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<title>四季と共にのブログ</title>
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<title>クラス会を開催して  3-3</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191214/20/1950228/75/69/j/o2448326414675959731.jpg" alt="イメージ 1" height="560" class="popup_img_2448_3264"></p><br><font face="sans-serif">&nbsp; &nbsp;今は、地元に住んでいる級友はほとんどいない。今回の幹事達も、茨城、千葉、埼玉、群馬の各県に住んでいる。また、決めた会場の浅草に打ち合わせとして何回か集まったが、幹事達とて、現在の地に住み着いて何十年、地元には殆んど行かない。だから、なおさら、級友の情報も入らない。同じように級友たちもクラス会の往復はがきが来て、出欠を出すとしても欠に◯をして投函すると思う。自分も同じことをすると思う。話したい友はいても、本人が来るか来ないか分からなければ、もし、行って会えなかったら？あえてそんなことを聞く気にもならないと言うのが本音だと思う。</font><span style="font-family:sans-serif;">まして年齢が行けば、面倒くさいという気が先に立つ。同感である。会いたい人や誰が来るのかの情報が、無ければ自分もまず行かない。特に、女性はその感が強いと思う。</span><font face="sans-serif"><br></font><font face="sans-serif">&nbsp; だから今回の名簿には、地元の小学校からほとんどの級友たちが通った地元の中学校の名簿を幹事の人に入手してもらった。そして、中学でも同じクラスで卒業した級友のクラスを加筆した。さらに今回の出欠も加筆した。集合写真とともに郵送しようと思っている。受け取った級友たちが、出欠に関係なく、小学校時代の当時の思い出に触れてくれればそれでいいと思う。<br>&nbsp; クラス会開催の冒頭は、再会の喜びと、亡くなった級友達への献杯に始まった。自己紹介を兼ねた誕生日の発表、昨年褒賞を受賞した級友への賞状の授与をイベントとして行い、なごやかなうちの歓談となった。<br>&nbsp; 今回、出席者は14名だったが、参加した級友たちを見ていると、まだまだ話したい、話し足りない級友たちがいることを感じているうちに、あっという間の2時間が終わった。次回は、さらに多くの出席者となることを祈って、幹事の役を終えた。次回は、あの友と話したい余韻を残して。<br>&nbsp; 今回、地元のクラス会の幹事を引き受けてみて、また新たな自分を知る良い経験をさせてもらったクラスメートに感謝したい。</font>
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<pubDate>Mon, 02 May 2016 13:46:46 +0900</pubDate>
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<title>クラス会を開催して  3-2</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191214/20/1950228/97/67/j/o2448244814675959700.jpg" alt="イメージ 1" height="560" class="popup_img_2448_2448"></p><br>&nbsp; しかし、意外と級友たちは、さっぱりとしている。自分と遊んだ友の事も、会えなければ仕方がない。本人の都合だから。まして遊んだこともない友だったら、なおさらである。変に割り切っている。クラス会や食事会に誘って来なければ、来たくないのだから、それ以上は、本人の勝手？と敢えて誘わない。こちらの都合である。誘っても来ない人は、それ以上は誘わない。自分にも限られた時間の中での事情がある。確かにそれもよくわかる。当然である。でも今回、幹事をやってみて自分との大きな違いを感じた。<br>&nbsp; クラス会に出席することが、クラス会ではないと思った。自分の会ってみたい人に自分から話す事も自分の中のクラス会だと思った。たまたま今回、幹事と言う立場の特権？で電話連絡することになった。あれから数十年。転校してしまったから、自分の中でも記憶がほとんどない級友にも、おぼろげには覚えている級友にも電話をかけてみて、自分の発見をした。相手といろいろな話ができるのだ。普通だったら、一通りのことを話せば、電話を切ってしまう。<br>&nbsp; しかし、小学生時代の話をすると、意外？と話が続くのだ。当時の級友とはいっても、話したことも遊んだこともない人でも、当時はどの辺に住んでいて、周りに誰がいて、どんなことをして遊んだのか？そんな話からいろいろ話をすると、クラス会にはほとんど出たことがない人でも、クラス会には出にくい理由を聞くことができる。また、いつも出席しない人も話はしてくれる。やはり話をすれば、当時の自分を思いおこす？のかもしれない。<br>&nbsp; 級友たち一人ひとりに彼らの気持ちになって聞く。これがクラス会の幹事としての役目ではないか？と感じた。その人の会いたい人の情報を、クラス会と言う名目で、知らせてあげるのも幹事の大事な役目ではないか？と感じた。頻繁には会えない級友たちをつないであげること、これが幹事としての大切なことだと感じた。
