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<title>心の牧場　Ｈｅａｌｔｈ　Ｓｏｕｌ</title>
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<description>力の限り踏み締める人間　　ふと、振り返れば心にも広がる世界を探している　　一つ二つと残された日々の温もりを感じる平凡な牧場の朝のような世界が広がっては消え、広がっては消えて行く　　本当の自由を探して歩んで行く</description>
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<title>イエローポンポンからのお知らせ</title>
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長らくご愛読いただきましたがこの心の牧場は実の所きちんとした主体性を持った創作物ですのでここまで書いてきてとうとう完結となりました。これからは作家としての視点からウェブ上のフリー画像を参考に普通のブログを投稿しようと思っています。また何か機会がありましたら作品としての格式のある執筆をするかも知れませんのでその時はよろしくお願いします。心の牧場を削除すべきかどうかについてはしばらく様子を見てから判断します。この書物は大変役に立っていると思っている方がいらっしゃることを考慮して可能性がある限り削除し
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<dc:date>2019-05-18T22:37:17+09:00</dc:date>
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<title>正しい物の見方</title>
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優越感にひたることは沈黙のままで終わるならば何ら罪には相当しない。誰にも聞かせようとしないその思いは無に等しい。悪でもなければ罪にもならない優越感は人に見られず知られない秘密の宝のようにして置くならば意外にもそれは立派なことかも知れない。後は実質がどの程度かを認識すれば良い。まるで優越感というその言葉が人間を裁いているようにすら思える。もし、人に悟られるならばいいように落とされる。それが優越感の弱点。考えてもみれば人生が転落するのは優越感を軽薄に扱うことで実質を認識できなくなった愚かさが原因する
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<title>様々な世界に様々な基(もとい)</title>
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もう、わずらわしくてわずらわしくてしかたないことは慣れないことが要因となっていて、西洋古代の思想にある万能人のように何もかもを受け止められるならば難無く悩ましさを吹き飛ばす善性エネルギーと化す運命の見極めどころとなることもある。一つ一つを正すしかない人のさが。これは大切なことだ。人に呼び止められて即応ずることは度量のある証拠であり、口先がうまいかどうかではなく、こびへつらうことができるかどうかでもない思いの純粋さが身軽くも人の顔色をうかがう凡人の正しさであることが解かる。主として重んずるところが
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<dc:date>2019-05-04T21:59:06+09:00</dc:date>
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<title>キリスト教は素晴らしい宗教である</title>
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清い心はずたずたに切り裂かれた心とは違うのであり、和徳のある人が魔物に負けてしまった後の人生に見る災難は人類の中でうまくゆかなかった大きい意味での失敗ではあっても、若い頃からそのような苦労をしておくと社会的に見て嫉妬(しっと)や悪口などの人の心に負けたこと、いわば魔物の攻撃に対する恨みを晴らすために力をつけ、ぐんぐんと正しい理性を身につけていよいよその魔物に対する恨みを晴らせるのではないかと思えるところまでゆくが、やはり勝てるはずはなくただ人間としてまじめに生きてゆくこととなるけれども、この強い
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<dc:date>2019-04-27T21:31:45+09:00</dc:date>
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<title>生命の本質</title>
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捨てられない考えや思いは決心したことと同様に奮励して生きる自分自身の存在理由と良く連なっていて、わずかなことにも気を配る度量の広さを貴び、誇りそのものとなっている譲れない魂のことなのであり、捨てない考えや思いは存在自身のことなのだろうと思う。魂であるからには改めることもないのだ。もし、改めるならばすっかり人間が変わってしまうに違いない。自分自身の存在性を更新してしまうのはあまり良いことではない。何故なら根から伸びて成長したのが人間でもあるから養いつなげて継続する個性の培いが長い生涯を通して必要で
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<dc:date>2019-04-20T20:47:30+09:00</dc:date>
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<title>平凡な日々を有意義に</title>
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大勢の人が並んで順番を待っているような心境で怪談を聞いていると正しい心で訴えるようなものは後味が良いけれど、基本的に考えてみると未知の世界を見ようとすることに過ぎない真相の見解が生じ、ああ暇な時間を使って自分を誑(たぶら)かしていたんだなぁとはっと気づくことができない訳ではない。確かに誠意で人は話しをするのだろうけれど自己処理する権利は誰にでもある。まじめな人が嫌われることの理由はイメージが灰色となって未来性豊かな人ではないと感じさせてしまうことが第一にあり、実際には合う合わないの個性的違いが生
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<dc:date>2019-04-13T21:43:15+09:00</dc:date>
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<title>養いの真実</title>
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非常に恐れることは人誰しもあるもので、気が弱いなどの理由いかんではなく、自分の心に合わないことがまず第一の動機となり、感情面ではそうではあってもその社会人としての姿勢は尊いのであって、せっかく与えられた命、皆と人生を共にして安心を共感し合えるように正理(しょうり)を全うして恐れなく毅然としたいまともな善人として力を尽くす、それは誠にもっともなことではないだろうかと思われる。さえぎられることのない将来はごく当然のことでしかない。邪魔されてしまう人がいるとすれば言い過ぎかも知れないがそれは悪と悪の衝
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<title>定めを常とせよ</title>
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よもぎ色は濁った色で自然性が深く感じられ、一筋縄ではゆかない厳しさが雰囲気として漂っている気がする。これは他の色とは全く違う性質だ。互いに人間が成長することは連累する人徳の感応でもあり、言葉表現が多く無限に広がる世間で苦しく辛いことがあっても精神を養い心を育てる明白な陰徳を習い合いながら自然に才を高めて自分自身を信じる力を付ける学びの場を世間と見るから軽んじられない成長の仕方となる。満たされた心は慢心を要するはずがなく、明確な文化上の理由を持っていて、善心以前の豊かな言葉が心に湧出する。治まる結
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<title>安全によって</title>
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僕がキリスト教と切っても切れない縁となっている理由はあるのかないのかといえばある。だからといって何を主張できるのだろうか。いや、思いが尽きないのだから言葉は泉のように湧き出てくる。支えとなりました、助かりました、感謝していますということが最も妥当な心持ちなのか、聖なる領域を初めて凡人に直に目の当たりにしてくださった有り難い教えなのかと推察するならばどちらも必須で主要のとらえ方となっていて、これ以上は望めない参考比較の末の大なる結論とは称せる。最高の基準を得ることは又とない研究成果であり、どの宗教
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<title>真のキリスト教徒</title>
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骨のある人はいつか願望にあった願いを成し遂げ成功する資質が備わっている。だから骨のある人間でいることは有益となる。幸いは報いから察する初めの意志を窺(うかが)える。それだけに適当となる気力と理性の養いが正しく法則的に嚙み合って自ら知ることのできる結果を認識する、それはやはり幸いという善良な事柄だからそうなるのであって、感化を与えるような要素があるから客観視してゆけると解かる。そのような表面的に心に刻まれてゆく確かな真実の鐘の音は力となり精神となり自ら己を量(はか)る能力を持つことができ、心の養成
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<dc:date>2019-03-16T23:29:50+09:00</dc:date>
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