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<title>最後の洗濯</title>
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<description>最後の洗濯なのかも知れない・・・・・・</description>
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<title>チェ・キホ　伽耶大学客員教授の絶叫　今年、90歳　</title>
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<pubDate>Fri, 08 Feb 2013 03:17:07 +0900</pubDate>
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<title>中野さん　日本思想史新論</title>
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<pubDate>Thu, 07 Feb 2013 00:53:11 +0900</pubDate>
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<title>古事記の謎とカタカムナ</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2013 03:29:57 +0900</pubDate>
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<title>高砂軍　閃靈　CHTONIC</title>
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2013 00:54:45 +0900</pubDate>
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<title>宇野多美恵　告白</title>
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<![CDATA[ 何によつても救われなかつた者。---　　　　<br><br>現代の世相に違和感を抱き続けながら、どうしてよいか分らず、（革命思想に同調することもできず、<br><br>ヒッピーの仲間入りも、隠者になる事も出来ず---）天才者や体験者たちの、意味有り気な言葉にも<br><br>（かつては何となくヒビキ合い、階段を上る力を与えられたものだが---）今はもう、いくら聴か<br><br>されても、マに合わなくなってしまつた私共のような凡人は、もはや、この、我々の祖先の言葉<br><br>（カタカムナ）を手がかりに、自分で自分の「ミ」を、自衛する以外に道は無い。<br><br>（第十号、五十四頁）---宇野の告白（人生に絶望し死を考えた若き日）---<br><br>それは、飛鳥天平奈良の文化遺跡や美術品にふれても、伊勢神宮その他に詣でても、人々のいう程<br><br>の感激の、一向にないことであり、そしてそれを、自分の感受性の乏しさ、宗教心の無さ、美意識<br><br>の低さのせいであろうと思う故のヒケメであつた。<br><br>ここで敢えて一つの告白を述べれば、＜カタカムナ＞に出会うまで、筆者の裡には、他人に語れぬ<br><br>精神的コンプレックスが あつた。人々の歓喜して拝む神仏にも救いを得られぬ苦しさを、<br><br>『ゴウが深い』ときめつけられても返す言葉を知らなかつた。そうして又それは、後年、西欧人の<br><br>憧れるギリシャ．ローマ.パリを訪れた時の気持ちとも相似象であつた。かくして人生に絶望し、<br><br>死を考えた若い日の生命をあやうくとりとめ得たのも、 浅間高原の野の花たちの無言のスガタに<br><br>教えられ力づけられてのことであつて、人間や、「神佛」に、救いを求める気は<br><br>全く失つていた。すがっても、救われるとは思えなかつたからである。<br><br>---乏しいと思つていた「感受性」は、実は、より真実のモノに出会わなければヒビキ合わぬ<br><br>波動量をもつていたからのことであり、宗教心の無さと思つたのも、実は、神秘思想では納得<br><br>できぬ心の正直さであつた。又、「美意識」とは、神秘思想や宗教の次元をこえた、『宇宙生命に<br><br>感応するもの』でなければ、真に高度のものではなかったのである。<br><br>（第十号、「相似象学」、一百七十一頁）---（富永、楢崎、中沢美代の三人の師から）バトンを<br><br>受け継ぐ者---<br><br>世の人のまだ言わぬことを言い、世の人のまだ気付かぬサトリを求めて、苦労せずにはいられぬ者<br><br>は開拓者であり、筆者の三人の師は、その道を究め抜いた天才者であつた。<br><br>筆者はその三人の師のバトンを、必死の思いでうけつぎ、辛うじて今日までその跡を走りつづけ、<br><br>ようやく＜カタカミナ＞につながることのできた凡人である.しかしもしここで筆者のバトンを、<br><br>筆者の死後、受け継いでくれる者を得なければ、四代の苦労は全く空しい泡と消えるであろう。　<br><br>（第十号、「相似象学」、一百九十五頁）---三人の師はまだ不徹底であつた。宇野八十歳で<br><br>独学の原因。---<br><br>孔子も老子も釈尊もゲーテも、彼らの思想は皆、それに一生をかけた結果のものである。かつて<br>]<br>筆者は彼らの思想にココロから共振を感じ、一歩でも彼らに近づきたいと夢にまで念願した。