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<title>L.M.L</title>
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<description>Live my lifesince -2009-</description>
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<title>2012.10.01</title>
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<![CDATA[ 4度目の修行から戻りました。殘すは12月にある加行のみ！もう少しで正式な坊主です。<br><br>ほんと大学卒業後にこの世界に足を踏み入れた時は不安しかなかった。<br>友人逹が社会人として世に出て行く中で、俺は院生という立場でまともな給料もなく、ただ親に養われてるだけの中途半端な存在にならないように、必死にこの先どう生きるかを考えてた気がする。<br><br>結果的に今の俺には、過去の俺が陸上競技を通して実現しようとしてたような目標が出来た。<br>ジャンルが変わろうが、経験が無かろうがまだ守りには入らねぇ。まだまだ貪欲に行くべきだ。先は長い。<br><br>幸運なことに周りの環境は揃ってる。滅多にない良い環境だ。それにもう既に留学の話も出てる。２年ほどアメリカへ。それから１年はドイツへ。どうなるかはまだはっきりしてないけど。誘ってくれる人がいることは大変有り難いことです。ただ、俺が留学すると決めるかどうかは別問題。俺に留学するほどの価値があれば当然します。喜んで。けど、俺が何年たっても盆暗なら行かない。誘ってくれた人たちの顔に泥を塗るようなことは決してしたくない。留学を諦めると言うことは、つまりこれで飯は食ってかないって事になります。ドロップアウトってこと。だから今はそうならないように勉強してます。ここ数年の内の良い目標になると思う。<br><br>こうやって目標持ってやってれば、その過程で必ずといって良いほど失敗を伴うことがあると思う。<br>出来るだけ避けたいことだけど、しかしその失敗で学べることは割とでかかったりするもんだ。時間は常に流れてるものだから、その一部分だけを切り拔いて事の善し悪しを判断しないで欲しい。その時失敗してすごく落ち込んでも、将来その失敗が良いきっかけになったり、結局は笑い話になることなんて幾らでもあるんだから。<br><br><br>
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<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:04:07 +0900</pubDate>
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<title>2012. 02.01</title>
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<![CDATA[ おっす！もう2月！！<br>今年は年明けと共に徐々に予定が入って、充実した出だしを送れました。除夜の鐘も例年より何人も多くの人が来てくれて、今年は100人は超えてました。片田舎の寺に100人は結構多いよ。有り難いね。<br>それから新年早々いろんな友人逹からの新年会のお誘い！気がつけば毎週末埋まってました。<br>それぞれみんな新鮮な今の現状の話をしてくれます。俺が知らない話ばかりでとても有意義な時間ばかりでした。俺も頑張らねばなりませぬ。今後も毎年集まれたらいいねー！ほんとありがとうございます。<br><br>どうやら歳を重ねるごとに、残念ながら手放さなきゃならないもんも出てくるようです。いくらそれに愛着が付いてたとしても。でもな、時間は前にしか流れてないから、過去から現在に持ち込めるのは経験と思い出だけ。それ以外を持ってこようとすると流れに逆らうことになってしんどくなるんだよ。過ぎてしまったことはもう仕方ない。去るものにはすがるな。こういう風に割り切れるといいんだけどね。なかなか難しいね。まぁ次行こうぜ！次！俺等にはまだ次を期待できる若さってもんがあるよ。なっ？<br><br>そして今月末からはまたあの“修行”が待ってる。とうとう今年でその全てを終える。残りあと３回。確かに楽しいことは何も無いが、でも自分にとって必要なことはたくさん転がってる気がするのも確かだ。あの場所から何か拾って帰って来なきゃならない。自分を深めるには良い機会です。<br><br><br>ではまた。次は修行後に。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11131657305.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 00:55:27 +0900</pubDate>
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<title>2012.01.01</title>
