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<title>ゆうの日々のつぶやきごと</title>
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<description>毎日の出来事や感じたことを日記として書いていきます(^^)興味のある方は是非一読頂けますと幸いです！</description>
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<title>大丈夫、無駄なことなんて何一つとしてないから。</title>
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<![CDATA[ <p>こんばんわ。明日から一週間が始まりますね。</p><p>&nbsp;</p><p>先週は怒涛の一週間。息子が体調を崩し、</p><p>いつもなら2日くらいで治るのが1週間治らず。</p><p>寝不足の中、仕事をする日が数日続いた。</p><p>&nbsp;</p><p>仕事も佳境な状況が続いているので、常にピリピリした感じ。</p><p>本音を言えば、私生活に影響されずに、</p><p>仕事も頑張っていきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>けど子どもができることって</p><p>「自分の時間は少なくなる」のが</p><p>当たり前だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>世の中のお父さんお母さんも皆同じ。</p><p>でも仕事とは関係なさそうな育児や</p><p>私生活のトラブルもマイナスなことではない。</p><p>&nbsp;</p><p>その経験が仕事にも自分の人生にも</p><p>何かしらでプラスに働いていると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>私は「無駄なことなんて何一つとしてない」</p><p>という言葉が大好き。</p><p>&nbsp;</p><p>都度目標に向かって行動していれば、</p><p>確かに達成するために必要な努力と</p><p>無駄な努力と言われるものがあるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、短期的な目標ではなく</p><p>自分の命が尽きるまで。</p><p>人生そのものを後悔のないように生きる、</p><p>といった長期的な目標については、</p><p>毎日の無駄だと思える活動も</p><p>自分の肥やしになっているのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>家族ができると一人のときとは異なり、</p><p>自由な時間なんて殆どなくなるけど、</p><p>自分以外の人に使う時間の中でしか</p><p>経験できないことが沢山ある。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の選択した道に、無駄なんて一つもない。</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12683154899.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jun 2021 21:01:57 +0900</pubDate>
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<title>肩書きを得るよりも、自分を磨いた先にチャンスは巡ってくる。</title>
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<![CDATA[ <p>個の時代と言われるようにこれからはどこで勤めて、どんな肩書きを持っているかは重要視されなくなる。むしろ、どんな経験をしてきて、何ができる人なのかが重要だと思う。</p><p><br></p><p>企業に勤めるということは、限られたポジション争いがあるし、金銭も役職が上がるごとに増えるため、大抵は肩書きが欲しくなる。自分も昇進昇格はしたいし、できれば役職も上げていきたいと常日頃思ってる。。肩書きに興味があるというより、私の場合は経験を積んでいきたいのが本音。</p><p><br></p><p>でも現実はそんなに甘くない。昇進昇格をするには上の方から評価されないといけないし、大企業程同世代の競争に勝っていかなければならない。必然的に役職が上がった人が勝ち組。いつまでも同じ役職だと負け組的な構図がうまれる。</p><p><br></p><p>けど、冒頭で書いた通り、個の時代と言われるこれから先においては役職マウントよりも、「その人の持っている能力」で戦うことができるのではないか。組織で評価されることは、評価する側の主観も入る。なので、大きな差があって優劣がつくと言うよりは、その時の上司や環境の要因もある。だから厳密に能力値の差で振りわけられているのではない。</p><p><br></p><p>個の時代が進んでいけば、私たちは持っている経験や自分の良さでフラットに価値を提供していくことができるようになる。以前よりもチャンスが平等になっていくのだ。</p><p><br></p><p>何が言いたかったかと言うと、社会人になってから肩書きに捉われることもあるけど、肩書きは全てではないということ。確かにその人自身が頑張った証にはなるが、頑張り方によっては前向きに認められないケースもある。それよりも肩書きはついていないけど、よっぽど褒められるべき人もたくさんいる。自分にも言い聞かすようだけど、能力がある人たちが平等に価値を発揮できる環境になるからこそ、自分の良さに気づき、磨いていくことが大切だ。</p><p><br></p><p>そんな人にチャンスが巡ってくる。</p><p>今日のブログは私自身にも向けて書いたもの。</p><p>肩書きではなく、等身大の自分と向き合っていこう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12677871505.html</link>
