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<title>胃胆脾ナシでオストメイト。10年経て再発した〜</title>
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<description>2010年8月16日、胃＋胆嚢＋脾臓全摘出。2019年1月9日、腸閉塞からの人工肛門(コロストミー)に。身体障害者4級。2020年4月13日再発、腹膜播種。ガンと向き合う体験記。</description>
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<title>母の死　9</title>
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しかし､そこから又､次なるものが訪れる。腸閉塞で､詰まっている所の手前で腸を切って､身体の外に出す､いわゆる人口肛門を持つ人になった。ある意味､ガンよりショックだった。辛いのは､人口肛門ができたくせに､他の部分の腸もすぐにどこかが細くなり､食べる→痛い→痩せる→水分､栄養とれない→仕方なく食べる→痛い→というループに陥るのだ。その頃母の入院そして翌日私の入院。1週間後何とか退院。母危篤。翌日母亡くなる。気持ちが慌ただしくて､食べる事がどうでもよくなった。
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<dc:date>2021-07-30T15:07:19+09:00</dc:date>
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<title>母の死　8</title>
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当時の治療もきつかった。TS-1を4週飲んで2週休みが基本。副作用がキツくて､2週飲み1週休みにしてもらった。それでも私自身が壊れてしまうと思い､中断した。腫瘍マーカー値はずっとグレイゾーン。でも､少しずつ仕事にまも復帰できるようにもなり､無理しなければ何とか胃を切る前の6〜7割程度まで､QOLは上がっていった。姪､甥の体験ダイビングや、親との花畑ドライブや、念願だった､従姉妹と妹との女子旅も実現できた。
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<dc:date>2021-07-30T14:51:03+09:00</dc:date>
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<title>母の死 7</title>
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話は11年前に遡る。そもそも私は､胃がん宣告を喜んだ。長生き願望のない、黄泉の国に興味を持つ人間が命の期限を言い渡されたのだ。願っていてもそれが我が身に訪れるとはOMG‼️しかし､その時の主治医が親より先に子供何死ぬのは最大の親不孝だよ。それで抗がん剤治療を開始した。
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<dc:date>2021-07-30T14:12:37+09:00</dc:date>
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<title>母の死　6</title>
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父も母も､セレモニアに積立をしていてくれたおかげで､私たちはお金の心配をする事なく、見送れた。入院した頃から､手続き云々の話はしてたので、案外サクサク進んだ。葬儀の日も､次女一家が総出て車で迎えに来てくれた。こちらを回ると楽早くでも＋1時間はかかってしまうのに。父の亡くなった時はそうも行かないだろう、もっと手続きが煩雑になるはずだ。でも､私以外の妹弟が本当に申し分なく動いてくれて､母の大好きな花に囲まれてコロナ禍の割には､寂しくない､いい葬儀だった。あとは納骨迄に、少しは動けるようにならないと。
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<dc:date>2021-07-30T13:51:33+09:00</dc:date>
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<title>母の死　5</title>
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中1日空いて､納棺式があり､その次の日が一日葬だ。思ったよりきちんとした納棺式で､映画の[おくりびと］を思わせるよな､厳かなものだった。昨日は納得して､明日ホームの人に連れてもらって来てねという妹弟に､泣きながら､でもしっかり、うん、うん､､とうなづいていた父が､当日､行かないと駄々をこねていると言う。急遽､三女と甥で迎えに行き､説得をし､なんとか連れて来た。流石にその時の姿は誰もビデオには撮れていない　わずかな対面だったけど、母の人生は父の人生でもあったのだ。
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<dc:date>2021-07-30T13:15:15+09:00</dc:date>
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<title>母の死　4</title>
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中2日あると思って帰って来たけれど､連日打ち合わせで､結局妹弟は毎日通っていた。行けない私の為に妹弟は誰かしらがLINEで詳細を知らせてくれた､本当にありがたかった。ホームにいる父に伝えるかどうかもLINEで､話し合った。葬儀には例え少数でも人が集まるので､出せないと、ホームからのお達しがあったからだ。ならば、終わってからでもいいんじゃないかと。でも､焼かれて骨になる前に顔を見せてあげられないものかと、3人で行ってくれた。母の死を知り､意外にも父は声をあげて泣いた。私にとっては､いや､妹弟誰もに
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<dc:date>2021-07-29T21:15:08+09:00</dc:date>
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<title>母の死 3</title>
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セレモニーホールに間に合い､母と対面した。手足は冷たかったが､まだ少し体温を感じられた。肝臓ガン末期骨転移。色々外れて､合掌して寝ている母の顔は､入院中よりは浮腫んでいなかった。私が会うの､は数ヶ月前にホームにカットをしに行った以来だ。妹弟も､ガラス越しにしか会えず､危篤の時も､よくTVで見るように､周りを取り囲んで手を握るなんて事はコロナ禍で許されなかった。時間もないので､カットをして､妹がメイクをした。ちょっと､生前に近づいた気がする。次節から､葬儀は一日葬で行う事にした。諸々を妹弟に任せ､
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<dc:date>2021-07-29T20:51:01+09:00</dc:date>
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<title>母の死　2</title>
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ちょうど1ヶ月前､母は亡くなった。2021年6月29日火曜日午前9時。入院から2週間日曜日の深夜､危篤の知らせが三女に入る。次女､末弟(長男)は深夜のLINEに気付き､病院に駆けつける。私は朝目覚めてから気付き、みんなが病院にいる事を知る。月曜日､一旦持ち直し､皆が帰る。火曜日は次女､三女が緩和ケア病院に下見の予約を入れている。それぞれがそこに向かう途中､病院から息を引き取ったと知らせが三女に入る。皆は急遽、入院先に向かう。私は退院後1週間目の検診中､知らせを知り､自分の治療そっちのけで､向かっ
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<dc:date>2021-07-29T20:30:14+09:00</dc:date>
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<title>母の死　1</title>
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長い事　書けなかった。いや､時々書いてはいたが､アップ出来なかった。まだまだ気持ちは上がって来ない。暗い言葉しか出て来ない。でも､ひとまずまとめてみようと思う。私の人生にとっても大きな節目の出来事､何度かに分けて考えてみる。
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<dc:date>2021-07-29T20:04:08+09:00</dc:date>
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<title>長くもあり､短くもあり</title>
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退院して1週間。病院にいるより辛い自宅療養。だってさー😢ご飯は時間には出て来ないし、ベットメイキングもしなきゃだし。抗がん剤のせいか？痛み止めのオキシコドンのせいか？とにかく気持ち悪くて食べたくない😭ご飯作るけど、作って満足して結局食べてない☹️相変わらず脚が浮腫んで重いので、ペンギン歩きだし🐧🐧🐧🐧🐧🐧入院した頃から､髪が抜け始めて家に帰る前にベリーショートにカットしてもらいました。ビフォーアフターこの長さでも､毎日ごっそり抜ける抜ける〜まぁ、髪の毛って10万本生えてますからね〜。髪が落ちるの
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<dc:date>2021-06-28T12:36:35+09:00</dc:date>
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