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<title>ナナエのブログ</title>
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<title>文学少年の日々「大学入学」</title>
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<![CDATA[ <p>　お久しぶりです。</p><p>ずいぶんと長い間あけてしまいました。</p><br><p>　これからもあいてしまうでしょうし、</p><p>もしかしたら辞めてしまうかも・・・。</p><br><p>　でも発信することは辞めたくない・・・。</p><p>なんなんでしょうね。</p><br><p>　明日、書きます、以上です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10514640398.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Apr 2010 01:40:23 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「カフェとマスターとチョコレート」</title>
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<![CDATA[ <p>　久しく文を書きます。</p><p>卒業・入学の時期は、忙しいですね。</p><br><p>　特に、今までの友達と多く遊んでいるのも、一因ですが。</p><p>今日も、幼稚園のコロの友達と「遊」んできました。</p><br><p>　とはいえ、男二人の散歩。</p><p>もちろん、けっしてホモではないことを強く強調しつつ、</p><p>ここに書き留めていきたいと思いますが。</p><br><p>　何も策を持たず。</p><p>男二人が街を行く。</p><br><p>　そこに一軒のカフェを発見。</p><p>入って、エスプレッソを頼んで、</p><p>「一口で飲めるだろ…これ」</p><p>っていう感じのエスプレッソ登場。</p><br><p>　「ちょ…これは…」</p><br><p>「ハハ～ン。読めたぞ。これはミルクの黒砂糖入りか。</p><p>エスプレッソは後から来るんだな・・・。」</p><br><br><p>…来なかったorz</p><br><p>これか…これなのか・・・。</p><br><p>このちっこいのが…４８０円か・・・。</p><br><p>いや、別に無いわけじゃない。だけどさ・・・。</p><br><br><br><p>思わず聞いてみた（テヘ）</p><br><p>「これ…エスプレッソですよね・・・？」</p><br><p>「ええ。」</p><br><br><p>マジかよorz</p><br><p>「この小ささって、何か意味があるんですよね・・・？」</p><br><p>「いえ、あまり」</p><br><p>なかったorz</p><br><p>「一口、二口ですが。それでも濃厚な苦味は口に広がるでしょう？</p><p>それは、三時間後にまたぶり返してきて、呑みたくなりますよ？」</p><br><p>ふ～む。</p><br><p>「濃厚であるが故、呑みすぎは体に毒。</p><p>そのため、そのような量になっているんです。」</p><br><p>意味あんじゃん、さっき無いって言ったのにorz</p><br><p>「あと、呑み終わったら、底にある砂糖を舐めてみてください。</p><p>チョコレートの味がしますから。」</p><br><p>ペロッ</p><br><p>！！！！</p><br><p>チョコだ・・・。コーヒーなのに？</p><br><p>聞いたらそういう種類らしい。</p><p>あぁ、ちょっと大人になった気がした。</p><p>これが文化ってか。</p><p>大人の楽しみ方っていうか…。味はもちろんだけど、</p><p>その後、三時間後まで飲みたくなるなんて。すげぇ。</p><br><p>しかも、マスター。凄い。ダンディーじゃないか。</p><p>絶滅危惧種として函館では天然記念物のような扱いだぞ。</p><br><p>やっぱり最後は人だ。</p><br><p>　この味だから、この店に来たいんじゃない。</p><p>この人がいるから、来たいと思う。</p><br><p>やっぱ人、大事。</p><br><p>ありがとうございました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10486335685.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Mar 2010 04:26:08 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「コドモと恐れと悪夢と母の手」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんにちは、ナナエです。</p><p>ずいぶんと久しく更新させていただくのですね。</p><p>申し訳がない・・・。</p><br><p>　とはいえ、その間大量の本と闘っていました。</p><p>なかなか楽しかったです。</p><p>　</p><p>なかでも、</p><p>　「わたしは、なぜタダで７０日間世界一周できたのか？」</p><p>という本はかなり面白かった。</p><p>というより、こんなことやらかした著者には尊敬の念を</p><p>抑えきれない。</p><br><p>　そいうことは、ひとまず置いておいて。</p><br><p>　今回はずいぶん長い題になりました。</p><p>「コドモと恐れと悪夢と母の手」です。</p><br><p>　なんとなく、お分かりになります？</p><p>え？分からない？それは良かった。</p><p>ではこれから少し、説明させて頂きます。</p><br><p>　ですが、今回は、特に読んでおられる方の・・・</p><p>何と言いますか、こどものコロの体験が、</p><p>大きくこの文章を面白くする可能性を秘めています。</p><br><p>　ですので、よろしければ、コドモのコロを思い起こしながら、</p><p>読んでいただきたい。もしかしたら、</p><p>重ならないところもあるかも知れませんが・・・。</p><br><p>　では、まず、なぜ今回こんな題になったかというと、</p><p>昨日、悪夢を見たからなんです。</p><p>そして、今日の朝５時、僕は一人の赤ちゃんだった。</p><p>「何か」に怯える小さなコドモ。</p><br><p>　誰だって子供のころ、その「何か」に逢っているはず。