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<title>あやかのブログ</title>
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<title>成長について</title>
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<![CDATA[ 成長について　2018.7.11(wed)<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180716/13/642narameto/92/e0/j/o1080192014230028094.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180716/13/642narameto/92/e0/j/o1080192014230028094.jpg"></a><br>今日は、バオバブさんに読んで欲しい文章を作りました。私の意気込みです。<br><br>私が思うこの人生の不平等感、悲しさ、みじめさ、苦しさは、本当の世界を表しているのではなく、すべて自分が大きくなるにつれて身につけたもの。<br><br>実際の世界には、そんなに苦しいものは存在していない。<br><br>私が考えているのとは反対に、実際の世界は穏やかで明るく、希望に満ち、生きることに肯定的なものなのだろう。<br><br>何が、私の価値観を汚し、実際の世界を見えないようにさせるのか？<br><br>それは、私自身である。<br><br>目で見たもの、耳で聴いたもの、口に出したこと、それらから私自身が後天的に考えていくことによって生じた概念が、私を歪ませているのだ。<br><br><br>行動もせず、一人で考えすぎると、物事は偽りの姿に変わっていく。<br><br>だから、自分が考えたことについて、100％正しいとは思わないようにしよう。<br><br>五感で感じたことに優先順位をつけ、物事の細かいところまで全てを理解しようとは思わない方がいい。<br><br>小さかった頃のように、物事の必要性を区別できるようになろう。<br><br>それを考えることで将来得られるものがありそうなことを思考の世界に積極的に取り込んでいけるように、「外部」の思考に振り回されず、自分自身に語りかけ、大切なことをたくさん見つけれるようにこれから訓練していけば良い。<br><br>答えがないものでも、<br>言葉に表せないものでも良い。<br><br>自分にとって、その後の成長にプラスの影響を与えそうなら取り入れ、心苦しくなることは「受け止めよう」。<br><br>人の感情には波があり、穏やかなときもあれば、荒いときもある。<br><br>荒いときというのは、荒くなる要素にまだ自分が気付いて改善していこうとできずに、成長するチャンスを逃しているから。<br><br>そういう調子の悪い時こそ、それまで自分で蓄積していったプラスの知識要素を利用できるチャンス。<br><br>周りが自分に出来ない方法で逆境を乗り越えているからといって、自分の全てを捨ててしまうことになったら危ない。<br><br>見栄を張っても、そのあとに押し寄せてくる波は穏やかにはならない。<br><br>かえって波の荒さは激しくなる。<br><br>だから見栄を張るのではなく、素直になろう。<br><br>今のまま、何もせず、毎日悲しいこと、辛い経験を考え続けていれば、きっと5年もしないうちに私は周りの意見が聞こえないくらい自分の悲観的な世界観に閉じこもってしまうだろう。<br><br>自分勝手と自分を大切にすることの違いをもう一度見直し、これからは自分を善い方向へ向けられるように、「自分を大切にする」ことを第一の要素として身に付け、変化し続ける人生を決定し、見栄を張ることよりも自然体で生き、物事の善いところを取り入れられるようにしていこう。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180716/13/642narameto/6f/8e/j/o1080192014230028014.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180716/13/642narameto/6f/8e/j/o1080192014230028014.jpg"></a><br>☆質問☆<br>自分勝手と自分を大切にすることの違いがあまりはっきりとしません。どうすればこの違いを理解できますか？
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<link>https://ameblo.jp/642narameto/entry-12391168512.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2018 13:52:56 +0900</pubDate>
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<title>行動と考えること</title>
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<![CDATA[ ようやく７月になりました。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180701/21/642narameto/a4/b9/j/o1080192014221445845.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180701/21/642narameto/a4/b9/j/o1080192014221445845.jpg"></a><br>７月からは梅雨が終わり、本格的に夏に入ります。昨日の大雨から解放され、今日の空は宇宙まで見えるくらい透き通っていて青々しかったです。日差しも強く、夏を実感しました。<br><br>今日、このような季節感を感じることによって、環境がいかに人間に影響を及ぼすかを体感しました。