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<title>アハルテケニノッテ</title>
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<title>カーンマラトーン　de　ビエンチャン</title>
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<![CDATA[ 日本は寒気の到来とのことで本格的に寒くなってきたかと思いますが、ラオスも着実に涼しくなっています。晴れればこそ30℃くらいまで上がりますが、湿度が下がっているので、日陰では風が心地よく汗すらかきません。特に朝晩は長袖が必要です。 <br>気温が下がれば冬のスポーツも楽しみたいものです。少々こじつけですが <br>冬と言えばマラソン。別に夏でもできなくはないですが、冬のほうが向い <br>ている気がします。 <br><br>昨日17日、僕は世界デビューしました。第10回ヴィエンチャン国際友好ハ <br><br>ーフマラソン大会出場です！国際とついているので世界でビューも同然で <br><br>す。特にスポーツが得意と言うことでもなく、とりわけ球技の技能は一般 <br><br>人に到底及ばないレベル。偏差値で云うと45くらいかな。でもまあマラソ <br><br>ンだったらボールを使わないので一般人程度は走れるんじゃないかと勢い <br><br>余ってエントリーしてしまいました。 <br><br><br>因みに、種目はハーフ、10KM、5KMと3つに分かれており真っ先に5KMでエ <br><br>ントリーしたところ、5KMには出場者制限（40歳以上）がありエラー、仕 <br><br>方なく10KMに参加することにしました。僕がこれまで走った距離でもっと <br><br>も長かったのは高校1年生のときのマラソン大会で走った7ＫＭ。体力の限 <br><br>界を感じた距離でした。しかし今回はそれより3ＫＭも長い。かなり不安 <br><br>です。 <br><br><br>コースはヴィエンチャンのほぼ中心にある国立競技場を出発地として、市 <br><br>内を一周するコースです。集合は早朝5時半。もちろんまだ真っ暗です。 <br><br>僕は睡眠3時間、昨夜のビールも抜け切らぬまま5時に起きてゼッケンのつ <br><br>いたオリジナルＴシャツに着替え、15分かけて自転車で国立競技場まで向 <br><br>かいました。国立競技場に入ると、大人から大勢の子ども、そして車椅子 <br><br>走者でごった返しています。人数はおおよそ想像もつきませんが、昨年は <br><br>約7000人だったらしいのでまあそれに匹敵するだけの人がいるはずです。 <br><br>そして既に「エライヒト」たちのスピーチが始まっていました。外国人も <br><br>日本人（企画者であるため）を中心にアジアと欧米各地から参加している <br><br>ようです。思いのほか大きい大会で程よい緊張感が生まれてきます。 <br><br><br>午前6時15分、先駆けてハーフの部がスタートしました。そして5分空けて <br><br>次は10ＫＭの部。しかしあまりに人が多すぎて何がなんだかよくわかりま <br><br>せん。スタートの合図さえいつ鳴ったのかわからないままみんな一斉に走 <br><br>り出しました（というか歩き出しました）。 <br><br>〔コース案内〕 <br><br>（ここから先はビエンチャンの風景を知っている方はご想像ください！） <br><br>競技場を出て左に曲がります。そのまま中華街を経由して、セタティラー <br><br>ト通りに入り、大統領官邸まで駆け抜けます。セタティラート通りは今年 <br><br>4月から3ヶ月かけて補修工事をしていました。片側3車線の一方通行で交 <br><br>通量の割りに落ち着きがあり、朝陽を浴びた並木はとても美しく輝いてい <br><br>ます。これこそがビエンチャンでもっとも美しい通りと言われる所以でし <br><br>ょう。 <br><br><br>大統領官邸を左に曲がると次は東洋のシャンゼリゼ（自称）、ランサーン <br><br>通り。1キロ以上に及ぶ直線道路で、正面にパトゥーサイ（凱旋門）が見 <br><br>えます。本家シャンゼリゼとは違い一流ブランドを売るお店はありません <br><br>が、一流ブランドのフェイクを売る店だったらこの通りに限らず街中に腐 <br><br>るほどあります。馬鹿にしていますが、実際はよく整備されていて本当に <br><br>美しい通りです。片側3車線相互通行で、中央分離帯にはお洒落なボール <br><br>型街灯が並んでいます。 <br><br><br>ここを一気に駆け抜け、次は前方右斜め直線上にあるタートルアン（黄金 <br><br>の寺院）を目指します。タートルアンの寸前で左に折れて右に国会議事堂 <br><br>を見ながら、次の交差点で左に折れるとここでちょうど5ＫＭ。