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<title>地球日和</title>
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<description>ようこそ＜地球日和＞へ｡夜が明ければ朝が来て､陽が沈めば月が出て……とどまることなく地球は回り続ける｡そんな一日一日をちょっと立ち止まって見てみたら､大切な何かが見つかるかも｡日々のなかで感じたままをマイペースに綴る､エッセイ･ブログ｡</description>
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<title>許し⑥</title>
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<![CDATA[ 上司からのリストラ宣告を受けて一週間後、私は会社を辞めた。<br>何も抵抗しなかったし、する気も起きなかった。<br>その足で、とある小さな会社の事務所へ向かった。私がリストラした元部下、２７歳の彼がここで働いていると、誰からか聞いていた。<br>何をするわけでも、会おうとも思ってないが、行かなければならない気がしていた。<br><br>事務所は、やけに殺風景でこじんまりとしている。事務服の女性と数名のスーツの男たち、彼らの倍ほどの作業着の従業員たちが何かの機械を動かしているのが見える。<br>そのなかでもひときわ、黙々と作業を見張っている若い男。彼だ。<br><br>一瞬、目が合った気がして、私は逃げるように立ち去った。<br><br>しかし、部下だったころのやる気に満ちた活き活きした眼、がむしゃらな姿勢‥、は影も形もなくなっていた。色を失った眼、積極性が無く、目の前の仕事にただ動かされているように見えた。<br>こんなふうに、私がしたのだ。一人の人間の人生を弄んだ。<br>そう思った瞬間、罪の意識に駆られた。何かを叫ばずにはいられず、発狂しそうなくらい、涙が溢れ出た。<br><br>そのときだ。後ろから声がした。<br>――愛情が強いほど、裏切られたときの嫌悪は同じくらい強くなる。だが時が経てば、嫌悪は再び愛情へと転じる力強さを持っているものだ。<br><br>振り向いた先にある姿は、｢眼鏡のようなもの｣を掛けて、私をまっすぐな眼差しで見ている。男のようであり女のようでもある。中性的な感じがした。だが、そんなことはどうでもいい。<br>なぜだか、私を救ってくれるような気がした。<br><br>何もかも見透かしたように、そいつは続ける。<br><br>――時間をかけて許されていくのだ。<br><br>そいつの声は、高くも低くもない。深海でゆっくり、静かに、長い年月をかけて研磨された状態で放たれたかのような、声質だ。<br><br>｢許される｣。<br>そのシンプルな言葉が心を落ち着かせる。<br>私の口からは決して言うことが許されないその言葉を、誰かに言ってもらいたかったのだ。<br><br>時間をかけて、一生をかけて私は、許されていかなければならない。あのとき彼を切った本当の理由を、いつか彼が分かってくれるときまで。<br>そのときを待って初めて、私が私自身を許すことができるのだ。<br>(終わり)
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<pubDate>Sun, 18 Jan 2009 20:02:16 +0900</pubDate>
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<title>許し⑤</title>
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<![CDATA[ なるべく冷ややかな表情と口調で私は彼にリストラを告げた。<br><br>彼は思いのほか冷静に話を聞いていた。ただ、俯いた顔を上げたとき、その眼は憎しみと怒りに満ちていた。そしてそれらの感情は全て私に向けられている。<br>それでいい。<br>未練など残すな。<br><br>私は｢解雇｣ではなく｢辞職｣を勧めた。そのほうが転職に差し支えない。せめてもの餞別だ。<br><br>こうして私は部下を一人失った。いや、手離した。この自らの手で。<br><br>噂はすぐに社内に広がった。｢若手切り｣｢リストラ部長｣｢リストラの対価で金を受け取っている｣。尾ひれが付き放題だ。<br>まもなくして、二人の部下のうちの一人、３６歳が辞職した。いつかは、と思っていたが予想以上に早かった。やられる前にやる、ということだろう。<br><br>残り一人の部下の４３歳は、次期に部署異動を申し出た。私の下では、いてもたってもいられない、ということだ。もはや咎めることはできない。二つ返事で私は彼の異動を承諾した。<br>異動後まもなく、彼は異動先の仕事に馴染めず、体調を崩して会社を辞めた。<br><br>こうして私の部下たちは皆、私の前からいなくなった。