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<title>トンネルを抜けたら青空</title>
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<description>暗いトンネルは早く抜けた方がイイ♪私が抜ける過程から何かヒントを掴んで頂けたら、と思い数々の経験をぶちまけますね(^^)v</description>
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<title>行方不明　その８</title>
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<![CDATA[ <p>二度目の行方不明から何日が過ぎたのでしょうか</p><br><br><p>義兄から電話がきました。</p><br><br><p>「確かめてはいないが居場所らしきものがわかった」</p><br><br><p>なんだかイヤな予感がしました。</p><p>それがなんなのか次の言葉で気がつきました。</p><br><br><p>「実は母さんが余計な事したらしい」</p><br><br><p>会社名等は出せませんが</p><p>そこが嫌で逃げ出し行方までくらましたのに</p><p>あろう事か同業の営業マンが自宅に来た際に</p><p>夫の話をしてしまい就職をさせてもらうことになったというんです。</p><br><br><p>考えてもみてよ</p><p>親の話だけで「はい、いいですよ」って会社、ありますか？</p><br><br><p>昔からの知り合いでもなければ</p><p>見ず知らずの家に飛び込みで営業に行った先の息子</p><p>しかも４０も過ぎて会社を辞めて無職の人</p><br><br><p>とにかく、その営業マンに託したという訳です</p><br><br><p>義兄は実の母に矛先が向かぬ様に</p><p>懸命に牽制をしていました。</p><br><br><p>挙句に言った言葉は</p><p>「俺らの弟だけどお前の旦那なんだから自分でなんとかしろ。</p><p>コレ以上は知らない」</p><br><br><p>呆れてしまいました。</p><p>確かに言ってることは間違いじゃないです。</p><br><br><p>内心思いました。</p><p>「別れてしまえば私は他人。</p><p>でも貴方たちには一生、家族だわ」と。</p><br><br><p>この時の就職（と言えるのか）は私たちを</p><p>窮地へと追い込むものになったのです。</p>
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<pubDate>Mon, 13 Oct 2014 08:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明その７</title>
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<![CDATA[ 義兄の家を出た夫の行先は<br>全くわかりません。<br><br>義兄に実家を確認してもらいましたが<br>行ってる気配は無し。<br><br><br>この頃だったと思います。<br>私は家裁での調停を申し立てていました。<br>電話にもメールにも応じないし<br>とにかく家に戻ってこないのでは<br>どうすることも出来ない。<br><br>あらゆる機関に相談した結果、<br>身内を入れずに家裁で話し合うのが<br>良いのではないか？との<br>アドバイスを受けての事です。<br><br>私は知らなかったのですが<br>離婚だけじゃなく<br>和解の為の話し合いの場として<br>申し立てる事が出来るんですね。<br><br>もう夏も近い頃だったと思います。<br><br>小学校の運動会は父親不在で行きました。<br>初めての父親が居ない運動会でした。<br>この時は「今年だけ」と思っていたので<br>寂しさとかはなく、むしろ気楽さを<br>感じていましたね。<br><br>そして私の実家では(別の土地)<br>父親が明日をも知れぬ病状で入院を<br>続けていました。<br><br>見舞うことすら出来ないなんて、<br>と考えては腹が立つ毎日。<br><br>親子で見舞いに行くには<br>交通費だけで５万はかかります。<br>その上、家のある田舎ではなく<br>大病院がある隣の市に<br>入院していたので<br>宿泊費も必要でしたから、<br>とても行けません。<br><br>その状況のなか、辞職したり家出したり<br>できる夫が私には理解出来ず、<br>怒りしか湧いてこないのです。<br><br>一体、何を考えてるんだか<br><br>全てが恨めしく<br>腹立たしいとしか思えない。<br><br>私が何をしたの？<br>不平不満があれば<br>言えばイイのに。<br><br>こんな事して無抵抗な子供まで<br>困らせて何が楽しいのか。<br><br>怒りと恨み<br><br>私の心は崩壊寸前でした。
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11936892862.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Oct 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明その６</title>