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<![CDATA[ 明けましておめでとう！<br>例年通りクリスマス終わったらすぐに年も明けちまった。<br>今年のクリスマスも幸運なことに一人で過ごすことなく、後輩の家に招いてもらえて楽しく過ごせました。誘ってくれた友人に感謝！今年度から遠く離れた場所で挑戦するそうですが、どうか元気で！<br>後輩たちも来年から幹部学年とは。流れの速さを感じるね。新年早々連絡を頂き、電話で話したけれど、やっぱり成長しているね。いいねー。是非とも良いラストを飾ってほしいもんです。また飯食いに行こうぜ。<br><br>仕事に慣れてきて余裕の出てきた友人もいて、結婚という話も出ています。おめでたい！<br>二人の人間が歩幅を合わせて人生を歩むのはとても難しく、尊いことだと思います。<br>俺のまったく知らない世界。同い年の友人がすごく大人に見えました。<br><br>そんな感じで色々な話を聞き、初日から上がってます。みんなそれぞれの道で、押し倒そうとしてくる怒濤の波からそれぞれのやり方で必死に踏ん張ってる。前に進めたやつ、滯ってるやつ、これからどう進もうか迷ってるやつ、いっぱいいます。でも今が踏ん張り時。<br>要領よくかわそうとするのが俺の悪い癖だから、今年は目標に向かって、着実にまっすぐ行きます。<br>まずは生活を正すことから。今年の身近な課題はそうだな。早起きにしようか。いや、早くなくてもいいからちゃんと朝起きるようにしよう。まずはそれから始めようか。<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11112711903.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 22:49:25 +0900</pubDate>
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<title>2011.12.01</title>
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<![CDATA[ 12月。今年もいよいよ終わる。<br>今年は去年此処にも書いた通り、いろんな事が変わり、時代は変わった。その流れに追われている内に気づけば一年経ってた感じだったな。人間関係の価値観って奴もどうやら歳を取るごとに変わっていくらしい。俺は変化していくその価値観にまだ親しめずにいる。でも進む道は前にしかないんだから、その価値観ごと変えてしまうくらい強くなりたいもんだね。<br>此処は良くも悪くも自由だ。堕落するのも、ブチ上がっていくのもそいつ次第。やらなきゃ認められないし、自分の旗は揚げれない。あきらめて消えてく奴がいるのも此処じゃよくある話だ。それにどこ見渡したって称讃より批判の方が多い世の中さ。世の中いろんな意見が飛び交ってるから、何一つ安定して確立できるものなんて存在しない。みんな批判することで自分の立場をどうにか保ってるんだ。俺はこの一年そうしないと自分が保てなかった。だから同業者の人の気分を害することもあったと思う。幼稚だった。一方的に批判したって何も生まれない。俺は今まで踏み入れたことのない場所で、これからの自分の仕事から逃げないように必死になってた。このご時世で幸せなことだとは思うけど、元々決まった仕事があるって事も時には苦痛なんだ。別の世界を選ばなかった自分を納得させる大きな理由がいる。俺が躍起になってるのもこのせいだ。後付けでも理由がほしいんだ。あの時、別の道を選ばなかった理由が。まあ、どの道を選ぼうが必ず後悔はつきまとうもんだが。<br>まあ、こんな感じであれやこれや考えて、失敗してはすこし上手くいっての繰り返しで、一年中ずっと考え事をしてた。答えは何一つ出てないけど。納得しようにもどうにも出来ないことなんか山ほどあるね。理不尽さや矛盾を避けては通れない。だからこそ智慧を手に入れるんだ。迷った時に智慧が導いてくれる。いろんなことを勉強しなきゃだめだ。自分の世界を拡げないと。まだまだ貪欲に。いろんな事にがっついていこう。今しかできない。今やらなきゃならないことだ。俺を過去から解放する智慧を。夢は叶うまでは俺を苦しめる呪縛。叶わなければ一生ついて回る呪いだ。夢を語る代償はそんなに小さくはない。<br><br><br><br>2012年。勝負の年。どうか辛くとも、前を向いて笑ってられますように。<br><br><br>Peace!!<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11072990454.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Dec 2011 21:59:53 +0900</pubDate>
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<title>2011.11.01</title>
