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<title>aaaoookのブログ</title>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【13】</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p>店長になった、20代の僕のこと。<p></p><p>&nbsp;シリーズ「私が僕になるまで」第13回</p><hr><p>&nbsp;</p>&gt;20代前半で、店長になった。<p></p><p>&nbsp;</p><p>自分でも、少し驚いた。梅田の夜にマレフィセントに捕まってから、まだそんなに経っていなかった。</p><p>裏方として入って、系列店で接客を覚えて、気づいたら任されていた。</p><p>「やってみる？」と聞かれたとき、即答した。</p><p>迷わなかった理由は、よく分からない。ただ、この場所が好きだったから、もっと深く関わりたかったのだと思う。</p><p>ソフトボールのとき、グラウンドにいるあいだは余計なことを考えなくてよかった。ここでの仕事も、似た感覚があった。</p><p>ここにいると、僕は僕でいられた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">店長、という責任</b></h3><p>店長になって最初に分かったのは、楽しいことより大変なことの方が多い、ということだった。</p><p>スタッフの管理、売上の管理、お客さんとのトラブル対応。</p><p>裏方や接客スタッフとして働いていたときは、誰かが決めたことの中で動いていた。店長になると、自分が決める側になった。</p><p>判断を間違えると、店全体に影響する。</p><p>それが、最初はしんどかった。一緒に働く人たちはプロだった。</p><p>自分より年上の、この世界を長く生きてきた人たちを、まとめる立場になった。20代前半の、まだ経験の浅い僕が、だ。</p><p>なめられることもあった。試されることもあった。それでも、やるしかなかった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">近隣のお店との交流が始まった</b></h3><p>店長になってから、近隣のお店との関係が生まれた。</p><p>最初は仕事上の付き合いだった。お客さんを紹介し合ったり、困ったことを相談したり。</p><p>でも、交流が深まるにつれて、個人的に話す機会が増えていった。</p><p>新しい世界だった。</p><p>同じ景色を持つ仲間とは実業団の頃から繋がっていた。毎日一緒に働く人たちとはよく話していた。</p><p>でも、また別の形で自分らしく生きてきた人たちと深く話したのは、この頃が初めてだった。</p><p>それぞれに全然違う話があった。共通していることもあれば、全く違う悩みや経験もあった。</p><p>話を聞くたびに、自分の知らなかった景色が広がっていった。</p><p>自分が思っていたより、世界は広かった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">恋した人のこと</b></h3><p>一緒に働いていた人のことが、好きになった。</p><p>前回も少し書いたが、この人のことだった。</p><p>きれいだった。プロだった。お客さんへの接し方、立ち居振る舞い、全部に芯があった。</p><p>仕事を通じて話すうちに、その人の内側が少しずつ見えてきた。</p><p>気持ちを伝えた。断られた。また伝えた。また断られた。それでも伝えた。また断られた。</p><p>合計5回告白して、5回目でやっと付き合えた（笑）。</p><p>我ながらしつこいとは思う。でも、諦める気にならなかった。それだけ好きだったということだと思っている。</p><p>付き合い始めてから、また新しいことを知った。</p><p>それぞれに長い時間を生きてきたふたりが、一緒にいる。外から見た姿と、その内側は、全然違った。</p><p>説明しなくても分かり合える部分と、全然違う部分が、両方あった。それが、面白かった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">店を動かす、ということ</b></h3><p>店長として半年、一年と経つうちに、少しずつ分かってきたことがあった。</p><p>この仕事は、人を見る仕事だった。</p><p>お客さんが今夜何を求めているか。スタッフが今どういう状態にあるか。</p><p>店全体の空気がどこに向かっているか。それを読んで、動く。言葉より先に、空気を読む力が必要だった。</p><p>ソフトボールで鍛えたものが、ここで生きていた。</p><p>グラウンドでも、試合の流れを読んで動くことが必要だった。チームの状態を把握して、次の一手を考える。</p><p>場所は全然違うのに、根っこにある感覚は似ていた。</p><p>僕は、意外とこういうことが好きなんだと思った。</p><p>人と関わること、場を作ること、誰かのために動くこと。それが好きだった。その気持ちを、この仕事の中で見つけていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">東京のことを、考え始めた</b></h3><p>ある夜、話していて、東京の話が出た。</p><p>「大阪もいいけど、東京はもっといろんな人がいるよ」</p><p>何気ない一言だった。でも、その言葉が頭の中に残った。</p><p>大阪に来てから、いろんなことがあった。親戚に騙されて、この仕事を始めて、店長になって、恋もした。</p><p>この街で受け取ったものは、たくさんあった。</p><p>でも、まだ見ていない景色がある気がした。</p><p>書類の上の自分のことも、まだ変わっていなかった。</p><p>名前のことも、ずっと「次は、そこだ」と思いながら、具体的には動いていなかった。</p><p>東京に行くなら、その前に——と、ぼんやりと思い始めていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第14回は、東京に行く決断をした話、お見送りされた日のこと、そして東京での半年のことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>【書き手より】20代前半で店長になって、正直しんどいことの方が多かったです。でも、あの時間があったから、人を見ることや場を作ることが好きだと気づけた。5回告白したことも、近隣のお店との交流も、大阪でしか出会えなかったものでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12966151097.html</link>
<pubDate>Fri, 15 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【12】</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">夜の仕事の中で、僕は変わっていった。&nbsp;</b></p><p>シリーズ「私が僕になるまで」第12回</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>気づいたら、この仕事が好きになっていた。</p><p>スタッフとして働き始めて、少し経った頃のことだ。最初は何もかも分からなくて、ただ言われたことをこなしていた。</p><p>でも慣れてくると、夜の店の空気が、不思議と心地よかった。</p><p>昼間の世界とは、別のルールがある場所だった。</p><p>ここでは、自分が何者かを説明しなくていい。最初からそういう存在として、この場所にいる。</p><p>それだけで、どれだけ楽かは、ここに来るまでの時間が長かった分だけ、よく分かった。</p><p>慣れてきた頃、系列店でも働くようになった。</p><p>裏方の仕事が終わった後、今度は自分が接客する側に立つ。同じ夜の時間を、別の役割で過ごす。</p><p>店を支えることと、自分がお客さんと向き合うことは、全然違う緊張感だった。でも、やってみると、これも面白かった。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>一緒に働く人たちは、プロだった。</p><p>お客さんを楽しませることへの真剣さが、仕事の端々に出ていた。舞台の上に立つような感覚で、毎晩その場所に立っていた。</p><p>それを近くで見ながら、僕も少しずつ、この仕事の輪郭が分かってきた。</p><p>「僕」という言葉が、自然に出るようになっていた。</p><p>この店に来てから、そうなっていった。意識したわけじゃなかった。ただ、ここでは僕は最初から「僕」だった。</p><p>その積み重ねが、外でも染み出してきた気がした。