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<![CDATA[ 義兄の家に身を寄せた夫が<br>何を考えていたのか<br>今となっては知るよしもないですが<br>義姉には毎日のように電話をし<br>連絡を取っていました。<br><br>それでも特に代わり映えのない<br>状態が続いているのと<br>特に進展をみせる気配がないことで<br>私から電話をするのは控え始めたのです。<br><br>何せ、お任せした以上、家に戻すのも<br>直接会うのも義兄の判断を待つしかない、<br>そう思っていました。<br><br>当初はハローワーク等の話をしたり<br>なんとか「まともな生活」に向かうよう<br>促してみたりもしたようですが<br>ある日義兄からの電話で<br>「あれはナニを考えてるんだ？<br>俺はもう話をしたくない」と言ったんです。<br><br>私にはわかります。<br>本当に時として全てが的から外れた話に<br>なることがあるんです。<br>正直、イラッとします。<br><br>兄弟でさえ理解出来ぬ夫の行動。<br><br>それでも義兄なら何とか　<br>話をしてくれる。<br>義兄の話なら聴く耳を持つはず。<br>と僅かな望みを持っていました。<br><br>そんな毎日をおくっていて<br>二週間ほど連絡が途絶えたので<br>久しぶりにこちらから<br>連絡を入れたときのことです。<br><br>電話の向こうで義姉の明るい声が<br>「１週間前に出て行ったわよ」と。<br>私は「どこへ行ったんですか？」と<br>当たり前のことを訊ねる。<br>「てっきり(私の住む家に)帰ったと思ってた」<br><br>それならそれで、連絡くれても良いだろう<br><br>私は思いましたが口には出しませんでした。<br>そんな事より又、振り出しに戻ったのです。<br>そして今度は義兄からの電話にも<br>恐らく出ないでしょうから<br>探すのは困難だろうと予想出来ます。<br><br>憤りやら失望やら空しさやらで<br>私の頭の中は飽和状態です。<br><br>のちに「よく倒れませんでしたね」と<br>言われたけれど、何故かしら<br>自分が弱るような事はありませんでした。<br><br>はたから見たら何も変わらない毎日に<br>見えていたようです。<br><br>再度「行方不明」となった夫。<br><br>ここから私には信じられない展開が<br>待ち受けていました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11935543256.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明その５</title>
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<![CDATA[ <p>夫が帰らなくなって何日が過ぎたか忘れましたが</p><p>携帯の充電がされていることが</p><p>生きている証拠と思い、とにかくメールは</p><p>送り続けました。「連絡が欲しい」ことと</p><p>「帰っておいで」との二点を繰り返し。</p><br><p>全く返信がないので私は義兄にお願いすることにしました。</p><p>家に帰っていないことは知らないふりで</p><p>夫を呼び出して欲しい、と。</p><br><p>義兄は割と夫と連絡を取り合うことが多かったので</p><p>不自然ではなかったのです。</p><br><p>ただ、辞職や家でのことを話題にすると</p><p>警戒して呼び出されても姿は現さないと思ったので</p><p>別な用を作ってもらいました。</p><br><p>義兄も「まずは話を聴いてみる」と言ってくれたので</p><p>お任せすることにしました。</p><br><p>作戦は上手くいき夫は義兄の家に現れました。</p><p>私は義兄の提案でその場には行きませんでした。</p><br><p>義兄から電話が来て</p><p>「今は何を言っても無理だから暫くウチに預かる」</p><p>そう言うのです。</p><br><p>私も義兄の家なら問題はないと思ったし</p><p>何より生きていたことにホッとしたので</p><p>お願いすることにしました。</p><br><p>これが思わぬ展開を生み、夫の実家との</p><p>完全なる決別となろうろは思いもしませんでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11935017613.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Oct 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明　その４</title>
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<![CDATA[ <p>来る日も来る日も携帯に電話し</p><p>メールを送る日が続きました。</p><br><p>数年前、弟が東京の大学に通っていたとき、</p><p>同じように連絡が取れなくなってしまった事がありました。</p><br><p>両親が心配して私に泣きついてきたので</p><p>警察に届けた時に</p><p>「基本的に成人が行方不明の場合は捜索は行わない」と</p><p>言われました。</p><p>事件性がない限り自分の意思で行動していると</p><p>思われる訳です。</p><br><p>その際、興信所に相談したのですが</p><p>とても親切な方で「捜索費用は莫大なもの」なのでと、</p><p>仰って探すコツを教えて下さいました。</p><br><p>ま、弟は無事に見つかり首根っこ捕まえ実家へ</p><p>送り返しましたが(笑)</p><br><p>そのことがあるので警察には届けませんでした。</p><p>ただ数日が経過していても携帯が通じていることから</p><p>連絡手段を絶とうとしていないことが伺えます。</p><br><p>今のうちに見つけ出さなければ、と気持ちは焦りますが</p><p>探す手立てがない。</p><p>おまけに自由には動けない。</p><br><p>この時も興信所に相談を試みました。</p><br><p>やはり費用がかなり高額になるので</p><p>自分で探すことを勧められます。</p><p>その際に的確なアドバイスもつけて下さいました。