<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>母ときどき妻、ところにより女</title>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/25thchromosome/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>子供がいます。主人がいます。だけど、死ぬまで好きであろう人がいます。墓場まで持って行くこの気持ちを、少しだけ吐き出させて下さい。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>自殺未遂</title>
<description>
<![CDATA[ 今までの流れをぶった切る内容ですみません。<br>気分の悪い方は読まないことをおすすめします。<br><br>２６日月曜日の夕方、自宅で自殺を図りました。<br>幸い母の発見が早く、大事に至らず今こうしてブログを書いています。<br><br>すべてが自業自得だったんです。<br><br>後先を考えず、自分を過信して１日薬を抜き、<br>主人は怒らずに受け止めてくれると甘ったれたことを考え、<br>そうならなかったときに死を決意して…それが２５日の夜。<br><br>計画的に死を考えていたのに、<br>２６日の昼パニックを起こして泣きわめき、<br>主人を見送り息子と２人きりになったときに、<br>ほとんど衝動的に自殺を図りました。<br><br>今思えば、母の発見が遅くとも死にきれていなかったと思うほど、<br>無計画で確実性のない自殺方法でした。<br><br>だからこそ今生きているのですが。<br><br>昨日心療内科の予約時間近くなるまで、<br>ODした薬のせいか計り知れない精神的な疲れからか、<br>ほとんど起き上がることもできないような状態でした。<br><br>私にはほとんど記憶がないのですが、救急車を呼んだり、<br>深夜まで主人に病院に付き添ってもらって、<br>意識が戻るのを待ってから帰宅したり、<br>息子の世話も母に任せっきりで、ものすごく迷惑をかけました。<br><br>もう迷惑かけたくなくて、楽になりたくて、死のうと思ったのに…。<br>もし今度決行することがあれば、絶対に失敗しないようにしようと思ってます。<br><br><br>一昨日母が私の通院している心療内科に行きました。<br>私が朦朧としているときに薬をなくしたらしく、<br>とりあえず２日分の薬を処方してもらいに。<br>そのついでに自殺未遂の詳細を話してくれていたので、<br>私は昨日事細かに説明せずに済んで助かりました。<br>（結局なくしたと思っていた薬は家にありました）<br><br>そして昨日の診察の際、主治医に入院を勧められました。<br>「もしまた衝動的に死のうとしてしまうようであれば、<br>　入院という手段もあります」と。<br><br>確かに今の私は、基本的に「死にたい」と思っていて、<br>気分のすぐれない時はほんの些細なキッカケでも、<br>死を決意してしまいそうな気はします。<br><br>でも、基本的には「死にたい」わけですから、<br>それでもいいかな…と思ってしまう自分がいます。<br><br>もちろん自殺はいけないことだとわかっていますし、<br>自殺せずにすむならそれに越したことはないけど、<br>私には死ぬ以外の解決方法がないんです。<br><br>主人は入院に賛成でしたが、少し勘違いしているみたいで<br>「入院してちゃんと病気治して、元気になって帰っておいで」<br>と言います。<br><br>私もよくわかりませんが、入院したからといって、<br>鬱を完全に確実に治すことはできません。<br><br>安易に「早く治して、元気になって」という主人に、<br>苛立ちのような悲しさのようなものを感じます。<br><br>どんな入院生活になるのか、どれくらいの期間になるのか、<br>想像もつかないことが多すぎて怖いのが本音です。<br><br>お金もかかる、子供のことも家のことも迷惑がかかる、<br>それなのに完治して戻ってくるわけでもなく、<br>また同じ事の繰り返しになるのかもしれない…<br>いつになったら、どうすれば、よくなるのかわからない…<br><br>もし入院までしたのにまた落ちたりしたら、家族に申し訳なくて…<br><br>もっと長く闘病している方もいらっしゃるのに、<br>情けないとは思うのですが、もう辛くて耐えられない。<br><br>ちょっと前はあんなに元気だったのに。<br>薬を飲みながら、あんなに普通に生活できてたのに。<br>今また、かつてないどん底にまで落ちてる。<br>もう私は死ぬまでこうなんじゃないかと思ってしまう。<br>だったらもう、終わりにしたい楽になりたい。<br>家族も、楽にさせてあげたい。心配かけたくない。<br><br>やっぱり、あのときもっと歯を食いしばって、<br>ちゃんと死んでいればよかったのに…
