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<title>ゆずのぶたちゃん</title>
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<description>2011年高校生の一人娘を亡くしました。お母さんと呼んでくれる人がいなくなり、日常生活が激変しました。周囲の何気ない会話にストレスを感じたり、新しい人間関係が苦手だったり、生きにくさを感じています。</description>
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<title>娘のいない毎日</title>
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<![CDATA[ 私には今子供はいるのか？いないのか？<br><br>「お子さんは？」の問いに「一人います」って言ったら、嘘つきになるのかな。<br><br>…なんて考える。<br><br><br><br>私の中には娘はいつもいるし、むしろ前の何倍も今は存在感があって一時も忘れられないでいます。<br><br>いるって言っても良いよね？<br><br><br>震災で3人兄弟の一人を亡くした方も、「子供は3人です。」って言うとテレビで言っていた。<br><br><br>子供を2人育てながら3人いるって言うのと、夫婦二人だけの生活なのに子供がいるって言うのは違う気がするけど。<br><br>複雑。<br><br><br><br>子供がいないなら、いない人にしか出来ない事をやれば良いって思うけど、顔が欠けたアンパンマンみたいに力が出ない。<br><br>子供がいたのに、いなくなった生活に慣れるのはしんどい。<br><br><br><br>子供が大学に行って親元離れると、親(母親)は寂しくて空の巣症候群になる人もいるらしい。<br><br>遠くで生活するだけの時々は子供に会える人だってそんな病気になるんだから、私はたぶんすごくいろいろと頑張っている。<br><br><br>誰も誉めてくれないけど、頑張っている。<br><br><br>私の気持ちをわかってくれる人があまりにも少な過ぎるけど、たぶん仕方がない。<br><br><br>テレビを見てると、毎日のように事件、事故で子供さんが亡くなっているから、全国的に見ればそんな大人数のうちの一人。回りの人から見たら大したことない日常なのかもしれない。<br><br>こんなに私が思い悩んでいるとは周囲の人は思っていない、きっと。<br><br><br>考えても仕方ないことなのに、いつまでも3人家族だった楽しい時間を追い求めてしまう。<br><br><br>失ったものが大き過ぎて心が付いていかないわ。<br><br><br><br>時間かかるなぁ。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12259326398.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Mar 2017 19:41:00 +0900</pubDate>
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<title>父の死</title>
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<![CDATA[ 今年に入ってから父が亡くなりました。<br><br>私が25歳まで一緒に生活していた父です。<br>県外に住んでいたので、車で3時間かかるけど、年に3回は会っていました。<br>もちろん確執など一切ない普通の親子です。<br><br>なのに涙が一切出ませんでした。<br><br>父は健康に生まれ、青春を謳歌し、勉強し、仕事も持ち、趣味も多彩でした。結婚し、二人子供ができ、孫が4人いました。(うちの娘も入れて)<br><br>一通りの幸せを経験し、79歳まで生きてくれた父に私は心残りはありませんでした。<br><br>『人は生まれた瞬間から死に向かって生きている。』<br>『生まれた人には必ず死がやって来る。』<br>『人生は生きた長さではなく、どれだけ込めたか。』<br><br>こういった言葉はよく聞く言葉ですが、10代の娘の死に直面した時には、どうしても納得できませんでした。<br><br>高校生活、大学、成人式、恋愛、結婚、まだ何もやっていない事、親としてそれを見れなかった事が、心残りで一層辛さが増し、いろんなタイミングで精神的にやられます。<br>どうしていないの？なんでうちの子なの？<br><br><br>娘の死と父の死。<br><br>同じく一人の人間の死なのに、こんなに違うのか？…と思う程全く違うものでした。<br><br>娘の死を経験する前は、人の死に弱く、親戚の葬儀では100%涙が出ました。なのに今回は父を想っても泣くことはありませんでした。<br><br>父は私が娘を亡くしたばかりに、亡くなっても泣いてさえもらえず、申し訳ない気持ちです。<br><br><br>体は無くなっても魂は存在するというスピリチュアルに助けられ今の私があるので、娘の死を受け入れた今は父の死はとても自然な事としか思えなくなったのでしょう。<br><br>死に対して前とは違った考えを持つようになったので、これから葬儀の席で泣くことはないんじゃないか？…とさえ思ってしまいます。<br><br>父の死は娘があの世で一人じゃなくなる、不謹慎ですが、少し安堵しました。<br>お葬式の時も、焼香しながら「娘と仲良くしてね。」と父に言っていました。<br><br><br><br>死は生きてる人全てにいつかはやって来る。<br><br>悲しい事じゃない。<br><br><br>たぶん、絶対、きっとまた会える。<br><br>娘にも、父にも。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12253642288.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Mar 2017 20:46:00 +0900</pubDate>
