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<title>おいかわ3姉妹</title>
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<description>長女（７歳）二女（３歳）三女（1歳）の3姉妹の成長を記録していきます。夫・私・義母・3姉妹の生活の中であったことも残していきます。</description>
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<title>出産のときの話（長女編③）</title>
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<![CDATA[ 実家に帰ってから2〜3日は<div>母は積極的にアドバイスをくれたり、</div><div>体力が落ちている私を助けてくれたりと</div><div>本当にありがたかった。</div><div><br></div><div>夫が居なくて寂しかったけれど、</div><div>家族がそばにいてくれたし、</div><div>何より姉の子どもが長女をとても可愛がり、</div><div>学校から帰ると嬉しそうにお世話をしようと</div><div>してくれる姿がとても愛しかった。</div><div><br></div><div>姉の子は、私が高校3年のときに生まれており、</div><div>姉が旦那と喧嘩して怯えている姿や、姉が呑みに出かけて寂しそうにしている姿を見て、いざとなったら私が育てる覚悟を持っていたくらい大事な存在。そんな子がニコニコと手を繋いで長女と同じ布団に入ったり、哺乳瓶から搾乳した母乳を飲ませようと頑張ったりする様子がたまらなかった。</div><div><br></div><div>私が自宅へ帰ることにした原因は母だ。</div><div>母は最初に私のサポートすることに</div><div>張り切りすぎて疲れてしまい、</div><div>「お前が出産で帰ってきたから疲れが取れない」</div><div>「休まらない」</div><div>「これくらいなぜやらないのか」</div><div>（↑これは頼んでないことを母が進んで</div><div>行ったのに、なぜか怒られた）</div><div>等々…</div><div><br></div><div>日を追うごとに罵倒が止まらなくなってきた。</div><div>いつものメンタルだったら平気な私でも、</div><div>産後のメンタルでは無理だった。</div><div><br></div><div>私も我慢が出来なくなり、夫に迎えに</div><div>来てもらい自宅へ帰った。</div><div>私が帰ることを家族へ告げてから</div><div>車に乗って帰るまで、</div><div>母は部屋から出てこなかった。</div><div><br></div><div>声をかけても、短い期間だったが</div><div>お世話になったお礼を伝えても返事はなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>その後、自宅に母から手紙が届き、</div><div>当時のことを謝罪された。</div><div><br></div><div>母はいつも一生懸命な人で、</div><div>努力の塊のような人で、</div><div>猪突猛進な性格な人なことは</div><div>重々知っているので、</div><div>今は「そんなこともあったな」</div><div>という気持ちでいる。</div><div><br></div><div>けれど、あれ以来、次女と三女の産後里帰りを</div><div>しないのはもちろん、実家に泊まりで</div><div>帰ることもしていない。</div><div><br></div><div>思いは言葉に　言葉は態度に</div><div><br></div><div>私は母を反面教師にして</div><div>いい意味での</div><div>思いは言葉に　言葉は態度に</div><div>を体現していきたい</div>
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<link>https://ameblo.jp/aischimmel/entry-12650932085.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jan 2021 23:21:58 +0900</pubDate>
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<title>出産のときの話（長女編②）</title>
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<![CDATA[ 出産後は１か月ほど実家にお世話になる予定だった。それは妊娠が分かったときから実家や夫と相談して決めていた。<div>実家には私の両親と姉、姉の子ども、弟がおり、とても頼りに、心強く思っていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>退院し、必要なものを買いながら実家へ向かった。１か月もお世話になるから、手土産と少しだが生活費を封筒に入れて持って行った。</div><div><br></div><div><br></div><div>でも、結果的に私は1週間で自宅へ帰った。</div><div>帰る前日は、泣きながら夫に電話をしていた。</div>
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<link>https://ameblo.jp/aischimmel/entry-12637428945.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2020 21:49:02 +0900</pubDate>
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<title>次女の胎内記憶</title>
