<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>1982-oitachiのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/1982-oitachi/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>中学生１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>中学１年生、初めて彼氏ができました。</p><br><p>小学校では２人を好きになりました。どちらも見事両想いだったのですが付き合うとかはなく、</p><p>中学に入ると不思議と小学校の同級生だった男子とは一言も会話しなくなりました。</p><br><p>初めての彼氏、さすがに初体験とまではいきませんが色んな初めてを経験しました。</p><br><p>そんな折、学校の帰り車にはねられる事故をおこしました</p><br><p>友達と帰宅中、10円のガムが当たり喜んでいました。</p><p>右肩にカバン、左手に当たりを握り締め歩いていると、友達の好きな男の子がいました</p><br><p>写真を撮ってこようと名前を呼び駆け寄る最中、しまる踏み切りに1台の車が突っ込み、跳ねられたそうです。名前を呼んだところから記憶はなく、目を覚ますと友達が泣いていて</p><p>私はカバンを枕に仰向けに倒れていました。</p><br><p>なぜ友達が泣いているのか解らず第一声は「何で泣いてるん？」でした</p><br><p>救急隊の人に住所や電話番号を聞かれましたが思いだせませんでした。家はすぐそこに見えていたのに、頭を打って一時的に記憶を失っていたみたいです。</p><br><p>目を覚ますまでの記憶は、ただ真っ暗の無。</p><p>あぁ、きっと死んだらこうなるんだな、と思いました。</p><br><p>幸い異常は無く２週間ほどの入院で済みました。</p><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11954960433.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Nov 2014 00:32:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>小学生４</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ものすごく印象に残っているのは、父が飲んでいたビールに</p><p>父がトイレに行った隙に母が砕いた睡眠薬を投入していたこと。</p><br><p>今思えば犯罪ですが母は本当に追い詰められていたんでしょう。父がおきているのが苦痛だったんだと思います。でも多分この事がキッカケで、私は母から飲み物を入れてもらうのが怖くなりました。何か毒物でも入っているんじゃないかと疑ってしまいます。</p><br><p>そして、私が小学校６年生のときに父と母は離婚しました。</p><br><p>私は卒業までは父と２人で暮らしました。</p><p>ちょうどその頃、阪神大震災が起きました。朝方寝ぼけていたので、父が怒っているのか、魔法使いがきたのかどちらかだと思ったのを覚えています。すごく怖かったです。</p><p>その影響で卒業旅行が中止になりました。</p><br><p>卒業してからは母と姉と暮らすことになりました。</p><br><p>父は急に1人で寂しかったのか、インコを飼い始めました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11954956954.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Nov 2014 00:24:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>小学生３</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今のイジメに比べれば可愛いものです。</p><br><p>私は当時からアニメや漫画が大好きで、ドラマなど全く見ておらず、しかし女子のボスは大のドラマ好き、</p><p>わざと　このドラマの役の名前は　みたいなドラマに関する質問をギッシリ渡してきたり、遊ぶ仲間に誘ってくれなかったり、ボスだけは変わらず　色んな子が無視されたりローテーション気味でした。</p><br><p>私のイジメは、姉がボスに電話をして　「やめたってくれへん」と言ってくれ、終了しました。</p><p>でもそんな姉も私を虐めるのが大好きでした。</p><br><p>仲良しではあったんですが、姉にはすごく泣かされていた気がします。</p><p>泣いてる私を見るのが楽しかったらしいです。</p><br><p>父が姉のほうを怒ることが多く、姉が怒られてるときに私がお皿を洗ったりお手伝いをしたりするので、姉はストレスが溜まっていたのかもしれません。私自身はあまり覚えていないのですが。。</p><br><p>大人になって母と喧嘩したときに　この話題をだされ</p><p>「いやらしい子」と言われ、当時そんな目で見られていたのかと思うと少し切なかったです。</p><br><p>母も相当ストレスが溜まっていたのでしょう、</p><p>私が高学年になる頃には、病院で鬱病と診断されていました。</p><br><p>いきなり過呼吸になり発作が起きるので、よく家族で病院に向かいました。</p><br><p>その頃から、母は姉に、父との離婚を相談していたそうです</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11954954717.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Nov 2014 00:12:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>小学生２</title>
<description>
