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<title>若見えオヤジ・はまさんのイラスト日記</title>
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<description>イラストを描いて掲載するとともに、そのイラストを描いた時に思ったことなどを書いていきます。</description>
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<title>55年前の記憶②</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/16/d3/j/o0640048015017053648.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/16/d3/j/o0640048015017053648.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>前回の続きです。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/2f/de/j/o0640048015017053651.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/2f/de/j/o0640048015017053651.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div><div>夕方のニュース番組の一コーナーである｢兵動大樹の今昔さんぽ｣で、上の写真が<font color="#ff2a1a">昭和41年9月30日に廃線となった淡路鉄道(淡路交通鉄道線)の｢さよなら列車｣</font>であり、撮影された場所が淡路鉄道の<font color="#ff2a1a">洲本駅</font>であることを突き止めた兵動さん。</div><div>(関西テレビ｢報道ランナー｣で6月18日に放送、傑作選ということでオリジナルは<font color="#ff2a1a">2020年2月28日</font>に放送)</div><div><br></div><div>南あわじ市にあり、かつての淡路鉄道福良駅のあった場所の近くで、当時から営業を続けている｢喫茶＆とんかつ　ママン｣の店主の萩原宏亮さんから紹介された、淡路鉄道の運転士だったという市川富夫さんとともに、兵動さんは洲本駅(洲本市)だった場所を目指しました。</div><div><br></div><div>途中、広田駅のあった場所の近くには・・・</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/20/76/j/o0640048015017053657.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/20/76/j/o0640048015017053657.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/da/13/j/o0640048015017053661.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/da/13/j/o0640048015017053661.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>小さな川に架かる線路の橋台跡が残っていました。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/9a/79/j/o0640048015017053663.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/9a/79/j/o0640048015017053663.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div><div>洲本駅近くの線路のあった場所に二人はやって来ました。</div><div><br></div><div>市川さんは、福良方面を見ながら｢この道路の左側手の方を電車が走っていました｣と話しました。</div><div><br></div><div><font color="#ff9e10">上の画面でいえば、この交差点より先は車道がなく、福良方面に向かう車は右折した先にある洲本川を渡り、川沿いの国道を利用していました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10">線路は、数百m先で川に対して斜めに架かっていた洲本川橋梁に向けて、川の堤防の高さまでゆるやかに上がる高架のような形になっていて、その名残がかなり後まで残っていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10">この画面の道路右側にある公園の一帯には、かつて国内最大級の紡績工場であった鐘淵紡績洲本工場の社宅として、長屋のような建物がいくつもの列になって建てられていて、鉄道と相まって現在とはかなり違う雰囲気がありました。</font></div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/fc/96/j/o0640048015017053667.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/fc/96/j/o0640048015017053667.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>二人が、元の洲本駅の近くにやって来たところで、｢だいたい、あの入口からまっすぐに出てきていたんです｣と市川さん。</div><div><br></div><div><font color="#ff9e10">線路は単線で、上の画面の歩道のあたりにありました。そして当時は左側の車道はなく、自動車は画面より手前で右折と左折をして、駅の改札口のある通りやその先にある洲本温泉などに行くことができました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10">画面左側には鐘淵紡績洲本工場の広大な工場の建物群が広がっていましたが、現在ではいくつかのレンガ造りの建物に諸施設を入居させるなどした上で、歴史的建造物として保存しているものが元の洲本駅に近い部分に残されているのみとなっています。</font></div><div><br></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/b1/d4/j/o1080081015017053674.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/b1/d4/j/o1080081015017053674.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><div>(上の写真は私が撮影したものです)</div><div><br></div><div>元の洲本駅の建物は、鉄道廃止後は2004年まで、洲本バスセンターとして島内の路線バスのターミナルになっていて、鉄道のホームだった場所に各路線の乗車場が設置されていました。</div><div><br></div><div>鉄道廃止後の昭和40年代は、島内の路線バスにとっては最盛期だったのかも知れません。</div><div><br></div><div>島の北端部にあり、明石への連絡船(現在は高速船)やフェリー(現在は廃止)が発着していた岩屋(淡路市)から洲本を経由して福良までを結んでいた循環線は、1時間に特急(国道のみを走行のため洲本は通過)2本、急行2本、各停4本の体制でしたし、他の路線も多くは1時間に1本程度でした。</div><div><br></div><div>しかし現在では、自家用車の普及で多くの路線が廃止になったり、日に4往復程度になったり、自治体のコミュニティバスに引き継がれたりしています。</div><div><br></div><div>循環線は神戸や大阪への連絡という機能の部分が高速バスに移されたこともあり、洲本で分割され、洲本から福良は1時間に1本程度、洲本から津名港は1～2時間に1本程度になっています。なお、津名港から岩屋の区間はあわ神あわ姫バス(淡路市生活観光バス路線)に引き継がれています。</div><div><br></div><div>写真左側の道路の突き当たりにあるのは、洲本港の旅客ターミナルだった建物で、明石海峡大橋が出来た影響で、現在は洲本港に定期船はなくなっていますが、港と駅が歩いてすぐの場所にあったことが分かると思います。</div><div><br></div><div>その少し手前の道路左側に、1998年の明石海峡大橋の完成に伴って運行されるようになった、神戸や大阪などへの高速バスが発着する洲本高速バスセンターが造られました。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">2004年</font>には洲本高速バスセンターの場所で、路線の廃止や減便で運行台数が少なくなった島内路線バスも運用されることになり、<font color="#ff2a1a">洲本バスセンターとなっていた元の洲本駅はその役目を終えることになりました</font>。</div><div><br></div><div>なお、2019年には洲本高速バスセンターの場所の名称が洲本バスセンターになっています。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/1d/ea/j/o0640048015017053679.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/1d/ea/j/o0640048015017053679.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div>(バスの降車場のあった通り側を私が撮影したものです)</div><div><br></div><div>鉄道廃止後には、バスの到着便は(上のテレビ画面では建物の右側にあった)降車場で客を降ろした後に、建物の角で左折して、改築で造られた開口部分を通った上で、各路線毎の乗車場所で待機するようになっていました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/c5/c8/j/o0640048015017053686.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/c5/c8/j/o0640048015017053686.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div>(バスの降車場から各乗車場所へ向かうバスのために改築で造られた開口部分を私が撮影したものです)</div></div></div><div><br></div><div>上の写真の道路右側にあるレンガ造りの建物は鐘淵紡績洲本第三工場の汽缶室だったもので、現在はレストランである｢淡路ごちそう館　御食国｣として活用されています。</div><div><br></div><div>なお、御食国(みけつくに)とは古代から平安時代にかけて、贄の貢進国だったとされる国をさす言葉で、朝廷に海産物などの御食料(穀類以外の副食物)を貢いだと推定され、淡路国、若狭国、志摩国などが該当したとされています。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>兵動さんは｢さよなら列車｣の写真が撮影されたであろう場所から、同じアングルで現在の写真を撮影しました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/d4/33/j/o0640048015017053688.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/09/6391063910/d4/33/j/o0640048015017053688.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div><div><br></div><div><br></div><div>私の記憶の中で、時期が推定できるものとしては一番古いものが、廃線になる少し前に、3歳でこの淡路鉄道に乗ったというものです。</div><div><br></div><div>廃線になることを知らなかったので、気がついたらもう電車に乗ることができなくなっていたのです。</div><div><br></div><div>廃線になった後も、しばらくは宇山駅近くにあった車庫に置かれていたので、止まっている電車を見ることはできたのですが・・・</div><div><br></div><div>その時に乗ったのが、洲本駅から下加茂駅の2㎞の区間で、下加茂駅の前にかつてあった県立淡路病院に行くために、母に連れられて乗ったと記憶しています。</div><div><br></div><div>家から病院まで2㎞はなかったのですが、歩く距離は少なくなるとはいえ、遠回りをしたのは鉄道が廃線になるからだったかも知れません。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 17 Oct 2021 09:31:00 +0900</pubDate>
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<title>55年前の記憶①</title>
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<![CDATA[ <div></div><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/70/8b/j/o0640048015013615412.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/70/8b/j/o0640048015013615412.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div><div><div></div><div>上の写真は、フジテレビ系列の関西テレビで6月18日に放送された、夕方のニュース番組｢報道ランナー｣(フジテレビ｢イット｣の時間帯)の｢兵動大樹の今昔さんぽ｣というコーナーで紹介されたものです。</div><div><br></div><div></div><div>なお、この回は“傑作選”ということでオリジナルは<font color="#ff2a1a">2020年2月28日に放送</font>されたものです。</div><div><br></div><div></div><div>このコーナーは一枚の古い写真を元に漫才コンビ｢矢野・兵動｣の兵動大樹さんが、どこで撮影された何の写真であるかを探り、その場所の現在の様子を写真に納めるまでを、一連の流れとした“散歩”として構成されています。</div><div><br></div><div></div><div></div><div><font color="#ff2a1a">昭和41年(1966年)に撮影</font>されたという写真を持って、神戸の三宮駅前から始まり、街を歩く人に上の写真を見せて、撮影された場所などに心当たりがないかを聞いて回りました。</div><div><br></div><div></div><div>なかなか手がかりが見つからないので、三宮センター街へ行き、鉄道ファンの集まるような店がないかを聞いたところ、センタープラザの二階にある鉄道模型の｢ホビーランドぽち神戸店｣を紹介されました。</div><div><br></div><div></div><div>そこのチーフである塩田全良さんが｢場所的には関西…？｣と聞いてきたので、兵動さんは｢関西です。今まで三宮でオープニングして東北行ったことないです｣と返しました。</div><div><br></div><div></div><div>塩田さんは、電車が2両編成であることや車両の形から、国鉄ではなく私鉄だと推測されることや、車両に“さよなら”と書かれたヘッドマークがあるが、写真からは車両がなくなるというよりは、鉄道自体がなくなる感じに見受けられるというようなことを説明しました。</div><div><br></div><div></div><div>そして塩田さんが<font color="#ff2a1a">｢昭和41年(1966年)の撮影とおっしゃっていたので・・・淡路島に昔、鉄道が走っていたんです｣</font>と話したところ、兵動さんが｢淡路島に電車走ってます？｣と聞き返しました。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/5c/80/j/o0640048015013615420.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/5c/80/j/o0640048015013615420.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br><div><div></div><div>｢今は走ってないですよ｣｢昔はいわゆる<font color="#ff2a1a">淡路鉄道</font>というのが走ってまして｣｢まあ、どっちかの終点やと思うんですね。まあ福良(ふくら・南あわじ市)の駅なのか、洲本(洲本市)の駅なのか｣と塩田さん。