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<title>56780-05のブログ</title>
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<title>最近のワタシ</title>
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<![CDATA[ <div>いや～久しぶりにブログをみたら、自分で書いてなんだが、懐かしい～。</div><div>なんか、自分で取り上げてなんだが、昭和まるだしのおもちゃばっかしじゃねぇ、とアラタメテ、思うのであります。</div><div>&nbsp;</div><div>まあ、最近おもちゃから離れているって事もあるけど、</div><div>「思えば遠くきたもんだ」などと、後ろ向きな感慨に耽るばかりであります。</div>
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<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 21:48:46 +0900</pubDate>
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<title>「スポーン」が又、復活しないかな？</title>
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<![CDATA[ <div>今は昔、アメキャラなどという言葉が世間に流通していた時代があったのだ。</div><div>スターウォーズやバットマンなどみんなブリスターのまま部屋に飾っていた。</div><div>「激ヤバ」とか「超レア」とか、あ、そうそう、友達が日常会話として使っていたのを思い出す。</div><div>もう、十年以上も経つんだな。</div><div>もちろん、今でもコレクションしている方がおられるだろうが、</div><div>当時の、あの熱狂はなんだったのかな～。</div><div>&nbsp;</div><div>友達は、今でも、貸し倉庫の中で眠る、アメキャラ達が、</div><div>突如、激ヤバになる日を信じて、毎月高い倉庫代を払っている。</div><div>まあ、大部分が、スポーンらしいが？</div><div>エグゾスケルトンとか、バイオレーターとか、</div><div>メディアワークスから、コミック本も発売されてたな、たしか。</div><div>ちょっと前だと思ったのだが、時は速すぎるだろ～。</div><div>&nbsp;</div>
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<pubDate>Thu, 09 Dec 2010 19:18:27 +0900</pubDate>
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<title>昭和63年　ビニール玩具　サンライク</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/54/d4/j/o0798057214661348613.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>昭和６３年　ビニール玩具<br><br>　昭和最後の年、「ドラゴンクエスト3」が世間を騒がせた年だ。当然子ども達の興味はテレビゲームだったが、おもちゃもそれなりに健闘していたのだ。それが昭和という時代の良いところなのである。大きな流れがあっても、ちゃんと違う流れができ、うまく共存した。テレビゲームと一般玩具はオモチャ屋さんで、まだ一緒に並び、辛うじて「おもちゃ」という括りの中にいた時代だったのです。<br><br>　当時のオモチャ屋の入口には、大抵、ビニール玩具がぶらさがっていた。（今もあるかもしれないが）ビニールの透明感あるカラフルな色が、子ども心にワクワク感を増幅させた。なんだか、あの、のほほ～んとした材質は、昔から不思議に安心感を抱かせる感がある。<br><br>　サンライクから発売されたビニール玩具は、人気の「ＮＨＫおかあさんといっしょ」のキャラ達である。ほら、見ているだけで、さわってみたくなるでしょ。（え、そうでもない）水物がメインではありますが、こんだけ並ぶと、みんな、子ども時代にふれた、ビーニール玩具を思い出してしまうのではないかな～。と私は思うのであります。
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<pubDate>Mon, 27 Oct 2008 16:55:55 +0900</pubDate>
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<title>スカーレットちゃんとカラーテレビ　昭和42年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/82/f3/j/o0700030514661348608.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>　「夢みるファッション人形」というキャッチでデビューした、スカーレットちゃん。日本で企画されたからかもしれないが、ちょっと小太りで、口角もりりしく、すました顔が又日本人むき。こんな、スカーレットちゃんが売れないわけないだろう！というわけで、1966年（昭和41年）に中嶋製作所から発売された「スカーレットちゃん」はテレビ、雑誌媒体に露出し、人気を博す。<br>　ファッション人形というのはこの当時「着せ替えできる人形」という解釈で、リカちゃんもこの年（1966年）誕生している。<br>　まあ、スカーレットちゃんの人気はともかく、カラー放送のＣＭに登場した、という事実は明記しておきたい（？）<br>　提供中の番組「魔法使いサリー」が昭和42年の4月3日からカラー放送化され、それに伴うかたちでＣＭもカラー化。提供している中嶋製作所は記念すべき、その日にスカーレットちゃんを登場させた。広告に「カラーテレビに登場！」デカデカと載せているってことは、当時としてはすごい事であったんだろな。<br>因みに、広告のコピーをまるごと載せとくと、<br>　『スカーレットちゃんもカラーでおめみえします。人気の秘密の美しい表情も、豊富なドレスもすばらしいカラーで登場いたします。<br>　高所得層を狙ってのカラーＣＭはかならずお店の品格を高め、販売促進に役立ちます』<br>　ね～カラーテレビってすごかったんですよ、ほんとに。
