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<title>自死遺族となって</title>
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<description>父が自殺しました</description>
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<title>続き</title>
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<![CDATA[ 前の記事の続きです。<br><br>なぜ生きることに「意志」が必要となってしまったのかということです。<br><br><br>父の自殺は<br><br>私にとって自殺という方法で命を終えることができると強く認識された出来事でした。<br><br>人は自分の意志ひとつで生きるか死ぬかを選ぶことができるんだと思いました。<br><br>特に人は自分の死に対して通常ならは恐怖を抱くものですが、<br><br>それをもこえて死を選ぶ人が目の前にいたのですから<br><br>私には自分の意思で死を選ぶことが実現可能なことであると感じられるようになっていったのです。<br><br>父の死後、<br><br>自分勝手に死んでいった父を責めましたが、それと同じぐらい自分を責め続けました。<br><br>自分の至らなさや、父の自殺にショックを受け精神的に参ってしまっている自分へいらだちや、<br><br>自分が思っている以上に私はとても父の自殺に影響を受けていたみたいでした。<br>（気付かないふりをずっとしていましたが…）<br><br>とにかく自分が生きている、ここにいる意味が、理由がよくわからなくなっていました。<br><br>自分を責め、否定し続けてきたから無理もないと思います。<br><br>それは今もそうです。自己肯定ができないでいます。<br><br>だから毎日が苦しいのです。<br><br><br><br>それまで人はいつか絶対に死んでしまうということを漠然としか意識していなかったので、<br><br>父というとても身近な人の死にとても敏感に私の心は反応してしまいました。<br><br><br>２０歳から３年ぐらいは心身ともに落ちるところまで落ちましたが、<br><br>時間が解決することもあると思い、焦ることはやめ時に身を任せてきました。<br><br>しかし時間が解決できないこともあるんだなとは思います。<br><br>父の死の直後よりも今の方が父への思いが強いです。<br><br>それは死の直後は父の死をまだ信じられなかったこと、<br><br>あまりのショックにすべての感情、思考がとまってしまっていたこと、<br><br>今は記憶が当時よりは薄れてきていること…<br><br>などいくつかの理由はあるとは思いますが、<br><br>記憶は薄れても父への思いは増すばかりです。
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<pubDate>Fri, 17 Aug 2012 01:46:51 +0900</pubDate>
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<title>死にたいと言葉にはしないけれど</title>
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<![CDATA[ 父の自殺から７年が経ち、当時１８歳だった私は２５歳になりました。<br><br><br>２５歳で死ぬのはまだ早いですよね。<br><br>でも私はあと何年生きなくてはいけないんだろう。<br><br>生きていくことがこんなにも苦しいことだとは思いませんでした。<br><br>私にはこれから先１０年、２０年と生きていこうという「意志」があまりないようです。<br><br>生きていくことに意志なんて必要ないように思いますが、<br><br>父の自殺を目の当たりにしたときから私のなかで生きることは意志が必要なものになってしまいました。<br><br>頑張ろうと思えば思うほど虚しいです。<br><br>私は弱いのでしょうか。
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<pubDate>Wed, 08 Aug 2012 00:09:03 +0900</pubDate>
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<title>選択</title>
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<![CDATA[ 自殺するぐらい苦しいのなら、<br><br>その原因となっているものも含めて現状のすべてを捨ててしまえばいいのに、<br><br>逃げてしまえばいいのにと思うけれど、それができないから自殺を選んだんだよね。<br><br>命あってこそのものなのにそうではなくなっていたんだよね。<br><br>父にとってはそれまでの人生で築き上げたもので、とても誇りをもっていて、<br><br>何ものにも変え難いものだった。<br><br><br>今なら父の気持ちやあのときどのような状況だったのかがすこしは理解できるようになりました。<br><br>しかし当時18歳の私はまだまだ子どもでした。<br><br>何もわかっていなかった、知らなさすぎました。<br><br><br>思春期独特の娘の父に対する嫌悪感を一切感じたこともなく、<br><br>反抗期もなく、本当に父のことが大好きでした。<br><br>遊びや部活ばかりをしていて勉強を疎かにしてしまい、心配させてしまったこともありましたが、<br><br>それでもよく父と2人でご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、旅行に行ったりもしていました。<br><br>父は自分の大切なもの、人たちにこれ以上迷惑や心配をかけたくなく、<br><br>何より私たち家族を守りたかったのだと思います。<br><br>私たちを悲しませてしまうことよりもそちらの方に気がまわったのかなの思います。<br><br>すべて推測にすぎませんが、父はそのような人でした。
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<pubDate>Wed, 01 Aug 2012 03:03:00 +0900</pubDate>
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<title>父への気持ち</title>