</div><div><br></div><div></div><div></div><div><br></div><div>そこで兵動さんは、プライベートでよく行くという南あわじ市を目指すことにしました。</div><div><br></div><div></div><div>まず訪れたのは、お魚がおいしいのでよく行くという福良の｢ひらまつ食堂｣でした。</div><div><br></div><div></div><div>店主の平松俊和さんは、写真を見て｢毎日乗ってました。洲本の高校行くのに｣と話しました。</div><div><br></div><div></div><div>平松さんの｢福良の駅と思うねんけどね｣という言葉で、現在はバスターミナルになっている福良駅の跡地へ兵動さんは向かい、近くにあった｢喫茶＆とんかつ　ママン｣というお店に入りました。</div><div><br></div><div></div><div></div><div>店主の萩原宏亮さんは｢これも乗りましたもん。小学校4年の時に、今日はタダやから電車乗りに行かんか言うて｣と話しました。</div><div><br></div><div></div><div>さらに｢電車の運転士さんなんかがね、うちによくお茶飲みに来ていただいて、ワイワイやってました｣｢今でもお茶飲みに来てくれる人でね、電車の運転されとった方いらっしゃいますけどね｣と言い、店の常連客で淡路鉄道の運転士だった方を呼んで下さることになりました。</div><div></div><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/c0/dc/j/o0640048015013615426.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/c0/dc/j/o0640048015013615426.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div><div><div></div><div>店にやって来たのは淡路交通<font color="#ff9e10">(元々は淡路鉄道だったが、昭和18年に戦時中の交通統制で全淡自動車と統合され、淡路交通になった。鉄道路線は淡路交通鉄道線という名称になったが、一般には淡路鉄道と呼ばれ続けた)</font>の運転士だったという市川富夫さん。<br></div><div><br></div><div></div><div>市川さんは、昭和26年に淡路交通に入社し、昭和36年から廃線まで運転士を勤めていました。</div><div><br></div><div></div><div>｢この鉄道というのは、いつからあったんですか？｣と兵動さん。</div><div><br></div><div></div><div>｢これはね、大正の11年からスタートしてるんです｣と市川さん。</div><div></div><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/f9/d0/j/o0640048015013615440.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/f9/d0/j/o0640048015013615440.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div><div><div></div><div><font color="#ff9e10">淡路鉄道は大正11年(1922年)11月26日に洲本口駅(後の宇山駅)から市村駅の間の16㎞で、旅客と貨物を扱う鉄道として部分開業し、大正14年6月1日に洲本駅から福良駅まで全通しました。</font></div><div></div><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/c3/d2/j/o0640048015013615456.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/c3/d2/j/o0640048015013615456.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div><div><div></div><div><font color="#ff9e10">蒸気機関車で運行が開始された淡路鉄道は、大正13年の時点で洲本口駅から賀集駅の18.7㎞を58～62分の所要時間で9往復が運行されていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">昭和7年には気動車の運行も開始され、昭和9年の時点では蒸気機関車と気動車の混用で、16往復が洲本駅から福良駅の23.1㎞(昭和13年に福良の海岸埋め立てで23.4㎞に)を54～84分の所要時間で運行されていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">なお、現在の気動車といえば、ほとんどがディーゼルカーですが、この頃にはガソリンカーが多く運行され、淡路鉄道ではガソリンカーが導入されていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">その後、ガソリンカーの導入が進みましたが、昭和23年に電化工事が完成し、南海電鉄から購入した電車が運行を開始しました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">その後は、さらなる電車の導入やガソリンカーの電車への改造が進みました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">そして、昭和30年の時点では、28往復が所要時間50分で、日中は30分毎に運行されていて、さらに不定期急行が所要時間36分で運行されていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">なお、不定期急行のうち1往復は、鳴門の渦潮の観潮客用に運行され、毎日変化する渦潮の見頃の時間にあった観潮船に乗船できるように、時間帯の設定が変えられていました。</font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/b3/6f/j/o0640048015013615471.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211010/10/6391063910/b3/6f/j/o0640048015013615471.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div><div><div><div></div><div>｢これ(さよなら列車の写真)がね、昭和41年なんですけど、昭和41年で淡路の鉄道はなくなるんですよね｣と兵動さんが聞けば、｢はい、そうですね、<font color="#ff2a1a">9月30日というのが廃線の日になります</font>｣と市川さんが答えました。</div><div><br></div><div></div><div>｢これはどこの駅なんですか？｣と兵動さんが聞いたところ、｢さよなら列車というのは両方の駅から出たんです。一番分かりやすいのは、このテープですね、福良ではテープはなかったですからね｣<font color="#ff2a1a">｢報道関係の人って、ほとんど洲本がメインで｣</font>と市川さん。</div><div><br></div><div></div><div><font color="#ff9e10">一般の人々への自動車の普及や道路事情の改善などにより、利用者の減少が進んでいた昭和40年9月に起きた集中豪雨により、淡路鉄道は寸断されました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">代行バスに流れた利用者は、鉄道復旧後も完全には戻らず、急激に鉄道事業の収益は悪化しました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">バス事業への比重を高めていた淡路交通は、鉄道線の廃止を決断し、利用者や自治体の存続への要望はありましたが、昭和41年9月30日をもって廃線にすることを決定しました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">なお、9月30日に使える“鉄道廃線記念乗車券”が各駅に割り当てられた上で、無料で5000枚が配布されました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><font color="#ff9e10"></font></div><div><font color="#ff9e10">そして最後の列車は、洲本駅発が15時20分、福良駅発が15時23分に発車されました。</font></div><div><font color="#ff9e10"><br></font></div><div><br></div><div><div></div><div></div><div>そして、兵動さんと市川さんは洲本駅のあった場所を目指します。</div><div><br></div><div>その②へ続く</div><div></div><div><br></div></div></div></div></div>
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<pubDate>Sun, 10 Oct 2021 10:36:00 +0900</pubDate>
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<title>左手で描くということ</title>
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<![CDATA[ <div>随分と間が開いてしまいましたが、久々の更新です。</div><div><br></div><div>イラストを載せるのは、さらに間が開いてしまいました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>元々テーマを絞っていないので、ここのところは触れていませんでしたが、私は4年半前に脳出血を起こしています。</div><div><br></div><div>そのために、元々の利き手だった右手で絵を描いたり、字を書いたりすることが出来なくなっています。</div><div><br></div><div>左手でもそれなりには描けたことから、このブログを始めたのですが、最近では自分の描いたイラストに満足出来ない部分が大きくなって、ブログに載せなくなっていました。</div><div><br></div><div>イラストのない記事のネタとしては、コロナの流行前に行った場所のものが、いくつかあるのですが、今は保留にしています。</div><div><br></div><div><br></div><div>そして今回は、少しはましに描けたと思うイラストがあるので載せることにしました。</div><div><br></div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210131/13/6391063910/52/34/j/o0640048014889301710.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210131/13/6391063910/52/34/j/o0640048014889301710.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div><div>フィギュアスケートの宮原知子選手です。</div><div><br></div><div>年末に行われた全日本選手権でのフリースケーティングの演技冒頭のポーズを描いてみました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>左手で絵を描くということに関しては、当初は少しずつ上手くはなっていって、昔に右手で描いていた頃に(程度の違いはあれ)近づくと思っていました。</div><div><br></div><div>しかし、左手をなめらかに動かすということについてはなかなか難しいと感じています。</div><div><br></div><div>子供の頃にピアノを習っていたこともあって、利き手ではない左手もある程度器用に動くと思っていましたが、左手がリズムを刻むような一般的な曲を、ようやく弾けていただけだったと感じています。</div><div><br></div><div><br></div><div>左手をなめらかに動かして、一度で思ったとおりの線を描くことがなかなか出来ない以上は、薄い線や色を修正しながら少しずつ濃くしていくしかないかなと、今は考えています。</div><div><br></div><div><br></div><div>この方法は、頭で考えたイメージや資料として使う写真などに、仕上がりを近づける作業をしているうちに、かえって遠ざかることも多いのでなかなか難しいですが、描いている間は集中力を高く持ち続けることしかないのかなと思っています。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>宮原選手は全日本選手権で3位に入賞したことによって、3月にスウェーデンのストックホルムで開催される予定の世界選手権の代表になっています。</div><div><br></div><div>コロナ禍で開催されるかどうか不透明な状況であり、開催されるとしても適切な運営がなされるかとか心配なことが多いですが、出場されるならば、無事に思ったとおりの演技が出来ることを願っています。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 31 Jan 2021 13:09:00 +0900</pubDate>
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<title>1月17日の重み</title>
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<![CDATA[ <div><div>昨日で、阪神・淡路大震災から25年が経ちました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/d8/ef/j/o0640048014697885199.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/d8/ef/j/o0640048014697885199.jpg" alt="" width="640" height="480"></a></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><iframe class="reblogCard" scrolling="no" frameborder="no" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" width="100%" height="234px" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/6391063910/entry-12445941609.html?reblogAmebaId=6391063910" data-ameba-id="6391063910" data-entry-id="12445941609"></iframe><div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>阪神・淡路大震災が起こった1995年1月17日に生まれた照強関は、去年の春場所で新入幕を果たしていました。</div><div><br></div><div>新入幕を果たした関取は、幕内の関取の壁に阻まれてしまって、十両に再び陥落する場合も多く見られます。</div><div><br></div><div>しかし、照強関は小さな身体を補うスピードと大きな相手にも怯まない思い切りの良さで、ここまで幕内の地位を守ってきました。</div><div><br></div><div>そして今場所は5連勝で、幕内での誕生日を初めて迎えることになりました。</div><div><br></div><div><br></div><div>というわけでNHKでは、これまでのVTRとインタビューを中入り後に放送していました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/93/cb/j/o0640048014697885203.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/93/cb/j/o0640048014697885203.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/ae/86/j/o0640048014697885212.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/ae/86/j/o0640048014697885212.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/41/c4/j/o0640048014697885221.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/41/c4/j/o0640048014697885221.