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<title>お母さん、大丈夫だよ</title>
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<description>平滑筋肉腫。こんな稀な病気に母がなるなんて...。私がついてるから大丈夫だよ。絶対に諦めない。</description>
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<title>娘の誕生日</title>
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<![CDATA[ もう母がいない事は受け止めている。<br>だから、本当に自分の道を自分自身でさがして歩くのみ。<br><br>だけど...<br>まだ時々涙がでちゃうかな。ほんの時々ね。<br><br>娘が３歳のお誕生日を迎えた。<br>だんだん女の子らしくなってきて、お雛様をみると<br>「うわぁぁ～～!!かぁわいい～<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/186.gif" alt="ラブラブ！">」って言ってみたり、プリンセスのマネをしてみたりね。<br>今年、４月から幼稚園。<br>私はお裁縫が大の苦手で、ランチョンマット作るだけで今はストップしてしまったけど、まだ防災ずきんカバー等つくらなきゃ。<br>ちゃんとできるかな？<br><br>お母さん、やっぱ話せないと寂しいや。<br><br>この間、買い物中ふとお母さんの声が聞こえたの。<br>一瞬の出来事だったけど、その瞬間だけ母が死んだ事を忘れていた自分がいたんだ。だから振り返った。<br>でも、誰もいなかった。<br><br>前を向かなきゃいけないね。いつまでもこんな事でメソメソしていられないもの。<br>私だけじゃない。同じ境遇の人達もたくさんいるんだ。<br>どうやって乗り越えたんだろう。。<br>
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<pubDate>Sat, 19 Feb 2011 13:33:55 +0900</pubDate>
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<title>母のいないお正月</title>
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<![CDATA[ 母のいないお正月なんて家族にとっては初めての経験。<br>実家には父と弟だけ。<br><br>だから今年のお正月は何も期待なんかしてなかった。<br><br>でも.....<br><br>弟はやってくれていた。<br>母が行きていた時と同じように。。<br><br>栗きんとんをならべ、海老を焼き、海老には庭で取れる赤い実を添えてある。<br>一通り全て用意してくれていた。<br>近所に住む叔母がもってきてくれた料理も並んでいた。<br><br>テーブルの上に揃えてあるものは去年と同じだった。<br>男なのによくこれだけやってくれたと頭が下がった。ありがとう。<br><br>夕方は近所に住む叔父夫婦も来てくれて、賑やかに過ごした。<br>母がいた時と同じ笑い声がおそくまで響いた。<br><br><br><br>お母さん、大丈夫だって。<br>ちゃんと生活してるよ。<br>お母さんがいなくったって大丈夫だよ。<br>
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<pubDate>Mon, 17 Jan 2011 16:14:54 +0900</pubDate>
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<title>納車</title>
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<![CDATA[ ９年乗った車を手放して、エルグランドを買ったよ。<br>お母さんが生きてたら<br>「なんで、こんなに大きい車なんか買ったの！」<br>って怒られてたかもしれないね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/036.gif" alt="爆弾"><br><br>お母さん、お母さんがいなくなって３ヶ月が過ぎたんだね。<br>先日、母が生前に力を入れていた奉仕団体の会議へ最後の挨拶へ行って来た。<br>母のジャケット、カバン、ヒールを履き、会議場へ入るとみんな泣き出した。<br>今もここのどこかに座っているんじゃないかと思うような雰囲気の中、母の小さな写真を出して<br>ご挨拶。<br><br>これで、母自信も区切りがついたかな？<br>感謝の気持ちは、ちゃんと口で伝えなさいと言ってたもんね。<br><br><br><br>母の宝物の孫はすくすく育ってます。<br>笑ったり、泣いたり、時々手をやかせるほどワンパクになったよ。<br>ふと、娘の横顔が母の横顔に重なるときがあるんだ。そんな時、近くにいるのかな。<br><br><br>
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<pubDate>Wed, 24 Nov 2010 11:15:02 +0900</pubDate>
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<title>合格！</title>