<br><br>私は想像だけで物事を語ることが多いのですが、今日 夏という暑さ、湿度の高さ、日差しの強さを感じることで、想像だけでは語れない世界を知ることができました。<br><br>日本は四季のある国です。<br>私は8月になると暑くて12月になって欲しいと強く思い、逆に12月になると寒くて8月になって欲しいと強く思います。しかし、そのように毎回同じことを考えているのは、実際の物事を想像できていないからだと思いました。実際は、どちらにも長所・短所があります。しかしそれは言葉にするだけで 理解することは 私にはできません。実際に夏になって、冬になって、体感しないとわからないものです。<br><br>私は行動する前にとてもよく考えます。<br>慎重な私が 行動した 数少ない経験に頼り、<br>「こう動けばこうなってしまう、しかしこう動いたらまた別の問題が生じる...」<br>と、自分にブレーキを掛け続けてしまいます。<br>行動する前にそうやって考えていくうちに体がこわばり、恐怖を感じてきます。そして、行動すればするほどこの「恐怖」が倍増し、大変なことになるはずだと思い込んでしまいます。<br><br>そんな とても慎重な私にとって、<br>思うままに行動する人がとてもキラキラして見えるのです。なにも恐れず、清々しく行動できる人が羨ましくなってしまいます。<br><br>しかし、今日夏の暑さを実感し、<br>物事は経験をしないと 本当に自分が思うことは理解できないし、それが行動の恐怖を招きいずれ自己を見失ってしまいかねないと完全に思い込んでしまう危険性があることを学びました。<br><br>思考の影響がいかに大きいのか分かった今、<br>私はこの【思考の渦】にのみこまれないように対策をしていく力を身に付けることが可能になったのですが、やはり思考が入ってくると<br>【行動することによって生じるデメリット】　<br>が見えてきてしまいます。それは、なにも考えずに行動してしまうと他人に迷惑や悪影響を及ぼすのではないかということです。しかし行動をしていかないと私は過去の思考にとらわれていつか腐敗してしまうかもしれません。<br><br>そこで必要になってくるのが「良心」なのですが、私はこれもどこか飾り付けているような気がして抵抗があります。<br><br>そう思ってしまうのは私がすでに【思考の渦】の奥深くにはまりこんでしまっているからなのでしょうか？<br>また、わたしは バオバブさんのようにいつも立ち続けていると疲れないのか、と思うことがあります。さらに、人間に身体を半分に切られるのは苦しいように思うのですがどうなのでしょうか？<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180701/21/642narameto/62/c0/p/o1078078714221446031.png"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180701/21/642narameto/62/c0/p/o1078078714221446031.png"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/642narameto/entry-12387779356.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jul 2018 21:46:50 +0900</pubDate>
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<title>【タイトル：本当の愛】</title>
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<![CDATA[ <br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180629/18/642narameto/03/5f/j/o1080192014220042784.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180629/18/642narameto/03/5f/j/o1080192014220042784.jpg"></a><br>【6月11日】<br><br>今日、私は、本当の愛というものは、他のものに危害を与えるものではならないのだと知りました。<br><br>エイブラハム・ツワルスキーはこう言いました。<br>「ほとんどの人は、愛を自分の望みを満たすためのものと混同している。それは魚を食べるのが好きで魚を沢山食べている少年と同じだ。彼は魚を食べるという欲求を満たすために、命ある生き物を大量に裁いているのだ。」<br><br>私も、幼いとき、いつしか他人に優しくすると、必ず相手から感謝されるはずだと決めつけるようになりました。しかし、実際はそうではありません。<br>「自分」という枠組みがなかったほど小さかったときは、母からの「人に優しくしなさい」という言葉を、母から誉められること以外なにも望まずに、忠実に行っていました。その時、人に優しくすると、友達や先生から優しく接してくれることを知りました。<br>それがきっかけで、次第に私は自分からなにかをしてあげることよりも、他人から優しくされることを望むようになりました。また、そうされるのが当然だと思うようになってしまったのです。<br>しかし世の中の人々がすべていい人なのだと完全に思い込んでしまったときから、私は毎日数えられないほどの苦しみを味わいました。<br>だれも、私に優しくしてくれる人なんていなかったのです。<br>それどころか、私はなにもしない人間になってしまったため、私は無口になり、また誰からも話しかけられなくなりました。<br>その反動があまりにも大きく、その後私は、<br>「人間は自分勝手な人間だ」<br>と嘆くようになりました。<br>今考えてみれば、それは本当のことだと思います。<br>そうです、現在の人間は、自分勝手な人間ばかりなのです。もちろん、私も、自分勝手な人間に含まれています。<br>もし、人間に「自我」というものがなければ、こんなに自分勝手にはならなかったのではないか、と思うこともよくあります。