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<title>幌筵提督のクトゥルフ語り</title>
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<description>クトゥルフTRPGリプレイ改編小説置き場。</description>
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<title>【白刃の翼(仮)】⑶</title>
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<![CDATA[ <br><br>同日。午後七時すぎ。<br>御影は警察署で取り調べを受けていた。<br>｢…で、もっかい聞くけど、仕事は？｣<br>｢………その質問には答えられません｣<br>後藤が聞くと、目を閉じたまま、静かに御影が答える。<br>彼の答えはほとんどこれだった。<br>｢ﾁｯ…埒があかねぇな｣<br>｢お疲れ、裕二。交代だ｣<br>後藤と交代で入ってきたのはなつこと敦盛だった。<br>｢おう高井か…じゃあ俺ァ飯でも食ってくるわ。お前らもなんか頼んで食っとけ｣<br>｢じゃあ『嗚呼噛』の特上寿司で｣<br>｢んなもん食えるかボケ｣<br>なつこがさらりと言って、後藤が即座にツッコんだ。<br>｢………それを持ってきてもらえるか？｣<br>｢あ゛？｣<br>今度は御影の言葉になつこがツッコミをいれた。<br>｢『嗚呼噛』の特上寿司を持ってきてもらえるか？｣<br>真面目な顔で、御影は言った。<br>｢はっ、こりゃァいい。こいつは自分の立場が分かってないらしいぞ｣<br>手を上げてやれやれとポーズをとる。<br>｢………聞こえてないのか？｣<br>敦盛には、なつこの血管がちぎれる音がはっきりと聞こえた。<br>机に思い切り脚を乗せる。<br>激しい音が空気を震わせた。<br>｢調子乗ってんじゃねェぞ…こっちは事件の捜査をしてンだよ…電話の取次嬢をファックしたいならサッサと質問に答えてソープの予約でもとりやがれ｣<br>物凄い剣幕でまくしたてるなつこにも、御影は動じない。<br>それどころか、敦盛の方を向いて、<br>｢…この警察署は犬に首輪をつけ忘れてるけど、放し飼いでもしてるのか？｣<br>と、自分の首を指さして言った。<br>なつこが勢い良く御影の胸倉を掴む。<br>｢いい加減にしろよ………そろそろ沸騰しそうだ｣<br>｢失礼。犬じゃなくてヤカンだったか。………頭に入ってるのは水だけか？｣<br>なつこが無言で腕を振り上げた。<br>しかし、その腕が下ろされることはなかった。<br>｢………おい敦盛、手ェどけろ｣<br>｢また殴って給料下げる気ですか？今度は減給じゃ済まないかもしれないんスよ？｣<br>｢………………ﾁｯ｣<br>なつこは椅子を蹴って扉に向かう。<br>｢先輩！｣<br>｢…後はお前が適当にやっとけ。涼んでくる｣<br>乱暴に扉を閉めて、なつこが外に出ていく。<br>｢…はぁ｣<br>｢…いつもあんな感じか？｣<br>｢元はといえば！あなたが挑発するのがいけないんですよ！？｣<br>｢沸点の低いのとは合わなくてね。その点君なら建設的な話が出来そうだ。名前は？｣<br>｢…丹下敦盛ですが｣<br>御影はその名前にピクリと反応した。<br>｢………失礼だがご兄弟は？｣<br>｢………………｣<br>｢…数年前、世界中の犯罪者を震撼させた一人の国際課所属の刑事がいたんだが｣<br>｢…それが何か？｣<br>静かな取調室に、御影の声が染みる。<br>｢彼は只ならない捜査能力と推理力を持ち合わせていたらしい。俺は直接の面識はないが、あの『極東侵略』の際はオペレーターとして参加していたらしい｣<br>｢…何が言いたいんです？｣<br>｢俺は彼のことを『極東侵略』の時にデータとして見ているからわかるんだが｣<br>彼はそこで言葉を区切る。<br>｢………｣<br>｢丹下敦盛｣<br>彼は目の前の男の名前を呼ぶ。<br>｢そのデータの名前も『丹下敦盛』だったんだよ｣<br><br>御影には、敦盛が息を呑んだ、様な気がした。<br>｢…よくある話ですよ。そんなの。深読みのしすぎです。大体、この世の中に『丹下敦盛』なんて、何人いると思いますか？｣<br>｢…だろうな。俺も深読みだと思うよ｣<br>でも、と御影は続ける。<br>｢その『丹下敦盛』は、去年死んでるんだ｣<br>｢………しつこいっスよ｣<br>｢…そうだな。深読みだろう｣<br>敦盛の目に宿る光は剣呑としたものだったが、渋々と形式的な質問をし始めた。<br>御影はその全てに嘘をつかなかった。<br><br><br>「ﾁｯ、ほんっとなんなんだアイツは！」<br>一人で署の白い廊下をカツカツと苛立ちを隠そうともせず、なつこは歩いていた。<br>「あのぅ…」<br>「大体、敦盛も敦盛だ。あそこは一発かまさないとああいう奴はわからねぇんだよ。あぁイライラする」<br>ブツブツとぼやくなつこは、後ろから付いてくる人影に気づいていない。<br>なつこが向かったのは喫煙室だった。<br>何を思ったか、なつこは突然、喫煙室前の自動販売機をヒールの爪先で蹴りあげた。<br>「ひっ…」<br>ドンと大きな音がして、取り出し口にコーラが落ちてくる。<br>「ﾁｯ、コーラかよ」<br>「あ、あの！」<br>「ん？」<br>そこでなつこは初めて自分の後ろにいた人影に気づく。<br>なつこの肩より少し低いくらい、女性としては平均に僅かに満たない程度の身長の、大人しそうな女性警官が居た。<br>「…どちら様ですか？」<br>「あ、あのっ！自動販売機を蹴ってタダで商品を盗るのは、自動販売機も傷つきますし、その、ダメ、かと…」<br>最初の一声こそ大きな声だったものの、彼女の声はどんどん尻すぼみしていった。<br>「管理がずさんなのが悪いんだよ。アラームも壊れてるみたいだし、こんなの置いとく方がダメなんじゃないの？…で、どちら様ですか？」<br>再度同じ質問をするなつこ。<br>「あぅ…わ、私は、捜査一課加賀美班所属の成宮鈴です。高井警部補に、加賀美班長から伝言があります」<br>「加賀美…？あぁ、署長のジジイか」<br>「班長のことを悪く言うのはやめて下さい！」<br>成宮の急な強い口調に、なつこは一瞬たじろいだが、今度は成宮が萎縮する番だった。<br>「ひっ…」<br>なつこの冷たい眼光が成宮を突き刺す。<br>「悪いけど、見ての通り私は今イライラしてる。用事があるならさっさとして」<br>「え、えと、『暇な時に署長室に』とのことです」<br>「あぁ？そのくらいなら放送しろよあのジジイ…」<br>成宮はむっとした表情を浮かべるが、口を開くことはなかった。<br>「ったく…で、私は署長室に行けばいいんだな？」<br>「はい」<br>「あぁイライラする…」<br>なつこは頭を掻きながら、署長室の方に向かった。<br>「…あ。コーラ…」<br>成宮が自動販売機を見ると、そこにはコーラが入ったままになっていた。<br>「………(´・ω・｀)」<br>成宮は釣り取り口にお金を入れて、そっとコーラを取りだした。<br><br><br>同日。同時刻。<br>プロール探偵事務所では、プロールが晩酌をしていた。<br>静かに流れるクラシックをバックに、調べたデータに目を通す。<br>「村下冬樹が死亡、か」<br>今日の夕刊で大きく報じられたその見出しを声に出す。<br>報道メディア各界でも速報で取り上げられたため、信憑性は高いだろう。<br>これで依頼は終わったことになるが、プロールにはイマイチ釈然としない点があった。<br>直ぐ側で死んでいた狼の様な生物や、現場で警察を薙ぎ倒した大太刀の美女。<br>そして、その美女を殴り飛ばした男など、野次馬のコメントに、今回の事件とは関係の無さそうな不可解な点も多い。