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<title>ガムのブログ</title>
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<title>【周りとのギャップに悩んでいるあなたへ】</title>
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<![CDATA[ 【周りとのギャップに悩んでいるあなたへ】<br><br>変わりたいと思う人の目の前に立ちはだかる現実。<br><br>それは周りの人間関係。<br><br>なんだかんだで周りに埋れてしまう。<br><br>身近な所に仲間がいない。<br><br>周りにいないんだったらネットから作ればいい。<br><br>今はSkypeというものがある。<br><br>ネットさえつながれば、どんなに遠くでも話をすることができる。<br><br>直接会えるのなら直接会うのがいい。<br><br>だけど、それが出来ていないから悩んでいるんだろ!!<br><br>俺だって悩んでいたさ。<br><br>お互いに高め合う仲間が欲しいが、身近には滅多にいないという。<br><br>いたらいたで既に解決できているし。<br><br>だが、ネットを使ってその問題を解決してきた。<br><br>情報発信を始めてから人が集まってきて、話したい人とはSkypeで話して。<br><br>人に会いたくて会いたくて、東京まで来た。<br><br>そこで直接の話までこぎつけた。<br><br>情報発信が俺を変えた。<br><br>情報発信から人との交流へ繋げることが出来た。<br><br>直接会って話すことが多くなった。<br><br>今では対談動画を撮るまでに至っている。<br><br>これは俺だけしかできないわけでない。<br><br>あなたにだってできるんだ。<br><br>ネットを有効に使い、仲間を集めて、この腐った社会を壊そうぜ。<br><br>甘ったれた若者を生み出すこのシステムから抜け出そうぜ。<br><br>俺はその術を知っている。<br><br>俺たちは同志だ。<br><br>一緒に戦おう。<br><br>同じ思いを持った仲間を見つけることで、成長も加速して行く。<br><br>成長して人間関係の質が上がり、人間関係の質が上がって成長も加速し…最高の好循環が生まれる。<br><br>お前の仲間はいるんだよ。<br><br>俺もあなたの仲間なんだよ。<br><br>周りに成長し合う仲間がいなくて悩んでいる人へ。<br><br>俺はその悩みを解決する強力な武器を持っている。<br><br>ひとまずの名前は、OtoO人脈術。<br><br>ネットの出会いからリアルの出会いへ持っていく。<br><br>知りたくないか？
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<link>https://ameblo.jp/61013991/entry-11535691049.html</link>
<pubDate>Wed, 22 May 2013 17:26:55 +0900</pubDate>
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<title>【視点を変えて見てみよう】</title>
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<![CDATA[ こんにちは。高江です。<br><br>昨日･一昨日で書いた記事は少し力みすぎていたみたいで、知識で無理やり情報発信しようとしていたようです。<br><br>指摘してくれた方、ありがとうございました。<br>これからもそういう部分がありましたら、遠慮なくご指摘ください。<br><br>これからはもっと自然で素直に自分がやってみて気づいたこと･日常での発見･ふと自分が思ったこと・自分の未知の体験・自分の熱い思い（情熱)等を書いていきます。<br><br>前話はこれくらいにして、今日のこの記事では視点についてお話します。<br><br>皆さんは色んな物事にたいして、どの面を見ていますか？<br>対象はテレビでも本でも人でも何でもいいです。<br><br>もしかしたら、悪い側面を見るようにしていませんか？<br>もしそうだとしたら、あなたは幸せですか？<br>最高に生きているという感覚で充実した人生を送る事は出来ていますか？<br><br>まず最初に、<br>物事や人には色んな面があります。<br>良い面もあれば悪い面もある。あるいは、どっちでもない場合もある。<br>その良い悪いの基準も人次第ですが。<br><br>だから、一面だけを見つめて「これはダメだ!!」とか決め付けるのはよくない。<br>もっと物事や出来事・人は多面的にいろんな面から総合的に見ていく必要があります。<br><br>ただ、自分が知っている限りでは悪い側面ばかりを見ていて愚痴ばかりこぼしている人が多い。<br><br>そりゃ、悪い側面ばかりを見ていたらネガティブな感情が多くなる。<br><br>悪い側面を見ていてネガティブな感情を抱えていては、幸せも感じることはない。<br><br>だったら、一度視点を変えてみて、良い側面を見てみませんか？<br><br>そもそも、先人達の努力や見えない所でも色んな人に支えられて、ここまで生きる事が出来た。<br>世界にはアフリカの飢え死にしそうな人々など自分たちより過酷な状況で生きている人がたくさんいます。<br>それを考えると、今こうして衣食住に困ることなく、電子機器も発達して世界中の人とコミュニケーションを取れたりして、生きているだけでも素晴らしい。