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<title>歴史の言葉</title>
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<description>社会へのつぶやき</description>
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<title>ベーシックインカム</title>
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<![CDATA[ <p>１０万円か１５万円。　一定金額を国民すべてに支給して、国民生活の基礎とする。</p><p>個人の稼ぎと合わせて収入として課税すれば、一般国民に支給した分は税金として回収されて、収入の不足した国民には救済金となる。</p><p>個人間格差是正の出来ない現政治では、国民救済の究極の方法論として論じられている。</p><p>国民への基礎生活費支給などは、国民の仕事への意思を削ぐことにはならないか等の批判につながるが、課税の率等を調整して稼ぎの増収分への負担を軽減するなど、仕事への欲求を削がない様の工夫も考えられる。</p><p>又、女性のパート収入などは家族単位の収入と合算された課税により、増収分への社会費用（保険料）負担が課せられ、一定金額を超える収入を嫌い、仕事量を調整する姿勢が多く見受けられるが、労働力不足の一因と考えられている。</p><p>女性のパート収入への課税を個人単位で賦課する方法論などと組み合わせて収入制限を撤廃し、女性の社会進出を促す働き方改革へとつなげる構想も論じられる。</p><p>&nbsp;</p><p>問題は財源であるが、格差による収入不足が救済福祉の対象となれば、福祉の費用は増大の一途をたどる事になりかねない。格差社会の怖さを心配する時、一番に頭をよぎるのが福祉費の増大である。</p><p>ベーシックインカムを基本として、一般福祉費との調整をする事で、大きく違わない予算に止める事が出来るのではないか。</p><p>役に立たない学究者にも、時間を無駄に使っていないで研究してみてもらいたい。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12806329414.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Jun 2023 00:59:55 +0900</pubDate>
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<title>少子化対策国債</title>
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<![CDATA[ <p>朝日放送５/27の『朝まで生テレビ』は、女性国会議員を集めての討論会であった。</p><p>布団に入って眺めていたので、出席議員の顔も名前も確認できず、発言者の特定は出来ないが、印象が悪い。</p><p>その中で発言のあった、少子化対策国債発行論を取り上げて、その是非を考えてみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>発言者理論は、少子化対策国債を発行して財源を確保し、子ども増加の政策を図る。</p><p>増加した人口の納める税の増収分を国債償還に充てるので財源の問題は無いという事だ。</p><p>人口増加による税収（所得税）の増加分は一般財源として徴収される。</p><p>金に色はつかないと言うが、一般財源の増収分を少子化対策による増収分と配分して、国債償還に充てる事が出来るのか？</p><p>国債発行は基本、建設国債しか認めておらず、インフラ整備によって揚がる税収を国債償還に充てる建前になっているが、それさえも他に流用して償還を遅らせ国債を累積してきた結果が１０００兆の負債となっているのに、一般財源の中にまぎれた税の増加分を、適切に国債償還に回せるというのか。</p><p>この女性議員は、これまでの税の分配、国債償還の実態を知らずに発言しているのか、それとも理論上の話として発言しているのか。　どうせ議員の一人としての存在感を表明するための発言だろう。</p><p>寝ぼけて聞いていても、そんなことが出来るものかと思う様なことを平然と発言している。</p><p>&nbsp;</p><p>少子化とは、国民が子供を産まなくなったという事だ。</p><p>なぜ産まなくなった？</p><p>国民生活の展望が不安定で人生設計が出来ずに、結婚出産の道が遠いているのが現状ではないか。</p><p>国際化に遅れないために働き方改革をしますと言って、労働力の流動化を謀り、仕事に就くものとあぶれるものとを作った政治が、手当をつけますので子供を産んでくださいと叫んだところで、明日の生活の行方の知れぬものの耳に、希望に届くものか。