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<title>タマ@ヒトミさんの読書ブログ</title>
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<description>最近読んだ本の書評をしてます。</description>
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<title>”自然の中の不思議に思いを馳せる”</title>
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<pubDate>Mon, 25 May 2020 22:55:39 +0900</pubDate>
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<title>自然の中の不思議に思いを馳せる</title>
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<![CDATA[ <font size="5">里山奇憚&nbsp; よみがえる土地の記憶</font><div><br></div><div>&nbsp; 元々私は自然、生き物が大好きな人間で、小さい頃から自然公園で遊び回っていた。将来は生き物屋になりたいと思っていた時期もあった。</div><div><br></div><div>&nbsp;そんな私が、Twitterで見かけた【里山奇憚】に興味を抱いたのは当然かもしれない。</div><div><br></div><div>&nbsp;この本は、鳥や虫、動植物を愛するいわゆる【生き物屋】たちが見聞きした、野山、里に纏わる不思議な話を集めたものだ。</div><div><br></div><div>&nbsp; 短編集で、１話１話はとても短く読みやすい。</div><div><br></div><div>&nbsp; その全41篇の短編の中で、私が最も好きな4つの話を紹介したいと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div><b style="">【おまっしらさん】</b></div><div>&nbsp; おまっしらさんとは、とある山神様の呼び名のことだ。毛むくじゃらで手足の長い獣の姿をしていると言われている。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp; さて、このおまっしらさん。相手を威圧するような恐いものではあるのだが、語り手の伯母の存在には滅法弱かったりもする。</div><div><br></div><div>&nbsp;その伯母上はあろうことか、山の神様であるおまっしらさんを大声で叱り飛ばす。そして、叱られたおまっしらさんは、その場から姿を消すのだ。</div><div><br></div><div>&nbsp; 怪異を大声で叱り飛ばす伯母上も流石だが、人に叱られて体を丸めてしょぼしょぼと退散していく山神様というのもなかなか可愛らしい。<br></div><div><br></div><div>&nbsp; それは、この山神様が語り手の伯母上を最も信頼しているからなのだそうだ。毎日祠を掃除し、お供え物を欠かさない。そこには、しっかりとした山神様、しいてはその『山』そのものへの畏敬の念が感じられる。</div><div><br></div><div>&nbsp; 怪異談と言えば恐ろしい物語。そんな話が主流の中で、こんな可愛らしく、尊い物語に出会えたのがとても嬉しい。</div><div><br></div><div>&nbsp; 私も、怪異に尊敬されるような存在になってみたい、と、到底無理なことを思ってしまう。</div><div><br></div><div>&nbsp; 怪異に尊敬されるような存在にはなれないが、自然に対して畏敬の念を持つことはできる。</div><div><br></div><div>&nbsp; 自然に対して尊いと感じる気持ちを忘れずに過ごしていきたい。そんなことを、感じさせる物語だった。</div><div>&nbsp;&nbsp;</div><div>&nbsp;&nbsp;</div><div><b style="">【いけるしかばねのしかのし】</b></div><div><b style="">&nbsp; &nbsp;</b>最初に紹介した話とはうって変わって、こちらはミステリー要素を含んだ、とても不可解な物語だ。</div><div><br></div><div>&nbsp; よく山に入る人が体験することのひとつに『死臭が漂ってくる』ことがある。どこかで獣が死んでいるのだろうか。しかし、死骸が見つかることはない。しかも、とても強い臭いなのに、帰りに同じ場所を通るとなぜか綺麗さっぱりなくなってることもある。</div><div><br></div><div>&nbsp; そんな話を山でたまたま出会った猟師と話す語り手は、興味を引かれて</div><div><br></div><div>"もしかして、そういう不思議なことにはよく出くくわしたりするんでしょうか"</div><div><br></div><div>&nbsp; と、そう訪ねるのだ。