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<title>３８歳からの哲学</title>
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<description>10代の頃に哲学的な思索にふけった自分を取り戻したくなり、備忘録として、徒然に、毎日の個人的な思索を発信したいと思います。初めてのブログ参入です(07/04/03)。</description>
<language>ja</language>
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<title>父として</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">これは哲学の問いになるかわからないが、今日は父親の役割について考えた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">私には９ヶ月になる息子がいて、まだ手がかかるが、とても可愛らしい。</font><font size="2">彼がだんだん物心がついて、父親とはどういう人物かについて、理解をする</font><font size="2">だろう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">私が今考えているのは、私が彼の父親としてふさわしい人物かどうか、</font><font size="2">ダメじゃ</font><font size="2">ないか、という不安である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">いまだに、学生時代のモラトリアムの延長のように、何のために生きているのか、</font><font size="2">と問いを立てて、答えを見つけようとしない（つまり、実存的になりきってない）。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">一方で、社会人として、世間で一般的に期待されるような、しっかりしたこの年齢の大人としての振る舞いも十分に</font><font size="2">できるとも思わないし、自信もない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">仕事も持っているが、子供が成人まで生活させていけるだけの、仕事のスキルを</font><font size="2">持って、自立できる、あるいは組織の中で力を発揮し続けれる、という自信も</font><font size="2">身に着けていないと卑下してしまう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">また、妻からも子育てを含めた、家庭の簡単でこまごまとしたことも役割として</font><font size="2">果たすことができず、怒鳴られたりして、自分が嫌になったりもする。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そう、将来が無限に広がっていた２０代の頃とくらべて、劣等感の塊のように</font><font size="2">なってしまったのである。　</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ただし、それでも会社勤めとしての地位を維持できているので、このような、</font><font size="2">哲学と称した思索にふけったりもしているのかと思う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">現実逃避でブログを立てているというのは、たまたま読んでいただいている方</font><font size="2">も迷惑かもしれないが、逆に、生きる問いというのは、現実に満足していても、</font><font size="2">不満であっても、根源的であって、ダメといっても問うてしまうものではないか</font><font size="2">とも思うし、引き続き、書き続けたい。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">いや、何がいいたいのかというと、息子が物心がつくまでに、見栄をはって</font><font size="2">いわゆる父親らしさを誇示したり、体裁を整えたり、演技したりしないで、</font><font size="2">自然な形で、いい影響を子供に与える父になりたいということだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">かなり、筆が進んできたのだが、妻がパソコンを使わせろとプレッシャーを</font><font size="2">かけているので、今日はここまでにします。</font><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">それでは</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/38yearsold/entry-10031163299.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Apr 2007 21:03:41 +0900</pubDate>
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<title>病気になったことによる気付き</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><p><font size="2">せっかく、勢いで始めたブログが２回書いたら、いきなり挫折してしまった。</font></p><p><font size="2">何日経っただろうか？　５日だ。　そう、風邪をひいてしまったのだ。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">先週の土日は仕事は休みだが、熱が体にこもり、体のふしぶしに鈍い痛みが</font></p><p><font size="2">あり、ほとんど動けなかった。　月曜日に入ってからも、ちょっと元気が戻らない。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">なので、今日も長くは書くつもりはないが、１つだけ、病気になったとき、人は生きるとは何か、ということを考えなおすと思う。以下は、私が卑近に思ったことだ。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">①自分の体がいつも、いつまでもピンピンしていない、ということを再認識する。</font></p><p><font size="2">突き詰めると死を意識する。「もし明日、この世にいなくなるなら、どうやって生きる理由につき哲学を続けて、総括できるのか？　