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<title>生きることの大切さ</title>
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<description>宣告からの生活について</description>
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<title>１１月の記憶②</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>１１月</div><div>外泊が終わってから髄中検査をしました。</div><div>マルクと違って膝を抱えるように丸くなり背骨付近から髄液を取るものです。</div><div>突然だったので髄中検査に何の意味があるのか理解できないままでした。</div><div><br></div><div>検査後はマルク同様安静にしていなければならないのですが、看護婦さんの言い忘れで頭を高くしないで横になっていました。</div><div>髄中検査は脳と繋がっている部分から取るので起き上がると頭痛がする場合があるそうです。</div><div>私はその場合に直面しました。</div><div>起き上がろうとすると酷い頭痛がして何もできないのです。</div><div>そのため、今後の治療、移植についての説明も横になって聞く羽目になりました。</div><div><br></div><div>タイミングが良いのか悪いのか、その説明を受けている時に地元で数日間お世話になったＫ先生がやってきました。</div><div>そのことを知らなかった先生方は本当に驚いていました。</div><div>目の前には私の命を繋いでくれる先生方が揃っていて、鳥肌が立ちました。</div><div><br></div><div>先生方に応援されたらそれに応えようと、これからの治療も弱音を吐かないよう心に決めました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ちなみに髄中検査の頭痛は１０日以上続きました。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 16 May 2017 12:18:45 +0900</pubDate>
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<title>念願の二泊三日</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>１１月</div><div>念願の二泊三日の外泊。</div><div>私が入院した８月とは違って外は冬に向かっているから寒いよ、と言われていました。</div><div>数ヶ月振りに外へ出ると風が冷たく当たってきます。</div><div>久々の外の世界に喜びを感じ、風のことは気になりませんでした。</div><div>車に乗るのも久しぶりだったので、車酔いしないか不安でしたが大丈夫でした。</div><div><br></div><div>２時間ほどかけて到着した自宅。</div><div>もちろん何も変化はなく、祖父母が優しく出迎えてくれました。</div><div>実は祖父と母の誕生日が１１月で、どうしても二人の誕生日を祝いたくて、この時期に外泊ができて嬉しかったです。</div><div><br></div><div>今までの治療、これからの治療。</div><div>そして他愛のない会話。</div><div>この瞬間がどれだけ幸せなことか。</div><div>今まで当たり前に生活してきたけど何気ないことが幸せだと入院していて実感しました。</div><div><br></div><div>久しぶりに家族で食べる母の料理は病院食より何倍も何十倍も美味しくて幸せでした。</div><div>大好物の唐揚げやハンバーグ、パスタなどを食べれるだけ食べてパワーを貰いました。</div><div><br></div><div>祖父と母の誕生日も、当日ではありませんがお祝いできて良かったです。</div><div><br></div><div>あっという間の二泊三日。</div><div>次に来る時は退院だからね！と念を押して泣きながら病院に戻りました。</div><div><br></div><div>どんなに苦しく辛い治療も、家族の支えがあることで少し和らぐような気がします。</div>
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<pubDate>Tue, 16 May 2017 11:52:10 +0900</pubDate>
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<title>１１月の記憶①</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>１１月、外泊まで</div><div>１１月に入る数日前。</div><div>私は今回こそ外泊をしたいと先生方に言いました。</div><div>前回できなかった二泊三日を叶えたい。</div><div>すると先生方はOKを出してくれました。</div><div>数値も前回よりは安定しているので希望の二泊三日。</div><div>そのことを家族に伝えると喜んでくれました。</div><div><br></div><div>そして１１月に入り、外泊する前のこと。</div><div>３クール目は無し、今月移植しようとの話がありました。</div><div>ドナーを探したり大変だけど、今の私には移植するしか生きる道はありませんでした。</div><div><br></div><div>私と血が繋がっている妹と型が合うか検査もしました。</div><div>でも合うことはありませんでした。</div><div>学生の妹を考えると、決断するのに時間がかかったと思います。</div><div>型が合わないと知った時、妹は私に謝罪してきました。</div><div>謝る必要は誰にもありません。</div><div>寧ろ、合う確率のほうが低いので少しの可能性を信じてくれていたのかもしれません。</div><div>妹の優しい気持ちを支えにして臍帯血移植をすることになりました。</div><div><br></div><div>その前に二泊三日の外泊をしてリラックスしてきてください、と先生が微笑んでくれました。</div><div>家族からパワーを貰って辛い痛みにも耐えよう。</div><div>そう思って外泊を楽しみました。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/64dkbok/entry-12275139945.html</link>