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">お客さんとの距離感</b></h3><p>系列店で接客をするようになってから、お客さんとの距離感が難しくなった。</p><p>裏方のときは表に出なかった。でも接客となると、毎晩お客さんと話す。常連さんとは顔見知りになる。</p><p>そういう積み重ねの中で、たまに妙な空気になることがあった。</p><p>好意を向けられることが、何度かあった。</p><p>最初は意味が分からなかった。自分のことを知った上で来ているお客さんのはずなのに、なぜ——と思った。</p><p>でも、先輩に話すと笑われた。「そういうもんやで」と言われた。</p><p>この世界では、それも普通のことらしかった。</p><p>どう対応するか、正直最初は戸惑った。好意を受け取ることも、断ることも、どちらも経験した。</p><p>うまくかわすことを覚えたのも、この頃だった。仕事の中で、人との距離感というものを、体で覚えていった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">一緒に働く人に、恋をした</b></h3><p>もっと困ったことがあった。</p><p>一緒に働く人のひとりに、恋をした。</p><p>自分の在り方は分かっていた。でも、好きになった相手は、自分とは違う方向で自分らしく生きてきた人だった。</p><p>好きになってから、少し混乱した。</p><p>自分の好きになる人って、どういう人なんだろう、と改めて考えた。性別でくくれない何かが、そこにあった。</p><p>その人のことが好きだった。それだけだった。でも、それを整理する言葉を、そのとき僕はまだうまく持っていなかった。</p><p>結局、何も言わなかった。</p><p>毎晩同じ店で働いていた。プロとして尊敬していた。仕事を教えてもらっていた。それで十分だと思うことにした。</p><p>でも、あの頃のことは今でも覚えている。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">夜が、僕を作っていった</b></h3><p>夜の仕事は長い。</p><p>閉店後、片付けをしながら、一緒に働く人たちと話すことがあった。それぞれの話を聞いた。</p><p>自分が何者かと向き合ってきた人たちの話は、重さがあった。</p><p>笑いながら話しているのに、その裏に長い時間があることが分かった。</p><p>僕も、そういう時間を生きてきた。</p><p>でも、この場所に来るまで、それを誰かに話せる場所がなかった。</p><p>グラウンドにいるときは、ソフトボールが言葉の代わりだった。</p><p>実業団で同じ景色を持つ仲間ができて、初めて話せるようになった。</p><p>そして今、毎晩一緒に働くこの人たちの中で、僕は当たり前のように「僕」でいられた。</p><p>少しずつ、何かが変わっていった。</p><p>外見が変わった。声が変わった。一人称が変わった。でも、それより深いところで、何かが変わっていた。</p><p>自分が何者かということへの、向き合い方が変わっていた気がした。以前は「これが自分だ」と証明しようとしていた。</p><p>今は、証明しなくていい気がしていた。ただ、そうだった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b style="font-weight:bold;">名前のこと、また考えた</b></h3><p>この頃、名前のことを改めて考えるようになった。</p><p>治療を続けて、手術をして、体が変わった。「僕」という一人称が自然になった。</p><p>でも、書類の上ではまだ変わっていなかった。名前も、性別の欄も、以前のままだった。</p><p>日常生活の中で、身分証が必要になることがあった。</p><p>そのたびに、少しだけ止まる瞬間があった。外の自分と、書類の上の自分が、まだ一致していなかった。</p><p>それが気になり始めていた。気になっていなかったわけじゃなかった。</p><p>ただ、この頃から、より具体的に考えるようになっていた。</p><p>次は、そこだ、と思っていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第13回は、系列店の店長になり、交流が広がり、そして恋した相手と付き合い、東京へ向かうまでのことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>【書き手より】夜の仕事の中で、僕はいろんなものを受け取りました。お客さんとの距離感、恋をすること、自分が何者かということ。教科書には載っていないことを、あの場所が教えてくれた気がします。ママさん、あの夜捕まえてくれてよかったです（笑）</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12966016899.html</link>
<pubDate>Thu, 14 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【11】</title>
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<![CDATA[ <p><b>マレフィセントに捕まった夜のこと。</b></p><p>&nbsp;シリーズ「私が僕になるまで」第11回</p><hr><p>&nbsp;</p><p>梅田の夜は、明るい。</p><p>繁華街を歩いていると、ネオンと人と声が混ざって、独特の空気がある。昼間とは違う顔の街。</p><p>大阪に来てから、そういう夜の空気が嫌いじゃなかった。</p><p>その夜も、遊んで帰るところだった。</p><p>遠くに、人が集まっているのが見えた。何だろうと思って目をやると、ひときわ目立つ人物がいた。</p><p>マレフィセントだった。</p><p>黒い衣装、高い頬骨、堂々とした立ち姿。お店のスタッフさんが、マレフィセントの格好でチラシを配っていた。</p><p>すごくきれいだった。目が離せなかった。かっこいい、と思った。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>見惚れていたら、こちらに気づかれた。</p><p>目が合った。マレフィセントが、こちらに歩いてきた。逃げる間もなかった。</p><p>「あんた、同じ側でしょ？うちの店はスタッフに同じ側の子が多いから、面接に来なさい」</p><p>それが、僕の夜の仕事人生の始まりだった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b>見抜かれた、という感覚</b></h3><p>その場で、すぐには返事ができなかった。</p><p>街中で、初対面の人に、いきなり言われたのは初めてだった。</p><p>驚いたというより、見抜かれた感じがした。</p><p>声が変わって、体も変わってきた。外見は男性に近づいていた。それでも、この人には一瞬で分かった。</p><p>同じ世界を生きてきた人の目は、違うんだと思った。</p><p>チラシと名刺を受け取って、その場を後にした。何も言えなかった。声が出なかった。</p><p>ただ、名刺だけをしっかり握っていた。</p><p>帰宅してから、名刺に書いてある店名を調べた。</p><p>どんな店なのか、スマホで調べながら、あの堂々とした立ち姿を思い出していた。かっこいい人だった。</p><p>ああいう場所があるんだ、と思った。</p><p>ただ、すぐには踏み切れなかった。</p><p>当時はキッチンスタッフとして飲食店で働いていた。夜の仕事は全く別の世界だった。</p><p>自分に向いているのか、やっていけるのか、分からなかった。名刺は持っていた。でも、電話する気持ちにはなれなかった。</p><p>半年が過ぎた頃、電話をかけた。</p><p>なぜそのタイミングだったのか、はっきりとは分からない。ただ、あの夜のことが頭から離れなかった。</p><p>名刺を捨てられなかった。それだけのことだったと思う。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b>面接の日</b></h3><p>数日後、面接に行った。</p><p>店は、自分の性別と向き合いながら生きてきた人たちが働く場所だった。スタッフとして店を支える側にも、同じ背景を持つ人が多いと、あのマレフィセントさんが言っていた通りだった。</p><p>面接では、自分のことを最初から話した。隠す必要がなかった。むしろ、それが前提の場所だった。</p><p>生まれて初めて、話す前から自分のことを説明しなくていい面接だった。</p><p>「そうなんだね、じゃあ入ってもらうから」という話が、あっさりと進んだ。あっさりしすぎていて、少し笑えた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b>スタッフとして働く、ということ</b></h3><p>働き始めると、その世界の独特さがすぐに分かった。