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<title>★わが闘争★</title>
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<description>我が闘争です。受験、人間関係、時事問題、恋愛・・・</description>
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<title>11月の読書メーター。</title>
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<![CDATA[ 読んだ本の数：18｜読んだページ数：3580<br><br>ショーペンハウアー著『読書について』（岩波文庫）<br>福田歓一著『近代の政治思想―その現実的・理論的諸前提』（岩波新書）<br>カント著『啓蒙とは何か』（岩波文庫）<br>ヴァージニア・ウルフ著『ダロウェイ夫人』（光文社古典新訳文庫）<br>村上龍著『イビサ』（講談社文庫）<br>R.W. スクリブナー、C.スコット ディクスン著『ドイツ宗教改革』（岩波書店）<br>庄司克宏著『欧州連合―統治の論理とゆくえ』（岩波新書）<br>守中高明著『脱構築』（岩波書店）<br>三島憲一著『戦後ドイツ―その知的歴史』（岩波新書）<br>坂本義和著『相対化の時代』（岩波新書）<br>手嶋龍一、池上彰著『武器なき“環境”戦争』（角川SSC新書）<br>カント著『永遠平和のために』（岩波文庫）再読<br>マックス・ヴェーバー著『社会学の根本概念』（岩波文庫）<br>ウィトゲンシュタイン著『青色本』（ちくま学芸文庫）<br>山本隆三著『経済学は温暖化を解決できるか』（平凡社新書）<br>内田樹著『日本辺境論』（新潮新書）<br>週刊 東洋経済 2010年 11/20号（雑誌）<br>マルティン・ハイデッガー著『芸術作品の根源』（平凡社モダン・クラシックス）<br><br><br>・東洋経済は主に石橋湛山の特集を読みました。<br>・僕、基本的に本は（借りるのでなく）買うのですが、岩波にたくさんお金を落としてるみたい。
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<pubDate>Wed, 15 Dec 2010 21:28:51 +0900</pubDate>
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<title>10月の読書メーター。</title>
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<![CDATA[ 読んだ本の数：9(1日平均-1.3)｜読んだページ数：2006(1日平均-350)<br><br>阿部斉著『政治学入門』（岩波テキストブックス）<br>イェーリング著『権利のための闘争』（岩波文庫）<br>藤原帰一著『新編　平和のリアリズム』（岩波現代文庫）<br>千葉眞著『デモクラシー』（岩波書店）<br>末川博著『法学入門』（有斐閣双書）<br>J.N. フォルケル著『バッハの生涯と芸術』（岩波文庫）<br>川上未映子著『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』（青土社）<br>加茂利男,大西仁,石田徹,伊藤恭彦著『現代政治学』（有斐閣アルマ）<br>斎藤成夫著『世紀転換期ドイツの文化と思想―ニーチェ、フロイト、マーラー、トーマス・マンの時代』（同学社）<br><br><br>ご覧の通り、岩波知識人、岩波系の本ばかり読んでいます。<br>かつての僕はどこへ行ったのやら。。。<br>トーマス・マンじゃないけれど、ある種の〈転向〉です。<br>価値観が変わりました。<br>大学ってすごい。
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10702219965.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Nov 2010 21:00:05 +0900</pubDate>
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<title>会いたい。</title>
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<![CDATA[ 声をかける人をつい見つめる<br>彼があなただったなら<br>あなただったなら<br><br>強がる肩を掴んで<br>バカだなって叱って<br>優しくkissをして<br>嘘だよって抱きしめていて<br>会いたい<br><br>遠くへ行くなと言って<br>お願い独りにしないで<br>強く　抱きしめて<br>私のそばで生きていて<br>会いたい・・・・<br><br><br><br><br>生きてますけど、会いたいのです。<br>やすくんに。<br>今頃就職活動などして、毎日疲れてるのかなあ。<br>元気かなあ。<br>メールしたら邪魔かなあ。<br>会いたいなあ。
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10688443280.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Oct 2010 20:41:41 +0900</pubDate>
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<title>９月の読書メーター。</title>