<pubDate>Tue, 16 May 2017 11:40:49 +0900</pubDate>
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<title>１０月の記憶</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>１０月</div><div>抗がん剤治療２クール目に突入する前に、先生方が数値がよければ外泊もいいよと仰いました。</div><div>両親や妹はお見舞いに来てくれますが、祖父母は来ることができなかったので私のほうから会いに行けると思いました。</div><div><br></div><div>ですが私の願いも虚しく、外に出ていい数値に満たなかったため外泊することは叶いませんでした。</div><div>先生方は残念そうな表情で、期待させるようなことを言ってごめんねと謝罪しました。</div><div>私の体奥深くまでは先生方も自分も分からないので誰を責めることもありませんでした。</div><div><br></div><div>今回外泊できなかった分、次は二泊三日してやると心に誓いました。</div><div><br></div><div>２クール目に突入しました。</div><div>前回よりも少し強めの薬を使っての治療です。</div><div>やはり副作用が出てきました。</div><div>私の体は薬の反応が出やすいようです（笑）</div><div><br></div><div>前回と同様、抗がん剤治療を終えて数日経つと体調が少しだけ戻り、元気な状態になりました。</div><div>先生方も看護婦さん達も私の様子にいつも驚いていました。</div><div><br></div><div>記事を書く今、入院中の記憶があまり無くて何をして過ごしたのかもメモしていないため、こんな感じではなかっただろうか、と憶測で書いています。</div><div>きっと１０月も体の中以外は調子良く過ごしていたのだと思います。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/64dkbok/entry-12275137544.html</link>
<pubDate>Tue, 16 May 2017 11:30:44 +0900</pubDate>
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<title>ちょっとしたサプライズ</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>髪の毛が抜け始めた頃。</div><div>私事ではありますが、iPhone5を使用していました。</div><div>時代が変わる中、iPhone7が発売するとのことでただ単に７が好きなだけだったのですがiPhone7が欲しいと我儘を言いました。</div><div><br></div><div>iPhone7が発売されたら買う！と前々から両親には伝えていたのでダメとは言われませんでしたが、私が欲しいカラーはジェットブラックで当時新色だったそのカラーは売り切れが続出でした。</div><div><br></div><div>どうしてもジェットブラックが欲しくて、両親はお店に取り寄せを頼んだそう。</div><div>ですがここで悩ましいことに遭遇しました。</div><div><br></div><div><br></div><div>ジェットブラックを取り寄せすると１１月になる。</div><div>ゴールドや他のカラーなら一週間ほどで取り寄せ可能。</div><div><br></div><div><br></div><div>とのことでした。</div><div>２ヶ月も先までiPhoneを待ってるよりも、欲しいカラーじゃないiPhoneを取り寄せてもらったほうがいい。</div><div>私はその決断を下し、両親に頼みました。</div><div><br></div><div>現在所持しているiPhone5のデータを引き継がなければならないので、数日間iPhone無しの生活をすることになりました。</div><div>一週間ほどと聞いていたのでゲームでもして遊んでいようと思ったのですが、そんなに長くは続かず…</div><div><br></div><div>途方に暮れていると見覚えのある靴がカーテンの向こうに見え、現れたのは何かを手にした父でした。</div><div>連絡は取れないので来てくれることを知らない私は驚きました。</div><div>何と父はiPhone7を持ってきてくれたのです！</div><div><br></div><div>一週間と聞いていたのでサプライズでした。</div><div>真新しいiPhone7を手に入れてデータの移し替えや諸々をすることで、数日間は暇を感じることなく過ごすことができました。</div><div><br></div><div>そんなこともあったなとこの記事を書きながら思っています。</div>
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<link>https://ameblo.jp/64dkbok/entry-12267333979.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Apr 2017 13:56:11 +0900</pubDate>