<br><br>その心が本当に本気であつた証拠に、唯々、『釈迦の言葉は漢訳辞典ではなく、釈迦の話した原語<br><br>で聴かねばわからぬ』という老師の言葉にしたがう一心で難解な梵語を学び、又『孔子の言葉は<br><br>孔子の体験を通して感受しなければならぬ』といわれれば本当にそうだと思う一心で説文．殷虚<br><br>文字.甲骨文.尭舜の世までさかのぼり、そして又、ゲーテがファウストを書き上げた八十歳の<br><br>心情を、富永老師の直観にしたがって吟味したいばかりに、ドイツ語を（単位をとる為でもドイツ<br><br>文学を学ぶ為でもなく）寸暇のない家事仕事の合間に独習したものである。<br><br>(第十一号、カタカムナ文献解読、後書、２９０、頁）－－－宇野の現在。---<br><br>楢崎皐月が『本当の勉強や修行というものは難行苦行ではない。楽しみながらの勉強、明るい心<br><br>の鍛錬でなければ、ホンモノでは無い』といわれた意味が、はじめてわかった気がした。<br><br>又、楢崎皐月が言った「直観」とは、（筆者は四年間、本当の直伝で、直観の鍛錬を受けたので<br><br>あるが、その直観とは、自分の感受性を鍛え、その脳の感受性を鍛え、その脳の感受に基いて<br><br>（カムウツシを受けて）、シッカリとした方向性をもって（マノスベに照らして）、大脳思考力を<br><br>働かすことによって、発揮されるものである、ということが、ハッキリとわかつたのである。<br><br>---（２９２頁）後継者について、生きがいについて。---  <br><br>筆者はカタカムナに出合って以来、（楢崎皐月に鍛錬を受けて以来、）自分を、カタカムナの<br><br>サトリの実験人間と思つて生きて来た.---<br><br>---筆者がどのような死に方をするか？（交通事故や天災ということもあるが、）とにかく、よく<br><br>見とどけて、自分たちの参考にしてくれるようにと、後継者に約束している次第である。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/20111012kaze/entry-11356722753.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Sep 2012 03:36:51 +0900</pubDate>
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<title>再稼働の条件のレビュー</title>
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<![CDATA[ やはり現行システムのもとでの原発は、追々廃炉に持って行くしかないように思われる。現在の原発は、核兵器の材料プルトニュームを生産するのに開発された原子炉をもとに、これが酸素を必要としない熱源なのに目を付けた米国海軍のリコーバー提督が主導して潜水艦の動力源用途に開発した技術を発電用に応用転化したもの。今の時代、どうやったって処理に困るプルトニュームが産み出されるし、高レベル放射性廃棄物などが出来てしまう。<br>　　すでに「もんじゅ」は一部技術屋の強弁にもかかわらず、完全に技術的に失敗して絶望的だし、核燃サイクルも単なる浪費に終る見込みが濃い。<br>　　となると、現在の原発は、後世の人々に核のゴミを残すだけとなり、したがって、将来的には、世界中すべてのウラン系原発を廃炉の方向に持って行くほかはないことになる。いま日本も出資してフランスで開発されている核融合炉技術が５０年後あたりに完成するのを期待するか、さしあたってプルトニュームの出来ないトリューム炉の開発に着手するくらいしか原子力発電が生き残る手立てはないだろう。<br>　　ただし、原発を「悪魔の仕業」と称えるような「反原発論者」の「即時廃止論」には大きな落とし穴がある。<br>　　ただちに廃炉にすると仮定して、およそ１基３千億円の費用と３０年の歳月。これが日本だけでも約５０基あまりあるので約１５兆円。<br>　　この費用を誰が負担するのかという問題。<br>　　選択肢は、１．反原発論者に寄付金を集めてもらう、２．財政資金（つまり国民のお金）を投じる、３．電力会社に負担（つまり電気料金に転嫁）させる、の３つ。<br>　　現実には電力会社が負担するしかないわけだが、そうなると、設計思想の古い７０年代の原発や立地に疑問のある原発は廃炉にまわすしかないとして、８０年代以降に建設された原発は、必要な安全対策を施して発電を続けさせ、そこから得る収益で廃炉費用をストックするという方法しか有り得ないことになる。<br>　　これがオカルト的「反原発」派ではない、現実的「脱原発」派の判断というものではないだろうか。<br>　　なお、太陽光発電や風力発電に期待する向きもあるろうかと思うが、日本のような立地条件の国土では、せいぜい全需要の４～５％程度を賄うのが精一杯。現在でさえ既に環境破壊の問題を一部で引起しているくらいで、水力発電用のダム建設などのケースを見れば解るように、開発可能な地域は限られるため、あまり大きな期待は寄せられないことが明白。<br>　　けっきょくのところ今はシェールガスの開発で劇的に価格が下落した天然ガスに依存するしかないといえる。<br>　　すでに「地球温暖化＝ＣＯ２主因説」など一部学者が研究費欲しさに捏造した虚説だったと発覚して（クライメートゲート事件＝２００９年１１月）、南北アメリカでは排出権取引所が取引停止になったし、ＥＵでも、来年から予定されていたＣＯ２排出権強制買取制度が近々撤回されることになるだろう。いまどき、まだ「地球温暖化＝二酸化炭素主因説」など信じ込んでいるのは、世界の動きに無関心で不勉強な日本のマスメディア記者（とくにＮＨＫ）と、誤りを認めて引返すことを肯じると沽券に関わる思っている石頭の中央省庁官僚、それと排出権取引利権関係者（お金が落ちて来るのを待っている自然保護運動家？）くらいなもの。<br>　　温暖化ＣＯ２主因説なんて、さっさと捨てるに如くはない。<br>　　これが「脱原発」エネルギー政策のキーポイント
