<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>放浪旅2009春</title>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/8400rolla/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>兵庫県は西宮から沖縄まで原付でゆく放浪日記</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>そして今日。</title>
<description>
<![CDATA[ ついさき程，那覇新港を出ました。沖縄では約3週間放浪したんかな。<br><br>またいつか戻ってくるぞ。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10231045277.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Mar 2009 17:18:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>昨日。</title>
<description>
<![CDATA[ 天気はあいにくの曇り。しかも風が強い。朝日を見てから港近くの公園でしばらく休憩していた。すると港に島の人が多く集まってきた。若い学生が多く，その親やおじぃ，おばぁをいてるよう。何か騒がしかった。何かの見送りだろう。後で話を聞いたところこの島には留学制度があるらしい。留学制度といっても外国からの学生を受け入れるのではなく，沖縄内の他島からの学生を受け入れるというものらしい。それは久高島だけでなくて，別の島でも行われているとのこと。<br><br>それをする理由はわからないけれど，おそらく過疎化が進む，島を活気づけたり，若者に沖縄の伝統なりを伝えるための制度だろう。<br>時間も9時くらいになったので昨日のレンタサイクルの店に行ってチャリを借りに行くことにした。昨日会話したのでもう顔なじみだ。<br>「昨日けっきょくどこ泊まったね?」<br>「野宿した」<br>ここのおばぁはあんまり笑顔を見せてくれない。僕が笑かそうとしても，大声で笑って，笑いを誘っても，口元が動く程度だ。ちょっと悔しい。でもだからと言っておばぁがそんな陰気な人というわけじゃない。ユーモアもあって温かい人だ。ただハッハッハーと笑わないだけだ。<br><br>3時間借りることにした。1時間300円だから900円のはずだけど，おばぁは700円にしてくれた。しかも背負っていた重いバックパックを預かっといてやると言ってくれた。もちろんそれに従った。<br><br>おばぁの優しさに触れ，気分良くスタートできた。まずはニライカナイからの来訪神の港とも言われているニシキ?イシキ?浜に来た。聖地なのでここは遊泳禁止らしい。聖地なので人工的なものは全くない。この島自体が聖域なので集落以外は，道も舗装されていないし，人工的なものと言えば，看板なり貯水地なり，必要最低限のものばかりである。<br><br>そんな砂利道を進みながら沖縄の伝説によくでてくるキジムナーが出てきたらどんな会話をしよう。といろいろ妄想していた。キジムナーは精霊でガジュマルの木に住んでいるとされている。<br><br>チャリをこいで，カベールという場所にきた。ここは島の最北端の岬で，そこにある浜にアマミキヨが到着したと言われている。また1年中の大漁祈願を行われる場所でもある。景色はまた抜群。<br>次にフーボー御嶽に向かった。御嶽とは聖地のことで本土でいう神社のようなものである。でも神社と違って，社もなくお賽銭箱なんてものもない。かつて沖縄は，まだ琉球王国の時代，日本政府によって日本化政策が行われた。それによって御嶽も神社にされ，同時に方言の禁止やユタと呼ばれる，民間宗教者も弾圧されたりと沖縄文化のなかに日本文化がそこでかなり入ってきた。韓国や東南アジアの各国でも行われたわけで，つまりは沖縄はやはり歴史的に見れば完全に外国なんだと改めて思った。<br><br>話はそれにそれたけど，そのフーボー御嶽は島に多くある御嶽の中でも最も重要な場所であってとても神聖な場所なのである。ここは今完全に入ることは禁じられている。<br>入り口には『ご協力ください!久高島フボー御嶽は，神代の昔から琉球王府と久高島の人々が大事に守ってきた聖地です。何人たりとも入ることを禁ずる』と看板に書かれてある。雑種的文化の日本の中にありながらも，今もこのような伝統が守られていることは喜ばしいことである。<br><br>僕はほぼ１周してしまって，また集落を拝徊することにした。途中で，ある建物の周りを掃除しているおいやんと話しをした。<br><br>「どっから来たね」<br>「和歌山」<br>「和歌山?大阪ね」<br>「ちがいますよー。大阪の南にある和歌山県!ですよ」<br>「あー。港は?」