<br>「喜多川さんも来ないし、この事件は何かありそう、かな？」<br>ヴィンテージのワインで喉を潤して、彼は独り呟く。<br>明日少し詳しく調べてみようと思って、彼は一枚の名刺を取り出した。<br>無骨なフォントで打ち出されたそれを机に置いて、彼は寝室へ向かった。<br><br><br>8月16日。午前7時。<br>訊問が終わって、取り敢えず留置所に連れていかれた御影は、硬い床で目を覚ました。<br>首をひねって小気味よい音を立て、彼は完全に覚醒した。<br>元々寝起きはいい方だ。<br>それが軍で訓練したおかげで、こうして直ぐに覚醒できるようになった。<br>そして彼の敏感な五感は、こちらに向かってくる気配を感じ取っていた。<br>「気分はどうだい、御影勇闘くん」<br>そこに立っていたのは初老の男性だった。<br>手を後ろに回してはいるが、その立ち方には隙がない。<br>「…アンタは？」<br>「私はここの署長であり、捜査一課で班長もしている加賀美だ」<br>「加賀美…もしかして、『鬼の加賀美』…」<br>「ふむ…その名前を知っているということは、君も『極東侵略』に参加したクチかな？」<br>「ええ、自分はその時は米軍所属でしたけど、それでも『鬼の加賀美』の雷名は響いてきましたよ」<br>日本で『極東侵略』に参加したのは自衛隊と少数の警察官、そして沖縄に駐屯していた米軍だった。<br>『極東侵略』を行った無国籍軍の正体は朝･韓･中･露の極秘同盟組織だと言われているが、４国は今でもそれを否定しており、無関係を主張している。<br>そう噂される程の規模と軍備の無国籍軍と日本とでは、明らかに戦力的にも、そして、侵略が突発的だった分精神的にも大きな差があった。<br>しかし、その差を覆して被害を最小限に留めたのは、『鬼の加賀美』こと加賀美陸の活躍があったからというのが大きい。<br>戦力として期待されていなかった日本警察を指揮し、自らも戦乱の中に身を投じる姿はまさに一騎当千だった。<br>「それで、何の御用ですか？」<br>そんな人物にも、御影は物怖じすることなく言葉を投げる。<br>「君に、ひとつ提案がある」<br>そんな彼の、見ようによっては不遜とも取れる言動を、加賀美は全く気にせず話を続ける。<br>「提案、ですか」<br>「そう。単刀直入に言えば、今回の変死体事件に協力して欲しい。そうすれば、君を直ぐにここから出そう」<br>「………もしノーと言えば？」<br>「法の許す限り君をここに入れておくよ」<br>御影は大きなため息をひとつ吐いた。<br>「ええ。構いませんよ。俺もこの事件が気になってきましたし」<br>「そう言ってもらえると思っていたよ」<br>加賀美は牢を開け、御影に彼の拳銃や持ち物を返した。<br>「それで、俺はどんなのと一緒に捜査するんですか？まさか一人ってことはないでしょう？」<br>「彼女とだよ」<br>加賀美は扉の向こうを指さした。<br>そこにいた彼女を、御影は見上げる。<br>「親っさん、もしかして、こいつと一緒に捜査しろってんじゃないだろうな？」<br><br><br>有り得ない。<br>いくらなんでもこれはひどい。<br>なつこは心の底からそう思った。<br>あの時…呼び出しをくらった時、どれだけ自分の心証が悪いかは伝えたはずだ。<br>なのに、それでも一緒に捜査しろというのはただの嫌がらせだ。<br>もやもやした気持ちの悪さを胸に抱えたまま、なつこは加賀美の返答を待った。<br>「もちろん君の思っている通りだよ、高井君」<br>「絶ッ対に嫌だからな！こいつと捜査するくらいならあのドンくさそうな女を連れていく方が百倍はマシだ！」<br>なつこの声が部屋を震わせた。<br>さっきまでうっすらと聞こえていた扉の外の雑音が消え、真夏の重たい空気がシャツに汗を浮かばせた。<br>「君は誤解しているようだから言うけどね」<br>冷たい声が掛かる。<br>サッと汗がひいて、今度は体が氷になった様に冷たい。<br>「成宮君はドンくさい女性ではないし、御影君は君より遥かに優秀だよ。いくら署内での逮捕数が一番だからといっても、ＦＢＩやＣＩＡから声が掛かる人間とは比べようもないだろう？」<br>今度は御影が固まる番だった。<br>確かに昨日は敦盛の質問に全て答えたが、アメリカでのスカウトの話には一切触れていない。<br>自分の事がかなり調べられていると感じると同時に、それを敢えてちらつかせることで自分の動きを牽制しているのだと気づく。<br>「でもッ…」<br>「現場に私情を挟むな。これは命令だ。彼と共に事件を解決しろ」<br>厳しい口調で言い放ち、加賀美は部屋を後にした。
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<pubDate>Sat, 12 Jul 2014 23:10:13 +0900</pubDate>
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<title>【白刃の翼(仮)】⑵</title>
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<![CDATA[ <br><br>「…先輩？」<br>「ん…？…うおっ！？」<br>なつこが目を開けると、目の前に敦盛の顔があった。<br>「なんだ敦盛か…驚かすなよ…」<br>「いや、先輩がいくら言っても起きないのが悪いんスよ。署につきましたから、さっさと行きましょ」<br>どうやら彼女は寝ていた様だった。<br>しかし、どの辺りから夢だったのかは分からなかった。<br>「…そうだな」<br>彼女は警察車両から降りて、大きく伸びをした。<br>肩の骨が小気味の良い音を立てる。<br>「しっかしあれだな。事件に巻き込まれたってのに、あんまり実感湧かないもんだな」<br>「あれ？先輩は今までこんな事件を担当してたんじゃないんですか？」<br>署内のえらく白い床をカツカツと踏み鳴らしながら、二人は鑑識課に向かっていた。<br>「むかーしはな。でも最近じゃひったくりや食い逃げしか相手にさせてもらえないんだよ」<br>眉間にシワを寄せて不機嫌そうに言う。<br>「頑固な親っさんのせいでな」<br>「さいですかー」<br>そんななつこの様子を気にもとめずに、敦盛は隣をなに食わぬ顔で歩く。<br>「…俺も昔はね…」<br>「ん？何か言ったか敦盛？」<br>「いや、何でもないっス。それよりほら、鑑識着きましたよ」<br>鑑識課の前では、古畑と中年の男が話していた。<br>「また会えて嬉しいよ、古畑」<br>「それはこちらのセリフですよ、榊原君」<br>「警察署内じゃ、かなりの有名人らしいね」<br>「お陰様ですよ」<br>そう言って笑い合う二人は顔見知り以上の関係に見えた。<br>「古畑警部」<br>なつこが声をかける。<br>「あぁ、高井さんに丹下さん」<br>「そちらの方は？」<br>敦盛が古畑に問いかける。<br>「こちらは私の友人の榊原君です。帝門大学で医学部の教授をしているんです」<br>「以後お見知りおきを」<br>榊原が手を差し出す。<br>二人もそれに応じた。<br>「あれ？そういや帝門って…」<br>なつこが敦盛の方を見る。<br>「ん？…あぁ、俺の母校っスよ。俺は大学までは行きませんでしたけど」<br>「帝門って進学校だよな？お前、見かけによらずすごかったんだな」<br>「…そんなことないっスよ」<br>感心した様に敦盛を見るなつこ。<br>そんな視線から逃れる様に、酷く言えば鬱陶しそうに顔を逸らす敦盛。<br>「…お前」<br>なつこも、そんな彼の様子に何か察するところがあったのか、それ以上見ることはしなかった。<br>「あっれー？敦盛じゃない？」<br>「ん？」<br>少し高めの声が廊下に響いた。<br>「やっぱり敦盛じゃん！」<br>ドン、という鈍い音と共に、白い何かが敦盛にぶつかった。<br>「っ痛！」<br>「やっほー敦盛。