</p><p>　</p><p>　私は幽霊だいる・いないという議論には全く興味はないのですが、</p><p>それは「何か」なんですね。</p><br><p>　目には見えないけれど、恐ろしい「何か」</p><br><p>　大人の皆さんは、最近見ますか？感じますか？</p><br><p>　ぼくは最近めっきり逢っていなかったんです。</p><br><p>　ぼくは小さい頃から、発達の遅れたコドモでした。</p><p>大人が芽生え始める小６ぐらいの時、ぼくはコドモすぎて、</p><p>クラスで相手にしてもらえなかったコドモでした。</p><br><p>　自分では分からないんですよね。幼稚だって。</p><br><p>　でも、その分周りのコドモよりも、「何か」に逢っていたように思います。</p><br><p>　コドモの時ってそうですよね。</p><p>みえない「何か」に怯えて、母親や父親と一緒に寝ていませんでしたか？</p><br><p>　思えば、自分の部屋を持ち、母親と一緒に眠らなくなった時から、</p><p>「何か」のことなんて、気づきもしなくなっていたのかも知れません。</p><br><p>　コドモが持っている「恐れ」っていうのは、</p><p>そういう「何か」を強く感じるから生まれるものなのでしょうね。</p><br><p>　そういう時に、僕は良く母に手を掴んでもらって寝ていました。</p><p>大学へ上京する今。</p><p>その手の温かみを久しぶりに思いだしました。</p><p>すっかり忘れてしまっていました。もったいないことです。</p><br><p>　ぼくが思ったのは、これは「何か」からの警告なのではないかと。</p><br><p>　現代の生活には、現代の日本には、</p><p>その「何か」が忘れられ、消えかけてしまっているのではないでしょうか。</p><br><p>　「何か」は、きっと日本人のココロの一部だったろうと思います。</p><p>だからこそ、それは目に見えない「恐れ」を生み、</p><p>それを和らげてくれる母親や、父親の存在が、大事に思われてきた。</p><p>でも、今はそんなに多くないのでしょうか。</p><br><p>　それが、非道な事件を引き起こしているなんて大それたことかもしれませんが、</p><p>そう思ってしまいところもあるように思います。</p><br><p>　今は安全で、「恐れ」なんてものはそうそうない。</p><br><p>　ですが、昔から身近に存在した「何か」は、今の時代だからこそ、</p><p>もしかしたら見つめられるものなのかも知れません。</p><br><p>　それは科学などを使った「解明」ではないですよ。</p><br><p>　ただの「出逢い」です。</p><br><p>　昨日、久々にぼくの身近にで出てきてくれた「何か」</p><br><p>　旧友です。小さい頃ずいぶんお世話になった。</p><p>だからこそ、僕は両親に対する反抗期もなく、</p><p>いま、ここにいるのかも知れませんね。</p><br><p>　また、時々・・・いや。怖いから、一年に一回ぐらい。</p><p>逢いに来てくれると、嬉しいですね。</p><br><p>　ありがとうございました。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10475075853.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Mar 2010 15:10:00 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「再会」</title>
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<![CDATA[ <p>　皆さん、こんばんは。ナナエです。</p><br><p>　「中断」という題で前回書かせて頂きました。</p><p>そして本ばっかり読んでいました（笑）</p><br><p>　松岡さんのほんばっかり。</p><p>でも、やっぱりこれが一番だと思います。　</p><br><p>　今日は、長く書けません・・・</p><p>今日卒業式なので、そして今まで打ち上げだったので。</p><p>とても眠いんです・・・（涙）</p><br><p>　明日、また書かせて頂きます。　</p><p>ありがとうございました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10471389655.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 00:44:31 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「中断」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんばんは。ナナエです。</p><br><p>　題にもあるように、一時、中断いたします。</p><p>というより、徹底的に本を読みます。</p><br><p>　本の海というものを味わて見たくなったのです。</p><p>文字の世界に行ってみたくなったのです。</p><br><p>　それでは行って参ります。</p><p>帰ってきたら、お見上げがわりに、</p><p>いろいろ書かせて頂きたく思います。</p><p>それでは。</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10469415206.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 19:16:09 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「七人の侍」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんばんは。この挨拶、通例になってきてますね。</p><br><p>　今回は「七人の侍」です。黒沢明監督の傑作ですね。</p><p>これは言いきっておきたい。</p><br><p>　今日は本をあまり読まず、この映画を二回見てました。</p><p>いま、暇なんです。</p><br><p>　暇っていうのは、やっぱりあまり気持ちのいいものではないですね。</p><p>適度な暇がいい。これじゃあぼく、ニートですよ。パラサイトです。</p><br><p>　なので、今日は度々溶けた雪を・・・。</p><p>というか水を排水溝に流す作業をやってました。</p><br><p>　雪国の人は分かりますよね、</p><p>毎年恒例、「排水溝探し」</p><br><p>　雪で埋まった排水溝を探して、</p><p>水を流さなければならないんです。