　<br>　ホーキング博士は、人工知能技術が人間が手に負えないほど早く発展することを防ぐために、AI開発者が協調することを提案している。<br><br>　映画『ターミネーター』のようなロボットによる世界の滅亡は起こりうる。ホーキング博士の見解では、テクノロジーを人間の管理内に留める手立てを何も打たれなければ、こうしたシナリオは今後10年で表面化するという。<br><br><br><br>　SF作品の多くは、人間の知能を上回ったコンピューターをテーマにしている。人工知能はすでに世界最高のチェスプレーヤーを打ち負かすことができる。また、今月初めにはカーネギー・メロン大学が開発したAIクラウディコが、ポーカーのテキサス・ホールデムで人間をあと一歩のところまで追い詰めた。<br><br>　「私たちの未来には、テクノロジーの発展する力とそれを利用する人間の知恵との競争が待っているでしょう」とホーキング博士は語った。<br><br>via:.techtimes・原文翻訳：hiroching
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<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 15:36:47 +0900</pubDate>
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<title>自分の存在価値や存在意義が見出せない時は</title>
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<![CDATA[ <br><br>※『言葉のセラピー』から引用転載しました<br><br><br><br>自分の存在価値や存在意義が見出せない時は <br><br><br><br>自分は何のために生きているのだろうか・・・ <br><br>と悩んでいる方も沢山いらっしゃいます。 <br><br><br>そんな時はどうしてもそんなことないよ・・と慰めたくなりますが、根本的にその考え方から解放されるにはどうしたらいいのでしょうか。 <br><br><br>どうしたらもっと前向きに生きていけるのか？ <br><br><br><br>・他人の価値観で生きるのをやめる <br><br><br>自分の存在価値が分からない・・・と思ったら、まず他人の価値観で生きていないかどうかを考えてみるとよいようです。他人が良いと思うことを良しとしていたり、他人に認められようとして生きていたりすると、時々やる気を失います。 <br><br>何故なら、他人の価値観で生きるということは、常に自分に足りないことに目を向けて生きることでもあるから・・・です。 <br><br>他人が良しとすることをいくらやっても、人生は楽しくなりません。それどころかどんどんつまらないものになってゆきます。 <br><br>もっとも、学生の頃などは他人から認められること。例えば、成績であったり、受験であったり・・・そういうことは大事だったかも知れません。社会に出ても給料を決めるのは他人だったりします。 <br><br>しかし、人生という大きな視点で見た場合、他人の評価などは関係ないものです。自分がどう生きたいか、どの道を進みたいのかが重要であり、他人がどう評価するか・・・は本当はどうでもいいことなのだと思います。少なくとも私はそう思っています。 <br><br><br><br>・自分が良いと思う道、楽しめる道に進む <br><br><br>人生を楽しむコツは自分が楽しいと思うことをやることです。その道へと進むことです。人が良いと言う道を進んでも、あなたが楽しめるかどうかは分かりません。 <br><br>それよりも、自分が楽しいと思うこと、自分が良いと思う道に進んでみたらどうかと思います。 <br><br><br><br>・悩んだ時こそ活動する <br><br><br>これはどんな問題でもそうですが、何かに悩んだ時こそ、活動すること。動くことです。じっとしているのが一番問題です。じっと考えていると、大抵は良い方向に動くことはありません。それよりも問題がどんどん大きくなってきたかのように思えてきます。 <br><br><br>だから、そんな時は思い切って行動してみたり、それができなければ、体を動かしてみることです。忙しくするのもいいです。 <br><br>今できることを精一杯やってみるのもいいと思います。 <br><br>悩んだら、動く・・・これを実践すると深く悩むことも少なくなります。 <br><br><br><br>・他人ではなく、自分に証明する <br><br><br>自分の存在意義や価値というものは本当は他人に証明するものではないと思います。証明したいのであれば、他人にではなくて、自分に証明するべきです。 <br><br>他人に認められるかどうかは本当はどうでもいいことです。大切なのは、あなたがあなた自身をどう思っているかです。 <br><br>そう考えたら、他人に認めてもらうことをいくらするよりも、自分自身を好きになれることをしてみてはどうかと思います。 <br><br>好きなこと、楽しめることを精一杯やっている自分は好きになれます。でも他人の評価を気にして好きでもないことをやっている自分はやはり好きになれないのですから。
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12018820680.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2015 21:22:15 +0900</pubDate>
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<title>ハインリッヒの法則</title>