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<title>自分の幸せ</title>
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<![CDATA[ 生きて行くにはどうしたら良いんだろう？…そのヒントを探して、子供を亡くした人のブログを読んでいると、更に哀しみを増すことがあります。<br><br><br>『今日は次女とランチに行きました。』<br><br>『残った子供がいるから生きていられる。』<br><br>『この子が生きる支え。』…等。<br><br>私の救いはここにはないと思い、ブログを読むのも辞めてしまいました。<br><br><br>子供が亡くなったのは、その子はかけがえのない一個人だから辛さ、悲しみはもちろん同じです。<br><br>でも、他に子供さんがいる方と全くいなくなってしまったのでは落ち込みかたや、その後の回復は大きく違うと感じます。<br><br>回りの人の子供の話や孫の話、初めて会う方からの「お子さんは？」の質問、全てが怖くてびくびく、おどおど、時にイライラ。<br><br>少なくとも3~4年は子供の話は聞きたくないし、自慢話なんてされようものなら、完全にいじめられてる感覚でした。<br><br>私の事情を知っている人が、子供の写真を他の人に見せて自慢してるのをとても悲しい気持ちでやり過ごしたのを覚えています。<br><br>私はこの先どうしたら楽に生きて行けるのかな？いろいろ考えました。<br><br>無いものを追いかけてもしょうがない、今自分が持っている幸せを大切にしよう。と前向きに考えられるようになったのはつい最近の事です。<br><br>⚫健康でご飯が美味しく食べられること。<br>⚫旦那さんがいて、いつも優しくしてくれること。<br>⚫ゆずが癒してくれること。<br>⚫生活に困らない位のお金があること。<br>⚫仕事が楽しいこと。<br><br><br>こうやって書くと、幸せそうですよね？<br><br><br>娘が亡くなってから、毎日毎日娘のことを考えていました。<br>"子供がいた、のに、突然いなくなった"この事実にいつも囚われていました。<br><br>子供がいた時の自分から子供がいない自分に慣れるのは、とても時間がかかったし、精神的にくたびれるものでした。<br><br>自分の母親でさえ、気持ちを理解しようとしてくれず、私の気持ちを逆撫でする発言もあり、疲れ果てました。<br><br><br>『人は自分の経験したことしかわからない。』<br><br>だから何度も何度も生まれ変わり、違った経験をして魂が成長して行くのでしょう。<br><br>経験しなければわからないことでも、きっと寄り添うことはできるはず。<br>困難な状況にある人に対して、自分の想像力を駆使し、相手を思いやり、少しでも寄り添うことができたらいいな、と思うようになりました。<br><br>これも娘が教えてくれたこと。<br><br>ありがとう。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12251090481.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Feb 2017 14:20:00 +0900</pubDate>
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<title>高校の卒業式</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/373maro/amemberentry-12248830716.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Feb 2017 01:21:00 +0900</pubDate>
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<title>江原啓之さんの講演会にて</title>
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<![CDATA[ 毎日、子供さんを亡くされた方のブログを読んで、どうしたらこれから生きて行けるのか？そのヒントを探していました。<br><br>たくさん検索していると、江原啓之さんの名前が少なからず出てきて、その中には亡くなった子供さんからの言葉をもらえた方もいらっしゃいました。<br><br>だいぶ前に国分さんや美輪さんとテレビでやってたのを、私も時々見ていました。<br>その当時は亡くなった方と意思疎通ができるって凄いなと思いましたが、今とは全く違った見方だったと思います。<br><br>興味があったので調べると、東京や神奈川でも江原さんの講演があることがわかり、直ぐにチケットを取りました。<br>娘が亡くなって5ヶ月経った頃の2012年4月20日神奈川kaatホール　スピリチュアルタイムという講演会に行きました。<br><br>入り口を入ると小さなメモを渡され、江原さんに聞きたいことを記入する用紙でした。