</div><div><br></div><div>&nbsp; その後、猟師が話す不思議な話に、私は背筋がぞっ、となるのを感じた。</div><div><br></div><div>&nbsp; 私の地域では近くに小さな雑木林があるためか、時たま狸が顔を出す。</div><div>&nbsp; しかし、交通量もそこそこあるため、小学校の頃には、歩道の端に車に引かれたであろう狸が横たわっていることがあった。</div><div><br></div><div>&nbsp; もし、その狸が既に死臭を放つくらい、腐敗していたとしたら…？</div><div><br></div><div>&nbsp; 考えれば考えるほど不可解で背筋が寒くなる。</div><div><br></div><div>&nbsp; そして、もう一度思い返してほしいのは、この本に書かれていることは<font color="#ff2a1a">『生き物屋が実際に見聞きした怪異談』</font>であるということだ。</div><div><br></div><div>&nbsp; 『いけるしかばねのしかのし』</div><div>&nbsp; このタイトルを考えれば考えるほど、背筋が寒くなる。</div><div><b style="">&nbsp;&nbsp;</b></div><div><b style="">【松虫】</b></div><div>&nbsp; 松虫をご存じだろうか？有名な童謡にも登場する、日本を代表する虫といってもいいかもしれない。</div><div><br></div><div>&nbsp;ちんちろちんちろちんちろりん</div><div><br></div><div>&nbsp; そんな、可愛らしく綺麗なフレーズは誰もが歌ったことがあると思う。</div><div><br></div><div>&nbsp; さて。物語を語ってくれるのは、とあるペンションの主人だ。</div><div><br></div><div>&nbsp; その主人は、この場所に移り住む前、精神を病んでしまい、家に引きこもる日が続いていた。そんな時にかかってきたとある電話。</div><div><br></div><div>"…特に何かあったわけではないんだが、声が聞きたくなって"</div><div><br></div><div>&nbsp;そんな、のんびりと穏やかな口調で話してくる相手に、主人は懐かしさを覚えるのだ。</div><div><br></div><div>"なんだお前だったのか。懐かしいな"</div><div><br></div><div>&nbsp;そこから、電話の主とのやり取りが始まった。彼からの電話からは、いつも松虫の声が聞こえている。</div><div><br></div><div>&nbsp;そんな、懐かしさ溢れる電話のやり取りがが続く中で、主人は故郷に帰ることを決断する。</div><div><br></div><div><br></div><div>&nbsp;これだけを書くと、一体どこが怪異談なのかと思われるだろうが、この話はれっきとした怪異談だ。それは、本書を読めばすぐにわかる。</div><div><br></div><div>&nbsp;私はこの話を読んで、この『電話先の声の主』に思いを馳せた。</div><div><br></div><div>&nbsp; 一体、この人とどんな関わりがあったのだろう。</div><div><br></div><div>&nbsp;それは、私の想像を越えた、人智を越えた関わりなのかもしれない。はたまた、極々普通の、ありふれた関わりなのかもしれない。</div><div><br></div><div>&nbsp;どちらにせよ、この人はこの不思議な体験を得て、自分を取り返したのだ。</div><div><br></div><div>&nbsp;そこには、切なくて暖かい、不思議な出会いの形があった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>これら以外にも、たくさんの怪異談が収集されている。</div><div><br></div><div>あなた好みの物語も、きっと見つかるだろう。</div><div><br></div><div>もしよければ、私にも是非聞かせてほしい。</div><div><br></div><div>この物語の何に共感し、何に引かれたのかを。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200525/22/afkhm0902/55/b0/j/o0810108014764274248.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200525/22/afkhm0902/55/b0/j/o0810108014764274248.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 24 May 2020 16:41:25 +0900</pubDate>
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<title>『遺体  震災、津波の果てに』を読んで</title>