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<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 13:47:12 +0900</pubDate>
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<title>メカニックトイ　昭和４２年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/bd/8a/j/o0800033614661348605.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>昭和42年　トミー　メカニックシリーズ<br><br>「メカニックシリーズ」<br>　このころ「メカニック」って言葉はインテリゲンチャの匂いを発し、メカに強いねなんて、言われたら、低い鼻も高くなったもんだ。ほんとか、どうかあやしいが、ともかくメカニックって言葉はプラス効果があった。今でいうとクリエイターなんて言葉と近いんではなかろか？<br><br>　スパナ１つで、分解・組立てができ、スパナでゼンマイを巻くと、メカニックカーが発進だぜ。透明ボディも歯車のしくみがわかり、ちょっとイカしてます。当時「おはようこどもショー」「ママと遊ぼうピンポンパン」などで宣伝していたから、子どもだった方々はメカニックな人生をめざす！なんて、自動車組立ての工員さんを夢みたのかもな？こういうオモチャって、現在でもいいと思うんだが、今ではメカニックとは程遠い、アナグロおもちゃの１つになっている。でも、昭和４２年の時間の中ではまぎれもなく、メカニカルトイだった。機械を自分で組立て、走らせる。そこには、夢の入口にいる自分に酔いしれることができたのかもしれない。<br>トミー発売　都内900円　地方990円
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<pubDate>Mon, 06 Oct 2008 15:37:03 +0900</pubDate>
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<title>ウルトラマン立体ジョウロ　高徳商事　昭和42年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/ea/0f/j/o0497055014661348602.jpg" alt="イメージ 1" width="497" border="0"></p><p></p>台風が来ているよ。こんなこと書いてるヒマないけど、ウルトラマン立体如呂（ジョウロ）について少し書く。さすがキャラクターに強いタカトク（高徳商事）ウルトラマンで水遊び。取手がなんだか持ちにくそう、水はいったいどこから出るのか？写真からだとわからにゃいが、やっぱりスペシューム光線と言えば指先からだろうな？でも指先に穴があいてるとしたら、チョロ、チョロットしか出ない、んなら、頭から？まあ、そんなことより、このリアルな立体がものすごくいいではありませんか。デフォルメせず、シュワチと今にも飛んできそうなリアルサ。実物みてみたいス。　定価１５０円
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<pubDate>Fri, 19 Sep 2008 16:27:01 +0900</pubDate>
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<title>グルック　イギリス生まれのミニペット(昭和42年)</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/30/f7/j/o0500035614661348594.jpg" alt="イメージ 1" width="500" border="0"></p><p></p>昭和４２年か～。<br>いい時代だったなは～。<br>　サンダーバードや木馬座アワーのケロヨンなど良かっダ～などと、個人的思い出に耽ってしまうほど、時代もほんわかとしていた。当時の玩具通信を繰って見ると、クレイジーフォームでまゆ毛がぬけたと、新聞などで大騒ぎし、結果的には、円形脱毛症によるものであり、大阪読売が誤報を認め、謝罪したという話だけでも、その時代のスケール感がわかり、「エエカゲンにしなさい」とつい、つっこんでしまいたくなる。<br>　グルックは「イギリスからやってきた若い人のミニペット」英国ではビートルズをしのぐ人気！などと広告にはあるが、まあ、ビートルズが見るわけないので、大げさでもいいんだろうな。私なども、なんとなく、覚えているから、けっこう人気があったんでありましょう。発売元のバンダイは前の「水中モーター」同様、森永製菓と全国キャンペーンを展開し、約２億円の費用を投入し、チョコレートの景品として、ザ・スパーダースをはじめ、英国のシンガー、サンディ・ショウなどを使ったマスコット戦術もさかんに行なわれ、多くの偽物も出まわったそうだが、あんまり私は憶えていないいんだな～。定価1000円
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<pubDate>Thu, 18 Sep 2008 16:26:34 +0900</pubDate>
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<title>昭和４７年　おもちゃコンクールは？</title>