</p><br><p>　雪国は大変なんですよ？</p><br><p>　話は戻って。</p><br><p>　とくにぼくの好きなシーンは、三船敏郎が、</p><p>農民のずる賢さと、侍の酷さを切実に話すシーン。</p><br><p>　切実…という表現は合いませんね。話すのもあってない。</p><p>必死に叫ぶシーンですね。</p><br><p>　「てめぇら、百姓をなんだと思ってやがったんだ？」</p><p>から始まるんですね…。最高。</p><br><p>　もう三船ラブです。そしてあの声もいい。</p><br><p><a href="http://www.mifuneproductions.co.jp/top.html">http://www.mifuneproductions.co.jp/top.html</a></p><br><p>↑は公式サイトです。三船敏郎の。</p><br><p>　やっぱり映画作品は口で言っても、</p><p>そのよさは分かりませんよね…。</p><br><p>　というよりは、僕程度では伝えきれない。</p><p>是非観てください。それだけです。</p><br><p>　ありがとうございました。</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10468134352.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Feb 2010 23:33:02 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「本の並びの魅力」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんばんは、ナナエです。</p><p>今回は「本の並びの魅力」という題です。　　</p><br><p>「本の並び」。う～ん、いいですね。</p><p>かなりいい表題です。久しぶりに自分を褒めてあげたい。</p><br><p>　というのは無理しないで、</p><p>のびのびと文章が書けそうだからなんです。</p><p>なんだか最近、何もしていないのに疲れている。</p><p>これはいけない。</p><br><p>　というわけで、明日図書館に行きたいと思っていますが、</p><p>そうですね、９：３０開館だそうですので、</p><p>その時間に行こうと思います。</p><br><p>　まぁ、浪人並みに自由なみぶんですので。</p><p>気まぐれでいいんです。</p><br><p>　さて、本題に入りましょう。</p><p>「本の並びの魅力」。</p><br><p>　本の並びっていうのは、やっぱり何かありますよね？</p><p>気になりません？</p><br><p>　本の並びでも、自然と縦幅順にしちゃってるとか、</p><p>色順とか。</p><br><p>　最近おもうのは、「本はインテリアだ」ってことなんです。</p><p>というのも、僕の父親はまるっきり「本の虫」なので、</p><p>本を買う「本代」は、無料なんです。買ってもらえるので。</p><br><p>　なので、自分が読みたいと思う本は次から次へと買う。</p><p>例えば最近頼んだのは、</p><br><p>茶の本 (岩波文庫)</p><p>武士道 (岩波文庫)</p><p>余は如何にして基督信徒となりしか</p><p>代表的日本人 (岩波文庫) </p><p><strong><font size="2" face="Verdana">今あなたに知ってもらいたいこと</font></strong></p><p><font size="2"> ヒトはいつから人間になったか</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">とか。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　そうすると、並べるじゃないですか。本棚に。</font></p><p><font size="2">すると、気になるんですね、並びが。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　そんで色々と替えてみるんですよ。</font></p><p><font size="2">するとこれがなかなかオモシロイ</font><font size="2">。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　例えば、進化しすぎた脳と、グレープフルーツジュース。</font></p><p><font size="2">隣り合うと、なんだかオモシロイ。</font></p><p><font size="2">脳科学について、つらつら書いた本の隣に、</font></p><p><font size="2">「ヨーコ」がいるんですから。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「視覚野」「体性感覚野」「ニュートラル・プロスティクス」</font></p><p><font size="2">とか言っている隣に、</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「思い出を脳の片半分に入れなさい。</font></p><p><font size="2">そこに閉じ込め、忘れなさい。</font></p><p><font size="2">脳のもう片半分にそれを探させなさい」</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">というものを置いてみるんです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　う～ん。オモシロイ。本ってオモシロイ。</font></p><p><font size="2">って言うのを再認識できるんです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　内容もそうですけど、そう言うのが隣にあると、</font></p><p><font size="2">「グレープフルーツジュース読んでる時の感覚って何なんだろう</font>」</p><p>っていう疑問が、脳科学に繋がらないか考えてしまうんです。</p><br><p>　オノ・ヨーコさんの言っていることは支離滅裂です。</p><p>でも、なにか感じる。爽快感というか、</p><p>ココロが透き通るような気がする。</p><br><p>　「これってなんなんだ」っていうのを、理屈、つまり脳科学と</p><p>つなげたくなったりするんです。