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<title>９月の記憶</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>９月</div><div>抗がん剤治療が始まりました。<br></div><div>抗がん剤という単語を聞いたことがなかったのでどんな症状が出るのか分からぬまま、点滴をしました。</div><div><br></div><div>点滴を始めた頃から吐き気がして、副作用がでてくるようになりました。</div><div>吐き気止めを飲んでも意味はなく、食べた物が戻ってくることが多かったです。</div><div>ですが抗がん剤治療が終わるとピタッと副作用も治まり、副作用の恐ろしさを実感しました。</div><div><br></div><div>抗がん剤治療の１クールが終了して落ち着きを感じた頃、私は入院生活が暇で暇で仕方ありませんでした。</div><div>他の患者さんはテレビを見たり編み物をしたり資格勉強をしたり。</div><div>自分の好きなことに取り組んでいると聞きました。</div><div><br></div><div>私の趣味はというと、編み物でもなく料理でもなく、音楽鑑賞かテレビ鑑賞です。</div><div>私の好きなジャンルは洋楽やジャニーズなので、同じ部屋の方とは話が合いません。</div><div>看護婦さんは皆さん若い方なのでそのような話になると躊躇いもなく話すことができました。</div><div><br></div><div>初めの頃は話が合わないと思っていましたが、年齢が上の方にとって若い私がちょっとしたことで同部屋の方と話すと笑ってくれたり、元気が出ると仰ってくださったりしてとても嬉しかったです。</div><div>食欲もあり、毎日の体調やどのくらい食べることができたか記す用紙を先生方が見て、元気もあるし全然病気には見えないと言われて複雑な気持ちになりました。</div><div><br></div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ある日、私はいつまで入院することになるのか理解していなかったので両親に聞きました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">半年はかかるとのことでした。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">９月から半年だと来年の２月。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">気の遠くなるような感じがして残念でした。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">どんな試練が待ち受けているのか怖かったです。</span></div></div><div><br></div><div>ちなみに髪の毛が抜け始めたのは９月下旬頃。</div><div>枕元には白いシーツに目立つ茶色の髪が何本も落ちていて、コロコロを買うことを勧められました。</div><div>この時はまだ、帽子を被っていなかったのでそろそろ買うことを考えなきゃなと思っていました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/64dkbok/entry-12267329630.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Apr 2017 13:35:34 +0900</pubDate>
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<title>闘病生活の始まり</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>８月３１日</div><div>朝になってしまいました。</div><div>驚くほど綺麗な青空で雲ひとつない日。</div><div>私のことを応援してくれているのかなとポジティブに考えました。</div><div><br></div><div>早朝から隣県にある病院に行くと言われていたので、両親は仕事を休んで私を連れて行ってくれるとのこと。</div><div>ですが地元より都会で病院は街の中心にあるらしく、場所が分かりません。</div><div>Ｋ先生は昨日の段階で同行すると言いました。</div><div>同じ車に乗るわけでもない、電車でもない。</div><div>どうするのだろうと思いながら数日間お世話になった病院の看護婦さんや婦長さんに挨拶をし、病院を出ました。</div><div><br></div><div>「僕が案内するからついてきて」</div><div><br></div><div>とＫ先生は言います。</div><div>私だけを受け持つわけではないので他にも患者様がいるはずなのに、先生自ら道案内をしてくださるなんて。</div><div>ユーモア有り、優しさ有り、素敵な先生です。</div><div><br></div><div>４月に納車したばかりの自分の車に乗り込み、父の運転でＫ先生の後を追いました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>そして辿り着いた病院。</div><div>最初の印象は、大きい！広い！でした。</div><div>地元で入院していた以外の病院で広めの病院はありましたが、それ以上です。</div><div><br></div><div>手続きを済ませ、迷路のような道を歩き辿り着いたのは東病棟１４階。</div><div>Ｋ先生は受付を通り過ぎ、ナースステーションにズカズカ（失礼かもしれませんがその表現がピッタリでした）と入り込むと何人かの先生方が顔を出してくれました。</div><div><br></div><div>血液免疫科、通称：血免は二つのチームに分かれており、私が所属するチームは花チームとのこと。</div><div>宝塚のようなチーム名だなと感じました。</div><div><br></div><div>担当医はＯ先生で、Ｏ先生率いるチームにはＨ先生、ＫＢ先生（地元の先生とイニシャルが同じなのでここでは次の文字まで表示します）Ｎ先生の合計４名の先生方がサポートしてくださいます。</div><div><br></div><div>私の部屋は大部屋で、空いてる場所は入ってすぐ左の廊下側でした。</div><div>トイレは右隣なので何かあればすぐに駆け込むことができて最高の場所だと初日に思いました。</div><div><br></div><div>同部屋の方に挨拶をしてからこの日に担当してくれる看護婦さんと挨拶をしたのですが、偶然にもその方が同じ地元で中学も近いことが判明し、両親と共に喜んだことを覚えています。</div><div><br></div><div>そして採血をして何も分からないまま検査をして担当の先生を代表してＫＢ先生とＨ先生が採血結果を見ながら診断をしてくれました。</div><div>やはり私は急性骨髄性白血病で、治療をしていかなければならないとのことでした。</div><div>嘘じゃなくて本当なんだとＫＢ先生の話を聞きながら涙目になりました。</div><div><br></div><div>話はチンプンカンプンで何も理解できないまま、この日はきっと終わったでしょう。</div><div>もう何も記憶にありません。</div><div>メモをしておけばよかったと今になって思います。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 13 Apr 2017 17:05:36 +0900</pubDate>