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<![CDATA[ 昭和47年　弟１１回日本玩具国際見本市会場にて、<br>「弟３回おもちゃコンクール」の入賞発表がおこなわれた。<br>　<br>コンクール出展点数は４０２点、開票の結果グランプリに輝いたの<br>〈グランプリ〉<br>変身サイボーグ１号（タカラ）<br><br>〈ダイヤモンド賞〉<br>パズルパーフェクション（エポック社）<br>スーパーヘリコプター　（エポック社）<br>ジャンボパチンコ　（エポック社）<br>ＫＯビッグファイト　（トミー）<br>Ｒ／Ｃミサイルロボット（増田屋斎藤貿易）<br>おふろが大好きアブちゃん（シバ）<br>バロム１変身ベルト（ポピー）<br>デットヒートゲーム（トミー）<br>パーフェクトボーリングカスタム（エポック社）<br><br>〈金賞〉<br>トミカビルデラックス　（トミー）<br>スーパーレール自動制御システム（トミー）<br>サイクリングユッコちゃん（トミー）<br>アサヒエレクトロルーレット（アサヒ玩具）<br>カセット８ムービー（野村トーイ）<br>トミカパーキング（トミー）<br>バンダイ野球ゲーム（バンダイ）<br>リズムパンダ（アルプス商事）<br>手動式乗用ロビン（浅草玩具）<br>お山のシュッポー登山セット　（トイタウン）<br>パイロットヒコーキ（トイタウン）<br>ジャンボヘリポート（野村トーイ）<br>バロム1マッハロッドセット　（ポピー）<br>超デラックスジャックポットバンク（アサヒ玩具）<br>ニュー・リカちゃん（タカラ）<br>スピロデザイン（タカラ）<br>パタンタ（国際貿易）<br>白い家具シリーズ・ダイニングタエーブル　（タカラ）<br>弁慶号プラレールセット（トミー）<br>おふろベビーちゃん（中嶋製作所）<br><br>〈銀賞〉<br>アイスホッケーゲーム（トミー）
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<pubDate>Fri, 12 Sep 2008 15:16:36 +0900</pubDate>
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<title>「幻のパンダの毛皮」パート２　昭和47年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/a3/6c/j/o0791036514661348587.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>「幻のパンダの毛皮」パート２　昭和47年<br><br>　前回に引き続き、昭和47年のパンダについて<br><br>　昭和４７年のパンダの数は、北京に３匹、平壌に３匹、モスクワに１匹、ロンドン１匹、アメリカには２匹、その他中国各地に未確認だがいるといわれていた。その貴重な珍獣パンダの毛皮が、当時三越よりオークションに出され、２０人以上が「幻のパンダの毛皮」オークションに参加した。落札したのは、パンダのぬいぐるみの本家本元の「東京ふはく玩具」であった。数千万で落札されたパンダは身長152センチ、体重130キログラム推定１０歳。文化大革命以前に死んだものらしく栄養が足りなかったのか、あらいグマ似である。落札した関係者のコメントをひろってみると「非常に高い買物をした、が、商売柄よく動物園へ行き動物の動き・表情を分析して、ぬいぐるみデザインを起します、しかし、パンダだけは動物園にいないので、これを機会にパンダに対して再認識していきたいです。それと、この他に日本に１～２枚あるといわれている毛皮も、殆ど貸し金庫に眠っている状態で、一般の人達の目にふれることは不可能だったため、うちで、実物がどんなものか、この毛皮を陳列できるケースを作って、全国の子ども達に見せてあげたいですね」とまだ日本にはいないパンダの替わりに、せめて、毛皮をみせてあげたい、という広い気持ちがヒシヒシと感じる。でも今から思うと、なんか、ズレている気がしてしまうのは時代の温度差なのかもしれない。
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<pubDate>Fri, 12 Sep 2008 13:59:35 +0900</pubDate>
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<title>本物のパンダの毛皮を使用した「パンダ展」昭和47年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191205/11/56780-05/37/7c/j/o0600024814661348582.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>　パンダは今も昔もみんな大好き。でも、昭和47年と現在とでは人気に温度差があったように思う。なぜそう思うのか、それは当時のパンダキャンペーンの広告を見るとなんとなくわかる。<br>　<br>　当時日中国交回復の手みやげにもらった,２頭のパンダ。その頃の日本人にとってのパンダはやはり珍獣で、私の知り合いは東映アニメ「猿飛佐助」にたしか出ていたな、というぐらいの知識しかなく、まだキャラクター認知度も確立されていない状態で、諸手をあげて、かわいいぞ～という感じではなかった。「可愛いけど、何を考えているかわからないよね」とか「目が笑ってないな」とかパンダに対してそんな意見もままあった。そんな、引っ込み思案な子どもみたいな日本人に向けて開かれたのが「パンダ展」だったのだ。<br>　<br>　『日本にたった2枚しかないという非常にめずらしい本物のパンダの毛皮を使ってデパートでパンダ展を実施します』と当時の広告にはかいてある。え～パンダの毛皮～はまずいっしょ、と今では多分やらないと思うが、昭和47年の日本人にとってはまだ「ネコ熊の敷物」でも遭遇してみたい！とみんな思っていたのだ。まだパンダが日本人にとって他人行儀だったからかもしれないな、と私は考えてしまうのだった。
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<link>https://ameblo.jp/56780-05/entry-12553017692.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 17:25:14 +0900</pubDate>
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