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<title>乳がん。私から奪ったものと、与えたもの。</title>
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<description>きょもみの、可愛い愉快な子供たちへ</description>
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<title>3か月ごとの経過観察</title>
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<![CDATA[ <p>今日は経過観察からの初診察日でした。<br>ちょうど3か月前に手術をしました。もう3か月と言うよりも、まだ3か月しか経ってないんだ…って気持ちの方が大きい気がします。<br>48年間生きてきた中で、1番長く感じた3か月だったから。<br><br>非浸潤だったので、主治医からはサブタイプ関係なく追加治療はなしでいいと思うと言われたのですが、その件だけはどうしても他の先生からの意見も聞いてみたいとセカンドオピニオンをしました。<br>無治療で前に進むのには、自分なりに納得しないと心配性な私には耐えられないかもしれなかったので、同じ意見を聞けて本当に良かったです。<br><br>経過観察の間隔の相違はあったのですが、心配症な私には主治医の3か月ごとに5年間で合っているのかもしれません。笑っ<br>5年間どころかもっと長い年月お世話になるのだと思ったら主治医を決めるってことは大事な事なんだと思いました。<br><br><br>これから長くお世話になる先生なんだから信じて前に進もうと思います。<br><br>無治療という選択をしても、健康だった頃の自分には戻れません。やっぱり不安は完全には消せません。あとは自分とどう向き合い、強く生きていけるかです。私は強くなりたい。<br>子供たちに、病気になっても健康な人に負けないくらい幸せになれるから大丈夫だよ、怖くないよ、ってところを見せたいのです。<br>子供たちは私に似て心配性だから。笑っ<br><br><br><br>今日も無事に生きている。子供たちと共に。<br>今の私にはそれだけで充分すぎるほど幸せです。<br><br><br>どうかこの幸せが続いてほしい…。<br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/7032524/entry-12583113161.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2020 21:51:08 +0900</pubDate>
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<title>全摘に決めた経緯</title>
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<![CDATA[ <p>私の乳がんはたまたま検診で見つかったものでした。<br>カテゴリー3。悪性の確率は低い。1割程度と言われたけど、針生検の結果、悪性。<br>しかもHER2陽性。(正直乳がんについて全く無知でしたので、サブタイプ？HER2って何？と言う感じでした…)<br>調べまくる毎日の中でいろいろと理解していくのですが、知れば知るほど怖さも増すこともあります。<br>でも知らないことも怖い。だから全て知った上で今後の決断にプラスにしなければと必死に勉強しました。<br>私は病気かと思われるほどの心配症なので、常に最悪の事まで考えてしまうので、本当に最初は辛かったです。<br>唯一救われたのは非心浸潤乳管がんだろうと言われたことでした。<br>それでも手術後の病理検査結果が出るまでは不安でしたし、その頃の私は死の恐怖に支配されていました。<br><br>非浸潤の可能性なら、今はほとんどの人が温存する手術に決めるのでしょうが、超がつくほどの心配症な私はほんの数%だけしか上がらないだろう安心を得るために全摘に気持ちが傾いていました。全摘で痛みや違和感の後遺症が残るかもしれないけど…。毎晩裸を見るたびに悲しくなるかもしれないけど…。(私の場合、全摘しなくても悲しくなる裸ですが。笑)<br><br><br>ただ、周りの友達や親戚、違うかかりつけの先生から、本当にその決断でいいのかと言われてしまうと自分の選択に迷いが生じてしまい、落ち込んでいると、そんなに迷うならまだ治療するべきではないのでは、納得して治療するべきと言われ、またさらに迷ってしまうという辛い葛藤の繰り返しでした。それは手術日ギリギリまで続きました。<br><br><br>混乱してどうしていいかわからなくなった時に息子に<br><br><br>ママはどうしたらいい？…どうしたらいいのかわからない…<br><br><br>息子は言いました。<br><br>ママは痛みや違和感なら絶対に耐えられる。<br>でも不安には耐えられない。<br>だから少しでも不安が少なくなるなら全摘がいいよ。<br>もちろん最終的に決めるのはママだけど…<br><br><br><br>さすが…。私の事よく知ってるね。…<br><br><br>私が何より聞きたかった言葉をまた我が子がくれました。私の決断はもう本当は決まっていて、誰かに背中を押してもらいたかっただけなんだとわかりました。<br><br><br>手術当日、先生に全摘でお願いします。と伝えて、48年共に生きてきた左胸ちゃんとお別れしました。<br><br><br>今日までありがとう。生きていく為にお別れするけど許してね。<br><br><br>もうすぐお別れしてから2ヶ月が経とうとしてます。<br>今は、多少の痺れと違和感が残ってます。よく聞く、鉄板が胸に入ってる感覚、私もあります。<br>醜い傷もハッキリあります。ドレーンの後も少しケロイドのようになってしまってます。<br><br>それでも手術して良かったと思っています。<br>生きていくことは時に辛くて逃げたくなる時もたくさんあるけど、<br>生きていることは奇跡みたいに素晴らしいことだと病気が教えてくれました。<br>もちろんそれでも病気は嫌いです。この世から消えてほしいくらい憎いです。<br>誰かを悲しませたり傷つけたりする病気なんていつか無くなってほしいです。<br><br><br><br><br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/7032524/entry-12574883035.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Feb 2020 17:07:10 +0900</pubDate>
