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<title>ワイフプランナー</title>
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<description>失恋の理由と反省をふまえ、次にいきたい今日この頃の負け犬下流社会人。あとは身辺雑記です。</description>
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<title>記憶</title>
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<![CDATA[ もう６月。彼が発病したのが去年のいまごろだった。あのころのことを思い出す。あのとき、ほんとに自分が彼にかわりたいとおもってた。毎日病院にいってた。でもあのときは、まだ、ある種のイベントみたいな感覚があったのかもしれない。つきあいの中で少しお互いの気持ちにすれ違いとかでてきた頃だったから、入院生活は新鮮だった病気に対するの無力さをかんじはしたけど、自分が彼にとって必要な存在であると思えた。自己陶酔していたのかな。パッカーみたいなハードな海外旅行はしばらく無理だけど、とりあえず退院したらハワイとかいこうか、なんて無邪気な会話をしてた。<br>もう１年たった。今日のこんな私を、去年の私は１％も想像してなかった。<br>去年の記憶はまだ穏やかに思い出すことなんてできない。今につなげてしまうから。この瞬間、彼がなにをしているのか。また入院しているのだろうか、もう働いているのだろうか。薬は順調にへっているのだろうか。手術するといっていたけど、どうなったのだろうか。新しい彼女ができたのだろうか。それとも昔の彼女とよりを戻したのだろうか。薬の副作用はどうなんだろうか。私のことはどう思ってるんだろうか。もう思い出したくもないか。すっかり忘れてしまったか。少なくとも、私と別れたことは、彼にとってストレスの軽減にはなったのだろう。<br>医者は、あのとき「すごい回復力だから、来年にはかなり薬もへっているだろう」といっていた。でもそうはならなくて、あの２月の入院でリセットされてしまったろうから、いまはまだ、それこそ去年退院したときと同じ量かもしれない。<br>でも。他人事として考えれば、彼はまだ若いから、いまの私の歳になるころには、人並みな生活を取り戻すことができるだろう。だから、彼の人生を、単発で考えれば、のんびりやればいい、と思える。でも、そこに自分の人生を組み込ませる、となると、そうは考えられなかった。。。<br>先日、友人にグアム旅行にさそわれた。ろくに働いてもいない私がそんなことしてていいわけはない。わかってる。ただ…。去年の今日を、今年の今日で塗りつぶして、来年の今日、また同じように新しい記憶でつぶしていく。決して０になることはなくても、どんどんそうやって薄めていきたい。彼との記憶の部分を、会話や出来事や、一緒に行った場所を、そうやって新しい思い出を重ねることで曖昧にしていきたい。同じように彼と過ごした海外旅行の思いでを、新しいことで少しでも薄めてしまいたい。逃げてるのかな。いや、逃げたっていい。過去を辛く思い出すことは、意味がないから。<br>
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<link>https://ameblo.jp/310qui-to/entry-10035921614.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jun 2007 10:03:03 +0900</pubDate>
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<title>整理</title>
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<![CDATA[ 部屋の整理をしてる。すっかり忘れてた物がたくさんでてくる。３０＋○年生きるとそりゃものもたまるわな。今回は、すべてを一新したいってかんじだから、２、３年使ってなかったら捨てるというやりかたをとってるものの、それでも過去にひきづりこまれることが何度となくあって、おまけに、去年の今頃、彼の病気が発覚したのでそんなこともうっかり思い出してしまい、半泣きになりながらやっている。ただ、そのせいか、物自体は潔くすてられてる。元々、プレゼントとかもらったことがないので、今となってはそれが幸いというか、すてらんねー、みたいのもなく、ただ、つきあってた当時によく着てた服とか、スケジュール帳とか、思いがよみがえりやすい物をごみ袋直行にさせてるかんじで。だから、ずいぶん部屋はすっきりしてきた。ついでに風水の本をよみ、ステキ恋愛をよびこめたり、いい仕事に巡り会えたりするような家具や物の配置を試みたりして、そのあたりはちゃっかりしてるのが、私らしい。とりあえず今日中になんとかかたちにしたいもんだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/310qui-to/entry-10034451709.html</link>
<pubDate>Wed, 23 May 2007 13:58:02 +0900</pubDate>
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<title>くらい</title>