<![CDATA[ <p>低学年の記憶はあまりありません</p><br><p>ただ、父が休みの日の朝叩き起こされて、貯めていたお年玉４万円持っていかれた記憶が。</p><p>パチンコに行って買ったみたいでちゃんと返してくれました。</p><br><p>門限に厳しく、破ると家に入れてもらえなかったり</p><p>怒られると押入れに閉じ込められたり布団叩きでお尻を叩かれました</p><br><p>今の時代だと虐待になるんでしょうか、</p><p>当時はいつも姉が一緒だったので何も怖くありませんでした</p><br><p>でも、ずっと外で正座させられていたときに風邪を引いてそこから菌が入り不整脈になりました</p><br><p>大きな病院に毎週通い、心臓の音をはかったり検査をし、</p><p>たまに私生活でも心音を録音する機械をつけていました。</p><br><p>私は本当に抜けているというかバカで、当時そのことについて特に何も思うことなくたんたんと病院に通っていました。今思うと毎週少し遠い病院に連れて行って、仕事も家事もこなして　母はすごく負担だったろうなぁと思います。</p><br><p>更には、父に勧められ劇団にも入団しました。</p><p>最初はただ言われるがままに通っていましたが、ほんの少しだけみんなより早めに学校を出ないとレッスンに間に合わずで、次第にそれがストレスになり、1年ほどで辞めました。</p><p>でも後から聞いた話では、実はレッスン代が毎月きつかったそうです。</p><br><p>小学校ではイジメもありました</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11954950571.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Nov 2014 23:59:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>小学生１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>小学校1年生から、大阪に引越しになりました</p><p>父の故郷です</p><br><p>古い付き合いの人（殺せと言われて殺さなかった人）が会社を経営し始め、そこで働かないかと誘われたからです。大分でもあまり働いていなかった父。とにかく人に使われて仕事するのが出来ないらしく、一年間だけ働いた母の実家近くの旅館のことを今でも自慢してきます。たった一年なのに。。</p><p>しかも結局職場でも不倫したそうな。</p><p>そんなこともあったので、母は大阪行きを二つ返事で了承しました。</p><br><p>私や姉は、特に転校や引越しに不満はなく、親が行くから行く、という感じでした。</p><p>でも飼っていた犬のエルとはお別れ。</p><br><p>母の兄が引き取ってくれることに。とても悲しかった記憶があります。</p><br><p>大阪に来て母はすぐに働きました。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11954945560.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Nov 2014 23:50:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大分での生活、と、父</title>
<description>
<![CDATA[ <p>産まれて一番最初の記憶と、次の記憶ではもう住んでいる家が違いました。</p><br><p>次に住んでいたのは平屋の一軒家。これまた古いです。</p><br><p>私は保育所に通っていて、就学前には幼稚園に通っていました。</p><br><p>私はあまり覚えてませんが、姉いわく　この頃は　よくテレビや家電がなくなったり戻ってきたりしてたそうです。父が質屋に入れたりしていたそうです。</p><br><p>父は、女遊びも激しく　姉や私の出産のときも病院にはおらず不倫相手といたそうです。</p><p>ギャンブルも大好きです。</p><br><p>父自体まともに育てられていないので　とにかく普通じゃありません。</p><p>父は３人兄弟の長男。次男は赤子の時に亡くなり、３男は養子に出されました。毎日食べるものもなく学校の鶏を捕まえたり、唯一食事を与えてくれる祖母を探すのに必死だったとか。</p><br><p>小学校すらまともに通っていません。従兄弟の影響で自然と極道の道に進みました。</p><p>でも、恩人を殺れと言われ断り、逃げました。</p><p>そこで出会った女性と最初に結婚し私の腹違いの姉が誕生。</p><p>そして不倫をし離婚。</p><p>その後、母と出会い結婚し、姉と私が生まれました。</p><br><p>まぁ育った環境が悪かったので同情もしますが、とりあえず最低な男です。</p><br><p>そんな父が大分でお土産に買ってきた　怪物君の人形がなぜかやたら記憶に残ってます。</p><br><p>そしてそんな父にも関わらず、母はいつも笑顔でした。優しくて強い、そんな母親でした。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11953278738.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Nov 2014 23:16:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>産まれて一番最初の記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私は大分県で生まれました。</p><br><p>実の姉と、腹違いの姉がいます。腹違いの姉とは小学生のときに一度会ったきりです。</p><br><p>産まれて最初の記憶は、多分あれは３歳ぐらい。</p><p>古い、とても古い二階建ての今にも潰れそうなお家に住んでました。</p><br><p>家には１人です。外から南京錠のような鍵をかけれる玄関、真ん中が網になっていて風がヒューヒュー通ります（今思えば本当にそんな玄関だったのか謎です）</p><br><p>私は外に出たくて椅子を玄関まで運び、そして椅子に登り網の向こう側に手を伸ばします。</p><br><p>でも鍵は開けられません。</p><p>結局その後どうしたのか記憶はないまま。</p><br><p>後に母にその話をすると、母が仕事の間　父に私を頼んでおいたけど　置き去りにしてパチンコに行ったのだろう、と言ってました。</p><br><p>私の中の私の人生は、そんなところから始まりました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/1982-oitachi/entry-11953268453.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Nov 2014 23:01:12 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
