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<title>aiyagariのブログ</title>
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<title>現代の金融危機研究の第一人者の金融政策に関する見解①</title>
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<![CDATA[ <p>元米財務長官のラリー・サマーズが「自分が経済危機の研究をするなら間違いなく参考にするし、危機回避に関する今後の政策に影響を与えるべきだ」と述べた研究を行っているのがプリンストン大学経済学教授のアティフ・ミアンとシカゴ大学経営大学院教授のアーミル・スフィである。彼らの論文にはさらにポール・クルーグマン、カーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフという名だたる経済学者から高評価が与えられている。この論文では従来の金融危機の要因として挙げられてきたファンダメンタルズ説、アニマルスピリット説、銀行融資説が間違いでありそれがデータ分析と債務損失増幅理論を用いて証明されてる。彼らが主張するところでは家計の債務が危機の要因であるという結論を導いている。膨大なデータ、現実のエビデンスを基に議論を展開しています。コンピュータの性能の増大もあいまって、過去の経済学者が捉えきれなかった、より細かな地域差とその要因について、あるいはこれまでひとまとめにされてきた経済現象の違いについて、より的確に把握できるようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>ロゴフとラインハートの研究によれば金融危機の後には３つの特徴がある。１つ目は資産市場が大幅に落ち込み、なかなか回復しなくなる。２つ目は銀行危機によって生産と雇用が大幅に落ち込む。３つ目は政府債務の実質価値が急増するである。ミアンとスフィは１つ目と２つ目の関係について注目している。２００８年の金融危機の影響で２００７年から２００９年にかけて８００万人もの雇用が失われ、４００万以上のもの住宅が差し押さえられた。もし２００８年の金融危機がなかったら２０１２年のアメリカの家計所得は全体で２兆ドル高かったと推計されている。この景気後退によって職を失った労働者は平均で３年分の生涯所得を失ったとされている。詳細にデータを比較することで２００８年の金融危機と１９３０年代の世界恐慌のどちらも、家計債務が急激に増加した後に起きていた。さらにもう１つの共通点は金融危機も大恐慌も、家計支出が不可解なほど急落したことを契機に起きていることである。自動車、家具、家電などの耐久消費財の購入が、２００８年の初期に急速に落ち込んだ。２００８年１月から８月にかけての自動者販売は前年の２００７年と比較して約１０％下落していた。彼らはデータから不況は必ずといっていいほど家計債務の大幅な増加の後に起きるという見出した。</p><p>金融危機研究を精力的に行っているミアンとスフィは金融政策についてこう述べている。金融政策については中央銀行は押すだけでインフレを起こせる魔法のボタンを持っているわけではないと言っている。これはデフレを回避することと大幅なインフレを発生させることとは別のことであり、後者ははるかに難しいということだ。実際に、経済が過剰な債務負担に苦しみ、金利がゼロ金利制約周辺で推移しているときには、金融政策で物価を上げることはかなり限られる。その理由を理解するためには中央銀行がどう運営されているかを詳しくしる必要がある。インフレを発生させる最も直接的な方法は、流通する貨幣の量、マネー・サプライを大幅に増加させるである。増えた貨幣で、財・サービスの購買が増えれば物価や賃金が上がるはずである。アメリカのマネタリーベースには流通貨幣と銀行準備金がある。銀行準備金は銀行システムに中で管理される現金であり、銀行の金庫に貨幣で保管するという形と、連邦準備銀行への預金という形で保管する。銀行準備金は流通貨幣ではない。中央銀行がマネタリーベースを増やしたい時に、中央銀行は銀行から証券を購入して、銀行準備金で支払う。言い換えると中央銀行は銀行準備金を作るのであっ流通貨幣を作るわけではない。銀行準備金の増加が流通貨幣の増加につながるのは、銀行が銀行準備金の増加に反応して融資を増やした場合だけである。もし銀行が融資を増やさなければ、あるいは借り手がもっと借りなければ銀行準備金の増加は流通貨幣に影響しない。これが金融危機で起きたことである。中央銀行による積極的な介入は銀行への融資である。中央銀行が銀行準備金を増加させ、銀行間の金利を下げたとする。しかし、実際の融資への影響は限られているため、流通貨幣への影響も限られた。債務が原因の不況では、家計とそして企業でさえも返済に苦しんでおり、銀行は高いデフォルト率に悩まされる。このような状況では、銀行は融資を増やしたくないし、家計は余分な責務を作りたくない。つまり、金融政策が流通貨幣を増やす手立てとして、もっと融資してもらう必要があるときに経済は逆の方向を向いている、ということになる。２００８年の金融危機の間に、まさにこの現象が起きていた。これは、銀行準備金の増加と流通貨幣を比較することによって確認できる。２００８年８月から２００９年１月までの間で、銀行準備金は９００億ドルから、１０倍の９０００億ドルまで増えた。連邦準備制度の極端なまでに積極的に介入していたことがわかる。積極的な金融政策は２０１３年まで継続された。連邦準備制度はデフレを回避した。しかし、顕著なインフレを発生させることはできなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>よりよいアプローチは、銀行システムを無視して中央銀行が経済に現金を直接注入するのを許可することかもしれない。