<br><br>しかし今日、エイブラハム・ツワルスキーさんの言葉を聞き、少し考え方が変わりました。<br>『本当に愛する、というのは、自分の損得を考えずに、その対象がそれらしく生きれることを望むことであり、そのような人物になるには、まず幸せを知るために、自分を鍛えることが大切である。そのようにし、「自我」を確立し、それができた上でしか本当の「愛」は成立しない。』<br><br>人間に限らず、すべての生き物は、楽をして生きることはできません。そしてそれはいつも、苦しい経験をしたあとに気がつきます。<br>自分の限界までは走り続けたあと、山の頂上まで登ったあと、私は本当に幸せな気持ちになります。全てのことに対して肯定的になり、目標で終わっていたことを行動に移すことが容易になります。<br>それは精神的なものにも例えられるのだと思いました。<br>他人から無視され続けているとき、それを前向きにとらえることが出来れば、そして無視されるという最も苦しい状況を当然だと受け止め、生活する生き方を日々行えば行うほど、誰かに嫌なことをされても動じず「自分自身」に耳を傾け、必要な行動が出来るようになります。<br>逆に人や物事になにかを求める生き方をすると、裏切られることが多くなり、たくさん傷つき、いつも悪口ばかりいう人間になるのだと知りました。<br>そのような理由から、「自我」というものはいつ他から大きな損害を受けるかわからないから、本能的に自己を守るためにあるのだと思います。 <br>どんなに辛いことが起きても、「私」は「私」のままで、魂だけが遠くへいき痛みが和らぐわけではありません。なので、自分自身を強くし、痛みになれる必要があったのだと思います。<br>最近になってやっと、人からどんなことをされても、また自分が大きな失敗をしたとしても、昔ほど苦しく感じることはなくなりました。そして、それはつまり今私は自分自身を大切にする、強くする時期が来たからだと思います。<br>この時期に、私は自分勝手な行動によって他を傷つけている様々な行動を自覚していこうと思います。まずは、動植物を食べる時「裁く」という経験もせずに無責任に食べているということをしっかりわかっている状態で、食べるようにしたいと思います。<br><br><br>バオバブさんは私の何倍、何十倍も長く生きていますよね？<br>バオバブさんはどんなものを見て、どんなものを感じてきたのですか？<br>生まれてからずっと同じ場所にいるバオバブさんは、私たち人間をずっと見守りながら何を見て、何を感じてきたのでしょうか。<br>会いに行ったとき、それを教えてほしいです。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180629/18/642narameto/ae/15/j/o1080192014220042883.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180629/18/642narameto/ae/15/j/o1080192014220042883.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/642narameto/entry-12387254231.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jun 2018 18:04:07 +0900</pubDate>
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<title>バオバブ　質問１つめ</title>
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<![CDATA[ <a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/22/642narameto/1d/d2/j/o1080192014207390669.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/22/642narameto/1d/d2/j/o1080192014207390669.jpg"></a><br>今の私は、現在の世界の利己主義の人々の一人であると気づきました。<br><br>受験勉強として、国語の勉強をしていたとき、そこにかいてある文章に私はとても心を動かされました。<br>題は『環境哲学への招待』(西川富雄)です。<br>主な内容は、現在の人間は[人間中心主義]であり、それによって環境問題が世界規模で深刻になっている、というものです。<br>人間は本来、他の生物や自然環境と共存し合い生きていくべきものだという主張に、私もとても共感しました。しかし、今、バオバブさんのような、太い幹を地球の中から支えてたくましく生きる、存在が純粋な方に聞いてほしいことがあります。<br>私はいつも、「良心」というものを知らずに使っていました。しかし、本当の良心が、この文章を読んで、少しだけ理解できたように思います。文章を読み終えた今、私がわかるのは、「良心」とは他人、さらには神に認められることを目的にして行うものではなく、「自分自身」が「自分」を律することである、ということです。そして「自分自身」が「自分」を律する、ということは、功利性や、名誉に偏った考えを捨て、利己心、称賛も捨て、自然の流れにしたがって生き、いつも「他」を想って行動することだ、ということです。私はこの考えに本当に心から感動しました。しかし、今の世の中は、「お金」が最も影響力の高いものになっています。私も時々、大きな家に住んでいる裕福な人に憧れてしまいます。今の世界には「資本主義」の国まであり、私のように、金持ちになりたいと一度でも思った人も、沢山いると思います。また、それとは反対に、「他人のためになることをすれば幸せになり、成功する」と言う成功者もたくさんいるのを知りました。。しかし、人工知能の開発や、人工受精の普及に力をいれている人なども同じことを言っているのに少し疑問になります。私は、彼らのような考えに共感する人からすると、とてもひねくれていて頑固だと言われるかもしれませんが、人工知能や人工受精など、元来の自然の素晴らしさを大切に使うことができず、「人」のためだけに良いことをしようという考え方は、あまりにも考えが浅く利己的に見えるのです。