</p><br><p>そして有難い事に</p><p>「ご家族皆さんを集めて下さい。皆さんで探した方が早い。</p><p>その方法をご説明しますから」とまで言って下さいました。</p><br><p>夫の辞職の際の散々な言われように、</p><p>連絡を避けていた義父に電話を入れました。</p><p>夫が行方不明であることを告げ</p><p>搜索に協力して欲しい旨を説明すると</p><p>「なんの為に探す？大人なんだから必要ないだろう」との言葉。</p><p>確かにそうかも知れないけれど</p><p>状況的には楽観出来ない要素もあり日にちも経ちすぎている。</p><p>生存の可能性があるうちに見つけたい、とお願いしたのですが</p><p>「必要ない」の一点張り。</p><br><p>この時、夫が実家に身を寄せていたのであれば</p><p>この言葉も頷けますが、行ってはいませんでした。</p><br><p>それでも、この対応です。</p><br><p>やはり電話するんじゃなかったと後悔しましたが</p><br><p>そんな人に惑わされている場合じゃないので</p><p>興信所の方にその旨を連絡。</p><p>「そんな対応は初めて」と驚いていましたが、まずは</p><p>探すことをしなければ・・・・</p><br><p>頂いたアドバイスを参考に乗っていった車を目印に</p><p>所持金は多くないしカードは持っていないことから</p><p>昼間は郊外のパチンコ店の駐車場、</p><p>夜はネットカフェの駐車場、と可能な限り探してみました。</p><br><p>これもまた雲を掴むような作業で</p><p>正直、虚しさだけが募るのでした。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11934244671.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Oct 2014 12:10:15 +0900</pubDate>
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<title>行方不明その３</title>
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<![CDATA[ さすがに数日、帰宅しないのは<br>普通ではないです。<br><br>携帯は通じてはいるものの<br>全く応じてはくれず<br>何をしてるかは解りません。<br><br>勤務先に電話をいれたのは<br>何日間経過していたのでしょうか<br><br>返ってきた答えは「辞めました」<br>でした。<br><br>しかも「御主人には期待していたんですが<br>ガッカリです。全く奮わない」との言葉。<br><br>「うちとは、もう関係ないんで」と<br>言われ終わりました。<br><br>きっと毎日が針のムシロの様な<br>感じがしていたと思います。<br>それでも行き続けたのは<br>他に考えつかなかったのでしょうね。<br><br>真面目で誤魔化す事が出来ない人ですから<br>適当な理由をつけて休み<br>職探しでもすりゃあイイのに。<br><br>とにかく行方不明となったのは<br>間違いなかったのです。<br><br>この時点では夫の実家には<br>知らせていませんでした。<br><br>それと言うのも<br>突然の辞職の際に散々な言われ方を<br>して私は無駄に腹を立てることが<br>重なったので、夫の辞職に関する事は<br>一切、相談しないと決めていたから。<br><br>そして、このあとも夫の親、兄弟からは<br>耳を疑う言葉を浴びせられることに<br>なります。<br><br>いろんな人が居るのは解っています。<br>それにしても、あまりな言葉に<br>涙も出ず、存在を忘れる事で<br>自分を守ることしか思いつきませんでした。<br><br>全く連絡がつかないまま<br>時間だけが過ぎていく、そんな毎日。<br><br>子供達は相変わらず明るく元気でした。
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11930271093.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Sep 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明その2</title>
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<![CDATA[ 帰ってこなかった朝。<br>何故か私は慌てることもなく<br>淡々と何も変わらぬ朝を過ごしました。<br><br>心のどこかで予感してたのか<br>それとも毎日の生活で「いっぱい、いっぱい」で<br>他の感情を受け入れる余裕は<br>なくなっていたのか<br>とにかく何も感じなかった。<br><br>その時は、もう二度と一緒に暮らすことは<br>なくなるなんて思ってなかった。<br><br>でも流れに逆らう気持ちもなかった。<br><br>とにかく私は目の前の子供を<br>守ることしか考えてなかった。<br><br>この時、我が家の家計は食べる事が<br>優先で家のローンなど全く<br>払えなくなっていました。<br><br>生きる、って<br>こう言うことなのだと<br>ジワジワと思い知らされるかのような<br>毎日を送っていたのです。
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11929828011.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Sep 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明</title>