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<![CDATA[ Wikipediaより引用 <br><br><br>■ハインリッヒの法則 <br><br><br><br>ハインリッヒの法則 （ハインリッヒのほうそく、Heinrich's law） は、労働災害における経験則の一つである。 <br><br><br>1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。 <br><br><br>「ハインリッヒの（災害）三角形（トライアングル）（定理）」または「（傷害）四角錐（ピラミッド）」とも呼ばれる。 <br><br><br>概要 <br><br><br>一件の大きな事故・災害の裏には、29件の軽微な事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハット（事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例）があるとされる。 <br><br><br>重大災害の防止のためには、事故や災害の発生が予測されたヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが必要である。 <br><br><br>法則名はこの法則を導き出したハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ（Herbert William Heinrich）（1886年 - 1962年）に由来している。 <br><br><br>彼がアメリカの損害保険会社にて技術・調査部の副部長をしていた1929年11月19日に出版された論文が法則の初出である。 <br><br><br>彼は、ある工場で発生した労働災害5000件余を統計学的に調べ、計算し、以下のような法則を導いた。 <br><br><br>「災害」について現れた数値は「1:29:300」であった。 <br><br><br>その内訳として、「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、300件もの「ヒヤリ・ハット」した（危うく大惨事になる）傷害のない災害が起きていたことになる。 <br><br><br>更に、幾千件もの「不安全行動」と「不安全状態」が存在しており、そのうち予防可能であるものは「労働災害全体の98%を占める」こと、「不安全行動は不安全状態の約9倍の頻度で出現している」ことを約75,000例の分析で明らかにしている（詳細はドミノ理論参照）。 <br><br><br>なお、ハインリッヒは「災害」を事故と事故を起こさせ得る可能性のある予想外で抑制されない事象と定義している。 <br><br><br>上記の法則から、 <br>事故（アクシデント）を防げば災害はなくせる。 <br><br><br>不安全行動と不安全状態をなくせば、事故も災害もなくせる（職場の環境面の安全点検整備、特に、労働者の適正な採用、研修、監督、それらの経営者の責任をも言及している）。 <br><br><br>という教訓を導き出した。 <br><br>この法則は、日本の国鉄（現・JRグループ）にも影響を与え、「330運動」と称する運動が国鉄時代に存在した（現在同じように現場において実行されているかは公表されていない）。 <br><br><br>1999年（平成11年）から航空輸送技術研究センター管理運営の航空安全情報ネットワーク、ASI-NETが航空各社のインシデントつまり事故になる寸前の予兆＝インシデントを収集・分析して航空機の未然事故防止のために役立てている。 <br><br><br>他にも、かつて科学技術振興機構(JST)が運営していた（現在は畑村創造工学研究所に移管）「失敗知識データベース」（16カテゴリー約1,100余件）や、失敗学会・安全工学会・日本人間工学会・日本認知心理学会・日本信頼性学会等の地道な研究・啓蒙活動も繰り広げられ、更に相当数の医療機関が医療ミス根絶のために縦割りの垣根を取っ払ってインシデント収集・分析して、対策を練り上げている(IRS＝Incidennt Reporting System又はIRAS=Incident Report Analyzing System)。 <br><br>ハインリッヒの法則はその後他の研究者がより多くの事例を分析して新たな結果を出している。 <br><br><br>その中で有名なものに以下のものが存在する。
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12014291105.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Apr 2015 19:36:48 +0900</pubDate>
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<title>幸せになる方法と７つのリスト</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>『言葉のセラピー』より引用転載<br><br>私はどちらかというと今まで幸せは、何かを得ること、勝ち取ること、達成すること、抜きん出ることで得られるものだと思っていました。<br><br>小さい頃から他人と比べて、負けていないか、どうすれば、他人に勝てるかを考えてばかりいたし、人生は何かを達成するためにあるものだという気持ちもありました。<br><br>ところが、その考えを持っている間は苦しみの連続でした。何をやってもうまくいかない。足りないものばかり探していたのです。<br><br>でも、ある時からちょっとしたことに感謝することにしました。何でもそうですが、できないこと、手に入らないことではなくて、今あること、今の環境そういったものに少しだけですが、感謝した方が楽になれることを発見しました。