</p><p>国民の格差是正が先決の課題だ。　国民間に格差をもたらしておいて、その是正解決が出来ないから、手当を支給しますので子供を産んでくださいと言って、少子化対策に反映するとは思えない。</p><p>女性議員の発言に軽さを感じるのは私の見方が偏っているせいか？</p><p>クオーター制、ハーフ制と、女性議員の割合を増やす事ばかりが指摘されるが、議員の選任は議員の実力を基本とするものではないのか。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12805497778.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Jun 2023 02:00:31 +0900</pubDate>
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<title>放送法</title>
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<![CDATA[ <p>放送法問題がニュース上に高市総務大臣国会答弁の映像で流れて時間が経つが、未だにニュース性を失わず報道上に登場している。</p><p>偏向性を持たない公平な報道の現実性の問題ではないか。</p><p>このような法の実効性が問われているように感じる。　報道上の偏向性の証明、不公平不平等の定義など、評価、判断基準を明示できなければ結論は平行線をたどる。</p><p>&nbsp;</p><p>戦後日本に公平な報道、言論のあった事が無い。　為に現在の日本の低下を招いていると</p><p>嘆く私の目には、役にも立たない法で時間つぶしをするなとの怒りがこみ上げる。</p><p>繰り返すが、戦争を招く軍隊はいらないという偏った発言に振り回され、国民の安全保障がおざなりにされてきた。　数えればきりのないリベラル発言の偏向性を正すことを怠り、国の政治を歪めてきた日本ではないか。</p><p>今更役にも立たない議論を蒸し返していないで、まっとうな政治に向かってはくれまいか。</p><p>民主主義というのは、手続きを要する面倒くさい方法論だ。</p><p>しかし、専制政治の危険から政治を守るために選択した民主主義なら、その有効性を論じて効率化を図るべきであった。　そのための研究機関である学術界がこぞってリベラルを名乗り、偏向性の中に身を置いてきたため、日本においては未だに戦後７０年変わらぬ無様を呈している。</p><p>無様とは、持ち寄った議論を審議して合意を形成し、優先順位をつけて国の方向性を正す作業性を持たない現在の政治状況を指す。</p><p>意見を持ち寄って議論を重ね合意を形成するなど出来るものか。　それぞれ有権者との約束を持ち寄っている。　簡単に自分の意見を曲げることなど出来ない。　合意形成などと出来もしない事を軽々しく口にするな。</p><p>当然の批判の声が聞こえてくる。　私の内からの声がそう叫んでいる。</p><p>だから民主主義手続きは面倒なのだ。　だから政治は出来ませんでは国が成り立たない。</p><p>その成り立たない政治を、戦後７０年に続いてこれからも続けるか？</p><p>難しいのではない。　有権者の票集めに徹してきた政治構造にメスを入れて、政治家の資質向上を図る方法論を構築するしかない。</p><p>７０年という長い時間を、自己利益に向けてきた政治言論界を揶揄するのは、彼らが日本への貢献を果たさず、時間を無駄にしてきたからだ。</p><p>７０年、議論の効率化を含めその合意形成の方法論を試行錯誤していれば、日本の民主主義も成長していたはずだ。　頭を使わない学者集団はいらない。　</p><p>日本の大学の在り方を批判する基もここにある。</p><p>７０年間日本の議論の在り方に疑問を持ち、日本の議論の成長を夢見てきた。</p><p>馬鹿を淘汰する議論の在り方くらいは身に付く時間ではなかったか７０年は。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12804379759.html</link>
<pubDate>Wed, 24 May 2023 14:03:18 +0900</pubDate>
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<title>マイナンバーカード</title>