まさか会社は、こうなることを予測していたのではないか、とさえ思う。<br><br>異動した彼の退職の一週間後、私は上司に呼ばれた。<br>｢君の部下は三人とも辞めていったね。管理職としての管理能力が欠けているんじゃないか？上層部の苦渋の決断だが、君には辞めてもらうよ｣<br>｢待ってください。確かに二人は自主退職しましたが、はじめの一人は会社からリストラを宣告したんじゃないですか｣<br>｢あれは君に、退職推奨をしてくれと言ったんだ。そうして奮い立たせることで、本人の士気が上がることを目的としていたのに、まさか本当に辞めるとはね｣<br>｢ちょっと待ってくだ‥!｣<br>｢一週間以内に、仕事の引き継ぎと、身辺整理を行っておくように。頼んだよ｣<br><br>なんてことだ。<br>はじめから、こうする計画だったのだ。<br>会社の最終的なリストラの標的は、私だった。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10193642956.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Jan 2009 00:21:22 +0900</pubDate>
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<title>許し④</title>
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<![CDATA[ 罪の意識に苛まれるとは、このことか。<br><br>私は大事に育ててきた部下を手放した。いや正確には、見捨てた、と言われても仕方ない。<br>上の人間に逆らえず、部下だった彼のリストラを承諾した。<br><br>１ヶ月前、不況の風を追い払えなかった我が社は、大幅なリストラを決断した。管理職の私は、我が部署からリストラ人員一人選定することを命じられた。<br><br>冗談じゃない。私の三人の部下たちから、選べるはずがない。誰もが自分たちの人生を必死に生きている。<br>もちろん、最初は自分自身も頭数に入れていた。むしろ最終的には自分を。そう覚悟していたくらいだ。<br>しかしそれは、上司から固く釘を刺された。管理職である私が遅滞なく下の人間をリストラする、その行為こそが、私の上司の評価になる。典型的な組織のタテ社会。<br>だから私は残り３日で私の下の人間をリストラしなければならない。私の上司もかつてそうしたように。<br><br>２７歳、３６歳、４３歳。部下たちの年齢だ。<br>２７歳はこんなことを言う。｢俺はこの会社を変えたいです。いいところは残し、悪いところは改善していく。この会社の将来のために、自分のために。会社と一緒に成長していきたいです。｣<br><br>３６歳は、普段から口癖のようにこう言う。｢私はこの会社をステップだと思ってます。いつか大手会社へ移籍して、年収を増やすこと、それが目標です。愛社心？これっぽっちもありませんよ。余計な人情で、ステップアップを遅らせるわけにはいかないんです。｣<br><br>４３歳は、こうだ。｢僕はこの会社に満足してます。いや、ただのマンネリかもしれない。今更ほかの仕事に就く気はないし、このまま定年を迎えるくらいが丁度いいんです。｣<br><br>私は、リストラ人員を決めた。<br>２７歳の彼だ。<br>彼はまだ若く、向上心があり、腐っていない。間違いなく会社に必要な人財だ。だから早いうちにこの会社を出たほうがいい。リストラなんかに手を出し、雇用が崩れたこの会社は、どのみち永くはないだろう。<br>だったら私はここでこの脆い会社とともに崩れる。キミは能力を発揮できる場所で、牙城を築いてくれ。<br><br>‥許してくれなくていい。憎め。会社を、私を憎んで、未練など残すな。<br><br>翌日、私は彼にリストラを告げた。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10193021809.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jan 2009 21:20:45 +0900</pubDate>
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<title>冬空に③</title>