ベン・バーナンキはFRBの議長になる数年前に、１９９０年代の日本の中央銀行がヘリコプター・ドロップを行うことを提案して、「ヘリコプター・ベン」というあだ名がついた。ウィレム・バターの研究では綿密なモデルを作り、このようなヘリコプター・ドロップは実際には、名目金利のゼロ金利制約にはまった経済を助ける可能性があることを示した。ヘリコプター・マネーで現金を投入するのは、債務比率が高い地域に焦点を当てるともっと効果が出る。ヘリコプターから現金を落とすのはたとえ話であるが連邦準備銀行が金を印刷し、例えば教師の給料を支払うなどの方法で現金を市場に注入することは、可能である。しかし、連邦準備銀行が金を印刷して人々に配るのは法律違反である。通貨は、厳密には政府の債務である。政府の債務を発行するには、財政措置が必要であり、これができるのは財務省だけである。このため、連邦準備銀行は銀行準備金を証券と交換しなければならない。連邦準備銀行は証券を代わりに受け取る以外の方法では現金もしくは銀行準備金を流通させることがゆるされていないのである。さらに、中央銀行がたとえ権限を得たとしても、そのような行動を取ると誰が真に受けるだろう。ほとんどの先進国では中央銀行家はインフレと闘うということには保守的な傾向でキャリアを積んできた。彼らが国中の町に現金を喜んで落とすこと想像しにくい。つまり実現するにはあまりにも非現実的であるということだ。</p><p>&nbsp;</p><p>（参考文献）</p><p>アティフ・ミアン/アーミル・スフィ（２０１５）「ハウス・オブ・デット」東洋経済新報社</p><p>カーメン・ラインハート/ケネス・ロゴフ（２０１２）　　「国家は破綻する　金融危機の８００年」日経BP社</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/aiyagari/entry-12301170074.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Aug 2017 14:50:31 +0900</pubDate>
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<title>ミクロ的基礎付けの必要性</title>
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<![CDATA[ <p>ルーカス批判という言葉は１９７０年代から知られているが、この言葉を聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。合理的期待の仮定と合わせて「予想された政策は効果を持たない」という帰結を想起する人もいるかもしれません。逆に「人々の行動様式が変化すると、観察される経済変数同士の関係は崩れていまうため、見た目上の経済変数の関係や経験則を利用して政策を行うことはできない」と想起した人はルーカス批判のかなり正確な意図をつかんでいるといって良いと思います。ルーカス批判は日本ではその意味が大きくゆがめられて流布されてしまった不幸な経緯があります。ルーカス批判は１９７０年代以降、欧米においてマクロ経済学が再出発するにあたり、起爆剤として重要な役割を担ったが日本ではこれが曲解され、多くの研究者・実務家から拒絶されてしまったため、１９８０年代半ば以降、海外学会をはじめ、海外中央銀行などで目覚ましい発展を見せたリアル・ビジネス・サイクルモデルを出発点とするミクロ的基礎付けを備えた動学的確率的一般均衡モデルの体系を採り入れ、研究・発展させていく機会を逸してしまうことに繋がりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ルーカス批判によって伝統的IS－LMモデルに代表されるミクロ的基礎付けのない経済モデルはその存在意義を根幹から否定されてしまっています。欧米では、多少の紆余曲折はあったものの、結局のところそうした完全否定を原点として、新たなマクロ経済学の第一歩が踏み出されたのです。日本ではこのRBCモデルが一部の研究者に猛烈な拒否反応を引き起こしたためにルーカス批判ともども捨て去られ、第二歩、第三歩と続いていくDSGEモデルの体系から取り残されるという残念な状況が起きるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>周知のとおり、RBCの始祖であるKydlandとPrescottはRBCの開発からおよそ２０年後の２００４年にノーベル経済学賞を受賞するに至ります。一方、日本では研究者、実務家含めマクロ経済学に関わる多くの人々の間で、RBCの本当の価値は未だに十分に理解されていないように思われます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aiyagari/entry-12300591216.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Aug 2017 12:18:31 +0900</pubDate>
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<title>フォワード・ルッキング＿ロイター通信のコラムから</title>