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<![CDATA[ 読んだ本の数：19(1日平均-1)｜読んだページ数：4187(1日平均-287)<br><br>川端康成著『古都』<br>井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子『憲法九条、未来をひらく』（岩波ブックレット）<br>加藤周一、井上ひさし、樋口陽一、水島朝穂『暴力の連鎖を超えて—同時テロ、報復戦争、そして私たち』（岩波ブックレット）<br>夏目漱石著『草枕』<br>村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル〈第１部〉泥棒かささぎ編』<br>村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル〈第２部〉予言する鳥編』<br>村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル〈第３部〉鳥刺し男編』<br>佐々木毅著『政治の精神』<br>正田彬著『消費者の権利 新版』<br>中山信弘著『マルチメディアと著作権』<br>松井茂記著『情報公開法』<br>松下圭一著『政治・行政の考え方』<br>『週刊 ダイヤモンド 2010年 9/18号　壊れる大学』<br>田中宏著『在日外国人―法の壁、心の溝』<br>大谷昭宏著『監視カメラは何を見ているのか 』<br>大石眞、久保文明、佐々木毅、山口二郎著『首相公選を考える―その可能性と問題点』<br>C.シュミット著『政治的なものの概念』<br>辺見庸著『永遠の不服従のために』<br>ウルリッヒ・ベック著『世界リスク社会論 テロ、戦争、自然破壊』<br>阿部斉著『政治学入門』（岩波テキストブックス）<br>
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10667909713.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Oct 2010 10:56:43 +0900</pubDate>
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<title>ボードリヤールなど読む。</title>
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<![CDATA[ <br>ボードリヤールを読んでいました。<br>その中でパラドキシカルな一節がとても印象的だったので、引用します。<br><br>「豊かさが一つの価値となるためには、十分な豊かさではなくてあり余る豊かさが存在しなければならず、必要と余分との間の重要な差異が維持されなければならない。これがあらゆるレベルでの浪費の機能である。浪費を解消したり取り除いたりできると思うのは幻想にすぎない。」<br>（ボードリヤール著『消費社会の神話と構造』より抜粋）<br><br>これは逆説的でありかつ的確な表現です。<br>的を射ています。<br><br>豊かさという価値、それは「十分な」豊かさでは必要条件に過ぎず、十分条件ではない。「あり余る」豊かさがあって、そのうちの〈必要〉と〈余分〉との差異が大きければ大きいほど、人々は豊かさを実感する。<br>いわば、豊かさ＝浪費<br>という等式が成立するわけです。<br><br>続きを読めば、いわゆる〈家電〉というものの本質が見えてきます。<br><br>「現在のわれわれのシステムでは、この種の見世物的濫費が未開人の祭りやポトラッチのような象徴的かつ集団的な決定的意味をもはやもたないということである。この種の見せびらかし的な消耗もやはり『擬人化』されマス・メディアに乗せられて、大量消費を経済的に活気づける働きをもっている。（中略）とくに文化面においては、マス・メディアによってもてはやされているこの贅沢で最高の無駄遣いは、（中略）根本的で体系的な浪費を倍加させずにはおかない。それは物的財と同時に生産によって生み出され、物的財と一体となった機能的で事務的な浪費であり、それゆえ消費対象の特性とあり方（脆弱性、計算された壊れやすさ、寿命の短さ）の一つとして強制的に消費される浪費である。今日、生産されるモノはその使用価値や達成可能な持続性のために生産されるのではなくて、反対に価格のインフレ的上昇と同じ程度のスピードで早められるモノの死滅のために生産される。」<br><br>ね？<br>僕たちは、まさに〈機能的人間〉なのです。<br><br><br>「消費社会が存在するためにはモノが必要である。もっと正確に言えば、モノの破壊が必要である。モノの『使用』はその緩慢な消耗を招くだけであるが、急激な消耗において創造される価値ははるかに大きなものとなる。それゆえ破壊は根本的に生産の対極であって、消費は両者の中間項でしかない。消費は自らを乗り越えて破壊に変容しようとする強い傾向をもっている。そして、この点においてこそ、消費は意味あるものとなるのである。」<br><br><br>鋭い考察です＾＾<br><br><br><br>まだ読み切れていませんが、<br>一読の価値ありです！！
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10646097267.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Sep 2010 05:21:28 +0900</pubDate>
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<title>漱石『草枕』など読む。</title>