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602821.html</link>
<pubDate>Mon, 02 May 2016 12:56:43 +0900</pubDate>
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<title>クラス会を開催して     3-1</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191214/20/1950228/f8/79/j/o1024076814675959667.jpg" alt="イメージ 1" width="560" class="popup_img_1024_768"></p><br>&nbsp; 地元下町の小学校のクラス会が、2016年4月16日に開催された。自分も含め幹事は4名。いつも出てくる人、久しぶりに出てくる人等、男性9名、女性5名の計14名の出席となった。<br>&nbsp; あれから半世紀以上も経ち、級友たちも介護保険被保険者となっている。しかし、小学校のクラス会と言うのは自分の中でも一種独特の特別な感がある。生まれた近くの小学校。歩いて通った小学校。近所の幼なじみと一緒に通った小学校。学校から帰ってきて、友達の家に出向き、その友達と一緒に行動した小学校時代。<br>&nbsp; 同じ町会の級友たちは、彼らの両親や兄弟そして、町会のおじさん、おばさんも共通の人たちだ。町会の人たちも、学年は違っていても、同じ小学校に自分の子供たちが通っていたから、何かと声をかけてくれた。だから、安心感があった。<br>&nbsp; 友達の家に行くと、そこでも同じように、その町会の人たちが見守っていてくれた。だから友達の家に行っても安心して行動範囲を広げることができた。上野の山や、不忍池にも友達同士でよく行った。<br>&nbsp; 小学校時代は、小学校の周りの地域性の中で育ったような気がする。当然下町特有？の言葉遣いも自然と身についてしまうし、身なりや服装まで染まってしまう。それが、あれから数十年経った今でも、クラスメートに再会すると、出てしまう。カッコなんか付けても始まらない。皆、その感は拭えないと思う。あの時にすぐにタイムスリップしてしまう。<br>&nbsp; 昔の級友のイメージとあの時の自分に出会う。歌詞ではないが、あれからどうしていたのだろう？あの時の君は今？お互いに時は経ったけど、こうして元気に会えたのは良かったと、心からそう思う。<br>&nbsp; 残念ながら、この年になると、亡くなってしまった友もいる。会って話してみたかったと思っても、すでに叶わぬ事となる。また、病気で出席できないでいる人もいる。いろいろそれぞれの事情はある。でも、欠席していたり、不明だったりしていると、自分と遊んだ級友のことが知りたくて、その級友のことを知っている級友と当時の話題になる。元気でいるかな？病気でもしていないかな？お互いにこの歳になったら、会っておきたいな。どうしているのかな？誰か知っている級友はいないかな？誰もがそう思うと思う。それが小学校時代の友だと思う。自分は4年生の3学期に転校してしまったから、余計そう思うのかもしれない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602807.html</link>
<pubDate>Mon, 02 May 2016 11:45:14 +0900</pubDate>
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<title>クラス会の幹事(All Time Mate's いつも友達)5</title>