</p><p>一緒に働く人たちは、みんな自分の世界を持っていた。きれいで、強くて、プロだった。</p><p>お客さんをもてなすことへの真剣さが、あの夜のマレフィセントさんの立ち姿にそのまま出ていた。</p><p>スタッフの仕事は、店の運営を支える仕事だった。お客さんの案内、ドリンクの管理、ホステスさんたちのサポート。</p><p>表に出る人の後ろで、店全体を動かす役割だった。</p><p>その場所にいることは、不思議と自然だった。</p><p>一緒に働く人たちは、自分の性別と向き合ってきた人たちだった。僕が何者かを、説明しなくても分かってもらえた。</p><p>「あんた、しっかりしてるね」と言われたとき、どこか、きっくんと呼ばれていた頃に戻ったような気がした。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b>この場所には、別のルールがあった</b></h3><p>世間では、まだ「気持ち悪い」と言われることがある世界だった。</p><p>でも、この店の中では違った。</p><p>それぞれが自分の在り方でその場所にいた。誰かが誰かを否定する必要が、ここにはなかった。</p><p>「気持ち悪い」と言われた夜のことを、ふと思い出した。あの夜、横になって天井を見ていた。</p><p>正しいのは自分だと分かっていても、傷は傷だった。でも今、自分がそのままでいられる場所で働いている。</p><p>揺らがなかった方向の先に、こういう場所があった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3><b>ママさんのこと</b></h3><p>働き始めてから、あの夜チラシを配っていた人と話す機会が増えた。</p><p>その人は、店のママさんだった。あの夜、梅田の街でマレフィセントの格好で堂々と立っていた人が、この店を作った人だった。</p><p>話しているうちに、出身地の話になった。</p><p>「北九州やねん」とママさんが言った。</p><p>「え、僕も北九州です」と言ったら、ママさんが笑った。</p><p>同じ福岡県北九州市の出身だった。梅田の夜に捕まって、働き始めたら同郷だった。</p><p>世界は狭い。というか、北九州が狭い（笑）。</p><p>なぜあの夜、僕だと分かったのか、聞いたことがある。</p><p>「雰囲気よ、雰囲気。同じ匂いがするの」</p><p>そう言って、笑っていた。</p><p>かっこいい人だと思った。あの夜、梅田の街でマレフィセントの格好で堂々と立っていた姿そのままに、ママさんは自分の世界を生きていた。</p><p>僕もそうなりたい、と思った。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第12回は、夜の仕事での日々と、変化していく自分のことを書きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12966016670.html</link>
<pubDate>Wed, 13 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【10】</title>
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<![CDATA[ <p>「気持ち悪い」と言われた日のこと。</p><p>&nbsp;</p><p>シリーズ「私が僕になるまで」第10回</p><hr><p>新しい恋人ができた。</p><p>手術も終わって、体が少しずつ自分のものになってきていた頃だった。治療で声も変わって、見た目も変わってきていた。</p><p>そういうタイミングで、大切な人ができた。</p><p>その人の親は、高校時代からの私を知っていた。友人として、ずっと見てきた人だった。</p><p>自分のことも、付き合っていることも、何も知らない状態で、私のことを「あの頃の私」として知っていた。</p><p>付き合い始めて、しばらく経ったころ、その親に会うことになった。</p><p>緊張はしていた。高校時代から知っている人に、変わった自分を見せることになる。どう受け取られるか、正直分からなかった。</p><hr><p>&nbsp;</p><p>その親に、直接言われた。</p><p>「気持ち悪い」</p><p>笑顔じゃなかった。はっきりした声だった。その場で、私に向けて言われた言葉だった。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらく、何も言えなかった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>その言葉の形</h3><p>「気持ち悪い」という言葉は、短い。</p><p>六文字だ。でも、その六文字がどういう重さを持つか、受け取った側にしか分からない。</p><p>しかも、高校時代からの私を知っている人の口から出た言葉だった。</p><p>悪意があったのか、突然変わった私への混乱からきた言葉だったのか、今でもよく分からない。</p><p>ただ、その場で、私に向けて、はっきりと言われた。</p><p>その場をどう切り抜けたか、正直あまり覚えていない。何かを言ったかもしれないし、言えなかったかもしれない。</p><p>ただ、その場が終わって、ひとりになってから、じわじわと来た。</p><p>怒りなのか、悲しみなのか、うまく分類できない何かが、静かに積み重なった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>恋人は、何も言わなかった</h3><p>その場に、恋人もいた。</p><p>何も言わなかった。親の言葉を止めることも、フォローすることも、しなかった。</p><p>後から二人で話したとき、どういう会話になったか、もう細かくは覚えていない。</p><p>ただ、あの場で何も言われなかったことだけは、残った。</p><p>親に言われた言葉より、恋人が何も言わなかったことの方が、長く残ったかもしれない。</p><p>信頼している人に、守ってもらえなかった、という感覚だった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>別れた。しかも浮気で（笑）</h3><p>しばらくして、別れることになった。</p><p>理由は、浮気だった。</p><p>「気持ち悪い」と言われて、何も言ってもらえなかった。その上、浮気だった。</p><p>踏んだり蹴ったりとは、このことだと思った。</p><p>笑えるかというと、そのときは笑えなかった。でも今は笑える。</p><p>あの一連の出来事を時系列で並べると、なかなかひどい話だ。親に気持ち悪いと言われて、守ってもらえなくて、浮気で別れた。全部まとめて引き受けた期間だった。</p><p>笑えるようになるまでに、少し時間がかかった。</p><hr><h3>「気持ち悪い」の意味</h3><p>あの言葉を、今でもたまに思い出すことがある。</p><p>傷ついた。それは本当のことだ。自分が何者かを知った上で、直接そう言われた。</p><p>体が変わって、少しずつ自分のものになってきていた時期に、その言葉を受け取った。</p><p>でも、あの言葉が正しいとは思わなかった。そのときも、今も。</p><p>「気持ち悪い」と言われたことで、自分のことを「気持ち悪い」とは思わなかった。傷ついたけれど、揺らがなかった。</p><p>そこだけは、はっきりしていた。</p><p>治療を重ねて、体が変わって、手術をして、少しずつ「これが自分だ」という感覚を積み重ねてきた。</p><p>その積み重ねが、あの言葉に揺らがない何かを作ってくれていたと思う。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>それでも、傷は残る</h3><p>揺らがなかった、と書いた。でも、傷つかなかったわけじゃない。</p><p>その夜、ひとりで静かにしていた。怒りを誰かにぶつけるわけでもなく、泣くわけでもなく、ただ静かにしていた。</p><p>継母に電話しようかと思ったけど、その夜はしなかった。うまく話せる気がしなかった。</p><p>ただ、横になって、天井を見ていた。</p><p>あの親が間違っている、と思っていた。でもその正しさは、その夜の傷を消してくれるわけじゃなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>正しくても、傷は傷だった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>前を向いた、ということ</h3><p>しばらく経って、また歩き始めた。</p><p>大げさな何かがあったわけじゃない。ただ、日々が続いて、少しずつあの夜が遠くなっていった。</p><p>別れた後、浮気だったと分かったとき、正直「なんだそれ」と思った。