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<title>中古車と歴史</title>
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<title>事故修復車</title>
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<![CDATA[ <br>「事故修復車は、いくら直っても査定で減点されるし、<br>お客さんも気分が悪いでしょうから、せめて相場より2～3割は安くないとね」と言う。<br><br>そう、「事故歴があるから安くしますよ」と言われ、納得して買う分には、<br>事故歴などなんの問題にもならないはずなのだ。<br><br>もちろん気分が悪いから絶対イヤだ、という人を否定するつもりはないが、<br>欲しいクルマが安く買えるならいい、と考える人には事故修復車だってお買い得車だし、事実、<br>同社には、お目当ての車種の事故車が入荷するのを待って、<br>直す前に購入の予約をしてしまう一般ユーザーもいるという。
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12102693437.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Mar 2016 15:48:54 +0900</pubDate>
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<title>本当の事故歴</title>
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<![CDATA[ <br>では、本当の事故歴を持つクルマはどれも問題か、といえば、そんなこともない。<br>「天寿をまっとうして、解体されるまで事故修復歴に<br>オーナーが気づかないクルマもたくさんありますよ」<br><br>つまり、きちんと直せばべつになんの問題も起きないものなのだ。<br>問題は、その事故歴が隠され、極上車という触れ込みで売られてしまうことだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12102693110.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2016 18:48:12 +0900</pubDate>
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<title>社用車でのリース</title>
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<![CDATA[ <br>最近ちょくちょく聞くようになったのが電気自動車。<br>周りで買ったという声はまだきいたことないが、<br>水素を燃料とする車も、もっと研究して実現できればいいなと思う。<br>さてそんなEVの日産リーフが限定でリースされるようである。<br><a href="http://response.jp/article/2015/09/04/259366.html" target="_blank">http://response.jp/article/2015/09/04/259366.html</a><br><br>また、社用車でのリースは一般的な物だ。<br>ヤマトリースでは、リースだけでなく、<br>付随する色々なサービスを行っている。<br>詳細は、<a href="http://www.yamatolease.co.jp/service/index.html" target="_blank">サービス一覧</a>から。
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12102692847.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jan 2016 16:46:55 +0900</pubDate>
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<title>フレーム</title>
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<![CDATA[ <br>事故った時に車の骨格が歪むと、クルマは真っ直ぐ走らなくなったり、最悪の場合、<br>溶接部分がはずれて空中分解してしまう。<br><br>しかもそれらが歪むのは、必ずしもガシャンと派手にぶつけた場合ばかりではない。<br>高速で縁石に乗り上げたり、路面の穴に落ちたりしても、<br>このフレームが歪んでしまうことはある。<br><br>つまり、いわゆる交通事故だけが事故ではないのだ。<br>事故車のなにが問題なのかを、お客さんは分かっていないんでしょうね」<br>と同社が言う通り、多少の飯金跡くらいでひるんではいけないのである。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12102692460.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Dec 2015 17:46:25 +0900</pubDate>
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<title>日本経団連の会長</title>
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<![CDATA[ <br>豊田章一郎が日本経団連の会長に就任する。<br>トヨタから財界のトップの座をしめる人物が出るのは少しも不思議ではないが、<br>それまでのトヨタでは考えられないことである。<br><br>章一郎がその任務を問題なくこなすことができるようにチームを組んでえたのが、<br>副社長の奥田である。<br>そもそも奥田は章一郎がトヨタの工販合併の準備のために<br>トヨタ自販の社長になっていなければ重役にすらなっていない可能性が強い。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12055144696.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Oct 2015 13:31:29 +0900</pubDate>
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<title>二人のトヨター族</title>
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<![CDATA[ <br>英二は会長に就任して二人のトヨター族による経営が続けられた。<br>1992年に章一郎の弟の達郎が社長に就任すると英二は名誉会長になり、<br>章一郎が会長になった。<br><br>このころには高齢になり、経営者としての英二の影響力がようく薄れるようになった。<br>長年にわたって日本の企業のなかでトップの売り上げを続けていることで、<br>英二は日経連や経団連などの役員になるように要請されていたが<br>トヨタから一歩も外に出ない態度を崩さずに、<br>トヨタグループの結束とトヨタ自動車の繁栄がすべてに優先された。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12055143554.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2015 16:31:02 +0900</pubDate>
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<title>進むべき道</title>
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<![CDATA[ <br>シェアを上げることやクルマの性能を向上させるなど、<br>当面の目標を設定することができても、どのような方向に進もうとしているのか、<br>先が見えない状態になっていた。<br><br>長くセカンドランナーとして<a href="http://www.weblio.jp/content/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97" target="_blank">キャッチアップ</a>を図ってきたせいか、<br>トップランナーとなるための心の準備ができていなかったともいえるだろう。<br><br>一時的にもせよ、トヨタが進むべき道を見失うことは、かつてなかったことである。<br>そうした状況のなかで、トヨター族でない社長として奥田が登場してきたのだ。<br>1982年にトヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売が合併して<br>トヨタ自動車となったときに豊田英二に代わって豊田章一郎が社長になった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12055143423.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Aug 2015 14:25:09 +0900</pubDate>
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<title>内向きの力</title>
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<![CDATA[ <br>このときに、トヨタは大きく変貌を遂げたと思われる。<br>それまでは、豊田英二のリーダーシップ時代の感覚が生きていて、<br>トヨタは海外での販売を伸ばしながらも日本を大切にしており、<br>思想的にはトヨタ・モンロー主義ともいうべき態度で、<br>何よりも求心力を重視していた。<br><br>内向きの力が働いていたのだ。<br>守りに入り、将来に対するビジョンを失いかけていた。<br><br>今が大事なのは間違いない。<br>しかし、常に先を見ていなければ、<br>将来は見えないのだ。<br>日本車は、世界でも人気が出るようになった。<br>また、発展途上国に中古車が輸出販売されるようにもなり、<br>それによりリースの機会も増した。<br>低コスト運用するには、検討みるべきだろう。<br>まずは<a href="http://www.yamatolease.co.jp/case/index.html" target="_blank">事例を参照</a>してみよう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12055141786.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jul 2015 15:24:29 +0900</pubDate>
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<title>当面の目標</title>
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<![CDATA[ <br>まずは自分たちで苦労しながら自動車をつくることから始めるのが当面の目標だった。<br>エンジンに関しては、シボレー用の直列6気筒をそのままコピーしてつくることにした。見よう見まねで新しく設計することも可能だが、エンジンだけでも多くの部品があり、<br>そのひとつひとつを新しく設計製作していたのでは時間がかかりすぎるし、<br>市場に出たときに部品の補給など困難な問題が考えられる。<br>手っ取り早くシボレーと同じにすれば、そうした問題から解放される。<br>
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12006755627.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2015 16:48:06 +0900</pubDate>
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<title>人材の確保</title>
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<![CDATA[ <br>人材の確保にも怠りなかった。<br>白楊社でエンジンなどの開発に携わっていた池永罷、<br>同じく総務関係の大野修司が加わった。<br><br>デトロイト構想に関連してアツタ号のエンジン開発をした、かつて佐吉が手を引いたが、その後ライバル会社として活動していた「豊田織機」から菅隆俊、<br>販売ではゼネラルモータースから神谷正太郎などがスカウトされた。<br><br>自動車の開発に関しては、自分たちの技術で進めることが喜一郎の基本路線だった。<br>苦労して技術を身につけることで力を付けることが大切で、<br>海外から技術を導入する意志はなかった。
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<link>https://ameblo.jp/2daj/entry-12006755327.html</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2015 12:47:02 +0900</pubDate>
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