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<![CDATA[ 11月。今年は早い時期から寒いっす。<br>去年の今頃の俺は確か下宿先を引き払うために引っ越しの準備をしてたはず。<br>オリオン座が綺麗に見える。去年教えてもらうまでは知らなかったんだ。<br><br>さあ、年の瀬になるとみんな仕事も忙しくなりそうだな。俺も初禅はあと1年だ。来年のこの時期には修論はほぼ完成してるはずで、加行までもう少しで、ってまあ多分忙しいはずだ。次の二禅に進めんのかどうかもうだいたい自分で検討がついてると思う。<br>　<br>こうやって時間は進んで行ってる。気づけばもうすぐ年の瀬。最近思うのは、歳を取る事の意味がだんだん変わってきたってことだ。俺自身、夜中にラーメンを食ったり、クラブで朝方まで遊んでんのも少々きつくなった。まあ俺のことは良いとして、こっから先、俺が歳を取るにつれて絶対に避けられない別れが来る。両親も飼ってる犬もみんな歳を取った。体調も崩しやすくなるし、見た目にも歳をとっていってんのが分かる。正直、どうしようもない事だけど、やっぱ目の当たりにすると辛いね。自分自身が老いていくって事も辛いことなんだろうけど、自分以外の人が、それも親しい人間が、老いていくその過程を目を逸らさずに見守るってのは相当辛いことだ。死を経験しない人間なんて存在しない。それでも、俺たちが赤の他人の死に鈍感なのは表面的にだけ死というものを理解した気で居るから。表面的に人は何れ死ぬなんて分かった気で居るからだ。問題はそれが実際に自分や自分に親しい人に降りかかってきた時、死ぬということの本質はどうあがいても理解できないって事に気付いて苦しむことになる。<br>今回の大地震で老若関係なく一瞬にして多くの人が亡くなった。別に歳を取ったからとかじゃなくて、誰にでも以外と身近に迫ってたりするもんなんだ。俺らもどっぷりって訳にはいかないけど、少しは考えてみても良いんじゃねぇかな。<br><br>ニューヨークじゃ雪が降ったみたいだぜ。<br>これからまたあのなんとも寂しい季節がはじまる。<br>心も体も風邪ひかないようにしないとな。<br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11046353276.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2011 22:45:00 +0900</pubDate>
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<title>2011.10.01</title>
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<![CDATA[ 　9月は彼岸が終わり、大学が始まって、夏が終わった。<br>こうして2011年の夏は終わってしまった。大して何かを成し遂げることもなく。ただ、日々に追われただけだった。<br>もちろん、素晴らしい出来事もあった。それは間違いない。たくさんの友人達との再会。筆舌に尽くせないあの安堵感、俺の帰る場所が其処にはあった。<br>ただ、今俺が話題にしてるのは俺個人の奥深くの話だ。<br>自分が建てた目標に向かって俺は努力したかどうか、といわれるとそうではなかった。<br>自由な時間、勉強に費やさなくてはならない時間は確かにあった。もはや学業ではなく仕事であると以前にも書いていた其れを、有意義に自分の将来の為に費やしたかというと、それは必ずしもそうではなかった。<br>時間が有限であることを知っていたとしても、俺はいつもすぐに行動に移そうとしない。<br>大学にしてもそう、4年しかなかったのだ。４年もあったんじゃない。知識、技術を身につけるには時間がかることは身に染みてわかってるはずなのに。こうして無情にも時は過ぎ去って行った。<br>何かを成し遂げると言うことはホントに難しい事だ。今、俺が成し遂げたいと思ってる事は少し先の未来の事じゃない。だからこそ、気持ちが緩んでしまいそうな自分を強く律して行かなければならない。霞んで見える実体かどうかも分からない将来を、信じては疑って、這ってでも前に進むしかない。<br>今のところはこんな感じだ。たまに湧いてくる野心と希望でなんとか食いつないでる。<br>そんな中、独逸から日本に立ち寄ってくださった教授に大きな希望を与えてもらった。<br>その教授は俺がこの道に踏み入れた時に、一番最初に目標にしたいと思った人なんだけど、幸運にもその教授からチャンスを与えてもらえたんだ。もうこれはやるしかないね。うん。挑戦者らしく食らいついていこう。そうすれば少しは道が切り拓けるはず。<br><br><br>だんだん寒くなってきたね。<br>寒くなってくると着る服の種類が増えるから楽しくなるよね。<br>あれだけ五月蠅かった蝉も鳴かなくなるし、急にあの夏の賑やかな雰囲気が無くなるから、この時期は何となく侘びしい気持ちになる。嫌いじゃないんだけど、でもそろそろこういうのを共有できる相手が欲しいもんだね。ほんと。<br>　<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11020116517.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Oct 2011 02:46:44 +0900</pubDate>
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<title>2011.09.13</title>