<br><br>そこからです。全てはうまくまわりだしたのは。<br><br>1．得るものではなくて感じるもの<br><br>幸せって、一般的には結婚して幸せになるとか、家を買ってとか、何でもいいですが、何かが手に入ったことで得られるものだという認識があるようです。<br><br>私もそう思っていました。しかし、ずっと幸せでいる人達を見ていると、何かを得たからという理由でずっと幸せを感じているわけではなさそうでした。<br><br>ずっと幸せを感じている人は、今幸せを感じられる人です。何かが手に入ったからそうなるのではなく。<br><br>そんな人たちは今あるものに感謝している人たちです。今の環境、今まわりに居てくれる人達、今持っているモノ・・・そういったものに感謝できる人は、今すぐに幸せになれるし、ずっと幸せでいられます。<br><br>何かを得たら・・・と考えている間は本当の幸せは手に入らないようです。<br><br>2．口にする言葉を変える<br><br>今すぐに幸せになる方法があります。それは「幸せだなぁ」と声に出していってみることです。すると不思議とその言葉にしたことが気分となって反映されます。<br><br>これ面白い仕組みだと思います。<br><br>逆のことも言えます。「最近ついてないなぁ」と口にすると、気分が暗くなります。そして、その後もまたついてないことが起こったりします。<br><br>ついてない時こそ、「ついてるなぁ」と口にしてみることです。すると不思議なことが起きるようになります。何故だかは分かりません。でもどうもそういう仕組みになっているようです。<br><br>3．他人と比較するのをやめる<br><br>私がよくしていたことが他人と自分を比べることです。小さい頃からそうでした。大人になってもそう。自分は情けない。こんなところで立ち止まっているなんて・・・と、いつも何も成し遂げていない自分を嘆いていました。<br><br>でもそれは誰かと自分を比べているからこそ・・・なんですね。もし、一人しかいない世界であれば、立ち止まったところで、何も感じないでしょう。他人と比べているからこそ、悔しさを感じたり、自分が駄目だと感じてしまう。<br><br>でも結局、他人と自分を比べることに意味はないと思うようになりました。持って生まれたものが違うし、それに他人より優れている必要はないことに気づきました。少なくとも楽しい人生を送るのにその必要は全くないのだと思います。<br><br>4．競うことをやめる<br><br>他人と比べて何をしていたか？それは他人に勝とうとしていたのです。他人との競争は学生の頃からはじまっていました。受験なんかも競争です。<br><br>でも他人と競争すると、楽しくなるどころか、どんどんつまらなくなってゆきました。それは楽しむことが目的ではなくなり、勝つことが目的になってしまったからです。<br><br>スポーツでもそうです。勝つことだけが目的になってしまうと、つまらなくなってしまいますが、楽しむことを目標にすると、そのスポーツをずっと心から好きでいることができます。<br><br>5．生かしてもらっているという思い<br><br>これは私の妻がよく言っていることでもあります。良い言葉だと思うので、紹介しました。自分で生きているのではなくて、生かしてもらっている。そう思うと色々なことに「ありがとう」といいたくなります。<br><br>一人では生きていけないからこそ、他人に感謝できたり、環境に感謝できたりするのだと思います。<br><br>6．感謝しています<br><br>今まで何度も登場しました。でも感謝することは直接幸せになれることと関係しているように思います。<br><br>「感謝しています。」という言葉を口にするようになって人生ががらっと変わった人がいます。今までできなかったことができるようになったり、病気が治ったり・・・感謝することにはそれ自体に不思議な力があるようです。<br><br>7．自分の進むべき道を行く<br><br>他人と比べることをやめ、競争することをやめた後、私が進むべき道は、自分が選んだ道、自分なりの道です。<br><br>誰かに勝つためじゃない、自分がやりたいことを楽しみながら進む道。<br><br>人は自分なりに自分が好きな道を歩いている時が一番幸せです。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12012842945.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2015 07:57:22 +0900</pubDate>
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<title>楽しくなることを目標に生きる</title>
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<![CDATA[ <br>※『言葉のセラピー』というサイトから引用転載しました。<br><br><br><br><br>これは長者番付などにも何度も顔を出した斉藤一人さんも言っていたことです。 <br><br>人生って何かを成し遂げるためではなくて、楽しむためにあるのだと私は今考えるようになりました。 <br><br>以前は違いました。自分に何ができるか？どこまで成長できるか？人より抜きん出ることができるか？他人と比べて勝っているか・・・ばかり考えていました。 <br><br>そうやって目標を立てて、そこに向かってゆくことが好きでした。それはそれで楽しかったのです。 <br><br>でもその先にあるものはどうだったか・・・というと、それは劣等感であったり、敗北感、無力感などでした。 <br><br>何かを成し遂げることを目標にして生きるのはもう辛いものなんだと思うようになり、それからは一人さんの言う、「楽しくなることを目標」にするようにしてみました。 <br><br>すると、面白いことが起きるようになりました。 <br><br>何だか知らないけれど、以前楽しめなかったものが楽しくなったり、楽しみが次から次へと自分のもとにやってくる・・・まさにそんな状態になりました。 <br><br>一番良かったことは他人と自分を比べるのをやめられたことでしょうか。お陰で、他人と比べて劣等感を感じたり、もっと頑張らなきゃ・・・なんて思うことをしなくなりました。 <br><br>自分は自分でいい。楽しいのが一番だと思えたことはとても大きな収穫だったと今思っています。