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<![CDATA[ <p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto; mso-outline-level: 1;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 24pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 18.0pt;">コラム：中銀を惑わすフォワードルッキングの幻影＝唐鎌大輔氏</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">唐鎌大輔みずほ銀行　チーフマーケット・エコノミスト<span style="display: none; mso-hide: all;">　８月１０日、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、フォワードルッキング（予防的）な政策運営の下、現実の物価が軽視される状況が続けば、いずれ金融政策による景気のオーバーキルが現実化する恐れがあると指摘。提供写真（２０１７年　ロイター）</span></span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">［東京　１０日］<span lang="EN-US"> - </span>前回のコラムでは、米連邦準備理事会（ＦＲＢ）や欧州中央銀行（ＥＣＢ）など海外主要中銀の金融政策正常化ブームに疑義を呈した上で、「置いてけぼりの日銀」を根拠とする「ドル安・円安」併存論の危うさを指摘した。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">確かに、ユーロ高・ドル安・円安を招いた６月末の「シントラ講演」（ドラギＥＣＢ総裁がポルトガルのシントラで語った「デフレ圧力はリフレに変わった」などの発言）の威光はまだ完全に失せたわけではない。だが、ドル円は８月に入って断続的に１１０円を割り込むなど、「ドル安の受け皿としての円」という芽はまだ消えていないように見受けられる。正常化ブームの火付け役となったＥＣＢはもとより、実際に利上げに邁進しているＦＲＢですら目標とする物価上昇率が実現できていない状況であり、市場参加者からすれば安心して金融緩和の解除を見守ることができるような環境にはない。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">それでも両中銀が正常化への関心を隠さないのは、結局のところ、「（物価は）そのうち上がってくるので今のうちにやっておく」という、いわゆる「フォワードルッキング（予防的）な政策対応」というロジックが幅を利かせているからである。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">換言すれば、それは経済・金融情勢に対する自らの予測能力に関し、絶大な自信を前提とした上での運営とも言えるものだ。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span lang="EN-US" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">&nbsp;</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">＜ＯＥＣＤ景気先行指数は米英の失速リスク示唆＞</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">しかし、先行きは本当に盤石なのか。例えば実体経済をフォワードルッキングに評価する尺度の王道として経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）景気先行指数を通じ現状を整理してみたい。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">同指数は実体経済に対し約６カ月（正確には平均４―８カ月）の先行性を持つように設計されている。同指数の切れ味を過信するつもりはないが、複数国の景気動向を同一尺度でまとめて比較できる方法は貴重であり、今回はこれを用いて現状認識を試みる。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">当然、フォワードルッキングな金融引き締めとの整合性を念頭に置けば、同指数には右肩上がりの動きを想定したいところだ。この点、中央銀行が引き締めを模索している米国、ユーロ圏、英国、カナダについて動きを見ると、ユーロ圏やカナダこそ節目となる１００を超えて景気拡大が示唆されるものの、米国や英国は１―３月期をピークとして１００を目前に反転下落しており、今後の失速が示唆されている。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">もともと英国（イングランド銀行）は正常化グループの一員ではなく、利上げはスタグフレーション対応の側面が大きいため、景気先行指数の動きに意外感はない。問題は連続利上げとバランスシート縮小の同時進行を目論む米国（ＦＲＢ）において、先行きの失速が示唆されていることだろう。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">実際、春先以降の米経済指標を見れば、市場予想対比で実績が下振れることも珍しくなく、物価も目標とする２％から下方向に離れていく現状にある。もとより、米国に関しては景気の拡大局面が９８カ月目と史上３番目の長期に差し掛かっており、景気の成熟化は当然予想し得る。かかる状況下、効果にラグのある金融引き締めを重ねて行うことには危うさを覚える。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">ちなみに、緩和を続ける日本は１００を超えて右肩上がりの状況にあるが、オーバーシュート型コミットメントという現行政策の意図に鑑みれば、これは自然な構図と言える。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><span lang="EN-US" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">&nbsp;</span></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">＜ユーロ圏内でも独仏とＰＩＩＧＳの明暗くっきり＞</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">ユーロ圏にも慎重な見方が必要だ。