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<title>ainosuke-08のブログ</title>
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<title>依頼するってどういうことか知ってる？</title>
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<![CDATA[ お疲れ様です、最近はコロナで大変な毎日で精神的疲労も溜まってるんじゃないでしょうか。<br><br>コカ・コーラってあるじゃないですか、あれに入ってる成分にストレスを軽減する成分があるらしいので炭酸が苦手じゃない方とかコカ・コーラおすすめです。<br>炭酸がダメな方とかはカフェインいいですよ、個人的には。<br><br>タイトルからだいぶ離れた冒頭ですがココ最近思ったことが多すぎたので1ヶ月ぶりに更新します。<br><br>SNSが今となっては連絡、交友関係、出会いの中心となり不要不急以外での外出をさけた現在となっては更に欠かせないツールとなってます。<br>在宅での仕事をなされている方のほとんどがSNSで依頼を受ける現代、依頼をする側にかなり問題があるんじゃないかなぁと感じる機会が実際に自分に何度かあったので多少のイラつきもぶつけつつ過去の話も加えつつ話していきたいなと思います😌<br><br>僕は歌ってみた等のMIXのお仕事(あくまで個人でやってる趣味程度の依頼)をさせて頂いているのですが、基本TwitterのDMから連絡を受けてそこでやり取りをしています。<br>以前無償でご依頼を受けていた時期があり、それもあってか依頼主から無償で受けていますか？という内容の連絡がフォローと共にやってきました。<br><br>まずこの文章に問題があったわけです。<br><br>実際の内容面は簡潔かつ丁寧だったのですが、一番最初に顔文字だけの連絡からスタートだったんですよ、、、。<br>|*･ω･)ﾁﾗｯ←こんなやつが一番最初に来てそのあと何通かに分けて文書が送られてきました。<br>そもそも依頼というのは相手にお仕事をお願いするものであり友人でもなんでもない赤の他人が人にお願いする時に顔文字なんぞ使うな！！！！と僕は思うわけです。<br>ましてや無償で依頼をしようとしているなら尚更丁寧かつ相手を敬う文章でなければいけないと思うわけですよ、有償依頼でも勿論大事なことではありますが技術にはその対価としてお金を支払っているので依頼される側はお仕事として割り切ることができますし多少なら我慢できます。<br><br>でも無償というのは相手から一切の見返りがなく自分の時間と技術を相手に使うわけです。<br>もちろん無償でやりますよ！という側もそれなりには無償でやるぞって気持ちがあるのでただの好意なわけですしある程度は我慢するべきだと思います、それが嫌なら最初から無償で受けるなって思うし。<br>僕も最初はいろんな人の役に立ちたいなって思って始めた無償依頼でしたから、iPhone録音だろうが多少の無礼も許してましたよ。<br><br>でも！！！限界がきたんです、自分の時間を削ってまでわじわざ無償でやるに値するほど丁寧な文書をくださる方や技術がある方はほとんどいらっしゃいませんでした。<br>フルコーラスでの依頼だったのでフルコーラスしっかりMIXしても投稿されたのはワンコーラスのみだったり、クレジット記載(MIXした人って感じで僕の名前の記載を毎回お願いしてます)もお願いしますねと言ったのにされてない、オフボーカルの音源がない曲を持ってきてオケを用意して欲しいと言われどこにもオケがなかったので作るしかなく0からまず音源を作るという無償では到底できない内容の依頼(これは面白そうだったので好意で受けました)などなど、、、。<br><br>正直、無償でやるんじゃなかったと後悔するレベルの依頼ばかりで本当に精神的に疲れました。<br><br>今回の依頼は有償ですよって話で終わりましたがその説明文を送ったところ<br>｢わかりました、すみません｣<br>の二言のみ。<br>いやいや、まず依頼しようとした人がその内容を受けて二言って文書足りて無さすぎるし今回はやめときますとか具体性のない文書を送ってくるくらいできないとか社会しらん過ぎるやろ、、、と呆れてしまいました🤔<br>実際は高校生とか若い学生さんが多いので人によってはまだ若いんだし社会なんぞ知らないんだから仕方ないだろ、なんて声もありそうですが依頼をするということは年齢に関係なく人が人に仕事をお願いするということなんですよ。<br>それは学生さんだろうが社会人だろうが関係ありません。<br>依頼するなら正しい文書を作り相手に自分の想いをぶつけないと有償だろうが無償だろうが相手は依頼を受けたいだなんて思いませんしやるだけ無駄です。<br>若いなんて言い訳で相手に無礼をはたらいていいわけがないんですよ、相手の技術と時間を自分に割いてもらうわけなんですから。<br><br>ここを理解できないならまず誰かに何かをお願いするに値しないレベルでしかないので依頼なんかするべきじゃないし無礼かつ常識知らずなんぞにかけるほど時間に余裕なんかありません。<br>ちゃんと正しい文書と熱意をもって相手にお願いすればちゃんと相手もそれに応えてくれます。<br>だって会社に所属してるわけでもなくバイトでもないのに自分からわざわざ好きでもないことで依頼を受けたりしないでしょう？<br>こういう依頼を受けている類の人は好きだからやってるし好きだからそれで少しでも稼いでみたいって気持ちがある方ぱかりですからちゃんと依頼してくれる人には熱意を持って依頼をこなすし頑張るものです。<br><br>僕は割とずーっと言ってるんですが、<br>人を癒すのも励ますのも人、人を傷つけるのも遠ざけるのも人なんです。<br>どうせ自分以外の人たちと関わっていくならお互いに嫌な思いなんてしたくないしできれば仲良くしていたいじゃないですか。<br>こういう些細な部分が初めましてなら尚更1番亀裂になりやすいきっかけです。<br><br>そういうところから直していかないとニコニコの歌ってみたという文化は廃れる一方だし、ただの無礼なキッズの溜まり場になるだけでしょう。<br><br>僕はこれからも全て自分のことは自分でやっていこうと思います、誰かに何かをお願いするとか面倒だし依頼とか受けてるから尚更気を使うので。<br><br>また別の内容で思ったことがあったのでそれも近々ブログにしますね、では👏