そこから <br><br>またパトゥーサイを経由してランサーン通りを半分ほど進んで右に折れて <br><br>国立競技場に戻ります。 <br><br><br>抜きつ抜かれつ、とにかくペースを壊さないようにと思って何とか走りき <br><br>りました。タイムは53分。一時間を切れたのでまずまずでしょう。肝心の <br><br>順位ですが、・・・・・・・・・不明。だってゴールには誰も立ってない <br><br>し、上位入賞者以外は把握されないようです。高いエントリー料金（＄5 <br><br>＞オリジナルＴシャツを含む）を払ったにもかかわらず、このノーリアク <br><br>ションに憤りを感じた僕は、無料で配られていたスポンサーのミネラルウ <br><br>ォーター3本と豆乳一杯をここぞとばかりに飲み干しました。 <br><br><br>日本でもマラソン参加したいかも・・・・・。<br>
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<link>https://ameblo.jp/aiglemas47/entry-10057390700.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Nov 2007 13:08:19 +0900</pubDate>
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<title>国連脱退検討論</title>
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<![CDATA[ 今日は最近気になっている国際問題の話題。<br><br>前から気にはなっていたのですが、国連（UN）って日本は加盟する必要があるんですかね！？<br><br>未だに日本国政府や外務省は国連の常任理事国入りを悲願しているらしいですが、そんな日が永久に来るとは思えません。<br><br>僕は日本国の国連脱退検討論を提唱したいと思います。<br><br>そりゃあ諸外国にしてみれば財布の紐のようなもんだと思いますし、日本国憲法前文でも世界で名誉ある地位を占めたいと謳っていますので、（一般に）国際貢献（とされること）という観点からその目的の一端を担っていることは間違いないでしょう。しかし、果たして現在日本が国連で果たしている役割に見合うだけの国益が得られているのか？これは大きな疑問符？？がつきます。<br><br>お金の話は大国連中に嫌われそうですが、国連の分担金のうち、常任理事国ではない日本とドイツの負担比率は、国連総予算の３割を超えます。しかも、最大の負担国である米国は、機関費の滞納を続けています。かと言って、超大国（常任理事国）が「拒否権」という既得権益を、自ら他の国へ広めるとは考えられません。これはどう考えても不公平であり、永久権益の存在は非民主的としか言いようがありません。<br><br>このねじれた状態は、今後も全く変わりそうにありません。どんなに国連に協力的な立場をとっても、その見返りは対効果で適切とはとてもいえないと思います。<br><br>脱退を検討する理由はほかにもあります。国連憲章の第42条には<br><br>「（前略）国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍、又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。」とありますし、４３条にも「要請に応じて兵力等を安全保障理事会に提供しなければならない」旨のことが書かれています。つまりこれはわが国の憲法９条で定めた「軍隊の不保持」等に矛盾する内容なのです。<br><br>要は現在の憲法下において憲法と国連憲章の双方を文理的に解釈した場合、国連の要求に応えることはできません。<br><br>日本は過去の歴史のように戦争をはじめるために国連を脱退するのではありません。寧ろ日本的な平和の希求という観点からも脱退という選択肢があるのです。ですから、国連と言う組織は辞めても、二国間関係、或いは国家間の条約等は全く別物です。良好な日米関係を機軸とすることも暫くは変えられないでしょう。ほかの国家間でも同様です。日本が国連を脱退しても、他国の国益が排除されないのであれば、国家ではない国連を除いてだれがそれを批判するでしょう。たとえされても、自国の利益を無視してわざわざ武力行使に及ぶとは思いません。<br><br>しかし、「日本が国連を脱退しても他国の国益が排除されない」状況を創り出すことは至難かもしれません。だからこの部分を問うことが検討にあたると思うのです。<br><br>もう一つ、国連を脱退するにあたって、最も気になることの一つはオルタナティブの存在でしょう。<br><br>日本はドイツ、ブラジルやインドのほか、国連に不満を持つ国家間と結託して新組織の設立を目論むべきです。国連は多くの問題を抱えてはいますが、国連的組織が世界に必要不可欠であることもまた然りです。新組織は現在の国連の欠陥を改め、透明性が高く、民主的且つ機能的な組織として働かなければなりません。永久常任理事国の設置などもってのほかです。<br><br>もちろん核の問題や、軍隊活動についても問題はあるので、それはまたそのうち・・・・・。<br><br>この国連脱退検討論。<br>日本人は興味持たないですかね！？