<br>私は突然亡くなった娘が今どうしているのか？何か困っていないか？等のことを書いたように記憶しています。<br><br>この会場の人全員がこれを書いていて、その中から抽選で数人がカウンセリングしてもらえる。<br>当たるのは、まぁ、無理な話だな…と思いました。<br><br>案の定私は呼ばれず、抽選で3名の方が登壇し、質問に一人ずつ答えていきます。その時のみなさんの悩みはよく覚えていませんが、就職や生活上の悩みだったと思います。<br><br>誰かの悩みに答えた後に江原さんが、「この会場に亡くなった子供さんが何人か来てますよ。14歳位の女の子がいますが、ご家族誰かいらっしゃいますか？」と言っています。<br>私は娘だと思い、もうそれだけで涙が溢れて来てしまいました。そんな私を見て主人が手を上げてくれました。<br><br>「この子は、家族が普通の生活を送れていないのを心配してここに来てますよ。こっちが心配しているつもりでも実は心配されている人が多いんです。」と言われ、主人が娘に会いたい、というと「会いたいって言われてもねぇ、お父さんの左の通路の少し下のところにいるんですけどね」と具体的に場所を教えてくれました。<br><br>最後に娘に何か聞いたようで耳打ちされてるようなリアクションの後、「お父さんの名前は○○ですか？」と主人の下の名前を言いました。<br>もうこれは疑いようがないです。(というか初めから信じていましたけど💦)間違いなく娘が来てくれました。<br>体はなくなったけど、娘の魂は生きてる❇<br>いつも近くで私達のことを見守ってくれているんですね。<br>娘とのひさしぶりの交流？にその日はひたすら泣き、落ち着いてからは、『娘に心配をかけないように生きる』を心掛けるようになりました。<br><br>この講演会は絶望からの転機になったように感じます。<br>この講演会に行くように導いてくれたのも、実は娘だったのかもしれません😌<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12247639730.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Feb 2017 11:57:00 +0900</pubDate>
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<title>菩提寺の住職、年忌法要のこと</title>
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<![CDATA[ 我が家の菩提寺は住職が娘の葬儀の一年前に病気で倒れ、言語障害があり、電話で話もなかなか思うように伝わらない、という事実を初めてその時知りました。<br>お経もちゃんと読めないのに、うちの娘は成仏できるのだろうか？<br><br>更に他県で暮らしているので、住んでるところでは俗名で、菩提寺では日を改めて頂いた法名で、1回ずつ葬儀をやるよう言われました。<br>平均寿命に程遠い10代の子供の葬儀を2回やれって…仏教って鬼以上に残酷だと思いました。1回だって相当辛いし、きついのに。<br><br>そして住職に「この金額で法要までお願いします」とお話したところ、「病気があるので、もう一人お経を読む人を他のお寺から呼びますから5万プラスしてください」とよくわからない言葉だったので何度も聞き直してようやく理解しました。<br><br>住職の病気が原因なのだから、ご自身で負担するのが筋でしょう。こちらは住職は一人で良いのに。一般の会社ならそんな身体で仕事すらできませんよ？<br><br>そんなことを思いましたが、言う元気もなかった頃なので、言われた通り包みましたが。<br><br>それなのに、葬儀後の有難いお言葉というか、亡くなった人はどうなるとか、そういった法話は一切ありませんでした。<br><br>一周忌は、そんな嫌な印象を持った菩提寺ではやらず、俗名で葬儀をしてもらったお寺にお願いしました(菩提寺には遠いから地元でやると伝え、一周忌法要の塔婆だけ書いていただきました)<br><br>そして3回忌。<br>この時は菩提寺でやりましたが、お願いした時間になってもお寺は鍵がかかっていて留守のようで、みんなで外で待っていました。<br><br>2年前の菩提寺の葬儀後の法事でいろいろお世話になった方が、偶然近くを通りかかり何も用事はなかったもののお寺に立ち寄ってくれて、住職に連絡を取ってくれました。すると、日にちを間違っていたらしく今病院にいるので、後30分待ってほしいと言われました。このお寺一体どうなってるの💢💢💢<br><br>連絡を取ってくれた方が「何かお寺が気になって…○○ちゃんに呼ばれた気がする」と言ってくれて、私達も娘が見守ってくれているのを感じました。<br><br>住職に関しては、うちの娘のことをないがしろにされたようで、この時ばかりは哀しみよりも怒りの感情が勝ってしまいました。悔しいし、悲しいし、腹は立つし、いろんな感情がぐちゃぐちゃで法要前にいっぱい泣かされました。<br><br>お寺って、仏教ってなんだろう。<br><br>私達が本当に助けを必要にしている時、何の支えにもなってくれず悲しみに追い討ちをかける宗教は要らないと思いました。<br><br>2年後の2014年11月に亡くなったお子様からのメッセージを届けてくれる人がいると聞き、何個かの質問の１つで『仏事を執り行うと○○は喜びますか？』と聞いたことがあります。娘にとっての仏事はどれだけ意味があるんだろう？と思ったし、私が嫌だと思っていても、娘に必要かもしれないですから。<br><br>その時の娘の答えです。<br><br>★お母さんはその答えをもうすでに知っています。