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10603948367.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Jul 2010 06:30:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>運命の日</title>
<description>
<![CDATA[ 大抵の鬱病患者がそうだと思うが、私は身内以外にほとんど鬱のことを話していない。<br><br>小学生のときから仲の良い、お互いにいい相談相手の幼なじみ(男)<br>木曜休みの仕事でよく遊びに誘ってくれる昔の仲間(男)<br>高校時代何もかもを相談できた元担任(男)<br>そして、彼。<br><br>女が一人もいないのは、私のトラウマが関係しているかもしれない。<br>それについては、いずれ。<br><br><br><br>彼と付き合っていたのは３年前。<br>ほんの数ヶ月だったけど、本気で結婚したいと思っていた。<br>当時私は高校生だったが、同棲もしていた。<br>高校にほとんど行ってなかったというのもあるが。<br><br>別れた理由は、私が嫌われてしまったから。<br>だと思っていた。<br><br><br><br>結婚したときに、彼の連絡先は消した。<br>もしも残っていたら、連絡してしまいそうだったから。<br>歳も離れていたし、違う世界を生きていた人だったけど、<br>一緒に過ごした時間は今でもいい思い出だし、<br>生涯一番愛した人だと結婚した今でも思っている。<br>だから、彼とは連絡を取らない。<br>そう決めた、はずだった。<br><br><br><br>服薬治療を始めても、調子の悪いときはある。<br>無性に寂しくなって、誰かと話したくて…<br>だけどそんなときに、鬱のことを打ち明けてない友達とは話す気になれない。<br>そういうときは大抵幼なじみと電話していたのだが、<br>あの日に限って幼なじみはバイトだったのか、連絡がとれなかった。<br><br>どうしても、今誰かと話したい。<br>この寂しさを紛らわせたい。安心したい。<br>旦那はまだ仕事中。<br><br>ふと、彼が浮かんだ。<br><br>連絡先は消していたが、今年の誕生日彼からメールがきた。<br>ハッピーバースデー、と一言だけのメール。<br>だけど消すことはできなかった。<br><br>それを思い出して、そのメールに返信する。<br>彼からの返信はすぐにきて、電話で話した。<br><br>彼が浮かんだのは、彼を愛していたからだけではない。<br>彼も長年、鬱を患っているからだ。<br>旦那と話しても幼なじみと話しても、<br>やっぱり物足りなさを感じたり逆に落ち込んでしまうことがある。<br>それはやっぱり、鬱の人でなければわからない苦しみだから。<br><br>彼は、やっぱり彼だった。<br>私のほしい言葉をくれる。<br>私を安心させてくれる。<br>それだけじゃなかった。<br>私を、ときめかせてしまった。<br><br><br><br>あの時幼なじみが電話に出ていたら、<br>彼から誕生日にメールが来ていなかったら、<br>あのメールを私がすぐに消していたら、<br>運命は変わっていたのかもしれない。<br><br>でも、とにかく、私はもう一度彼と繋がりを持ってしまった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10598988596.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2010 20:53:19 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>服薬治療</title>
<description>