確かに、ユーロ圏全体で見た場合、同指数は１００を超えて右肩上がりの状況を示すが、あくまで全体としての仕上がりであって、その内実はドイツやフランスの好調がそれ以外の加盟国の不調を糊塗（こと）している。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">ＯＥＣＤ景気先行指数に関し独仏とＰＩＩＧＳ５カ国（ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン）の推移を比較すると、独仏の好調が際立つ一方、ＰＩＩＧＳはさえないことが分かる。特にイタリアやスペインは１００を割り込んで緩やかな右肩下がりの状況だ。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">単一通貨であるユーロなかりせば、果たしてイタリア中銀やスペイン中銀が引き締めに意欲を見せただろうか。ＥＣＢとしては域内全体の計数を前提に政策運営せざるを得ないのは承知の上だが、正常化に着手する以前からこれほど金利や為替が引き締め方向に反応してしまった以上、市場の動きが各加盟国にもたらす引き締め的な影響も今後注視されてくるはずである。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">なお、フランスに関しては同指数の安定もさることながら、政治的安定を称賛するムードが強い。しかし、過去を振り返ればユーロ上昇に真っ先に不満をもらしてきたのが同国だったことは思い返しても良いだろう。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">フォワードルッキングな政策運営という名目の下、本来ならば政策運営の方向感を左右すべき物価が軽視される状況が続けば、いずれ金融政策による景気のオーバーキル（過剰な落ち込み）が現実のものとなるのではないか。今後の為替市場ではドル売りを基本線としてユーロ買いも１．２０ドルをめどに頭打ち感が強くなる展開が予想される結果、円がドル売りの相手方として浮上してくる可能性は高いだろう。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><span lang="EN-US" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">&nbsp;</span></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">＜リーマン危機前の日銀が陥った「正常化の誘惑」＞</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">この点、日銀が７月３１日に公表した２００７年１―６月分の金融政策決定会合議事録は、欧米中銀の現状に対して教訓を示しているようにも思える。当時の日銀は消費者物価指数の上昇率がほぼゼロ％だったにもかかわらず、正常化（量的緩和解除と利上げ）に着手した。実体経済の堅調さを理由に「いずれ物価は上がってくる」との想定に立ち、予防的な金融引き締めを図ったのであり、いわゆるフォワードルッキングな政策対応として注目された。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">具体的には２００６年３月に量的緩和を解除、２００６年７月にゼロ金利を解除した後、２００７年２月には追加利上げに踏み切った。しかし、最後の利上げの半年後にパリバ・ショックが発生し、その約１年後にリーマン・ショックを迎えることになった。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">２００７年春時点でサブプライム危機の兆候はあったが、眼前の実体経済の堅調さや物価上昇見通しに賭けて引き締めに踏み切った。政策運営のドライバーとして物価が定められていたにもかかわらず、「現実の物価」と「正常化の誘惑」を秤（はかり）に掛けて後者を取ったとも言える。そうした判断に対して厳しい見方があることは周知の通りである。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">結局、フォワードルッキングな政策運営は中央銀行にとって、奇麗な「建前」となりがちであり、邪（よこしま）な「本音」を覆い隠す方便になりやすい。現在のＦＲＢの判断も「（イエレン議長の任期中に）やれることはやっておきたい」という糊代（のりしろ）論だと頻繁に揶揄されているし、ＥＣＢも拡大資産購入プログラムの技術制約やドイツへの配慮など実体経済の地力とは何の関係もない要素がフォワードルッキングという「建前」の裏側に隠されていそうだ。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">実際、「建前」が真実として機能するためには、中央銀行が精緻な予測能力を有していることが前提となるが、それがうまく機能しなかったからこそ、歴史上、中央銀行はバブルの崩壊と生成に苦しんできた。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">例えば、ＦＲＢのスタッフ見通し１つ取ってみても、過去数年、常に物価に対しては楽観過ぎた。今回ばかりは違うと信じるに足る証拠はさほど多くないだろう。６月から強まってきた正常化熱はやはり一過性のブームで終わり、「日銀だけ置いてけぼり（ゆえに円安）」という相場ムードは、しばらく経てば雲散霧消すると筆者は考えている。