</p><br><p>　なんだか、楽しいですよね。頭の中が。</p><p>今まで読んだ本が、別の本の隣に置かれるだけで、</p><p>別の面白みを持つんです。魅力が倍増する。</p><br><p>　この「本を並びが本の魅力を倍増させる」というのが、</p><p>「本の並びの魅力」なんだと思います。</p><br><p>　これは只の一例なんですけどね。</p><p>でも、これを見てくださっている方がいらっしゃいましたら、</p><p>ぜひ、ご自分の家にある本でやってみていただきたい。</p><br><p>　大事なのは、「一度本を全部出す」ってことなんです。</p><p>本棚を空にしちゃう。</p><br><p>　すると、寂しいスペースが生まれます。</p><br><p>　お？</p><p>　</p><p>　これって松岡さんがいっていた「負」のことじゃないのか？</p><br><p>　このスペースを開けないとダメなんです。</p><p>そうして、一冊一冊並べてみる。その時に考えるんです。</p><br><p>　ときには、パラパラっと見るのもいい。</p><p>本っていうのはやっぱり「インテリア」でもありますよね。</p><br><p>　「メディア」でもあり、「インテリア」でもあり、</p><p>「ファッション」でもある。</p><br><p>　やっぱり本っていいな～と思います。</p><p>一生本生活。ん～いい。</p><br><p>　久々に気持ちのいい文章を書きました。</p><p>ありがとうございました。</p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2" face="Verdana"><br></font></strong></p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10467200524.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Feb 2010 22:27:44 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「HELLSING」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんばんわ。</p><p>最近は、学校もなく、夜遅くまで本を読んで、</p><p>お昼ぐらいに起きる毎日です。</p><br><p>　昨日、というより今日ですね。</p><p>戦争について、いろいろ書きましたので。</p><p>今日は軽めに。</p><br><p>　とはいえ、一言では、言いきれない漫画です。</p><p>これも、また、「戦争に対して究極」な漫画です。</p><br><p>　こちらは、吸血鬼。主人公は吸血鬼です。</p><p>敵はキリスト教、プロテスタントと、ナチです。</p><br><p>　「なんだこれは」と。</p><br><p>　最初はですね、ＯＶＡでであってしまったんですね。</p><p>ＨＥＬＬＳＩＮＧ　ＯＶＡ。</p><br><p>　特に、ぼくは「世界一の中田譲治ファン」ですから。</p><p>主人公アーカードの声優であるジョージさんにはなんど悶絶したことか。</p><br><p>　とはいえ、ぼくはコクトーのようなホモ部類ではないので。</p><p>ですが、男でありながら、男の声に悶絶しております。</p><br><p>　話は戻りますけれども。</p><br><p>　この漫画は戦争を愛している。</p><p>全身全霊、命をはった戦争。</p><p>この漫画によって、僕は気づかされた。</p><br><p>あぁ、僕の中にも、戦争に対して歓喜するものが確実に潜在しているのだと。</p><br><p>　この発見はとても哀しい発見だった。</p><p>戦争を忌み嫌い続けてきた僕のココロに、ゆっくり。</p><p>そしてひとつのことを気づかせてしまったんですね。</p><br><p>　気づいてはいけなかったんです。</p><p>ぼくが「戦争に歓喜を感じる人間だ」なんて。</p><br><p>　しかし、見た人間は絶対に、「少佐」に恋をするはずです。</p><br><p>「諸君、私は戦争が好きだ」</p><br><p>「私の目的？戦争の歓喜を無限に味わうために。</p><p>次の戦争のために、次の次の戦争のために」</p><br><p>と。</p><br><p>　そして、とにかく彼の演説には、呑みこまれるんです。</p><p>魅了されてしまう。それはいけないんです。</p><br><p>　ある意味、僕はこの漫画ではじめて、</p><p>戦争と出会ったと言ってもいい。</p><br><p>　この漫画には、</p><p>「吸血鬼の人間の愛と」</p><p>「プロテスタントの教義と神への純信と」</p><p>「ナチの戦争・闘争に対する渇き」</p><br><p>　が戦っています。</p><br><p>　そして、とにかく、キャラが好きです。</p><p>一人ひとりのキャラが、自身の目的のために戦っているんです。</p><p>自身の人生すべてをかけて。</p><br><p>　なにより、人生をかけて戦うこと。</p><p>それにやはり憧れてしまうんです。</p><br><p>　それは戦争ではなく、</p><p>一個人の全人生をかけた闘争なんですね。</p><p>そこがカッコイイ。</p><br><p>　う～ん。</p><p>戦争ではないんですよね・・・？</p><p>ぼくが憧れたのは。</p><br><p>　この漫画の難しいところは・・・そこですね。</p><p>どっちに憧れているのか、分からなくなってしまうんです。</p><br><p>　でも、見る価値は確実にあるんです。</p><br><p>　魅力・・・細かく言うと・・たくさんあります。</p><p>武士道や、騎士道が隠れていたりしますしね。</p><br><p>　ちょっと今回は、中途半端で終わります。</p><p>ありがとうございました。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10466491421.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2010 22:54:45 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「戦争―日本と世界」</title>