私のために何かをするときは、心がうきうきすることをして欲しいです。<br>光の世界の人は、義務感で何かされることを喜びません。<br>現世の人が本当に楽しんでしてくれることが嬉しいです。…とありました。<br><br>悲しんだり、辛い私達より楽しそうな姿を見たいんですね。とても嬉しい答えでした。<br><br>これはうちの娘に限ったことではなく、みなさんのお子様に当てはまることだとメッセージを受け取ってくれた方から教えていただきました。<br><br>葬儀や法要の席にいてお経を聞くと、『娘さんは亡くなったんだ、もうここにはいないんだ、会えないんだ』と念を押して言われているようで涙がどんどん出るので、今年の七回忌は失礼して、楽しいことをしようと考えています(*^^*)<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12247427245.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Feb 2017 18:22:00 +0900</pubDate>
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<title>絶望の日々</title>
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<![CDATA[ 地獄のような毎日の始まり。<br>これまではなんとなくのほほんと生きていた私ですが、生きて行くために努力が必要になりました。<br><br>家事そっちのけで子供さんを亡くした方のブログを読んだり、グリーフケアや死について検索の毎日。<br>その中で江原啓之さん、飯田史彦さんの本に出会いずいぶんたくさん読みました。<br>雲黒斎さんの『あの世に聞いたこの世のしくみ』分かりやすくて楽しく読めるのでオススメです。<br><br>スピリチュアルは、たくさんの人が多少内容は違えど同じことを言っています。<br>『体はなくなっても魂はずっと生きている』<br>このことにどれだけ救われたかわかりません。<br><br>自分たちの親は4人共健在なのに、娘の葬式を出さなければいけなかった。娘はあちらで一人ぼっちなのか？と考えるだけで涙が出ました。<br><br>娘は大学に行ってクリエイターになりたい、と勉強も頑張っていました。<br>成績も良く、担任から「どこでも好きな大学に推薦できます」と言われ将来をとても楽しみにしていました。<br><br>大学に入り、成人式があり、就職し、恋人もいたかもしれません。結婚したら一人だった子供が二人になり、さらに孫が出来たかも…<br>そんな極一般的な幸せを全て無くしました。<br>未来が、生きる希望が消えました。<br>「はい、おしまいです」って目の前にシャッターを下ろされた気持ちでした。<br><br>娘が産まれてから私が娘のためにやってきた全ての事が無駄になったように感じました。(本当はそうではないのでしょうけど…)<br>30㎏位の重りが体の中に常にあるような感覚。<br>立っていられないし、生きてるのに死にそうでした。<br><br>なぜか夜寝ると汗を搾れる程かくのです。そのせいかご飯はちゃんと食べてるのにどんどん痩せて、2～3ヶ月で6㎏痩せました。<br>今になって思えば、自律神経失調症だったのかな?と思います。<br><br>自分が代わりに死にたかった。<br>愛する娘に会えない辛さ。<br>今子供さんが元気な方には、子供が生きているのは当たり前ではなく、とても幸せなことなんだと気づいて欲しいです。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12246947466.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Feb 2017 06:39:00 +0900</pubDate>
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<title>あの日のこと</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/373maro/amemberentry-12246872964.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Feb 2017 22:13:00 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ はじめまして、ゆずしちみです。<br><br>娘を亡くして5年過ぎました。<br><br>後れ馳せながらブログを始めようと思います❗<br><br>初めの頃の事は思い出すのも苦痛ですが、徐々にお話させていただこうと思っています。<br><br>夫婦二人だけになってしまいましたが、今自分の持っている幸せを大切に出来ると良いな。<br>いつか娘に会えた時に"お母さん頑張ったね"…って誉めてもらうのが目標です!<br><br>たぶん時々ブラックゆずしちみが出現すると思いますが、寛大な心で許してください。<br><br>よろしくお願いします。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/373maro/entry-12246567713.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Feb 2017 22:02:00 +0900</pubDate>
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