<pubDate>Mon, 31 May 2021 22:21:57 +0900</pubDate>
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<title>息子と過ごした何気ない休日のこと</title>
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<![CDATA[ <p>今日はまたまた息子と2人きりで過ごした休日だった。2人きりといっても12時から15時までの3時間だけ。それでも平日は仕事で息子と過ごす時間の少ない僕にとっては、とてつもなく長く感じる時間だ。</p><p><br></p><p>最近は妻の顔が見えなくなると大泣きする息子ちゃん🤣妻が出かける時、一緒に駅まで散歩にいくフリをして、息子が見てない隙に妻と別れる。笑</p><p>こうすると何とかぐずらずに散歩が続けられる。今日は気温が高かったのと、すぐに寝始めたので、1時間で散歩も切り上げ帰宅した。</p><p><br></p><p>その後は、グズリながらも15時まで昼寝。いつもは布団で寝るのだけど中々寝付けなかったため、久々に抱き抱えながらのねんね。何ヶ月ぶりだろう~<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/016.png" alt="キョロキョロ" width="24" height="24">産後数ヶ月は毎回のように抱っこしながら寝てたな…なんて懐かしい気持ちになりながら、昼寝の時間を過ごした。</p><p><br></p><p>今日は殆ど寝てくれたので、楽をさせてもらったな！！2人で過ごすことは慣れてきたのだけど、毎回ちょっとした緊張感があるなー。息子と会話はできないけど、一緒にいる時間の数だけ関係性ができる。当然僕よりか妻の方が一緒にいる時間が長いので、息子は僕のことを忘れがちになる。だから毎回緊張するんだよね。笑</p><p><br></p><p>まあ今日も無事に一日が終わったことに感謝🙏</p><p>明日からまた1週間頑張っていきましょう！</p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12677669335.html</link>
<pubDate>Sun, 30 May 2021 22:12:54 +0900</pubDate>
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<title>誠実さが伝わると信頼が返ってくる話</title>
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<![CDATA[ <p>今日はとある営業でこんな事がありました。</p><p><br></p><p>お客様「社員への研修を行いたいけど、皆んな忙しいから集まれないんだよね。それに経験がバラバラだから、各自必要な研修を自分で選んだ受けられるようにしたい」</p><p><br></p><p>この時点で私の会社では、意向に添えるソリューションがない。むりくり、理由をつけて自社のソリューションで提案することもできたと思うけど、効果を考えると望ましくない。それこそ、他社のソリューションで良いものがある。</p><p><br></p><p>そんな考えが浮かび、下記のように回答をした。</p><p><br></p><p>私「御社の状況を考えると私たちの研修ではなく、●●社の研修の方が効果的だと思います。公開型セミナーもあるので、参加できるタイミングで必要なものが受けられるためです」</p><p><br></p><p>他社製品を一生懸命おすすめしたのだけど、お客様からは別の相談をいただくことができた。今度は自社ソリューションで提案可能なものだ。</p><p><br></p><p><br></p><p>利他の精神って言葉があるけど、自分の利益だけでなく、相手の利益を考えて話ができると「信頼」を得られる事ができると感じた一日でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12675527285.html</link>
<pubDate>Wed, 19 May 2021 22:50:21 +0900</pubDate>
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<title>チームは同調ではなく多様性が活かせる場でありたい</title>
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<![CDATA[ <p>私たちは仕事やスポーツを通してチーム活動を経験する機会がある。家族や友人との付き合いも、他者と協調するという意味で、チーム活動に近いものが求められる。チームで活動するには、自分一人の意見で何かを進めることは難しく、皆で力を合わせて目標を達成することが求められる。</p><p><br></p><p>最近思うのだけど、チーム活動が過度になりすぎると個性が潰れてしまうのではないか？皆んなが同じやり方で、同じ方向を向かないといかない。常にみんなと足並みを揃えて動く。少しでもはみ出ようものなら仲間外れのような仕打ちを受ける。自分の成果はみんなの物。常にお互いに敬意を持ち、感謝を伝え合う。正直、チーム活動ができているのとできていないなにも人によって基準が違いすぎて共通認識が持ちづらい。</p><p><br></p><p>私自身、一匹狼タイプであり、特に今の職場では「チーム活動ができているか？」