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<![CDATA[ <p>　こんばんわ。お風呂から上がった後って、</p><p>ゆっくり眠りたいですよね。もうぐっすりと。</p><br><p>　でも、ぼくはだめなんですね、</p><p>やっぱりまだ受験からぬけ切れてない。</p><p>「まだ何かやらなければならないことがあるはずだ」</p><p>と、なにかすることを探してしまうんです。</p><br><p>　いまも、そうですね。その最中です。</p><p>だから、ちょっときょうは短くなるかも知れないですね。</p><br><p>　ですが今日の題は、「戦争―日本と世界」</p><p>という大した名前にしてしまいました。</p><br><p>　別に大したことは書きませんよ。</p><p>この片田舎の一高校生が、</p><p>大したものを書くことなんて、できませんしね。</p><br><p>　今日、千夜千冊を読んでいたら、ついに</p><p><font color="#ff0000"><strong>「杉浦康平」</strong></font>さんにぶち当たってしまいました。</p><br><p><font color="#ff0000">　世界最高のグラフィック・デザイナー。</font></p><br><p>　その杉浦さんが、こうおっしゃったんです。</p><p>（以下、千夜千冊第９８１夜より引用。）</p><br><p>　杉浦さんは‥アメリカには絶対に行かない。<br>アメリカについての理由を聞くと、</p><p><font color="#ff0000">「ま、一人くらい抵抗する者がいたっていいでしょう」。</font></p><br><p>　それ以上の理由は聞いたことがないが、</p><p>たった一度だけ、何かの会話のときに、</p><p><font color="#ff0000"><strong><font size="2"><br></font></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><font size="2">「原爆など落としちゃいけないよ」</font></strong>とぽつりと言った。</font></p><br><p>　杉浦さんがアメリカに行かない理由・・・。</p><p>それはアメリカに対する・・・。</p><br><p>　何なのでしょうね。杉浦さんが「憎悪」</p><p>などという感情を抱くわけがないと思うんです。</p><br><p>　それは精いっぱいの抵抗なのでしょうか。</p><p>抗うこと・・・杉浦さんでも抗うことしかできないモノが、</p><p>この世にはあるんですね・・・。</p><br><p>　現在、なんだか<font color="#ff0000">日本はゆっくりゆっくり</font><font color="#ff0000">原爆へと、</font></p><p><strong><font color="#ff0000">「大量殺人兵器へ手を伸<font color="#ff0000">ばそうとしている</font></font><font color="#ff0000">」</font></strong></p><p><font color="#ff0000">そんな気がするんです。</font></p><p>　</p><p>　だれも、大声では言いませんよ？それは。</p><p>でも、なんだか感じるんです。皮膚がピリピリする感覚・・・。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>　ぼくはいつも、「核の恐怖」に怯えているんです。</strong></font></p><br><p>　いったい誰なら、世界から核を無くせるのでしょうか。</p><p>　いったいどうしたら、世界から核を無くせるのでしょうか。</p><br><p>　一応、言っておきます。</p><br><p><font color="#ff0000" size="4"><strong>「僕は全身全霊で、核を憎みます」</strong></font></p><br><p>核廃絶をしたい。　</p><br><p>核をよく言う人も、僕は嫌いです。</p><br><p>　それは、日本の平和のためでしょうか。</p><p>みんなの平和のため？</p><br><p>　僕はそんなこと知ったことっではないんです。</p><p><font color="#ff0000">ぼくは空想家です。理想家です。</font></p><br><p>　なので、武器自体、あまり好きではないのです。</p><p>　</p><p>　ですが、とくに「核」というものの存在は許せない。</p><p>ということも、声を大にして言えるんです。</p><br><p>　一発で、１０～２０万人が無くなるそうです。この世から。</p><p>無くなるんです。失われてしまうんです。</p><br><p>　<font color="#ff0000"><strong>ぼくが、許せないのは、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>「直接殺すのが人でないこと。」</strong></font></p><br><p>　ぼくは１０～２０万人を、１人が殺すことを許します。</p><p>出来たらですけど。それは絶対できない。</p><p><font color="#ff0000"><strong>人間には不可能なんです。</strong></font></p><p><strong><font color="#ff0000"><br></font></strong></p><p><strong><font color="#ff0000">絶対に不可能なんです。</font></strong></p><p><strong><font color="#ff0000"><br></font></strong></p><p><strong><font color="#ff0000" size="4"><u>不可能で無くてはいけないんです</u></font></strong></p><p><strong><u><font color="#ff0000" size="4"><br></font></u></strong></p><br><p>　できるのは、人でなく、動物でなく、「災害」という回避不能な、</p><p>そんなものだけです。</p><br><p>　想像してみてください。</p><br><p>あなたの目の前に、</p><br><p>１、こどもを大事そうに抱いた母親がいます。</p><p>２、今にも死にそうな男が、苦しそうに横たわっています。</p><p>３、片手のないこどもが母親の名前を叫び、涙を流しています。</p><p>４、もう動けそうもない老人が、ただ、座っています。</p><p>５、老婆が、水をもとめてさまよっています。</p><p>６、ただ叫び声が聞こえてきます。</p><p>７、ただ血の臭いがします。