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<![CDATA[ 『遺体』<div>そんな、衝撃的なタイトルのこの本を、私は読むことになった。理由は、３月の頭に私が所属している市民劇団で震災をテーマにしたリーディング公演をやることに決まったからだ。</div><div><br></div><div>私は、この『遺体』から抜粋した１節を朗読する。</div><div><br></div><div>抜粋された台本をもらい、はじめて語りを読んだ際、演出から</div><div>『そんな風に読んでほしくない』</div><div>と言われたのだ。</div><div><br></div><div>私としては、精一杯読んだつもりだった。とは言っても台詞があるわけではなく、ただ状況の説明だったため、確かに軽く考えてはいた。</div><div><br></div><div>『散乱した遺体を回収って、どんな感じだかわかってる？ちゃんと想像してる？』</div><div><br></div><div>正直、全くもって想像できない。もう一度読み直したが、最初とあまり変わってる感じはしなかった。</div><div><br></div><div>これではまずい、と思ったため、同じ出演者から本書を借りて、読むことにしたのだ。</div><div><br></div><div>そこには、津波の発生から事態の沈静化に至るまでのまさに『遺体』の詳細が語られていた。</div><div><br></div><div>正直、今でも実感がわいているとは言いがたい。それはそうだ。私が生まれてから『遺体』と対面する回数なんてたった２回。それも、棺の中に入れられ、まるで花畑の中で眠っているかのような姿だけだ。ましてや水死体や損壊した遺体なんて見たことがない。</div><div><br></div><div>そんな人達だったはずなのだ。本書に出てくる、被災した人々は。</div><div><br></div><div>3月11日。あの日、たった半日で何人ものひとが津波に流され、生き残った人達も、見知った街に見知った人の死体が転がっている。そんな『地獄』を目の当たりにしたのだ。</div><div><br></div><div>本書を読んでいて、特に印象に残ったことがある。それは、</div><div><br></div><div>『まるで眠っているような姿なのに、その、口、鼻、耳、穴という穴に泥が詰まっていた』</div><div><br></div><div>という文。</div><div><br></div><div>愛しい我が子を見つけて、顔を見ると、まるで眠っているかのようで。けれど、呼吸をしていたであろう口や、鼻に泥が詰まっている。そこで、『ああ。この子はもう、息をしていないんだ』</div><div>と悟る。</div><div><br></div><div>なんて、残酷なんだろう。でも誰も責められなくて。ただただ、悲しさと悔しさ、虚しさだけが募る。</div><div><br></div><div>そんな地獄の中でも、懸命にその『遺体』の尊厳と遺族の悲しみに寄り添おうと動いていた人達がたくさんいたのだ。</div><div><br></div><div>遺体安置所の管理を買ってでた方は、次々と運ばれてくる遺体、中にはもう腐敗しきって人とも判別がつかなくなっている人たちに対し、『ちゃんと、家族のもとに届けてやるからな』と優しく声をかけ続ける。そして、泣き崩れる遺族に対し、『毎日、会いに来てあげてください。この方もきっと喜ばれます』と慰め続けていた。</div><div><br></div><div>身元を割り出すため、ひたすらに運ばれてくる遺体の口腔内を調べ続けた歯科医師。<br></div><div>身元を特定するとはいえ、この未曾有の大災害でどれだけの遺体が家族のもとに帰れるのだろう？</div><div>&nbsp;もしかしたら、自分のやっていることは無駄に終わるかもしれない。そう感じながらも、1すじの期待と希望を込めて、次々と運ばれてくる遺体をくまなく調べて回る。</div><div><br></div><div>今回、私が読むことになった1節。消防団員の話。彼らは、震災直後から行方不明の人々の捜索と遺体の回収を行っていた。</div><div>『助けてください』</div><div>本書に出てくる彼らは、この言葉を、生涯忘れないだろうな、と思う。</div><div><br></div><div>1部抜粋して紹介したが、他にも様々な人が震災直後、混乱する中で、少しでも人々の心に寄り添おうと動いていたのだな、と感心すると共に、そこに人の『強さ』を感じた。</div><div><br></div><div>体験してない人には想像できないほどの『地獄』を経験しながら、他人を思いやり、死者にも敬意を払う。そんなことが、私にも出来るのだろうか。</div><div><br></div><div>人生には必ず一回。大地震を経験すると言われている。私は生まれてこの方、これほどの大きな地震に見舞われたことはない。しかし、今後生きていく上で、いつなんどきこんな災害が降りかかるのかわからない。</div><div><br></div><div>その時に私は、冷静に避難し、その後も冷静に復興の手助けをしていくことが出来るのだろうか。そんなことを考えさせられた書籍だった。</div><div><br></div><div>今回、コロナの影響で本公演が延期となった。まだまだ私は、彼らの姿をリアルに表現する事はできていない。これから、また、考えていかなければならない。</div>