久しぶり！」<br>そのやけに明るい声を、敦盛は覚えていた。<br>「お前、友紀か？」<br>「正解( •̀∀•́ )b」<br>「…おい敦盛、お前の友達か？」<br>なつこがわけがわからないというふうに聞く。<br>「あ、そうっス。同じ高校だったの加村友紀っス」<br>絡んでくる友紀を引き剥がしながら敦盛が言う。<br>友紀はそれでも敦盛に絡んでいく。<br>「敦盛ぃ～お前も隅に置けないな～」<br>「あン？どういうことだよ」<br>ニヤニヤしながら友紀がなつこの方を見る。<br>「こんな彼女さんがいるなんて聞いてねぇぞ？」<br>「ばっ…！お前なぁ、先輩はただの先輩だっての！」<br>「そうかー？…ども、加村友紀っす。帝門大学の医学部に通ってますっす」<br>友紀がなつこに向かって頭を下げる。<br>「あ、あぁ。高井なつこだ。よろしく」<br>なつこもつられて頭を下げた。<br>視界の中ではまだ敦盛が友紀を引き剥がそうとしている。<br>｢お前、不思議な友達がいるんだなぁ｣<br>｢不思議で済めばいいんですけどね、っと｣<br>ようやく引き剥がすのに成功して、敦盛はホッと息を吐いた。<br>いくら男でも、見た目が殆ど女の様な友紀と密着するのは精神的に疲れるらしかった。<br>｢警部｣<br>一人の鑑識員が古畑に声をかけたのは、そんな時だった。<br>｢はい？何ですか？｣<br>｢これが、被害者に付着していました｣<br>｢…動物の毛ですか？｣<br>古畑が小さな袋を受け取り、照明に透かす。<br>眉間に皺を寄せてじっくりと見つめ、やがて口を開いた。<br>｢高井さん達もどうぞ｣<br>どうやら彼にはわからないことらしかった。<br>彼にわからないことがなつこ達に分かるとは思わなかったが、二人は同じようにそれを光にかざした。<br>｢それは確かに獣の毛なんですが｣<br>鑑識員が言った。<br>｢この世界には存在しない生物の毛なんです｣<br><br><br>怪奇というものは人間の意識が創り出した無意識の、一種の『歪み』のような物だというのが彼━━御影勇闘の持論だった。<br>親の都合で日本からアメリカに渡り、妹と離別した彼は、いわゆる天才だった。<br>化物といってもいいかもしれない。<br>ハーバード大学を史上最短最年少で卒業した才媛でありながら、米国陸軍特殊部隊に所属。<br>あの『極東侵略』時には旅団長として一旅団を率いた。<br>12歳時の大学生時代に取得した特許は数え切れず、およそ20年分の科学の発展に貢献したとされ、その類希なる身体技能は陸軍特殊部隊入隊即日で隊長に任命されるほどの。<br>それほどの化物。<br>怪物。<br>天才をふた周りほど通り越して最早天災だった。<br><br>とある事情から日本に戻って来た彼は、自身の住むアパートでパソコンを操作していた。<br>総資産額は億を軽く超えているが、彼の住むこのアパートはそれに見合うようなものではなく、むしろ苦学生ですら遠慮するようなものだった。<br>畳にはシミができ、壁は隣の住人の息遣いが聞こえる位に薄く、人によっては息苦しさを感じる程に狭い。<br>しかし彼はここが気に入っていた。<br>そこらの成金の様に、金をかけて己を着飾るのは彼の趣味に合わなかったし、こういった雰囲気が彼に合っているのだ。<br>彼は一息つくと、シャワーを浴びるために立ち上がった。<br>スレンダーながらも筋肉質な肢体には、まさに歴戦の雄に相応しい風格が漂っていた。<br>風呂場に入り、バルブを回す。<br>暑さで滲んだ汗を、冷たい水がさらう。<br>長めの髪に指を通し、中の熱気を飛ばす。<br>一通り水を浴びると、彼はバルブを閉めた。<br>タオルで丁寧に身体を拭く。<br>その時、丁度彼の携帯電話が鳴った。<br>｢はい。こちら『傭兵屋』｣<br>『傭兵屋』<br>それが、彼が名乗っている職業だった。<br>その神懸かり的な身体能力を生かし、表では扱えないような要人の警護などを主としている。<br>『私だ…』<br>｢ああ、村下さん。何か御用ですか？｣<br>顧客の名前は声を聞けば分かる。<br>それでなくとも小説家の村下冬樹は、しばしば彼に警護を頼んでいる。<br>自身の、ではなく、客人のために。<br>どうやら彼にはそういった種類の、表に出せない付き合いがあるようだった。<br>『はやく…はやく助けにきてくれ』<br>｢どうかしましたか？｣<br>『なんだっていい！早く来てくれ！』<br>｢どちらに向かえば？｣<br>村下の口調は、何かに怯え、焦燥感に満ちたものだったが、こんな時だからこそ、彼は冷静に対応していた。<br>依頼者と感情を同期させたのでは意味がない。<br>ゆっくりと、その電話越しに伝わる情報を手に入れていく。<br>音の反響から建物の中か外かを判別して。<br>受話器にかかる気圧からその場の高さを推察して。<br>自分の声の伸びから距離を判断する。<br>それは彼にとっていつもしていることで。<br>何一つ不思議に思うような、特別なことをしているつもりはない。<br>彼が当たり前にできることを、当たり前にしているだけのことなのだ。<br>それがどれ程のことなのか、自覚しないままに。<br>『D地区の空矢橋の下だ！早く…早くしないとヤツらが！』<br>｢わかりました。直ぐに向かいます。落ち着いて、その場で待っていて下さい｣<br>そう言った時には既に、彼は自分のバイクに跨っていた。<br>改造したエンジンが低く唸る。<br>頭の中で地図を描き、経路を確認する。<br>後は突き進むだけだった。<br>夕闇が浸食していく街の中に、バイクの音が溶けていった。<br><br>彼がその場に着いた時には、辺りは既に暗くなっていた。<br>空矢橋は、帝門と独立自治地区グンマーを繋ぐ唯一の道だ。<br>日本の中にありながら独立した国としての働きをするグンマーは、暴力団や国籍を持たない外国人などの巣窟と化していた。<br>村下はきっちり空矢橋の下にいた。<br>ガタガタと体と歯を震えさせながら、何かを大事そうに抱えている。<br>「村下さん」<br>声をかけると、彼は体を大きく震わせた。<br>「…『傭兵屋』か…」<br>彼の姿を見ると心したのか、村下は一瞬緊張が緩んだ。<br>ほんの一瞬だけ。<br>しかし、言いかえれば、一瞬でも隙を与えてしまった。<br>スッ、と。<br>音もなく、自然に、まるで初めからそうであったかのように。<br>村下の首が落ちた。<br>「！？」<br>少し遅れて、首から血が噴水のように噴き出した。<br>鼻から入ってきた鉄の臭いが、脳を蝕む。<br>それでも、彼は理性を失わず、辺りを見回した。<br>しかし、彼は逃げるべきだった。<br>彼が見つけたのは、一匹の獣。<br>狼とハイエナをないまぜにしたような獣。<br>毛の薄い醜い皮と、鼻をつく腐臭が吐き気を誘う。<br>その『獣』は、彼を見ていなかった。<br>彼の先。<br>村下が大事に抱えていた物を見ていた。<br>それは、一冊の本だった。<br>本と呼ぶのも憚られる、紙を束ねただけの物。<br>装丁もおざなりで、表紙もない。<br>しかしそれは、傍から見ている彼にすら、禍々しい妖気を放っていた。<br>全身から冷たい汗が噴き出す。<br>『獣』は、機を図っている様に見えた。<br>未知に出会った時、必要なのは図ること。<br>自分と未知との差異を見違えないこと。<br>それを『獣』は知っているようだった。<br>少しでも気を抜けば、この『獣』は容赦なく彼の首筋を掻き切るだろう。<br>目の前にその証明がある。<br>なら、機を図る相手に気を抜かず、寧ろ奇を衒う。<br>初めに動いたのは彼だった。<br>地面を蹴って距離を詰める。<br>速さに自信はない。<br>『獣』も動いた。<br>牙を剥いて首筋に噛み付こうとする『獣』。<br>御影は体を大きく捻ってそれを躱す。<br>そして彼らが交錯した瞬間。<br>『獣』の鮮血が闇に舞った。