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<title>告知からやったこと</title>
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<![CDATA[ <p>乳がん。つい昨日までは乳がんのことなんて詳しく知らなかった私の携帯の検索履歴が、乳がんで全て埋め尽くされました。<br><br><br>闘病している人の気持ちが初めてわかりました。<br>こんな気持ちで日々戦っていたんですね。<br><br><br>私は告知の日から勝手に絶望して、勝手に未来を諦めて、子供たちに残せるものを、残せる想いを探し始めてしまいました。<br><br><br>私の両親は、ある日突然この世を去りました。<br>さよならも、ありがとうも伝えられない、そして最後の瞬間側にさえいれなかった突然の別れは、残された家族にとって後悔でいっぱいになります。<br><br>こんな気持ちを子供たちにさせるわけにはいかない、気持ちは今以上に伝えておきたい。<br>もしもの時に、子供たちだけで生活できるようにしなければ。と、<br><br><br>ノートにいろいろと綴ることにしました。<br><br><br><br>今思えば、余命宣告をされた訳ではないのに、あの頃の私はもしもの時のことを考えることで頭がいっぱいでした。<br><br><br>それくらい、告知されるということはとても苦しい宣告なのだと思います。<br><br><br>あの頃の私は暗闇に1人で放り出されたような恐怖に支配されてしまっていました。<br><br><br>そこから救ってくれたのは子供たちでした。<br><br><br>私のこっそり書いてあるノートの1番最後のページに息子からのメッセージがありました。<br><br><br>ママへのお願い！<br>絶対に死なないこと。<br><br><br><br>ありがとう！子供たちの言葉はどんな薬より効きますね。子供たちの言葉は魔法のことばです。<br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/7032524/entry-12569614469.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jan 2020 23:32:23 +0900</pubDate>
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<title>初ブログ。大好きな子供たちに。</title>
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<![CDATA[ <p><br>はじめまして。<br><br><br>48歳、大学生の息子と高校生の娘のママです。<br><br><br><br>ある日突然、乳がん告知。<br><br>人生が突然変わるってこんなに辛くて苦しいんだと思い知らされた日。<br><br>何より辛かったのは、子供たちに伝える瞬間でした。<br><br>病院から1番先に電話したのは息子でした。<br>ごめんね…本当にごめんなさい…<br>その言葉だけで理解してくれたね。そんな悲しい電話しちゃって本当にごめんなさい。謝ることしかできない自分が本当に辛かった日。<br><br>電話をしながら、ついこの前の息子との会話を思い出していました。…<br><br>最近元気がなかった息子。どうしたの？と聞いたら、<br><br>ここ最近毎日嫌な夢を見ていて、夢の中でいつも私が泣いていて、何か意味があるんじゃないかと悩んでいたらしいのです。きっと、息子には嫌な予感があったのでしょう。あの会話が今になって納得がいきました。<br><br><br>告知される前から、俺、こうなることがわかっていた気がするよ。嫌な予感て当たるんだな…と息子が悲しそうに言いました。<br><br><br>ごめんね、私より先に苦しい想いさせていたんだね。とさらに申し訳なくなりました。<br><br><br>そして、修学旅行を控えてる娘に告げるべきか悩みましたが、やはり伝えることにしました。<br><br><br>話があるから座って…と言ったら、<br><br><br>乳がんだったんだね…。ってすぐ察してくれました。<br>ごめんね。って何度も謝った私に、泣きながら、ママは悪くないから謝らないで。と言ってくれて、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになったあの日。<br><br><br>あの日から、私の人生の第二章が始まったのです。<br><br><br><br>長くなってしまったので今日はこの辺で。<br><br><br>最後まで読んで頂きありがとうございます😊<br><br><br><br><br><br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/7032524/entry-12569257801.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jan 2020 19:34:12 +0900</pubDate>
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