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<![CDATA[ <p>今朝（5月１４日）の報道で、橋下徹さんがマイナンバーカードの必要性を訴えていた。</p><p>賛成だ。</p><p>チャットGPT、AI,マイナンバーカード。　安全性の不確かなものは認めない。</p><p>安全確保が出来てからやりましょうとはいつの話だ？</p><p>この国の人間に、安全確立が出来るのか？</p><p>&nbsp;</p><p>世界は便利なものを使って進歩していく。その流れを止めていては日本は遅れる。</p><p>一国主義で日本は生きられない。　世界と競って生活を維持しているのに、日本は日本のやり方に固執していて競う能力を発揮できるか？</p><p>不具合は生じる。　その不具合に引きずられるのか、克服の道を選択するのかの時代にある。</p><p>&nbsp;</p><p>行政の合理化は国の課題だ。　しかし全てが整うのを待っていては先に進まない。</p><p>何でも安全、安心を唱えて自己満足に浸っているのが、この国の人間であり、政治の流れだ。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12804007634.html</link>
<pubDate>Sun, 21 May 2023 22:41:30 +0900</pubDate>
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<title>校則</title>
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<![CDATA[ <p>校則を有難いと思ったことはあっても、邪魔に思ったことは無い。</p><p>只、学校側の隠れ蓑ではないかと疑ったことはある。</p><p>校則は公平平等に適用されているか、学校に生徒の安全と安心は確保されているか。</p><p>つまり、学校の責任逃れに過ぎないのではと疑ったことはある。</p><p>学校は何のために行かなければいけないのか？</p><p>学校は、知識の伝達機関に過ぎない。　現在なら塾に通えば事足りる事になる。</p><p>教育とは、人を育てる事だ。　この学校に通って役に立たないと見切りをつけたのは50数年前、中学３年の時だった。　卒業証書だけが役に立つので、高校には卒業証書をもらいに通った。</p><p>いいじゃないか！　学生服を着て坊主頭なら皆と一緒。</p><p>顔と一緒につるりと頭をなでれば朝の支度は終わり。　朝出がけの忙しい時間に、思い迷うこともない。　姉たちは、朝必ず鏡の前に座っている。　かわいそうに。</p><p>&nbsp;</p><p>校則には、見つかったらいけないことが列記してある。</p><p>その分に注意して暮らせばいいだけの話だ。</p><p>大体、校則を気にする学生が存在するのか？</p><p>小学生のころから、校則を気にしたことが無い。</p><p>映画はダメ、単独の外食はダメ。</p><p>小遣いの関係で映画館にしか行ってなかったが、気にしたことも見とがめられたこともない。</p><p>学校に見切りをつけてからの高校時代は、山歩き、日本一周の旅とやりたい放題に暮らしていた。　行動範囲は停学を超えない事だった。</p><p>今では上申書の範疇という事に成ろう。</p><p>&nbsp;</p><p>校則は、身を隠してくれる。</p><p>範疇に身を置いておけば、まじめな学生さんで通る。</p><p>卒業単位の危うかった私は、数学の先生に相談したことがある。</p><p>君はまじめだから問題ないとお墨付きを貰った。　いい時代だったのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>単一教育は個性を潰すという大人がいる。　しかし、「私は個性のない役に立たない人間です」という大人の言葉を聞いたことが無い。　</p><p>校則ごときで自分を失うなどあり得ない。　あなたの頭の問題だ。　自己責任だ。</p><p>校則にかこつけて、学校と交渉事をして目立とうなど役に立たない事はやめておけ。</p><p>一つ注意をしておく。　規則違反は一人で行え。　ばれにくい。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12802662903.html</link>
<pubDate>Fri, 12 May 2023 20:42:49 +0900</pubDate>
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<title>国立墓地制度</title>
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<![CDATA[ <p>政治行政責任意識の低い日本では、土地管理問題が度々国民生活に影を落としている。</p><p>ゴミ屋敷問題、空き家問題、土地所有者の勝手な土地利用による環境悪化問題等々、国民、市民の被る被害が日本各地に発生して、人災につながる事故さえ起こすに至っている。</p><p>日本人の宗教意識、宗教儀式など信教の自由に任せるだけでは、核家族社会の人のつながりの希薄化の中、社会不安をもたらす事件の発生を引き起こしている。</p><p>北海道の宗教法人白鳳寺が経営破綻して、運営する納骨堂が競売に掛けられ、眠る遺骨が行き先を失っている。</p><p>10年、20年前より墓仕舞いのトラブルが社会問題となってきたが、問題の根は同じ事だ。