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12012309596.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Apr 2015 21:24:19 +0900</pubDate>
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<title>何でもないようなことが幸せだったと思う</title>
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<![CDATA[ <br>『言葉のセラピー』より引用転載<br><br><br><br>■退屈な毎日は実は幸せな日々だと気づく<br><br><br><br><br>私がアメリカに留学していた頃の話です。私には親友がいました。大学が終わると彼の家に行き、話をしたり、ゲームをしたりしていたんです。<br><br>その時の私達の口癖が「暇だなぁ。何かないかなぁ。」でした。<br><br>ところが、ある日彼が家族の事情で日本に帰られければならなくなりました。私は彼に空港で手紙を渡しました。その手紙には「暇だなぁが口癖だった毎日が一番楽しい日々だった。」と書きました。<br><br>退屈だと思える日々、何も起きない日々・・・というのは実は幸せの本質的なものなのかもしれません。<br><br>それはある意味健康にも似ていますよね。<br><br>健康のありがたみは健康でいる間は分からなかったりします。でも病気をしてはじめて、健康でいること、普通に暮らせる幸せに気づいたりします。<br><br>そう考えたら、病気はその幸せに気づかせてくれたありがたい出来事だったのかも知れません。<br><br>私達は無意識のうちに今おかれている環境を当たり前だと捉えてしまい、時に感謝の気持ちを忘れてしまいそうになります。<br><br>でも幸せって実は今もうすでにあることの中にあるのかも知れませんね。<br><br><br>言葉のセラピーより引用転載
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12011904552.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Apr 2015 20:55:58 +0900</pubDate>
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<title>別れた恋人のことが忘れられない人へ</title>
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<![CDATA[ <br><br>以下の文章は『言葉のセラピー』というサイトから引用転載<br><br><br><br><br><br><br>以前に付き合っていた彼氏のことが別れた今でも忘れられない・・という方もいらっしゃると思います。<br><br>でも考えてみると、本当に好きだったのであれば、そんなすぐに忘れてしまえる方がおかしいわけです。<br><br>だから、早く忘れようと思うよりも、忘れるのに時間がかかって当たり前だ・・・と思うようにすると気持ちも楽になります。<br><br>それに、忘れよう、忘れようと思うと人は余計、その忘れたい人のことが頭に浮かんで逆効果なのです。でも、忘れるのに時間がかかるのは当たり前だ・・・と思っていると、不思議と忘れられたりします。<br><br>何故未練を断ち切れないか<br><br>別れた後もまだ未練を断ち切れない・・・それはある意味当然のことですが、その期間が長くなってゆくと、気持ちも苦しくなってきます。<br><br>復縁したい・・・それが本音であれば、行動に出ることもいいでしょう。でも、そうではないけども、もしくは今はそういう状況にはないけども、どうしても思い出してしまうこともあるかもしれません。<br><br>何故、元彼のことを思い出して、あの頃に戻れたら・・・とか、彼との楽しい思い出などを思い出したりしてしまうのか・・・？<br><br>それは、自分の中で彼の良い部分だけを思い出して、そして、彼の理想像を想像の中で膨らませているからです。<br><br>別れた理由はお互いにあったかも知れません。でもそんなマイナスなことを考えずに過去のよかったところだけを考えているから、忘れられないし、いつまで経っても未練が断ち切れないのかも知れません。<br><br>大切な思い出に感謝する<br><br>でも実際にあったこと、楽しかったこと、そして、好きだったこと・・・こういった大切な思い出は無理やり忘れてしまった方がよいものでしょうか。<br><br>問題なのは、そのことを考えて切ない気持ちになったり、苦しくなったりすること。<br><br>その苦しい気持ちから開放されるのに一番よい方法があります。それは、過去にあったことを思い出して、それが今はここにないことを悔やむよりも、その過去の大切な思い出や好きだった元彼に感謝をすることだと思います。<br><br>心の中で「ありがとう。」と言ってみると、案外前に歩き出す気持ちも出てきます。<br><br>未練は感謝をすることで断ち切れます。<br><br>思い出の品<br><br>それから元彼との思い出の品であったり、写真などを持っていると未練は残ります。ですから、そういったものがあれば、全てきっちり処分してしまうことです。<br><br>処分する時に、「ありがとう。」と言うといいと思います。<br><br>これも新たな旅立ちの儀式だと思ってみてください。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12011430946.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Apr 2015 17:46:36 +0900</pubDate>