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<link>https://ameblo.jp/20111012kaze/entry-11334442360.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Aug 2012 22:13:14 +0900</pubDate>
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<title>最終報告書のレヴュー</title>
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<![CDATA[ やはり現行システムのもとでの原発は、追々廃炉に持って行くしかないように思われる。現在の原発は、核兵器の材料プルトニュームを生産するのに開発された原子炉をもとに、これが酸素を必要としない熱源なのに目を付けた米国海軍のリコーバー提督が主導して潜水艦の動力源用途に開発した技術を発電用に応用転化したもの。今の時代、どうやったって処理に困るプルトニュームが産み出されるし、高レベル放射性廃棄物などが出来てしまう。<br>　　すでに「もんじゅ」は一部技術屋の強弁にもかかわらず、完全に技術的に失敗して絶望的だし、核燃サイクルも単なる浪費に終る見込みが濃い。<br>　　となると、現在の原発は、後世の人々に核のゴミを残すだけとなり、したがって、将来的には、世界中すべてのウラン系原発を廃炉の方向に持って行くほかはないことになる。いま日本も出資してフランスで開発されている核融合炉技術が５０年後あたりに完成するのを期待するか、さしあたってプルトニュームの出来ないトリューム炉の開発に着手するくらいしか原子力発電が生き残る手立てはないだろう。<br>　　ただし、原発を「悪魔の仕業」と称えるような「反原発論者」の「即時廃止論」には大きな落とし穴がある。<br>　　ただちに廃炉にすると仮定して、およそ１基３千億円の費用と３０年の歳月。これが日本だけでも約５０基あまりあるので約１５兆円。<br>　　この費用を誰が負担するのかという問題。<br>　　選択肢は、１．反原発論者に寄付金を集めてもらう、２．財政資金（つまり国民のお金）を投じる、３．電力会社に負担（つまり電気料金に転嫁）させる、の３つ。<br>　　現実には電力会社が負担するしかないわけだが、そうなると、設計思想の古い７０年代の原発や立地に疑問のある原発は廃炉にまわすしかないとして、８０年代以降に建設された原発は、必要な安全対策を施して発電を続けさせ、そこから得る収益で廃炉費用をストックするという方法しか有り得ないことになる。<br>　　これがオカルト的「反原発」派ではない、現実的「脱原発」派の判断というものではないだろうか。<br>　　なお、太陽光発電や風力発電に期待する向きもあるろうかと思うが、日本のような立地条件の国土では、せいぜい全需要の４～５％程度を賄うのが精一杯。現在でさえ既に環境破壊の問題を一部で引起しているくらいで、水力発電用のダム建設などのケースを見れば解るように、開発可能な地域は限られるため、あまり大きな期待は寄せられないことが明白。<br>　　けっきょくのところ今はシェールガスの開発で劇的に価格が下落した天然ガスに依存するしかないといえる。<br>　　すでに「地球温暖化＝ＣＯ２主因説」など一部学者が研究費欲しさに捏造した虚説だったと発覚して（クライメートゲート事件＝２００９年１１月）、南北アメリカでは排出権取引所が取引停止になったし、ＥＵでも、来年から予定されていたＣＯ２排出権強制買取制度が近々撤回されることになるだろう。いまどき、まだ「地球温暖化＝二酸化炭素主因説」など信じ込んでいるのは、世界の動きに無関心で不勉強な日本のマスメディア記者（とくにＮＨＫ）と、誤りを認めて引返すことを肯じると沽券に関わる思っている石頭の中央省庁官僚、それと排出権取引利権関係者（お金が落ちて来るのを待っている自然保護運動家？）くらいなもの。<br>　　温暖化ＣＯ２主因説なんて、さっさと捨てるに如くはない。<br>　　これが「脱原発」エネルギー政策のキーポイント
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<pubDate>Tue, 21 Aug 2012 22:10:32 +0900</pubDate>
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<title>大前研一さんの橋下徹さん関連　２　　維新の名称</title>