</p><p>８、ただ人間が苦しんでいます。</p><p>９、ただ苦しみがあります。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>１０、<font size="3">それらはすべて、<font size="5">あなたのせい</font>です。</font></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１１、あなたのせいです。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１２、あなたのせいです。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１３、あなたのせいです。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１４、あなたのせいです。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１５、あなたが、殺しました。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>　　　殺しました。殺しました。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>１６、あなたが、こんなに多くの人を殺しました。</strong></font></p><br><br><br><p>　どうでしょうか？ご想像いただけたでしょうか。</p><br><p>　あなたは、ただ無慈悲に１０万人の人を殺せますか？</p><p>殺せないはずです。絶対に無理ですよね。</p><br><p><font color="#ff0000">　あなたは一人一人殺すごとに、背負うはずです。</font></p><p><font color="#ff0000">あなたには、彼らを殺したその光景を、覚えていなくてはいけません。</font></p><br><p>　<font color="#ff0000"><strong>一人たりとも、忘れてはなりません。</strong></font></p><br><p>そんなことになったら、１０万人も、殺せますか？</p><br><p>　ぼくが「核」を許せないのは、</p><p>その責任は、<font color="#ff0000"><strong>拡散してしまう</strong></font>からなんです。</p><p><font color="#ff0000"><strong>「核」は、１０万人の殺人の責任を、拡散してしまいました。</strong></font></p><br><p><font color="#ff0000" size="3"><strong>「いったい誰が</strong></font><font color="#ff0000" size="3"><strong>１０万人の命を背負ったのでしょうか」</strong></font></p><br><p>天皇陛下でしょうか。違うでしょう。</p><p>僕はアメリカにその責任を求めます。</p><br><p><font color="#ff0000">　いま、アメリカ人の何割が、原爆について深い悲しみとともに、</font></p><p><font color="#ff0000">責任があると心に思い暮らしているのでしょうか。</font></p><br><p>　１割に満たないのではありませんか？</p><br><p><strong>　<font color="#ff0000">私たちが、<font size="4">中国や朝鮮に何をしてきたのか</font>、</font></strong></p><p><font color="#ff0000"><strong>教えてもらっていないように。知らないように。</strong></font></p><br><p>　自分たちのしてきたことの責任を知らないということは、</p><p>悲しいことです。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>　責任を知らなければ、責任を負うことも、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>その責任に苦しむことも、報いることもできないんですから。</strong></font></p><br><p>　ぼくが「核」というものが嫌いなのは、</p><p>「原子爆弾」であり、</p><br><p><font color="#ff0000" size="4"><strong>「大量殺人責任回避装置」</strong></font><font color="#ff0000">でもある</font>と、</p><p>そう…思うからなんです。</p><br><p>　人間は、そんなもの、使わないと、大量殺人から、</p><p><font color="#ff0000">目を背けられない</font>んですね。殺せない。</p><p><font color="#ff0000" size="3"><strong>人間なんですから。</strong></font>ぼくたち。</p><br><br><p>　「戦争―日本と世界」というテーマで、今回、</p><p>思ったより長く書かせていただきました。</p><br><p>　書いているうちに、「教育」というテーマになりそうでしたので、</p><p>一回、ここで終わりにして、</p><p>また次の機会、書きたいと思います。</p><br><p>　ですが、<font color="#ff0000"><strong><font size="4">最終的には、やはり「教育」だ</font></strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>と思いました。</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><br></font></p><p>　現在の日本人でも、中国や朝鮮に対する日本軍の行動。</p><p>それを知っている人はどのくらいの割合なんでしょうね。</p><br><p>　僕は、１０割でなくてはならないと思っています。</p><p>ですが、そうはなっていない。</p><br><p>　</p><p><font color="#ff0000" size="4"><strong>「原爆など落としちゃいけないよ」</strong></font></p><br><br><p>と、ぽつりと言ってみましょう。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>それが、抗い、<font size="4">責任を負うことだ</font>と思います。</strong></font></p><br><p>ありがとうございました。</p><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10465753795.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 23:08:19 +0900</pubDate>