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<![CDATA[ 「山路を登りながら、こう考えた。<br>智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」<br><br>僕が初めてこの冒頭で有名な漱石の『草枕』を読んだのは、小学６年生の、まだ「かわいかった」頃のことで、人生訓とか、世俗的な世間とかそういうのは全然分からなくって、また表現があまりに抽象的で意味の分からないままだったのですが、今日久しぶりに手に取って、１日ずっと読んでいたら、また別の見え方がして新鮮だったので、場違いですが日記に認めようと思います<br><br>２０歳目前の一介の大学生の解釈として、<br>「理屈で話してばかりいると人間関係に角が立ってしまうし、そうかといって、情の部分で干渉しすぎるとそれに流され世間で生きていきづらくなる」ゆえに、「人の世は住みにくい」と。<br>明治を生きた漱石も、現代人と考え悩むところは同じだったのかな。。。<br>今の僕も、そういうことをひしひしと感じています<br>１２歳ではまったく理解できなかった。<br>２０歳で上のような解釈に至った。<br>３０歳、４０歳、５０歳って年を積み重ねていくごとに、解釈も人生経験に応じて多様になっていくと思うし、漱石の初期の作品ではこれが最も傑作と言えると思うから、今後も何度も何度も読み深めていくと思う。<br><br>僕が読んでいてうまいなあ、さすが漱石だなあって思ったのは以下の引用部分。<br>主人公「余」）「全くです。画工（えかき）だから、小説なんか初から仕舞まで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留しているうちは毎日話をしたい位です。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなると猶面白い。然しいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初から仕舞まで読む必要があるんです。」<br>那美「すると不人情な惚れ方をするのが画工なんですね」<br>余）「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読むのが面白いんです。<br>那美）「成程面白そうね。・・・・・」<br><br>〈非人情〉と〈不人情〉の使い分けもそうですが、<br>「筋なんかどうでもいいんです」、つまり「余」が語っているのは筋＝物語ではなく、その場面における絵画的な光景にすぎない、ってことですね<br>読めば分かりますけど、この『草枕』のテーマとして、〈非人情〉と漱石の芸術論（主人公の独白形式）というのがあると思うんです。<br>残念ながら僕は国文学専攻でないから、学問的な文学論の話はできないけれど、上に引用した「余」と那美のやりとりに主題が凝縮、とまでは言えないまでも、見てとれる程度には表現されているのかなって思います<br><br>残暑厳しくて、まだ秋とは言いがたい気候ですが、大学のキャンパスの芝生の上を赤とんぼが飛んでいました<br>暦の上でも既に秋です。<br>読書の秋、ということで、漱石の『草枕』、初めての方も、再読の方も、手に取って読んでみては？？
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10639324638.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 20:57:23 +0900</pubDate>
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<title>８月の読書メーター。</title>
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<![CDATA[ 読んだ本の数：11(1日平均-1.2)｜読んだページ数：2551(1日平均-332)<br><br><br>中村雄二郎著『共通感覚論』<br>東浩紀著『動物化するポストモダン—オタクから見た日本社会』<br>川上未映子著『わたくし率　イン歯ー、または世界』<br>中山元著『フーコー入門』<br>川上未映子著『乳と卵』<br>蓮實重彦著『反＝日本語論』<br>飯尾潤著『日本の統治機構—官僚内閣制から議院内閣制へ』<br>カント著『道徳形而上学原論』<br>岩波書店『岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在』<br>ドゥルーズ著『カントの批判哲学—諸能力の理説』<br>川島武宜著『日本人の法意識』<br><br>
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<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 05:57:04 +0900</pubDate>
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<title>男色の憂鬱。</title>
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<![CDATA[ 試験が終わってから、大変充実して読書が出来ております。<br>と、同時に、肉体を酷使しております。<br><br><br>６日未明。<br>抱かれたいと思ったわたくしは、掲示板を閲覧。<br>自転車で行ける範囲で手頃な殿方がいたので、<br>行ってみると、京都の誇る大学院生で北部キャンパスを縦断してちょっとのところにお住まいでした。<br>最悪でした。<br>写メ交換しないで行ったのが間違いでした。<br>あんなに毛深いとは思わなかった。<br>そしてやたら変態。<br>どんだけ僕のおしりのにおいをかげば気が済むのだろうか・・・<br>完全に萎えた僕、依然びんびんの相手。<br>うまいこと誤摩化してアナルだけは指一本入れさせないで、<br>相手のそれを適切に処理してさっさと帰ってきました。<br>シャワーも浴びずに。<br>浴びたいのもやまやまだけれど、浴びてるあいだになにされるか分からないし、<br>相手の唾液でべとべとな体で、なんかにおったけれど、<br>さっさと帰りたかった。<br>百万遍交差点で、信号待ちしていたら風が吹いた。<br>僕の肩から唾液のにおい・・・。<br>半泣きで鴨川超えて、<br>家に帰宅したら、<br>すぐに全裸になって着ていたものすべて洗濯して、丹念にからだを洗いました。<br><br><br>６日→７日。<br>僕のことをセフレと勘違いしているヒトがメールしてきたけれど、<br>彼とやる気分じゃないから、久しぶりに自分から募集をかけてみる。<br>僕のお隣の大学の４回生のかた。<br>今思えばアドレス交換しておけばよかったって思うような、素敵な方。<br>夜中からずっと僕の部屋でやってた<br>わけではなく、僕の持ってるDVDを一緒に見て、<br>７日の朝６時頃、帰る直前に、<br>お互いの体を物色。