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>インタビューでは、大震災当日に生まれたことの重みについて語っていました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/f9/76/j/o0640048014697885233.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/f9/76/j/o0640048014697885233.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/fa/78/j/o0640048014697885234.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/fa/78/j/o0640048014697885234.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>震災経験者の方からの手紙が届くこともしばしばあり・・・</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/43/74/j/o0640048014697885238.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/43/74/j/o0640048014697885238.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/b4/5a/j/o0640048014697885250.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/b4/5a/j/o0640048014697885250.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/26/68/j/o0640048014697885263.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/26/68/j/o0640048014697885263.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>照強という四股名は、師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱旭富士)から名付けられました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/33/72/j/o0640048014697885271.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/33/72/j/o0640048014697885271.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/9c/3f/j/o0640048014697885287.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/9c/3f/j/o0640048014697885287.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/2e/4f/j/o0640048014697885299.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/2e/4f/j/o0640048014697885299.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/81/0c/j/o0640048014697885309.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/81/0c/j/o0640048014697885309.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/34/e2/j/o0640048014697885313.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200118/05/6391063910/34/e2/j/o0640048014697885313.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div><div>昨日の取組では、德勝龍関に引き落としで敗れて今場所での初黒星がついてしまいましたが、今後も思い切りの良い相撲を見せて下さることを期待しています。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 18 Jan 2020 05:55:00 +0900</pubDate>
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<title>レジェンドの壁を越える！</title>
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<![CDATA[ <div>こんにちは！</div><div><br></div><div>今回は、7日に<font color="#ff2a1a">WBSSバンタム級決勝として行われた井上尚弥選手(26)とノニト・ドネア選手(36・フィリピン・11歳でアメリカに移住していてアメリカ国籍も持っています)の一戦を取り上げます。</font></div><div><div><br></div><div>なお、｢ドネア｣は英語読みであり、フィリピンでは｢ドナイレ｣と発音する場合が多いようです。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/a3/4a/j/o0640048014636881308.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/a3/4a/j/o0640048014636881308.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div><div><br></div><div>WBSS(World Boxing Super Series)とは、プロボクシングにおいて、主要な統括団体が4つあるという現状の中で、最強の選手を決めようというものです。</div><div><br></div><div>2017年9月に始まり、2018年9月までに終了した第1シーズン(クルーザー級・スーパーミドル級)に続いて、2018年10月に始まったのが第2シーズンです。</div><div><br></div><div>第2シーズンは、スーパーライト級とバンタム級と第1シーズンに続いて開催されるクルーザー級で行われています。</div><div><br></div><div>試合間隔を短くすることが非常に困難である競技の特性上から、仕方ないのですが色々な問題がWBSSにはあるようです。</div><div><br></div><div>とは言え、今回なんとか決勝まで行うことができたバンタム級では、とても良い試合を見ることが出来ました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>井上選手は2014年4月6日に最初のタイトルとして<font color="#ff2a1a">WBC世界ライトフライ級王座をアドリアン・エルナンデス選手(メキシコ)から6回2分54秒TKO勝ちで</font>獲得しています。</div><div><br></div><div>初防衛後にフライ級を飛び越えて、<font color="#ff2a1a">WBO世界スーパーフライ級王者のオマール・ナルバエス選手(アルゼンチン)</font>に挑戦することが決定していた中で、2014年11月24日に<font color="#2c6ece">世界5階級制覇のレジェンドであり、かねてからの憧れの選手であったノニト・ドネア選手にナルバエス対策のアドバイスを直接に受けています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>ナルバエス選手は、フライ級王座を16連続防衛後、スーパーフライ級王座を11連続防衛中であり、それまでは1階級上のバンタム級でドネア選手に判定負けしたのが唯一の敗戦でした。</div><div><br></div><div>2014年12月30日に井上選手は、<font color="#ff2a1a">ナルバエス選手に2回3分1秒KO勝ちで2階級目を制覇しました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>この試合が動画サイトにアップロードされたことで、海外で試合をしたことがなかったにもかかわらず、世界のボクシングファンの中で知名度と評価が急上昇しました。</div><div><br></div><div>このタイトルの6度目の防衛戦で井上選手は、アメリカデビューも果たしています。</div><div><br></div><div>7度目の防衛後、2018年5月25日には<font color="#ff2a1a">WBA世界バンタム級王者のジェイミー・マクドネル選手(イギリス)から1回1分52秒TKO勝ちで、3階級目のタイトルを奪取しました。</font></div><div>この試合はアメリカでは｢ESPN＋｣で生配信されました。</div><div><br></div><div>このようにして井上選手は、ファイティング原田さん(今回の勝者に贈られるアリ・トロフィーのプレゼンターです。プロフィールは後述します)以来となる海外のボクシングファンから広く知られる日本人選手となりました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">WBSS一回戦が開始されると、</font>2018年10月7日に井上選手が<font color="#ff2a1a">元WBA世界バンタム級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ選手(ドミニカ共和国)に1回1分10秒KO勝ちし、準決勝進出とWBA王座の初防衛を果たしました。</font></div><div><br></div><div>※スーパー王者：階級のスーパー〇〇級ではなく、一定の規定を満たした王者ということ。スーパー王者が認定されると正規王座が空位となり、新しい王者の決定戦が行われるのが基本であり、混乱の要因になっていることも多い。また、規定を満たしていないのに認定されている場合も実際には見られる。</div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>一方のドネア選手は2018年11月3日に<font color="#ff2a1a">WBA世界バンタム級スーパー王者のライアン・バーネット選手(イギリス)と一回戦を戦い、4回終了TKO勝ちで準決勝進出とWBAスーパー王座獲得を決めました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>一回戦を勝ちぬいた<font color="#ff2a1a">WBO世界バンタム級王者のゾラニ・テテ選手(南アフリカ共和国)</font>が肩の故障により欠場することになり、代役として出場することになった<font color="#ff2a1a">WBA世界バンタム級5位のステフォン・ヤング選手(アメリカ)</font>と2019年4月27日にドネア選手は<font color="#ff2a1a">準決勝を戦い、6回2分37秒KO勝ちで決勝進出とWBAスーパー王座の初防衛を果たしました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>一回戦を勝ち抜いた<font color="#ff2a1a">IBF世界バンタム級王者のエマヌエル・ロドリゲス選手(プエルトリコ)</font>と2019年5月18日に<font color="#ff2a1a">準決勝を戦った</font>井上選手は、<font color="#ff2a1a">2回1分19秒</font><font color="#ff2a1a">TKO勝ちで、決勝進出とWBA王座の2度目の防衛とIBF王座の獲得を果たしました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>こうして<font color="#ff9e10">｢Monster・モンスター｣</font>こと井上尚弥選手と<font color="#ff9e10">｢The Filipino Flash・フィリピンの閃光｣</font>ことノニト・ドネア選手は、7日に<font color="#ff2a1a">さいたまスーパーアリーナで戦うことになりました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/f1/28/j/o0640048014636881322.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/f1/28/j/o0640048014636881322.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">2回にドネア選手の左フックを受けた井上選手は右まぶたをカットして、</font>プロ・アマを通じて初めての本格的な流血となりました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/e3/2b/j/o0640048014636881341.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/e3/2b/j/o0640048014636881341.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>2回終了後に止血の処置を受ける井上選手。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/e1/57/j/o0640048014636881352.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/e1/57/j/o0640048014636881352.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/65/23/j/o0640048014636881360.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/65/23/j/o0640048014636881360.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>その後、両選手はハイレベルな攻防を繰り広げていきました。</div><div><br></div><div>ドネア選手の最近の試合ぶり、フェザー級まで上げた体重をバンタム級に落としていることなどから、準決勝のロドリゲス選手と井上選手との試合の時には、そちらが事実上の決勝と言う人が多くいました。</div><div><br></div><div>しかし、ドネア選手にとってバンタム級が本来の適正体重なのか、相手が井上選手ということでモチベーションが上がったのか、多くの人々の予想を覆す試合となりました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/00/28/j/o0640048014636881379.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/00/28/j/o0640048014636881379.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>全体的には、井上選手が少し優勢に試合を進めているように見えましたが、8回にはドネア選手が再び攻勢を仕掛けました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/c1/2b/j/o0640048014636881388.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/c1/2b/j/o0640048014636881388.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>再び流血となりました。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/59/4f/j/o0640048014636881394.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/59/4f/j/o0640048014636881394.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div><div>しかし、11回に井上選手が左ボディをヒットさせました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/82/8e/j/o0640048014636881405.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/82/8e/j/o0640048014636881405.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>井上選手の左ボディをローブロー(ベルトラインより下を打撃する反則)と判断したのか、レフェリーが両者の間に割って入った間にドネア選手は離れるように歩いた後に膝をつきました。