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<link>https://ameblo.jp/afkhm0902/entry-12580736785.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Feb 2020 18:01:48 +0900</pubDate>
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<title>星の子を読んで</title>
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<![CDATA[ 『両親が怪しい宗教にのめり込み、それが少しずつ、家族のかたちを歪めていく…』<div><br></div><div>そう、聞いたら、あなたはどんな物語を思い浮かべるだろう？</div><div><br></div><div>歪んでしまった家族の再生の物語？それとも、物語が進むにつれてどんどん壊れてくる救いようのない、そんな物語だろうか？</div><div><br></div><div>この、今村夏子さんの『星の子』の物語はそのどれにも当てはまらない。少なくとも、私はどちらにも当てはまらないと、そう感じた。</div><div><br></div><div>何故なら、主人公のちひろと、その両親は幸せだからだ。</div><div><br></div><div>ちひろは幼い頃体が弱く、それをきっかけにして両親は宇宙を信仰するという怪しげな宗教にのめり込んでいく。そののめり込み方は常軌を逸する。ちひろの生活環境に対し虐待と言う表現を用いる人もいた。</div><div><br></div><div>けれど、その中でちひろは、やはり幸せなのだ。その『異常』な彼女にとっての『日常』をそれでも楽しく歩んでいる。</div><div><br></div><div>私はこの本を読んで、何とも言えない悲しさと気持ち悪さ、怖さを感じた。しかし、それと同時に、１つの幸せな家族の形も見えたのだ。それが、私がこの本を読んでからずっと感じているもやもやの正体かもしれない。</div><div><br></div><div>最終的に解決してない問題も多く、読者の創造力をかきたてる。</div><div>&nbsp;ラストのシーンが正にそれだ。ちひろがひたすらに『寒いから帰ろう、ほら、流れ星が見えたから戻ろう』と両親に言うのに対し『私たちには見えなかった』と丘で家族３人で星を眺め続ける。それで、終わりなのだ。この物語は。</div><div><br></div><div>文章にはその内容しか書かれていない。そこから、どう読みとくのかは読者の自由である。</div><div><br></div><div>私は、最初、率直に『死』を連想してしまった。このまま、朝になったら３人で冷たくなっているのではないか…、と、読んでいるときは考えてしまった。しかし、読んだものを噛み砕いていくと、両親の中にも沢山の葛藤があったのかなあ、とも思う。</div><div><br></div><div>この宗教を信仰しながらも、本当は『これじゃいけない』『少なくとも娘はこれではいけないのかもしれない』という思いがあったのではないか。自分たちから離れて生きていく道を歩ませるべきかもしれない。けれど、娘を愛しているからこそ、離れがたい。そんな、子供じみた葛藤が、あのシーンにあったのかもしれないな、とも思う。</div><div><br></div><div>この作品は、芦田愛菜主演で映画化される。私は、ご縁があってこの作品のエキストラとして参加させていただいた。本を読んで、より一層映画への期待も高まった。一体監督、演出はこの物語をどう解釈したのだろう？どう映像化したのだろう？そこに、救いはあるのか。全くないのか。</div><div><br></div><div>是非、劇場でも確認してみたい。</div>
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<pubDate>Mon, 03 Feb 2020 22:25:10 +0900</pubDate>
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<title>『感染症の世界史』を読んで</title>