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<![CDATA[ あっという間に最終日だ。午前中に挨拶を軽くすまして潔く退社しよう。そう決めている。<br><br>｢お世話になりました｣<br>菓子を配りながら一人一人に挨拶をして回った。誰もが形式的な返事をし、パソコン画面から目を離そうともしない者もいた。退職者の扱いとはそういうものだ。私も昔はそうだった。<br><br>ハイヒールの女子社員とイマドキの若者がいない。なぜだか彼らにはきちんと挨拶をしておきたい気がしていた。残念だ。彼らの机の上に、そっと菓子だけ置いて、会社をあとにした。<br><br>しかし今日はよく晴れている。そういえば入社した日もこんな晴れた空だった。<br>営業に配属され、同期と売上を競い合った。優秀社員賞をとったこともあった。あぁ、その年の秋だ、同期入社の妻と結婚したのは。あいつには随分面倒をかけた。これからは旅行にたくさん行って恩返しをしようか。<br>人生の半分をかけて、会社に貢献した。私は、こうして面影さえ残さずこの会社を去ってゆく。<br>自分で決めた最後の形だ。なのになぜ、涙が止まらない。会社は家でも学校でもない。まして社員は家族でも友でもない。分かっていたはずなのに。<br><br>｢ちょっと待ってくださーい！｣<br>聞き覚えのある、人なつっこい声がした。<br>振り向くと、イマドキの若者とハイヒールの女子社員が小走りに向かってくるのが見えた。<br><br>｢よかったです間に合って。これ、どうぞ｣<br>そう言って彼女は抱えていた華やかな花束を私に寄越した。<br>｢あ…ありがとう｣<br><br>｢お花好きですものね｣<br>｢え？｣<br>｢毎朝会社の植物たちに水を遣っているじゃないですか。これからは部員が交代で水遣りしますから安心してください｣<br>‥何も言えない。ただただ嬉しさでいっぱいだ。<br><br>｢俺、これからは鉛筆使おうと思って。シャーペンより柔らかいし、なんか温かみがあっていいっすよね｣<br>そう言ってはにかんだ若者に、私はなんとなく好感を持った。そして自前の鉛筆を彼の胸ポケットに挿した。<br>｢いいんすか？！ラッキー！｣<br>｢大事に最後まで使ってくれよ｣<br>｢はい！｣<br><br>｢それじゃ｣<br>私は彼らを背に、歩き出した。<br><br>｢いままでお世話になりましたー！ありがとうございましたー！｣<br>２人の声がする。私は振り返らず右手を上げ、ひらひらと振った。それが精一杯だった。こんな泣き顔を見せられるはずもない。<br><br>悪くない会社人生だった。こんなことでそう思えるなんて現金なやつだと、冬空に、一人ほくそ笑んだ。<br>(終わり)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10172243753.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Dec 2008 20:35:39 +0900</pubDate>
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<title>冬空に②</title>
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<![CDATA[ ｢‥え?‥は、はいっ!すいません。すぐに確認します!｣<br>｢どうしたの?｣<br>新人の若者と、ハイヒールの女子社員の声がした。<br>｢営業部長から頼まれていた印刷物、俺が発注したんすけど、印字が間違っているってスゴイ怒ってるんですよ｣<br>｢営業部長から依頼された印字用文章はまだ持ってる？｣<br>｢コレっす｣<br>｢見せて。‥‥なんだ。元々の文章が間違ってるじゃない。キミはこのとおりに発注したんだから、ミスじゃないわよ｣<br>｢そっかぁ。ヨカッター。‥でもなんか営業部長に言いづらいっすよね。間違ってたのはあなたの原稿でしたよ、なんて。ただでさえ怖いじゃないですか、あの人｣<br>｢そうねぇ。私も言いづらいわ‥｣<br>｢じゃあ私が言おう｣<br>そう口を挟んだ私を見た彼らは、大丈夫ですか、と言わんばかりの沈痛な面もちになった。<br>｢まあ、いいから｣<br>そう言って私は営業部長へ内線をかけた。<br><br>｢もしもーし｣<br>ふてぶてしいというか、偉そうというか、相変わらずの声がした。<br>｢あー、私だ。キミがうちの新人に依頼した印刷物だが、キミが彼に渡した原稿内容が、すでに間違っていたよ｣<br>｢え、あれ？‥あ～、はいはい。そのようですね。いやあ、すみません｣<br>｢今度からは自分の依頼内容を確認してから連絡をよこしなさい。まったくキミのせっかちは変わらないな｣<br>｢いやあ面目ないです。すぐに正しい文章で彼に依頼し直します｣<br>｢彼にも謝るように。じゃあよろしく頼んだよ｣<br>この営業部長は、私が営業にいたころの部下だった。せっかちな性格は変わらないものだ。<br><br>｢す、すごいっすね!あの営業部長を一喝できるなんて!｣<br>｢まあね。すぐに新しい原稿を寄越してくるみたいだから、あとはよろしく｣<br>私にできることはこのくらいだ。最後の奉公、というやつか。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10171829777.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Nov 2008 21:58:00 +0900</pubDate>