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<![CDATA[ 後日、A君から電話があった。近くの仕事が終わったので、今、市役所に来ている。<br>担当部署に行き、クラス会の名簿、自分の運転免許証を提示して、不明となった彼の転出先を聞こうと、必死になっていろいろ話してお願いしたが、お気持ちはよくわかりますが、お答え出来ませんの一言で片付けられてしまったとの事。<br>電話の向こうにA君の口惜しそうな顔が浮かんだ。でも、自分としては、精一杯やった。だから、悔いはないと言っていた。<br>自分も、転校先のクラス会の名簿の作成に際し、同じ気持ちで、同じことをした。<br>四半世紀前の当時は、役所の担当者も話せば分かる人がいた。だから、人を見る目を持つ役人がいたと思う。人を自分の目で判断し、自分の責任で、行動してくれたと思う。お陰様で、ほとんどの級友の住所が判明した。それを元に、今まで何とかクラス会が継ながっている。<br>個人情報保護法の規制がある時代とはいえ、マニュアル通りの受け応えで、人の心が通う役人のいない、寂しい時代となってしまったと感じた。<br>逆に、かわいそうな人達だなぁと同情する。人の心がわからなくても、マニュアル通りの受け応えをしていれば、それでいい。<br>下手なこと？をすれば、その責任は、役所全体にまで関わってくる。その責任を背負ってまで、自分の職を賭してまで、自分に信念を持って処せる人はいないということか！<br>世の中の人は、万が一ばかり気にし、人の目ばかり気にして生きている人生を歩んでいる人が、ほとんどだと思う。それが普通である。人それぞれの人生である。誰一人として同じ人生はない。だから尊いと思う。でも、一度しかない人生である。人の役に立つことなら、信念を持って一度考えてみたら？と思うのは自分だけの想いだろうか？<br>きっとそこには、自分だけの、思いもしない、自分をさらに知る世界があると思う。<br>多くの人達は、感動も人生の醍醐味も分からなくて済む人生を歩んでいるんだろうと思ってしまう。<br>それもまた、その人の人生である。<br>こんなクラス会の幹事もいるんだということを不明となった友に伝えたい。<br><span style="font-family:sans-serif;"><br></span><br><font face="sans-serif"><span style=""><br></span></font>
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602799.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Dec 2015 20:30:00 +0900</pubDate>
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<title>クラス会の幹事(All Time Mate's いつも友達)4-4</title>
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<![CDATA[ 7時過ぎ頃に、カーナビの指す場所に到着した。辺りは既に暗い。住宅街だが、表札が暗くてよく見えない。<br>そこへ運良く反対側の家の駐車場に入れる車がいた。降りて来るのを見計らって、聞いてみた。そうしたら、カーナビの指した場所が探している彼の家で、奥が自宅で道路側は工場だと教えてくれた。<br>表札はなかった。車を工場の敷地に置かせてもらって、一緒に自宅の呼び鈴を押したが、応答がない。隣の工場の奥に明かりがついている。ひょっとして？と思いガラス戸を開けて、先に中に入っていってみた。<br>一杯飲みながら、テレビを見ている彼がいた。ひと目で彼だと分かった。<br>「おーい。いたぞ～」と叫んでしまった。間違いなく彼だ。不明の彼は、瞬間キョトンとしていたが、名を名乗るとふっとあの頃の彼になった。<br>後から入って来たA君と久しぶりのご対面となった。<br>この二人は中学生の頃、一緒に大阪に自転車で行こうと、台東区の自宅から大阪に向かって旅をした仲だそうで、その思い出話で、すぐにあの頃に戻っていった。<br>しかし、箱根の山に登ってみて、大阪までは断念して引き返すことにしたそうだ。そして、帰りの下り道で、スピードが付き過ぎて、前の車を避けようとした時に、不明の彼が倒れ、その後に続いたA君も転倒し、互いに、お腹に怪我をしたと言っていた。そして、不明の彼がアルバムを持って来た。<br>開いたページの中央に一緒に来たA君が一人で写っている。そして、はずした写真の裏には、不明の彼の字で、箱根山にてと記されていた。さらに、その時のお腹のキズがまだ残っていると言って、服をめくり、お腹を出した。確かにそのキズはあった。<br>今まで、大切に写真を保存していた様子が見て取れる。その思いに触れた時、不明の彼の心の中のA君への思いが伝わって来た。二人だけの思い出として大切に今まで持っていたんだ。彼は、当時から口は悪いが、気持ちはいい奴だった。<br>さらに、アルバムには小学校の集合写真がたくさんあった。そこにはあの頃の級友たちがいた。みんなちょっと緊張した元気な顔が写っている。みんな遊んだあの頃の仲間がいる。その友にこうして会えたのは、何とも言いようがない。二人の話は尽きなかった。<br>人生で、今までいろいろなことが自分を含め、それぞれあったと思う。でもこうして、元気で、また出会えた喜びは、それぞれの心の中に筆舌しがたいものがあると感じた。<br>この二人の再会に立ち会って、クラス会の幹事の醍醐味を再確信した。9時過ぎに不明だった彼と別れ、幹事のA君と帰路についた。実に感動したシーンだった。