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<![CDATA[ 人類の歴史は、『感染症との戦いの歴史』と言ってもいい。それだけ古い時代から、人類は細菌、ウイルスと戦い続けてきたことがよく分かる本。<div><br></div><div><br></div><div>印象に残ったのは『エボラ出血熱、SARS等危険な細菌、ウイルスは元々野性動物を宿主としていた』という記述。それも、中には野性動物と平和的に、何の問題もなく共存していたものもあると言うのが面白かった。</div><div><br></div><div>何故、野性動物を宿主としていたものが突然人類を襲うのか。</div><div><br></div><div>&nbsp;新たな細菌、ウイルスによる感染症は、人類による開拓や森林伐採によって『人』と『自然』との距離が近くなることで発生していると、この本を読んでいて感じた。</div><div>&nbsp;また、前述した『野性動物の体内にいたときは何の問題もない』についてだが、面白くも厄介なことに、宿主が変わると突然毒性が強くなるウイルスや細菌がいるそうだ。私が生まれてから希に見る新型のインフルエンザ等の感染症も、この例によるものだろうと思う。</div><div><br></div><div>ほとんどのウイルス、細菌の元をたどると『コウモリ』に行きつくという記述も面白かった。そういえば、今話題の『新型コロナウイルス』も、元はコウモリからの感染症なのではないかという意見がテレビで出ていたが、案外間違っていないのかもしれない。</div><div><br></div><div>また、『マールブルグ熱』など、猿からの感染症も人類にとって重症化しやすいものらしい。人類にいちばん近いという理由で動物実験の対象になりやすく、マールブルグ熱はそれが元で感染が拡大している。人類のためと実験をされて、それによって人類にとって致命的な感染症を発症。皮肉な話だ</div><div><br></div><div>&nbsp;感染症か騒がれ、人類にとって『悪いもの』という印象が強いウイルスや細菌類だが、人の体内にも沢山の常在菌がおり、そのほとんどが人体に有益であり、なくてはならない存在だ。しかし、一旦外に出て食品内で増殖、毒素を出すことによって食中毒を起こすものもいる。全くもって厄介だ。だけども面白い。</div><div>&nbsp; また、『感染症が退治されるのと反比例するようにアレルギーが急増してきた』という記述も興味深い。</div><div><br></div><div>&nbsp;管理栄養士という職業柄、大学で感染症や細菌、ウイルスについては危険性を含め頭に叩き込まれてきた。微生物は目に見えない。だけれども、確実に目の前に存在しているものだ。それも、全ての生き物にとって最も身近で距離の近い『生物』(ウイルスは生き物ではないが)だと思う。しかし、目に見えないからこそ、これらに対する認識や認知が甘いように思う。身近で最も危険で最も有益な存在である『微生物』のことを、私は隣人としてちゃんと知っておきたい。この本は、タイトルの通り人類と感染症の歴史であり、具体的な対策などは記術されていないので、新型コロナウイルスの対策を求めて読むのなら他を読むべきだと思う。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/afkhm0902/entry-12571357228.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2020 21:00:04 +0900</pubDate>
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<title>【私の自己紹介】ブログ始めました！</title>
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<![CDATA[ <p class="post-assist-hanashi-android" style="text-align: center;"><a href="https://blogtag.ameba.jp/detail/私の自己紹介" target="_blank"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/img/stamp/cpn/first_assist/shokai.png" width="150"></a><br><span style="font-weight:bold;"><a href="https://blogtag.ameba.jp/detail/私の自己紹介" target="_blank">みんなの回答を見る</a><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/122.png" width="24" height="24" alt="右矢印" style="vertical-align: text-bottom;"></span></p><br>▼ ニックネームは？<div>ヒトミ<br><div><br>▼ ブログを始めたきっかけは？</div><div>読んだ本の感想を書きたかったから始めてみました。適当に、自由に書いていきます。</div></div>
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<pubDate>Thu, 30 Jan 2020 20:52:55 +0900</pubDate>
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