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<link>https://ameblo.jp/aiglemas47/entry-10051433647.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Oct 2007 16:35:18 +0900</pubDate>
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<title>KFC</title>
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<![CDATA[ 最近仕事帰りに近所のKFCに寄ります。 <br><br>KFCです。 <br><br>KFCと云えばチキンです。 <br><br>しかもフライドです！ <br><br>つまりフライドチキンです！！ <br><br>しかし残念ながらケンタッキーではありませんでした。 <br><br>カーネルおじさんもいませんでした。 <br><br><br>ビエンチャンでKFCと云えば！ <br><br>クーヴィエン　フライド　チキン。 <br><br>街の外れにクーヴィエン通りというところがあって、そこにフライドチキ <br><br>ンを売るお店があるわけです。だからKFC。 <br><br><br>お店のつくりはトタンバラックの様な小屋的建造物約15畳程と、オープン <br><br>エアのテラス席が3卓程。華奢な店構えではありますがビエンチャンっ子 <br><br>には若者を中心に人気があり、夕方ともなるといつも満員です。 <br><br><br>メニューは二つだけ。うち一つはフライドチキンセットでフライドチキン <br><br>１ピースと厚切りのフライドポテトがセットになっています。これで6000 <br><br>キープ（約70円）。普通のおばちゃんが普段着のまま目の前で鶏を揚げて <br><br>くれます。揚げるのは圧力釜ではなく普通の大きなフライパンです。そし <br><br>てそれが陶器ではなくプラスチックの皿に盛られて出てくるわけです。ポ <br><br>テトには好みでチリソースやケチャップも用意されています。 <br><br><br>恐らく本家KFCで見られるようなトレーサビリティーも11種類の秘伝のス <br><br>パイスもおばちゃんの独断と偏見により採用されていないとは思います <br><br>が、カリッと揚がった歯ごたえと、骨から簡単に外れるやわらかい肉には <br><br>定評があり、僕もまたこのKFCフリークのひとりとなってしまいました。 <br><br><br>一人当たりの相場は二皿。飲み物はぺプシコーラと水（無料）も置いてい <br><br>ますが、ビールを置いていないのが残念。なので僕はテイクアウトをして <br><br>家でビールと一緒に味わいます。 <br><br><br>ちなみにもう一つのメニューは、タムマークフン（パパイヤサラダ＞まだ <br><br>熟す前の甘くない青いパパイヤを千切りにして唐辛子とパデークといわれ <br><br>る溜り魚醤であえたもの。激辛だがラオスではとにかくたくさん食べる。 <br><br>ググッたらレシピも画像も出てきます。タイのソムタムの原型。）です。 <br><br><br>ここまで来てまた食べなくてもいいと思うのですが、ちゃっかり僕も <br><br>毎回買っています。きっとラオ人にとってパパイヤサラダはコールスロー <br><br>感覚・・・・・、いやサラダ類全般がパパイヤサラダに集約されると言っ <br><br>ても過言ではないかもしれません。 <br><br><br>アクセスはビエンチャン市内どこからでもトゥクトゥクの運転手に「KFC <br><br>　クーヴィエン！」と云えば通じます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/aiglemas47/entry-10051017494.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Oct 2007 16:19:24 +0900</pubDate>
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<title>ボーリカムサイ日帰りツーリング</title>