<br><br>自分ひとりだけの力では決してここまで生きることは出来なかった。<br><br>そう考えると、「いかに自分達が恵まれていて、幸せな状況にいる」という事が分かってくる。<br><br>もう、自分達は「生きているだけで幸せ」なんです。<br><br>物事や出来事を見るときにも、悪い面だけでなく良い面も見るようにしよう。<br><br>学校だって、国の奴隷教育（社会洗脳)という一面もあれば、色んな人に出会う事が出来るという一面もある。<br><br>テレビも、学ぶ意識を持つ事でこうやって番組が長続きしている秘密とかを考えることもできる。<br><br>病気も、「体がだるい」「吐き気がする」という様な身体的な面もあれば、病気にかかることで健康の大切さに気づくきっかけになり、そこから自分の体験を持って人に話すことができる。<br><br>もっと言えば、良い面も悪い面も存在しない。<br>ただそういう一面があるというだけで、人間が勝手に良い悪いを判断しているだけ。<br><br>人は比べることによって、「良い悪い」「面白い」「つまらない」という概念が生まれてくる。<br><br>だったら、今までつまらないと思っていたことも視点を変えてみて「面白い部分」を探してみる。<br><br>先に自分で「面白い」「幸せ」「良い」というような感情を决めて、視点を切り替えてみる。<br>そうすると、勝手にその自分が決めた感情に当たる部分を脳が勝手に探し出してくれて、その感情に染まっていく。<br><br>出来事が人の感情を左右しているのではなくて、人が一つ一つの出来事に対して感情面など勝手な解釈をしているのです。<br><br>何か上手くいかないことがあったら、自分の視点を切り替えて見方を変えてもう一度接してみてください。<br><br>そうすると、今までのものとは違った新たな発見が生まれてくることでしょう。<br><br>人間関係だって同じです。<br>人の悪い側面でなく、人の良い側面ばかりを見るようにして、その良い面をどんどん真似していけばいいのです。
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<link>https://ameblo.jp/61013991/entry-11498476033.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2013 15:41:26 +0900</pubDate>
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<title>インターネットの可能性</title>
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<![CDATA[ 皆さんは、普段使っているインターネットについて考えた事があるだろうか？<br>皆さんはインターネットにどれほどの可能性を感じているだろうか？<br>自分はインターネットにかなりの可能性を感じている。<br><br>インターネットが発達することによってできるようになったことは…<br><br>①いろんな情報に触れる事で自分の知らない事も知ることができる<br>②自ら積極的に動く事で、facebook等で会ったことのない人とも普通は出会う事のないような人とも繋がることができる。<br>③またネット上で繋がり、実際に会って話したいと思った時にお互いの都合を合わせて現実世界で会って話すこともできる。<br>・自分が自らの考え等を情報発信する事によって、自然と人も集まってきて自分の同士も見つけることができる<br>④youtube等を使うことによって、動画で人から学ぶ事ができる<br>⑤ustreamを用いて、どんなに遠くに離れていてもインターネットの環境さえあれば動画で質疑応答をしながら、実際のセミナー（授業)のように人に伝えることができる。<br>⑥インターネットビジネスという物が登場し、個人で働く事ができるようになった。<br>⑦人との連絡手段が増えた<br><br>等の点が挙げられる。<br><br>特に自分がいいと思っているのは②③の部分だ。<br><br>これまでは人との出会いは近くの人や自分の家族･友人繋がりの人ぐらいしかなかった。<br>遠くの人の事を知るきっかけもあまりなかった。<br><br>だけど、先人達がインターネットをここまで発達させてくれたおかげで、今までに会ったことのないような人を知ることができたり、インターネットを通じて生き様など尊敬出来る人をつくる機会も増えた。<br><br>googleやyahooが検索エンジンを作り出し、簡単に情報を集める事ができる。<br>知ろうと思えば、いろんな人の活動等も知ることができる。<br>facebookやtwitter･ブログなどで、情報発信をして、知りたい人の情報も受け取ることができる。<br>メールやメッセージ等で、会ったことのない人とも実際に連絡を取ることもできる。<br>自分の場合は、インターネットや人を通して、自分の中の常識とかも壊れていった。<br><br>つまり、インターネットの発達によって、自分の人間関係の幅や出会いの数も広がっていた。<br><br>勿論、<font color="#0000FF">インターネットは色んな人を知るただのきっかけに過ぎない。<br>インターネット上で知り合った人で実際に会いたい人は、ネット上で終わらせるのではなく、実際に会いにけばいい。<br>それでもお金の面や地理的な面で実際に会うことが出来なければ、skypeやline等の無料通話･ビデオ通話を利用して、声だけで話せばいい。</font><br><br><font color="#FF0000">ネット上で人との交流を続けることによって、自分の出会いも広がる。