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<title>母とともに…双極性障害を考える</title>
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<description>こころの病気の母に付き添う中で感じたことを少しずつ綴っていこうと思います。目に見えない病気であることから、本心とは違う受け止め方をされることが多く感じます。読んだ方が一緒に考えたり、参考になっていただけたら幸いです。</description>
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<title>言うことを聞いてくれない</title>
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<![CDATA[ 元々、母は頑固なところもありました。<div>だから、自分がこうだと決めたことは曲げないし、こちらの方が正しいはずの事でも、絶対正さないことがありました。</div><div>なので、私はよく不道理な流れになることが嫌で母とは喧嘩をしました。</div><div>だから、病気の症状とはなかなか気づかず、喧嘩をとことんやれば相手も理解して折れてくれると思っていたのです。</div><div>若かったからね…。</div><div>とにかく、自分が決めたことや思ったことは押し通すのが、性格でもあり、また病気でもあるのです。</div><div>この境い目は、未だに判断が難しいと思っていること。</div><div>この時期はまだ、双極性障害であることは知らなかったので、余計、言葉で攻めればなんとかわかってくれると思い込んでいたし、わかってくれないと、どうしたら理解してくれるのか、次の戦略方法を考え、乗り切る手段を考えていました。</div><div>だから、体調が少しよくなれば薬も飲まなくなるし、病院も行きたがらない….。</div><div>薬を飲み切らないまま、次の受診日を迎えることになるのです。</div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 21 Sep 2017 19:56:02 +0900</pubDate>
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<title>働いたら？</title>
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<![CDATA[ 仕事というのは、母にとって、結婚後にやりたいことではなかったと思います。<div>周りの配慮や本人のこだわりもあり、基本働かずに子育てをしてきました。</div><div>そんな中、娘たちが働いた方が良いと口にしました。私たちは、子育てに手がかからなくなった母に新たな人生を歩んでほしいと思い、そのように言ったのですが、母は娘たちが働けって言うものだから…と言いながら、それでも楽しんで働いているように見えました。</div><div>下着や化粧品の訪問販売は、職種として向いていました。元々社交的はタイプなのでお客様も増えていきましたが、訪問時間が夕方に集中し、夕食の時間が遅くなり、家庭に影響することを気にするようになりました。</div><div>それから間もなく、身体の調子を崩し、訪問販売への仕事のペースは落ちていきました。</div>
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<pubDate>Mon, 21 Aug 2017 01:27:23 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち</title>
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<![CDATA[ 私たちには、父親がいません。<div>私が幼稚園の頃、父はテニスをやっていて、ボールが目に当たり怪我をしていました。またその間も無く家が水害に遭い、新婚時建てた家には住めなくなり、仕事以外の負担が2重に膨らむ事態が起きていました。</div><div>そして水害から数ヶ月、突然身体の不調が起きそのまま帰らぬ人となったのです。</div><div>残された母は、子どもたちを支えるために、そうとうの心労があったかと思いますが、子どもたちを鍵っ子にしないように…、どうか人並みに暮らせるよう一生懸命だったかと思います。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">母は、特別働きませんでした。父親の残したものや公的な支えで生活をしていて、常に家にいました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そんな母に、そろそろ自由にしたら？と言ったのです。</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ムスメに言われたからか、喫茶店のレジ打ちのパートや下着や化粧品の販売など、”働く”ということを随分してからやり出しました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">結婚する前も、事務職をやった経験はありますが昔は”お茶汲み”と言われるような一般職のようでした。家は家具屋で住み込みのお手伝いさんがいたりして、お嬢さん的な育ちであったため、花嫁修業なども一通りやり、苦労することなく育ちました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ですから、小さな子どもを残し突然大黒柱を失ったことはかなりの衝撃であり、どうしたらよいか途方に暮れる出来事だったかと思います。</span></div><div>そんな中、子どもたちが社会人として巣立ち、ご飯は外で友だち食べる…、小遣いはもう要らない…というさりげない行為は母にとって淋しいものであったでしょう。</div><div>妹がそんなことを言うようになった時、私は何となく後ろ姿が小さく感じたのでした。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/3mogu/entry-12296303604.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Jul 2017 13:40:19 +0900</pubDate>