<br>くぐもった声が漏れる。<br>御影は硝煙の匂いのする拳銃を握っていた。<br>M&amp;W社謹製《MoonWalker LIGHTNING》<br>彼が愛用している拳銃だ。<br>速射･連射性能を重視し、ロングバレルにサイレンサーを内蔵することで、命中率と遮音性にも優れている。<br>彼は速さに自信はない。<br>だから飛び道具を使った。<br>『獣』は肉弾戦を想定していたようだが、それはあまりにも早計だった。<br>「…なんとか、なったか？」<br>まだ『獣』は死んではいないようだったが、それでも彼は自身の勝利を確信していた。<br>いや。<br>過信していた。<br>気を抜いた一瞬。<br>おぞましい程の寒気が彼を現実に引き戻した。<br>殆ど本能的に、彼は大きく仰け反った。<br>同時に、彼の首に紅い一本の線が入った。<br>後一瞬でも遅れていたら、彼は首無に仲間入りだっただろう。<br>『あら？外れちゃったかしら？』<br>ノイズの入ったような女の声。<br>目の前にいたのはあの『獣』ではなかった。<br>扇のように伸びる美しい黒の髪。<br>陶器のように白い肌。<br>その肌を隠すものは何もなく、月の光を浴びて『彼女』の裸体が惜しげもなく晒されていた。<br>しかし『彼女』を見る彼の頭に、下衆な思いは一欠片もわかなかった。<br>それどころか、彼は『彼女』をひどく恐れていた。<br>本能が彼に警鐘を鳴らす。<br>今目の前にいるのはか弱い女性ではない。<br>彼を喰らう【捕食者】だった。<br>『ねぇ、そこの本、取っていただけますの？』<br>『彼女』はその細長い人差し指で、村下の傍の本を指さした。<br>｢………｣<br>彼は答えない。<br>答えられない。<br>それほど、今の彼に余裕はなかった。<br>嵐の中に取り残された小舟のように、今の彼は座して死を待つだけの存在だった。<br>『取れ』<br>その一言に、強烈な威圧感を感じる。<br>｢………嫌だと言ったら？｣<br>『殺して私が取りに行きますわ』<br>一切の迷いなく『彼女』は言った。<br>｢………そうか、残念だよ｣<br>拳銃の銃口を向けて、すぐさまトリガーを引く。<br>『彼女』は驚いた様な顔をしたが、その鉛玉が『彼女』の躰に風穴をあけることはなかった。<br>風の様に、『彼女』が彼の脇を抜いた。<br>｢！！｣<br>『残念ですわ。取っていただけたら殺すか生かすか考えてあげてもよかったんですのに』<br>美しい腕が、彼の頚を締める。<br>｢ガッ、ァ…｣<br>『殺すなら痛くない方がいいですものね。先にオトして、後で殺しますわ』<br>段々と締め付けが強くなる。<br>彼の筋力をもってしても、解くことが出来ない。<br>(こんな細い腕のどこにこんな筋力が………)<br>頭に酸素が回らず、頭が回らなくなってくる。<br>そして、彼は気を失ってしまった。<br>『あら、案外あっさりとオチますのね』<br>鋼鉄をも切り裂く『彼女』の爪が、彼の喉を掻き切った。<br><br><br>8月16日。朝。<br>結局その後、その動物の毛についての進展はなく、被害者から回収した本の事を言うタイミングも逃し、なつこはそのまま署内で夜を明かした。<br>敦盛はさっさと家に帰って、今日ここに車で来ることになっている。<br>エントランスでなつこが待っていると、駐車場に一台のGT-Rが入ってきた。<br>｢…あの趣味の悪そうなGT-Rは敦盛のだな｣<br>案の定、そのGT-Rから敦盛が出てきた。<br>｢あ、はよざまっス｣<br>｢おう。早かったな｣<br>エントランスに入ってきた敦盛と挨拶を交わす。<br>｢で、今日は何をするんスか？｣<br>｢今日こそは裕二のとこに行かんとな｣<br>｢あー、そういえばそうでしたね｣<br>｢てことで、宜しく頼むぞ｣<br>｢………え？｣<br>敦盛がポカンとした表情を浮かべる。<br>｢敦盛の車で行くんだろ？｣<br>｢え？そんなの聞いてないっスよ？あれ、かなり大事なクルマなんスけど？｣<br>GT-Rを指さす敦盛。<br>確かに大事にされているようで、その車体にはキズも埃もない。<br>｢まぁ諦めろって｣<br>｢あのクルマに乗せるのは彼女だけって決めてるんスよ｣<br>｢あぁ？こないだ私乗せただろ？｣<br>｢あれはあのクルマじゃなかったっス｣<br>｢だぁぁぁー、めんどくせぇなぁおい｣<br>なつこが自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。<br>｢はぁ………乗せる用の車持ってきます………｣<br>｢おうあくしろよ｣<br>｢………はぁ｣<br>気だるそうに敦盛が車に向かう。<br>それから大体30分ほどしてから、黒のベンツが入ってきた。<br>｢………｣<br>なつこの顔が曇る。<br>中から出てきたのは、やはり敦盛だった。<br>｢先輩、クルマ持ってきま………｣<br>｢クソがぁぁぁあ！｣<br>敦盛がなつこの方を向いた瞬間、なつこの張り手が飛んできた。<br>｢！？｣<br>｢なんでわざわざベンツに乗ってくるんだお前は！｣<br>｢え？あ、いや、ベンツしかないんスけど………｣<br>頬をさすりながら、何が起きたのか分からない敦盛は素直に答える。<br>｢ベンツなんかに乗って現場なんていけるか！？無理だろ！そんなブルジョワアピール求められてないんだよ！｣<br>｢えぇー………｣<br>理不尽を感じながらも、ベンツしか持っていないことを悔やむ敦盛だった。<br>その後も口論、というかなつこの自論が続き、出発出来たのは昼前だった。<br><br><br>同日。昼過ぎ。<br>なつこと敦盛は現場に到着した。<br>｢おう、なつこか｣<br>人の良さそうな笑みを浮かべて、後藤裕二が二人を迎えた。<br>｢久しぶり｣<br>なつこが後藤に向かって手を上げる。<br>｢お前は相変わらず言葉が悪いんだな｣<br>憎まれ口をたたきながらも、嫌な雰囲気を感じさせないのは、ひとえに彼の人柄だった。<br>｢うるせぇよ。で？被害者は？｣<br>｢あぁ、こないだ送ったガイシャはもう鑑識に送っててな。今日は昨日の深夜に通報のあったとこの見聞だな｣<br>後藤は現場の方をチラッと見た。<br>｢正直なにがなんだかさっぱりだ｣<br>なつこもそっちに目をやると、そこでは後藤の部下や鑑識数人が写真を撮ったりしていた。<br>血だまりの中に人間と、一匹の動物が死んでいた。<br>動物は狼とハイエナをないまぜにしたような造形で、脚に銃創があり、全身から血を吹き出していた。<br>それはまだいい方で、人間の方はもっと酷く、首から上が飛んでいた。<br>｢………なんだこりゃ？｣<br>｢だろ？｣<br>敦盛は車から出てこようとしない。<br>｢誰か一部始終を見た奴は？｣<br>｢血だまりの中に血まみれで気絶してた奴が一人。だけどまだ意識が戻ってない｣<br>｢そいつは何処に？｣<br>後藤が顎をしゃくって側にある救急車を示した。<br>｢なんであんなもんがあるんだ………｣<br>｢それがかなりの重体でな。完治までは１ヶ月はかかるそうだ｣<br>後藤の言葉を受けながら、なつこは救急車に乗り込む。<br>そこには二人の救急隊員が、一人の男に付きっきりになっていた。<br>｢どんな感じですか？｣<br>警察手帳をみせながら、なつこがそのうちの一人に訊ねる。<br>｢あまり良くはないですね。傷も深いですし、何より筋肉の繊維が引き裂かれてます｣<br>｢筋肉の繊維？｣<br>｢ええ。引き裂かれたと言っても、これは急激な運動でちぎれたみたいになっています。強いて似たような症状を挙げるなら極度の筋肉痛ですね｣<br>｢筋肉痛？｣<br>｢はい。その症状がかなり酷いものであるという認識で大体大丈夫です。手足はピクリとも動かないでしょうね｣<br>なつこは男を見た。<br>確かに手足には深い傷があって、所々に腫れた跡がある。<br>｢名前は？