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<![CDATA[ 何時に帰るかわからない日が<br>どれだけ続いたのでしょうか？<br><br>就寝時間はかなり遅い私でも<br>起きてるうちに夫が帰ることはなく<br>顔すら合わせないようになりました。<br><br>そんな事が続く中、二度目のお給料日<br><br>信じたい気持ち半分<br>諦めの気持ち半分<br><br>何事もないような顔で<br>平気でお給料明細を渡されたので<br>自信の持てる結果だったんだ、と<br>ホッとして見てみると<br>そこには試用期間の約束された金額が。<br><br>貴方は何の為に「念書」なんて書いたの？<br>確かに人間だもの努力しても無理な事も<br>あるでしょう。<br>だったらだったで何か一言あっても<br>良くはないでしょうか？<br><br>一応、問いただした私に夫は<br>「念書なんて知るかっ！もう何の約束もしないからな！」といい放つのでした。<br><br>一体、この人はどうなってるの？<br>何がしたいの？<br>家族を支えてる自覚あるの？<br><br>この時の夫は「なんで自分が働いて<br>食わせなきゃならないんだ」との<br>思いでいたのだと思います。<br><br>とにかく何もかも嫌で<br>逃げ出したいやら投げ出したいやら。<br><br>そして、とうとう帰ってこなくなりました。<br><br>忽然と姿を消したのです。<br>にげ
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<pubDate>Wed, 24 Sep 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>帰宅</title>
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<![CDATA[ 今にして思えば、<br>家に帰ることは苦痛以外の<br>ナニモノでも<br>なくなってしまったのでしょうね<br><br>以前の会社での生活も<br>帰宅時間は予測がつきませんでした。<br>それでも何とか<br>子供達が起きてる間に<br>帰宅しようと<br>1分でも早く帰ってこようと<br>していました。<br><br>が、あの頃の夫は<br>まるで皆が寝静まるのを<br>待つかのような帰宅時間。<br><br>もちろん遊ぶお金など<br>有るわけもなく<br>後になって会社に聞いたのですが<br>毎晩、同僚の家で過ごしていたようです。<br><br>朝方帰宅して私達が<br>起き出す前に出勤する毎日。<br><br>正直、私も顔を合わせないのが<br>楽でした。<br><br>とにかく生活の安定だけを望み、<br>実家の父を案じ<br>私も神経がすり減って居たと<br>思います。<br><br>誰一人として気にかける人は<br>いませんでしたが。<br><br>あの頃の事は思い出すと<br>何もかもがイヤです。<br><br>状況も心境も何もかもです。<br><br>救いは何も変わらない<br>子供達の笑顔です。<br><br>今だから、つくづく思います。<br>子供達が居てくれて良かったと。<br><br>ですが、この後、<br>子供達にも問題が起こります。<br><br>
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<pubDate>Tue, 23 Sep 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>すきま風</title>
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<![CDATA[ 日に日に様子が変わっていく夫<br>その頃の私は気遣う余裕は<br>ありませんでした。<br><br>自分が「良かれ」と思って<br>起こした行動<br>「良い方向」へと向かわないのは<br>おかしいのでは？<br><br>そこに気づきもせず<br>ただ、自分には不向きなことに<br>心身をすり減らす日々<br><br>責任感からか意地なのか<br>はたまた、現実を知ったが故の<br>諦めなのか<br><br>とにかく毎日、仕事には向かうが<br>夜、帰宅する時間が遅くなって<br>いくのでした。<br><br>結婚して15年、寄り道など<br>したことない人が<br>何時に帰ってくるか<br>わからない生活になりました。<br><br>寂しいとか悲しいとかは<br>全く思いません。<br>ただ、情けない、と<br>思っていました。<br><br>繰返しになりますが<br>より良い人生の為に<br>転職を決めた人間が<br>以前より「悪く」なる方向へ<br>進むなんて<br><br>なんの計画もなく<br>いきあたりバッタリの選択<br><br>この「人生の賭け」は<br>あまりにも失うものが大きく<br>大切な人間に大きな犠牲を<br>押し付けることになるとは<br>私は思いもしませんでした。<br><br>が、夫はわかりません。<br>元々、人の痛みには鈍いので<br>もしかしたら今でも<br>犠牲にした事には<br>気づいていないかも<br>知れません。<br><br>その根拠はずっと読んで頂ければ<br>判明すると思います。<br><br>確かに私も冷たいかも知れませんが<br>温かい気持ちになりようがない、<br>そんな毎日を送っていました。
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<link>https://ameblo.jp/39714/entry-11928358570.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Sep 2014 07:00:00 +0900</pubDate>
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