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<title>批判する人にイライラしないためには</title>
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<![CDATA[ <br>以下の文章は『言葉のセラピー』というサイトから引用転載<br><br><br>■批<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150406/05/194964777/57/fd/j/o0800142213267885628.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150406/05/194964777/57/fd/j/o0800142213267885628.jpg"></a><br>判する人にイライラしないためには<br><br><br>人はみんな誰かから認めてもらいたいと思っているものです。人から褒められたり、認められたりするとやっぱり嬉しいものです。<br><br>そういう気持ちでいる時に、自分のことや自分がやっていることに対して批判してくる人がいたりすると妙にむかついたりします。<br><br>「こうするべきだ」、「あなたは間違っている」、「勘違いしてるんじゃない？」みたいなことを平気で言ってくる人もいます。<br><br>でもそんな人に一々イライラしていたのでは何もできません。批判を気にしながら何かをすることなんてできないし、他人の目を気にして生きれば自分が自分でいられなくなります。<br><br>50%は自分に批判的<br><br>まず知っておくと心が楽になることがあります。それは人の50%はあなたを認めてくれるけれど、50%は自分に批判的だ・・・ということ。大体そうなっているようです。<br><br>勿論、90%の人に認められている人もいます。でもそういう人は残りの10%がひどく批判的だったりします。<br><br>だから、まぁ、半分は批判的なんだと思っておけばいいのだと思います。<br><br>そう考えると全員に認めてもらおう、全員を喜ばせよう、全員に楽しんでもらおう・・・というのは目指すことはいいかも知れませんが、それは叶わないこと・・・ということになります。<br><br>勿論、ベストは尽くすべきだと思います。でもその結果、認めてくれない人がいるのはそれは仕方のないことです。<br><br>受取らない<br><br>批判してくる人にむかついたりしてしまうことがあります。それはその人が言っていることを受け取ってしまった・・・からです。<br><br>それなら受取らなければいい。それだけのことです。<br><br>簡単な例を出すと、芸能人なんかは必ず批判されることになります。多くのファンもいます。でも嫌ってくる人だっています。でも芸能人はその嫌ってくる人、認めてくれない人のことを一々気に掛けていたら仕事にはならないでしょう。<br><br>だから、心のない人が何か批判しても、「あぁまたか。ま、いいや。そういう人もいる。」という風にスルーする。気にしない。<br><br>ところが、その人が言ったことを受け取ってしまって、一々それに反応すれば、その度にイライラすることになります。<br><br>人の感じ方はそれぞれだから・・・<br><br>人はみんな感じ方も違えば、考え方も違います。だから、何が正しいか・・・なんて本当は人によって違うのだと思います。<br><br>同じようにあなたのことを賞賛する人もいれば、批判する人もいる。でもそれはあなたが良いとか悪いとかではなくて、その賞賛する人、批判する人の中にあることが形になって現れているだけです。<br><br>例えば、あなたが残業があっても嫌な顔もしないで仕事をする人だったとしましょう。それに対して、<br><br>Aさん「仕事を頑張って偉いなぁ」<br>Bさん「残業なんかやって、仕事の効率が悪いんじゃないか」<br><br>という意見があったとしましょう。でもそれはあなたが頑張っているとか、効率が悪いとかが問題なのではありません。<br><br>Aさんに頑張っているなぁ・・・と人のことを認める心があるだけ、Bさんに残業に対する罪悪感があるだけ・・・なんです。<br><br>だから、もしあなたが他人に批判されてもイラッとしたり、それを受け入れたりする必要はありません。それは批判してきた人が心の中で抱えている問題に過ぎないのですから。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/194964777/entry-12010809652.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Apr 2015 05:13:07 +0900</pubDate>
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