</div><div><br></div><div>レフェリーはローブローではないと判断し直したのか、カウントを始めました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/7f/51/j/o0640048014636881419.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/7f/51/j/o0640048014636881419.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>ドネア選手は、そのまま追撃を受けると危険だと判断したようで、ポイントを失ってもカウントを数える間にダメージから回復させることを優先させて、膝をついたようです。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/53/88/j/o0640048014636881425.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/53/88/j/o0640048014636881425.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>その後、両者は試合終了まで激しい攻防を繰り広げました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/15/99/j/o0640048014636881434.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/15/99/j/o0640048014636881434.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/c3/f8/j/o0640048014636881454.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/c3/f8/j/o0640048014636881454.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>試合前から、互いへの敬意を何度も口にしていた両者は、試合終了後に互いの健闘を称えるように抱擁していました。</div><div><br></div><div>判定は116ｰ111、117ｰ109、114ｰ113で井上選手の勝利を3人のジャッジが支持していました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/0d/ac/j/o0640048014636881475.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191111/05/6391063910/0d/ac/j/o0640048014636881475.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>WBSSの優勝者に贈られるモハメド・アリ・トロフィーとプレゼンターのファイティング原田さんです。</div><div><br></div><div>かつてのバンタム級世界王者で世界殿堂入りしていることから、今回のプレゼンターに選ばれたようです。</div><div><br></div><div><font color="#a9e810">＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</font></div><div><font color="#a9e810"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">ファイティング原田：本名・原田政彦(76)。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">スポーツ・イラストレイテッド誌から｢狂った風車｣の異名をつけられるほど激しいラッシュで知られていました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">まだボクシングの世界王座が一つで、階級も少なかった頃に、フライ級とバンタム級を制覇しています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">バンタム級の王座を奪取した相手が、バンタム級史上最強とも言われ、黄金のバンタムとの異名を持っているエディル・ジョフレさん(ブラジル)で、2度目の防衛戦でもジョフレさんを破っています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">このことから、もっとも世界で有名な日本人ボクサーだとされています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">3階級目を目指した当時に、世界王座の統括団体がWBAとWBCに分裂し、WBC世界フェザー級王者のジョニー・ファメションさん(オーストラリア)に相手の地元シドニーで挑戦しています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">当時の世界王座の判定は、開催地ルールに従うということから、英連邦ルールにより、レフェリーがジャッジも一人だけで行いました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">試合は、原田さんがダウンを3度奪うなど優勢に進めましたが、判定は王者の勝利とされました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">地元のファンはこれにブーイングを浴びせ、紳士的に王者を称える原田さんにスタンディングオベーションをしました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">地元の新聞は、翌日に王者がダウンしている写真を大きく掲載しています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">実質的に3階級制覇であると言われており、現在の5階級分の体重差のある実績だとされています。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">原田さんに敗れた後に引退していたジョフレさんは、原田さんの引退後に現役に復帰し、WBC世界フェザー級王座を獲得しており、プロでの敗戦は原田さんに喫した2敗のみとなっています。</font></div><div><br></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div><div><font color="#a9e810">＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</font></div><div><font color="#a9e810"><br></font></div><div>ドネア選手は自分の子供たちにモハメド・アリ・トロフィーを持ち帰ることを約束していたことから、井上選手に後で必ず返すことを約束してトロフィーを借りることを願いでました。</div><div><br></div><div>子供たちには、トロフィーを持ち帰ることよりも大切なことがあると諭して、井上選手にお礼と祝福をしなさいと言って、ツイッターにトロフィーと子供たちとの動画を上げています。</div>
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<link>https://ameblo.jp/6391063910/entry-12544218726.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Nov 2019 05:37:00 +0900</pubDate>
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<title>たま駅長の後継者たちに逢ってきました。社会実験航路①</title>
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<![CDATA[ <div>こんにちは！</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">今回は社会実験航路という少し変わったテーマの第一回目です。</font></div><div><br></div><div>淡路島は1985年に大鳴門橋で四国と、1998年に明石海峡大橋で本州とつながっています。</div><div><br></div><div>おそらく多くの人は便利になったのだろうと思っていることでしょう。</div><div><br></div><div><br></div><div>もちろん便利になったことは色々とあり、とくに降雨不足による水道の給水制限がほぼなくなったことは大きなメリットだと思います。</div><div><br></div><div>瀬戸内気候で雨が少ないことや川があまり長くないことから、渇水時には一日に数時間だけ水道から水が出る時間給水になることもしばしばありました。</div><div><br></div><div>現在では、橋に水道管が併設されたことにより、水不足の時には本州から水の供給を受けられるようになりました。</div><div><br></div><div>人の移動や物の輸送を、本州と四国との間で効率よく行うという最大の目的の上では、かなり成功していると言えるのでしょう。</div><div><br></div><div><br></div><div>しかし、淡路島と本州との間を移動するという面では、島内のどの場所から本州のどこへ移動するかによってはとても不便になっていることも多くあります。</div><div><br></div><div>その中でも、島の南部と大阪府南部や和歌山県とは距離の近さにも関わらず、現在ではかなりの遠回りを強いられています。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">かつては、洲本港から高速船が、洲本港の北側に近接した炬口(たけのくち)港からはカーフェリーが、ともに大阪最南端の岬町にある深日(ふけ)港との間を運航していました。</font></div><div><br></div><div><div>深日港から徒歩約3分の南海電鉄多奈川線の深日港駅からは、南海電鉄本線に直通している急行｢淡路号｣で難波駅まで行くことも、1993年までは出来ていました。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">洲本港と深日港を結んでいた航路を再生しようと2017年に期間限定で始められたのが、社会実験航路である｢深日洲本ライナー｣です。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>昨年度も期間限定で運航されましたが、平日の利用者が少ないことから、今年は土・日・祝日限定で4月27日～10月27日(お盆期間の8月13日～8月16日を含む)の間で運航されています。</div><div><br></div><div>この｢深日洲本ライナー｣を利用したシリーズの1回目は、ネコの駅長として有名になった和歌山電鐵の<font color="#ff2a1a">｢たま駅長｣</font>の後継者の<font color="#ff2a1a">｢ニタマ｣</font>ちゃんと<font color="#ff2a1a">｢よんたま｣</font>ちゃんを取り上げます。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/96/75/j/o1080081014622781322.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/96/75/j/o1080081014622781322.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">私が伊太祈曽(いだきそ)駅長兼貴志(きし)駅長代行の</font><font color="#ff2a1a">｢よんたま｣</font><font color="#2c6ece">なのー</font></div><div>(2018年9月6日貴志駅にて撮影)</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/29/95/j/o0640048014622781365.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/29/95/j/o0640048014622781365.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>洲本港で出港を待つ｢深日洲本ライナー｣就航船の“INFINITY”です。</div><div>かつて就航していた船よりかなり小型で定員68名です。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">深日港発8時05分発から洲本港発19時20分発までの間に、一日4往復をこの船が運航しています。</font></div><div><font color="#ff2a1a">所要時間は55分です。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>広域型サイクル・ツーリズム事業を兼ねているのでロードバイクなどのスポーツタイプの自転車のみ31台まで積み込みが可能となっています。</div><div><br></div><div>近年｢あわイチ｣と呼ばれる淡路島一周のサイクリング(約160km)が、サイクリストの間で人気になっています。</div><div>明石港と島の北端にある岩屋港を結ぶ、現存唯一の本州との定期航路である淡路ジェノバラインの利用者が2016年に増加に転じた要因の一つとなった｢あわイチ｣を大阪南部や和歌山県の人々に広めようという意図があるようです。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">中学生以上1500円</font></div><div><font color="#2c6ece">小学生500円</font></div><div><font color="#2c6ece">スポーツサイクル積み込み300円</font></div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">今回の運航は27日が最終となります。</font></div><div><br></div><div>障害者手帳の提示で本人と介添人1人までが半額となります。<br></div><div>障害者割引を利用したのは、この船が初めてでした。</div><div><br></div><div>障害者手帳には、JR運賃の割引が明記されていますが、手帳取得後に切符を窓口で購入したことはありません。</div><div>去年と今年は“青春18きっぷ”を指定券券売機で購入していますが、“青春18きっぷ”は各種割引の対象外なので、窓口で買っても割引はないのでしょう。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">なお明石海峡大橋開通直前の淡路島と本州を結んでいた航路を最後に紹介していますので、興味がある方は一読して下さればと思います。</font></div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/bf/fd/j/o1080081014622781599.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/bf/fd/j/o1080081014622781599.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">和歌山電鐵の“たま電車”です。</font></div><div>鉄道関連の車両や施設のデザインで有名な水戸岡鋭治さんのデザインです。</div><div><br></div><div>和歌山電鐵は和歌山駅と貴志駅間の14.3kmを約30分で結んでいて、水戸岡鋭治さんがデザインした<font color="#ff2a1a">“いちご電車”</font>や<font color="#ff2a1a">“おもちゃ電車”</font>なども走っています。</div><div>いちごは貴志駅周辺の名産物であり、いちご電車が最初の改装車両です。</div><div><br></div><div>南海電鉄から赤字による路線廃止が表明されていた貴志川線を受け継いで発足した和歌山電鐵についてやその車両は、このシリーズでまた紹介したいと思います。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/0e/cf/j/o1080081014622781859.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/0e/cf/j/o1080081014622781859.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>貴志駅のホームにあった｢ねこ神社｣が初代ネコ駅長｢たま｣の死後に｢たま神社｣となっています。</div><div>｢たま神社｣の隣には｢いちご神社｣と｢おもちゃ神社｣も鎮座しています。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/9b/eb/j/o1080081014622782051.