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<title>宣告</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>すぐに入院生活は終わると思っていました。</div><div>左腕から点滴を繋ぎ、違和感を感じながらご飯を食べたりテレビを見たり。</div><div><br></div><div>そんな中、検査すると言われてやったのが骨髄検査でした。</div><div>初めて聞く検査で、うつ伏せになって骨髄から髄液をとる。</div><div>初めて経験する痛みに心が折れそうになりました。</div><div><br></div><div><br></div><div>８月３０日、午前</div><div>Ｋ先生が突然、左腕から繋ぐ点滴の線を取り、右鎖骨付近からカテーテルを差し込むと言われました。</div><div>もしかしたら部屋に戻るまで気分が悪くなるといけないから車椅子も持っていくねと言われて、そんなに痛いことをするのかとドキドキでした。</div><div><br></div><div>カテーテルを差し込む間の記憶はあまりありません。覚えてるのはただ痛かったことだけです。</div><div>気分は悪くなりませんでしたが、車椅子で部屋に戻ることにしました。</div><div><br></div><div><br></div><div>８月３０日、午後</div><div>個室にはＫ先生、婦長さん、両親と妹、そして私が集まりました。</div><div>今だからこそ言えるのですが、このときに事の重大さを知らなかったのは私だけでした。</div><div>私以外はすでに知っていたそうです。</div><div><br></div><div>Ｋ先生が真剣な表情で何かを話し始めると、妹は無言で部屋を出て行きました。</div><div>衝撃的すぎて何を話していたのか忘れてしまいましたが、Ｋ先生ははっきりと</div><div><br></div><div>「<font size="5" color="#ff0000"><b>急性骨髄性白血病</b></font>みたいなんだ。僕の知り合いに優秀な先生がいる。その先生が必ず治してくれるから明日その病院に行こう」</div><div><br></div><div>と言いました。</div><div>その瞬間涙が溢れ、これは悪夢なんだと考えましたが隣に座る両親も同様に涙を流す姿を見て、現実なんだと実感しました。</div><div><br></div><div>そしてもう一つ、腹痛の原因。</div><div>胃腸炎だったそうです。</div><div>どおりでしんどいわけです。</div><div><br></div><div>病名はどこかで聞いたことがある程度。</div><div>怖くてそんなこと調べたくもありませんでした。</div><div><br></div><div>どうやら私の白血球は<font color="#ff0000">１２万</font>を超えていて</div><div>正常値だと<font color="#ff0000">１万</font>を若干下回る数値だそうです。</div><div>少なすぎても多すぎても危険らしく、私の場合は多すぎて先生も驚いていました。 &nbsp;</div><div><br></div><div>大好きなお刺身を食べたいとＫ先生に言うと苦い表情で渋々頷いてくれました。<br></div><div>本当はナマモノ禁止だったのですがご好意で了承してくれました。</div><div><br></div><div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ちなみに移動する病院は私が住む地方で一番大きい病院で、隣の県にあります。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">家に住む祖父母と会う機会が無くなるので、許可を得て帰宅することにしました。</span></div></div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">祖父母は驚いていて、早く治して家族全員で食事をしたいと強く願いました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div>病院に戻って誰もいなくなった個室で明日のことを考えました。</div><div>どんな生活が始まるのだろう、いつまで入院するんだろう</div><div>何を考えても涙が溢れ、明日なんか来なければいいのにと無理なことを思いました。</div><div><br></div><div>その時にメールが２通届き、開いてみると両親からでした。</div><div>謝罪と応援の言葉が並んでいて、ようやく収まった涙がまた流れ始めました。</div><div>父は２８日の段階で先生から聞いていたそうです。</div><div>よくここまで誰にも言わずに嫌な思いを隠してきたなと思います。</div><div><br></div><div>最悪の１日は終了しました。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 12 Apr 2017 11:48:22 +0900</pubDate>
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<title>入院生活の幕開け</title>