でもそれで、逆にすっきりした部分もあった。</p><p>守ってもらえなかった人の浮気で別れた。それだけのことだった。悲しむ必要が、実はそんなになかったのかもしれない。</p><p>「気持ち悪い」と言われた経験は、消えない。でも、それで自分が変わる必要はなかった。</p><p>声が変わって、体が変わって、少しずつ自分になってきていた。その方向は、間違っていなかった。</p><p>あの言葉に向きを変えさせる理由は、どこにもなかった。</p><p>前を向く、というのはそういうことだと思っている。大きな気合いじゃなくて、ただ、方向を変えなかった。それだけだった。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第11回は、水商売をしていた頃のことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>【書き手より】「気持ち悪い」と言われた経験は、今でも覚えています。でも同じくらい、それで揺らがなかった自分のことも覚えています。あのとき積み重ねてきたものが、ちゃんと自分を支えてくれていた。そのことを、この記事に残しておきたかった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965838680.html</link>
<pubDate>Tue, 12 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【9】</title>
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<![CDATA[ <p>胸を、なくした日のこと。 シリーズ「私が僕になるまで」第9回</p><hr><p>&nbsp;</p><p>ソフトボールをやめたとき、決めていたことがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>競技を続けている間は、体に大きな変化を加えることができなかった。手術には回復期間がいる。</p><p>シーズン中には踏み切れない。だからずっと、「やめたらやろう」と決めていた。</p><p>実際に予約を入れたのは、治療を始めて半年ほど経ってからだった。</p><p>治療で体が少しずつ変わっていくのを実感して、その感覚を受け取ってから、踏み切る気持ちが固まっていった。</p><p>ソフトボールをやめたタイミングと、その気持ちが重なって、「今だ」と思った。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>仲間たちの間では、「オペ」と呼んでいた。</p><p>体の一部を取り除く手術だ。治療で体は少しずつ変わっていたけれど、完全にはならない。</p><p>ナベシャツなしで、平らな状態になる。それが手術でできる、ということを、実業団時代に仲間から教えてもらっていた。</p><p>教えてもらってから、病院を調べた。評判のいいところを仲間に聞いたり、自分でも調べたりした。</p><p>ずっと、したかった。</p><p>中学の夜から、こういう道があることは薄々感じていた。当時はどうすればいいか分からなかった。でも今は、調べれば分かる。聞ける仲間がいる。ただ待っていただけだった時間が、ここにつながっていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>手術の朝</h3><p>手術当日の朝は、緊張よりも「早く終わらせたい」という気持ちが強かった。</p><p>痛いのが嫌いだというのは、以前にも書いた。でも今回ばかりは、それより早く終わらせたいという気持ちが上回っていた。</p><p>ずっと待っていたのだ。ソフトボールをやめた日から、ずっとこの日を待っていた。</p><p>病院に着いて、処置の準備が始まった。</p><p>上半身だけの局所麻酔と、静脈麻酔での手術だった。完全に意識がなくなるわけじゃない。</p><p>うとうとしているような、でも眠ってはいないような、不思議な状態で手術が進んでいった。</p><p>途中、麻酔が切れかけたのか、ふと目が開いた。</p><p>医師と、目が合った。「あ」と思った。向こうも「あ」という顔をした気がした。</p><p>すぐにまた麻酔が入って、意識が遠くなった。手術はそのまま続いた。</p><p>終わってから、医師に言われた。</p><p>「大阪で取った中で、一番大きかったですよ（笑）」</p><p>笑顔だった。こちらも笑うしかなかった。「そうですか」と答えた。</p><p>嫌だと思い続けて、ずっと見ないようにしていたのが、大阪記録を更新したらしい（笑）</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>めちゃくちゃ、痛かった</h3><p>麻酔が切れてきたころから、痛みが来た。</p><p>じわじわとではなく、じんじんと、はっきりと痛かった。思っていた以上だった。仲間から話は聞いていたし、覚悟はしていた。でも実際に体で受け取ると、「これは本当に痛い」と素直に思った。</p><p>それでも、日帰りだった。</p><p>入院じゃない。日帰りで、友人に迎えに来てもらって、帰る。そういうスケジュールだった。</p><p>友人が来てくれたとき、「大丈夫？」と聞いてくれた。「大丈夫じゃないけど帰る」と答えた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>首の後ろに、何かが刺さったまま</h3><p>帰宅してから改めて気になった。</p><p>首の後ろに、何かが刺さったままだった。万が一のとき、すぐに処置を追加できるようにするためのものらしかった。</p><p>医療的には必要なことだと分かっていた。でも、痛い。じっとしていても、動いても、とにかく首の後ろが気になった。</p><p>眠れなかった。</p><p>胸の痛みと、首の後ろの違和感と、ふたつ同時に抱えながら、夜を過ごした。</p><p>仰向けになれないから、横向きで、でも横向きも微妙で、結局どこにも落ち着けないまま、うとうとしたり目が覚めたりを繰り返した。</p><p>「日帰りってすごいな」と、朦朧としながら思っていた。</p><hr><h3>翌朝、鏡を見た</h3><p>朝になって、鏡の前に立った。</p><p>包帯が巻かれていたから、まだちゃんとは見えなかった。でも、形が違う。輪郭が違う。</p><p>ナベシャツをつけたときの平らさとも違う、もっと自然な平らさが、そこにあった。</p><p>痛みはまだあった。首の後ろもまだ気になった。</p><p>それでも、鏡の前でしばらく立っていた。</p><p>泣くかと思ったけど、泣かなかった。ただ、「やっとか」と思った。小学生のころから続いていた何かが、ここで一区切りついた気がした。着替えのたびに見ないようにしていたものが、もうここにない。その事実を、ゆっくり受け取っていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>痛みと、一緒に受け取った</h3><p>回復には時間がかかった。</p><p>しばらくは腕が上がらなかった。日常的な動作のひとつひとつに時間がかかって、不便だった。</p><p>治療のときとは違う種類の「体が変わっていく」だった。あのときは毎日じわじわと変わる楽しみがあった。</p><p>今回は、痛みと不便さの中で、少しずつ回復していく感じだった。</p><p>それでも嫌じゃなかった。</p><p>この痛みは、自分が選んだ結果だった。待って、決めて、動いた結果だった。ソフトボールをやめた日に手術をすることを決めて、ここまで来た。その道筋が、痛みの中にあった。</p><p>嫌な痛みじゃなかった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>ナベシャツが、いらなくなった日</h3><p>回復してから、ふと気づいた。</p><p>ナベシャツを出していない。</p><p>必要なかったから、出していなかった。それだけのことだった。でも、その「それだけのこと」が、じわっときた。</p><p>毎朝つけていたものが、もう必要ない。</p><p>実業団時代に初めて買って、鏡の前でいろんな角度から見たあの日から、ずっと使ってきたものが、役目を終えた。</p><p>捨てるかどうか、少し悩んだ。</p><p>結局、しばらくそのままにしておいた。あの日の自分のことを、急いで手放す必要はないと思ったから。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第10回は、大切な人の親に理解されなかった日のことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>【書き手より】日帰りで、首に針が刺さったまま、眠れない夜を過ごしました。今となっては笑える話ですが、あの夜は本当にしんどかった（笑）。でも翌朝鏡を見たとき、それが全部どうでもよくなりました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965487713.html</link>