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<title>文学少年の日々「テスト氏」ポール・ヴァレリー著</title>
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<![CDATA[ <p>　最初に長文を書かせていただきます。どうか、お読みください。</p><p>忙しい方は、赤く塗ってある文字だけでも読んでいただきたい。</p><br><p>　「<font color="#ff0000"><strong>人間に何ができる？</strong>わたしはあらゆるものとたたかうよ、――自分の死体の苦痛を乗りこえてね、或いは大いさを突破してね。私が仕事を始めなければならないのは、まさしくそういう場所なんだ。<strong>苦しむということは、何かに対して極度の注意を払うことだからね</strong></font>、ところでわたしは、多少は注意深い人間なんだよ……やがて生まれるべき病いをわたしが予見していたことを知っておいて欲しいね。今になって世間の連中が確信しているようなことにしても、わたしはずっと以前に<font color="#ff0000">正確に考え極めていたよ</font>。未来のなかの明白な一部分に対するこういう視覚を育てることが教育の一部をなずべきだとわたしは思っている。そうなのさ、わたしは、今始まりつつあることをずっと以前に予見していたよ。その頃、それはいろいろな考えのなかのひとつに過ぎなかったんだがね。こういうやり方で、わたしは、その考えを辿るみちをあとづけることができたのさ。」</p><br><p>　「<font color="#ff0000">やれやれ！</font><font color="#ff0000"><strong>人間ってやつは、どんな主題のうえにでも眠っちまうんだ</strong></font>……眠りは、どんな観念でも続けていく……」</p><br><p>　難しいことは、ぼくにはやっぱりわからない。</p><p>どんなにもがいても、あくせくしても、<font color="#ff0000">理解することを許してもらえない</font>。</p><br><p>　そんなことが最近多いんです。</p><p>とくに最近本を多く読むようになったせいも大いにありますが…。</p><p>それでも、やっぱり分からない。考える。考える。考える。</p><br><p>　それでも、理解できないんです。<font color="#ff0000">廻っている</font>んです。</p><p><font color="#ff0000">そこに至らないところで、上下しながら右往左往しているんですね</font>。</p><p>それが現在の僕なんです。</p><br><p>　しかし、この「テスト氏」には分かっているんです。</p><p>しかも、他人にもそれを理解させることができる。</p><p>しかも、確信させることができるんです。価値観をすぽっとあげられるんです。</p><br><p>　なんていうんだろう…つまりですね、普通の人間って、価値観や解答、</p><p>なにかの極限を与えられると、<font color="#ff0000">ある程度拒否反応を起してしまいますよね</font>。</p><br><p>　例えば<font color="#ff0000">、神という存在に、誰もが一度は異議を唱える</font>のではないでしょうか。</p><p>それは仏教でも、イスラムでも、ヒンズーでも。</p><p>宗教では特にそういうことが感じやすいと思われます。</p><br><p>　ですが、テスト氏の場合は違うんです。真理があるんです。</p><p><font color="#ff0000">彼の言葉には、何もかも異議を唱えられない真理がある<strong>そう</strong>なんです</font>。</p><br><p>　それは、キリスト教にたいしてとか、仏教とかに対してではなく、</p><p>別のもの。</p><br><p>　いえ、普通の会話なんです。</p><p><font color="#ff0000">彼の言葉は拒否する<strong>スペース</strong>が用意されていないんです。</font></p><br><p>　それは彼が神だとか、絶対者だとかいうのではなく、</p><p>それは、彼の考えが、あたかも１０００年も考えぬいたかのような、</p><p>そんなものだったからなんです。</p><br><p>　かれは「変人」と周りから言われるんですね。</p><p>信頼している弟子というか…そういう人からも何回か、</p><p>そう思われるような人物なんです。</p><br><p>　でも、やはり彼の中には、何らかの真理がある。</p><p>それは絶対的なものであって、制限されたものでもない。</p><p>開放的でありつつも、境界線がありのままに見えるような、</p><p>そんな人間。</p><br><p>　「魅了されませんか？」</p><p>とぼくはつい聞きたくなってしまいます。</p><br><p>　ぼくは、たちまち、彼のファンになってしまいました。</p><p>かれには、かつてない、人間の苦悩に満ちた、</p><p>それでいて魅力あふれる「何か」がある。</p><br><p>　ぼくは未だ第二章「エミリー・テスト夫人の手紙」</p><p>までしかよんでいませんが、それでも、自分の中に生まれた、</p><p>このなんともいえない高揚と、感動をこのように長文にわたって</p><p>書きたくなってしまったんです。どうしても。</p><br><p><font color="#ff0000">　<strong>この瞬間をいつまでも残しておきたい、失くしたくない、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>そして、いつまでも引き出せるようにしておきたい</strong>と。</font></p><p><font color="#ff0000">そういう欲望に、ぼくはいま包まれているんですね。</font></p><br><p>　とくに、僕が感動したのは、</p><p>第二章「エミリー・テスト夫人の手紙」の方だったんです。