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<title>山根すぐるのブログ</title>
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<title>決断</title>
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<![CDATA[ 山根のとって実業家との出会いは頭の先から電流が全身に流れるような衝撃的な出来事であったと共にビジネス観そのもの、いや人生観に新たなそして大きなフィールドが突如として現れ、寝ても覚めても物事の基準が感情だけが支配する何もないフィールドから生まれるような感覚をもった。<br><br>知的な権利を武器に…<br><br>何をどう考えても具体的に自分にできることが浮かばない。周囲から見ればそれはコックが格闘家になるといった類の話なのだから当然だ。数週間経過するが一向に進展はおろか、アイディアすら浮かばない。しかし山根は諦めなかった。自分の将来をリセットするにふさわしい出来事だったからだ。それに気さくな事業家は‘いつでも連絡してください’とセミナーの際、話していたため、セミナー後、事業家へ連絡先を聞いた山根は案が固まったら事業家へ聞いてもらおう、といった考えも持っていた。何も案をもたず事業家へ連絡するのはとてもおこがましく感じた山根は最低限自力で案を固めたものを聞いてもらうようひたすら案を練った。<br><br>それから更にひと月ほど経過し、事業家との衝撃的な出会いに色あせを感じるようになった頃、田中から連絡をもらう。<br><br>「山根さん、預っている投信の運用が上手いってなくてねぇ。期日にお返しできないんですよ～」<br><br>「えっ！どういう意味ですか？運用を失敗したことないって言ってましたよ？」<br><br>「いままでは大丈夫だったんだけど、いまダメなんですよ」<br><br>「じゃぁこれからどうなるんですか？溶けちゃったってことですか？」<br><br>「いや、溶けたわけじゃないです。預った分を返すには事業を進めなくちゃならないんです」<br><br>「事業って？？？」<br><br>「事業家のやっている事業です」<br><br>「え？？？　じゃどうすればいいんですか？」<br><br>「事業を進めるために資金協力をしてもらえませんか？」<br><br>「ボクはもうお金はありませんよ。」<br><br>「だから山根さんも法人を作って出資者を募ったらどうです？　法人設立のための協力をしますので…」<br><br>ひとりで考え続けていた山根にとって渡りの船とはまさにこの事だった。あの事業家の支援ができる。そして自分も会社を持てる…<br>ただ内容が事業出資を求める…つまりお金を集める仕事をしなくてはならない。<br><br>山根にとってこのふたつの事実は感情を対局に大きく揺さぶるものであった。<br>しかし案外早く結論立てた。それも進行へ。<br>行動を興さなければ現状変わる事もないし、何よりも該当の事業が環境事業であるため世間もCOPと呼ばれる地球温暖化防止を掲げるPRを営業策として時流に乗ったものであるためダメなら引き返せばよい、というのが最終的な判断の根拠であった。
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<link>https://ameblo.jp/5milliondallars/entry-11559226050.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Jun 2013 00:41:24 +0900</pubDate>
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<title>事業家との対面</title>
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<![CDATA[ 山根が投資した600万円は事業出資と投資信託のふたつに分けられ、諸手続きが済まされた。<br><br>数週間後、田中から連絡が入る。<br><br>「山根さん、再来週山根さんが出資した事業元の説明会・セミナーを開くのでよかったらどうです？運用元と講義のカリキュラムの原型を作った人のセミナーを兼ねているから是非来てよ！」<br><br>山根は迷わず予定を最優先してスケジューリングする。<br><br>海外ビジネスの実践書いえるテキストの原型を作り、実業でも相当な結果を残し、運用も手掛けているという型のビジネスセミナーとあっては楽しみで仕方なかったのであろう。<br><br>当日、セミナー会場へ入ると既に100人程の人がいることに、山根は自分と同じような感覚で見ている人がたくさんいるもんだなぁと感じつつも、周囲にはブランド物で身を固めた例の軍団も一部を占拠している。<br><br>そしてその実業家と呼ばれる人が壇上に現れる。<br><br>威厳がありそうだが話がとても軟らかく、しかし内容は初めて耳にする話が多い。<br>時折参加者へ質問を交えるあたり非常にこうしたセミナーに慣れている印象を受ける。<br><br>内容は海外での事業についてのものが大半だ。逼迫した日本経済を脱却するには既存の製造業中心、輸出産業の在り方を考えなくてはならない。そのためには次世代を担う武器を持たなくてはならない。産業が成り立つ経緯で取得した知的な権利を武器とし‘もの’に縛られないインフラを構築することが現在の日本が立ち直る一番の近道だ！と。<br><br>山根にはコラムニストが経済誌で語る内容より内容は高度でも目の前の人間が話す言葉とその臨場感に一気に吸い込まれていった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/5milliondallars/entry-11556679175.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jun 2013 15:41:59 +0900</pubDate>