結局、不毛な作業ではないか？」</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">②ある人はほとんど病気もせず、生き生きとして、人生に目標を立て、実行している人がいる。別の人は、自分の意思・精神力とは関係なく、病気と縁が少なくない人生を送り、そんな世の中のサクセスストーリのような不眠不休で仕事をして成功するなんていう人生はあり得ない。　なぜ、人はそれぞれ違う境遇をこの世で受けるのか？ その意味は？</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">他もいろいろな、命題はあると思うが、①は、自分にとって回答のハードルが今高いところだ。　②はいろいろな解釈があるはずだ。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">まず、「生き生きとして、人生に目標をたてて」というのはいかにも、現代社会の中でテレビ・本・雑誌など様々な媒体が私たちに押し付けてくる価値観だ。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">「誰が生き生きとしているのが人間の生きる目的と決めたんだ？」。「誰が目標、特に社会生活の役割を目標の達成を通じて実現することが人からの尊敬につながり、すなわち生きる目的だなんて決めたんだ？」</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">あるいは、「病は気からで、精神力・気力があれば克服できる」。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">特に、私は、現代社会が「目標を立て、達成する人生」に重きを置いていて、無言のプレッシャーをかけてくることに漠然と不満を持っている。これはアメリカ的な影響がきっと大きいのではないかと思っている。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">もちろん、逆説的に、じゃあ「人生の目的を立て、達成し、社会で敬意を払われ、</font></p><p><font size="2">自分なりに生き甲斐を感じる、という人生の目的立てがなかったら、じゃあ毎日、だらだらと、、生活の糧を得るという最低の活動に従事し、かつ、自分自身の達成目的は立てず、、自分が信頼する家族、友人たちと楽しくすごす、あるいは、世の中を傍観者的に眺め、どういう形態であれ、社会で自分なりに役割を果たして認められ、自己満足を得る、という価値観として全く求めない。例えば、このような人の人生の目的な何？」、と問われると、今、この質問を書きながら自分に尋ねているので、すぐ答えは出てこない。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">一方で、今、浮かんだ言葉は、あまり関係なく、生物学的な意味での「生殖」および子孫を残すこと、だ。　なぜかというと、私自身昨年、初めて、子供を持ったからだ。　確かに、子供はかたちのある、自分の遺伝子、あるいは生きた理由の証となるからだ。　結論的に言うと、この回答はいろいろなことを答えてないので、また別の機会に話したい。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">ということで、先ほどの自問を少し考えてみたい。あるいは、煮詰まったら、明日は別のトピックで始めるかもしれない。</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">それでは、本日は体調万全回復を祈って、いまから寝ようと思う。</font></p><p><font size="2">そう、私は結構、よく寝る人かもしれない。うーん、睡眠と人生の目的というトピックも、また扱いたいな。　いかん、いろいろな発想が湧き始めたのが、ここは止めさせてもらいます。　</font></p><p><br><font size="2"> </font></p><p><font size="2">それではまた。</font></p></font>
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<link>https://ameblo.jp/38yearsold/entry-10030532532.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Apr 2007 21:34:03 +0900</pubDate>
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<title>何のために人は生きるのか？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">いきなり、今日のタイトルを自問してみる。われながらラディカルだ。</font></p><p><font size="2">思春期から始まる10代を通して、特にこの命題を自分自身によく問いかけたことを思い出す。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">当時は、こういう根本的な質問を考えた上で、何かそんな明快な答えが出るものか？、と半ば諦めに近い気持ちを抱きつつも、なんとなく、いつか、なんらかの経験と物の見方、あるいは発想の転換を経て、気持ちが昇華されていくのでは、と淡い見通しを持っていたかもしれない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかしだ。　３８歳になって、当時の問いかけの答えは残念ながらみつかっていない。</font></p><p><font size="2">また、思わず、「はっ」、と気付くのは、その問いかけの仕方も大して変わらないという事実だ。</font></p><p><font size="2">そう感じると、おそらく自分自身が成長していない証拠なのか、不安を覚える。いや、人間のうち何％は私みたいな人がいるに違いない、と思いたい。　たくさんの中の一人の人間だから。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかし、自分自身をとりまく環境はずいぶん変化したことも事実だ。だから、他人がどう思おうと、自分なりに振り返って、それなりに、理由をもって生きてきた、と、まとめることはできるのかもしれない。　一方で、そのような表層的な判断は、自分の本質的な声ではない。　なんというか、私自身というもの「自我意識」が芽生えた中学生の頃から、ずっと一つの意識体のような、自分自身の身体と一体化していない連続的な想起（？）が、現実の人間として送るべき日常活動から遊離しつつ、問いを続けているようなのである（このような説明は、このブログを持って、意識的に初めて書いたので、勘違いのような気もするが、遂に今、自身の哲学の旅に発ったようだ）。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ちなみに、「哲学」などと、偉そうなことばを書きたてているが、私はどちらかと、いい加減な性質の部類に属する。　