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<title>冬空に①</title>
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<![CDATA[ 私は今月末で定年を迎える。大卒入社以来、営業ひとすじ３０年、最後の７年は総務の人間として幕を引く。会社人生とはあっけないものだな。<br><br>今月末といっても今月はあと３日で終わる。いまだに送別会の知らせは発信されていない。それもそのはず。私の定年に誰も気づいていないのだから。いや正確にいえば、関心がない、のだ。<br><br>｢明日中で構いませんのでこの書類に記入しておいてください｣<br>私の前に退職関係の書類を差し出し、彼女はハイヒールの足元を器用に動かして去っていく。<br>彼女は半年前にこの部署に異動してきた中堅社員だ。多少無愛想だが、誰に対しても態度を変えず、一本筋の通った考え方を持ってきびきびと働いている姿は見ていて気分がよく、やる気のないいつまでも女子大生気分の女子社員よりはよっぽどいい。だが、たったの半年同じ部署にいた人間が退職しても、さほど思い入れはないだろう。<br><br>｢あれー、それ鉛筆っすか!?いまどき珍しいっすねー。俺、久々に見ましたよ。マジで懐かしいってカンジっす!｣<br>私はシャープペンシルが嫌いで鉛筆を使っている。違和感なく昔から使っているものをそんなに珍しがられても。私から見ればキミのほうが珍しい人種だ。<br>彼は今年の新入社員だ。まさにイマドキの若者である。まあ、人なつこく話しかけてくるのは、この部署でこの若者くらいだから親しみはあるが‥、娘の結婚相手にはしたくないタイプだ。社会の荒波に揉まれ、いい青年に磨かれることを期待している。<br><br>｢あと３日で定年退職するみたいよ｣<br>｢そうなんだー。毎朝一番乗りで会社に来る人でしょ？仕事も無いのに朝から何やってんだろうね～｣<br>‥小声のつもりだろうが聞こえている。こういうシチュエーションにはもう慣れた。<br>朝は室内の植木に水やりをして、ポットに湯を沸かし朝一番のコーヒーを淹れる。これが唯一の楽しみなのだ。あと３日。この先、植木たちはどうなるのだろう。頼める人間がいるだろうか。頼んだとしても面倒くさがるだろうか。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10171340390.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Nov 2008 21:08:37 +0900</pubDate>
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<title>惑い③</title>
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<![CDATA[ 気のせいだ。彼女のことが気になっているなんて。若い美人の女性が部下になって、ちょっと舞い上がっているだけだ。この環境に慣れれば、彼女はやはりただの部下であるはずだ。<br><br>今日は珍しく彼女が質問をしてきた。癖なのか、いつもかなり顔を近づけてくる。そのとき、甘い香りがした。香水か。控えめな香りが彼女らしい。質問箇所を指す爪には透明なマニキュアが光っている。透明であるところもまた、彼女らしい控えめさだ。<br><br>‥‥マズい。集中できない。俺は気分転換に、彼女に雑談を持ちかけた。いつものように娘の話を切り出した。この話には彼女も喜んで乗ってくれるはずだ。いつもなら。<br>ところが今日は彼女はあまり乗り気じゃない。むしろ不機嫌そうだ。話をしたくないときもあるか。俺はほどなくして話を切り上げた。そうかと思うと、あとで話したいことがある、と言う。ますます扱いの難しさが身にしみる。<br><br>16歳差は微妙なものだ。娘というには近すぎるし、妹というには遠すぎる。だが、恋人というには無くもない。実際友人には16歳下の奥さんがいる。なまじそんな奴がいるから、余計に惑うじゃないか。<br><br>こんな心理状態のまま、俺は、部下の話を聞きに、会議室へ向かった。彼女は、お忙しいところすみません、と向かい入れた。内容は仕事の悩みだった。溜め込んだ気持ちを口にした瞬間、彼女の頬を涙が伝った。また、俺を困らす気か。しかしもう慣れた。いつものように冷静に論理的に対処しよう。<br><br>俺が口を開こうとしたとき、彼女は俯いた顔を急に上げて、真っ直ぐに俺の顔を見た。切なげな表情、少し紅潮した鼻先、そして涙に濡れた漆黒の瞳。そこにいる彼女が部下でも、娘でも、妹でもなくなった瞬間を感じた。<br>いま彼女の肩を抱きしめることができたら、どんなにラクだろう。そしてなぜか、彼女もそれを望んでいるような気がした。<br><br>俺は腕を彼女のほうへ伸ばそうとした。<br><br>そのとき、頭に浮かんだ。妻と娘の笑顔。かけがえのない幸せ。このまま腕を伸ばしたら、全てが崩れ去っていく。