<![CDATA[ 私が「非定型うつ」だと知ったのは、主治医に言われたからではない。<br>実家の母宛てに、「非定型うつ患者家族会のお知らせ」が届いたからだ。<br><br>主治医ははじめ、母乳育児をしている私のために、<br>服薬治療はなるべくしないようにしよう、と言ってくれた。<br><br>初診から何回かはカウンセリングのような感じ。<br>その後漢方薬を処方されたが、一向に回復しない。<br><br>通院から１ヶ月と少し経った頃<br>「断乳してみませんか…？」と言われた。<br><br>実家の協力のおかげで無事に断乳でき、ミルク嫌いだがよく食べるおかげで、<br>離乳食にミルクを混ぜたりして、少し早いが息子は８ヶ月で一日三回食になった。<br><br>それからまず抗不安薬を処方されて１週間様子見。<br>大幅な改善が見られず、抗鬱薬と副作用止めの胃薬。<br>その後頓服で睡眠薬を処方され、現在４種類の薬を飲んでいる。<br><br><br><br>一生懸命おっぱいに吸い付く息子を、もう見られないと思うと正直寂しい。<br><br>だけど、それよりなにより、あのときの私は、<br>安定した気持ちで生きていけるようになることが先決だった。<br><br>毎日死に関することばかりを考え、<br>生きていてごめんなさいと涙を流し、<br>死ぬことすらできない自分は迷惑な存在なんだと。<br>自分を責め続け、苦しい日々だった。<br><br>起き上がれない日もあった。<br>話ができない日もあった。<br>涙が止まらない日もあった。<br><br>とてもじゃないが、こんな状態じゃ子育てなんてできない。<br><br>それなら、母乳をあげられなくても、<br>私が息子に笑いかけてあげられるようになりたかった。<br><br>息子を心から可愛いと思って、<br>安らかな気持ちで一緒に眠りたかった。<br><br>「どうか明日目が覚めませんように」<br>と思いながら眠りにつくのには、嫌気がさしていた。<br><br><br><br>現在は毎日薬の力を借りながら、普通の生活ができている。<br>洗濯をして、買い物に行って、時々友達と遊んで。<br><br>いつまで薬を飲み続けるのだろうかという不安はあるが、<br>薬の力を借りて生きている人は世の中にたくさんいる。<br><br>大丈夫、私は今はこれでいいんだ。<br>毎日そう言い聞かせながら、薬を流し込んでいる。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10597084147.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 20:05:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>心療内科に行くまで</title>
<description>
<![CDATA[ 子供の首を絞めたのは、一度や二度ではない。<br><br>泣き出したとき、泣き止まないとき、<br>寝ているとき、笑っているときでさえも…。<br><br>細い首に手をかけて、ほんの少し力を入れる。<br>目一杯締めるつもりはなくて、<br>ただそうすると冷静になれるのだ。<br><br>「ここで踏みとどまれる私はまだ大丈夫」<br>そう思いたかったのかもしれない。<br><br>でも、このままじゃいけない。<br><br>面と向かって現状を伝える自信がなかった私は、<br>主人と実家の母に現状をメールで伝えた。<br><br>鬱かもしれない、<br>子供が可愛いと思えなくなった、<br>このままじゃいけないと思うから、病院に行きたい。<br><br>母からは「早く気付けてよかったね」と返事がきた。<br><br>その後感情が爆発して、子供はおんぶしたまま、<br>泣きながら部屋中の物に当たり散らした。<br><br>今まで溜め込んでいた何かが、はじけたようだった。<br><br>主人は仕事が終わるといつものように電話をくれて<br>「メール読んだよ」とだけ言った。<br>帰ってきてからも、いつも通り接してくれた。<br><br>ご飯もお風呂も何も支度できていなくて、<br>主人が帰ってきてから慌ててやり出しながら、<br>「ごめんね」と口にしたら涙があふれた。<br><br>「ごめんなさい…ごめんなさい……」<br>そう繰り返しながら泣きじゃくる私を、<br>主人は何も言わずに抱きしめてくれていた。<br><br>次の日、ネットで調べた心療内科に電話して予約をとった。<br>これでどうにかなる、なにかが変わる。<br>そう思えるだけで少し救われた気になった。<br><br><br>主人はその後も、私の病状等に関して、あまり口にはしない。<br>何も言わず、ただ受け止めていつも通り接してくれる。<br>それが主人なりの優しさなんだと思う。<br>それが嬉しくもあり、物足りなく感じることもある。<br><br>だけど、何もできない、虐待寸前の私を、<br>怒らずにただ黙って話を聞いてくれたことは本当に助かった。<br><br>この人と結婚してよかった、と心から思った。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10590746557.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Jul 2010 22:40:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>鬱の引き金</title>