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/9b/eb/j/o1080081014622782051.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>和歌山電鐵貴志川線の終点でもある貴志駅の駅舎は、開業以来の旧駅舎から2010年8月4日に<font color="#ff2a1a">｢たまミュージアム貴志駅｣</font>として水戸岡鋭治さんデザインによる新駅舎に生まれ変わっています。</div><div><br></div><div>檜皮葺の屋根には猫耳と｢TAMA｣の飾りがあります。</div><div><div><br></div><div>外から見て出入り口の左側に｢たまショップ｣(10時～16時15分)があり、右側に｢たまカフェ｣(9時15分～17時15分・毎月第3水曜休)があります。</div><div><br></div><div>周辺には駐車場がないので、自動車の場合は和歌山駅周辺の駐車場か伊太祈曽駅前駐車場を利用して電車で行く必要があります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/21/c2/j/o0480064014622782123.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/21/c2/j/o0480064014622782123.jpg" alt="" width="480" height="640"></a><div><div><br></div><div>貴志駅構内にある時刻表には、｢たま駅長｣の在りし日の写真が飾りつけられています。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/60/18/j/o0480064014622782191.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/60/18/j/o0480064014622782191.jpg" alt="" width="480" height="640"></a><div><br></div></div></div><div>｢ニタマ｣ちゃんと｢よんたま｣ちゃんの勤務表と諸注意が書かれた｢お知らせ｣です。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/92/53/j/o0640048014622782259.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/92/53/j/o0640048014622782259.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>駅構内側から撮影した駅長室と<font color="#ff2a1a">｢たまⅡ世駅長｣こと｢ニタマ｣</font>ちゃんです。</div><div><font color="#2c6ece">駅に入ってくる人をお迎えしてるのー。</font></div><div>(2019年8月25日撮影)</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/8a/89/j/o1080081014622782390.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/8a/89/j/o1080081014622782390.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>｢たまショップ｣側から撮影した駅長室です。</div><div><font color="#2c6ece">おねむなのー。</font></div><div>(2018年9月11日撮影)</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/bf/92/j/o1080081014622782552.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/bf/92/j/o1080081014622782552.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">ふたたび</font><font color="#ff2a1a">｢よんたま｣</font><font color="#2c6ece">なのー。伊太祈曽駅の駅長室は広いのー。</font></div><div><br></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/a9/a9/j/o0810108014622782675.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/a9/a9/j/o0810108014622782675.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">一番上に登ってるのー。</font></div><div><font color="#2c6ece">横にも行けるようになってるのー。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/cb/ba/j/o1080081014622782757.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/cb/ba/j/o1080081014622782757.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><br></div></div></div><div><font color="#2c6ece">一段降りたのー。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/71/d5/j/o0810108014622782920.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/71/d5/j/o0810108014622782920.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">一番下に降りたのー。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/ec/28/j/o0810108014622783082.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/ec/28/j/o0810108014622783082.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><div><br></div><font color="#2c6ece">さらに下には隠れるスペースがあるのー。</font></div><div>(以上5枚は2018年9月11日撮影)</div><div><br><div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/58/c3/j/o1080081014622783179.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191024/18/6391063910/58/c3/j/o1080081014622783179.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div><div>(2018年9月6日貴志駅にて撮影)</div><div><font color="#2c6ece">ここからは、今は｢たま大明神｣となった</font><font color="#ff2a1a">｢たま駅長｣</font><font color="#2c6ece">さんと｢たまⅡ世駅長｣こと</font><font color="#ff2a1a">｢ニタマ｣</font><font color="#2c6ece">さんと私こと</font><font color="#ff2a1a">｢よんたま｣</font><font color="#2c6ece">のプロフィールを紹介するのー。</font><br></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a"><font size="5">たま駅長</font></font></div><div>南海電鉄時代の貴志駅舎の南側にあった倉庫内の作業員詰め所では、<font color="#ff2a1a">｢ミーコ｣</font>(1998年10月3日～2009年7月20日)という雌猫が飼われていました。</div><div><br></div><div>｢ミーコ｣は<font color="#2c6ece">1999年4月29日に4匹の子猫を出産しました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>そのうちの1匹が雌の三毛猫でした。</div><div>兄弟達のうちの1匹は死んでしまい、他の2匹は新しい飼い主に貰われていきました。</div><div><br></div><div>おとなしい三毛猫は｢たま｣と名付けられて、｢ミーコ｣とともに、駅の売店である小山商店(現・たまショップ)で飼われるようになりました。</div><div><br></div><div>生後間もない頃に、駅前に捨てられていた雌猫<font color="#ff2a1a">｢ちび｣</font>(2000年5月12日？～生死不明)の母親代わりを｢たま｣が務めるようになりました。</div><div><br></div><div>｢たま｣達は売店と倉庫の間に造られた猫小屋で飼われ、昼は売店の前で過ごすようになり、近所の人々や駅の利用客に可愛がられるようになりました。</div><div><br></div><div>2003年に南海電鉄が、貴志川線の廃止を表明すると、岡山県を中心に公共交通事業を行っている<font color="#ff9e10">両備グループ</font>が経営を引き継ぐようになりました<font color="#2c6ece">(経緯はこのシリーズの別の投稿で取り上げます)</font>。</div><div><br></div><div>そして同グループの<font color="#ff9e10">岡山電気軌道</font>の子会社として<font color="#ff2a1a">和歌山電鐵</font>が設立されました。</div><div><br></div><div>これに伴って路線や駅の敷地は、南海電鉄の社有地から紀の川市の公有地となりました。</div><div>倉庫は取り壊して駐輪場に、駐輪場と駅舎の間は公道として整備されることになったため、猫小屋は立ち退きを迫られるようになりました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">2006年4月1日に、和歌山電鐵の開業記念式典</font>を終えた小嶋光信社長(両備グループ代表と兼務)に小山商店から｢猫達を駅の中に住まわせてもらえないか｣との申し出がなされました。</div><div><br></div><div>この時に、｢たま｣の駅長姿がひらめいた社長の発案により、以前から駅の利用者に親しまれていた｢たま｣を駅長に、｢ミーコ｣と｢ちび｣を助役に任命することになり、<font color="#2c6ece">2007年1月5日に和歌山電鐵から正式に駅長に任命されました。</font></div><div><br></div><div>これには、和歌山電鐵移管後に合理化のために、<font color="#2c6ece">貴志駅を鉄道会社の職員のいない無人駅とした</font>ことも背景にありました。</div><div><br></div><div>貴志駅の乗降客数が1日あたり約700人だったのが約17％増加、ゴールデンウィーク期間中の和歌山電鐵の収入が｢いちご電車｣と｢たま駅長｣などの力もあってか、前年同期比で40％増となるなどの効果が出てきました。</div><div><br></div><div>2010年8月4日には、貴志駅の新駅舎｢たまミュージアム貴志駅｣が完成しました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">2015年5月19日から鼻炎のために入院し、6月22日に急性心不全のために旅立ってしまいました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece">6月28日に和歌山電鐵による社葬が貴志駅構内で営まれ、｢たま｣に｢名誉永久駅長｣の称号が贈られました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>そして｢たま神社｣に祀られた神様として、駅の利用者を見守り続けることになりました。</div><div><br></div><div>生前もしばしば海外のメディアに取り上げられていた｢たま｣の死はイギリスBBCやアメリカCNN、新華社通信、聯合ニュースなどに報じられ、ニューヨークタイムズ、ワシントン・ポストなどは葬儀の様子も交えて報じました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">2016年2月2日には、和歌山県が｢たま｣の功績を永く称えるために｢和歌山殿堂｣の第1号として殿堂入りさせることを決めました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a" size="5">ニタマ</font></div><div><font color="#2c6ece">2010年の春に、両備グループの地元である岡山市の国道53号線で、車に轢かれそうになっていた雌の子猫が市内在住の主婦に助けられました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>主婦が、和歌山電鐵の親会社である岡山電気軌道の社員と知り合いであり、三毛猫という縁もあったために、岡山電気軌道の観光センター事務所に引き取られて、アイドル猫として暮らしていました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">2012年1月5日に｢たま駅長｣就任5周年記念式典において、三毛猫｢ニタマ｣に対して｢伊太祈曽駅長兼貴志駅長代行｣に任命する辞令が交付されました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>｢ニタマ｣の名前には、｢たま｣に似ていることと、二番目の駅長猫という意味が込められています。</div><div><br></div><div>2015年8月10日の｢たま｣の50日祭を機に、翌8月11日には<font color="#ff2a1a">｢たまⅡ世駅長｣</font>を襲名し、｢ニタマ｣は通称となることが発表されました。</div><div><br></div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a" size="5">よんたま</font></div><div><font color="#2c6ece">2016年4月20日頃、和歌山市内の女性のお宅にまだ眼も開いていない雌の子猫が、母猫に置いていかれました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>子猫を飼ってあげられないと困った女性が、友人に相談したところ、その友人が子猫の件を和歌山電鐵に繋いだことから、小嶋社長がその三毛の子猫を｢面接｣をした上で岡山に連れて帰りました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">2017年1月5日に｢伊太祈曽駅長見習い｣に任命され、2018年1月5日には｢伊太祈曽駅長兼貴志駅長代行｣に任命されました。</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div>｢よんたま｣の名前は｢ニタマ｣｢SUNたまたま｣(岡山電気軌道・おかでんミュージアム館長代理)に続く4番目の｢たま｣ということに由来しています。</div><div><br></div><div><br></div><div><font color="#a9e810">★★★★★★★★★★★★</font></div><div><font color="#a9e810"><br></font></div><div><br></div><div>かつての航路を明石海峡大橋が開通する直前を基本に列挙してみました。</div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">①</font><font color="#2c6ece">島の北端に近い</font><font color="#2c6ece">岩屋港と明石港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">播淡聯絡汽船</font>(正確には淡路連絡汽船との共同運航)</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">②</font><font color="#2c6ece">岩屋港と明石港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">明石フェリー</font>(終夜運航で播淡聯絡汽船の運航していない深夜は自動車なしで乗船可)</div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">③</font><font color="#2c6ece">東海岸北部の</font><font color="#2c6ece">大磯港と須磨港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">淡路フェリー</font>(終夜運航で自動車なしで乗船可。