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<title>ペンギン先生のぼやき</title>
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<title>18年前の今日</title>
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<![CDATA[ タイトルの通り、この日が私の中学受験スタート日だった。今は埼玉入試が10日から始まっているが、私の頃は埼玉・千葉は同一日程だった。千葉県在住の私は千葉の私立中学を2校受験した。選んだ学校は4科目入試で、国語が予想より高得点が取れるという合格することを前提に選んだ。アクセスの良さは二の次。<br>私はとにかく国語が苦手だったので、残り3科目で勝負し、国語は逆算をするという今では信じられない学習法をしていました。同時女子は御三家もしくは御三家に準ずる学校を受験するか、理科・社会に自信がある場合以外では算数・国語の2科目受験が主流でした。私は国語の偏差値が他の科目とダブルスコアの差がある偏差値30台前半と国語が出来ないだけで、6年生になっても四谷大塚の上のクラスへ上がることが出来ませんでした。実際、受験はクラスは関係ない、総合点でクリアすればいいと思っていました。<br>18年前は国語が出来すぎて、周りはもっと出来ていると思い、合格率が80％だったとはいえ安心出来ませんでした。合格発表に行く気持ちにもなりませんでしたが、唯一自分の目で確認することが出来た学校だったので、行くことにしました。突然雨が降り、不合格だろうと掲示板を見ました。何度も疑いましたが、私の受験番号があったのです。<br>合格証書を受け取り、受験番号と名前を見たときに合格したことを実感しました。<br><br>受験校に関して親は私が受けたいところを受けていいと言ってくれました。公立中学へ進学をしたくなかったので、成績を考慮し、塾の先生と何度も個人的に相談を重ねて決めました。これでよかったと私自身は思いますが、今は第一志望は譲らず最後まで諦めないように指導しています。このことが同時の私と大きく違う点だと思います。<br>
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<pubDate>Fri, 20 Jan 2012 23:04:38 +0900</pubDate>
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