<description>
<![CDATA[ ３月中旬。<br>子供は４ヶ月を過ぎ、昼間起きている時間は長くなり、寝返りもできるようになった。<br>子供の成長は喜ばしいことだが、一人遊びがまだ上手にできない分、<br>側にいて相手をしているか、おんぶをしていなければすぐに泣く。<br>新生児の頃ほどではないものの、夜中もまだ何度か起きて授乳。<br>私は母乳の出がよかったから、ミルクは一切飲ませていなかった。<br><br>寝不足と、長時間のおんぶで肩こり。<br>たまに、すぐ泣く子供にイライラ。<br><br>そんな頃の出来事。<br>今になって思えば、あれが鬱の引き金だったかもしれない。<br><br>ある日の夜中、主人が体調を崩して救急車を呼んだ。<br>結果的に大事には至らず、翌日会社を休んだだけですんだ。<br><br>でも、そのとき私は主人以上におろおろしてしまい、<br>主人を気遣って言ったつもりの言葉で怒らせてしまい、<br>自分の無力さに嫌気がさした。<br><br>夜中救急車を呼んで、タクシーで家に着いたのが明け方近く。<br>産前から続いていた寝不足もあって、ひどく疲れた。<br><br>その後数日、ひたすら眠くてだるくて、<br>「あー今までの疲れが出たんだな」と思っていた。<br><br>でもそれは、１週間経っても元に戻らなかった。<br><br>何もする気になれない。<br>眠くて眠くてたまらない。<br>子供の泣き声にイライラする。<br>ネガティブな思考から抜け出せない。<br><br>自分が少し変だと思い始めた。<br><br>でも、仕事で疲れて帰ってくる主人に、<br>弱音や愚痴は言いたくなかった。言えなかった。<br><br>実家の母にも言えなかった。<br>自分は幸せでなければいけないと思っていた。<br><br>私が弱音を吐けば、愚痴を言えば<br>「10代でできちゃった婚なんかするから」<br>「子供が子供産んで」<br>そんなことを言われる気がして。<br><br>私は幸せなんだ。<br>だからこんなのへっちゃらだ。<br>疲れてるだけなんだ。大丈夫。大丈夫。<br><br>いつの間にか、自分で自分を追い込んでいた。<br><br>追い込んだ結果、私は子供の首を絞めていた。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10589805316.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 22:20:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>主人との馴れ初めとその後</title>
<description>
<![CDATA[ 2008年の秋、偶然友達と行った小さなバーの常連が主人だった。<br>主人の第一印象はよかったが、まさか好きになるとは思ってなかった。<br><br>私と友達はその店が気に入って常連になり、<br>もともと常連だった主人との距離はどんどん縮まり、<br>やがて付き合うようになった。<br><br>私はその頃、半年ほどまじめに高校生活を送った後、<br>ぷつんと行かなくなってしまっていたときで、<br>ほぼ家出状態でバイト以外は遊び回っていた。<br><br>そんな状態だから自然な流れで私は主人のアパートに転がり込んだ。<br>アパートといっても職場の寮で、同僚も一緒に住んでいたが、<br>向こうも向こうで彼女と半同棲状態だったからお互い様だ。<br><br>付き合って４ヶ月と少し経った頃、私は妊娠した。<br>なんの迷いも疑いもなく、主人との結婚が決まった。<br>少しの不安と未来への期待で胸がいっぱいだった。<br><br>妊娠する前に、私は高校中退を決意していた。<br>結果的に妊娠して中退するようなタイミングになってしまったわけだが。<br><br>だから、もしも妊娠していなければ、<br>夢も何もなく惰性に流されたフリーター生活。<br>居酒屋でバイトしていたから、昼夜逆転夜遊びは必至。<br><br>このタイミングで子供を授かったのは、<br>私の人生で１番のタイミングだったんだと思う。<br><br>私は実家に戻り、主人も私の部屋に一緒に住むようになった。<br>酒もタバコもやめて、朝起きてご飯を食べる生活。<br>当たり前の健康的な生活を、やっと送るようになった。