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602793.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Dec 2015 18:20:00 +0900</pubDate>
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<title>クラス会の幹事(All Time Mate's いつも友達)4-3</title>
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<![CDATA[ <br>カーナビの指す家の前に車を止めた。住所は間違いないが、表札が違う。建物の様子からすると、明らかに、下で工場、上が住まいという構造になっていたのがわかる。多分、ここで間違いないはずだ。辺りは既に暗くなってきている。それでも、A君は階段を上り二階の呼び鈴を押した。中は暗く、人影もない。不在のようなので、諦めた。隣の家に聞いてみようということで、隣の明かりの付いている家の呼び鈴を押した。誰も出て来ない。諦めきれず、路上で二人で話しをしていると、その明かりのついている庭先のガラス戸が開き、お年寄りが現れた。話し声がするのでと言われたので、事情を話し、隣の彼のことを聞いてみた。あまり近所づき合いもなかったが、仕事がうまくいかなくなったみたいで、2～3年前に売って出ていったとの事。どこへ越していったかわからないと話しをしてくれた。後は市役所に行って、聞いてみるしかないという結論になった。<br>この時、既に6時半頃だった。<br>そうしたらA君は、この際、もう一軒行こうと言った。今なら時間がある。住所があって、電話したら出たけど対応が腑に落ちない。ここからなら40分ぐらいで行けると思うから、どうだ？と言われた。<br>それじゃあ行こうということで、またカーナビに住所を入力して、次の彼の家に向かった。<br><br><br>&nbsp;<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602789.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Dec 2015 12:38:00 +0900</pubDate>
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<title>クラス会の幹事(All Time Mate's いつも友達)4-2</title>
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<![CDATA[ 4人で話し合った結果、各人が納得のいくまで調べてやろうということになった。きっと不明や連絡のつかない友も、誰かと遊び、その友との思い出があるはずだという思いで、探せるだけ探そう。それが幹事としてやるべきことだ。クラス会に来る来ないは、本人の自由。ただ、生きて頑張っていれば、それでいいということで意見が一致した。<br>今まで出席している連中は、放っておいても来るだろう。何かの理由で出席しなかったら、連絡つかずから、不明になってしまっている友を探そうということになった。別に探偵をやるつもりはない。幹事各人の遊んだ覚えがある友は限られている。<br>しかし、他の級友の代わりに探してあげようというのが、幹事としての役目ではないかと、熱く語るA君がいた。自分もそう思い協力することにした。<br>自分も転校先のクラス会の総幹事をしているが、まさに彼のその思いで、今までクラス会を開催(2007.4.17,18記載)してきた。しかし、転校先の級友たちは地元下町と違い、近所の友という奴はいなかった。<br>みんなバラバラのところから小学校に通って来ていた。家に行くとか一緒に出かけるとかの思い出はない。その中で唯一、家に行き一緒に遊んだ友が二人いた。そのうちの一人と、学生の頃、彼の車で、能登半島や紀伊半島などの旅行を、車中泊でした。しかし、その彼が、9年前に大腸ガンの再発で亡くなり、意気消沈してしまった。その後は、彼と会えない詫びしさに、他の級友たちの思いを、あまり感じられなくなった。<br>しかし、今回のA君の考えと同じ気持ちでクラス会を開催してきた自分の原点に戻った気持ちになった。<br>そして、A君の行動力にも、敬服した。名簿の中に、以前は住所が記載されていた友がいた。しかし、最近の名簿には、不明とある。あいつは最近まで、クラス会にも来ていて元気そうだったのにどうしたんだろう？どこへ行っちゃったんだろう？と彼が気にしていた。自分も遊んだ覚えがある。<br>今回幹事になったA君は、個人で運送業をしているので、基本的に日曜日にしか休めない。さらに、身体のほうは、胃を3分の2切除していて、前立腺の薬も飲みながら仕事をしていると言っていた。<br>そして何日か経った後、他の用事もあって、彼が自宅に来た時の事。話しをしているうちに、これから探しに行ってみないか？と言われた。小雨のそぼ降る土曜日の午後4時である。<br>不明の彼は独身だし、住所が分かっているし、自分で購入した家で、Tシャツのプリントの工場をやっていると言っていたから、わかるはずだと言う。<br>では、行こう！ということで出かけた。4～50分はかかる距離だ。彼の車に同乗して、カーナビに住所を入力して出発した。小雨が降り、秋の終わりで、辺りは暗くなってきていた。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602786.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Dec 2015 02:20:28 +0900</pubDate>