ということに悩まされる事がある。それは他のメンバーと比較してしまった時に、情報共有が少ないのではないか？共有の仕方が自分ながらになっていないか？など、考えていても仕方がない事に引きずられてしまうから。</p><p><br></p><p>チーム活動といっても、リーダーの価値観や一人の価値観がチーム全体の価値観になるのは違うと思う。チームには一人一人異なる考え、価値観を持った人間が集まっているのだから、目指す方向性が同じであれば、力の発揮の仕方は様々あってもいいのではないか。</p><p>また、チーム活動ができているか否かについても、評価する人の価値観に当てはまるかが基準ではなく、いくつか評価軸があってもいいのではないか。</p><p><br></p><p>多様性があるからチームも強くなる。一人一人の良さが活きるからパフォーマンスも高くなる。メンバーの良さが活かしあえる、そんなチームを作っていきたいと感じた一日。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12675322994.html</link>
<pubDate>Tue, 18 May 2021 22:07:37 +0900</pubDate>
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<title>後輩にかけた一言について振り返ってみる</title>
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<![CDATA[ <p>今日は会社の後輩がとっても落ち込んでいた。一度起こしたミスから、再び同じようなミスをし、本人はかなりげんなり。</p><p><br></p><p>帰り際気になったので電話した時、「後4年で30歳になるのにミスばっかりしていて焦ります」との一言。</p><p>とても気持ちがわかる…</p><p><br></p><p>だって私なんて31歳になるのに毎日同じ気持ちだもの。一つのことができるようになったら、できないことがまた一つ。その繰り返し。</p><p><br></p><p>理想は常に高いところにあり、登っても登っても山の頂上は雲の上。どれだけ登れば良いのだろうか。</p><p><br></p><p>そんな後輩に対して、「後4年もあるんだから大丈夫だよ。正直今の仕事って難易度高いからその年齢で経験できてるのはすごいことだよ」って言ったんだけど、今思えば何が大丈夫なのだろうか。</p><p><br></p><p>彼にかける言葉が「根拠のない大丈夫」でよかったのだろうか。もっと、「今ミスしたことは半年後にはしなくなるよ。だってミスした自分に落ち込むってことは反省している証だから。改善は反省の気持ちから起こる行動だよ。」とか、大丈夫である理由を伝えた方がよかったかな。</p><p><br></p><p>言葉って考えれば考える程つきないなー。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12674334341.html</link>
<pubDate>Thu, 13 May 2021 22:42:23 +0900</pubDate>
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<title>自分にとっての正義感は他人にとっての正義感ではない。</title>
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<![CDATA[ <p>自分の正義感を他者に振りかざすのはいかがなものか。先日、会社の朝礼でメンバーが発言していたことを思い出し考えている問いだ。そのメンバーからは、「他者の行動で自分の正義感に反することがあった時、問い詰めなくなった」というものだった。</p><p><br></p><p>私も自分だったら「こんなことしない」って思うことを他者が行っていたら許せない気持ちになることがある。</p><p>例えば、弱者を傷つけること。不機嫌な気持ちを周囲に撒き散らすこと。権力でマウントを取ること。他者を威嚇して自分がコントロールできる状態にすること。などなど、あげていけばキリがない。</p><p><br></p><p>こんな感じで私以外の方も「自分の正義感」は持っており、他者の言動に対して、正義感に反すると感じた経験もあるのではないか。</p><p><br></p><p>もし、正義感に反する言動を見た時にどんな反応をしているか。相手を非難し変えようとする。自分とは無縁だと思いスルーする。さまざまあると思う。</p><p><br></p><p>これは私なりの意見ではあるが、他者を変えることはできない。そもそも、自分の正義感があっているという保証はないのだから、他者を自分の考えに寄せることはおこがましいことでもある。しかし、全くもってスルーするのも自分の気持ちがおさまらない時もある。</p><p><br></p><p>では、どんな反応が良いのか。</p><p>これについては、「相手の言動を受け止めた上で自分の正義感も語る」ことが効果的なように感じる。</p><p><br></p><p>相手にも相手なりの理由があって、言葉を発したり行動を起こしている。そのため頭ごなしに否定をするのは相手の自尊心を傷つけは結果になり、こちらの考えも受け止めてもらえない。</p><p><br></p><p>お互いの考えや正義感を理解し合うことが大事であり、そのためには一旦受け止めることが必要だ。</p><p>中々意に反する言動って受け入れられない気持ちになるけど、そこはグッと我慢をし相手のことを理解する努力が必要だ。</p><p><br></p><p>そうやって相手を理解しようとすることで、自分よがりな正義感をまき散らすことはなくなるのではないか。世の中色んな考えの人がたくさんいる。正解は一つではない。他者と上手く付き合っていくのに、時には自分の正義感を疑うことも大事である。</p><p><br></p><p>冒頭の話に戻るが、自分の正義感を持つことは悪いことではない。ただ、他者の正義感も受け止める姿勢が人と上手く付き合っていくために大切だ。</p><p><br></p><p>今日は正義感の話でした。</p>