<br><br>両親のおかげで、ささやかながら結婚式もできた。<br>１０月、無事に息子が生まれた。<br><br>そしてその後は、実家のすぐ側に住んでいる。<br>もともと今住んでいる家が実家だったのだが、<br>数年前に引っ越しをしたときに売らずにいて正解だった。<br><br>「空き家にしておくくらいなら」<br>という理由で住んでいた叔父と同居にはなったが、私達家族の家。<br><br>つまり今、私と主人と息子と、私の叔父との奇妙な同居生活をしている。<br>でもすぐ近くの実家から母たちも遊びにきてくれて、幸せだ。<br><br>幸せ。<br>幸せ。<br><br>いつの間にかそう思えなくなっていた。<br>そして私の心が壊れた。<br>何が引き金だったのかはわからない。<br>小さなストレスが溜まっていたのかもしれない。<br><br>私は産後６ヶ月頃から体調を崩し、非定型うつと診断された。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10587971858.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 21:03:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>誓い</title>
<description>
<![CDATA[ 不登校、リストカット、援助交際、不倫…<br>私の第一印象には到底似つかわしくない言葉たちが、<br>16歳にして私の歴史に刻まれていた。<br><br>2007年の秋、私は彼に出会ってしまった。<br>30歳も歳の離れた、友人の紹介で偶然出会った彼。<br><br>その頃の私は高校にはほとんど行かず、留年は決定的。<br>不倫していた彼氏とは、奥さんにバレて修羅場の後振られた。<br><br>自暴自棄になって、昔の悪いクセが出て、<br>部屋に閉じこもって腕に無数の傷をつけていた頃。<br><br>学校はろくに行かないくせに、バイトには行って、<br>悪い友達とつるんでタバコを吸っていた頃。<br><br>あの時、彼と出会っていなかったら、<br>私の人生はどん底のまま悪い方へと流れていってたのかな。<br><br>あの時、彼と出会っていなかったら、<br>こんなに切ない思いをせずにすんだのに。<br><br>あの時、彼と出会っていなかったら…<br>考えればキリがないほど、彼は私の人生に影響を与えた。<br><br>でも、出会わなければよかった、なんて言えるような、<br>忘れたい、なんて思えるような、<br>安っぽい思い出でも辛い気持ちでもない。<br><br>彼と過ごした日々は今でも私の中で輝いていた。<br>ずっとずっと胸の奥にしまっていて、忘れていたのに。<br>もう彼のことはなんとも思っていないはずだったのに。<br><br>別れて２年半、再会して気付いてしまった。<br>私は彼の事が吹っ切れて、主人と付き合って結婚したんじゃない。<br>彼の事を胸の奥底にしまいこんで、見ないフリをしていて、<br>時間の経過とともにそのことすら気付かないようになってただけだった。<br><br>私の胸の一番奥には、ずっと彼がいた。<br>ずっとずっと、彼のことが好きだった。<br>今更気付いたところでどうしようもないし、<br>もしも彼と別れていなかったとしても、<br>普通の幸せは手に入らなかったと思う。<br><br>だから、私は後悔してない。<br>私の人生はこれでよかった、間違っていない。<br>愛しい息子と大切な主人、素敵な家庭がある。<br>ただ、彼を好きだという気持ちだけは、いけないこと。<br><br>でもね、それで忘れられるような気持ちだったら、<br>もうとっくの昔に消えてたはずでしょう。<br><br>きっと、私は死ぬまで彼を忘れられない。<br>だけど、私は今ある幸せを、家庭を守りたい。<br><br>だから、この気持ちは墓場まで持って行く。<br>誰にも知られちゃいけない。<br>私が主人に示せる誠意は、絶対に隠し通すこと。絶対に貞操は守ること。<br><br>この２つを誓います。<br><br>だから、どうか神様、<br>時々でいいから、好きな人に会いに行くことを許してください。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/25thchromosome/entry-10587039650.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Jul 2010 21:07:00 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