いわゆる、西洋の思想の歴史などの本の概説を読んだり、原書の日本語訳の本をパラパラめくって読んだりして、デカルト、カント、ヘーゲル、サルトルなどの思想のポイントを掴もうとし、それを自分自身に照らし合わせるという作業をしつつ、また、各著者の論理の緻密さに感動しつつ没頭をたしなむ程度のたぐいのものである。　加えて、昔読んだ本であるから、内容もきちんと覚えてもいないことも多い。　だから、世界の思想を縦横無尽に操りながら、ブログで自身の博識をひけらかすという芸当も全く自信はない（別に今、誰に向かって書いているかもわからないので、言い訳する必要もないが、やはり、発信する以上は、記録も残るし、知ったかぶりする恥ずかしさも耐えられないし、内容にIntegrityを持ちたいので、言い訳しています）。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">さて、本題に入ると。　私は中学・高校性の頃は、あまり価値判断を加えず、いろいろな本をつまみ読みした覚えがある。　観念論とか唯物論とかいろいろあったが、初めて、結構インパクトがあったのは、やはり実存主義だと思う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">キエルケゴールなのか、サルトルなのか、誰からの感化かも覚えていないが、つまり、私の理解の仕方はこうだ。人間の存在意義を問うことも良いが、一度そうした態度を白紙にしてみるがよい。 それでもおまえは存在しているだろう。 だから、存在している目的を問うのでなく、存在している、という出発点に立った上で、お前は命がある限り、何でもできるんだぞ。　このような励ましをどこかの本から受けた記憶がある。　</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">実存主義の解釈は間違っていたら、直して頂きたいが、そのように解釈していた。おそらくGoogleで今、言葉を検索すれば、正しかったかどうか、確認することもできるのだろうが、そうしたお勉強は、また別の時にして反省もして、レベルアップに努めるとして、今は徒然と書かせていただく。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかしだ。 しかしだ。 このことは、実は、人は何のために生きるのかについて、解答を放棄しているのだと思う。　ところで、これに関連して、明石屋さんまの座右の銘として「生きているだけで丸儲け」、というようなことを彼が言っていたのを思い出す。　この考えも、実存主義に近いのではないかと思った。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">おそらく、日本の現代社会の欧米化が浸透していく中で、従来の地縁・血縁・職縁を気にしながら生きていった時代から、ポコッと抜け出て、型破りな生き方を志向した人は、今はたくさん増えてきていると思う。そういう人たちは、実存主義的な諦観と前向きな気持ちで人生を駆け抜けていったのだと思う。　しかしだ、私はそのような割り切りは出来なかった。　そう、そういう思想に刺激を受けつつも、やはり生きる目的を問い続けたのです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">書けば、書くほど、いろいろ思いつくことも出てくるが、もう夜遅いので、今日はここで止めます。</font></p><p><font size="2">それでは。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/38yearsold/entry-10029987982.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Apr 2007 22:08:41 +0900</pubDate>
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<title>38歳からの哲学</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">ことの始まり</font></span></b></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">マクルーハンから、突然インスピレーションをもらった。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">どうやら、私が日常でなんとなく思っていたこと、昔、こういう学問を研究している人がいるのか、疑問に思っていたことの謎が少しとけたように感じたのだ。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"></span></p><p><font face="Century" size="1"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">それは何なのか、今、理論的に答えることができない。だから、マクルーハンを勉強してみようと思う。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">もちろん、経済的な実利も意識したこともある。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">仕事柄、次のインターネットビジネスの行方に目を光らせたい、洞察を世間に示したいと思っている。皆が次の一手が見えないから。先見性の発揮は、知的好奇心を奮い立たせる。でも自分にできるかな？</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><br><font size="1"><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">とにかく、今日はもう遅いので寝ることにする。</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">あまりペースは急がないし、内容もジャンルを狭めるつもりはない。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">とりあえず、初めてのブログ発信体験ということで、満足するとしよう。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="1">おやすみなさい。</font></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/38yearsold/entry-10029895441.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Apr 2007 23:10:30 +0900</pubDate>
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