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<title>不満ばかりの人生から一転</title>
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<![CDATA[ 「長い間、お世話になりました。」<br><br>山根が20数年勤めた会社を去ったのは2005年を迎えたばかりの冬の出来事だった。<br><br>周囲は山根の将来をある意味約束された環境が羨ましく感じていたが、山根は数年経営者と会社の将<br>来について揉めてばかりの日々だった。<br><br>「社長！このままではジリ貧です。私に営業へ行かせてもらえませんか？」<br>「おまえが行って何になる。言われた事をやっていればいいんだ。会社の面倒は私が見るから」<br><br>最終的にこんな結末を迎える日々が続き、入社当初業界日本一にしようと決意した気持ちもいつからか消え去っていた。<br><br>人一倍負けん気の強い山根は20数年間、会社のためを考え、子供扱いをされようとジッと耐え来た思いをぶつけるように会社を飛び出した。<br><br>その後の仕事のあてなどない。20数年の貯蓄を基に自らの意思の元、仕事をする道を選んだのだ。<br><br>分かっているつもりでも何もわからない30代の若者が特別な経験があるわけでもなく、特筆した能力があるわけでもなければ簡単なことではないが、山根には自信があった。根拠はないがとにかく自信だけは二人前だった。<br><br>在職中、退職を決意してからは山根にとって二足の草鞋を履く生活が続いていた。<br>仕事をするための情報収集が中心だった。<br><br>それまで取り立てて他の業種を感じた事のない山根にとって何もかもが新鮮だった。<br>そんな中、知り合いから異業種交流会の誘いを受ける。<br><br>緊張症ではあるがもともと社交的な性格なため、こうした集まりへは出たがるようだ。<br>そこでコンサルタントを名乗る田中から声をかけられる。<br><br>「山根さんは独立されたばかりなんだと伺いましたが何をされているんですか？」<br>「まだ決められてません。いま情報収集中です。」<br>「私のところで会社の経営塾を行っているのでよかったら如何です？」<br><br>田中の周囲には常に人だかりができ、皆揃ってブランド品と思しきものを全身に身に付けていた。その周囲の人間達が田中のコンサル生であることがわかったのは経営塾へ行った時のことだった。<br><br>会社へ乗りつける車も外車ばかり。<br>山根が自転車を脇の隙間へ置くと、<br><br>「この間はどうも！挨拶できなかったけどよろしくね～今日は自転車？」といった言葉をかけてくる人もいる。<br><br>タバコ臭がひどい社内には15人程の20～50代の洒落た格好の男女がセミナー形式に並べられた机に座っている。<br>ここで週に１回２～３時間の経営全般についての話を聞くことになった。<br><br>内容は経済全般・為替・証券・手形・会計と国際ビジネスを行うのに十分なカリキュラムが示され、実例を交えた話で抗議を復習しテストを終えるとその成果として事業提案書を作成するものだった。<br><br>山根にとってこの体験は前職では経験できないことであったため必死で勉強し考える毎日だった。<br><br>そのカリキュラムが終了する時期になると運営者田中からお呼びが掛かる。<br><br>「山根さん、事業資金はあるの？用意が十分でないならこれ使っていいよ」と。<br><br>渡された紙には投資信託と呼ばれる資産運用の数字が書かれていた。<br><br>それまでも山根は自ら証券会社で運用をしていたことがありそこに記された数字を見て、<br><br>「こんな数字で大丈夫なんですか？」と尋ねた。<br><br>「大丈夫だよ！失敗は一度もないよ！」という言葉を聞き、周囲の人間のブランド服や車が頭をよぎった。<br><br>そういうことだったんだ！と。<br><br>数日間、悩んだものの手持ちの貯蓄資金が数年も持つわけもなく、かつ事業資金を考えれば当然増やしておきたいと考えた山根は貯蓄の約半分にあたる600万円をそこで運用することに決めた。<br><br>そこから山根の人生の軸が大きくぶれた瞬間だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/5milliondallars/entry-11556301066.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jun 2013 03:16:56 +0900</pubDate>
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