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<pubDate>Tue, 11 May 2021 22:24:31 +0900</pubDate>
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<title>経験の積み重ねにより、冷静さと生きやすさが身についていく</title>
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<![CDATA[ <p>今日はゴールデンウィーク明けの仕事ということで、体を仕事モードに切り替えるのに頑張った1日。</p><p><br></p><p>休み明けって脳みそは切り替えられるのだけど、体がまだ休みモードだったりする。</p><p>そして、今日も一日期限間近な仕事がたくさん！！</p><p>以前の自分だったら「どうしよう、終わらない…」と涙目になりながら仕事していたが、最近は「今日は何を終わらせようかな？」と冷静に対処できる。(焦ることも沢山あるのだけど。笑)</p><p><br></p><p>冷静になれたきっかけとしては、「自分なりのペース」を掴めたことと、その「ペースに納得」できたこと。昔はよく周りの人と比べていた。</p><p><br></p><p>あの人ができているんだったら、自分もできないと・・・</p><p><br></p><p>競争心って励みになるけど、行き過ぎると自分を見失う。自分には自分のペースがある。一生懸命に取り組んでいても“今”はまだできないことがある。でもいずれできるようになればいい。最近は良い意味で割り切れるようにもなった。</p><p><br></p><p>それは「失敗」を乗り越えてきて自信がついたから。</p><p>後は「自分の良さ」を理解できるようになったから。</p><p><br></p><p>年齢で解決するのは好きではないけど、今日書いていることは年齢と経験の積み重ねによってできている。</p><p><br></p><p>外見は老けていくけど、内面は大樹のように分厚い幹ができあがっている。</p><p><br></p><p>これからも幹を太くして、どんなことが起こっても倒れないようにしていく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12672909677.html</link>
<pubDate>Thu, 06 May 2021 19:59:41 +0900</pubDate>
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<title>自分の”死生観”を考えることから、”自分らしい生き方”が見つかるのかもしれない。</title>
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<![CDATA[ <p>GW最終日は妻に時間をもらって読んでいた、「エンド・オブ・ライフ」を読み切った。初めてノンフィクション小説を読んだのだけど、実際の誰かの体験談を知るというのは自分の生き方にも少なからず影響がある。</p><p>&nbsp;</p><p>「エンド・オブ・ライフ」では”命の閉じ方”を知る機会になった。</p><p>小説では在宅看護の話が中心に描かれている。終末期に携わる医療の方々のリアルな話。</p><p>誰しも平等におとずれるのが”死”である。</p><p>最近は死に方も自由に選択ができるので、最後まで本人の意志が尊重されることもあれば、本人の意志とは別に家族が選択権を持ってしまうこともある。</p><p>&nbsp;</p><p>小説を読んでいて思わず考えさせれるのは「自分の死に際」について。まだ先が長いと思いたい年齢の身で、すでに死生観について考えるのもどうかと思うが、いずれ命がなくなるのだとしたら私達は自分の死に際をイメージしながら生きることも『自分らしく』生きることにつながるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>私が大好きな7つの習慣でも「死から逆算して生きること」の大切さが書いてあった。</p><p>たった一度きりの人生だからこそ、自分も含め大半の人が「自分らしくいきたい」と願うのではないか。</p><p>自分らしくとは、誰かに従って生きるのではなく、自分自身が主人公であり、自由に選択できる生き方。</p><p>食べるもの、友人、暮らす場所、結婚相手、仕事、部活、など生きていく中で自分が選んで過ごせる時間が結局は自分にとっても幸せな時間になる。</p><p>&nbsp;</p><p>人生の最後の瞬間も選択できることのひとつなのだろう。（最後の選択になる）</p><p>大勢の人に看取ってもらうのか。家族のみに看取ってもらうのかも自分で選べる。</p><p>そして、「何を残していきたいか？」。</p><p>小説を読んでいて、自分が何を残していきたいのかが強く問われた。</p><p>&nbsp;</p><p>私も自分の子どもがいる立場になった。自分が死ぬときに妻や身内、子どもに対してどんなことを残していきたいか。</p><p>小説の中でも、亡くなった人は生きている人に”何かしらを残していく”ことが書かれている。</p><p>この世の中に”その人自身”は存在しなくなるけど、その人と”過ごした時間””残した言葉”など、関わった人は自分の命が尽きるまで心に残り続ける。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、自分の死に際を考えるということは、「今この瞬間を一生懸命生きる」ことにもつながる。