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<title>一日休むと二日だめになる</title>
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<title>日垣隆（2006）『どっからでもかかってこい!　売文生活日記』WAC</title>
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<![CDATA[ 「筆者の言いたいことを五〇字以内でまとめなさい」という出題がありかわらずあり、頭にくる。五〇字以内でまとめられるなら、最初からそうしているわい。<br>p. 40<br><br>　「質」のことを言い出す人がいる。それはもう読者の評定に委ねるしかないだろう。たいていの場合「質」云々は、「量」をこなせないことの言い訳になっているので、現役の走者としてはひたすら増量を目標に歩んでゆくしかない。<br>　大切なことは、自分の鑑識眼と道徳心が合格印を押す範囲内で、たとえ小さなものでも完成させ続けることだ。完成させずに、本来もっと良いものができるはずだ、と自分を騙してその場に留まるのは明らかに幻覚を見ているのである。嫉妬深い人は、実態より自己評価が高い。自己評価が高いと、努力を怠る。努力とは、現在における自分の到達点に対する否定または不満の表現以外のなにものではない。<br>　子ども時代や今でも学校でよく聞くフレーズに、「やればできる」という言い方がある。そんなこと、あたりまえではないか。誰だって、やれば多少はできるようになる。問題はやるかどうかだ。「やればできる」は本当は能力が高いということを言いたいだけの、単なる自己弁護にすぎない。<br>　同様に、「本来もっと良いものができるはずだ」という言い訳も、他人や周囲のせいにする心理のあらわれである。まともに評価できる人がいれば自分のこの偉大な才能は認められるはずだと、そのへんの子どもが腰に手を当てて言い放っていたら、ほぼ全員の大人は同じ感想をもつだろう。<br>　できるだけ多くの仕事を完成させるか、可能なかぎりたくさんの実践で鍛えるしか、いかなる上達も訪れない<br>p. 174-175<br><br>　一万という数字は、おそらくプロとアマチュアを隔てる最初の分水嶺なのだろう。<br>　一万時間、一万回、一万冊……。これを短期間にこなせた者だけが、どの分野であれ、ようやくプロの道に進んでゆける。本当の勝負は、それから始まるのだと思う。<br>p. 182<br><br>　自分の欠点を変えられない人や、欠点を補う（例えば物忘れしやすい場合はメモをとるとかの）小さなシステムすら作れない人は、おとなしくしているべきであって、断じて他者や天下国家に向かって改革せよなどと叫んではいけない。<br>p. 184<br><br> 怠惰な天才は、努力する凡人に、五年でかなわなくなる。<br>p. 236<br><br>昨夜たまたま本書のゲラ校正に疲れて逃避的に読んだコミック（ひうらさとる『ホタルノヒカリ②』講談社コミックスKiss）のなかで、高野部長四一歳が、「恋愛するより家で寝ていたい」主義だったのに最近三歳年下の恋人ができている干物女二七歳に、「言わなきゃ伝わんないことなんて、いくつになっても変わんないよ」とおっしゃっていたので、ううむなるほどと唸っておりました。<br>p. 258<br><br>必勝の要諦は、自分の都合や論理ではなく、「相手が認めざるをえない根拠に基づいて反論する」ことと、よほどの犯罪でない限りは「一つだけ逃げ道を用意してあげる」ことと、何より肝心なのは「そうしたほうが自分たちにも有利であり上司にも進言できる」という確信を相手にももたせることです。<br>p. 260<br>
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<pubDate>Wed, 12 May 2010 07:29:55 +0900</pubDate>
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