<br>自分があったことのない人も知ることができて、自分の視野も広がっていく。<br>色んな価値観も知って、自分が本物の人の情報を知り、その人の考え方を自分の血肉とすることで自分の考え方も本物に近づくことができる。</font><br><br>インターネットがあることによって良くなったのは、人との出会いだけではない。<br>学びの面でも多様になっていった。<br><br>例えば、各予備校で取り入れられている映像授業だ。<br>本来、授業といえば講師が生徒に対面で教える生の授業しかなかった。<br>しかし、インターネットが発達し動画を使って学ぶことができるようになったことで、場所とか関係なく自分が受けたい授業を受けることが可能になった。<br>東進･代ゼミの各予備校は、この可能性に気づき、映像授業を取り入れている。<br>この映像授業を使えば、自分の地域にいる講師がわかりにくい場合でも、分かりやすい自分に合った先生がする授業を映像で聞くことができる。<br><br>この話は映像授業だけの話ではない。<br>個人の活動においてもそうだ。<br>今はYouTubeやUstream等の無料メディアが発達している。<br>その無料メディアを積極的に活用していけば、インターネットを使って人に授業をすることができる。<br>YouTubeでは、自分の動画を配信できて、時間に制限されることなくその配信された動画を見れる。また、そこから自分のファンを作ることも可能だ。<br>Ustreamでは、実際のセミナー等のように人に授業をする事ができて、またchat欄を活用し、その場で質疑応答も可能だ。<br><br>人に文章で伝えたければ、facebook･twitter･ブログを用いて、人に伝えたい自分の正直な思いを書くことでそれを見た人に自分の考え方を伝えられる。<br><br>音楽を自分のオーディオプレイヤーに入れたければ、YouTube等から音声をダウンロードすればいい。<br><br>結局これまでで何を伝えたいというかというと、<br>「<strong>インターネットの可能性は凄いんだよ。まだまだ可能性が無限にあるし、せっかくこんなに先人達がこの最高の環境を用意してくれたんだから、インターネットをもっと有効に最大限に活用していこう。</strong>」<br>という事なんだ。<br><br>そして、自分はこのインターネットの可能性をもっともっと広めていこうと思う。<br>twitterやfacebookが出来たように、まだまだインターネットの可能性を広げる便利なモノを開発していく。<br><br>今は技術的に難しいかもしれないけれど、いずれはホログラムの立体映像とインターネットを融合していきたいと思う。<br><br>もっと人との交流を広げられるような物をつくる。<br><br>今まで便利にインターネットを使わしてもらったんだから、今度は自分がインターネットを新たな方向に導いていく番だ。<br>まだ具体的な事は思いついていないけど、インターネットをよりよくするwebサービスを生み出していく。<br><br>「virtual spacer」という巨大SNSでリアルとネットをもっと近づけていく。
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<link>https://ameblo.jp/61013991/entry-11489176504.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Mar 2013 23:37:22 +0900</pubDate>
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<title>親の言うことは絶対か？</title>
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<![CDATA[ 自分は今までずっと親の元で生活してきておかしいと思うことがある。<br><br>それは、親が「周り(両親)の意見を聞いて、その意見に素直に従え」と言っている事だ。<br><br>確かに、何も分からないうちは周りの意見を聞いてその指示に従って行くことは大切だろう。<br>何も分からないのに自己流で進めるよりは、その分野に詳しい人に聞いて行動していった方が賢明だと思う。<br>最初からその人の言う事に反抗してると学べる事も少なくなる。<br>だから、最初のうちは詳しい人に聞くのが一番良い。<br><br>しかし、だからといって周りの意見に全て従って行く必要があるのだろうか。(反語)<br>誰だって人間なんだから、得意な物もあれば苦手なものもある。<br>そして何より知らない事も多い。<br>知らない事は全くない、というような完璧な人間などいない。<br>両親だって、先生だって、結局は上記にあげたような人間なのである。<br><br>親と子供の例で話すが…<br><br>だから、親の意見が絶対正しいという事なんてあるわけないし、自分も全て正しいということはない。<br>親が子供が自分の言うことを聞かない(無視する)事に腹を立てたりするが、「子供が親の言うことを聞かない」というのは全く自然なことなのだと思う。<br>寧ろ、子供が親の言うことを全て聞いて(自分の考えを抑えて)親の言う通りになっている方が怖い。<br><br>親も子供も生まれた時代も違えば、住んでいる環境・生きている状況も違ってくる。<br>人それぞれで出会う人も訪れる場所も違ってくる。<br>だから、必然的に親と子供の考え方･行動が異なるのはごく普通の事だ。<br>それなのに、親と子供の考え方が異なるを嘆くのはおかしい。