<br><br>咄嗟に腕を引き、俺はいつものように言葉で彼女を宥めた。それはいつも以上に冷静で論理的だったかもしれない。自分を取り戻すのに必死だった。<br>彼女はいつものように泣き止んだ。少し不満げで残念そうに見えたのは、俺の思い上がりに違いない。<br><br>愛する妻がいて、娘がいる。<br>そう俺はいま、幸せなんだ。<br>(終わり)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10140037850.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Sep 2008 19:07:55 +0900</pubDate>
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<title>惑い②</title>
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<![CDATA[ 部下になった彼女は、驚くほどタフだった。<br>早く帰れるように仕事量や内容を制御しながら与えているが、あまりに上出来で、つい難度の高い仕事を任せてしまうが、それにも付いて来られる。深夜残業も嫌がらないから、俺は申し訳程度だが終電前には必ず上がるよう促すだけで済んでいる。手の掛からないデキる部下だ。そこらの若手の男子社員より、よっぽど使える。彼女のアシストのおかげで俺の仕事もスムーズに進み、早く帰れる日が多くなった。つまり早く娘と会えるわけだ。私的なことだが。<br><br>彼女は俺の娘の話をよく聞いてくる。退屈な様子はなく、むしろ嬉しそうだ。話をするときの彼女は、真っ直ぐに顔を見て、控えめにリアクションする。よく見ると切れ長の一重で、方エクボが出る。年齢よりも落ち着いて見え、和風美人といったところだ。<br><br>彼女を見るたび、うちの娘がこのくらいの年齢になったらどんな姿になって、どんな職業に就いているだろうという具体的な想像をするようになった。そんな楽しみができたのも、彼女のおかげだ。<br><br>半年も一緒に働くと、彼女の長所と短所が分かるようになってきた。<br>難度の高い仕事を悩みながら最後までやろうとする姿勢、俺が残業していると気を遣ってくるところ、高いレベルで仕事を仕上げる頼もしさは長所だ。反面、完璧主義で一人で何でもやろうとするところ、むやみに人に頼らないところは短所だ。<br>それが災いして最近一番困るのは、気持ちを溜め込んでは泣くところだ。普段大人びている彼女が、このときばかりは幼い子のような仕草や話し方、表情をする。彼女にこんな脆く幼い部分があったことが意外で、こんなときはどうしたらよいか分からなくなる。まさかうちの娘にするように何か買ってあげたり頭を撫でたりすることで泣き止むとは思えない。まして抱きしめたらセクハラで訴えられる。こんなときは冷静に、論理的に慰めるのが大人の対応というものだ。そうすると決まって彼女は徐々に泣き止み、納得した顔でまた仕事に戻る。デキる若い女性は扱いに困る。この歳でこんなことを学ぶとは。<br><br>帰りの電車の吊革広告に、気楽に過ごす方法、という主旨の本が載っていた。彼女に買ってやろうか。広告の下には彼女に似た女性が座っている。髪の長い女性は皆、彼女に見える。<br>そのとき気づいた。俺は折に触れて彼女のことを思い出していることに。俺の日常に、彼女が入り込んでいる。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10139512406.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Sep 2008 12:19:07 +0900</pubDate>
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<title>惑い①</title>
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<![CDATA[ 俺はいま、幸せだ。<br><br>結婚願望が無かったにも関わらず、ごく自然に妻をもらい、娘も生まれた。来年は小学生になる。<br>仕事では重要なポストを任され、同期のなかでも早く出世した。だが仕事に生きるつもりは無い。仕事は、あくまでも家族を守るための手段でしかないからだ。<br>楽しみは、仕事から帰ったときに娘の顔を見ることだ。もちろん、寝顔だが。遅くに生まれた子供だから、余計に可愛いく思う。流行りのキャラクターのグッズを見かけると、すぐに強請る。だが彼女のおねだりは、我が儘に騒いだりしない。申し訳なさそうに上目遣いで。作戦だと分かっているが買ってやらないわけにはいかない。<br>最近は、母親、つまり妻、と手芸にハマっているらしい。わざわざ教室に通うほどだ。なんだか自分だけ仲間外れにされているようで少し面白くない。いや、妻に嫉妬すらしているかもしれない。それほど娘を愛しているということだ。