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<title>最初の診断</title>
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<![CDATA[ 母の様子は、先に述べたこと以外は日常生活に支障を感じるほどではありませんでした。<div>母自身の体調は、家族とは言え正確には把握できません…。</div><div>病状というのはそもそも本人しかわからないもので、常に知ろうと推測をし、病院に行っていれば医師の診断を軸に家族としてどう行動をしたらよいか考えるのですが、メンタル系の病気の場合、血液検査やレントゲンにはデータとして出ないので、家族としては病気の様子を知ることが難しく、介護する人はみなそんなことに少なくても悩まされるかと思います。</div><div><br></div><div>医師からは、”更年期障害”と言われていました。</div><div>アラ50ならば誰でも起こりうる事で、症状には個人差があるから、同年代の母の知り合いのおばさんたちに様子を聞いても、”まあ、みんなあることだからそのうち良くなるよ…”と言われるのが常でした。</div><div>そんなこともあり、そのうち…そのうち…がおまじないの言葉となりました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/3mogu/entry-12294237696.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jul 2017 15:02:46 +0900</pubDate>
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<title>信じる</title>
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<![CDATA[ 母が少し変なこと言っている…とは思うものの、産まれて20年、人並み…ごく普通に育ててもらったと思っている。<div>その自分の人生経験から、母のことをそうは簡単には疑わない。こんな時、子は母を信じるのです。</div><div>”なぜ皇室の方が家に来るのか？”訊ねてみると、言葉巧みに言いました。</div><div>”家の家系はね…あの人は何の役をやってる、この人は何に貢献した人だとか…、私のわからない遠縁まで遡り、ペラペラと語り出しました。</div><div>その話は、人のスキを見せず、実に巧妙な話しっぷり、元々話好きで社交的は母でしたから、その話し方は少し調子づくようには感じるものの、内容を疑うというよりは、知らなかったことを初めて聞いたもの珍しさに引き込まれるような思いの方が強いのでした、</div><div>という事で、半信半疑ではあるものの、もしかすると、妹は本当にお妃候補になるのかもしれないと信じる自分がいるのでした。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/3mogu/entry-12291197786.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Jul 2017 22:31:56 +0900</pubDate>
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<title>おかしいな⁉︎</title>
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<![CDATA[ 28年前、妹が就職したころからから母の体調変化が始まりました。<div>2人の娘は、同居をしていたにも関わらずその変化に母気づきませんでした。</div><div>娘たちが気づく半年ほど前、母自身は何らかの変化を感じ叔母と共に神経内科へ受診をしていたようでした。</div><div>私たちは、母が通院をしていたことをしばらく知らなかったのです。</div><div><br></div><div>娘たちが、ん？と思ったのは、ある日の母の会話の内容でした。</div><div>”皇太子のお妃候補に次女が上がったよ！”</div><div>と言ったのです。</div><div>ちょうど、テレビの情報番組では、皇太子殿下のお妃選びが毎日のように報道されている時期でした。</div><div>ちょっぴり興奮した様子でしたが、特別変だとは思わず、”まあ、冗談でしょ！テレビの見過ぎ”と軽く言ってその時を過ごしました。</div><div><br></div><div>しかし、それだけでは終わりませんでした。</div><div>当時、陽当たりの良い場所に物干し台を庭に出し、洗濯物を干していました。</div><div>それを突然、奥の日の当たらない場所に引っ込めたのです。</div><div>”どうして物干し台の場所を変えたの？”と聞くと、”皇室の方が家の様子を見にくるからちゃんとしないと…”</div><div>初めて、何か様子が変かな？と感じたのでした。</div>
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<link>https://ameblo.jp/3mogu/entry-12287764165.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jun 2017 15:11:00 +0900</pubDate>
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