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<![CDATA[ 今でも時々父への気持ちがどうしようもなく溢れ出してしまいます。<br><br>夜は特にそういうことが多いです。<br><br>父に会いたくてたまりません。<br><br>いて当たり前だった父はこれから先も必ず私のそばにいるものだとばかり思っていました。<br><br>だけど私の未来のそのなかにはもう父はいません。<br><br>これから父と共有していくはずだったすべてを父なしでなし得ていかなければならなくなりました。<br><br><br>父が自殺して以来、自己肯定がなかなかできずとても生きていくのが苦しいです。<br><br>父のそばにいきたいです。<br><br>それでも、それでも、ずっと耐え続けています。こんなつらい思いを私のまわりの大切な人にさせたくないんです。<br><br>この思いだけで今の私は生きています。
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<link>https://ameblo.jp/91051591/entry-11316201758.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Jul 2012 01:00:06 +0900</pubDate>
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<title>大学</title>
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<![CDATA[ 私は無事大学に合格し入学しましたが、<br><br>父が生きていればいたであろう場所の大学に通うことは私にとって精神的にとてもつらいことでした。<br><br>平常心でいることは難しかったです。<br><br>ふだんの大学生活ではそのようなそぶりを人に見せることはもちろんなく、<br><br>まわりから見ればふつうだったでしょう。<br><br><br>父の勤めていた大学とは異なりましたが、<br><br>大学の世界はそんなに広いものではないですから<br><br>私の通っていた大学にも父の知り合いは何人もいました。<br><br>もちろん私はその方々を避け、極力かかわらないように大学生活を送り、<br><br>父の自殺と大学は別物だと割り切って考えるようにしていました。<br><br><br>しかし、それまで大学というものがどういうものかというのが<br><br>生前父から聞いていた話や父と訪れていた場所のイメージでしたので<br><br>大学と父とを切り離して考え、感じることは私にはできませんでした。<br><br>大学２年の夏休み明けには大学に行くのがそれまでよりいっそう億劫になりました。<br><br>初めは疲れているだけだとうと思っていましたが、<br><br>上記のような意識を持っている私は<br><br>この時期からさらにその意識を強めるようになっていきました。<br><br><br>なかったことにしよう、思い出さなければふつうの生活を送れると思っていたけれど、<br><br>それはやはり違いました。ただ逃げていただけ、本当の意味で楽になれているわけではなく、よりいっそう自分を苦しめているだけでした。<br><br>とうとう私は父の自殺に向き合わなければならなくなりました。<br><br><br>それからやはり大学に行けることはなく、休学することになり実家に帰りました。<br><br>私はただ父の自殺に対してわき起こるふつうの悲しみ、感情だと思っていましたが、<br>（悲しみは尋常なものではなかったですが、<br>親が死ぬということ、自殺であったということに対する反応としては“ふつう”だと思っていました）<br><br>母は私のことを本当に心配し、夕方ドライブに出かけようと私を誘い出し、<br><br>一緒に病院に行こう、病院に行ってほしいと言いました。<br><br>私もすこしでも楽になれるのであればと思い、心療内科へ通うことになりました。<br><br><br>なかなか難しいですね。<br><br>本当に向精神薬が必要なのか、人が許容できうる悲嘆であるのか、という判断は今考えても難しいことだと思います。<br><br>薬はやはり副作用もありますし、薬が合う合わない（効く効かない）というのもあります。<br><br>薬を飲んで良くなったこともありましたが、一概にすべて良かったとは言えないのではないかと思っています。
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<pubDate>Wed, 25 Jul 2012 23:13:30 +0900</pubDate>
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<title>あらためて</title>
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<![CDATA[ 勢いで始めたブログなのでいたらない点が多々あるとは思います。<br><br>まだアメブロについてもよくわかっていないのですが、<br><br>ぺタくださったみなさんありがとうございます！<br><br>マイペースに書いていきますね。<br><br>これからもよろしくお願いします。
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<link>https://ameblo.jp/91051591/entry-11284286272.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jun 2012 21:18:06 +0900</pubDate>
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<title>沈黙の悲しみ</title>
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<![CDATA[ 自死遺族は悲しむことさえも許されないのでしょうか。<br><br>堂々と涙を流し、悲しいとつらいと言ってはいけないのでしょうか。<br><br><br>自殺は悪いことで、やってはいけないこと…<br><br>自殺者が罪を犯した人間のように扱われ、加害者のようにみられ…<br><br><br>確かに1人の人間の命を殺めていることにかわりはないので、殺人ということになるのかもしれません。<br><br>しかし、父はうつ病になりながらも生きようと必死でした。<br><br>生きようと思ったからこそ絶望を感じてしまったのです。人は絶望の闇のなかでは生きていけません。<br><br><br>事故や病気、災害で父が亡くなっていたら堂々と悲しめたのかなと思ってしまいます。<br><br>お門違いだとわかっています。だけど、こう思わずにはいられません。<br><br>悲しいと言えなくてつらかったです。つらいです。<br><br><br>粗末にしてしまった命なんて1つもありません。<br><br>たまに治ることが難しい病気の方に対しての引き合いに自殺者のことをだすことがありますが、<br><br>それは違うと思います。<br><br>うつ病になり精神的に追い詰め、追い詰められ、最後に行き着くのが死なのです。<br><br>それしか自分を救える方法がなくなってしまった結果なのです。<br><br>だからむやみに引き合いには出してほしくないと思います。<br><br><br><br><br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/91051591/entry-11282917399.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Jun 2012 02:39:19 +0900</pubDate>