<br>彼の思いの外に小さな勃起したそれを丁寧に舐め、<br>乳首を舐めて差し上げました。<br>感じ方がなんとも言えないくらいかわいかった。<br>いやらしい意味でなく、人間として深く関わりたいと思った先輩ですが、<br>名前も連絡先も知らない。<br>・・・好きかも。<br>うん。<br><br><br>７日。<br>ゲイの友人と夕食。<br>堀川商店街、堀川の七夕の夕べ、晴明神社の雅楽演奏も一緒にまわったけれど、<br>別れ際、お互いピリピリ。<br>僕もズバズバ言うけれど、彼もズバズバ言い過ぎなんだよ。<br>彼とは肉体関係とかそういうのではなく、<br>相談するお友達。<br>もう逢うことはないかな。<br><br><br>７日→８日。<br>理系の大学院生と。<br>耳とか乳首とか責めたら、<br>なんとまぁかわいい喘ぎ声。<br>深いことまではしなかったけれど、<br>あの喘ぎ方はかわいかった。<br><br><br>今朝。<br>朝からやる予定だったヒトがドタキャン。<br>ゆえに不愉快。<br>彼のために予定を調整したのに。<br>しかも近畿は高校野球でサンフロが見れない。<br>ふくれて二度寝しようとしたら、<br>昨日の朝の４回生の残り香が。<br>理系大学院生とのときは枕おろしてたからつかなかったんだな。<br>とにかく、名前を知らない４回生の残り香があって、<br>なんだか、幸せ。<br><br><br>現在。<br>友人と東京旅行についてのメールしていたり、<br>ゲイの友人とメールしていたり、<br>洗濯終わるの待っていたり、<br>そんな今。<br>予定が狂ったから本でも読みつつ勉強をと思ったけれど、<br>ちょっとからだがだるい。<br>したがって洗濯物を干したら、少し休もうと思う。<br><br><br><br><br>名前を知らない４回生が恋しいのはなんでだろう。<br>１度しか会ってないのにね。<br>インスピレーションかな。<br>でも多分、名前を知らない彼は、僕のことはどうにも思ってないんだな。<br>男色の憂鬱。<br>名前を知らない彼の残り香が染みた枕に顔を伏せ、慟哭。
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<pubDate>Sun, 08 Aug 2010 12:50:17 +0900</pubDate>
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<title>７月の読書メーター。</title>
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<![CDATA[ 試験が迫っていることもあり、まったく読めませんでした。<br><br><br>読んだ本の数：7(1日平均-1.3)｜読んだページ数：2092(1日平均-347)<br><br><br>野矢茂樹著『入門！論理学』<br>芦部信喜著『憲法』（再読）<br>近江幸治著『民法講義〈1〉民法総則』<br>クレメント・グリーンバーグ著『グリーンバーグ批評選集』<br>大越義久著『形法総論 第4版 (有斐閣Sシリーズ)』<br>浅田和茂著『刑法総論』<br>『Pen (ペン)』 2010年 8/1号 [雑誌]<br>
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<pubDate>Sun, 01 Aug 2010 08:44:34 +0900</pubDate>
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<title>キルケゴール。</title>
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<![CDATA[ 　キルケゴールは、20世紀実存主義の先駆と言われており、かのハイデガーにも影響を与えたデンマークの思想家です。<br>　『現代の批判』は実はtwitterで僕のフォロワーさん（東大法学部）に「殊に現代に閉塞感を覚えている人にとっては、大変いい本です」と教えていただいて、買った本で、哲学には関心があると言えど、キルケゴールにはたいして興味はなかったのが、正直なところですが、『現代の批判』は、すごい。1846年に書かれた論文であるようだが、現代にも通ずるある種生々しい批判が綴られています。是非一読されるといいと思います。<br><br><br>　さてさて、キルケゴールという思想家で有名なのは「あれかこれか」でしょうか。僕も読んだわけではないですが、高校倫理的な知識で知っています。<br>　キルケゴールが我々の生活におけるありかたを三段階に区別したもので、それは美的段階、倫理的段階、宗教的段階です。<br>　<br>　「美的段階」では「あれもこれも」と快楽を追求するわけですが、行き着く先は虚無感です。<br>　次いで、「倫理的段階」では「あれかこれか」を選択して、倫理観によって正義を追求します。正義を追求する反面、不正は除外していく。そうして、自己実現されていく。しかし、この段階にはストイックな過酷さ、自己の正義を徹底的に追及する為に生じる自己中心性が、理想と現実を断絶し、絶望に陥る。<br>　最後に「宗教的段階」。宗教、つまり人間の存在根拠たる神に自身の存在をかけてかかわろうとする段階です。人倫を超越する宗教的あり方を、キルケゴールは説いたわけです。<br><br><br>　キルケゴールはとても興味深いと思います。<br>上に挙げた本以外でも『死に至る病』、『不安の概念』、『イロニーの概念について』など名著はたくさんありますので、<br>繰り返しますが、是非是非一読されるといいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/1990-11-12-01-48/entry-10594579684.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 01:24:42 +0900</pubDate>
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