</p><p>明治以前の定住社会を基盤としてきた宗教（仏教）形態は　、明治以降の移動生活者の増加と云う社会形態が変容して来ているにかかわらず、制度の見直しが行われないために起きている問題である。</p><p>政治行政が、国家の土地問題を国民の権利に任せっきりにして問題解決に当たらなければ、管理者の居ない放置墓が出てくる危険がある。</p><p>ただでさえ国民の不動産問題に介入しようとしない政治行政では、遺骨の眠る放置墓が出てきても、解決責任を放棄するのが見えている。</p><p>問題が起きる前に対策を講じておく必要を感じる。</p><p>簡単なことだ。　国が一括して納骨堂を管理する。各自治体とネットで継いで日本全国どこからでもアクセス出来る様にしておけばよい。</p><p>国民番号制なら簡単な事だろう。</p><p>親の遺体放置事件など、自分の家の宗教事情を知らない国民が増えたことによる。</p><p>住居地の自治体に死亡届を出せば葬儀から納骨迄済むようにしておけば放置遺体も無くなるだろう。</p><p>個人の墓地を否定する必要はない。　</p><p>墓の戸籍を作って定期的に管理報告を義務付ければいい。</p><p>報告の無い墓は、戸籍に基づいて国の管理とするよう制度設計すればいいだけの話だ。</p><p align="right">松尾洋</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
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<pubDate>Sun, 13 Nov 2022 17:48:59 +0900</pubDate>
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<title>敬老の日</title>
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<![CDATA[ <p>65才以上の老人が3500万人を超えるそうだ。　日本人口の３割越えという事で、日本経済の負担を醸す様の発言で責められている。</p><p>７０才以上の世代を団塊の世代と云う。　団塊の世代は日本国の経済をけん引する金の卵と持て囃された。　勤勉な労働者として、日本の経済を世界第二位に押し上げたのはこの団塊の世代だ。</p><p>　団塊の世代という言葉が在るのなら、団塊の老人の時代が来ることは分かり切っていたことだ。</p><p>使うだけ使って、年を取ったら邪魔だとは聞き捨てならん。</p><p>団塊の世代をなめるなよ！</p><p>しかし、現代人を教育してきた責任は団塊の世代にも在る。</p><p>リベラルを名乗って自己利益に走ってきた連中が、この国をけん引して失墜させてしまった。　その連中の中の団塊の世代が、学生運動で国の教育を損なったのは間違いない事だ。</p><p>責任は承知している。　責任を背負って発言を続けている。</p><p>&nbsp;</p><p>岸田政権の発する新資本主義を支持してきたが、最近その内容の貧弱さを感じて気持ちが後退して来ている。　岸田政権のブレーンは大丈夫だろうか。</p><p>小泉政権の竹中政策は、グローバル企業追随に終始して、結局日本資産（郵政民営化）の売り渡しに終わってしまった。　竹中さんは岸田政権のブレーンには入っていないと言っているが。</p><p>団塊の老人が邪魔ですと言う前に政治の方向性で、せっかくの力を無駄にするのではなく、国家の糧に使うくらいの計画一つ考えきれなかったのか。</p><p>常に批判するのは、日本の知識階級を任ずる連中の役立たずだった。</p><p>団塊の世代が年を取るまで、何の手を打つことなく放置してきた責任は彼らにある。</p><p>新資本主義があるのなら、国家資本主義があってなぜ悪い。</p><p>せっかくの老人を無駄に生存させないために、国家企業で使えるだけ使えばよかった。</p><p>それくらいの政治力もない貧相な日本社会の責任であって、我々年寄りだけの責任ではない。</p><p align="right">団塊の年寄り　　松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12765656112.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Sep 2022 16:16:56 +0900</pubDate>
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<title>コロナ医療逼迫</title>