｣<br>｢財布の中の免許証から、御影勇闘という名前だと分かりました。住所なども一致しています｣<br>｢御影…勇闘…｣<br>何かを思い出しそうで思い出せない嫌な既視感がなつこを襲う。<br>あと少しというところまで記憶を辿ったその時。<br>ドン、という大きな衝撃と共に救急車が大きく揺れた。<br>｢！？｣<br>なつこが救急車から飛び出すと、そこには悲惨な光景があった。<br>死屍累々と警官が道に倒れ、中には血を流している者もいる。<br>後藤も腕に血を滲ませながら、苦痛に顔を歪めていた。<br>｢裕二！何があった！？｣<br>｢あいつだ………あいつが急に………｣<br>よろよろと腕を上げて指さす先には、一人の女性が立っていた。<br>背の高い女性だった。<br>腰まで伸びた黒の長いポニーテール。<br>白い肌はその髪の黒さと相まって更に白く見え、切れ長の大きな瞳には冷徹な光が宿っていた。<br>曇りのない白の半袖のTシャツの裾を結び、ジーンズの片足を根元から寸断した奇抜なファッション。<br>そして何より目を引くのが、その手に持つ長い長い太刀。<br>彼女の背丈程はあろうその大太刀は、彼女の細い腕では到底振り回せられそうになかったが、それでも彼女にはそれを可能とするような威圧感があった。<br>｢………違う｣<br>凛とした声が、離れているなつこにも通る。<br>彼女は手に持っていた紙束を無造作に放り、なつこの方を見た。<br>｢そこにいるんですね｣<br>ゆっくりと彼女が脚を上げて、<br>なつこの直ぐ横に来ていた。<br>｢！？｣<br>彼女が脚を上げてから、一秒と経っていない。<br>たった一歩で、彼女はなつことの間の距離を埋めた。<br>｢どいてください｣<br>軽く押されただけ。<br>それなのに、なつこは宙に浮いた。<br>｢………は？｣<br>気づくと途端に重力を感じ、そのまま地面に叩きつけられた。<br>｢ガッ…ッ…！｣<br>彼女はなつこに一瞥すらくれず、まっすぐ救急車に向かっていく。<br>そして彼女は何を思ったか、脚を振り上げて車体を蹴った。<br>凄まじい音がして、車体の側面に抉れた穴を開けた。<br>もう無茶苦茶だった。<br>なつこには、これが現実のことには思えなかった。<br>｢なにが起きてるんだよ………！｣<br>彼女はズカズカと救急車に乗り込み、鞘から刀身を少し抜くと、そのまま鞘に納めた。<br>キンという高い音がして、簡易ベッドがズタズタに斬り裂かれた。<br>｢………？｣<br>しかし、彼女は手応えを感じていなかった。<br>シーツを剥ぎ、中を確認する。<br>そこには、誰もいなかった。<br>直後、彼女は自分がハメられたと悟り振り返った。<br>そして、御影の拳が彼女の顔を捉えた。<br><br>なつこは呆気に取られていた。<br>自分をあそこまで簡単に吹き飛ばした彼女を、目の前で吹き飛ばした男がいた。<br>しかも、その男はさっきまで意識もなく、あと１ヶ月は動けないと言われていたのに。<br><br>｢ッ！？｣<br>完全に気配も殺気も消した動き。<br>彼女は一気に警戒体勢に入る。<br>｢あぁー………体が痛い………｣<br>自分の体の調子を確かめるように、御影は腕を回す。<br>｢頭も痛い…ボーっとする………｣<br>彼女は大太刀━━七天七刀に手を掛ける。<br>走り抜きざまに首を斬るイメージを浮かべて、その通りにした。<br>ドン、と音がして、彼女は地面に顔を埋めていた。<br>｢！？｣<br>｢えっと…確か依頼受けてここに来て…それから…ダメだ、そこから記憶がないな｣<br>何が起きたのかわからないまま、彼女はもう一度大太刀を取る。<br>｢《七閃》！｣<br>鞘に納めた刀身を、少しだけ抜いて、また納める。<br>するとコンクリートに七本の亀裂が走り、御影に向かっていく。<br>御影は焦る訳でもなく横に大きく跳んだ。<br>縦の七本の亀裂は御影の脇を通り過ぎ、御影に傷をつけることは出来なかった。<br>｢よけた！？｣<br>｢戦場の弾幕ほどよけづらいものじゃない｣<br>さて、と御影は続けて、<br>｢今度はこっちから行かせてもらうぞ｣<br>御影が地面を蹴った。<br>空気を裂くような音と共に、そのスピードを乗せた拳が飛ぶ。<br>彼女ら間髪のところで大太刀を挟み、それでも後ろに弾き飛ばされる。<br>｢…ッ！｣<br>｢当たらなかったか｣<br>手を閉じて開く動作をして、御影は彼女を見た。<br>｢次は当てる｣<br>彼女はよろよろと起き上がり、口から血を吐いた。<br>｢尋常じゃないですね…『聖人』の私をここまで簡単に、一方的にできるなんて｣<br>｢鍛えてるからな｣<br>その言葉を、彼女は笑った。<br>｢鍛えただどうのの問題ではありませんよ。私は、この世界で十二人しかいない『聖人』なんです。イエス=キリストと似た身体的特徴を持ち、生まれながらに神の力の一部を使役できる、そんな人間なんですよ、私は。肉体的にも、魔術的にも、生身の人間とは比べ物にならないほど精通している。そんな私をこんなに痛めつけられる人間なんて、片手に足りる位しかいないんです｣<br>｢………｣<br>｢わかりますか？貴方は…｣<br>そこで、彼女が周りを見渡した。<br>不審に思った御影もそれに倣う。<br>すると、今まで気づかなかったのが嘘のような喧騒が耳を劈いた。<br>野次馬が彼らの周りで騒ぎ立てる。<br>彼らの間合いに入らなかったのは、なつこと後藤が止めているからだろう。<br>｢少々、目立ちすぎましたね。今日のところは一旦引きましょう｣<br>彼女はそう言うと、電柱のてっぺんまで跳ねた。<br>｢おい！まだなにも…｣<br>｢私は神裂火織。もう会うことがないように願っておきます｣<br>それだけを言い残して、神裂の影は夕闇に溶けていった。<br>気づけば空は赤く染まって、太陽は沈みかけている。
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<link>https://ameblo.jp/accel0331/entry-11893198977.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jul 2014 23:08:42 +0900</pubDate>
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<title>クトゥルフ神話TRPGリプレイ【白刃の翼(仮)】⑴</title>
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<![CDATA[ クトゥルフ神話TRPGリプレイ<br>【白刃の翼】<br><br>『神、霊、悪魔、ポルターガイストといったそれらの超常現象は物理学的な側面から全て解決できるものであり、一言でいうと殆どの怪奇･心霊現象の原因は「プラズマ」に帰結する。』<br>             ━━━━━━━『どんと来い超常現象』<br><br>2013年8月15日。<br>暑い夏の昼下がり。<br>刑事である高井なつこと丹下敦盛は、帝門にあるカフェで、事件明けのコーヒーブレイクを味わっていた。<br>皇居や一流企業が軒を連ねる帝門で、入り組んだ路地の奥にひっそりと佇むこのカフェは、まさに『隠れ家』的な静かさを持つ数少ない場所だった。<br>なつこ達は事件が終わると、いつもここでコーヒーを啜る。<br>街の喧騒から離れたこの場所は、毎日の激務の疲れを癒してくれる憩いの場だ。<br>しかしその反面、ここのコーヒーははっきり言って不味い。<br>少なくとも、市販のレトルトの方がまだマシに思える。<br>そんなコーヒーを今もなつこが渋い顔で飲んでいるのを見て、以前初めてなつこがこのカフェでコーヒーを飲んだ時、マスターに「…まっず」とコメントした時の事を敦盛は思い出した。