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<![CDATA[ 二週間の修行を終えて帰ってきたらもう9月も10日が終わってる。<br>前にも書いたように8月はホントに忙しかった。修行中に歳も変わった。<br><br>で、修行に入って自分の至らなさに気付き、普段自分がどれだけ偉そうに過ごしているかを思い知らされる。虚勢を張って意地の衣を纏って偉そうにしてる。そんな自分を冷静に見て落ち込んだ。<br>こうして今回も二週間、自分と向き合い、自分の見たくない嫌な部分を直視してきた。出来ることなら避けて通りたい。<br>でも自分の為になるもんは、普通は避けて通る道から手に入ることが多い。<br>だから回り道でも、悪路でも其処を通って行かなきゃいけない。<br><br>自分の将来への不安と過去の後悔。その他諸々にまた頭を抱え、深い所へと沈んで行く。まるで沼に嵌ったみたいに。抜け出そうともがく度に深く沈む。<br>其処から抜け出すためには割り切って這い出て行かなくてはいけない。済んだことは済んだこと。俺から離れて行ったもんは離れて行ったもん。這い出るには諦めるという道具がいる。一つのことに執着せず、足を引っ張るしがらみを外す。右か左か。上か下か。諦めては次、その次、そのまた次々...。<br><br>でも気持ちを割り切るということが今の俺には出来ないんだ。<br>過去のことをまだ諦められないんだ。<br>ずっと後ろを向いて立ってる。<br>昔に帰りたいと出来るはずも無いことを望んでる。<br>俺から去っていった人が、今も目の前に戻って来てくれるんじゃないかとまだ思ってるんだ。<br>その間に大事な今という時間も過ぎて行っているのに。<br><br><br>最後に、修行から帰ってきて、「お疲れさん」や「お帰り」と家族、友人たくさんの人に言ってもらった。<br>これがあるからこそ希望を見続けながら２週間過ごせるんだ。どれだけ多くの人に支えられてるのか身に染みて分かるよ。修行は後３回。来年の12月が終われば俺は正式な坊主だ。<br>心身ともにまだまだ浅いけど、深まっていくその課程と、関わってくれる人達を大事にしていきたい。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-11014992932.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Sep 2011 00:33:28 +0900</pubDate>
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<title>2011.08.01</title>
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<![CDATA[ 激動の８月がやってきた。<br>今月は休む暇もなく次々に仕事が詰まってる。<br>８月半ばまではお盆だ。ここでがっつり働く。今まで好き勝手やってきたんだ。そろそろ礼はさせてもらう。<br>それと同時に、俺という一坊主としての売り込みが始まる。最近友人が言ってたのを聞いて思ったよ。なんだってマーケティングなんだ。こう言うと商売じみてるかも知れないけど、別に俺は金の話をしてるんじゃないんだぜ。<br><br>最近ひしひしと感じるんだけど、でも此処じゃ皆同じなのかも知れない。<br>それは此処じゃ人間関係がとても築きにくいって事だ。<br>本音と建て前という二つを上手く使い分けないとやっていけないらしい。これじゃ語る言葉が見つからない。<br>会話がまるで間合いの詰め合いみたいだ。一歩詰められては一歩退く。ただの探り合いだ。<br>おそらくは、こうして凝り固まっていくんだろう。壊れてしまったものは元には戻らん。だからただ壊さないようにするだけ、それだけだ。なんとも事務的なもんだな。これじゃ息が詰まるのも無理はない。<br><br>そんな中、友人が資格を取ろうと頑張ってるんだけど、その場所が俺の家から近いこともあって一週間泊まっていってくれることになってた。やっぱいいね。違うね。話とかしてても落ち着くし、お互いの間に間合いなんて無いから話も弾む。一緒に食う飯も酒もうまく感じたりするよ。他にもホント極力控えるようにしないといけないいんだけど俺はしんどくなるとすぐ友人達に電話したりする。でもいっつもみんな温かく迎えてくれて、家まで珈琲とかも持って来てくれて、みんな俺よりもっと大変なんだけど。それでも俺の話を最後まで聞いてくれる。こうやって帰る場所がある。ありがたい。<br><br><br>今月の末からはまた2週間ほど修行が入ってます。<br>正直きつい。行きたくない場所です。しかしやらなくてはならない。<br>自分と向き合う大切な時間でもあるからです。<br>また何かしら変化があれば来月にでも報告します。<br><br><br>では。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-10962233049.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Aug 2011 03:19:53 +0900</pubDate>
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<title>2011.07.01</title>