<pubDate>Mon, 11 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【8】</title>
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<![CDATA[ <p>体が、変わっていった。 シリーズ「私が僕になるまで」第8回</p><hr><p>2回目の注射を打ちに行った。</p><p>1回目のときは「痛かったらどうしよう」という不安があった。でも終わってみると、なんてことはなかった。だから2回目は落ち着いていた。</p><p>処置が終わって、また空を見ながら帰った。</p><p>変化がいつ来るのか、正直よく分からなかった。人によって違うと聞いていた。早い人もいれば、時間がかかる人もいる。だから焦らず待とうと思っていた。ただ、楽しみにしていた。</p><p>体が変わっていくことを、初めて楽しみに待てていた。</p><p>ある朝、声を出した。</p><p>「あれ」と思った。それだけだった。大げさな瞬間じゃなかった。ただ、いつもと少し違う音が出た。自分の喉から出てきた音が、少しだけ低かった。</p><p>始まった、と思った。</p><hr><h3>自分の声に、驚く</h3><p>声が変わり始めると、日によってムラがあった。</p><p>低い日もあれば、以前に近い日もある。朝イチの声がいちばん変化を感じやすかった。起き抜けに何か言うたびに、「今日はどうかな」と確認するような癖がついた。</p><p>ある日、笑ったときの声が、明らかに違った。自分で笑って、自分でびっくりした。こういうことが何度かあった。</p><p>慣れるまでのあいだ、自分の声が他人の声みたいで、少しおかしかった。でも嫌じゃなかった。むしろ、そのたびに「ちゃんと変わってる」という確認ができて、それが嬉しかった。</p><hr><h3>あるものが、止まった</h3><p>治療を続けていると、毎月のサイクルが止まることがある。</p><p>私の場合、2回目の処置のあとから来なくなった。最初は「また来るかもしれない」と思っていた。でも来なかった。そのまま来なくなった。</p><p>正直に言うと、これが一番大きかった。</p><p>声の変化は日々じわじわと来る。でもこちらは、ある日を境にはっきりと変わる。毎月必ずやってきていたものが、来なくなる。体の中で、大きな何かが変わった感じがした。</p><p>来なくなって初めて、ずっと負担だったんだと気づいた。</p><p>当たり前のようにあったものが消えたとき、その重さに初めて気づくことがある。なくなったことへの安堵の大きさで、それまでどれだけ消耗していたかが、逆に分かった。</p><hr><h3>体が、少しずつ変わっていく</h3><p>ナベシャツをつけて鏡を見た日のことを覚えている。</p><p>あの日、いろんな角度から自分を見た。嬉しかった。でも、外すと元に戻った。それが当たり前だった。</p><p>治療が進むと、外してもすこしずつ変わってきた。一気にではなかった。じわじわと、少しずつ。でも確実に変わっていた。</p><p>ナベシャツなしで鏡を見る時間が、少しずつ長くなっていった。以前は一秒で目をそらしていた鏡の前で、気づいたらぼんやり立っている時間が増えていた。</p><p>体が、自分に近づいてきている感じがした。</p><hr><h3>鏡の前にいる時間が変わった</h3><p>振り返ると、鏡との関係が少しずつ変わっていた。</p><p>小学生のころは、洗面台の前で一秒だけ見てすぐ目をそらしていた。高校のころは、なるべく見ないようにしていた。ナベシャツを初めて着た日は、嬉しくていろんな角度から見た。</p><p>そして治療を続けていくうちに、鏡の前に立つことが、普通のことになっていった。</p><p>確認するためでも、安心するためでも、嬉しいからでもなく、ただ普通に立っている。それだけのことが、ずっとできていなかった。それがいつの間にかできるようになっていた。</p><p>気づいたのは、ずいぶん後からだった。</p><hr><h3>においが、変わった</h3><p>ある日、気づいた。自分のにおいが、変わっていた。</p><p>汗のにおいが少し違う。こってり感というか——うまく言葉にしにくいけれど、以前とは明らかに違うにおいがした。驚いたかというと、そうでもなかった。仲間から「変わるよ」と聞いていたから。</p><p>でも、実際に自分のにおいで確認すると、「あ、本当に変わったんだな」という実感があった。</p><p>汗の質感も変わった。量が増えた気がするし、べたつき方も違う。これも驚きより先に、「なるほど、これか」という感じだった。不快というより、体が変わっている証拠として受け取っていた。嫌じゃなかった。</p><hr><h3>いらんとこの毛が増えていく（笑）</h3><p>これは笑った。</p><p>お腹とか、足とか、「別にここじゃなくてもよくない？」というところに、じわじわと毛が増えていった。仲間に「みんなそうなる？」と聞いたら、「なるなる（笑）」と返ってきた。そういうもんらしい。</p><p>嫌というより、おもしろかった。自分の体で起きていることなのに、どこか他人事みたいに観察している自分がいた。「今日はここに増えてる」と気づくたびに、笑えた。</p><p>こんなふうに自分の体の変化を笑いながら受け取れる日が来るとは、思っていなかった。</p><p>体が変わることを、ずっと怖いと思っていた時期があった。思春期のころ、体が変わっていくことが憂鬱だった。それがいまは、変わるたびに「おもしろい」と思えている。同じ体の変化なのに、向きが違うだけで、こんなに違う。</p><hr><h3>変わることが、怖くなかった</h3><p>治療を続けながら、少しずつ実感していったことがある。</p><p>体が変わることは、怖くない。</p><p>以前は体の変化が自分から遠ざかっていくようだった。今は体が自分に近づいてくる感じがした。声が変わるたびに、サイクルが止まったと気づくたびに、体の輪郭が変わるたびに、においが違うと思うたびに——全部が、「ここにいていい」という確認だった。</p><p>小さくても、確実に、自分の体になっていく。</p><p>その感覚を、言葉にするのが難しい。ただ、毎日少しずつ、そういう感じがあった。</p><hr><p>次回「私が僕になるまで」第9回は、体の形が大きく変わった日のことを書きます。</p><hr><p>【書き手より】変化のひとつひとつが、証拠みたいでした。声が低くなるたびに、「ちゃんと進んでいる」と思えた。いらんとこの毛が増えるたびに笑えたのは、あの頃の自分が一番想像していなかったことだと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965487478.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【7】</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><b>シリーズ「私が僕になるまで」第7回</b></p><p dir="ltr"><br><b>20歳の誕生日に、自分へのプレゼントをした。</b></p><p dir="ltr"><br><b>20歳の誕生日の過ごし方は、人それぞれだと思う。友達と集まる人もいる。家族でごはんを食べる人もいる。</b></p><p dir="ltr"><b>ケーキを買って、ひとりで静かに過ごす人もいる。私は、病院に行くことにした。<br>自分へのプレゼントとして、身体の治療をスタートする日に決めていた。</b></p><p dir="ltr"><b>誕生日じゃないといけない理由は、特になかった。ただ、この日にしたかった。</b></p><p dir="ltr"><b>20年間待ったんだから、この日にしよう、と思っていた。<br>病院の待合室で、順番を待った。緊張していたかというと、そうでもなかった。</b></p><p dir="ltr"><b>ただ、ひとつだけ気になっていることがあった。痛いのが、苦手だ。特別な怖さ、というわけではない。</b></p><p dir="ltr"><b>ただ単純に、痛みが苦手なだけだ。どのくらいの痛みがあるんだろう、という不安だけが、待合室でじわじわとあった。<br>ずっと待っていたのに、最後の最後で「痛かったらどうしよう」と思っている自分が少しおかしかった。</b></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><b>名前を呼ばれて、診察室に入った。<br><br>「２つともおめでとうございます」</b></p><p dir="ltr"><br><b>処置が終わって、看護師さんが言った。「お誕生日と、今日のスタート、２つともおめでとうございます！」笑顔だった。