<br>このカフェに人が少ない理由は、もしかしたら立地以外にあるのかもしれない。<br>そんな、良く言えば静かな雰囲気のカフェに、なつこのだるそうな声が通った。<br>「しっかし今日も暑いな。地球温暖化なんてのもこれからどんどん加速していくのかねぇ」<br>化粧っ気の殆どない顔を暑さで歪ませながら、なつこは半ば独り言の様に呟いた。<br>「どうっスかね。最近暑いのはホントですけど、地球温暖化と関係があるとかないとかは解んねぇっス」<br>敦盛はケーキのスポンジをコーヒーで流しながら、生返事をした。<br>「だよなぁ…」<br>レディーススーツの腕を無造作に捲くって、なつこは空気と共に、熱いコーヒーを啜った。<br>喉を通る熱い液体が、更に暑さを強くする様に感じた。<br>「…先輩のことは尊敬してますけど、少しは女らしくした方がいいんじゃないっスかね？」<br>「あ゛？」<br>「サーセン。」<br>敦盛は間髪を入れずに言って、自分のコーヒーを啜る。<br>やはり、冷たいだけの旨くもない安いコーヒーが喉を通る。<br>ちょうどそんな時、ポケットの中のスマートフォンが振動した。少し遅れて、古いアニメの主題歌が申し訳程度の音量で鳴った。<br>なつこの携帯も同様の反応を見せたが、鳴ったのは無愛想なデフォルトのアラームだった。<br>「先輩まだデフォルトのまま使ってるんですか…」<br>敦盛は呆れた様な声音で呟く。<br>「うるさいな…お前だって、そんな電波な音楽だろ」<br>敦盛の独り言に目ざとくなつこが反応した。むすっとした顔で敦盛を睨みつける。<br>「原作観てもないのに批判しないで下さいよ。結構面白いんですから、これ」<br>そう言ってスマートフォンを操作する。<br>メールフォルダの『仕事』の欄にメールのマークが付いている。<br>どうやら新しい事件のようだった。<br>なつこに届いたのも同様のものだったのか、目つきが一層険しくなる。<br>「事件ですか…」<br>「去年銃刀法が改正されてから物騒になったからな。一般人は勿論、特にヤクザの動きが活発になってきてる。白昼堂々と拳銃をぶら下げてるヤツを見る回数も増えてるしな」<br>2012年4月、日本の銃刀法が改正され、一般人でも拳銃を購入、所有することが許可された。<br>『極東侵略』と呼称される、2010年に起きた無国籍軍の本国強襲がその主な理由となっているが、その実情は政治団体と暴力団との癒着による政界の腐敗であり、この国の行く末を示唆している様に思われなくもない。<br>「さて、どんな事件かな、っと…」<br><br>『From：後藤裕二』<br>『To：丹下敦盛･高井なつこ』<br>『SubTitle：捜査協力要請』<br>君たち二人にメールを送ったのは他でもない、我々の事件に手を貸して欲しいからだ。<br>事件の直後にこんな頼みをするのもあれだが、こっちも人手が足りなくてね。<br>我々は『変死体事件』を追っている最中だ。参考様に画像を添付しておいたが、少し刺激が強いかもしれないので注意してくれ。(もっとも、この程度で気分が悪くなるようでは刑事は務まらないかも知れないが)<br>とにかく、ぐだぐだと長文を綴ったが、結局のところ君たちに聞きたいのは我々の捜査に協力してくれるかどうかだ。<br>yesかnoで答えてくれ。<br>いい返事を期待している。<br>《添付ファイル１》<br><br>「うーんこれは…」<br>添付された写真には、胸の中央を丸く抉られた女性が写っていた。<br>腕や脚の肉も削げている感はあるが、添付された写真の解像度が悪く、はっきりとしたことは分からない。<br>「どうします、先輩？」<br>敦盛がなつこの様子を伺う様に彼女を見た。<br>「裕二は同僚だし、困ってるなら手伝ってやりたいが、お前はどうだ、敦盛？」<br>「そうっスね、俺はこの事件結構気になってましたし、いいと思いますよ」<br>ケーキに乗った苺をフォークで突き刺し、敦盛は答えた。<br>「へぇ…お前、こういう事件とか興味あるのか」<br>「まぁ派手な事件ですしね」<br>口をもぐもぐさせながら、敦盛は言った。<br>「そりゃそうか…じゃあ…了解、っと」<br>なつこは、傷の入ったふたつ折りの携帯電話でたどたどしくメールを打つ。<br>「それにしても、今度は変死体かぁ…」<br>なつこがため息と共に声をこぼす。<br>「どうかしたんですか？」<br>「いやなに、なんだか一気に刑事らしい事件を担当するんだと思ってさ」<br>苦笑を浮かべるなつこ。<br>その笑みをフッと消して、<br>「…ちょっとは近づいたのかな」<br>「え？何ですか？」<br>「何でもない。さて、行こうか」<br>カップに残ったコーヒーをぐっと一息であおると、伝票を取って先に出ていく。<br>「あ、ちょっと先輩！」<br>残された敦盛は急いで彼女を追いかけた。<br><br><br>同日同時刻。<br>私立探偵であるプロール･Ｄ･片桐は遅めの昼食を摂っていた。<br>彼の経営する『プロール探偵事務所』は、首都である帝門に堂々と居を構える人気の探偵事務所だ。<br>探偵としての腕前も勿論、人気の秘密は彼の甘いマスク。<br>美形ハーフの彼の魅力の虜になった貴婦人たちが、夫の『仔猫』の捜査依頼をするのだ。<br>流石に首都にいる貴婦人たちだけあって羽振りも良く、「何の心配もない」と答えるだけでウン十万が手に入る楽な仕事だ。<br>ただ、彼はそこで手を抜かない。<br>しっかりと自分の仕事をこなし、きっちりと謝礼分の働きをする。<br>そんな生真面目な性格と相まって、この『プロール探偵事務所』は帝門にある探偵事務所の中でも不動の地位を確立している。<br>そんな彼のもとに、一人の依頼人がやって来た。<br>「喜多川景子です」<br>黒髪が扇の様に流れる美しい女性だった。<br>脚はスラリと長く伸び、肉付きも程よく、息をのむ程の美貌だ。<br>「プロール･Ｄ･片桐です」<br>しかし、プロールはそれに動じず、いつも通り名刺を差し出した。<br>「それで、ご依頼は何でしょうか」<br>彼女は自分の美貌が通じなかったのが意外だったのか、少し呆気に取られていたが、<br>「…ええ、こちらを見て頂けますか？」<br>そう言って１枚の写真を取り出した。<br>中肉中背の男の写真だった。<br>特にこれといった特徴もない男。<br>だがプロールは彼に見覚えがあった。<br>「小説家の村下冬樹先生ですか？」<br>「あら、ご存知でしたか？」<br>「ええ。先日とあるパーティーで見かけたことが。その時はお話も出来ませんでしたが」<br>プロールは数日前のパーティーのことを思い出した。<br>村下とは直接関係はないが、そのパーティーでプロールはある事件に遭遇していた。<br>そういえば、あの時一緒にいた刑事は元気だろうか。<br>名刺をもらったのに連絡もしていない。<br>真面目な彼はそこまで考えたが、今は依頼人を優先する時だ、と自分の意識を喜多川に向けた。<br>喜多川は少し考え込む様なポーズを取ったが、すぐに首を振った。<br>「ご存知なら話は早いですわ。この方、実は私の婚約者ですの」<br>「ほう…」<br>小説家としては成功といっていい部類に属するはずの村下に婚約者がいるとなれば、世間はそこそこの騒ぎになるはずだが、と彼は考えたが、生憎と彼はその情報が嘘か真かを判断するだけの材料を持っていなかった。<br>「ですが、最近すっかりと連絡が来ないと思って彼の部屋に行ってみると、新聞がささりたい放題で…」<br>「同棲されてはいないんですね」<br>「ええ…彼がまだ執筆に専念したいらしくて…」<br>考えられなくもないことだ。<br>事実、村下冬樹はインタビューでも自身の執筆への情熱を語っていたのを彼は思い出す。<br>「ご自身で探されたりはしましたか？」<br>「ええ。彼の行きそうな場所は一通り」<br>ふむ、と頷いて彼はメモをとる。<br>「では、村下先生を探すのがご依頼、ということでよろしいでしょうか」<br>「はい。