<br>「串本とかかな」<br>「あー」<br>あまり和歌山のことを知らないらしい。でもおいやんとの話は盛り上がった。聞くと奥さんはフィリピン人で港の待合室で働いてるらしい。そういえば日本語がナマってるなーと記憶していた。話はおいやんの仕事のこと，娘のこと，学校のこと。長い時間語り合った。<br><br>そうこうしている間に久高を発たなければいけない時間になった。風も強くて，波が高い。出港するやろうか。待合室のおいやんの奥さんに尋ねると出港できるようだ。さらば久高島!また来よう。<br><br>１日ぶりにバイクに股がって，次に平和祈念公園を目指した。安座間港から約20キロとわりと近い。すぐに着いた。さっそく資料館に入ることにした。資料館では，沖縄の歴史と合わせた，世界大戦のことを叙述，写真，映像，遺品によって生々しく伝えられていた。どんなに悲惨なものだったか。戦争どうこうより日本軍の戦い方，モラルの欠如に腹立だしさを覚えながら資料館を回った。戦争をなくそうとする前に，戦争のやり方を変えることが，順番やないかと，そう思えたりした。<br>資料館を出て，平和の碑を見てまわった。そこには僕が小さい頃写真で見ていたのは，ほんの一部だということに気付かされた。日本人もアメリカ人も合わせて被害者の数は，確か15万人とか。もっとやったかな。とにかくその黒い碑の数は凄まじくたくさんあった。それとは対照的にそらを見上げると二機の米軍飛行機が並んで上空を飛行していた。現実をそこに見た。<br><br>実は明日で沖縄を出る。いいものを見せてもらった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10231029453.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Mar 2009 16:45:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>久高島</title>
<description>
<![CDATA[ ニライカナイ。それは沖縄の人々が信仰する理想郷のことである。それは東の地もしくは海底にあるとされ，沖縄の最東端の地である久高島はニライカナイの対岸の地として聖地とされている。<br><br>WBCの興奮さまやらぬまま，僕はバイクを走らせ，安座間港に向かった。もちろん宿は島に着いてから探すつもりだ。15分前に船に着き，船の中で出発を待つことにした。乗客は三人の老人。高校生二人。おばさんとおねぇさんが一人ずつ。皆，島の人らしく知り合いのようである。老人は外国語で会話。高校生は，どこでもそうであるように携帯に夢中になり，おばさんは乗船チケットを切るのを手伝っている。船内では沖縄のローカルラジオが流れていて，時々方言も混ざっている。なんか素朴な映画のワンシーンのよう。<br><br>安座間港から久高島までは約１５分ほどですぐ近くのところにある。ちょうど石垣島から竹富島までの距離くらいだ。着いてから，時間も夕方なので宿探しをすることにした。素泊まりでも3000円くらいするときいていたので慎重に調べることにした。まず自転車レンタル屋に行った。<br><br>「おばちゃん明日の昼ごろまで自転車貸してくれませんか」<br>「1日?高いからやめとけ」<br>「ほなやめとくわ」<br>「おばちゃん!ここらの安い宿知りませんか」<br>「向こうにあるさ」<br><br>そのおばぁが指差した方向に向かった。そこには宿が二つあった。値段を確認するため，とにかく電話番号を控え，かけることにした。しかし値段より前に部屋が満室だということを告げられた。宿は5つくらいあって，全部に連絡したが，どこも満室。<br><br>WBCに興奮しすぎて朝からおにぎり一つしか胃に入れてなかったので，『さばに』という食堂にはいることにした。ここで牛そばを注文した。800円と少々高い気もするが，牛肉たっぷりのそばとさらには刺身と白飯もつけてくれたおかげで腹も満たされた。食べたあと外にあるテラスで一息つくことにした。今日はその店の前方にある公園で野宿することを決意して。<br><br>休憩していると，一人のおっちゃんがやって来た。<br><br>「どっから来たね」<br>「和歌山です。大学に行ってて今は兵庫県に住んでるんですけど」<br><br> どきつい沖縄弁で，聞取りにくかったけど何とか会話した。<br><br>「おっちゃん仕事何やってんの」<br>「遊んどる。遊ぶのが仕事さー」<br><br>途中で店のおいやんも来て，オリオンビールを飲みながら二人で外国語を使って話をし始めた。聞き取れるのは，PTA，2年，前もって，くらいで内容は全くわからなかった。推測ではPTAの人事的な内容らしい。<br><br>「お前PTA入れ!子供はよ連れてこい」<br>「さきに嫁さん連れてきますわ」<br><br>と内容もわかってなかったけど会話は出来た。地元の人と話すると島の内情もなんとくかじれるから面白い。<br><br>それからお客さんのおいやんが帰った。