<br><br>しかし今日はいつも以上に疲れた気がする。<br>会社の執務室の扉を開けた途端、廊下に人が倒れているのが見えた。入社４・５年目くらいの、他部署の女性社員だ。顔は見たことがあるが名前は思い出せない。耳を押さえているがどうしたのだろう。まあいい、とにかく介抱せねば。<br>彼女に何度も呼びかけたが、返事が無い。聞こえてないのか。<br>‥と、彼女はゆらゆらと自力で立ち上がり、礼を言って去っていった。<br>なんだったんだ。若者は疲れを自覚しないままがむしゃらに働く傾向があるから、きっと彼女もそうだろう。<br><br>それから半年が過ぎた。入社以来、役職者だらけの男しかいない我が部署に、女性社員が異動してきた。彼女は28歳で、中堅の七年目社員。俺より16歳年下か。若い女性が入るのも初めてだが、よりにもよって俺の部下になる。この歳まで後輩すら居なかったのに。<br><br>｢よろしくお願いします｣と彼女が手を差し出したそのとき、思い出した。半年前に耳を押さえて倒れていた子だ。彼女も気づいているのだろうか。<br>何にしても、厄介なことになったものだ。この部署は定時なんて無関係の変動性のある仕事が多く、徹夜や風呂にも入れないことはザラにある。それが男ばかりの部署たる由縁だ。男でもキツい。年頃の女性に耐えられるだろうか。半年前のように倒れられては困る。<br><br>まあいい、今日はとりあえず早く帰ることを考えよう。娘がまだ起きているうちに。<br>(続く)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10139274170.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Sep 2008 21:06:16 +0900</pubDate>
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<title>ピンヒール③</title>
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<![CDATA[ 次の日、僕はパソコンがうまく操作できず苛立っていた。すると彼女が珍しく話しかけてきた。<br>｢それは、このキーを押すと簡単よ｣。<br>すごい。本当に簡単に解決した。と同時に僕は、今がチャンスとばかりに、一番気になっていた質問をした。<br>｢あの、なんであなたはピンヒールなんですか。ほかの女性はサンダルなのに、疲れないんですか｣<br>彼女は目をしばたいて動きを止めた。しまった。唐突すぎたかな。<br>｢そりゃあ疲れるよ｣。彼女は続けた。｢私ね、ちょっと前までクリエイティブにいたんだけど、そこでは外出も多かったから、私はいつも私服にピンヒールだったの。ピンヒール履いてると、背筋が伸びて仕事モードになれて、いつも成功できたんだ。ジンクスみたいなものね。今年から事務服を着るようになってただでさえ慣れないのに、サンダルを履いてしまったら猫背になって仕事がオフモードになっちゃう｣。<br>そう話す彼女に、クリエイティブ部門で、快活に颯爽と働くもう一人の彼女の姿が見えた。私服を着て、受話器を片耳に当てながらパソコンを打って、忙しくも誇り高く軽やかにフロアを動き回っている。もちろん足元はピンヒールだ。どうりで彼女の事務服姿に違和感があったはずだ。<br><br>｢私、事務服似合わないでしょ｣と彼女は見透かしたように聞く。<br>そんなことない、と言う僕の言葉を遮って｢似合わないって言って｣、と彼女は少し大きな声を出した。その表情は一瞬、哀しそうに見えた。そして唐突に｢きみは今の仕事に満足？｣と聞いてきた。<br>｢僕はクリエイティブに行きたかったんです｣と正直に答えた。<br>彼女は｢どんな職種でも、やり方次第でいくらでもクリエイティブな仕事ができるわ｣と言って、僕の髪をグシャグシャにして笑った。<br><br>僕は髪のセットを直しながら考えた。もう少しこの職場にいよう。彼女みたいに、誇りが持てるような何かが見つかるかもしれない。泣けるほど本気になれる、何かが。<br><br>今日も彼女はピンヒールを履いて、姿勢よくフロアを歩いて、遠慮なく上司に意見している。仕事は変わっても、仕事のスタイルは少しもブレない。背筋の伸びた、そのたたずまいはほかの誰より美しく見えた。<br><br>ピンヒールは、ジンクスなんかにとどまらない。彼女のプライドそのものだ。<br>(終わり)
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<link>https://ameblo.jp/aga-tha/entry-10132645609.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Aug 2008 20:22:51 +0900</pubDate>
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