</b></p><p dir="ltr"><b>明るい声だった。<br>嬉しかった。単純に、嬉しかった。誕生日のおめでとうと、新しいスタートへのおめでとうを、同じ温度で言ってもらえた。</b></p><p dir="ltr"><b>どちらが主役でもなく、どちらもちゃんとお祝いしてもらえた。その感じが、今も忘れられない。<br>病院を出て、少しだけ空を見た。特に何かを考えていたわけじゃない。ただ、いい天気だな、と思った。<br><br>20年かかった、ということ</b></p><p dir="ltr"><br><b>20歳になった日に、自分の身体に向けた第一歩を踏み出した。それだけのことだけど、私の中ではかなり大きな日だった。<br>小学生のころ、「きっくん」と呼ばれながら幼馴染と外を走り回っていた。</b></p><p dir="ltr"><b>中学で「きっくん」を呼ぶ人がいなくなって、出席簿の名前で呼ばれる毎日が始まった。</b></p><p dir="ltr"><b>高校でスカートを履くたびに少しだけ気持ちが沈んで、自分の体が嫌だと思いながら着替えのたびに見ないようにしていた。</b></p><p dir="ltr"><b>実業団でナベシャツを知って、鏡の前でいろんな角度から自分を見た日があった。<br>全部、この日につながっていた。遠回りしたとは思わない。でも、長かった。</b></p><p dir="ltr"><b>中学のあの夜に「じゃあどうすればいいか」が分からなかった自分から、ここまで来るのに、何年もかかった。20年。</b></p><p dir="ltr"><b>長いといえば長い。でも、来れた。<br><br>体が変わっていく、ということ</b></p><p dir="ltr"><br><b>ケアを続けていくと、少しずつ体が変わっていく。声のトーンが変わる。体つきが変わる。肌の質感が変わる。</b></p><p dir="ltr"><b>変化のスピードは人によって違うけれど、少しずつ、確実に変わっていく。<br>それが怖いかというと、全然そうじゃなかった。むしろ、楽しみだった。</b></p><p dir="ltr"><b>変わっていく自分を、初めて楽しみに待てる感覚があった。</b></p><p dir="ltr"><b>思春期のころ、体が変わっていくことが怖くて憂鬱だったあの感覚と、真逆だった。</b></p><p dir="ltr"><b>あのころは体の変化が自分から遠ざかっていくようだった。今は、体が自分に近づいてくる感じがした。<br><br>声が変わる前に、話しておいてよかった</b></p><p dir="ltr"><br><b>継母に先に話しておいてよかった、とあらためて思った。</b></p><p dir="ltr"><b>声が変わり始めたとき、「あ、変わってきたね」と気づいてもらえる人がいる。説明しなくていい。驚かせなくていい。</b></p><p dir="ltr"><b>変わっていく自分を、最初から知っていてもらっている人がいる。それがどれだけ楽か、歩み始めてから実感した。</b></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><b>変化は、ひとりで抱えなくていいものだった。<br><br>誕生日が、もっと好きになった</b></p><p dir="ltr"><br><b>誕生日は、もともと好きだった。少しずつ大人になれている気がするから。</b></p><p dir="ltr"><b>年齢を重ねるたびに、できることが増えていく感じがして、誕生日が来るたびに前より少し先に進めた気がした。<br>その誕生日が、20歳でまた違う意味を持った。</b></p><p dir="ltr"><b>看護師さんに「２つともおめでとうございます」と言われた日から、この日が特別な記念日になった。</b></p><p dir="ltr"><b>大人になる日であり、自分の体に向かって動き出した日でもある。</b></p><p dir="ltr"><b>毎年この日が来るたびに、あの病院の帰り道に見た空を思い出す。</b></p><p dir="ltr"><b>特に何も考えていなかったけど、いい天気だったあの日のことを。<br><br>次回「私が僕になるまで」第8回は、体が変わり始めた頃のことを書きます。<br>【書き手より】看護師さんのあの言葉は、今でも覚えています。「２つともおめでとうございます」——その一言が、あの日の全部を包んでくれた気がしました。自分の誕生日を、自分で祝える日が来るとは、中学のころは思っていなかったです。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965384521.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【6】</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">大阪に行って、騙されて、それでも前に進んだ話。</b></p><p>&nbsp;</p><p>シリーズ「私が僕になるまで」第6回</p><hr><p>&nbsp;</p><p>実業団を、半年でやめた。</p><p>長く続けてきたソフトボールを手放すことが、どういうことか——正直、やめてみるまでよく分からなかった。</p><p>グローブを置いた日は、思ったより静かだった。大きな決断のはずなのに、拍子抜けするほど普通の一日だった。</p><p>体のことを進めるために、動き出す必要があった。それだけだった。</p><p>行き先は、大阪だった。親戚が仕事を紹介してくれるという話があって、住む場所も用意してくれるということだった。</p><p>わに革の財布やカバンを作る仕事らしかった。よく分からなかったけれど、とりあえず行くことにした。</p><p>これが、のちに「完全に騙された」と笑えるようになる話の始まりである。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>週6・8時間・月4万円</h3><p>大阪に着いて、親戚の家に住み始めた。</p><p>仕事はわに革の財布やカバンを作る工房だった。手仕事で、覚えることも多かった。</p><p>週6日、毎日8時間みっちり働いた。</p><p>最初の給料日、金額を聞いて一瞬止まった。</p><p>4万円だった。</p><p>週6で8時間。計算が合わない。いや、どう計算しても合わない。</p><p>でもそのとき私はまだ「こういうもんなのかな」と思っていた。世間知らずにもほどがある。</p><p>さらに聞かされたのが、家賃5万円という話だった。</p><p>給料4万円で、家賃5万円。</p><p>……赤字だ。</p><p>当然のように夜もバイトを始めた。昼は工房で革を縫って、夜はバイトで働く。</p><p>寝る時間を削りながら、なんとか生活していた。</p><p>今思えばおかしいと即気づくべき状況なのだが、そのときの私は「大阪で頑張っている」くらいの気持ちでいた。</p><p>若さとは恐ろしい。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>IHと25万円のローン</h3><p>転機は、IHだった。</p><p>台所にあったIHが、壊れた。私が使っていたのは事実だ。でも、もともと古かったし、普通に使っていただけだった。</p><p>「弁償しろ」と言われた。</p><p>金額は、25万円だった。</p><p>IHが25万円。新品でもそんなにしない。でも当時の私には交渉する知識も、断る勢いもなかった。</p><p>気づいたらローンを組まされていた。25万円のローンを。IHのために。</p><p>後から調べたら、そのIHは型落ちの中古品だった。</p><p>完全に騙された。</p><p>これを今笑って書けるのは、あのとき電話できる人がいたからだと思っている。</p><p>&nbsp;</p><hr><p></p><h3>よく、電話していた</h3><p>親戚の家では、色々と制約があった。大切な人と会うにも制限があって、日々のストレスは積み重なっていた。</p><p>そういうとき、よく電話していたのが継母だった。</p><p>血はつながっていないけれど、私にとってちゃんと家族だった。実の親だと思っている。</p><p>愚痴を聞いてくれて、「それはおかしい」とちゃんと言ってくれる人だった。IHの話も、バイトの話も、全部聞いてもらった。</p><p>「それ、完全に騙されてるよ」</p><p>そう言ってくれたのも、継母だった。ようやく現実が見えてきた気がした。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>電話口での告白</h3><p>体に関する治療を始めたかった。</p><p>始めると、声が変わる。低くなる。それは避けられない変化だった。</p><p>電話で継母と話しているうちに、声が変わったことに気づかれる日が来る。それなら、先に話しておきたかった。</p><p>ある夜の電話で、話すことにした。