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<![CDATA[ 初日の日記がくらすぎ。でも、自分のことを誰も知らないから、こんなに暗くても大丈夫。これはリハビリみたいなもんだから。反省、自己弁護。筋がとおってなくてもいい。<br><br>朝起きたら結膜炎になっていた。この１年風邪なんてひかなかったけど、ついに先週風邪をひいてしまい、それがなおったと思ったら。病院にいったら「風邪の菌が原因だろう」と。そんなので結膜炎になるとはしらなかった。<br><br>彼が病気になってから、ずっと「自分が病気になったらもうどうにもならなくなる、もしも移してしまったら…」と考えてて、すごくおびえてたし、毎日神経質なほどにうがい手洗いをしてた。幸いそうなることはなかったけど。<br>あのときですらそんな状態だった。もし同棲しはじめたら、と思うとものすごく怖かった。そして同時にこんなことを考えた。<br>彼の具合がわるければ、もちろん私が看病するだろう。私の具合がわるかったら…？　私は彼に頼ることはできない。風邪なんかだったらもってのほか。どちらかがしばらく実家に帰る勢いだろう。ほかのカップルなら「お前の風邪うつったよ～」とかいうことが、いきなり命にかかわったり、入院とかになったりする可能性をはらむ重大事になる。<br>そういうこと考えると、すごく憂鬱だった。。。。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/310qui-to/entry-10033935231.html</link>
<pubDate>Fri, 18 May 2007 01:01:07 +0900</pubDate>
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<title>いまも探してる</title>
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<![CDATA[ 今日、あるスレッドにこんなかきこみがあった。<br><br> 今まで無縁だった病気になって、いざ体調崩して 良かったとは決して思えないけど 健康のありがたさを知りました <br> そして離れて行った彼女 　所詮そんくらいの付き合いだったと知りました <br> 確かに今まで見えなかった真実は見えて来ますね<br><br>今日にかぎらず、いろんなBBSとかでみる。病気になったひとが、そのあとほどなくして恋人と別れることになったとき、その理由は病気や事故と断定される。そして、多くの人はそれをよんで思うんだろう。コメントにもこういうのおおい。<br>「所詮そんくらいしか彼女はあなたを愛してなかった。別れて正解だ」<br>「病気になったくらいで離れていくなら、こっちから願い下げ」<br><br>前の彼氏はちょうど去年病気になった。特定疾患。入院をきいたとき、「早くよくなってほしい」「いきてればいい」それだけ思った。そんな風に思った相手と、結局半年後にはわかれた。結婚したいねという話もでていた二人だったけど。<br><br>それは…病気が理由になっているとおもう。理由のすべてではないけど、病気になってなければ別れていなかった可能性が高い。<br>私は弱い人間だ。わたしも。結婚とか彼氏というものに対してもってる希望に、やっぱり「健康」ってあった。守るより守られたいと思ってる。だから、そんな幻想理想がかなわないのかと感じ、自分の欲をえらんでしまったのだろうか。<br><br>いろんなブログやHPで、病気の恋人や夫を支える人の日記などを読むと、いたたまれなかった。<br>みんなやってる。すきなら…どんなことでも克服していかなきゃ。なんでもっと強くなれないか。愛しているなら相手の病気に負担にならないことを考えてあげるのが当然だとおもいつつも、ぜんぜん相手優先の考えなんてできなかった。「普通に接する」とかってなんなの？　だって相手はもうこれまでとは違ってしまってるのに。思いっきりけんかなんてできないのに。ほんとに普通に接したら、それってわがままになるんでしょ。<br>「病気」「ストレス」はいつでもジョーカーだ。いや、つらいのは彼なんだ。私じゃないんだ。私が悲劇のヒロインみたくなってどうすんだ。第一に考えるべきは彼の体なんだ。でも…でも…。<br><br>結局、私は自分につぶされたのかな。<br><br>もちろん、それ以外にも理由はあって……ただ、そのほかの理由すら「病気」を前にすると、わからなくなる。自分でも、別れの理由に彼の体のことがどれほど占められているのか。ただいえるのは、やはりそれほどインパクトのあるものだから。<br><br>ただ。私はこの人たちにききたい。<br>「所詮」っていうけど、あなたの人生を大きくかえ、一生すら左右してしまう事が、彼女にとっても小さなことのはずはない。それほどの大事、共に乗り越えたいと彼女におもわせるほど、本当に愛を育んできたのか、と。<br> もし、この、病気になった人々が、逆の立場だったら。「病気ごとき」に負けることなく、彼女を愛していけてたのか、と。<br><br>親が子供の結婚相手にのぞむものの第一位として「健康」があげられる。それだけ健康であるって重視されることだとおもう。健康であってほしいというわけは、病弱な人間と生きるというのは単純に大変だからだろう。苦労が今度は我が子の体や精神をむしばむかもしれない。愛だけではおぎないきれないものもある、それが現実だからだろう。<br><br>もちろん自分が病気でないからこんなこといえるのだろう。その傲慢さは承知している。<br><br>いまも、後悔とか、言い訳とか、いろんなことを考える。自分を責めてる。彼のことも恨んでる。お門違いとわかってても。それでいていまも探してる。彼を支える強さをもちたいと。もう二度と会うことはないんだろうけど。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/310qui-to/entry-10033743541.html</link>
<pubDate>Wed, 16 May 2007 01:23:01 +0900</pubDate>
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