<font color="#ff9e10">島の南西部の阿那賀港と四国の亀浦港の間にも航路を持ち、</font>京阪神と四国を結ぶ運送会社のトラックによく使われていました)</div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">④</font><font color="#2c6ece">西海岸北部の</font><font color="#2c6ece">富島港と明石港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">西淡路ライン</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">⑤</font><font color="#2c6ece">東海岸中部の</font><font color="#2c6ece">津名港と西宮港</font>(甲子園球場から徒歩圏内)<font color="#2c6ece">を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">甲子園フェリー</font>(終夜運航で自動車なしで乗船可。運航会社の甲子園高速フェリーの愛称でもあり、共同運航会社の西宮フェリーとの共同運航をさした愛称でもある)</div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">⑥⑦</font><font color="#2c6ece">東海岸中南部の</font><font color="#2c6ece">洲本港から津名港を経由して神戸港中突堤への航路と大阪港天保山への航路を持っていた</font><font color="#ff2a1a">共同汽船</font><font color="#2c6ece">。ともに高速船</font></div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">⑧</font><font color="#2c6ece">洲本港と大阪府南部の深日港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">シャトルサービス</font>(1997年までは<font color="#ff2a1a">深日海運</font>が運航していたのでそちらの名前が知られています。淡路島南部の由良港経由便も多数)<font color="#2c6ece">。高速船</font></div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">⑨</font>洲本港の北側に近接している<font color="#2c6ece">炬口(たけのくち)港と深日港を結ぶ</font><font color="#ff2a1a">大阪湾フェリー</font>(明石海峡大橋が開通する直前は津名港と関西国際空港対岸の泉佐野港の間に変更されていました。変更後は自動車なしで乗船可)</div><div><br></div><div>以上の航路が本州との間で運航されていました。</div><div><br></div><div>その他に関西国際空港と洲本港または津名港との間には航路が何度か設定されました。</div><div><br></div><div><font color="#a9e810">☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆</font></div><div><br></div><div>①の航路で運航会社が<font color="#ff2a1a">淡路ジェノバライン</font>に変わっているのが<font color="#ff2a1a">現在では</font><font color="#ff2a1a">唯一の定期航路</font>です。</div><div><font color="#2c6ece">高速船が就航</font>しています。</div><div><br></div><div>淡路ジェノバラインは2001年に廃止された富島港と明石港を結ぶ④の航路を2002年に再開するために設立された会社です。</div><div>播淡聯絡汽船と淡路連絡汽船が持ち株会社となって設立された明淡高速船に運航会社が変わっていた、岩屋港と明石港を結ぶ航路を2007年に受け継いでいます。</div><div>なお、富島港の航路は2008年にふたたび休止になっています。</div><div><br></div><div>②の航路は2000年に第三セクターの<font color="#ff2a1a">明石淡路フェリー</font>(愛称・たこフェリー)が受け継ぎましたが、2010年に休止され、2012年に正式に廃止されました。</div><div><br></div><div>③⑥⑦は明石海峡大橋開通と同時に廃止されました。</div><div><br></div><div>⑤は明石海峡大橋開通の4か月後に廃止されました。</div><div><br></div><div>⑧は1999年に廃止されています。</div><div><br></div><div>⑨は2000年に<font color="#ff2a1a">南海淡路ライン</font>に経営譲渡され、2007年に廃止されています。</div><div><br></div><div>かつて<font color="#2c6ece">洲本港と神戸港中突堤を直接結ぶ航路を持っていた</font><font color="#ff2a1a">関西汽船</font><font color="#2c6ece">は、一般客船の他に</font><font color="#ff9e10">水中翼船</font><font color="#2c6ece">(半没翼型)を就航させていた時期(年代不明、1971年に乗った記憶があります)があります。</font></div><div>水中翼の揚力で船体を持ち上げて、水の抵抗を大きく軽減(最高時速が75kmだったと記憶しています)することで、その後の高速船よりも格段に速く、一般客船が1時間50分だったところを<font color="#2c6ece">55分で結び、今よりも早く神戸市街の中心部に着くことができたました。</font></div><div>ただし、非常によく揺れたので、他の乗り物では酔ったことはないのですが、水中翼船では激しく酔いました。</div><div><br></div><div>現在、新潟～佐渡や鹿児島～種子島・屋久島で運航しているジェットフォイルも厳密には水中翼船(全没翼型)で、翼を水中でコンピューター制御することによって、揺れを大きく軽減しています。</div><div><br></div><div>なお、関西汽船は深日海運が継承する前の深日航路の所有者でもあり、大阪・神戸港～別府港をはじめ、瀬戸内海に数多くの航路を持っていました。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/6391063910/entry-12538947702.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Oct 2019 17:06:00 +0900</pubDate>
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<title>お久しぶりです！</title>
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<![CDATA[ <div>お久しぶりです。</div><div><br></div><div>3月の終わりに、引っ越しをしてから生活の様々なことが遅れがちになりました。</div><div>仕事でも消費税のことなどがあり、なかなかブログの更新ができないでいましたが、なんとか平常の状態になりつつあります。</div><div><br></div><div>という訳で、ゆっくりですがブログも更新していけたらと思っています。</div><div><br></div><div>更新第一回目は、関西テレビの｢よ～いドン！｣からの画像を交えての投稿となります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/b2/7e/j/o0640048014610549363.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/b2/7e/j/o0640048014610549363.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>最近、織田信成さんが関西大学アイススケート部監督辞任したことについて、モラハラがあったことにより、体調を崩したことが原因であるとご自身のブログで告白しました。</div><div><br></div><div>この件については、現時点では分かっていないことが多いのですが、一部マスコミの記事ではあるコーチの名前が上がっています。</div><div><br></div><div>この記事について、このコーチがモラハラをするメリットがないなどの疑問の声も上がっていて真相を隠すための記事だとの声もあります。</div><div><br></div><div>まだ真相が明らかになっていないので、なんとも言えない部分が多いのですが、選手達が競技を行う上で悪い影響がないことを願っています。</div><div><br></div><div>テレビで見る織田さんは、相変わらずにこやかな笑顔でした。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/25/7b/j/o0640048014610549413.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/25/7b/j/o0640048014610549413.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>今日のぶらり歩きの｢となりの人間国宝さん｣のコーナーでは、たまたま見つけたおにぎり屋さんで出会ったプロボクシングの元世界チャンピオンの店長さんが登場していました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9a/f0/j/o0640048014610549472.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9a/f0/j/o0640048014610549472.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>登場したのは、22歳でWBO世界ミニマム級の王座を獲得し、二度目の防衛戦で硬膜下血腫を起こしたために23歳で引退することになってしまった山中竜也さんです。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/c7/3f/j/o0640048014610549505.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/c7/3f/j/o0640048014610549505.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>元世界3階級制覇チャンピオンの長谷川穂積さんに憧れてボクサーになり、長谷川さんからおにぎりマンのニックネームをもらっていました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9b/3d/j/o0640048014610549552.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9b/3d/j/o0640048014610549552.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/fa/03/j/o0640048014610549585.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/fa/03/j/o0640048014610549585.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/46/b7/j/o0640048014610549636.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/46/b7/j/o0640048014610549636.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9f/01/j/o0640048014610549701.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191009/12/6391063910/9f/01/j/o0640048014610549701.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div></div><div>人間色々なことがありますが、思わぬ形となっても良い方向に向かうこともあるのだと思いました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/6391063910/entry-12534054119.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Oct 2019 12:53:00 +0900</pubDate>
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<title>全国放送で実力証明！</title>
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<![CDATA[ <div>ボクシングの記事を投稿するのは、初めてですね。</div><div><br></div><div>今回取り上げるのは、16日に<font color="#ff2a1a">WBO世界フライ級チャンピオンの田中恒成選手(23)に元WBA・IBFライトフライ級チャンピオンの田口良一選手(32)が挑戦した一戦です。</font></div><div><br></div><div>田中選手は昨年の9月24日に当時の<font color="#ff2a1a">WBO世界フライ級チャンピオンの木村翔選手に判定勝ちし、</font><font color="#ff2a1a">プロ12戦目という世界3階級制覇の世界最速タイ記録</font>を記録しています。</div><div><br></div><div>一方の田口選手は、2014年12月31日に<font color="#ff2a1a">WBA世界ライトフライ級チャンピオンのアルベルト・ロッセル選手に判定勝ちし、</font>WBAのタイトルを獲得しました。</div><div><font color="#ff2a1a">7度目の防衛戦</font>は、2017年12月31日に<font color="#ff2a1a">IBFの同級チャンピオンであるミラン・メリンド選手と王座統一戦として行い、判定勝ちで王座統一</font>に成功しています。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">実は、この日には当時WBOライトフライ級チャンピオンだった田中選手と、WBAとWBOの王座統一戦として戦う予定だったのが、田中選手の怪我により試合はキャンセルとなりました。</font></div><div><br></div><div>田口選手は、昨年5月20日に次の試合であるヘッキー・ブドラー選手との対戦で、ジャッジ3者ともに113ｰ114の1点差による判定で王座から陥落しました。</div><div><br></div><div>ここまでWBA、WBO、IBFとアルファベットが並びましたが、もう１つWBCがあり、メジャーな世界タイトル統括団体が4つあることになります。</div><div><br></div><div>WBA(世界ボクシング協会)が最初にありましたが、WBAの諮問機関だったWBC(世界ボクシング評議会)が独立しました。</div><div>2団体の時代が続きましたが、IBF(国際ボクシング連盟)が設立された後に、WBO(世界ボクシング機構)も設立されました。</div><div><br></div><div>JBC(日本ボクシングコミッション)は当初WBAとWBCだけしか認定していませんでしたが、4つの団体のどこが有力と言えなくなりました。</div><div>階級によって最強のチャンピオンがどの団体かが違っているために、無視できなくなってきたためにIBFとWBOも認定されるようになりました。</div><div><br></div><div>なお、JBC非公認時代に新垣諭さんがIBF世界バンタム級チャンピオンになっています。</div><div><br></div><div>このように、世界チャンピオンが同じ階級に4人いることになり、世界タイトルを獲得しただけでは、世界最強を証明したことにはならずに、色々な強い相手に勝つことが要求されるようになったのです。</div><div><br></div><div>そのためもあってか、田中選手の試合中継はCBCの放送される中京地区だけでしたが、今回はCBCの製作で、TBS系列での全国放送となりました。