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<title>クラス会の幹事(All Time Mate's いつも友達)4-1</title>
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<![CDATA[ &nbsp;地元下町の小学校のクラス会(2006.8.20～22記載)には、幹事の人から誘われる時は、いつも出席するようにしている。4年生までいたが、級友たちは、みんな家も近く、自分の家もそうだったが、ほとんどの者が自宅で商売をしていた。自分の町会にも級友が3人いた。<br>また、学校から帰ると友達を呼んで、家の中で遊ぶほど大きな家に住んでいる者は、少なかった。彼らは、炭屋の、魚屋の、電気屋の、真鍮屋の、お菓子屋の、時計屋の、自転車屋の．．．という具合に、名前と家業が結びついている。家で遊ぶと商売の邪魔になるから、外で遊んだ。<br>そこで、級友の家に行くと、誘い合わせて広場や空き地に行き、遊んだものだ。<br>遠出は、自転車で不忍池や上野の山によく出歩いた。<br>以前、台東区で「小僧のいたころ」と言う本が1994年に出版されて、今でも区で貸し出しをしているが、まさにその時代だった。<br>だから、世の中には、いろいろな商売があって、みんな頑張って生きているんだと子供心に思っていた。世の中の人は、みんな商売をして暮らしているとさえ思っていた。<br>外で遊ぶといっても、物がない時代だから、ルールをお互いに決め、話し合いながら、遊んだ。遊ぶ道具といったら、蝋石やボール、バットぐらいなものだった。地面に蝋石で描いたり、壁にボールをぶつけて交代で取り合うなど。だから、家にもよく遊びに行ったり、二人で遊んだりしただけに、その友との思い出は、彼との二人だけの思い出として、今でも心に残っている。<br>さらに、その当時の日記がある。この日記は、今では故人となった、当時の担任の先生に、全員が毎日書かされ、毎日チェックされたものだ。適当に書いていくと、罰当番として掃除をやらされたことも書いてある。<br>読めば当時の自分と対面することとなる。あの友とどこで遊んだ、どこへ一緒にいった。彼のそばにはあいつがいて、あいつはこいつと遊んでいてと、当時のことが浮かんでくる。途中転校しただけに、その思いは強い。それだけに、友へのひとりひとりに対する思いは格別なものがある。<br>だから、地元のクラス会には、みんな元気でいるか？あの顔、この顔を思い浮かべながら、再会するのを楽しみに出席するのである。いつも世話をしてくれる幹事たちには、感謝している。<br>自分は転校してしまった身で、卒業はしていない。卒業生ではないが、混ぜてくれている。それが次回、幹事をやることとなった。日にちは、2016.4.16(土)である。もちろん卒業した級友たちと4人の幹事である。<br>たまたま、幹事となるみんなのイニシャルをとって、ATM's=オールタイムメイツ=いつも友達と名付けた。<br>彼らも、同じ思いで幹事となった。だから、一人でも多くの友の所在を知ろう、声が聞きたいという思いが強い。まず、電話で各人が親しかった友と話そうということになった。<br>今までの幹事の人たちが作った名簿には、既に故人となった友もいる。また、不明となっている友、連絡のつかない友が記載されている。さて、どうしよう？<br><br>
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<pubDate>Tue, 01 Dec 2015 18:38:24 +0900</pubDate>
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<title>山栗拾い</title>