店のおいやんと二人きりで話をすることになった。このおいやんはほりが深くて，肌もこげ縄文時代の人のような顔立ちをしている。口数も少なくてどこか威厳がある。<br><br>話の中で，祝女(ノロ)はまだいるんですがというありきたりの質問をした。祝女とは本土で言う巫女さんみたいな存在だ。久高島ではイザイホーという男人禁制の祭が12年に1度の牛年に行われてた。しかし後継者不足で1978年からは後継者不足で行われていない。<br><br>だからその質問で，おいやんは多弁になって，祭りのことをいろいろ語ってくれるだろうと内心思っていた。<br><br>「祝女はおらん。……。祝女がいなくなったことがいかに重大なことか。自分が話すことで，あんたが本気で聞いてるか，ただ聞いてるかなんてわからないさー。だから話しはせん。人によって感じ方も納得の仕方も全然違う。だから自分で勉強したほうがいいさ」<br><br>怒られたわけではない。おいやんは自分が語ったら偏見が出来るかもしれん。自分で学ぶことでありのままを理解してくれというようなことを言ってくれたんだと思う。<br><br>僕は安易だった。そして島の伝統は固く守られていると，そう感じた。<br><br>運良く，このおいやんとも仲良くなったおかげで，店のテラスのところで寝ていいとの了解をえた。屋根のない公園で寝ることをどうにか回避できた。仲良くなっても，沖縄人でもなかなか家には泊まらしてくれないようだ。<br><br>そして一夜ノラ人間となって，アラームを5時半に合わせ，沖縄最東端の朝日を見に来た。絶景だ。ニライカナイなんてのもあるのかもしれへんな。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10230259088.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Mar 2009 07:33:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>明日は久高島</title>
<description>
<![CDATA[ せっかく沖縄にきたのに，WBCに夢中になってます。今日は米国に勝って，明日はまた韓国との勝負。アジアの強国が優勝を賭けて戦うとは何と気持ちの良いことだろう。このシリーズ韓国とは2勝2敗で互角の勝負をしている。前回大会は，韓国に負け越していたけど運良く優勝したという感じで，腹におさまらない勝ち方だった。今回はぜひとも韓国に勝ち越して優勝してもらいたい。もちろん大不調のイチローさんが鍵でしょう。頼みまっせ。<br><br>今日は，WBCを見てからバイクのタイヤを交換して沖縄県立博物館に向かうことにした。ちっちゃい頃は博物館ほどつまらんもんはないって思うほど興味はなかったけどこの旅では何回か足を運んでいる。知的興奮も味わえるようになったわけだ。沖縄県立の博物館っていうだけあって大きな博物館だった。でも博物館は休館していた。<br><br>それに反逆してなのか僕は沖縄という文化的にも大自然にもめぐまれたこの土地に来て，すごく都会的なショッピングセンターの映画館などに行ってしまった。楽しかった。<br>でも明日は沖縄を見るつもりである。久高島というところに行くつもりだ。<br><br>久高島はアマミキヨという沖縄の始祖神が降臨した場所で，とても神聖な島である。今でも12年に1度かな?男人禁制の祭が行われている。今は確か後継者不足で行われていないとも聞いた。<br><br>なぜ男人禁制かというと，沖縄の文化について語るとき「女性優位と男性系原理」という表現が使われる。それは親族集団の中での男性主義に対して，宗教の世界における女性の役割をさすもので，沖縄では古来から女性には霊力があるとされてきた。内地(沖縄が本土をさすときの言葉)では女人禁制の神聖な場所があったり祭しを行うのが男性であったりするが，沖縄では全く逆である。そしてその祭を行う神女のことを祝女(ノロ)と言う。<br><br>それ以上詳しいことはまだ頭に放り込めていないんでお勉強会はこれくらいにしよう。<br><br>旅も終盤で，沖縄で文化なり人なりを見たいと思っていた僕には久高島は最後の地として最もふさわしい。<br>今からウキウキしてます。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10229515967.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Mar 2009 23:18:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>さらば八重山諸島!</title>
<description>
<![CDATA[ 今日は快晴です。<br><br>石垣に到着したときの陽射しの強さを思い出します。<br><br>八重山諸島たちともお別れや。12時30分の飛行機で出発や。<br><br>さらば八重山諸島!!