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<![CDATA[ 出産する前から、<div>子どもがある程度喋られるようになったら、お腹の中にいたときの記憶を聞いてみると教えてくれるよ</div><div>と聞いていた。</div><div><br></div><div>聞くときのポイントは、</div><div>暗い部屋や場所や、お風呂のゆらゆらした中などとも教えられた。</div><div><br></div><div>友達や助産師さんからの話だった。</div><div><br></div><div>やってみたけれど、全く教えてくれなかった。</div><div>覚えていなかった。</div><div><br></div><div>そのはずだったのだが、</div><div>昨日の朝食時、突然次女が喋り始めた。</div><div>聞くときのポイントは彼女には適応しなかったらしい。</div><div><br></div><div>母のお腹の中にすべり台公園があって、すべって遊んでいたこと。</div><div><br></div><div>公園ではあまりグルングルンしなかったこと。</div><div>（ここで長女は「私はグルングルンしてた！」と割り込んできた。ちなみに長女はグルングルン回って逆子になった）</div><div><br></div><div>すべり台はくまきち（仮名）※次女が生まれてからずっと一緒に居るくまのぬいぐるみ</div><div>と一緒にすべっていて、生まれるときにはくまきちのしっぽがぴょーんと伸びたこと。</div><div><br></div><div>公園は狭かったこと。</div><div><br></div><div>今朝もこの話になり、夫の前でも話していた。</div><div>夫には昨晩この話を伝え済みで、自分も目の前で話を聞けて驚いていた。</div><div><br></div><div>次女にとってくまきちは、母の代わりに寂しさを埋めてくれる仲良しの友だちだと思っていたのだが、一緒に生まれたソウルメイトだったのかもしれない。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/aischimmel/entry-12635260180.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2020 14:27:13 +0900</pubDate>
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<title>出産のときの話（長女編）</title>
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<![CDATA[ 私には3人の娘がおり、<div>3人とも帝王切開で出産している。</div><div><br></div><div>長女を出産したときは、切迫流産・早産で約３か月入院し、しかも逆子だったために帝王切開となった。</div><div>入院中は、ほぼ寝たきりで過ごしていたため、筋力は衰えてしゃがむと立ち上がれないほどだった。</div><div>こんなに体力で産後の育児はやっていけるのか不安だったのをよく覚えている。</div><div><br></div><div>長女を出産した病院は個人病院で、帝王切開でも立ち会いをさせてくれる病院だった。</div><div>私が脊椎麻酔をしてから15分くらいで長女は出てきた。手術は１時間もかかっていないと思う。</div><div>最初に長女を抱いたのは夫。抱いた姿を看護師さんが写真におさめてくれた。新米のお父さんはぎこちない笑顔で写っている。</div><div>私は顔にくっつけてもらった。お腹を切った痛みはないが、子宮が収縮する痛みには麻酔が効かない。痛みに耐えながら長女を精一杯見つめた。不思議と痛みが和らぐ。</div><div><br></div><div>出産した当日と翌日は赤ちゃんを預かってもらい、その後の経過をみて母子同室となった。</div><div>同室になってからは様々な課題が出てきた。</div><div><br></div><div>おっぱいは乳頭陥没のため、うまく口に含ませることができない上に、母乳をあげるのが痛い！</div><div>それでも母乳は製造される。乳腺がまだ開通していないので母乳が出てこず、ガチガチにおっぱいは硬くなり、熱をもっている。</div><div>マッサージしたり冷やしたりしてなんとか過ごしていた。マッサージをしすぎておっぱいにはアザができていた。</div><div><br></div><div>帝王切開の傷、後陣痛、そして授乳の３つの痛みが産後に襲ってくるとは出産するまで思ってもいなかった。授乳の痛みが1番想定外だった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/aischimmel/entry-12634733184.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Oct 2020 23:34:15 +0900</pubDate>
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<title>長女の誕生日に同性婚の話をした話</title>
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<![CDATA[ 今日で長女が７歳になった。<div>７歳まで元気に生きてくれてありがとう。</div><div>私を母にしてくれてありがとう。</div><div>この家の家族にしてくれてありがとう。</div><div><br></div><div>そんなことを思いながら、今日は特別な日だからヘアセットも特別にした。</div><div>コテでクルクル巻いてから、アリアナ・グランデのようにツインテールを作りくるりんぱ。</div><div><br></div><div>コテでクルクルしているときに、学校で自分が</div><div>男の子数名から好かれていると嬉しそうに話してきた。</div><div>そういう話も出てくる歳になったかぁと成長を感じつつ…異性だから好きとか結婚するとかはなくて、どんな形や相手でも好きって思ったらそれでいいという話をした。</div><div>それは当たり前のことで、日本ではもう少ししたら男女関係なく結婚するようになる、戦国時代にはすでにそういうのもあった話をした。</div><div><br></div><div>そしたら、娘は保育園のときに1人の男の子が○○くんと結婚する！と宣言していたことを思い出し、その子はアメリカでは普通のことだと話していたと思い出して話してくれた。</div><div>それをすんなり受け入れて、そうなんだねーって当たり前のように言っていた。</div><div><br></div><div>なんと言ってまとめたらいいか分からないけど、なんか母はほっとした。</div><div>これを普通、当たり前という感覚でいてくれることが。</div><div>私にとって幸せな誕生日プレゼントだった。</div><div>長女、本当にありがとう。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/aischimmel/entry-12633462898.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Oct 2020 22:35:01 +0900</pubDate>
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