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<link>https://ameblo.jp/ainosuke-08/entry-12590957825.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Apr 2020 06:18:00 +0900</pubDate>
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<title>ありがとうとごめんなさいの大切さ</title>
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<![CDATA[ こんにちは、藍之助です。<br><br>タイトルにもある通りどこか簡単なことやものって抜けてしまいがちな世の中だと思うんです。<br>例えば｢ありがとう｣って聞いて嫌な気持ちになる方ってなかなからいないと思うんですよ。<br><br>もちろん嫌味たっぷりのありがとうは態度が悪い人が届けるウーバーイーツの商品くらい受け取りたくないです。<br><br>でも、何かをしてくれた人に感謝を伝えるだなんて誰かに教わらなくたってしたくなるものだしするべきことだと思うんです。<br>昔アルバイトで30分何も言わず残業をしていたのですが、普通に店長に｢ん？上がっていいよ｣って言われた時に悲しくなったことをつい昨日の事のようにふと思い出しまして。<br>普通手伝ってくれた人にアルバイトだろうが社員だろうがありがとうは言うべきだし言えない人に何ができるんだって思うくらい僕は感謝や謝罪を言葉にすることって大切だと思います。<br><br>いつの時代になっても言葉がなくなることはきっとないし、それならコミュニケーションは上手であるに越したことはないはずです。<br>なかなか照れくさくて言えない｢ありがとう｣も、気まずさ故に言えない｢ごめんなさい｣もどんな言葉もきっと伝えることに意味があり伝えることで意味を成すと思います。<br><br>言葉を歌にすることを生業とすべく活動しているからこそ言葉の重さを実感することが多かったのかもしれません。<br><br>なんだか嫌な一日だなぁと思った日には身近な人に感謝を伝えてみると心が晴れるかもしれませんよ。<br>そんな気がするだけですけど。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ainosuke-08/entry-12582832762.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2020 18:20:23 +0900</pubDate>
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<title>ぼくのおもい</title>
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<![CDATA[ こんにちは、藍之助です。<br><br>今日は僕の気持ちや思いについて話してみたいなと思いますのでよかったら閲覧してみてください。<br><br>皆さんが｢こうなりたいな｣なんて思う瞬間って、一日何回くらいありますか？<br>例えばお金持ちの人をTVで見て、アーティストのかっこいい姿をみて、イケメン俳優さんや女優さんをみて、様々なパターンがあるかと思います。<br><br>僕は素敵な楽曲に出会う度、素敵な声の歌に出会う度、思ってしまいます。<br><br>わざわざ｢しまう｣と表現したのは僕にとって誰かになりたくなるというのは自分自身を否定してしまっている感覚と同じなんですよ、僕はね。<br><br>何かになりたいというのは僕ではない何かに｢なりたくなってしまうくらい｣憧れてしまっているんです。<br>憧れとは素敵なことですよね。<br>それが大きく自分を成長させる感情のひとつだと思いますが最近の僕はそれが苦手というかマイナスな感情になるきっかけになってしまっているみたいです。<br><br>僕は歌をメインに活動しているのでYouTubeやTikTokなど暇つぶしで見ているとふと素人さんで歌が上手くたくさん評価されてる方々の歌声が耳に入ってきてその度に<br>｢あぁ、僕はどうしてこうなれないんだろう｣<br>だなんて思ってしまいます。<br><br>僕は僕でしかないのに、僕以外になろうとする僕がなぜか許せなくなってしまうんです。<br><br>羨ましく思う気持ちが身を削っている気がしてなんとなくくよくよしてしまいます。<br>自分で参加したレースで死ぬほど走ってコースアウトした僕はまた走ることを決意し藍之助という名前でまた歌を歌っています。<br>そんな僕が今望んでいるのは、もう僕を応援してくれてる方に悲しみで涙を流して欲しくないというのが1番なのです。<br><br>だからこそ何かに羨ましく思う気持ちは僕を唯一無二として好きでいてくれているファンの気持ちを裏切っているような感覚なのかもしれませんし、僕自身に自信がないと言っているような気さえします。<br><br>まぁ、感じたことを書いてるので何が言いたかったかなんて小説家でもなければ漫才師でもないのでオチみたいなものはないです。<br><br>ただ僕が羨ましく思われるような存在になれた日がきたら、それはこの文章を鼻で笑える日にもなるのかもしれません。<br><br>そんな日を迎えるために、まず2020年を飛躍し続けたいと思っています。<br>走ることをやめない人にしか見えないゴールがきっとあるはずです。<br><br>あなたが自分を好きになれる瞬間がきますように。<br>そして僕も。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ainosuke-08/entry-12582699966.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2020 03:13:11 +0900</pubDate>
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