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<![CDATA[ <p>コロナも第7波の感染拡大が始まって半月、もうコロナ医療が逼迫して救急搬送に5時間を要したなどのニュースが流れている。</p><p>コロナ感染が始まって3年、変異を重ねて7波目を迎えている。</p><p>今回は国の方針や対策の指針も聞こえてこず、7波拡大の始まりニュースに続く医療逼迫報道だ。　これでは終息を見ないコロナ禍に、政府もさじを投げたのかと映る。</p><p>&nbsp;</p><p>国民の生命、健康を預かる医療現場を保護するためには、厚労省による病院他、医療施設の質量のコントロールが必要だろう。病院を増やせとは言えない理由がここに在る。</p><p>感染症病棟は通常医療ではない為、常備しておくことはできないだろうが、感染症が発症した時の対策基本計画はあるだろう。　ましてコロナ感染症は3年目を迎える、経験済みの、経過中の対策である。3年間コロナ対策を担ってきた厚労省の動きが見えないのはおかしい。</p><p>民主主義は三権分立から成る政治体系だが、すべて立法府から説き起こして論じる事では無かろう。　これまでコロナ対策を担ってきた行政府、厚労省が対策の指揮を執るのが現実的流れだろう。　</p><p>&nbsp;</p><p>ようやく座った総理の椅子。温める間もなくプーチンのもたらしたウクライナ問題への連日の対応。　G7をはじめ、世界との協調協議。</p><p>政権安泰をはかる参議院選挙に勝利したものの、安倍さん暗殺の余波が統一教会をへて、接触を持ってきた自民党議員連の上に降りかかり、火消しもままならない状況に陥っている。</p><p>せっかく3年の安泰を手にしたのに、重荷の連続に不貞腐れているようにも見える。</p><p>歴代総理はその重荷に耐えて偲んで来た。</p><p>岸田君にも出来る。　威勢の良かった岸田節を取り戻して頑張れ！</p><p>&nbsp;</p><p>コロナ対策の責任は厚労省事務次官に有る。　政務次官も、厚労大臣も政治家だ。</p><p>素人の政治家に責任を問うには早すぎる。</p><p>この3年、コロナ対策に取り組んできた厚労省の専門職を指揮するのは厚労省事務次官だ。</p><p>現場のトップがまず責任を持つのが筋だろう。</p><p>学術会議が常に矢面に立つが、彼らはあくまでもアドバイザーで、彼らに責任を託すのは筋が違う。</p><p>マスコミが、国民の不安、国民の窮状に応えたいとするのなら、国民に代わってコロナ対策を訴え、問い質していく姿勢が必要だろう。</p><p>官僚との対立を避けて、言論一つ建てられないジャーナリズムでは用をなさない。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12755905405.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jul 2022 15:54:10 +0900</pubDate>
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<title>国葬</title>
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<![CDATA[ <p>安部元総理を国葬で送るかどうかの論議がかまびすしい。</p><p>国葬の基準が不明確だというのが反対意見をけん引するが、国葬の法的基準、法的国葬の定義などが成立するだろうか。</p><p>過去の、戦前、明治維新以降の国葬を例に、国葬とされながら不人気だった葬儀、国葬とはならずとも多くの国民の参列による見送りを受けた葬儀などを紹介している。</p><p>方法論としての国葬基準の定義づけは出来ても、何にでも適用可能なあやふやな法規になりそうだ。　正しく国葬を定義づけする根拠とはなり得ないように感じる。</p><p>それでは、国葬は認められないものか？　多くの意見の中語られる、政治的効果は注目に値する。　</p><p>多くの各国要人を迎え、日本の顔だった安部元総理の事績を交えての意見の交流は、世界の意志の集約を求める世界情勢の続く中、価値ある時間をもたらしそうに映る。</p><p>安部元総理を送るという、時間の共有そのものに意義を見る思いがする。</p><p>世界情勢がそれほどにひっ迫しているという事だが、藁にもすがりたい藁になってもらおう、安倍元総理最後の御奉公だ。</p><p>&nbsp;</p><p>国葬の評価は、政治結果として岸田政権への評価として現れる。</p><p>民主主義への挑戦に屈しないといううたい文句は、国民評価をかわす隠れ蓑でもあり、結果責任を逃れる道筋の準備であり、世界の好印象を集めれば岸田政治の基盤となる。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで一つ正しておきたいことがある。</p><p>多くの意見の中決定を見る安部さんの国葬。　多くの意見の中開催されたオリンピック。</p><p>どちらも、少数意見を無視した強硬論の批判を受けるが、同列に並べる批判、評価の間違いを指摘しておきたい。</p><p>国葬は、日本国家、国民の意志である。</p><p>オリンピック開催は、国際（万国）と取り交わした契約の履行であった。