<br><br>考え方が異なってくれば、自ずとその人の行動も異なってくる。<br>そうして考え方･行動が親と子供で異なるから、子供が親の言うことを聞かないという状況が生まれてくる。<br><br>大事なのは、<font color="#0000FF">「親が子供の考えを認めてあげること」「親がありのままの子供の姿を受け入れてあげること」<strong></strong></font>である。<br>この事は子供側にも当てはまる。<br>その上で、親が子供のためのアドバイスをしたりするのは良い事だと思う。<br>そのアドバイスをたとえ子供が無視したとしても、親はいちいちそんな事に腹を立てることはない。<br>寧ろ、そういう事が起こって当たり前なんだ。<br><br>勉強にしても何にしても、親は子供に考え･言う事を強制するのではない。<br><br><strong>・まずは親自身の知識･行動を示してあげて、子供に自発的に学ばせてあげる。<br>・子供の判断を全て親がするのでなく、親は子供に選択に必要な知識を与えてあげてその上で子供に選ばせる。<br>・親は、子供のやりたい事・勉強したい事など出来るだけのサポートをしてあげて、子供がやることを見守ってあげる。<br>・子供に積極的に子供自身で考えさせる事をさせて、子供に自分で判断しすぐに行動できるようにしてあげる。<br>・親や社会の価値観でなくて、子供自身の価値観を作ってあげる。</strong><br><br>親は子供を育てるときにはそういう風に育てていく必要がある。<br><br>自分は両親や周りの人が全て間違っているとは思っていないが、両親が全て正しいとも思っていない。<br>臨機応変にケースバイケースで対応していく必要がある。<br><br>例えば、ある人がパソコンについてとても詳しい時にはパソコンについてその人に聞いてもいい。その時は父(親)の意見はかなり参考になるだろう。<br>だが、料理についてあまり知らない人に料理の仕方を聞いても仕方がない。<br><br>つまり、<strong>ある分野について教わりたかったら、その教わりたい分野に詳しい人・その分野での実績がある人に聞いてみる。<br>教わりたい分野に疎い人にはその分野の事は聞かない。<br>一流の思考法を身につけたかったら、まずインターネット等を使って色んな人に実際に会って知っていき、自分が一流で尊敬出来る人を見つけて、その人からその人の全てを教わる。その時は、自分の思考は全て捨てて、代わりその一流の人の思考をまず全て取り入れてみる。</strong><br><br>人の良いところを見つけたら、その良いところを自分の中に吸収する。<br>料理だったら母、家電のことだったら家電屋の人…とその人が詳しい部分で質問し、吸収していく。<br>また、<font color="#FF0000">人に教えることができる自分だけの専門分野も作ってみる。<br>自分はこの分野に関しては負けないというような自分だけの強力な武器をつくる。<br>その上で、本など幅広い教養も身につけていく。<br></font><br>そうして、「この分野は自分が詳しいから何でも聞いて。その代わり、自分はこの君の得意なこの分野が苦手だから、そこだけは教えて。」<br>という風に、お互いに得意不得意を支え合うことのできる同士や仲間・人間関係が大事だと思う。<br><br>この例としては、ワンピースというものがある。<br>ワンピースでは、船のみんなは皆それぞれ特技があり、それを仲間全員で支えあっている。<br><br>結論として、両親の言うことは絶対ではない。<br>だが、一旦親の言うことも聞き入れてみてそれから自分で判断していけばいい。<br>親の得意な事があったらその事に関しては素直に聞いて見たほうがいい。<br>親の意見に従うのではなく、自分の考えで責任を持って行動していくことが必要である。
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<link>https://ameblo.jp/61013991/entry-11486874826.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Mar 2013 20:30:44 +0900</pubDate>
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<title>物事の本質を知る</title>
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<![CDATA[ 最近、自分が意識しだしていることがあります。<br>それは、<font color="#0000FF">「相手の言動の裏の意味を読み取る」</font>ということです。<br><br>例えば、相手が「エアコンを消して」と言いました。<br>表面的には、エアコンを消して欲しいと読み取ることができる。<br>しかし、その発言をしている相手が本当に求めている事はそういうことなのか？<br>その発言から読み取れる相手の真意は何なのか？<br><br>自分はそれは状況次第だと思います。<br>もしエアコンをつけっぱなしで電気代を心配している時は、相手の人の真意は「電気代が勿体ないから、エアコンを切って欲しい」つまり、「お金の事を心配し無駄なお金を使いたくない」という事が読み取れます。<br><br>別のパターンで、相手の方が暑くてエアコンで暖房がかかっている時の相手の真意は「暑いのが嫌だから、エアコンを消して部屋を暑くしないで欲しい」つまり、「その人は部屋の暑さを気にしている。また、もう少し部屋の温度を下げたい」と言う事が読み取れます。この場合、どう行動すればいいのか？<br>エアコンの温度を下げるか。