</span></b></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; mso-pagination: widow-orphan;"><b><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">＊本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。</span></b></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US" style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 14pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast;"><font color="#000000">&nbsp;</font></span></p><p><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">上記コは２０１７年８月１０日にロイター通信で発表されたものです。ここで、フォワード・ルッキングという用語が多用されているが単に「将来を見通した」という意味で使うと間違いです。フォワード・ルッキングな政策とは中央銀行が最適化行動をとっており政策反応関数が最適パラメータを設定した最適テイラー・ルールとなる政策ことです。この中銀は無限期間先までの将来を考慮して行動していることを意味しています。つまり、まず１ついえることは、政策ルールの表現型が現在や過去の変数に依存しているからと言ってその中銀がフォワード・ルッキングな政策を行っていないということはできないということです。この観点から重要なのはフォワード・ルッキングかどうかではなく動学的最適化を行っているかどうかです。分析に科学的な裏付けを与えるためには政策反応関数の表現型に関わらず動学的最適化を行ったかどうかを確認する必要があります。したがって、「政策のフォワード・ルッキングの度合が高い」や「よりフォワード・ルッキングな政策を行う」というフレーズは意味不明なものになります。つまり、何らかのモデルを仮定すれば、最適な政策というものは考えられるがその最適政策がどの程度フォワード・ルッキングかということにほとんど意味がないということに注意しましょう。</span></p><p><span lang="EN-US" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">フォワード・ルッキングな政策という時にまず重要な視点は、それが何らかの最適化問題を念頭に置いた上での発言であるかどうかです。実際のところフォワード・ルッキングな政策という言葉よりも最適金融政策という言葉を聞く機会の方が少ないです。最適政策を考えるためには、とりあえず何らかのモデルを仮定する必要があるが、実務家は政策を論じる場合に１つのモデルで決め打ちすることを嫌う傾向があり、こうした心理が最適政策という用語を避け、フォワード・ルッキングという用語を多用させる理由かもしれません。</span></p><p><span lang="EN-US" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">期待を重視した政策という考え方自体は有益なものです。一般的な言い方をすれば</span></p><p>&nbsp;</p><p><span lang="EN-US" style="font-family: &quot;Century&quot;,serif; font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-theme-font: minor-bidi; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;"><font color="#000000"><img height="27" src="data:image/png;base64,iVBORw0KGgoAAAANSUhEUgAAAIAAAAAbCAMAAACDQXd5AAAAAXNSR0IArs4c6QAAAFFQTFRFAAAARERERERnRESIRGeoRIjFZ0REZ0RnZ0SIZ6jiiEREiERniESIiMX/qGdEqGdnqIioqOL/xYhExYhnxf//4qhn/8WI/+Ko///F4v/////iy0qcAQAAAAF0Uk5TAEDm2GYAAAAJcEhZcwAADsQAAA7EAZUrDhsAAAAZdEVYdFNvZnR3YXJlAE1pY3Jvc29mdCBPZmZpY2V/7TVxAAABr0lEQVRIS+1VyXaDMAy025IW2qSFhKX8/4dWiy3bMgbSQw556JAXYJBGo5Ex5ohDgQcpYB9Up1jm+QiMJ2vP+2VdEqCz9u0XUvSWotqVTcDje7vrBQcSAgOUorIYPf2bL1B7vuxrR8D/JNC9tGZqfLNMYGqw9rXYEAvEEcD3EfACDDS27vUWKzB+3Ewv/cNgKAqCCJgJbKBlSI7AfOGhpwRwrCAMR3ceKjN9FuUQMBHYQnsCXoCpqamINwGPoKvM/ONtAfRqM4hLjEkGEIHdCBS64MtAAIXlmYsJwyXdm79bpFSIAGYC62g9AVc69EcKUKbpy9nCwJBXNiKAmcAKOtr88LeDEUQDJgL043oGZE8W4J3IT48AZgIaDRPhwI3JBLi2YDDYtwFR+BzT4cEAwS9aM55qOBPcDmQEIjARyNBCIGEvO4DHHeQgy3sC8bAT2qoLbYrsHKCXA4HFCURJGB65nWRLqqhLxUATADR+HmSjNwhwckVAzzy3QEQiV4Ayeg8s+CftYInAfQqor6FrSUxY2GN/G+H+axjMmjJQjtjMSK7aT2BV341ix+OnUuAPLtwUuXOCrJEAAAAASUVORK5CYII=" v:shapes="_x0000_i1025" width="128"></font></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-theme-font: minor-fareast; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-weight: bold;">であるから投機に利用可能な情報集合Ωによるバイアスのない予想です。