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<title>人間関係</title>
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<![CDATA[ 父が自殺をしたときに<br><br>私のそれまでの人生観、価値観は音を立てて崩れていきました。<br><br>言ってもまだ１８年しか生きてはいなかったんですけどね。<br><br><br>人生観、価値観が変わってしまったその中でも<br><br>それが人間関係に及ぼす影響はとても大きかったです。<br><br>人はいつかは死んでしまうと漠然としか認識していなかった私は<br><br>大切な人がいなくなってしまうことがこんなにも悲しいことだとは思ってもみなかったのです。<br><br>あまりの悲しみに私は自分を守ろうとしているのだと思いますが、<br><br>もう２度とこんな思いはしたくないと強く強く思うようになっていきました。<br><br>今でもこの悲しみ、つらさを表現することはうまくできません。<br><br>大切な人がいつかいなくなってしまうんじゃないかという恐怖で<br><br>人と深く仲良くなることができなくなってしまいまいした。<br><br>怖いのです。とても。頭ではわかっていても気持ちがついていきません。<br><br><br>自殺ではないにしろ、大切な人がまた死んでしまったら私はもう持ちこたえることはできないと思います。<br>（今現時点での話です。また２，３年後もしくは５年後、いやもっともっと時間がかかって変わっているかもしれませんが）<br><br><br>だから恋愛も結婚も自分からしようとは全く思えないのです。<br><br>こういうこともあまり人には理解し難いようですね。<br><br>だから誰にもこのような話をすることはできません。<br><br>一番私を見てきて支えあってきた母にでさえも<br><br>悲しませたくないので話せません。<br><br>片親にさせてしまった負い目と、<br><br>これから片親になってしまったことで苦労させてしまうという母の思い。<br><br>母は私には幸せになってほしいと強く願っているからです。
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<pubDate>Sun, 17 Jun 2012 01:32:29 +0900</pubDate>
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<title>大好きだよ</title>
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<![CDATA[ いまでもこれからもずっと大好きだよ。<br><br>最愛の人。<br><br>でもねもっともっと一緒にいたかった。<br><br><br><br>父の死に顔を私は見ることができませんでした。<br><br>あまりの恐怖に負けてしまったのです。<br><br>第一発見者でもなく、その現場にもいなかったので、<br><br>私が父と会うことができたのはきれいにお棺の中におさめられた状態でした。<br><br>それでも最後の最後に火葬する前のお棺を閉めるときにすこしだけ見ることができました。<br><br>まぎれもなく父でした。<br><br>かなり変色していたらしいので、他の部分はすべて布で覆われていたため、<br><br>見ることができたのは目だけでしたけれども…<br><br><br><br>葬儀屋から父の死に場所は近く、私はそこに行こうとしたのですが、<br><br>母や現場にかけつけてくれた友人の方たちは<br><br>私を強く引き留めました。行かないほうがいいと。<br><br><br>父は目張りをしたお風呂場で練炭を燃やしたのですが、<br><br>警察に通報し、警察官がかけつけ（こういう場合意外と多くの警察官がくるみたいですね。１０人ぐらい？）<br><br>父をお風呂場から寝室のふとんの上に移動させて<br><br>事件性がないか捜査、事情聴取をおこない、検死？解剖をするということで父は運ばれていったそうです。<br><br><br>父がいた部屋はそのようなあわただしく混乱したそしてあまりにもショッキングな状態のそのままになっていたそうで、<br><br>見なくていいものは見なくていいよ。と私のつらさがこれ以上にならないように私のことを思っているからこそのことでした。<br><br>でも今思うと<br><br>すべてを目の当たりにすることがなかったからこそ<br><br>私は直後に控えていた大学入試を受けることができたのだと思います。
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<pubDate>Sun, 17 Jun 2012 01:14:20 +0900</pubDate>
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<title>虚しさ</title>
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<![CDATA[ つらい感情もそうですが、<br><br>父を自殺でなくしてから虚しさを一番感じるようになりました。<br><br><br>父の生い立ちの話になるのですが、<br><br>あまり良い環境ではなかったようで、<br><br>とても貧しく、母子家庭で肩身のせまい思いをかなりしていたみたいでした。<br><br>それでも勉強して知識を身につけ、それを生業にし、家族を養い、ある程度の地位を築くことができたのです。<br><br>私は本当に何不自由なく育ててもらいました。<br><br><br>それなのにそんなふうに頑張ってきた父が最後に自ら死を選んでしまったことが。<br><br>本当に虚しいのです。<br><br><br><br><br>父が自殺したことにより<br><br>自殺という方法が強く認識され、自殺という選択肢が私の中にうまれました。<br><br>もしかしたら将来的に私も自ら死を選んでしまうのではないかという恐怖を感じているのです。
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<link>https://ameblo.jp/91051591/entry-11276178383.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Jun 2012 04:40:19 +0900</pubDate>
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