</p><p>私自身、今回の小説を読んでいて死生観を考えたときに、「いずれ死ぬのであれば今悩んでいることもちっぽけなもの」だと思えてきた。むしろ、小さなことで悩んでいる時間がもったいないし、対して自分に影響しないだろうと。</p><p>&nbsp;</p><p>私は子どもたちに、「生きることの楽しさ」を伝えていきたい。</p><p>ときには生きていることが辛いと感じる瞬間もある。しかし、総体的に考えると楽しいものだということ。むしろ、自分が楽しいと思えるかが大事だということ。</p><p>生きることの楽しさを伝えるために、子どもと一緒に過ごす時間で、「私自身が楽しんでいる姿を見せる」ようにしていきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>GW最終日は「エンド・オブ・ライフ」を通して、自分の死生観について考えた日でした。</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12672674258.html</link>
<pubDate>Wed, 05 May 2021 17:07:55 +0900</pubDate>
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<title>今日は妻と育児のすれ違いについて語った。本音で語り合う過程が夫婦の絆を深める。</title>
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<![CDATA[ <p>夫婦でも物事の考えの違いは必ずあるし、時には考えの違いから衝突してしまうことがある。</p><p>今日、妻とは育児のことで衝突する出来事があった。</p><p><br></p><p>育児というよりも妻のキャリアについて。</p><p>育休中の妻と育休から復帰した私。私が育休を取得した理由には、「妻の負担が減らしたい」との思いがある。育児というと私の親世代では間髪入れずに「母親」の役割と思っている人もいる。</p><p><br></p><p>これからの時代は育児と聞いても「両親」の役割と答える人が多くなるのではないか。</p><p><br></p><p>私も既に母親が行うという意識は少なく、妻にも“自分の人生”を歩んで欲しいがために、育児は共に行っていきたいと思っている。そして、<b>育休の話に戻るが、私の中では男性が育休を取得することによって女性がキャリアを断絶しなくて済む。つまり、ライフイベントによって退職や昇格のチャンスを失ってきた方々がライブイベントがあってもチャンスを掴むことができる環境にしていくことだと認識していた。</b></p><p><b><br></b></p><p>だからこそ、妻にも早く職場に復帰してほしいし、職場復帰が叶っていないことは「ワンオペ」的な環境から脱せていないと自分を責めていた。</p><p><br></p><p>今日は自分の気持ちを素直に話すことと、妻の気持ちは正直どうなのか？を聞いてみたかった。主に「職場復帰」について。私は妻も早く復帰したいし、キャリアアップをしていきたいのだと考えていた。だからこそ、私がもっと育児を担わなければ！との焦りもあった。</p><p><br></p><p>ところが、実際に聞いてみると“キャリアアップに関してはさほど考えていない”とのことだった。</p><p>そして、仕事復帰もしたいけど今すぐにしたいわけではない。もう少し息子の成長に関わっていきたい。との考えが聞けた。</p><p><br></p><p>私の認識とは異なっていたので正直びっくりした。同時に自分が育休をとったことは何だったのだろうか？と育休のメリットを疑う自分がいた。恐らく私の中で男性の育休＝女性の早期復職になっていたからだ。</p><p><br></p><p>しかし、これもまた独りよがりの考え。</p><p>妻としては育休をとってくれたことで、「一緒に育児ができた」ことが何よりありがたいのだと。</p><p><br></p><p><br></p><p>改めて男性の育休の目的って何だろうか？と考えた。</p><p>仕事では「女性活躍」が際立っているので、女性が仕事で活躍していける環境作りのためで語られることが多い。けど、果たして仕事で活躍するためだけが目的か？</p><p><br></p><p>自分の妻のように“育児を一緒に行う期間”という捉え方もある。言われてハッとしたが、男性の育児参加意識を高めることも大きな目的だ。男性の育児参加率が高まれば、女性の早期復帰や仕事活躍にも必然的につながる。</p><p><br></p><p>女性の中でもバリバリ働きたい人。家庭も仕事も大事にしたい人。様々な価値観がある。私は自分の妻に対して勝手に「バリバリ働きたい人」だと勘違いしていた。</p><p><br></p><p>今日妻の気持ちをきちんと聞くことができて本当によかった。家族のすれ違いって相手の本音を聞かず、自分の解釈で物事を捉えることから起きる。</p><p><br></p><p>私と妻は今日の経験から毎月家族会議を開くことに決めた。会議では翌月の息子との関わり方と、お互いに思うことを伝え合う時間にしていく。わかったつもりにならず、本音で語り合う時間が必要だから。</p><p>家族の形も試行錯誤しながら作っていくもの。</p><p><br></p><p>私たちはこうやって一歩一歩温かい家庭を築いていく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/256525651008/entry-12672492949.html</link>
<pubDate>Tue, 04 May 2021 19:30:51 +0900</pubDate>
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