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<![CDATA[ 昨年、知り合いになった、雑木林の下っ葉を刈っているご夫婦(2014.10.29記載)に、山栗を拾わせて貰いに訪ねた。今年は、作物が早めに収穫されているので、9月中頃に行ってみた。今年１月に、昨年拾わせていただいたお礼に、自分で掘った自然薯を差し上げたので、覚えていてくれたらいいなと思って、ご挨拶に伺うと奥さんがいて、ご主人は、病院に行っているとのこと。お歳も77歳となられ、前立腺が悪く頻繁にトイレに行くために、夫婦で旅行にも行けないと、言われた。周りの人のために、ほとんど毎日草刈りをしているのに、お気の毒な話である。<br>&nbsp; &nbsp;でも、奥さんに「どうぞ拾っていってください。」と言われたので、お言葉に甘えさせてもらい、拾ってみた。今年はまだ落ち始めだった。しかし山栗とは思えない立派な大きな栗が、落ちていた。<br>&nbsp; 昨年は、遠慮して隅の方で拾わせてもらっていたので、こんな大きな山栗は、拾えなかった。普通の小さな山栗の2～3倍程あり、喜んで拾わせてもらった。小さな山栗しか知らない自分にとって、ここまで大きいと、売っている栗と変わらない。これが自然の栗だと思うと感動する。<br>&nbsp; いつも雑木林を思い、下っ葉を刈り続け、育ててきたご夫婦のおかげで、栗の樹たちも育ってきていると思うと、彼らにとっても幸せだなぁと思う。そして、このご夫婦に出会い、大きく育ったその実を拾わせてもらっている自分もありがたいと思った。<br>&nbsp; 早めに来たのがよかったのか、バケツ半分くらい拾わせてもらって、お礼を言うときに、自分で作った缶の風車(2015.1.31記載)を差し上げた。また来させてもらうお願いをして、帰宅した。<br>&nbsp; 早速、蒸して初物をいただいた。口に広がる栗の香りと、甘さは、今年も秋を食べたようで満足した。<br>&nbsp; そうだ、この感動のおすそ分けを誰かに教えてやれないかと思ったとき、車で30分程の所に住む、小学校の友が頭に浮かんだ。彼も都会から田舎に住み着いて、自分と同じくらい経つ。自然のものが好きで、クラス会でもよく二人で話しをした。<br>早速、話しをしてみると、彼も拾いに行きたいと言うので、数日後、一緒に行ってみた。10時頃伺ったら、ご夫婦の話しによると、朝6時頃から近所のおばあさんが拾いに来ていたので、拾われた後だと言われた。先客ありである。でも、少しでも拾えればいいと思って、早速、二人で拾い始めた。拾い始めてみると、確かに既に拾われた後だった。<br>しかし、見落とした大きいやつがいくつもあり、彼もその大きさに感動して二人で、拾った。思えば子供の頃、臭い銀杏も秋になると、よく東大の森に友達と拾いに行ったなぁなどと小学校の頃の話をしながら、夢中で拾った。<br>２時間程で拾い終えたが、二人でバケツ２杯程になった。小さいものでも、普通の山栗の1.5～2倍程もあり、大満足の一日だった。ご夫婦にお礼を言って帰路に着いた。車中、彼も大満足で食するのを楽しみにしていた。<br>この歳になって、こうして小学校の頃の友と一緒に、栗拾いが出来るとは思わなかった。この機会と思い出を与えてくれた、このご夫婦の健康を祈りつつ、来年掘る冬の自然薯をお礼に持参することを心に決め、今年の栗拾いを終えた。<br>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;2015年 &nbsp;秋<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602772.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Nov 2015 15:56:31 +0900</pubDate>
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<title>本日鋤納め。</title>
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<![CDATA[ 小春日和の中、孫と部活友を連れて、利根川を渡り、茨城県の雑木林に自然薯掘りに行った。<br>現地には、10時過ぎに到着した。 うぐいすが鳴いて、出迎えてくれた。<br>先日、既に五本探しておいたので、掘り方などを教えながら、本人たちの力で、掘らせるようにサポートした。孫は、小さい頃、自然薯掘りには連れて来た(2006.2.5本人写真記載)が、掘らせるのは初めてだ。サポートはしたが、二人共、泥だらけになって、大物を2本ずつ掘った。四月から、中2となる。二人仲良く並んで昼食を食べていた。<p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191214/20/1950228/01/b5/j/o1024076814675959592.jpg" alt="イメージ 1" width="560" class="popup_img_1024_768"></p>4時過ぎに引き上げたが、雑木林の中での味は、どうだったかな？<br>大人になって振りかえってみた時、この経験が、思い出の一コマになればと思いながら、今季の鋤納めとした。
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<link>https://ameblo.jp/1950228/entry-12558602771.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Mar 2015 21:44:51 +0900</pubDate>
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