冷房をかけて、もう少し部屋を涼しくする。など、相手に対して言動以外の行動を取れます。<br><br><br>この例は言動ですが、「相手(物事)の真意を読み取る」という事は、何にしても重要だと思います。<br>目標達成においても、結果だけを見るのでなく過程も見ていく。<br>結果というのは表面的な部分に過ぎないわけで、自分が重要だと思うのは「その結果に至るまでどういった思考･行動を取り、どういう過程を踏んできたか」。<br>その過程によって、結果に対する満足感･達成感も変わってくる。<br>道が険しければ険しいほど、ゴールにたどり着いた時の感動は大きくなる。<br>適当にやってゴールにたどり着いてもつまらない。<br><br>例えばですが、富士山の頂上に辿り着くのにヘリコプターで行くのと歩いて行くのとではどちらが達成感があるか？<br>これは人によりますが、自力で歩いて行った時の方が満足度が高いと思います。<br><br>今の世の中は、学校教育の制度のせいか、自分であまり思考しないロボット人間が増えている。言われた事はやるが、言われてないことはやらない。<br>そんな人間が増えてきている気がします。<br><br>しかし、個人的にはそんなロボット人間より一つ一つの発言や物に対して、その物の裏面(真意)を読み取り、言われたことを聞きつつも読み取った真意を元に言われてないこともやる人間の方がよっぽど価値がある気がします。<br><br>高校生で文系理系分けることになるが、そもそもなんで文系理系分ける必要があるのだろうか？<br>どちらも重要なのではないか。<br><br>学校だって、そもそも学校とは何のために存在しているのか？<br>その目的を果たすためだったら、別の手段を用いてもいいのではないか？<br>このように<font color="#0000FF">一つ一つ疑問を持って、なんでも主体的に行動する必要がある。</font><br><br>じゃないと、社会に利用されるだけの人生が待っている。<br>それでもいいならそれでもいいと思いますが、自分はそんなのは真っ平だ。<br><br>自分は、まだ19歳で知識も経験も少ないですが、こんな風に思っています。<br><br><strong>教育なども、疑問を持って歴史を紐解いて行けば、その言葉の真の定義・本質、そして成功の変わらない原理原則が多分分かってくる。<br><br>今と昔とでは時代背景も生きている環境も違うけど、本質的な部分は変わらない。<br>未来もどうなるかは分からないけれど、その自分で考えて学んだ本質を忘れなければ大丈夫だ。</strong><br><br>インターネット・電話・ビデオ通話・本・セミナー・電子書籍・動画など、人に伝える手段はたくさんあるけれど、本質的なことを考えれば、結局は<font color="#0000FF">「人に考え・知識等を伝えていくor人と交流し会話する」<strong></strong></font>という事です。<br><br>動画は文字や動き、声等を通して、本は文字(文章)を通して、電話は声を通して…<br>このように、本などは人から人に伝える伝達の手段(媒体)に過ぎないんだと思う。<br>各媒体にはそれぞれ各個人によるメリット・デメリットもあるわけで。<br><strong>文字や声だって人に伝える手段の一つ。どういう表現をするかによって人にどう伝わるかも変わってくる。</strong><br><br>ただ、どの媒体を通して人に伝えるにせよ、結局、情報を伝える人は何か伝えたいことがあるから何かしらの媒体で情報発信をする。<br><br>だから、自分達は「その人が何を伝えたいか」「伝える人にどうして欲しいか」という裏面を読み取らないといけない。<br>物事の表面だけを追っかけているわけには行かない。<br><br>自分と一緒にもっと疑問を持って、自分の頭で考えて、その考えたことについてすぐに行動していきましょう。
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<pubDate>Thu, 28 Feb 2013 00:25:51 +0900</pubDate>
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<title>【「勉強しなさい」は間違っている】</title>
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<![CDATA[ 家庭環境にもよるが、親はやたらと子供に「勉強しなさい」「○○しなさい」とか命令形で言う事が多い。<br><br>確かに、自分も勉強(受験勉強に限ったことでなく人生勉強など広い意味で)は重要だと思う。<br>自分で色々と学んでみて自分の知識が増えて、物事に対する見方が変わったりとか様々な知識を複合させることでアイデアがどんどん湧いたりとか、学んでみてあまり損はないと思う。むしろ、どんどん勉強するべきだ。<br><br>しかし、子供側(年にもよるが)にしてみれば「勉強とは何か」「勉強の良さ」についてしっかりと分かっていない場合もあるのに、親に「勉強しなさい」と言われてもどうすればいいか分からないのではないか？<br>今まであまり勉強とかせずに育ってきた親などは、勉強についてよく分からずにただひたすら「勉強しなさい」と言っているのではないか？<br>もしくは、その親自体が子供を育てている時に、ＴＶを見たり携帯をいじってばかりいて親自体が勉強をしている様子を見せていないのに、子供にやたらと勉強を強制してはいないか？<br><br>初めの頃、子供は誰かを真似して誰かに影響されて生きていく。<br>恐らく、今の現代社会ではその真似する対象は育ての親だろう。