したがって、来期のインフレ率の予測値を考慮しているといっても、それは現在利用可能な情報を上手に利用しているといっていることにほかなりません。したがって、期待を重視した政策やフォワード・ルッキングな政策といったとき、大切なのはどのようなモデルや情報集合に基づいてどのうような最適化行動をとっているのかという中身になります。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/aiyagari/entry-12300407521.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Aug 2017 19:10:31 +0900</pubDate>
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<title>現代マクロ経済学への誤解</title>
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<![CDATA[ <p>本ブログでは現代マクロ経済学への誤解を払拭するために開設しました。現代マクロ経済学への誤解を払拭することでマクロ経済政策へのリテラシーの向上、マクロ経済学研究の質の向上を目指していきたいと思っています。かなり専門的な内容を書くので予めご了承ください。</p><p>&nbsp;</p><p>現代マクロ経済学ではミクロ的基礎付けがない理論はまずありえません。その意味でマクロ経済学とはミクロ理論を合わせた一般均衡分析の域を一歩もでません。一般均衡や動学がマクロ経済学の本質的条件かというと、そういった条件を備えた多くの理論がミクロ経済学やゲーム理論の分野に分類されることに気づくと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>現代マクロ経済学の実証領域は２種類に分類することができます。マクロ・データ（タイムシリーズ・データ、パネル・データ）を用いた時系列分析（ベクトル自己回帰モデル、ベクトル誤差修正モデル）とミクロ・データ（クロスセクション・データ、パネル・データ）を用いた通常の実証分析です。後者についてミクロ・データを用いてミクロ経済主体の行動を検定しているわけであるから事実上、労働経済学などの応用ミクロ経済分野と全くつかないと思います。前者の時系列分析については確かにマクロ・データを用いているが経済理論と呼べるほどのバックグラウンドがないため、因果性やメカニズムを分析することが困難であり、政策的含意も得にくいものになっています。</p><p>&nbsp;</p><p>マクロ経済学とは、さまざまなミクロ理論をわかりやすい、できるだけシンプルな構造で動学的一般均衡モデルに組み込み、その妥当性をさまざまなマクロデータと照らし合わせ、政策的含意を導くものであると捉えることができます。しばしば「経済学とは予測の学問であり予測ができないから意味がない」という意見が多く聞かれると思います。しかし、これは全くの的外れです。マクロ経済学が政策的含意を導くものである以上、マクロ経済学者は気象予報士よりも医者に似ていなければならないと言われます。医者は患者がいつ風邪をひくかについて予測できないし、しようともしないが、風邪の処方箋を提供することはできます。同様に、マンションを建てるときに、地震がいつ起きるかを予想するでしょうか。地震や台風がいつ来るかはわからないが、地震や台風で倒れない家を建てることはできるでしょう。株式市場のバブルがはじける日時を予測することはマクロ経済学の役割ではないが、その後に発生しうるマクロ経済の問題にどのように対処すべきか処方箋を出すのはマクロ経済学者の仕事の１つです。処方箋を出した後、患者が半年で全快するか１年で全快するか、経過をみることは大切だが、それは患者の退院日を予測することが目的ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>今のマクロ経済政策を巡る論点は３つあります。①貸し渋り、バランスシート問題②産業構造調整問題③インフレ目標です。これらの問題を理論的に説明するDSGEモデルを主に紹介していきたいと思っています。この場合のDSGEモデルは財市場、金融・資本市場、労働市場それぞれに摩擦や市場の失敗が生じているモデルです。それぞれのDSGEモデル同士を比べて、どの「どの市場の失敗」が現実の日本経済に対して含意が大きいかを考察するのがマクロ経学の分析手法でです。DSGEモデルが現実を極端に単純化したものであるという意見が多いがこれはリアル・ビジネス・サイクルモデルにのみ当てはまるのであって上記の３モデルには当てはまりません。</p><p>加藤涼（２００８）　「現代マクロ経済学講義」</p>
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<link>https://ameblo.jp/aiyagari/entry-12300384828.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Aug 2017 17:37:48 +0900</pubDate>
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