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10228579561.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2009 12:17:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>旅もあと少し。</title>
<description>
<![CDATA[ 今日は朝9時35分発のニュー波照間に乗って，石垣島に帰ってきた。天気があまり良くなく，海が荒れていたせいで普段乗り物に酔わない僕も息を止めて，眼をつむらざるおえなかった。<br>旅も後6日。まだまだ見足りないものがあるけど，そろそろ帰らなければ。<br><br>旅も終盤になって，ボーっとしているとすぐに振替ってしまうけど，まだまだ冒険心なり好奇心は衰えていない。<br><br>明日はどんな出会いがあろう。どんな奇跡があろう。どんな風景があろう。旅が始まるときのワクワクした気持ちを未だ維持している。<br><br>沖縄という風土がそうさせているのかな。前にも記したけど，沖縄は地理的にも文化的にも異国である。歴史的偶然でそうなったけど源流はそうじゃないと思う。<br><br>ただ人種的には沖縄で発見された港川人はまさに日本人の祖先でもあって，そういう面ではもしかしたら沖縄こそ純倭人なのかもしれないとそんなに思ったりする。<br><br>まー国が成立するまでには，多くの歴史的要因があるわけで，僕が語るようなことじゃない。<br><br>とにかく沖縄の人の心は僕たちを爽快にさせてくれる。それはとても崇高で美しく見える。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10227684683.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2009 21:05:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>波照間一周</title>
<description>
<![CDATA[ 天気は曇り。風は強い。今日は波照間島をチャリで一周したんやけど，南風が強くてなかなか体力を消費した。<br><br>波照間島は島の中心ほどに約１，5平方キロメートルの集落がある。まずそこで昼飯を調達した。集落に5個くらいしかない商店の中で，僕は南共同売店に入って，パンとお茶漬けの素とお菓子を買った。ここの売店はちゃんとレジもあって計算してくれた。竹富島の売店なんか，2つ商品を買って，合計は電卓でしてくれるんやけど，僕がお金を出すと「おつりはいくら?」なんて言ってきて，全てそれを僕に任せる。計算が遅い(特に引き算)僕もじっくり考えて答えた。多分計算間違ってなかったやろう。とにかくほぼセルフサービスのような売店だった。儲けようなんて甚だ思ってないんやろう。<br><br>売店を後にして，オヤケアカハチという人の生誕の地に行ってみた。この人は琉球王国時代に赤蜂の乱という八重山諸島の反乱があったときの大将だ。この乱で八重山諸島一帯は実質的に琉球政府の支配下に入った。沖縄人は争いを嫌う気があるが，とくに先島(宮古諸島，八重山諸島)の人達はそうらしいが，この時ばかりは溜りにたまった不満と赤蜂という指導者によって反乱が起こったらしい。<br>そんな八重山諸島の，波照間島の英雄やろう人の生誕の地やから資料館があったり，大きなモニュメントがあるんやないかと期待していた。でもそこにはオケヤ赤蜂生誕の地と書かれた記念碑と，少ない文字で書かれた看板しかなかった。残念。<br><br>集落を出て，島を一周している環状線のような道路を突き進むことにした。波照間島は集落以外の場所はサトウキビ畑と牧場しかない。途中サトウキビ畑の間の砂利道に入って探険もしたけどやっぱり何もなかった。<br><br>島を約半分くらい回ったところでやっと日本最南端の碑なるものを発見。これは全国の青年らが石を集めてここに造ったらしい。<br><br>もうこの南方の海には，フィリピンしかないんや。この前和歌山の熊野参詣をしたときと同じような気持ちになった。ちなみに波照間島の名前の由来は名前の通り琉球王国の果ての島という意味らしい。<br><br>次にすぐ隣にある展望台に入って休憩をとることにした。波照間島は日本で唯一，南十字星なるものが見えるらしい。そこで受付のおいやんとちょっとしたバカ話をして，また進んだ。こぎ続けた。港が見えた。僕の泊まっている宿西浜荘は港にすぐある。ってことはもう１周したやないか。<br><br>結局ゆっくりこいで，寄り道をしまくって三時間程度で島を回れた。思ったより小さかったな。<br><br>でも多くの島唄もあるし，伝説なんてものもあるし，文化は魅力でいっぱい。羨ましい限りです!!