よろしくお願いします」<br>そう言うと、彼女はソファを立ち上がり、事務所の扉を開けて出ていく。<br>その時、何かを思い出した様に振り返り、<br>「夜に出歩く時はお気をつけ下さい」<br>と一言いった。<br>「…それは私の台詞では？」<br>「うふふ、この御時世ですから、男も女もありませんよ」<br>彼女は目を三日月のように曲げて笑った。<br>「それはそうですが…」<br>「では、失礼しますわ」<br>今度こそ扉を閉めて、彼女は外に出ていった。<br>「…さて、何から手をつけようかな」<br>一人になったプロールは机に向かってパソコンを立ち上げた。<br>遅めの昼食から夕食前の間食になったトーストを齧って、冷めたコーヒーを流し込む。<br>「…苦いな」<br>その苦さが、何故か今は不安になった。<br><br><br>同日。<br>夕焼けが街を赤く染める頃。<br>帝門の中心部に位置する『私立帝門大学』。<br>日本最大級の大学であり、世界一といっても過言ではない設備に講師を擁する、文字通り世界で一、二を争うレベルの大学だ。<br>その厳しさ故に卒業までこぎつけられる学生は少なく、卒業生はこの就職氷河期と評される時代においてさえも、大企業からの引く手は数多だ。<br>その帝門大学の医学部。<br>榊原ゼミの内線電話が鳴っていた。<br>しかし、学生たちは談笑していて誰も取ろうとしない。<br>はぁ、とため息をついて教授が電話を取った。<br>「はい…あぁ、私です。…はい、はい。分かりました。では、取り次いでもらえますか？……………あぁ、私だ。珍しいね。それで？…ふむ…わかった。これから向かおう」<br>その会話に、談笑しているうちの一人が聞き耳を立てていた。<br>彼の名前は加村友紀。帝門大学医学部の六回生だ。<br>その容姿は男か女かわからない様な中性的なもので、パッと見ただけでは女性かと思うような顔立ちをしている。<br>「……あ、友紀！何を聞き耳たてているんだい」<br>彼が聞き耳を立てているのに気づいた教授が彼を怒鳴りつける。<br>「やべっ」<br>「単位没収だ」<br>この教授はなにかにつけてしばしば単位を没収する。しかもそれが冗談ではなく本気なのだから困る。ただでさえこの帝門大学では単位１つが大きな意味を持つのだから。<br>「えー、それはないっすよー」<br>しかし、そんな一大事を彼は笑って済ます。<br>「よし友紀、君もついてきたまえ」<br>「え？どこにっすか？」<br>友紀が聞くと、教授はニヤリと人の悪い笑みを浮かべて言った。<br>「警察署だよ」<br>「教授、なんかしたんすか？」<br>「鑑識に知り合いがいてね。変死体を漁っていいらしいから行くんだよ。こんな経験は滅多にないしね」<br>友紀はこの教授がグロテスクな話になると目を輝かせる様な人物だということを思い出した。<br>「変死体…っすか」<br>友紀は記憶の中を探り、過去にもそんな事件があったことを思い出す。<br>「確か昔にもそんな事件がありましたよね？」<br>「ん？…そうかい？」<br>考えるような格好をする教授。<br>「教授はホント興味ない話はとことん興味ないっすよね」<br>呆れたように友紀が言った。<br>「いやいや、この事件には興味をそそられるよ。変死体ということはそうなるまでに何らかの外的かつ害的な要因が働いているはずだからね…それを想像するのはとても面白いよ」<br>教授がコーヒーカップを友紀に渡す。<br>しぶしぶ彼はそれを受け取り、インスタントコーヒーを淹れる。<br>「その興味が昔にあった事件には向かなかったんすね」<br>友紀からコーヒーカップを受け取り、口に運ぶ。<br>すると、そういえば、という様に教授が口を開いた。<br>「今思い出したが、十五年前に起きた事件じゃないかな？」<br>「ええそうです。全身の血が全て抜き取られていたあの事件っす」<br>そこで教授はあぁ、と頷いたが、同時に頭を振った。<br>「あの事件じゃ私の好奇心は揺さぶられないね。どうしてそうする必要があったのかを考えなければならない事件にこそ、考える価値がある」<br>「いやいや、血が抜き取られていたんですよ？」<br>「そんなことする理由なんて一つだよ」<br>馬鹿馬鹿しいといった様に教授がまた頭を振る。<br>「…何ですか？」<br>そこで教授はコーヒーを飲み干した。<br>「…飲むのさ」<br>冷たい沈黙が辺りを包んだ。<br>「…そんな馬鹿なことを言ってないで、ちゃんとしたことを言ってください」<br>「いやいや、これはあながち間違いではないと思うがね」<br>教授はコーヒーカップに牛乳を注いだ。<br>「母乳の成分は血と殆ど変わらない。つまり、我々は粉ミルクで育てられていない限りは、赤ん坊の頃に血を飲んで成長しているということで相違ない。母乳と血は、甘いか苦いかの違いしかないのだよ」<br>教授は一冊の本を取り出した。<br>その本の頁をパラパラと捲り、文字を目で追っていく。<br>「そして、我々が幼児期に欲するのは母乳と同じ甘みを持つものだ。だが、考えてみたまえ。成長するにつれ、我々が好む味覚は段々と苦いものになっていく。山葵然り、ゴーヤ然り、珈琲然り」<br>彼はまた別の本を取り出す。<br>「幼児期に得たものを人間は本能的に求める傾向にある、ということは既に多くの研究者によって研究されている」<br>新たに手にとった本の題名を友紀に見せる。<br>『幼児性と本能』という題名だった。<br>著者は、帝門大学の著名な脳科学者。<br>この教授が博識なのは友紀も知っていたが、脳科学にまで手を出しているのは知らなかった。<br>そんな友紀の心の裡を知ってか知らずか、教授は更に続ける。<br>「そういった事実と照らし合わせてみると、人間が成長して求めるものは『血』であると言えなくもないのではないかい？」<br>そこまで一気に吐き出すと、教授はくっ、と牛乳をあおった。<br>「ふむ、牛乳もすてたものではないな」<br>そして友紀は率直な感想を述べた。<br>「…教授が変人だということはよく解りました」<br>「君は平生から私を変人だというが、それは個体数が少ないから平均から外れているというだけであって、私が君と同じ人間という事実は覆しようもないことなんだが」<br>「…それが変人だって言ってるんですよ」<br><br><br>「しっかし、いくら場数を踏んでも、現場に行くのは慣れねぇなぁ…」<br>「そっスね」<br>メールを返信するとすぐ、現場の場所を教えられた敦盛となつこは徒歩で現場に向かっていた。<br>「そんなすぐに行かなくてもいいだろうし、コンビニでも寄っていくか」<br>「いいっスね。俺ジャンプ立ち読みします」<br>そんな事を言いながらコンビニに向かおうとする二人の耳に、男性の悲鳴が届いた。<br>「「！」」<br>二人は顔を合わせ、悲鳴の方に向かって走っていく。<br>ある程度まで近づいた辺りで、靴がぴちゃぴちゃと水を踏んでいることに気づいた。<br>そして、それに気づくと、周りに嫌な臭気が立ち込めているのにも気づいた。<br>「…水？」<br>よく嗅いだ臭い。<br>「…これは、血？」<br>彼女たちは、血だまりの中にいた。<br>「…先輩」<br>「しっ！…この角からだ」<br>その臭いは、曲がり角の奥から手を伸ばしていた。<br>内に潜めたニューナンブに手をかけ、直ぐに発砲できるように安全装置を解除する。<br>「動くな！」<br>角から飛び出し、何かが居ると分かるや否や、流れるような手つきで拳銃を取り出し、長年の勘と慣れだけでその太腿に向けて鉛玉を放つ。<br>果たして彼女の銃弾は見事にその太腿を捉え、低く呻くような声が聞こえた。<br>『それ』はローブの様なものを着ていて、フードを目深に被っていた為に顔は見えなかったが、その体つきから男であるように見えた。<br>そしてその男は、ブロック塀に倒れかけさせた男性の懐をまさぐっていた様だった。