</p><p>前置きをどうしようか考えていたけれど、結局あまり前置きはしなかった。</p><p>「話したいことがある」と言って、自分のこと、これから体が変わっていくかもしれないこと——順番に話した。</p><p>電話口は、少しの間静かになった。</p><p>「ちょっとよく分からないから、調べてみる！」</p><p>それが最初の言葉だった。</p><p>思わず笑ってしまった。否定でも、混乱でもなく、調べてみる。その返し方が、継母らしかった。</p><p>「はるな愛さんの逆バージョンだよ」と説明した。女性として生まれたけど、男性として生きていきたい、という意味で。</p><p>「あ、なるほど！」</p><p>電話口の声が、少し明るくなった気がした。</p><p>父には、継母から伝えてもらった。驚いた様子だったらしい。</p><p>でも、その後ふたりで色々と調べてくれたと、後から聞いた。否定するためじゃなく、理解するために、ふたりで調べてくれた。</p><p>その話を聞いたとき、少しだけ泣きそうになった。でも泣かなかった。ただ、よかった、と思った。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>声が変わる前に、話せてよかった</h3><p>電話を切って、しばらくそのまま座っていた。</p><p>怖かったのかもしれない。でも終わってみると、思ったよりずっと静かな夜だった。否定されなかった。変な空気にもならなかった。ただ、「そうなんだね」と受け取ってもらえた。</p><p>声が変わる前に、話せてよかった、と思った。</p><p>変わっていく自分を、変わる前から知っていてもらえる。それがどういうことか、そのときはまだよく分からなかった。でも、話してよかったということだけは、はっきり分かった。</p><p>大阪に来て、騙されて、バイトをかけ持ちして、25万円のローンを組まされた。それでも、この時期に継母に話せたことは、あとから振り返ると大きな一歩だったと思っている。</p><p>場所も、お金も、うまくいっていなかった。でも、ひとつだけ、前に進んでいた。</p><hr><p>次回「私が僕になるまで」第7回は、体の変化に向き合い始めた日のことを書きます。</p><hr><p>【書き手より】騙された話は今では笑えます。あのIHのローン、本当に意味がわからなかった（笑）。でもあの時期に継母に話せたことは、笑えない大事なことでした。血がつながっていなくても、「そうなんだね」と言ってくれる人がそばにいることの大きさを、あの夜の電話で知りました。</p><hr><p>シリーズ「私が僕になるまで」 第1回：みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。 第2回：その言葉に出会った夜のこと。 第3回：彼女ができた。でも、誰にも言えなかった。 第4回：国体の夏と、初めて「仲間」に出会った場所。 第5回：体を、自分のものにしていく話。 第6回：大阪に行って、騙されて、それでも前に進んだ話。（本記事） 第7回：体の変化に向き合い始めた日のこと。（近日公開）</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965264401.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【5】</title>
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<![CDATA[ <p>体を、自分のものにしていく話。 シリーズ「私が僕になるまで」第5回</p><hr><p>&nbsp;</p><p>実業団に入って、同じ景色を持つ仲間ができた。</p><p>グラウンドの外でも連絡を取るようになって、ごはんを食べに行くようになって、少しずつ話せることが増えていった。</p><p>自分のことを話しても、変な顔をされない。「分かる」と言ってもらえる。そういう場所が、初めてできた。</p><p>そのコミュニティの中で、初めて聞く言葉があった。</p><p>「ナベシャツ、使ってる？」</p><p>知らなかった。聞き返すと、胸を平らに見せるためのタンクトップのようなものだと教えてくれた。</p><p>その言葉を聞いた瞬間、何かがほどけた。</p><p>胸のことが気になり続けて、何年も経っていた。気になれば気になるほど、なるべく見ないようにして、</p><p>着替えのたびに少しだけ気持ちが沈んでいた。</p><p>どうにかしたいとずっと思っていたのに、「どうにかする方法がある」とは、考えたことがなかった。</p><p>ちゃんと方法があった。</p><p>それだけで、何かが変わった気がした。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>初めて、鏡をちゃんと見た</h3><p>ナベシャツを買った。</p><p>届いた日、着替えて鏡の前に立った。</p><p>胸が、平らだった。</p><p>嬉しかった。それだけだった。正面から見て、横から見て、また正面に戻って。</p><p>久しぶりに、鏡の前でしばらく過ごした。大げさなことは何もなかった。</p><p>ただ、いろんな角度から自分を見て、「いいじゃん」と思った。</p><p>小学生のころ、洗面台の前で一秒だけ見てすぐ目をそらしていた。</p><p>その自分が、鏡の前でこんなに時間を使う日が来るとは思っていなかった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>知らなかった選択肢たち</h3><p>仲間たちから、少しずつ情報を教えてもらうようになった。</p><p>医療的なサポートのこと。専門のクリニックで相談できること。体の変化に関わる治療や処置があること。</p><p>受けている人と受けていない人がいて、それぞれの理由があること。</p><p>体に関する手術のこと。ナベシャツとは違って、永続的に変わること。</p><p>踏み切った人の話、まだ迷っている人の話。</p><p>ひとつひとつが、中学の夜に「じゃあどうすればいいか分からなかった」あの問いへの答えだった。</p><p>あの夜、手詰まりのまま画面を閉じた自分に、教えてあげたかった。方法は、ある。選択肢は、ある。</p><p>全部をすぐに決める必要はなかった。ただ、「知っている」ことと「知らない」ことは、全然違った。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>知ることと、できることの間に</h3><p>情報を知ったからといって、すぐに動けるわけじゃなかった。</p><p>大きな壁があった。ソフトボールで就職している、ということだ。</p><p>体に関わる治療や手術には、回復期間が必要になる。体力や体つきへの影響が出る可能性もある。</p><p>競技を続けながら、どこまでできるのか。そもそも、できるのか。</p><p>仲間に聞いても、答えは人それぞれだった。競技を優先して後回しにしている人もいれば、</p><p>体を優先してソフトボールを離れた人もいた。どちらが正解かなんて、誰にも分からなかった。</p><p>ソフトボールをやめるか、という問いが、頭の中に浮かんだ。</p><p>小学生のころからずっと続けてきた。特待生で高校に入って、国体に出て、実業団に入った。</p><p>ソフトボールは、私の中で一番長く続いているものだった。グラウンドにいる間だけ、余計なことを考えなくてよかった。</p><p>その場所を手放すことが、どういうことなのか、うまく想像できなかった。</p><p>でも、このまま体のことを後回しにし続けることも、少しずつしんどくなってきていた。</p><p>ナベシャツをつけて練習に出た。体が、少し軽かった。グローブをはめて、グラウンドに立つ。その感覚は好きだった。</p><p>今も好きだった。だからこそ、答えが出なかった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>中学の夜の自分へ</h3><p>あの夜、暗い部屋で画面を見ていた自分のことを、たまに思い出す。</p><p>「向きが違う」という感覚だけを持て余して、次に何をすればいいか分からなくて、履歴を消して布団に戻った夜。</p><p>あの頃の私には、選択肢が見えていなかった。</p><p>でも今は、見えている。</p><p>全部を選ぶ必要はない。全部を急ぐ必要もない。ただ、「自分の体を自分のものにしていく」という方向が、</p><p>ぼんやりと見えてきた。それだけで、朝が来るたびに少しだけ違う気がした。</p><p>鏡の前に立つのが、怖くなくなってきた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>動き出した、ということ</h3><p>動き出す、というのは大きなことじゃなかった。</p><p>ナベシャツを一枚買うことだった。仲間に「どうやって相談先を探したの？」と聞くことだった。</p><p>まだ先のことだけど、選択肢として頭に入れておくことだった。</p><p>そういう小さなことが、積み重なっていった。</p><p>中学のあの夜から、何年もかかった。でも、動き出せた。</p><p>それだけで、十分だった。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第6回は、家族に話した日のことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>【書き手より】ナベシャツという選択肢を教えてくれた仲間がいなければ、動き出すのはもっと遅かったと思います。</p><p>「知っている人」がそばにいることの大きさを、あの頃に教えてもらいました。</p><p>同じように「方法が分からない」と感じている人に、この記事が届いたらうれしいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965261797.html</link>