<br>現代社会では、会社に雇われて働く父親が多いと思うから、多分母親の影響を受けることが多いと思う。<br>子供の今の姿はある意味親の姿を映し出した姿である。<br>だから、そういう親の言う事を子供が聞かないのもある意味当然である。<br><br>勿論、途中で親以外に尊敬できる人に出会ったりとか色んな場合があるから、一概には言えない。<br><br>しかし、親自体が実際に空いた時間に勉強していないのに子供に無理やり勉強させようとしても無理があるのではないか。<br>その親は昔の頃は勉強していたのかもしれないが、親・大人になった時には勉強をしなくなっている人が多数だ。<br>また、「勉強しなさい」と言っている親自体が勉強についてちゃんと分かっていない場合が多い。(例えば、結果の出る勉強のやり方・勉強の定義・勉強のメリットなど)<br>子供側にしてみれば、『「勉強しろ」「勉強しろ」と親はよく言うけど、実際どうすればいいの？』という感じだろう。<br><br>それなのに「○○している暇があるなら、勉強しなさい」と闇雲に言っても子供がその言葉の言う通りにするだろうか。いや、しない。(反語)<br>それどころか、子供自身が勉強をする気になったとしても、人から言われたことで勉強する気が薄れて、寧ろ勉強嫌いにになる要因だ。<br><br>子供だって、いつまでも親に甘えてばかりいるわけでなく、必要となったら自ら勉強をしていくはずだ。自分の好きな勉強だったら、誰にも言われることなく自ら進んでやるだろう。<br>小中学生・高校生の時のテスト勉強がいい例だ。<br>「もうすぐテストだ。やばい、勉強していない。テストで悪い点を取ったら、親に叱られる。勉強しないと」と、勉強の出来る友達に聞いたりして、自分から勝手に勉強をしだす。<br>その勉強の動機すらも、親が基準となっていて、子供自身が基準となっていない場合が多いが。<br><br>高校受験・大学受験の場合だってそうだ。<br>子供がその人の本当に行きたい高校・大学(目標)を見つけると、そこに行きたいと思い、親や先生に言われる事なく自分で勉強に取り組むようになり、自分にとって学習効率の良い勉強法を作り出して、勉強についても考えていく。<br>学校の授業を受けているだけだと受動的になりがちだが、参考書学習だと自ら主体的に勉強に取り組むようになる。<br><br>ゲームに熱中していて、そのゲームをクリアするために子供自ら色々と調べて、そのゲームについて自然と学び詳しくなる。<br>調べてインプットして、その学びをゲームをプレイすることでアウトプットしていく。<br>これも、「自ら勉強している」の一つの例になるだろう。<br><strong>子供だって、その子供の好きな物なら学びたくなってどんどん勉強していくはずだ。<font size="3"><font size="4"><font size="3"></font></font></font></strong><br><br>自分もそうだった。<br>強制的な分かりにくい学校の授業だとあまり積極的に取り組まなかったが、塾など自分が好きな場所・人だと積極的に学びに行った。<br>自分が分かりやすい参考書・授業だと、知識の吸収力もよくなっていく。<br>自分のレベルにあった物を勉強していると、勉強が楽しくなってきて、誰に言われるまでもなく自ら取り組むようになった。<br>自分の一例として、パソコンでタッチタイピングで早く打ちたいと思うようになり、タイピングサイトとかをインターネット上で調べてみて、ホームポジションを実践しながら少しずつ学び、タイピングゲームなどで毎日タイピングの練習をしていた。<br>そして、自宅浪人生活でインターネット上で目に見えない人達と交流する(チャットする)際に昔身につけたブラインドタッチを使ってたくさん打っていると、いつの間にかタイピング速度が早くなった。<br><br><font color="#0000FF">本当に大事なのは、子供に自発的に勉強してもらう環境を作ること。<strong></strong></font><br>子供に勉強させたい場合は、<br><strong>・(勉強しているフリをするのでなく)まずは親が好きな物・好きな勉強でいいから親自ら勉強している様子を見せて、子供にそれを真似をしてもらう。何とか、子供に勉強好きになってもらう。<br>・子供が好きな勉強を見つけたら、それを出来る限り後押しする。<br>・親が勉強についてもっと調べて、勉強を楽しくする方法を一生懸命に考えてみて、「勉強は楽しい」ということを子供に感じさせてあげる。<br>・口やかましく言うのでなく、子供を見守りながら子供が進んで勉強に取り組むように導いてあげる。<br>・親が「人それぞれ価値観が違う」という事に気付いて、親の考えを強制することなく、子供の考え方を認めてあげる。<br>・学校のテスト等については、結果だけを見るのでなく、その結果となる過程を見てあげる。達成感を重視する。</strong><br><br>上記のような事をする事で、子供も自ら勉強するようになり、親がどうとか関係なく勝手に勉強に励んでいく。自然と勉強する習慣も身に付く。<br><br>この事については、親だけでなく学校や塾の先生(指導者)にも当てはまると思う。<br><br><font color="#0000FF">自分も含め、大人たちはもっと子供達(指導する人)に自発的に勉強してもらう工夫を作っていく必要がある。<br><br>そのためには、指導者側も日々進化し、学び成長していく事は欠かせない。<strong></strong></font>
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<pubDate>Tue, 26 Feb 2013 14:01:43 +0900</pubDate>