<br>男性からは今もドクドクと血が流れている。生死が分かれるのは時間の問題だろう。<br>「手を挙げて！」<br>銃を構えたまま、呻く男に叫ぶ。<br>日が傾いたとはいえまだ辺りは明るい。<br>この騒ぎを聞きつけた住民が出てくる事態だけは避けたかった。<br>すると、その男は痛むであろう足を引きずりながら走り出した。<br>「待ちなさい！」<br>彼女の静止を聞かず、男はそれでも走る。<br>「敦盛！あの男を追って！」<br>「え？あ、はいっス！」<br>事態をよく呑み込めていない敦盛だったが、それでもあの男を追いかける。<br>「大丈夫ですか！？」<br>それを見てなつこは倒れている男性に声をかける。<br>「う…あ…」<br>見ると、その男性の四肢は所々喰いちぎられた様な痕が残っている。<br>「ひどい………大丈夫ですか？！今救急車を呼びますから！」<br>携帯電話を取り出してコールする。<br>一般人なら取り乱して何処にかけるのか混乱しそうなものだが、幸い彼女は刑事で、それ以上に精神がタフだった。<br>間違えることなく救急車を呼び、警察署にも連絡を入れた。<br>「もうすぐ救急車がきますからね！」<br>「あ…う………ほ、…ん…」<br>「え？何ですか？」<br>男性は彼女の手を取り、傍に落ちていた本を取らせた。<br>確かに辺りは血だまりであるはずなのに、その本だけは血を避けるかのようにそこにあって、それでいて血を吸っているかの様に紅く鈍い光を反射していた。<br>「私の…代わりに…うっ…」<br>「喋らないでください！」<br>内臓がかなり傷んでいるのが見て取れた。<br>「私の…代わりに…これを……」<br>「これを？」<br>「これを…守って……」<br>そう言うと、男性はすっ、と何も言わなくなった。<br>急に力が抜けた様に男性の体が重くなる。<br>体が熱を失い、夏であるにも関わらず、みるみるうちに冷たくなっていく。<br>「…くっ…」<br>彼女は拳をアスファルトに思い切り打ち付けた。<br>「先輩！」<br>敦盛が息を切らしながら向かってくる。<br>その手には例の男の着ていたローブがあった。<br>「先輩、その人は…」<br>なつこは力なく首を振った。<br>「そうですか…追いつきはしたんですが、捕まえたと思ったら、このローブだけ掴んでて…」<br>「…そうか。いや、仕方ない。そのうちここの管轄の刑事が来る。それまで待っていよう」<br>「そうっスね…」<br>程なくして、数名の刑事と鑑識が到着した。<br>「どうもお久しぶりです、丹下さんに高井さん」<br>その中の一人に、彼ら二人は声をかけられた。<br>独特の掠れたような低い声音。<br>署内でも最古参の一人である古畑任二郎だった。<br>迷宮入りしそうになった事件をその類希なる観察眼と洞察力、推理力でことごとく解決してきた伝説の刑事だ。<br>しかし、新人である敦盛やなつこにも優しく接し、その人の良さから多くの刑事から畏敬の念を抱かれてもいる。<br>「古畑さん」<br>「お久しぶりっス」<br>「どうしましたか、高井さん」<br>古畑が落ち込むなつこに声をかける。<br>「いえ…ただ、私はあの人を守れなかった…それが、悔しいんです」<br>「高井さんが落ち込むことではありませんよ」<br>古畑は続ける。<br>「高井さんはその時に出来る最善を尽しました。それで守れなかったのは仕方ありません。そこで落ち込むのではなく、我々は彼の為にも、その犯人を探さねばならないのですよ」<br>「…はい」<br>「それで丹下さん、大体のあらましを説明して頂けますか？」<br>「あ、はいっス」<br>敦盛は古畑やその他の刑事、鑑識に事の顛末を話した。<br>「…ふむ、そんなことが」<br>「ええ」<br>「取り敢えず、一通りのことを済ませて死体を運びましょう。高井さん方もついて来て下さい」<br>「………」<br>「高井さん？」<br>「…え？あ、はい」<br>「あぁ、それから、私の知り合いの法医学者にも声をかけましょう」<br>そう言うと古畑は携帯電話を取り出して、どこかへ掛けだした。<br>その声を聞きながら、なつこは昔のことを思い出していた。<br>あの悲惨な事件のことを。<br><br>ｰｰ1998年8月<br>当時小学生だった高井なつこは、夏休みを利用したホームステイをしていた。<br>滞在先はアメリカ。<br>そしてそのホームステイの最終日、彼女はホストファミリーに連れられてハーバード大学の見学に来ていた。<br>「えっと…あいきゃんしーひあーばいまいせるふ！」<br>たどたどしい英語で彼女はホストファミリーに告げる。<br>元々彼女は一人でここを見に来るつもりだったのだ。<br>ただ、ホストファミリーはかなり親切な人で、仕事などの空き時間を無理に使ってついて来ているということは彼女も子供心にわかっていた。<br>それに、ただ単純に、この広い大学を一人で見て回りたいという気持ちもあった。<br>そういう意味も込めて言うと、ホストファミリーはひどく心配そうな顔をして、何かあったらここに電話するように、とアドレスを書いた紙を渡した。<br>「てんきゅー！」<br>ニコリと笑って、彼女はとてとて走っていったのを覚えている。<br>初めて見る大学。それも異国のもの、ということで、彼女の気分は高陽していた。<br>広大なキャンパスは多種多様な人種の人々で彩られ、歴史ある施設が時間の重さを物語る。<br>「うわー…」<br>すると、キャンパスの中にいた数名のグループが彼女に近づいてきた。<br>彼らは皆一様に同じローブを羽織り、ブツブツと何かを呟いていた。<br>彼女の近くまで来ると、そのうちの一人が彼女に鼻詰まった英語で話しかけた。<br>『貴女は神を信じますか？』<br>「え？え？」<br>英語が分かるといっても、小学生相応のなつこには、彼らが何を言っているのか理解できなかった。<br>『人間は生まれた時から罪を重ねて生きています。死こそが全ての償いであり、我々の魂を神に返還することで、我々は初めて救われるのです』<br>「えっと…」<br>彼女は心細さで涙目になりながら、辺りを見回した。<br>しかし、周りの人々は皆、彼女と目を合わせない様に足早に通り過ぎていく。<br>本気で泣きかけた時、一人の少年と目が合った。<br>彼女と同じ黄色の肌を持つ彼は、やれやれと首を振ると、彼女の方に近づいてきた。<br>『おい、彼女、困ってるだろ』<br>そして男たちとそのまま英語で二、三言話しをすると、男たちは諦めたように背を向けて去っていった。<br>「助かった…」<br>彼女は思わず呟き、少年の方を向く。<br>少年とはいっても、高い身長と整った顔立ちは、彼に年不相応な雰囲気を漂わせていた。<br>「あー…てんきゅーべりーまっち」<br>「日本人か？」<br>英語で礼を言う彼女に、彼が日本語で聞いた。<br>「え？あ、はい」<br>「そうか。俺も日本人だ。だから日本語でいい」<br>「そう？…じゃあ、日本語で」<br>「それにしても、面倒なのに当たったな」<br>「さっきのは？」<br>「最近流行り出したカルト集団だ。日本にもいるらしいんだが」<br>「そうなんだ…」<br>「知らないならいいんだ。これからは気をつけろよ。じゃ」<br>そう言って彼はその場を離れた。<br>「親切な人もいるもんだなぁ…」<br>彼女は呟くと、またとてとて走った。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/accel0331/entry-11893193577.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jul 2014 22:40:22 +0900</pubDate>
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