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<![CDATA[ 先日友人が一年ぶりにビエンチャンを訪れました。 <br>時間があったので二人で国立公園の滝へドライブへ行きました。 <br><br>今回は雨によく撃たれたのでその日帰り旅行記です。 <br><br>昨日朝5時、「ド～ン！！！」銅鑼の音で目を覚ます。向かいの家で昨日から法事をやっているのだ。何かあんまり寝れなかった。でも再び寝付けそうになかったのでとりあえず起きあがった。一晩中降った雨はまだ上がっていない。 睡眠不足で軽く頭痛がする。とりあえずテレビをつける。ＮＨＫで「おはようにっぽん」が始まった。最高にハイテンションなオケのＢＧＭ。この番組は人を挑発しているのかっ！！ <br><br>明るくなるにつれて銅鑼の音は勢いを増し、感覚も狭まってきた（気がする）「ド～ン、ド～ン、ド～ン！！！！！」繰り返し何度も響いてくる！ご先祖様もこんな朝早いとまだ眠いんじゃないか！？などと考えているうちにもう少し寝れそうになってきたのでまたベッドに戻る。 <br><br>約1時間程して目覚ましがなる。とりあえずスヌーズ、8時には友人と凱旋門（自宅から徒歩5分）で待ち合わせをしているのでそれまでには起きなきゃ、と思いつつスヌーズを繰り返し、結局起きたのは8時丁度。「まずい！」急いで準備をして外へ。 <br><br>「うおぉ！！」外は雨降がりしきる中法事のギャラリーで凄い人！とりあえず人が多くて自転車は出せないので傘をさして歩いて凱旋門へ。 8時10分。友人はまだ来ていなかった。雨も降っているし、ダウンタウンから30分もかけてここまで歩いてくるのは大変だろう。 <br><br>5分ほどまって漸く友人が合羽を着て到着した。友人は自称「雨男」らしい。 二人で出発の準備をするために一旦自宅に帰る。すると、隣のおばちゃんがおまえも法事の席でご飯を一緒に食べろと言う。時間がないと一旦は断るも「どうせどこかで食べなきゃいけないし」と思って、僕だけ食べる。その間友人は荷物を準備。結局予定よりも大幅に遅れて9時前に出発。 <br><br>単車（タイHONDA/WAVE100）は快調！一路国道13号南線（幹線道路）を目指しロータリーを右へ。本日の目的地はターボック国立公園。石標で「ターボック」の名前を追うと・・・・・、すぐに見つかった！14Ｋｍの表示も同時に確認できたので、まあそんなもんだろうと進み続ける。 <br><br>しばらく進んでそろそろかな！？と思っていると、また表示が・・・・・。石標に近づいてくるにつれ距離の標示も見えてくる。しかし今度はさっきとは違う標示が！！ <br><br>そしてなんとそこには61の文字が！ <br><br>は！？ <br><br>マジで！？ <br><br>しかしこれが正しい距離だとすぐに気がついた。さっきの14Ｋｍという標示はビエンチャンからの距離だったのだ。14+61+（その間走った距離）≒90という計算が頭の中に浮かんだ。 <br><br>まあ仕方がない。乗りかかった船ならぬ乗りかかったバイク。時間もあるし、何とかなるだろう！！友人とそう話し、アクセルに力を込めた。 出発して一時間、雨足は小雨とはいえ一向に止まない。若干強くなりレインコートを着たり、日差しが絡んで脱いでみたり。何とも不快な状況が続く。 <br><br>暫くすると「ガタッガタッ」とタイヤの調子がおかしくなった。「パンク」という3文字が頭を過ぎり降りて確認すると不安は的中していた。後輪が見事にパンクしている。近くに工事現場があり、労働者用の仮設売店のおばちゃんに助けを求める。この先1Ｋｍのところに村があるらしい。「おばちゃんの1Ｋｍは当てにならない」というラオスの定説を思い出したがどうしようもない。とりあえず二人で単車を押しながらてくてくと歩く。 <br><br>地獄の女神と言うか、この間は雨が収まっていた。 エンジンを切り、手で押していても単車のメーターで正確な距離がわかる。500ｍほど歩いたところで別のおばちゃんに遭遇。このおばちゃんにも訳を話すと、さっきのおばちゃんと同じようにこの先に村があるという。念のため距離を尋ねると、例によって「1Ｋｍ」と答えた。やはり変わっていない。解ってはいたけどちょうど上り坂にさしかかっていたこともあり、その一言が体に染み渡る。 <br><br>そういえば小泉元首相が先日テレビで、「人生には上り坂もあれば下り坂もある」と言っていたのを思い出した。そして彼はもう一つ坂があることも指摘していた。それは「まさか」らしい。その時はくだらないと思ったが、今日のこの事態はまさに「まさか」だ。 <br><br>どうやら後のおばちゃんの距離感覚は正しかったらしい。単車のメーターが1.5Ｋｍにさしかかったところで村が見えた。平坦な道を暫く進むと修理工場もすぐに見つけることができ、気の良いお兄ちゃんがテキパキとパンクを直してくれる。修理中お兄ちゃんは、どこから来たのか？とかどこへ行くのか？とかラオスのねーちゃんは好きか？とかありがちな他愛もないことを尋ねてくる。 <br><br>そうこうしているうちに修理は完了した。また雨が降り出していたが、もう30分以上ロスしているのでお礼を言って先を急ぐことにした。因みにパンクの修理代金は5000キープ（約60円）。以前ビエンチャンではチューブをまるごと付け替え20000キープ（約240円）もしたが、今回は日本と同様にタイヤにテープ貼り付けるタイプの修理だった。 <br><br>大きな川を渡る。橋の袂で通行料の徴収をしていたが、単車は払わなくていいらしい。雨も上がって、所々に青空が見えるようになった。時折太陽の日差しも感じることができる。沿道の緑の匂いが引き立ち、まるで春の陽気だ。正面には山の裾だけが雲から逃れて立ちはだかっている。 <br><br>お昼ころ、僕らはターボックに到着した。ここは既にビエンチャン特別市を出て隣のボーリカムサイ県、県庁所在地であるパークサンの30キロ程手前だ。 <br><br>左側に国立公園（14Ｋｍ先）入り口の看板が見える。国立公園には滝があるらしい。とりあえずお腹もすいたので近くのタラート（市場）でランチタイム。「フー（ベトナムのフォーをラオス風にアレンジした麺）」と「タム・マークフン（パパイヤサラダでソムタムの原型）」というラオ料理の王道だ！味はそこそこだったけど、空腹は最高の香味料としてよく働いてくれた。 <br><br>さあ、ここで舗装道路ともお別れだ。雨で湿った起伏の激しい悪路をゆっくりと進んでいく。何度もこけそうになったり、対向車の砂煙に巻かれたりしつつ進んでいった。 <br><br>結構時間も押してきた。30分ほどして国立公園のゲートに到着。軍服を着た職員が入場料を払うように促す。入場料は外国人二人とバイク一台で合計15000キープ（各5000キープ＞5000キープ≒60円）。チケットを渡された。職員は滝はこの先「3～4Ｋｍ先」だという。また当てにならないとは思いつつも、一応気には留めておく。 <br><br>職員に言われたとおり4キロ程進んだところで、今度は「レックの滝入り口」という看板が出ていた。そしてその下にはちゃっかり左に4Ｋｍと書かれている。「うぅー、入り口までが4Ｋｍかよぉー！」と嘆くも、ここまで来て滝を見ないという選択肢は浮かばず、左へ曲がる。 <br><br>すると、これがいきなりすごい道だ。幅員は2ｍ前後といったところか。起伏が激しい上、周りはジャングル。友人の「これって秘境だね」という一言に僕も深く同意する。所々道が裂けていて、バイクも通行ができない。だからそんな場所を通るたびに一度単車から降りて手で押さなければならないので、たかが4Ｋｍもそれなりに時間がかかる。 <br><br>カラフルな蝶々が僕らを出迎えるように飛び交っている。木漏れ日に照らされて本当に綺麗だ。進むにしたがって蝶々の数は増えていくが、滝どころか人の気配すら全くない。 <br><br>この獣道に入って30分が経ち、さすがにもうそろそろだろうと思っていると、わずかに「ゴーッ」という水の音が聞こえてくる。もう滝は近い。ところがここで岩肌の露出した急な下り坂にさしかかり、単車も通れなくなった。脇に単車を止めて歩いて下っていく。 <br><br>水の流れ落ちる音は次第に大きくなっていく。そして遂に道が開けた！！ <br><br>川だ！！ <br><br>そしてその流れの先には大きな滝が控えている。雨季のせいもあってか水量は多く、溢れんばかりの水を湛えながら滝壷をめがけて流れていく。何とかここまでたどり着いたという達成感で僕も友人も安堵した反面、はしゃぎたい気持ちにもなった。 <br><br>滝の脇には簡単なレストランと休憩所のようなところが併設されていて、そこの経営者らしきおじいちゃんにさっきのチケットを渡した。二人で写真も撮ってもらい、とりあえず満足。時間は既に午後2時を過ぎていた。 <br><br>さあとんぼ返りだ。今来た道なき道を戻っていく。心なしか来るときよりも早く進んでいる気がするのは道を覚えているせいか。滝から45分で13号線（幹線国道）へ出た。往路より約15分も短縮できたことになる。 <br><br>石標にはビエンチャンまで91Ｋｍと書かれている。友人はノンカーイ（タイ側国境の町）を18時20分発の列車に乗ることになっているので、遅くとも17時40分までには友好橋の国境へ送らなければならない。 <br><br>アクセルを握りなおして迅速かつ安全運転を心がける。時折追い抜いていく車の弾いた埃が目に入る。路肩にはアスファルトの欠けた部分があり、そこにタイヤをとられて転倒しそうになったが何とか堪えた。 <br><br>ガソリンもなくなってきたので途中のガソリン売店でコーラの瓶に入ったガソリンを購入し、次のガソリンスタンドまで簡易補充する。 <br><br>そしてそのまま順調に走り続け、16時55分。自宅に到着。出発前に置いていた友人の荷物を取って今度はそのまま友好橋へ。結局、17時35分に友人を友好橋まで送り届けることができ何とか間に合った。 <br><br>そこで友人に別れを告げ、次に目指すはタニーの住む寮だ。