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<![CDATA[ 娘の入園テスト、無事に合格しました。<br>ここは大学まで一貫の学校なので、もう受験の心配はなしっ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br><br>でも、母に伝えることができなかったのが悲しいな。<br>もし生きてたら、どんなに喜んだだろう。そしてすぐにでも<br>「お祝いに何食べる？」「何かお洋服買ってあげようね」<br>穏やかで、ひまわりのような笑顔で言っていただろうな。<br><br>でも、大丈夫。私は大丈夫。。。<br><br>そう言っていないとダメになっちゃいそうな時がある。<br><br><br>でも一つ、嬉しい事。<br>新しく車を買い替えるんだ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif" alt="アップ"><br>今からもう一度見に行って、契約です。
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<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 10:46:17 +0900</pubDate>
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<title>人の目</title>
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<![CDATA[ 母が他界して２ヶ月が過ぎた。<br>私の気持ち的なものというのは、人が思っているほど深い悲しみはなく案外普通の生活をごくごくフツーにこなしている。<br>あんなに姉妹みたいな、仲良し親子だったのにな。<br>だから意外と自分がシッカリしていた事に自分が驚いている<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/304.gif" alt="合格"><br><br>でも、人に「可哀想に」とか「これからガックリくるから頑張って」とか。<br>そういう事思われるのも言われるのもイヤ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!"><br><br>私はこれからの人生を新たにスタートしたんだから！<br>母には周りの友達のお母さん以上に、私には教育や楽しさ等教えてもらったから。だから、私は何も怖くなんかない。<br><br>でも、それも私には家族がいるから。<br>最近楽しく話せるようになった父、色々心配だけど優しい弟、頼れる主人、２歳半の可愛さまっさかりの娘。みんなみんな私の大事な家族。<br><br>もうすぐ娘の幼稚園の試験。<br>受かるかな？大丈夫だよね、お母さんがついてるものね。
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<pubDate>Thu, 28 Oct 2010 13:33:37 +0900</pubDate>
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<title>夢で逢えた！</title>
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<![CDATA[ 私は死んだ祖父や祖母に夢に見ることはあるが、母は出て来てくれなかった。<br><br>それが、今日ようやく出て来てくれた。<br>普通に居間に座り、いつも通りにこう話した<br>「死ぬとは思わなかった」<br><br>今でも母はそう思っているのかと思うと、悲しい。<br>これで良かったんだって思っていたのは私だけだったのかもしれない。<br><br>なんとも言えぬ気分のまま今日一日を暮らしている。
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<pubDate>Thu, 07 Oct 2010 15:40:16 +0900</pubDate>
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<title>寂しい気持ち</title>
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<![CDATA[ いつもいつも大丈夫だと思っていたけど、やっぱり時々１人の時に寂しくなる時がある。<br>思い出して泣くのはきまって車の中。<br><br>そして夜は母の最後の顔を思い出すと眠れなくなり、ギュッと目を閉じてむりやり寝る。<br>それがとても苦しくて、辛い。<br><br>
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<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 15:53:27 +0900</pubDate>
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<title>本当は父親が大嫌いだった</title>
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<![CDATA[ 母が死んでから四十九日の法要。<br><br>朝、母の遺骨を持った父が玄関に立ち<br>「さぁ、お母さん出発だよ。ご苦労様だったな」<br>少し涙をためたようだった。<br>私はそんな姿を見て、隠れて泣いた。<br><br>父は感情のない人だと思っていた。<br>仕事だけして家庭の事は何もせず、お茶も醤油を入れるのも、食べ放題で食べ物を取ってくるのも、全て母だった。<br>私は父が嫌いだった。<br><br>でも、最後の最後まで母を心配し、病院では母の髪をなでたり。「頑張れ、頑張れ」と励ましたのは父。<br><br><br>お母さん、大丈夫だってば。<br>仲良くやるからさ。<br>私、お父さん好きになってきたんだ。
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<pubDate>Mon, 27 Sep 2010 16:35:14 +0900</pubDate>
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<title>亡母との約束</title>