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<![CDATA[ <div id="socialTitle" class="clearfix"><h2>橋下氏　大阪維新の会立ち上げ時大前氏に「維新」使用を打診</h2><h4>2012.02.10 07:00</h4><!--SOCIAL--><div id="social3" class="clearfix"><ul><li>　橋下徹大阪市長が唱える「大阪都構想」――その原点は、経営コンサルタントの大前研一氏がかつて立ち上げた「平成維新の会」の政策にある。大阪の統治・行政システムを1から作り直そうという壮大な橋下構想には、太いバックボーンがあるのだ。維新の会の“生みの親”である大前氏が、橋下氏と「維新」についてやり取りがあったことを明かす。<br>　    <br>＊　＊　＊<br>　今夏にも予想される解散総選挙や「石原新党」結成の動きを睨み、橋下徹大阪市長に注目が集まっている。だが、世の中の大多数は、まだ「橋下革命」の本質を理解していないのではないかと思う。彼は「ポピュリスト」でも「民主主義の敵」でもなく、ましてや「子ども市長」でもない。閉塞状況にある今の日本を変える突破力と構想力を持った有能な政治リーダーである。</li></ul></div></div><p>　私はこれまで何度か橋下市長と議論しているが、彼は私の著作をほぼすべて読破し、私が1989年から提唱してきた明治維新以来の統治機構の変更、すなわち霞が関を解体して中央集権から道州制に移行する「平成維新」の構想を実現したいと考えている。実は「大阪維新の会」を立ち上げる際に、彼は「維新の会」という名称を使うことについて、私に直接了承を打診してきた。その当時から平成維新の政策を実によく研究していたので、快諾したのは言うまでもない。</p><p>　それゆえ私は、橋下市長を全面的に応援している。</p><p>※SAPIO2012年2月22日号</p><hr style="BORDER-BOTTOM: 0px; BORDER-LEFT: 0px; HEIGHT: 0px; CLEAR: both; BORDER-TOP: 0px; BORDER-RIGHT: 0px">
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<link>https://ameblo.jp/20111012kaze/entry-11287045463.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jun 2012 00:10:11 +0900</pubDate>
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<title>大前研一さんの橋下徹さん関連　</title>
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<![CDATA[ <div id="socialTitle" class="clearfix"><h2>大前研一氏「日本変えるには独裁者と言われるリーダー必要」</h2><h4>2012.02.14 07:00</h4><!--SOCIAL--><p class="clearfix"></p><div class="clearfix"><ul><li>　橋下徹大阪市長が唱える「大阪都構想」――その原点は、経営コンサルタントの大前研一氏がかつて立ち上げた「平成維新の会」の政策にある。大阪の統治・行政システムを1から作り直そうという壮大な橋下構想には、太いバックボーンがあるのだ。維新の会の“生みの親”である大前氏が、橋下政治の本質を説く。<br>　    <br>　＊　＊　＊<br>　私は、今から20年ほど前の1992年に「平成維新の会」を立ち上げ、我々の政策に賛同した108名の候補者を93年の総選挙で推薦して83名の代議士を誕生させた。だが、いくら選挙で一大旋風を巻き起こしても、誰も現実に政策を実行できなかった。個々の議員ではなく政党がそれを拒否したからである。</li></ul></div></div><p>　そこで、私は「新・薩長連合」と題して知事連盟による平成維新を目指し、自ら95年の東京都知事選挙に出馬した。しかし、あえなく落選し、以来、政治の世界から足を洗って今日に至っている。</p><p>　その意味では、橋下市長が目指す“維新”は、中央集権を打破する最後のチャンスとなるかもしれない。</p><p>　橋下市長を「独裁者」「ハシズム」と批判する向きもある。だが、あえて言いたい。閉塞しきった日本を変えるためには独裁者と言われるほどの力を持ったリーダーが必要なのだ。スピードを変えることは民主的にできるが、方向を変えることは独裁者にしかできないからである。</p><p>　戦国時代に天下統一を目指した織田信長も、戦後日本を作り変えたマッカーサーも、独裁者だった。日本の近代化を大胆に進めた明治天皇は絶対君主であった。今の日本の閉塞状態を変えるためには「独裁者・橋下徹」の突破力と破壊力が、なんとしても必要なのである。2012年が「新・戦国時代」の幕開けとなることを願ってやまない。</p><p>※SAPIO2012年2月22日号</p><hr style="BORDER-BOTTOM: 0px; BORDER-LEFT: 0px; HEIGHT: 0px; CLEAR: both; BORDER-TOP: 0px; BORDER-RIGHT: 0px">
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<link>https://ameblo.jp/20111012kaze/entry-11286985545.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jun 2012 23:11:19 +0900</pubDate>
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<title>神武天皇を透視　</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sat, 05 May 2012 00:10:21 +0900</pubDate>
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