タニーとはラオ人の友人で、この単車の所有者だ。一応今日中に返すと伝えていたので届けなければならない。しかしもう時間の制約はない。のんびりと寮まで行き、携帯電話で呼び出すと、タニーはすぐに現れた。 <br><br>タニーに自宅まで送ってもらうと、「今日はどこにも行かないの？」と訊かれた、彼は一緒にビールでも呑みに行きたかったらしい。しかし疲労は限界だった。「ごめん疲れてるから次回は呑みに誘うよ」と言って別れた。 <br><br>とりあえずシャワーを浴びて、一日の汚れを落とした。さあ、晩御飯でも食べるか！でももう疲れていてこれから作るのは面倒だったので外食をすることに。 <br><br>近所のベトナム人街にあるベトナム料理屋でカオ・ラートナー（白ご飯の上に好きな料理をのせてもらう）とビールを注文。一人でグラスを突き上げ「乾杯」と言って自分自身を励ました。疲れたけど楽しい一日だった！ <br><br>食べ終わって支払いを済ませるため財布を取り出そうとポケットに手をやると、「ウッ！財布がない！」首掛け財布もない。つまりはビタ一文持っていない・・・・・。家に忘れてきたのだ。 <br><br>同時に稲妻が走り、土砂降りの雨が降り出した。とりあえずお店のお姉さんにデポジット代わりに携帯を渡して、財布を忘れたので自宅まで帰って取ってくる旨を伝える。止みそうにないので仕方なく自転車で表に出たが、5秒でずぶ濡れになってしまった。 <br><br>「今日はとことんついてない！」と心の中で連呼する。自宅に着くとすぐにお札をビニール袋に入れてお店に戻る。更に土砂降りは激しさを増している。お店に到着したら金を取り出し店員さんに渡すと、お金を入れていたビニール袋に今度は質の携帯を入れてもらった。すると一連の行動を見た店員さんに笑われた。僕も薄笑いを浮かべ、早々にお店を引き上げた。 <br><br>その夜、雨音は止むことはなかった。 <br><br>というわけで長い一日が終わりました。 <br>
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<pubDate>Sat, 13 Oct 2007 14:44:58 +0900</pubDate>
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<title>メコンとスピリッツ　1</title>
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<![CDATA[ 8月25日に関空を出発してバンコック、ヤンゴン（単なる観光）経由で漸くビエンチャンに戻ってきました。<br><br>ビエンチャン。移り住んで一年、やっぱり好き！<br><br>この人の少なさ。<br><br>利便性。<br><br>ラオスの国民性。<br><br>雨季で増水しているメコンも・・・・・。<br><br><br>でもビエンチャンは12月まで。<br><br>次はどこが良いかな？<br><br>日本も好きだけど・・・・・。<br><br><br>そういえば先日、日本で麒麟麦酒工場見学に行ってきました。<br><br>ビールは大好きです。<br><br>醸造酒自体はあまり得意ではないのですが、例外的に大好きですね。<br><br>ラオスにもBeer laoというモンドセレクション受賞ビールがあるのですが、日本への輸出量が極めて少なく日本ではあまりお目にかかれません。<br><br>でも味はイチオシです。<br><br>東北タイ料理屋などでは置いてる店もあります。<br><br><br>一方で僕の好きな蒸留酒はイマイチです。<br><br>ラオラーオやラオカムと呼ばれるもち米焼酎があり、一般にも飲まれていますが、製造に関して統一したルールが無く、品質はマチマチ。<br><br>ちなみに作っているのは、その辺の個人宅です。<br><br>大手と呼ばれるような企業は殆どありません。<br><br>その上、製造・管理のクオリティーは極めて低く、古瓶に詰められ売られているものの中には、メタノールを使用したものもあるという噂を聞いたことがあります（あくまでも噂ですが）。<br><br>日本には乙類焼酎（本格焼酎）という穀物（穀物の以外の場合もあるが）原料100％の素晴らしい蒸留酒がありますが、この国の蒸留酒クオリティーの行く末も気になるところです。<br><br>さあ、今日もBeer laoを飲んで、その次は霧島かな。
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<link>https://ameblo.jp/aiglemas47/entry-10046270085.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Sep 2007 19:05:45 +0900</pubDate>
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