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<![CDATA[ まだ、ほんの２ヶ月前は母が生きていた。<br>そして私としゃべっていた。<br>ほんの２ヶ月前なのに、今は最愛の母がいない。<br><br>そんな母と交わした約束が私にはある。<br><br><font color="#EE82EE">もし、お母さんがこの世の中が嫌になって天国へ行くなら、私は子どもをもう１人産むよ。<br>だから生まれ変わってきて。<br>今度は私がお母さんを健康に育てるから。</font><br><br>「そうだな。そうする。気の強い子が産まれるわ」<br>そう言って泣いていたよね。<br>８月２日の最初の危篤の時も、その話をしたらツーッと涙を流したね。<br><br>うさぎ年にはお母さんが私の子どもとして、また出会えたらいいな。<br>
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<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 06:52:34 +0900</pubDate>
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<title>さよなら　お母さん</title>
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<![CDATA[ あれから２週間後、母は他界した。<br>私を残して、家族を残して。。<br><br>８月２日<br>付き添っていた叔父から「危篤」との連絡。<br>なんとなくそんな電話だとわかった。だけど、わかっているのに手が震え、口が震える。<br>主人に電話をしたとたん、パニックになってしまった。<br>子どもを近所の親戚へ預け、会社から戻った主人を含め家族と病院へ向かった。「気をしっかり持つんだよ」そう親戚の叔母に言われハッとする。<br>２時間後、病院へ到着。<br>母、肩で息をしていた。しんどい感じは十分伝わっている。<br>私が母と交わした約束をもう一度伝えた。母は涙を流して頷く。<br>そして孫の声（動画）を耳元で聞かせた。そこからは<br>「がんばってー！がんばってー！大好き！」とキャッキャッと笑う２歳の無邪気な声。<br>母の宝物。孫は母の大切な宝物だった。<br><br>この日はなんとか持ちこたえた。<br>ここから２４時間態勢で家族と叔父（母の弟）が交代で見るようになった。<br><br><br>８月３日<br>父、初めて母の傍で看病。<br>母、嬉しかったのか急に回復へ向かおうとしていた。<br><br><br>８月５日<br>喉が渇いたらしく、手で喉を指差して訴える。<br>弟が母の身体を起こして水を飲ますとゴクゴク美味しそうに飲んだそうだ。<br><br>私の子ども（２歳）ヘルパンギーナにかかり、こちらも食べ物が食べられずに可哀想だった。<br><br><br>８月６日<br>弟が泊っている。<br>叔父（母の弟と兄）が行くと笑ったり、話もしたらしい。<br>でも、ご飯は食べていない。<br>なんとか命を下さいという気持ちと、もうこれ以上は可哀想だと思う気持ちで辛い。<br>一番辛いのは母だが、どうしようもないこの気持ち。苦しかった。<br><br>８月７日<br>私が泊った。<br>紙に「お昼」と母が書いた。どうやら自分のことみたい。<br>４、５日食べてないからお腹がすいたらしい。<br><br>カバンを取ってくれと言う。帰りたいとしきりに言っていた。<br>お母さん、私に笑顔を見せてよ。<br>あの、太陽みたいな笑顔を見せてよ。<br><br>夜中、母は弟を探していた。私じゃイヤ？？<br>私を見付けるとか細い声で<br>「悪い..なぁ....。もぅ..少し....看てくれ...」<br><br><br>それから、本当に数日の間だった。<br>最後、弟が泊る時に「今日、俺泊るのなんかイヤだ。なんか怖いよ」<br>その言葉は的中した。<br>私の携帯が夜中の２時４０分に鳴った。<br>弟の泣きはらした声「もぉ、ダメかもしんない。急いでくれ！」<br>２度目の危篤連絡だった。<br>もう覚悟はできていた。パニックになる事もなかった。<br>父と叔父も病院へむかった。<br><br>午前５時、弟からメールで“今どこ!?もうダメかもしれない！”と。<br>すぐ弟に電話をして、母の耳元に電話をつけさせた。<br>「お母さん！もう病院が見えるの！お願い！いかないで！私が行くまでは待ってて！私が車を走らせてる意味がなくなることはしないで！お母さん、私お母さんの娘で良かった！大好き！今までもこれからもずっと！お願い！待ってて！」<br>車から降りて、走った。病室まで夢中で。<br>父も叔父も間に合った。<br>叔父の「おい！頑張れよ！俺はどうすんだよ。頑張れよ！」<br>でも、叔父も家族ももう時間の問題だとわかっていた。<br>「おかあさん、やり残したことがあるんだったら頑張ってよ！でも、もう思い残すことがなかったら無理しないでいいんだよ。ありがとう。<br>私との約束、忘れないでね。お母さん、大好き」<br>それから２時間後、静かに静かに息をひきとった。<br><br>みんなに看取られ、母の壮絶で過酷な病気との戦いが終わった。<br>母の応援を心からして下さった皆様、ありがとう。<br>きっと母が一番、感謝しています。<br><br>帰り、なんだか心がスッキリしていた。<br>もうこれ以上、母が苦しむ事はないと思えたから。<br><br>前を走る弟の車の助手席に母の陰が映る気がした。<br>そして弟も「なんか、お母さんが隣に乗ってるみたい」と。<br>一緒に帰ろう、お母さん。本当にご苦労様でした。<br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 15 Sep 2010 21:49:34 +0900</pubDate>
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