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<title>物事に意味はない</title>
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<![CDATA[ 大抵の人は物事を「○○して良かった」「△△して悪かった」など<wbr><span class="word_break"><br></span>と、判断する。<br>しかし、そのいい悪いの価値基準は誰の基準なのか？<br><span>恐らく、思考停止(自分の意見や基準を持たずに他人の基準で生き</span><wbr><span class="word_break"><br></span>ている人)は、社会・他人の価値観で判断している。<br><br><span>例えば、とある中学生がテストで60点とったとする。それを見て</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>母親は「田中(仮名)君は80点だったのよ。あなたの点数はそれ</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>より低いじゃない。」と言う。その60点をとった中学生はそう言</span><wbr><span class="word_break"><br></span>われて落ち込む。<br><br><span>この場合、点数の低い高い・良い悪いの基準は田中君・母親にある</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>わけだ。自分の価値観でなく、その母親の言うことを鵜呑みにして</span><wbr><span class="word_break"><br></span>しまって、他人基準の生き方になっている。<br><br><span>しかし、その中学生が自分基準で生きているとしよう。するとどう</span><wbr><span class="word_break"><br></span>だろうか？<br><span class="text_exposed_hide">...</span><span class="text_exposed_show"><span> 「今回はこの部分が出来ていなかったんだな。その部分ができてい</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>ない理由は○○が原因だったから、この○○を改善するために□□</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>(時)までに△△をして直していこう」と、自分の価値観・基準で</span><wbr><span class="word_break"><br></span>生きているため、物事や出来事に対して前向きに捉えている。<br><br><span>つまり、良い・悪い・高い・低いなどは、元々存在せず、他人や他</span><wbr><span class="word_break"><br></span>の物との比較によって判断しているのだ。<br><span>何かと比較する事によって、その出来事・物事に勝手に意味を付け</span><wbr><span class="word_break"><br></span>加えているだけなのだ。<br><span>しかも、その比較の基準は他人やその社会・周りの状況によって変</span><wbr><span class="word_break"><br></span>わりやすい場合が多い。<br>自分の解釈次第でその出来事に対する見方が変わるのだ。<br><br><span>たとえその時の自分にとって悪い出来事が起こったとしても、長期</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>的に見ればその出来事から何かに気づき、克服することによって、</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>「あの時にあの出来事が起こってよかったな」というようないい出</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>来事に変わるのだ。その出来事が起こったことに感謝することがで</span><wbr><span class="word_break"><br></span>きるのだ。<br><br><span>まとまりがなく伝わりにくい文章になったかもしれないが、言いた</span><wbr><span class="word_break"><br></span>いことは<br><span>「何か出来事が起こったとしても、その事で感情を左右することな</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>く、そこから学び・気づきを得て、今後の自分をより良くする方向</span><wbr><span class="word_break"><br></span>につなげればいい」という事だ。</span>
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<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 16:51:16 +0900</pubDate>
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<title>決意</title>