</p><p>日本のマスコミは同列に論じるが、意思表示と契約履行とは、その違いを明らかにして論じてもらいたい。</p><p>橋本聖子オリンピック委員長への謝意のブログ投稿は、コロナ禍の中、契約を履行して国威を発揚してくれたことに対する謝意であった。</p><p>単に、オリンピックの成功おめでとうというものではない。</p><p>メディア報道の中に、オリンピックを中止した時に受けるであろう世界の日本批判、日本国威の失墜の覚悟を国民に問う声は耳にしていない。　日本社会には本質を知らせる言葉が無い。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12755216982.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jul 2022 16:08:32 +0900</pubDate>
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<title>統一教会の潰し方</title>
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<![CDATA[ <p>前回、宗教問題についての法整備を口にして、社会に悪影響を及ぼすものには適用できる法整備の必要性を訴えた。</p><p>信教の自由に抵触するので対処できませんでは問題解決には至らない、社会悪に対処する方法論としての法整備が無ければ問題解決は出来ない。</p><p>社会に問題が生じれば、問題を解決して業務を進める為に立法、行政の府が設置されている。　日本の学術界はこの意味を再確認した方がいいのではないか。意味を理解しているように見えない。生じる問題はいつまでも残り、解決の兆しを見せない。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、今日は統一教会の潰し方を考えてみようという事だが、何でこんなことを書くかというと、マスコミをはじめ日本における批判はどれも表面をなぞるだけの綺麗事でしかない。</p><p>要するに瓦版屋の、記事の切り売りでしかない。　売ったらそれっきりの切り売りだ。</p><p>日本の問題を国民皆で考えようという為に、批判をニュースとして国民に提供しているはずだ。　それならどの様な方法が考えられるか、問題点は何かの示唆を示さなければ意見の集約には向かわない。　民主主義は意見の集約だ。</p><p>ただ統一教会を潰そうでは、生きのいい掛け声だけの垂れ流しで終わってしまう。</p><p>宗教団体としての統一教会は、宗教を隠れ蓑にして金集めに奔走してきた。</p><p>その手法は、宗教をにおわせる物を売りつける詐欺商法が多い。</p><p>多額の献金集めは、今はやりのネット詐欺と変わらない。</p><p>そして、経済破綻者を多く作り出して社会に問題を起こし、国民不安を助長する。</p><p>統一教会の存在が問題視されると、名を変え、分派を形成して変容を拡大し、その存在を社会の中に隠してゆく。その追及は信教の自由に阻まれて、手が届かない。</p><p>これら問題を整理して、体系化して追求することを、一つの方法論として提起したい。</p><p>個々に追及していては時間と手間を要する。全部金だ。税金からの支出になる。</p><p>関係する団体の名簿を提出させることが信教の自由に抵触しようと、理由付けは何とでもなるだろう。国家権力を使うとこでは使って構わない。国民の納得のいく説明をすればよい。</p><p>統一教会関連の団体すべての名簿を提出させる。　記入漏れ等があればめっけもの、そこにねじ込んで、徹底的に監査をはじめ、捜査の手を入れて引っ掻き回す。金の流れを徹底して追及する。海外への送金などにはいくらでも追及の手段が、追及の理由付けが出来るだろう。</p><p>物を売りつけた行為は商取引認定に持ち込んでの、徴税の対象をはじめ、クーリングオフや、詐欺行為の適用やと、手立てを駆使すればよい。　皆さん得意のいじめの手法だ。</p><p>ここに書いているのは戯言ではない。　行政の仕事は国民の目に見えにくい。行政の仕事の批判、評価基準の一つを示している。行政はどのように仕事を進めているのかの確認だ。</p><p>安部さんの国葬が決まったようだ。　話は国葬の基準をはじめ政治論に転化している。</p><p>国葬の終わったころには、統一教会のニュースも立ち消え、問題だけが残りそうだ。</p><p align="right">松尾洋</p>
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<link>https://ameblo.jp/4764hm/entry-12754808476.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Jul 2022 07:12:26 +0900</pubDate>
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