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<title>エシ後屋のブログ</title>
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<description>日経225オプショントレーダーのエシ後屋が教会に通い福音を語り囲碁を打ち将棋を指し鉄道に乗り駅弁を食べるお話</description>
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<title>「多額の銀を払っても」～6月30日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">多額の銀を払っても教えを受けよ。これによって、お前は多額の金を手に入れるだろう。―シラ書51章28節</span></p><p>&nbsp;</p><p>シラ書の著者は知恵をこよなく愛し、高く評価していました。教育は最良の投資だとも言われます。高等教育も含め、生涯学びの機会を求めていきたいものですね。</p><p>&nbsp;</p><p>今年の初めから半年にわたってシラ書の格言を記事にしてきましたが、今日で最後となります。面白い言葉が意外と多く、思ったより長く続けることができました。これらの言葉が皆様の人生で何かのお役に立てば幸いです。長らくのご愛読ありがとうございました。（ブログはまだ続きます。たぶんｗ）</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12288282090.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Jun 2017 11:17:59 +0900</pubDate>
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<title>サムエルと霊媒～6月29日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">彼（サムエル）は、眠りに就いてからも預言し、王にその最期を予告し、また、民の不法を、取り除こうとして、地の底から声をあげて預言した。―シラ書46章20節</span></p><p>&nbsp;</p><p>シラ書44章から50章は、アブラハムやモーセ、ダビデなど、イスラエル史の偉人を列挙して称讃する箇所ですが、その中にサムエルも含まれています。</p><p>&nbsp;</p><p>さて問題なのは今日の聖句。サムエル記上28章6-25節では、苦境に陥ったサウル王が女霊媒師を訪ねて、サムエルの霊を呼び出す場面が描かれています。JWの見解では、人は死後無になるので、霊媒が呼び出したのはサムエルを装った悪霊であるとされていますが（<a href="https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2010009#h=12:0-16:196" target="_blank">塔10/1/1</a>）、どうやらシラ書の著者はこれを本物のサムエルだと考えていたようですね。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ知恵文学でも、JWがよく引用するコヘレト（伝道の書）9章などでは死者は何も知らず陰府には仕事も知識も知恵もないと説いていますが、一方でこのシラ書のような箇所もあるわけで、聖書の思想は一筋縄ではいかないものだということを、改めて認識させられます。</p>
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<pubDate>Thu, 29 Jun 2017 16:09:48 +0900</pubDate>
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<title>「みだらな老人をたしなめる」～6月28日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">無知な者や愚かな者、みだらな老人をたしなめることを恥じるな。―シラ書42章8節</span></p><p>&nbsp;</p><p>「キレる老人」が増えている昨今、うかつにたしなめるのもどんなものかと思いますが、それにしても「みだらな老人」とは困ったものですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 28 Jun 2017 15:10:46 +0900</pubDate>
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<title>「鍵を掛けよ」～6月27日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">人手の多いところでは、物に鍵を掛けよ。物を預ける時には、数を数え、重さを量れ。収支はすべて書き留めよ。―シラ書42章6、7節</span></p><p>&nbsp;</p><p>泥棒と詐欺にはご用心。</p>
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<pubDate>Tue, 27 Jun 2017 17:02:04 +0900</pubDate>
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<title>「恥のいろいろ」～6月26日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">食卓にひじをつくこと、与える時や受ける時のせせら笑い、お前に挨拶する人の前での沈黙、娼婦に目を留めることを恥じよ。親戚に門前払いをくわすこと。他人の分け前や払うべき物を掠め取ること、人妻をじろじろ眺めることを恥じよ。また、他人のはしためを弄ぶことを恥じよ。友人に向かって侮辱の言葉を吐くことを恥じよ。贈り物をした後で小言を言うな。―シラ書41章19-22節</span></p><p>&nbsp;</p><p>この時代の人々の恥の感覚がなんとなく見えてきますね（笑）。</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12287102242.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Jun 2017 13:05:17 +0900</pubDate>
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<title>「名声は永久に」～6月23日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">お前の名声に思いを致せ。それは生き残る。千金の大きな宝に勝って。一生のうち幸せな日々には限りがあるが、名声は永久に残る。―シラ書41章12、13節</span></p><p>&nbsp;</p><p>「命を惜しむな、名を惜しめ」は日本の武士道の精神ですが、意外と近い価値観がこんなところにあるのですね。</p>
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<pubDate>Fri, 23 Jun 2017 10:47:42 +0900</pubDate>
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<title>「ああ、死よ」～6月22日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">ああ、死よ、お前を思い出すのは何とつらいことか。財産があり、安穏に暮らしている者にとって。また、心を乱すことなく、すべてにおいて栄え、今もなお楽しみを味わう力をもっている者にとっては。</span></p><p><span style="font-style:italic;">ああ、死よ、お前の宣告は何と喜ばしいことか。力が衰えて、困窮している者にとっては。また、すっかり年老いて、あらゆることに心を乱し、怒りっぽく、忍耐心を失った者にとっては。</span></p><p><span style="font-style:italic;">死の宣告を恐れるな。お前の先に去った人々と、お前の後に来る人々を思え。―シラ書41章1-3節</span></p><p>&nbsp;</p><p>その人の置かれている状況によって、死は全く逆の意味合いを持つようになることを教えています。高齢化が進み、「いかに善く死ぬか」が問われる今、医学が進んでいなかった時代の人々が残したこのような言葉を、もう一度考え直してみたいものです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12285905589.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Jun 2017 11:17:00 +0900</pubDate>
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<title>「主を畏れる」～6月21日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">富と力は心を引き立てる。しかし、このいずれにも勝るものは、主を畏れることである。主に対する畏れがあれば、足りないものは一つもない。これがあれば、もはや、助けを求める必要はない。―シラ書40章26節</span></p><p>&nbsp;</p><p>やはり聖書ですから、最後はこういう結論になりますね（笑）。</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12285709106.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Jun 2017 17:51:30 +0900</pubDate>
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<title>「金と銀に勝るもの」～6月20日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">金と銀は人を安定させる。しかし、このいずれにも勝って尊ばれるものは、善い助言である。―シラ書40章25節</span></p><p>&nbsp;</p><p>安定した生活にお金は欠かせませんが、優れた助言から得られる情報や知識はさらに重要だと教えています。<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%A0%BC%E5%B7%AE" target="_blank">情報格差</a>やデジタルデバイドが問題になっている現在は、特にそう言えそうです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12285345266.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Jun 2017 12:19:57 +0900</pubDate>
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<title>「野の若草の緑」～6月19日の日々の聖句</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">優雅と美しさは目の好むところ。しかし、このいずれにも勝るものは、野の若草の緑である。―シラ書40章22節</span></p><p>&nbsp;</p><p>新緑の美しい季節。世に美しいものは数ありますが、やはり自然美に勝るものはありませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/acgoya/entry-12285029544.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jun 2017 10:30:09 +0900</pubDate>
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