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<![CDATA[ <div id="id_51113d4f16a508058278149" class="text_exposed_root text_exposed"><span class="userContent">周りのせいにして生きるのをやめた。<br>ある出来事でいちいち感情的になる事もやめた。<br>自分の為だけに生きるのもやめた。<br><br>「全ては自己責任」<br><span>たとえどういう結果になったとしても、それは自分の今までの行い</span><wbr><span class="word_break"><br></span>の結果であって決して周りの人が起こした結果ではない。<br><span>今の結果(状況)は過去の自分の行動の積み重ねによって起こった</span><wbr><span class="word_break"><br></span>ものだ。<br><span>しかし、未来(これから)の結果は決まってないし、それは自分の</span><wbr><span class="word_break"><br></span>今からの行動の積み重ねによって起こるものだ。<br><br><span>だから、自分がどうしても欲しい結果があったとしたら、その結果</span><wbr><span class="word_break"><br></span>を得るために毎日本気で一生懸命に行動していく必要がある。<br><span class="text_exposed_hide">...</span><span class="text_exposed_show"> <br><span>また、自分だけのために生きてもつまらないし満たされるのは最初</span><wbr><span class="word_break"><br></span>だけで、結局満たされないままである。<br><span>周り(他の人)の為に生きるといっても、周りが言う事に従うとい</span><wbr><span class="word_break"><br></span>うわけではない。<br><br><span>他人(今の自分の周りの人だけでなく、遠くにいる自分の見えない</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>人)の為に自分が何が出来るか、という事を考えてその上で自分の</span><wbr><span class="word_break"><br></span>行動の選択をして、その行動することである。<br><br><span>自分に良くない出来事(問題)が起こったら、一旦冷静になりその</span><wbr><span class="word_break"><br></span><span>原因を分析し解決策を考えて、出来事に流されずにとりあえずその</span><wbr><span class="word_break"><br></span>問題を解決しようと行動することである。</span></span></div>
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<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 02:12:35 +0900</pubDate>
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<title>良い作品を作るには</title>
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<![CDATA[ <p>良い作品を作るには、専門的な技術・知識は必須として、幅広い教養(さまざまな事に応用出来る知識)・より良い作品を作ろうとする熱意も必要になってくる。</p><br><p> 教養(知識)が豊富だと、アイデアも生まれてくるしあって損はない。</p><p> しかし、教養だけで専門性がなければ、自分がコモディティ化(同質化)してしまいその他大勢と同じになって、代えの利く価値の低い人間になってしまう。 </p><br><p>自分の場合、幅広い教養・専門的な知識と技術、のどちらも圧倒的にかけてるため、その二つを見につける必要がある。 </p><p>いきなりどちらも身につけていこうとすると、どちらも中途半端になってしますため、まずは絶対に欠かせない専門的な知識と技術を磨いていくことにする。 その分野で突き抜けてみる。 </p><p>まずは、一つの分野を徹底的に極めることが大事である。 その後(それと同時)に、教養(幅広い知識)を身につけることにする。 </p><br><p>だから、まずそういう自分の目的と合致した専門的な技術・知識を身につけられる大学に入学することに決めた。 </p><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 02 Feb 2013 17:41:52 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ <p>今日からブログを始めて行きます。</p><br><p>どうぞよろしくお願いします。</p>
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<pubDate>Mon, 28 Jan 2013 19:24:36 +0900</pubDate>
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