そのような「行為」を見ると、どんなに素敵な言葉で行いを飾り付けても私には「悪」にしか見えません。しかし、今の世の中はそのような考え方の人も沢山存在し、私と同じような考え方を持つ人がいたとしても、ほとんどの確率でそのような倫理的に反するものは世界中に増えていくと思います。<br>私は、人間よりも自然に生きる動植物を大切にしたいと思う傾向があるのですが、そのような私からすると、一部では、「人」を想ってその人が望んでいる行いをする、ということにとても抵抗を感じます。しかし、世界はこのようでなくともほとんどの人が他人のために尽くしています。私にはそれが苦しくて辛い気持ちになります。<br>もしもその延長線で、人工的で倫理的に反するものでお金をもうける人たちが増えてきたら、他の生き物はどういう気持ちになるのでしょうか。<br>また、私たち人間が今行っていることすべて、価値観のすべては、バオバブさんを傷付けているのではないかと心配です。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/22/642narameto/75/54/p/o1080073514207390764.png"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/22/642narameto/75/54/p/o1080073514207390764.png"></a><br>
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<pubDate>Fri, 08 Jun 2018 22:17:41 +0900</pubDate>
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<title>バオバブに会う前　プロローグ</title>
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<![CDATA[ ☆プロローグ☆<br><br>【あやかとバオバブくんの出会い】<br><br><br>17歳の5月、心地よい風が吹く朝の時間。<br><br><br>私の名前はあやか、17歳。<br>高校を中退する決意をこの春にしたばかり。<br><br><br>高校の雰囲気が自分に合わないこともそうだし、<br>自分が本当に勉強したいことに時間をつかいたいと思ったことがきっかけ。<br><br>普通の高校生ならこの時間は、学校で授業を受けている。<br>私は、大好きな自然に関する番組を見ている。<br><br><br><br><br><br>・・・<br>「あ、もうそろあの番組が始まる。テレビつけよ。」<br><br>私が毎週欠かさず見ているテレビ番組がある。<br><br>世界中の自然や、人々の生活に密着した番組。<br>私のお気に入りの番組。<br><br>「今日はバオバブ特集です。......。」<br><br>アフリカやオーストラリア（一部）などのサバンナ地帯に多く生息するバオバブの木。<br>その高さはおよそ30メートルで直径は10メートルにもなる。<br><br>バオバブの木には年輪がない。<br>樹齢を測定することはできないけど、古い木では数千年～数百年にもなるそう。<br><br>その神秘的なバオバブに私は心を引きつけられた。<br><br>・・・<br><br>私はその番組を見て、テレビの中だけでは満足できない気持ちになりました。<br><br>「実際に会いに行きたい、、、」<br><br>そんな想いからか私はバオバブの木に「バオバブくん」という名前をつけて呼ぶようになりました。<br><br>頭の中で会話が始まったのです。<br>一緒に物事を考えてみたり、質問をしてみたり。<br>答えは言葉や声で返ってこないけど、何か答えてくれる、そんな「感じ」がします。<br><br>私の中でバオバブくんは単なる植物を越えて、時に友達、時に先生のように感じるようになっていきました。<br><br><br>あのテレビの特集で見たアフリカのバオバブくんに会いに行こう！<br><br>高校を中退した私の目の前にやりたいこと、目標ができたんです。<br><br>バオバブくんと会って何が待っているかはわかりません。<br><br>でもただただ会いたくてしかたがない。<br><br><br>大人はこういうかもしれません。<br><br>「それをして飯が食える（お金が入ってくる）のか」と。<br><br>でも私は心底こう思うんです。<br><br>「お金が入ってくる以上に私に意義のあること」だと。<br><br><br>このストーリーは私が実際にバオバブくんに会いに行く物語。<br><br>3部（冊）構成で<br><br>1部：バオバブくんに出会いに行くまで<br><br>2部：バオバブくんとの出会い<br><br>3部：バオバブと出会って（帰国後）<br><br>となっています。<br><br>私が実際にバオバブくんに会うまでの私とバオバブくんとの会話、そして旅費をためていくその過程をリアルタイムにお楽しみください。<br><br>今日もこんな風に私たちの会話は始まりました。<br><br><br><br>「バオバブくん、今日はこんなことがあったんだ。<br>それでバオバブくんに聞いてみたいことがあるんだ・・・。」<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180602/17/642narameto/12/bf/j/o1071133514203275212.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180602/17/642narameto/12/bf/j/o1071133514203275212.jpg"></a><br>
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<pubDate>Sat, 02 Jun 2018 17:16:37 +0900</pubDate>
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