<pubDate>Thu, 07 May 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。【4】</title>
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<![CDATA[ <p>国体の夏と、初めて「仲間」に出会った場所。</p><p>&nbsp;シリーズ「私が僕になるまで」第4回</p><hr><p>&nbsp;</p><p>高校最後の夏、国体の選手に選ばれた。</p><p>選ばれることは、正直、想定していた。県内ではトップ選手という自負があった。</p><p>だから通知を受け取ったとき、驚きはなかった。それより、「また遠くまで行くことになる」という感覚の方が先に来た。</p><p>それだけ、あの頃の私はソフトボールの中にいた。</p><p>グラウンドにいる間だけ、余計なことを考えなくてよかった。だから、遠征も試合も、ただそこに向かっていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>国体の会場で、はじめて他府県の選手たちと同じグラウンドに立った。</p><p>全国から選ばれた選手たちが、同じグラウンドに集まっていた。</p><p>同じグローブをはめて、同じ目的でここにいる。名前も知らない。学校も違う。</p><p>でも、ここにいる理由は同じだった。それだけで、不思議と少し楽だった。</p><p>試合が終わると、選手たちが入り混じって話すことがあった。</p><p>短い時間だった。でも、その中に、なんとなく気が合う子がいた。</p><p>同じチームではない。また会えるかどうかも分からない。それでも、その子と話しているとき、あの「薄い膜」がなかった。</p><p>なぜかは、その場では分からなかった。</p><p>ただ、帰りの電車の中で、ふと思った。あの子も、もしかしたら——と。</p><p>&nbsp;</p><p>答えを確かめる方法はなかった。</p><p>でも、その「もしかしたら」が、何かをほどき始めた気がした。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>実業団という、新しい場所</h3><p>高校を卒業して、実業団のチームに入った。</p><p>環境がまた、まるごと変わった。学校ではなく、仕事としてソフトボールをする場所。</p><p>年齢もバラバラで、社会人としての先輩たちがいた。高校までとは空気が違った。</p><p>最初は緊張していた。</p><p>ここでもまた、本名で呼ばれる日々が始まった。「きっくん」を知っている人は、ここにも誰もいない。</p><p>新しい場所に入るたびに、ゼロから始まる感覚があった。自分のことを、どこまで見せていいか分からない。</p><p>いつもの「少し遠い」感覚を抱えたまま、練習に出た。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>「あれ、この人もしかして」</h3><p>チームに慣れてきた頃、気づいたことがあった。</p><p>同じチームの中に、なんとなく「似ている」と感じる人がいた。</p><p>外見ではなく、雰囲気というか、何かの感じ方が近いような気がした。うまく説明できなかった。</p><p>ただ、その人といるとき、いつもより少しだけ楽だった。</p><p>「あれ、この人もしかして」と思った。</p><p>でも、確かめる勇気はなかった。自分のことをまだ誰にも話していないのに、相手のことを聞くのはおかしい気がした。</p><p>だから、ただ一緒に練習して、笑って、それだけで過ごしていた。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>初めて、声に出せた日</h3><p>ある日の練習後、ふたりで残って片付けをしていたとき、その人がふと聞いてきた。</p><p>「好きな人、いるの？」</p><p>一瞬、止まった。いつもの、あの一瞬だ。返事を選ぼうとした。でも、その人の聞き方が、これまでと少し違った。探るような、試すような——そういう感じがあった。</p><p>「います」</p><p>声に出したのは、そのときが初めてだった。</p><p>大切な人の存在を、初めて外に出せた日。その人は特に驚いた様子もなく、「そっか」とだけ言った。</p><p>それから少し間があって、自分も同じ側にいるということを、静かに話してくれた。</p><p>私は、しばらく黙っていた。</p><p>驚いたわけじゃなかった。やっぱり、と思った。でも、それより先に、胸の中で何かが大きく動いた。</p><p>この人は、自分と同じ景色を見ていた。あの「少し遠い感じ」を、同じように抱えてきた人だった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>コミュニティが、広がっていった</h3><p>その日から、少しずつ変わった。</p><p>同じチームの中にも、もうひとりいると分かった。</p><p>対戦する他チームの選手と話すうちに、同じ景色を持つ人だと分かる人が出てきた。また別の試合で、また別の人と。</p><p>気づけば、ソフトボールのコミュニティの中に、同じ景色を持つ人たちのつながりができていた。</p><p>ひとりじゃなかった。</p><p>ずっとそう思いたかったけれど、証明できなかったことが、少しずつ形になっていった。</p><p>グラウンドの外でも連絡を取るようになった。自分のことを話せる場所が、少しずつ増えていった。</p><p>「私だけがこう感じている」という感覚が、少しずつほどけていった。</p><p>グラウンドで笑い声が響く。</p><p>その笑い声が、ちゃんと近くから聞こえた。</p><p>小学生のころ、幼馴染のふたりと外を走り回っていたあの感じ。</p><p>「きっくん」と呼ばれていたあの頃の笑い声と、同じ距離でまた笑えた。</p><p>&nbsp;</p><p>ずっと遠くから聞こえていたものが、ここではちゃんと近くにあった。</p><p>&nbsp;</p><hr><h3>遠さの、意味が変わった日</h3><p>あの頃からずっと、笑い声が少し遠くから聞こえていた。</p><p>楽しいのに、遠い。好きなのに、どこか膜がある。その感覚を、ずっと「自分だけのもの」だと思っていた。</p><p>名前もなかった。説明する言葉もなかった。ただ、「何かが足りない」という感覚だけが、静かにそこにあった。</p><p>実業団のグラウンドで、初めてその感覚がなかった。</p><p>遠さが、消えた日があった。</p><p>全部が解決したわけじゃない。自分の体のこと、書類上のこと、</p><p>まだ誰にも言えていないこと——抱えているものは、まだたくさんあった。でも、ひとつだけ分かったことがあった。</p><p>私は、ひとりじゃなかった。</p><p>それだけで、十分だった。その日は、それだけで十分だった。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>次回「私が僕になるまで」第5回は、自分の体と、向き合い始めた頃のことを書きます。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><p>【書き手より】「同じ景色を持つ人」に出会うということが、こんなにも大きなことだと、あの日初めて分かりました。</p><p>ひとりで抱えていたものが、急に軽くなる瞬間があります。そういう場所が、誰にでもあってほしいと思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aaaoook/entry-12965260264.html</link>
<pubDate>Wed, 06 May 2026 10:06:23 +0900</pubDate>
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