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10227013578.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2009 18:04:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2009/03/19</title>
<description>
<![CDATA[ 今さっき僕が泊まっている西浜荘主催のオペラライブというか三線ライブというか，とりあえず宴会みたいなのが催された。<br><br>踊りに踊った。<br><br>地元のおじぃ達は自由に言葉を発してヤジりまくり。酔っぱらって沖縄の方言で話してくる。何て言うてるかわかるはずがない。八重山の各島でもそれぞれの部落でも全然方言が違うらしい。方言というよりかはむしろ外国語で，琉球語だった。<br>そんな酔っぱらいのおじぃも三線を手にして唄うと何と素晴らしいことか。八重山は琉球時代厳しい人頭税をしぼられた苦い歴史がある。それを唄にしたものが多いらしい。<br><br>最後の一曲を何回したやろうか。宴会はおじぃ達の舞台となって，おおいに盛り上がった。<br><br>沖縄の時間の速度は遅い。物理的に緯度が低いからやろーか。そんなわけはない。なんくるないさー(なんとかなるやろー)っていう精神のもと沖縄の人達は立派に生きている。<br><br>社会に出てありきたりの成功なんてって思ってしまった僕にはなんくるないさーという言葉は胸に響いた。<br>なんくるないさー。つまずいた時はぜひ使ってみよう。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10226692381.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2009 00:54:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>波照間島やー</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日の晩はゲストハウスの人たちと語り合った。<br>多くの旅人が集まるではいろんな人種に出会える。仕事を辞めて何かを求める人，写真家，歌手，絵描き，楽器製作者などなど。色んな目的で，多くの好奇心を持って皆旅をする。<br><br>旅をする中で出会った多くの人は社会に何らかの不満があったり，うまく適合出来ていない人が多いような気もする。今の社会に入りこむと堕落していくんやないか。そんな疑問さえ抱く。<br><br>さてさてそんな奇妙なことを思いながら，今日は日本最南端の島，波照間島に来た。やってきたのは昼過ぎで，まだ島の中心にある集落とニシ浜にしか行けていない。<br><br>明日は島をチャリで一周するつもり。いや三周くらいできるかも。劣った足と肺にムチ打って明日は波照間島の隅々まで見てやろう!!
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10226508150.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2009 20:26:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2009/03/17</title>
<description>
<![CDATA[ 明日日本最南端の有人島民，波照間島に行きます。<br><br>最近毎日のようにいい出会いにめぐりあえて，嫌いな酒もおいしく感じる日々です。<br><br>旅をしていて思うことはいかに僕が形式的な生活しかしていなかったということで，僕もごく一般的な常識人でしかないということを気付かされた。<br><br>旅で大きくなるというか，むしろ自分の小ささに気付かされている日々で，さらに目の前の世界が混沌とした状況になってきた。<br><br>皆がいう成長なんて言葉が安易にも聞こえてきたりする。変化はしているがそれは前進ではないかもしれない。言えるのは今の自分は絶対的に変化はしているということ。<br><br>旅もあと約10日!もまれろ自分!
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/8400rolla/entry-10225949250.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2009 21:00:00 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