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<![CDATA[ 今日から7月。<br>毎度の事ながら6月もあっという間に終わってしまった。<br>暑くなったね。またあの糞暑い夏がやってくるね。<br>今年からは焼けた鉄板のようなタータンの上で暑さと戦いながら練習することもなくなったけど。<br>今も愛し憎む陸上競技。後輩が結果を報告してくれると、いつも熱い気持ちになります。<br><br><br>最近は昼夜逆転の生活が続いて、夜が明けてから寝ることの方が多くなってしまった。<br>朝勤も最近は全くやってない。申し訳なし。<br><br>今月の末からはお盆が始まる。今年からは俺も参加することになります。<br>いろんなお宅を回らせてもらうことになるけど、色んなお話が聞けることを願ってます。<br>一気に深いとこまでとは俺も考えてない。徐々にでいいんだ。今年から徐々に行こう。<br><br>6月は会話の難しさを思い知った。<br>俺の考えていることが、相手にとってはまったく逆方向の考えってこともある。<br>結果的に俺が意見を押しつける形になって、残念ながら相手が不愉快になる事もあるんだ。<br>テレパシーなんかが使えない俺達は、思ってることを言葉にしないと伝わらない。<br>でも言葉の投げっぱなしでは俺の意見は通じても、相手と理解し合うまではいかないんだ。<br>話の上手な聞き手に成ることが上手な話し手になるのと同じくらい大切なことだと気付いたよ。<br><br><br>もう2011年も半分が過ぎ去った。ここが折り返し地点。<br>そろそろ自分の修士論文の課題に向けて取り組まないといけない。<br>来週には自分の研究課題を発表しなきゃならんし、この論文が今のところ俺の今後の人生を握ってる。<br>今回のPhaseの醍醐味だ。<br><br><br>今月も飽く迄もストイックに、独り行く。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-10939741373.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 01:31:41 +0900</pubDate>
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<title>2011.06.01</title>
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<![CDATA[ 今日から6月です。<br>5月はあっという間に過ぎ去っていきました。<br>忙しいから時が早く過ぎるように感じるのか、それともただ俺が年をとったからそう感じるだけなのか。<br><br>まぁどちらにせよ、もう5月は終わった。<br>5月は各週末に分けて、大学の友人達に連絡を取らせてもらった。<br>何となく、まだ学生の俺から連絡はしないでおこうと思っていたんだけどまあいいかと思って。<br><br>みんな頑張ってんなー。<br>電話する度にいい感じで俺の気持ちも上がりました。<br><br>今後、時間の折り合いがつけば俺の方からでも目の前まで会いに行きたいと思ってます。<br>一緒に飯食って、色んな話を聞いてみたい。相談事でも今後の人生の計画でも何でも。<br><br>さて俺の方はまだなんの変化も現れてないけど、ちょっとずつ勉強に対しての努力の仕方ってのがわかってきた。<br>今までの経験と全く違うジャンルに今までの経験から何を持ち越して活かせるのかを模索してます。<br><br>今年から自分の人生をPhaseに区切り、自ら”初禅”と銘打ってやってます。<br>今回の目標の地点は再来年。博士課程に進む時、自信を持って進めるような修士課程を過ごすことです。今回がPhase1であるなら、もちろんPhase2である”第二禅”へ進むためのものでなければ区切った意味がありません。だいぶ漠然と書いたけど、俺の中ではもう少し具体的に決まってる。こうしてたどり着くべき場所を決めてしまえば必然的に今やらなければならないことが見えてくるはずだと思っての事です。<br><br>とは言え、そんな簡単なもんじゃないことはわかってる。<br>しかし大事なのは”出来る”か”出来ない”じゃなく、”やる”か”やらない”かだと思ってます。<br>それにどの道もう後には戻れない。<br><br>最初から苦労する意味が分かっているのはそれは幸せなことだと思う。<br>俺も正直、なんで学者を目指して頑張ってんのかという事の意味は分かりません。今あるとすればそれはただ仕事が欲しいから。その他に深い意味も深いエピソードみたいなんも無い。<br>でも、やることなすことに端から意味を求めんのは最初から答えを聞くのと変わらん。<br>これからの長い道のりを、信じては疑いを繰り返して少しずつ意味を求めていくもんじゃないかと俺は思う。<br>何にせよまずは徹することから。形振り構わず、犀の様にただ独り歩め。まずはそれから。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/1i9uid/entry-10909513342.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Jun 2011 00:00:51 +0900</pubDate>
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