</div><div><br></div><div>ちなみに、田口選手の世界チャンピオン時代は、同門で元WBAスーパーフェザー級を11回連続で防衛した内山高志さんとのダブルタイトル戦などの形で、テレビ東京系列での放送がされていました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/07/d1/j/o1080081014374354961.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/07/d1/j/o1080081014374354961.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>白に緑のトランクスが田中選手、青いトランクスが田口選手です。</div><div><br></div><div>試合は、第3ラウンドに田口選手の右クロスパンチで、田中選手がバランスを崩す場面がありましたが、田中選手が定評のあるスピードと技術で次第にリードするようになってきました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/60/29/j/o1080081014374355111.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/60/29/j/o1080081014374355111.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>上の写真(フジテレビ系列での全日本選手権より)は、田中選手のいとこであるフィギュアスケートの横井ゆは菜選手(18)です。</div><div>横井ゆは菜選手は今シーズンの全日本ジュニア選手権で優勝し、シニアの全日本選手権で7位に入っています。</div><div>ゆは菜選手の妹のきな結選手(14)も有望なフィギュアスケート選手です。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/54/99/j/o1080081014374355229.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/54/99/j/o1080081014374355229.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>試合が進むにつれて、パワーでも田中選手が上回ることが感じられるようになってきました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/e6/21/j/o1080081014374355456.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/e6/21/j/o1080081014374355456.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/47/18/j/o1080081014374355608.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/47/18/j/o1080081014374355608.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/9d/45/j/o1080081014374355766.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/9d/45/j/o1080081014374355766.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/00/bb/j/o1080081014374355884.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190318/11/6391063910/00/bb/j/o1080081014374355884.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div><div>結局、田中選手が6点差が2人と10点差が1人で判定勝ちし、その実力を全国放送で証明することに成功しました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/6391063910/entry-12447781623.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Mar 2019 11:50:00 +0900</pubDate>
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<title>3.11と1.17</title>
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<![CDATA[ <div>今日で東日本大震災から8年が過ぎました。</div><div>そして阪神淡路大震災からは24年と少しが過ぎました。</div><div><br></div><div>私は淡路島の出身ですが、二年前に郷里に戻るまでは東京に住んでいたので、東京で体験した東日本大震災の揺れが、今までに体験した地震で最大でした。</div><div><br></div><div>そんな私には、二つの震災など多くの災害で命を落とされた方々のご冥福を祈らせていただくことと、未だ途上である災害被災地には早い復興を、身体あるいは心に傷を負った人には出来る限りの回復を祈らせていただくことぐらいしか出来ません。</div><div><br></div><div><br></div><div>それでは、投稿の内容に入ります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/7a/aa/j/o1080081014370038908.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/7a/aa/j/o1080081014370038908.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div>1995年1月17日は阪神淡路大震災が起こった日であり、上の写真の照強関の生まれた日でもあります。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">照強　翔輝(てるつよし　しょうき)</font></div><div><font color="#ff2a1a">本名は福岡翔輝</font></div><div><font color="#ff2a1a">伊勢ヶ濱部屋</font></div><div><font color="#ff2a1a">兵庫県三原郡三原町(現在の南あわじ市)出身</font></div><div><font color="#ff2a1a">身長169cm、体重112kg</font></div><div><font color="#ff2a1a">昨日始まった春場所は東前頭14枚目で迎える新入幕の場所となります。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">しこ名は、師匠が｢被災者を明るく照らすような強い力士に｣との願いも込めて付けたそうです。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">小さな身体を補うスピードでの取り口と取組前の大量の塩撒きが知られています。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/f4/c0/j/o1080081014370039096.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/f4/c0/j/o1080081014370039096.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">照強関は大震災発生15時間後に、余震の続く中で、洲本市の兵庫県立淡路病院で生まれました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div>上の写真は兵庫県立淡路病院が、2013年に場所を移転して、名称も兵庫県立淡路医療センターとなった病院です。</div><div>三次救急医療機能が追加され、地域救命救急センター(2003年に救命救急センターの専門病床30床程度より小規模な10床程度でも指定できるように新設された補完的センター)に指定されています。</div><div><br></div><div>一度だけ屋上のヘリポートにドクターヘリが着陸するのを見ました。</div><div>東京に住んでいた頃は、ドクターヘリはテレビの中で見るものでした。</div><div><br></div><div>ただ、この病院はドクターヘリを運用してはいないので、その時の着陸がどういう理由かは分かりません。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/b1/d4/j/o1080081014370039268.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190311/12/6391063910/b1/d4/j/o1080081014370039268.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><br></div></div></div><div>照強関の写真は日本テレビ系列の｢踊るさんま御殿｣からです。</div><div><br></div><div>番組内では、淡路島産の玉ねぎの美味しさを力説する照強関にさんまさんが｢食べたことあるけど他のと変わらへん｣と応酬していました。</div><div><br></div><div>このやり取りはTwitterでは｢さんまさんのお相撲さんに対する対応がきつい｣などの声が多かったようですが、半ばお約束的展開、半ば本音かと感じました。</div><div><br></div><div>淡路島産の玉ねぎは糖度が高く、辛味が少ないのは事実です。</div><div>しかし、玉ねぎは加熱するほど甘味を感じやすく、サラダなど生で食べる場合は水でさらすので辛味が抑えられています。</div><div><br></div><div>食事中も周りとの会話が優先される人には、感じにくい差かも知れません。</div><div><br></div><div>ちなみに、淡路島産の210g以上の玉ねぎを、皮を剥いただけで生で食べるイベントで、優勝者がギネス記録を作っています。</div><div><br></div><div>この優勝者に他の玉ねぎを食べさせたテレビ番組での結果は自己記録にも以前のギネス記録にも遠く及びませんでした。</div><div>辛さで早く食べることは不可能だったようです。</div><div><br></div><div>昨日の初日は惜しくも敗れてしまいました。</div><div>新入幕の場所は苦しむことが多いのですが、健闘を祈っています。</div><div><br></div><div>今朝のニュースでは、スキージャンプの小林陵侑選手のW杯総合優勝やスピードスケートの高木美帆選手の1500mでの世界新記録などが入ってきています。</div><div><br></div><div>フィギュアスケートの世界選手権がまもなく埼玉で行われますがどのような展開になるのでしょうか？</div>
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<link>https://ameblo.jp/6391063910/entry-12445941609.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Mar 2019 12:41:00 +0900</pubDate>
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<title>追記あり、うだつの上がる街・“青春18きっぷ”でGo！その⑤</title>
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<![CDATA[ <div><font color="#008e53" size="5">追記</font><font size="5" color="#ff2a1a">があります。</font></div><div><br></div><div>後半部分に<font color="#008e53">緑色</font>で、うだつについての追記があります。</div><div>初見の方のために後半部分に入れましたが、すでに読まれた方で｢うだつ｣という言葉に興味のある方は、<font color="#008e53">緑色</font>の文字までスクロールして下さればと思います。</div><div><br></div><div><br></div><div>“青春18きっぷ”のシリーズもいよいよ最終回となりました。</div><div><br></div><div>青春18きっぷの最後の5回目を使って、うだつの上がらない男が<font color="#ff2a1a">“うだつの上がる街”</font>に行って来ました。7～8月にかけて行って来たものがようやく全て記事になりました。←</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/72/ef/j/o0640048014356551618.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/72/ef/j/o0640048014356551618.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>上の写真がうだつの上がる街です。</div><div>この中に｢うだつ｣が写っています。</div><div><br></div><div>それでは出発です。</div><div>8月21日、6時55分に洲本高速バスセンターを出発し、8時16分に徳島駅に到着しました。</div><div><br></div><div>ここまではその③で使ったルートです。</div><div>最後の一回なので今回は日帰りです。</div><div><br></div><div>到着直前の8時12分に目的地に行ける列車が出発していました。</div><div><br></div><div><font color="#2c6ece">時間が余るので、眉山ロープウェイに乗ってみようと徒歩10分の阿波踊り会館(5階が眉山山麓駅)まで行って来ましたが、台風の影響による強風のため運休になっていました。</font></div><div><br></div><div>眉山ロープウェイ</div><div>4月1日～10月31日は9時00分～21時00分。</div><div>11月1日～3月31日は9時00分～17時30分。</div><div>所要6分、15分毎。</div><div>片道610円、往復1020円。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/45/ea/j/o0480064014356551650.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/45/ea/j/o0480064014356551650.jpg" alt="" width="480" height="640"></a><div><div><br></div><div>街歩きで時間をつぶした後に、9時50分発の徳島線阿波池田駅行きで出発です。</div><div><br></div><div>徳島線(愛称・よしの川ブルーライン)はローカル線ですが、特急｢剣山号｣が下り7本、上り6本走る観光路線でもあります。</div><div><br></div><div><font color="#9443fb">坂東太郎(利根川)、筑紫次郎(筑後川)と並ぶ日本三大暴れ川で四国三郎の異名を持つ吉野川沿いを走っています。</font></div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/e2/83/j/o0640048014356551683.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/e2/83/j/o0640048014356551683.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>11時04分に穴吹駅に到着しました。</div><div><br></div><div>目的地の脇町は、穴吹駅のある穴吹町や美馬町、木屋平村と2005年に合併して現在は美馬市の一部になっています。</div><div><br></div><div>脇町は吉野川を挟んで穴吹町の対岸となる北岸にあり、歩きの場合は駅の近くにある上の写真の人道橋で吉野川を渡ります。</div><div><br></div><div>うだつの街並みがある脇町南町通りと穴吹駅の間にはバスが１日に3往復だけなので歩きで行って来ました。</div><div>穴吹駅から徒歩で40分程度ですが、車の場合は道の駅｢藍ランドうだつ｣がうだつの上がる吉田家住宅のすぐ裏にあります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a0/a9/j/o0640048014356551713.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a0/a9/j/o0640048014356551713.