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<![CDATA[ <div><br></div>初めまして。こんにちは、こんばんは。<div>初めての投稿に戸惑うばかりです。</div><div>少し大目に見てもらえたら嬉しいです。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は昨年の８月から体調に変化を感じていました。</div><div><br></div><div><br></div><div>・胃の調子が悪い</div><div>・自然と涙が出てくる</div><div>・喉が痛くて声が変</div><div>・鼻水が止まらない</div><div>・足の痣が酷い</div><div><br></div><div><br></div><div>単なる夏風邪かなと思っていました。</div><div>この中でも特に気になっていたのが足の痣。</div><div><br></div><div>右足の膝付近に一つ、左足のふくらはぎに大きな痣が一つ</div><div><br></div><div>痣は気が付かないうちに出来るものだと思っていましたが、左足の痣については範囲が大きすぎてぶつけたことに気付かないとは自分はそんなに鈍感なのか？とショックを受けたほどです。</div><div><br></div><div>右足の痣は自分でも気付いていましたが、左足の痣は全く気付かず（これこそ鈍感）初めて知ったのは母に心配されたからでした。</div><div><br></div><div>「どこでぶつけたの？痛くないの？」</div><div><br></div><div>全然記憶がなくて恐怖を覚えました。</div><div>相変わらず、上記に記載した症状は治ることを知りません。</div><div><br></div><div><br></div><div>そして８月２７日。</div><div>私は４月から社会人として働き始め、早いもので４ヶ月が過ぎようとしていました。</div><div>仕事も覚え始めており、少しずつ貢献できているかなと実感し始めた頃でした。</div><div><br></div><div>この日は朝から調子が悪く、職場の方から心配されるほどで、早退しようと決意したのは昼休みで怠くて熱っぽいとの理由で帰宅しました。</div><div>帰り道、運転するには危険すぎたと今となっては思います。</div><div><br></div><div>丁度、母は休みを取っており近所のお医者さんへ行くことにしました。</div><div>母は痣のことが気になっており、翌月にお医者さんへ相談するつもりだったそうです。</div><div>そのことも聞きに行こうと車に乗りました。</div><div><br></div><div>看護婦さんと話しながら嫌いな採血をして、尿をとり診断結果を待ちました。</div><div>私は怠かったので待合室で母が来るのを待っていました。先生に呼ばれたのが母だけだったのが不思議でした。</div><div><br></div><div>そして母が戻ってきて、</div><div><br></div><div>「今から大きい病院で再検査するからね。先生に紹介状もらったから行くよ」</div><div><br></div><div>なぜそう言われたんだろうと病院に向かうまでの車内で恐る恐る聞いてみました。</div><div><br></div><div>「白血球の数が異常で多すぎる。もしかしたら調べる機械が壊れてるのかもしれないから、他の病院で検査してほしいって言われたよ」</div><div><br></div><div>白血球？異常？</div><div>何のことかさっぱり分からず、母の後ろでこっそり検索してみました。</div><div>最悪なことに、白血病の文字が出てきたので</div><div><br></div><div>自分には絶対に有り得ないから大丈夫</div><div>本当に壊れてただけなんだよ、きっと</div><div><br></div><div>このように祈るしかありませんでした。</div><div><br></div><div><br></div><div>大きな病院にやってきて、順番を待ちました。</div><div>自分の番が回ってくるまで非常に長く、気が付けば数時間経過して時計の針は１８時を示していました。</div><div>一度看護婦さんに呼ばれて本日二度目の採血をしました。</div><div>その結果が出るまで売店でパンと飲み物、お菓子を買って誰もいない待合室で母と食べました。</div><div><div style="text-align: left;"><br></div></div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">そしてようやく呼ばれて担当してくれるＫ先生と話し始めました。</div><div style="text-align: left;">Ｋ先生はパソコンのデータを見ながら住んでるところや年齢などを聞いてきて、データのことを聞くとやはり白血球が多いと言われました。</div><div style="text-align: left;">するとすぐ、今日は入院だねと言ってきたので私も母も意味が分からず困惑しました。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">会社や家族にも入院することを伝え、荷物を準備するため許可をもらい一度帰宅しました。</div><div style="text-align: left;">自分でもよく分からなくて、とにかく入院準備をしなければならなくて。</div><div style="text-align: left;">２１時まで戻るようにと言われていたので夕飯を急いで食べてお風呂に入り、あっという間に病院に戻っていました。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">部屋はあるのか、あるとしたらお金は？と母がＫ先生に聞くと、</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">「若いから大部屋は可哀想だ。個室準備してあるから。お金は取らないよ」</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">Ｋ先生準備が宜しくて！</div><div style="text-align: left;">そんな風に思ってその日はきっと終わったと思います。</div><div style="text-align: left;">私の最悪な入院生活の幕開けでした。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;"><br></div>
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<pubDate>Tue, 11 Apr 2017 17:53:18 +0900</pubDate>
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