</p><p>というより、エミリー・テスト夫人に感動した。</p><br><p>　テスト夫人は別段、テストしが好きで結婚したのではないんです。</p><p>でも、<font color="#ff0000"><strong>テスト氏を心から愛していらっしゃいます。</strong></font></p><p>それは、彼に魅力があるからなんです。強い魅力がある。</p><br><p>　それは岩窟王でデゥマが描いたモンテ･クリスト伯の魅力でもなく、</p><p>アレキサンダー帝王のような戦士、騎士としての魅力でもなく、</p><p>現在人気のジャニーズの魅力でもない。</p><p>　</p><p>　かれの魅力、それは<font color="#ff0000"><strong>「　　　　」</strong></font>なんです。</p><br><br><p>　申し訳ございません。ここには書きません。</p><p><font color="#ff0000"><strong>どうぞ、「エミリー・テスト夫人の手紙」をお読みください。</strong></font></p><br><p>　そこには、肉欲でも、愛でも、ただ単に従属しているのでもない、</p><p>それは一方的なエミリー・テスト夫人からの「　　」</p><p>（この括弧は、上記の括弧とは異なるものです。</p><p>どうか、お間違いなされませんよう、お気を付け下さい。）</p><p>であるのです。</p><br><p>　「　　」の根拠を、エミリー夫人はずっとおっしゃられています。</p><br><p>　エミリー夫人は、どうしても、夫のテスト氏を理解できないんです。</p><p>ですがこの方は、「それでもいい」と、そうおっしゃるんです。</p><br><p>「魂のなかには、何も理解出来なくても、楽しめるような部分があるのですね」</p><p>「言わばわたくしは、たくましい筋力をそなえた認識の玩具です」</p><br><p>　中でも気に言ったのは、この言葉です。</p><br><p>「<font color="#ff0000">わたくしは、自分が愛されているとは申しあげられません。</font></p><p>おわかりいただきたいのですが、</p><p><font color="#ff0000"><strong>その普通の意味でもなにをさすのか</strong></font>、<font color="#ff0000"><strong>ひどくあいまいで、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>相異った多くのイメージのあいだをふらついている</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>この愛という言葉</strong>は、<strong>わたくしの夫の心と</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>わたくしという人間の関係に</strong></font><font color="#ff0000"><strong>適応しようとなると、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong><u>もうまったくなんの役にも立たないのです</u></strong><u>。</u></font>」</p><br><p>共感するところがあるんです。いろいろ。</p><br><p>　こうやって、文章を書いている時、いつも松岡正剛さんを意識します。</p><p>そして、これが書き終わったあと、　ぼくはあの人の千夜千冊を読んで、</p><p>自分を恥ぢ、後悔し、自信の力の無さと、彼の人との距離を、</p><p>一層離れたものにするんですね。orz</p><br><p>　</p><p>松岡さんとぼくの力などは比べるまでもないのですが…。</p><p>やっぱりなんだか、かなしくなりますよね。</p><br><p>　それでも、僕はこれから、なにかを得たと思うんです。</p><p>それは今現在の僕、高校生から、大学生になろうとしている僕、</p><p>大人の階段をゆっくりゆっくりと踏みしめる僕。</p><br><p>　<font color="#ff0000">そんな僕だからこそ、感じられる<strong>もの</strong>、感じてしまう<strong>もの</strong>、</font></p><p><font color="#ff0000">影響を受けてしまう<strong>もの</strong>って言うものがあると思うんです。</font></p><br><p>　それは、松岡さんには感じることができない、</p><p>ぼくの特徴の何かだと、思うんです。それが、嬉しい。</p><br><p>　それが、松岡さんを目標としている、高校生の僕の、</p><p>何かのささえというか<font color="#ff0000"><strong>、「誇り」</strong></font>なんです。</p><br><p>　ヴァレリーさん。ありがとうございました。</p><p>あなたという人に、「テスト氏」という人に、夫人に出会えたことは、</p><p>ぼくに何か、大きなものを残してくれたように思います。</p><br><p>　まだ僕はあなたの本を読み終えていません。</p><p>読み終えたなら、もう一度、お礼を述べさせてほいいのです。</p><br><p>　また、あなたと戦います。</p><p><font color="#ff0000"><strong>僕の魂の中にも、</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>「何も理解出来なくても、楽しめるような部分」</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>があるみたいですので。</strong></font></p><br><p>　長文になってしまいましたね。もう眠らなければいけません。</p><p><font color="#ff0000">読んでいただけた方がいらっしゃったなら、感謝申し上げます。</font></p><br><p>　それでは、ありがとうございました。</p><br><br><br><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/7a-nanae/entry-10464958680.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 01:43:24 +0900</pubDate>
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