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>吉野川沿いの土手を歩いているうちに車道と合流します。</div><div>ここで吉野川に注ぐ大谷川沿いの道へ右折するとすぐに写真の橋があり、橋を渡るとうだつの上がる街並みになります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/6e/1b/j/o0480064014356551759.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/6e/1b/j/o0480064014356551759.jpg" alt="" width="480" height="640"></a><div><div><div><br></div><div>うだつの街並みに入らずに大谷川沿いに少し進むと脇町劇場(オデオン座)があります。</div><div><br></div><div>1934年に750人収容の回り舞台付き芝居兼映画用劇場として建設されました。</div><div>1995年に一旦は閉館されましたが、翌年に山田洋次監督の｢虹をつかむ男｣のロケ舞台となりました。</div><div>1998年に脇町指定の有形文化財(現在は美馬市指定)となり、修復されて一般公開されています。</div><div><br></div><div>9時00分～16時30分。</div><div>火曜日及び12月27日～1月1日休。特別休館日あり。</div><div>大人200円、小・中学生100円で内部が見学できる。催し物がある場合は別料金。</div><div><br></div><div>当日は火曜日だったので休館日でした。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a1/b8/j/o0640048014356551816.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a1/b8/j/o0640048014356551816.jpg" alt="" width="640" height="480"></a></div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/49/85/j/o0640048014356551858.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/49/85/j/o0640048014356551858.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>南町通りに入りました。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">江戸時代に藍づくりが阿波の代表的産業となり、吉野川流域は藍草の産地として発展しました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">吉野川の水運があり、吉野川沿いを鳴門と結ぶ撫養街道と高松への讃岐街道が交差する脇町が藍草の集散地となりました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/22/de/j/o0640048014356551896.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/22/de/j/o0640048014356551896.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>上の写真がうだつ(卯建)です。</div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">商家が密集する所では、人々が最も恐れたのが火災でした。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">江戸時代に、たびたび大火に見舞われた脇町では家屋の防火構造が重視されました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">うだつ(卯建)は、隣家と接する二階部分の妻壁から突き出した小さな壁で、火災の延焼を食い止める役割を持っていました。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/0c/j/o0640048014356551941.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/0c/j/o0640048014356551941.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div><font color="#ff2a1a">上の写真の卯建の左にある窓は虫籠窓(むしこまど)です。窓から室内に火が燃え移るのを防ぎます。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">脇町の商家は、本瓦葺きに大壁づくりの重厚なたたずまいです。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">袖壁である卯建に瓦屋根を付けて意匠にも力を注ぐなど、卯建を造る費用もかかりました。</font></div><div><font color="#ff2a1a">そのため店が繁盛しないことを｢うだつが上がらない｣と言ったとされ、“ことわざ”の語源の一つになっています。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">1988年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">南町通りには1707年建造の国見家、1711年建造の田村家を始め、江戸中期から昭和初期にかけての歴史的な建造物が建ち並んでいます。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><div><font color="#ff2a1a">日本の道100選に選定されています。</font></div><div><font color="#ff2a1a"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/75/ba/j/o0640048014356552002.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/75/ba/j/o0640048014356552002.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>藍商｢佐直｣だった吉田家住宅です。1792年に吉田直兵衛が創業した藍商です。吉田家住宅は1999年に脇町指定の有形文化財(現在は美馬市指定)になっています。</div><div><br></div><div>吉田家住宅</div><div>9時00分～17時00分。</div><div>12月27日～1月1日休。</div><div>入館料大人510円、小・中学生250円。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/81/47/j/o0640048014356552043.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/81/47/j/o0640048014356552043.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>藍染め製品の売店部分は入場自由です。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/4a/j/o0640048014356552063.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/4a/j/o0640048014356552063.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>吉田家住宅の裏手にある藍蔵は道の駅｢藍ランドうだつ｣の売店・カフェ・レストランになっています。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/0d/j/o0640048014356552117.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/90/0d/j/o0640048014356552117.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>藍蔵を含む吉田家住宅と道の駅｢藍ランドうだつ｣の駐車場を結ぶ通路周辺は、かつて吉野川が近くを流れていた時の船着き場があった船着き場公園になっています。</div><div><br></div><div><br></div><div><font color="#008e53" size="5">追記</font></div><div><font color="#2c6ece"><br></font></div><div><font color="#008e53">うだつは、日本家屋の屋根付近にある小柱や防火壁、装飾など、その指し示すものが一定していません。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">平安時代には、うだちと言っていたようですが、室町時代以降はうだつと言われるようになったようです。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">元々この言葉が示すのは、建物の棟(むね)を支えるために、梁(はり)の上に立てられた束(つか・短い柱)のことだとされています。</font></div><div><font color="#008e53">古くは、この棟束を宇太知や宇立の字を当てて、うだちと呼んでいたようです。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">大工言葉で｢家を建てて、棟上げをする｣ことを｢うだつを上げる｣と言ったようです。</font></div><div><font color="#008e53">このことが転じて、志を遂げることを指すようになったということが語源の一つです。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">また、うだつが棟に抑えつけられていることから、いつまでも上から抑えつけられて、出世できないことを｢うだつが上がらない｣と言ったことも語源の一つとされています。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">建物の妻(側面)の三角形の部分を二等分するように、この棟束が直接見える(現代の建築では柱などが壁の中に隠れて見えないことが多く、棟束がないことも多いです)ものも多かったので、うだつが妻側の棟束を指すことが多くなったとも言われています。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">中世末には、建物の妻側の壁が屋根より上に突き出したものが出来て、この部分もうだつと呼ぶようになりました。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">桃山時代に描かれた洛中洛外図屏風には、うだつのある長屋が描かれています。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">桃山時代から江戸時代初期には、このように木製の妻壁であるうだつが存在し、防風のためにつけられていたようです。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">一方、重厚な造りの建造物の妻壁であるうだつには、小屋根が載せられるようになり、防火や装飾の意味合いが強くなりました(本うだつ)</font><span style="color: rgb(0, 142, 83);">。</span></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">本うだつのある街並みとしては、岐阜県美濃市美濃町のものが知られています。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">このうだつには、軒下まで壁がつけられたものもあります(袖壁)。</font></div><div><font color="#008e53">この袖壁もうだつと呼ぶようになり、特に一階屋根と二階屋根の間にある、袖壁の防火性に着目しているのが、脇町にあるうだつです(袖うだつ)。</font></div><div><br></div><div><font color="#008e53">江戸時代中期には、うだつの装飾性に重きを置くようになり、上方を中心に商家の屋根上には立派なうだつが上げられるようになりました。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">脇町では防火性に着目しつつも、装飾性にも注目して、袖壁にも意匠をこらした屋根をつけるようになりました。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">江戸時代中期以降には(うだつの指すものが地域により少し違いますが)、商家では商売が繁盛しないことをうだつが上がらないと言うようになりました。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">このように地域や仕事の違いによって、うだつの指すものが違っています。</font></div><div><font color="#008e53">しかし、｢うだつが上がらない｣の示す意味が同じようになっていたために、この言葉が広まったと考えることができます。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><div><font color="#008e53">うだつは現在、木兌(一文字です。セツ、タツ、うだち、つえの読み方もあります。この字の出し方が分かりませんでした)と卯建の字が当てられています。</font></div><div><font color="#008e53"><br></font></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a0/a1/j/o0640048014356552199.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/a0/a1/j/o0640048014356552199.jpg" alt="" width="640" height="480"></a><div><div><br></div><div>穴吹駅に戻りました。</div><div><br></div><div>徳島駅からの最終バスに間に合う時間でしたが、それだと早い時間に家に着いてしまうので、味気無いと思い本州経由で帰ることにしました。</div><div><br></div><div>穴吹駅14時32分発の阿波池田駅行きに乗り、15時15分に到着しました。</div><div><br></div><div>土讃線の阿波池田駅と琴平駅の間は、普通列車がとても少ないので、特急列車に乗車するために一旦改札を出て、この区間の乗車券(660円)と自由席特急券(520円)を購入しました。</div><div><br></div><div>急いで15時23分発の特急｢南風18号｣に乗り、15時46分に琴平駅に着くと、再び青春18きっぷを利用です。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/53/40/j/o0480064014356552246.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190215/13/6391063910/53/40/j/o0480064014356552246.jpg" alt="" width="480" height="640"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div></div><div>16時13分発の高松駅行き快速サンポートに乗車し、16時44分に坂出駅に着くと16時54分発の岡山駅行き快速｢マリンライナー48号｣に乗り換えました。</div><div><br></div><div>ここからはその④と同じルートです。</div><div><br></div><div>瀬戸大橋線経由で、17時32分に岡山駅に到着すると、18時00分発の姫路駅行きに乗り換えました。</div><div>19時25分に姫路駅に着き、19時26分発の新快速長浜駅行きに乗り換え、19時50分に明石駅に着くと、19時59分発の快速米原駅行きに乗り換えて、20時03分に舞子駅に到着しました。</div><div><br></div><div>明石海峡大橋を上がり、高速舞子20時35分発の高速バスに乗車し、21時35分に洲本高速バスセンターに到着して今回の行程は終了しました。</div>
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<pubDate>Wed, 27 Feb 2019 06:26:00 +0900</pubDate>
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